※このお話の主人公、長瀬ひろのちゃんは魔法で女の子に変身させられてしまった浩之ちゃんです。
…と言う事を書いておかないとみんな忘れてしまいそうだな(笑)。

前回までのあらすじ

修学旅行で北海道へやってきたひろのたち東鳩高校2年生一行。飛行機に乗ればハイジャックされ、クマ牧場に行けばクマが脱走すると言うハプニングの連続にも負けず、北の大地を行く彼女たち。しかし、トラブルの種と言うのは外部に転がっているだけではない。身内にも存在するものなのである。

To Heart Outside Story

12人目の彼女

第十六話

「修学旅行へ行こう!B〜温セン・レッド・ライン〜」



 クマ牧場での大騒ぎがあってから約5時間後。ひろのたちはその日の宿でようやくくつろぎのひとときを過ごしていた。
「はぁ…今日はいろいろ大変だったねぇ」
「ねぇ〜」
 窓際のリクライニング・シートにもたれかかった姿勢でひろのは言った。眼下には北海道で3番目に大きな湖、支笏湖がその美しいたたずまいを見せている。この日の宿は、支笏湖温泉にある大きなリゾート・ホテルだった。
 普通なら学生の修学旅行なんかにはとてもではないが使えない高級ホテルであるが、実は来栖川系列の観光会社が経営母体であるため、東鳩高校は優先的に、しかも安く利用できる事になっていた。
「でもまぁ、こんな良いホテルに泊まれるんだし、ちょっとの疲れくらいは吹っ飛んじゃうわよ」
 志保がお茶菓子に用意されていたせんべいを食べながら言う。
「みんなぁ〜」
 何やら妙な声がするが、部屋の誰も気に留めていない。
「せやね。何と言ってもこの景色が最高やないの」
 夕日の照り返しで赤く染まる空と湖面を見ながら智子が言う。
「だからぁ〜」
 謎の声の主は必死に自分をアピールしているが、やはり誰も聞こえていないフリをする。
「ウン、最高だネ。ステイツでもロッキーやフロリダで奇麗な夕焼けを見たケド、ここのも負けてないヨ」
 レミィが智子の感想に相づちを打ち、理緒が煎れてくれたお茶をすする。
「もう許してよぉ〜」
 謎の声が懇願する。とうとう根負けしたのか、理緒がみんなに尋ねた。
「…って言ってるんだけど…まだ許してあげないの?」
 理緒の視線の先には、クマ牧場の騒動のバツで布団に簀巻きにされたあかりがるるる〜っと涙を流しながら転がっていた。公式にはクマ牧場騒動の原因は不明と言う事になっているが、その真相を知っている少女たちにとっては話は別である。
 この中では多分一番の常識人で、性格も優しい理緒が「もう許してあげようよ」と言う目で見るのと、あかりがそろそろ涙でねずみが描けそうなくらいに泣いているのとで、簀巻きにした4人もそろそろ許そうか、と思った。なによりもうすぐ夕飯である。
「あかり」
 椅子から立ちあがったひろのがあかりの顔を覗き込むようにして聞いた。
「反省した?」
 あかりはこくこくと頷いた。冷静になってから考えれば自分がとんでもない事をしでかしてしまった事に気づくくらいの分別はあかりにもある。
 好きなものを見ると途端に消えてしまう程度の分別ではあるが…
 ともかく、本人も一応反省をしたようなので、ひろのたちはあかりの簀巻きを解いてやった。
「はふぅ〜」
 良い感じに蒸しあがっていたらしく、赤い顔をしたあかりがぐにゃ〜んという擬音が聞こえてきそうな勢いで伸びる。ひろのと理緒、それに智子がうちわで風を送ってやると、ようやくあかりは復活した。
「うう、ごめんね、みんな」
 身を起こしたあかりが再度謝り、残り5人がもう良いよ、と言う感じで手を振った時、夕食の始まりを告げるアナウンスが流れた。

「うっわぁ〜、すっごぉ〜い!!」
 食卓に並べられた豪華な北海道の山海の幸を見て志保が歓声を上げる。
「ううっ…こんな凄いごちそう見た事ないよぉ…」
 理緒が涙ぐむ。この2人ほどではないにしても、全員がそのメニューには感嘆の気持ちを抱いていた。
 海の幸は刺し身の盛り合わせなどの定番メニューに加え、支笏湖で取れた鱒のパイ包み焼き、さらにカニ。さすがに毛ガニと言う訳には行かないようだが。
 山の幸は、ミニすき焼きなどの肉類の他、酪農王国北海道らしくチーズ各種。ジャガイモがポテトサラダやベーコン炒めなど取り放題と言う事なのか、別の大皿に山盛りにされていた。
 お昼のジンギスカンこそそれどころの騒ぎでは無くなり食べ逃したが、それを補ってあまりある…と言うより、却って昼飯が無くて良かったと思わせるほどのメニューであった。
「さすが来栖川系列。見事なモンやな」
 智子が言うと、志保がひろのの顔を見た。
「ねぇねぇひろの、来栖川家の食事っていつもこんな感じなの?」
 興味津々に尋ねる志保に、ひろのは苦笑しながら首を横に振った。
「あはは、まさか。結構普通…って言うか、普段はむしろ質素なメニューだよ」
 ひろのは言った。金持ちだから豪華な食事、という事は決してない。もちろん、料理人や食材は超の字が付く一流のものを厳選し、栄養バランスも考え抜かれているから、世間一般の食事と比較するのは無茶にしても、メニュー自体は平凡なものだ。
 ちなみに、旅行前夜のメニューはご飯、味噌汁、魚の丸干しのみりん焼き、ほうれん草のお浸し、筑前煮と言ったメニューだった。
「なんだ、そうなんだ…意外に普通なのね。それにしても…」
 志保は隣の理緒を見た。
「理緒ちゃん…泣くか食べるかどっちかにしたら?」
 志保は言った。言われた理緒は「あぁっ」とか「ううぅ」とか言う嬉しいとも悲しいとも付かないような泣き声を上げながら食べていた。
「だ、だって…こんな美味しいもの食べるの初めてなんだもの…ああっ、わたしだけこんなに贅沢して良いのかな…良太、ひよこ、ごめんね」
 理緒は答えた。前にも述べたが、彼女の家は貧乏である。父は入院中で、彼女の幼い弟と妹は旅行の間は親戚の家に預けられていた。
 これにはさすがの志保も、そして他のみんなも掛けるべき言葉が見つからない。
「うっく、美味しいよぉ…タッパ持ってくれば良かった。そしたら家にもって帰れたのに」
「そ、それは無理やろ…腐ってしまうで」
 切実な理緒の言葉に、智子のツッコミも勢いが無い。
「そっかぁ…ううっ、美味しいけどちょっとしょっぱいよぉ…」
(ふ、不憫だわ。不憫すぎる…)
 ひたすら感動する理緒とは逆に、周囲のテンションは下がっていくのだった。なんとなく料理がしょっぱく感じられたのは、味付けのせいではないだろう。きっと。

 さて、夕食後である。8時から各クラスごとに分かれて入浴時間があるが、基本的には自由時間だ。ひろのたちは順番が回ってくるまで部屋でトランプに興じていた。
「…レミィ、それダウト」
「NO!?なんでわかったノ!?」
「だって、私がそのカード持ってるもの」
「あっはっはっ、これで宮内さんの3連敗や」
「も、もう一度ネ!今度こそRevengeヨ!!」
「じゃあカード切るよ」
 なかなかに白熱した展開のようである。6人だと少しカードが足りないため、現在の対戦者はひろの、レミィ、智子、あかりの4名。理緒は食べ過ぎで苦しいからと窓際で風に当たっており、志保は何か面白い情報はないかと部屋の外へ出かけていた。
 白熱のダウト大会が4ラウンド目終盤に差し掛かった時、志保が帰ってきた。
「ただいま〜。面白い情報を聞いてきたわよ」
 その言葉に、部屋に残っていた5人の視線が集中する。
「面白い事って何?」
 代表してひろのが尋ねると、志保は聞いて驚け、と言うように胸を張って答えた。
「なんと!ここのお風呂は露天風呂なのよ!」
 おお、と言うどよめきが上がる。露天風呂。世界に冠たる風呂好き民族、日本人をして唸らせずにはおかない魅惑の一言である。
「そりゃ楽しみやなぁ」
 智子が言う。他の5人も頷いた。初夏の北海道の爽やかな風に吹かれ、満天の星空の下で温泉に浸かる。まさに至福の一時であろう。
 しかし、この温泉にはもう一つの構造上の特徴が存在し、それを聞いた者たちを狂熱の暴走に駆り立てる事になるのであった。

 ほぼ同時刻、男子の部屋。自由時間と言う事で十数人が集まって遊んでいた。
「ふんっ!」
「ていっ!」
 気合と共に刀―竹光だが―がかみ合う。これは函館五稜郭を見学した時に、男子の9割、女子も少なからず買って行ったお土産の一つで、鞘には「土方刀」と書かれていた。かつて戊辰戦争において函館に果てた悲運の英雄、元新選組副長土方歳三にちなんだお土産である事は言うまでもない。
 ちなみに、全く同じ物が、例えば会津若松では白虎隊にちなんで「白虎刀」、東京泉岳寺では赤穂浪士にちなんで「義士刀」の名で売られていたりして、全国的にメジャーなお土産だったりする。
 そして、こういう物を入手するとチャンバラせずにはいられないのが日本人の性。男子達は元気良くこれで切り結び、そして帰るまでに三割くらいは折る事になる。アホである。
 今遊んでいるのは、雅史と同じサッカー部の垣本健一郎。中性的とも言われる雅史とはタイプが異なるが、さわやかスポーツ少年と言う外見をした人物で、雅史と並んで東鳩高校サッカー部のエースである。
「おい、みんな!ニュースだニュース!!」
 そこへ戻ってきたのは矢島だった。
「どうしたんだ?矢島」
 柿本が尋ねると、矢島は息を整えてから答えた。
「ここの風呂、露天風呂なんだってよ!!」
 志保と前後して、彼もよそのクラス等から情報を仕入れてきたものらしい。
「露天風呂?そりゃすごいね」
 雅史だけは感心したように言ったが、大多数のメンバーはだから?というような目で矢島を見ていた。この辺は男女の感覚の差だろうか。しかし、次の情報は多くの者達にとって聞き捨てならない意味を持っていた。
「それだけじゃないんだ。男風呂と女風呂の間には築山と低い竹垣しかなくて、山の上に登れれば、女風呂が覗き放題らしいぞ!!」
「…なにいいいいいぃぃぃぃぃぃっっっっっっ!!」
 一瞬の間をおいて、ホテル全体を揺るがすかのようなどよめきが上がった。
「…ま、マジか?」
 名も無き男子生徒Aが矢島に尋ねた。
「おう、マジよ。実際に覗きに成功した奴から聞いたんだからな」
 矢島の言葉に、全員の喉が鳴った。無理も無い。彼らの属する2−Aと言えば、東鳩高校屈指の美少女が集まっているクラスである。長瀬ひろの、神岸あかり、長岡志保、宮内レミィ。この4人は男子の裏ランキングでは必ず美少女トップ10の中に入るし、トップ10入りはしないまでも岡田美奈子、吉井夏樹、松本ちとせの仲良し3人組もかなりの美少女だ。
 この7人を含む女子生徒たちが入浴しているシーンが見れるとしたら…男として命をかけるに足りると誰もが思った。
「やるしかない…」
 誰かが言い出した。
「それが見れたら死んでも本望だぜ!!」
 うおおおお、とその部屋にいた十数人が一斉に叫んだ。ここには現在2−Aの男子生徒の半数以上が集まっている。残る半数が同調するのも時間の問題だろう。
 ただし、2人ほど同調していない人間がいた。
 雅史と垣本である。目ざとくそれを見つけた矢島が2人のそばに接近してきた。
「…どうしたんだ?佐藤」
 雅史は頭を抱えて蹲っていた。何やらぶつぶつと呟いている。耳を顔のそばに寄せてみると、雅史はこう呟いていた。
「な、長瀬さんの入浴シーン…見たい…けど、人として…いやでも…」
 この時、雅史の頭上では古典的な善と悪の戦いが繰り広げられていた。白衣を纏った天使雅史と、黒衣の悪魔雅史が激しく言い争っている。
天使雅史「だめだよ!好きな娘の裸を覗き見るなんて、人として最低だよ!!」
悪魔雅史「へっへっへっ、良いじゃねぇかよ。好きなオンナのハダカを見たいなんてのは人として当然だぜ」
 とまあ、こんな具合である。しかし、天使雅史…雅史の良心にとって不幸な事に、悪魔雅史には援軍が付いていたのだった。
「佐藤…悩む気持ちはよっく分かる。しかし、良い子にしていては手に入らないものも存在するんだ」
 矢島が雅史の肩に手を置き、悪の誘惑をささやく。
「長瀬さんのうなじ…長瀬さんの胸…長瀬さんのふともも…」
 どこかで聞いたようなサブリミナル攻撃だった。雅史の体が震える。
「そんなお宝が、ほんの少し勇気を出すだけで手に入るかもしれないんだ…何を悩む事がある。お前も男の…いや、漢の端くれなら覚悟を決めろ!!」
 その瞬間、雅史の頭上で繰り広げられたハルマゲドンに決着の時が訪れた。悪魔雅史と、援軍の悪魔矢島の繰り出した三つ又の槍に追い立てられ、煙を残して消える天使雅史。
 佐藤雅史17歳、この時、彼は悪魔に魂を売った。
「よし…行こう、矢島」
 立ち上がる雅史に、矢島はこれからやろうとしている行いには似つかわしくない、爽やかな笑みを浮かべて言う。
「よし、それでこそ漢だ、佐藤!!…で、垣本はどうするんだ?」
 もう一人の非同調者、垣本に顔を向けると、垣本は首を軽く横に振った。
「いや…俺はちょっと風邪気味で…」
「…そうか?」
 矢島は不審な顔つきになった。なにしろさっきまで雅史と元気良くチャンバラしていたのだから。
「まぁ、良いか。それより、みんな行くぞ!」
「「おおうっ!!」」
 矢島の呼びかけに鯨波の声を持って応える男子生徒一同。以前、各部活がひろの争奪戦を繰り広げた時、男子部をまとめたのも矢島だったが、意外とアジテーターとしての才能があるのかもしれない。
「…知らんぞ、俺は」
 1人残った垣本は、手持ちぶさたになったのでごろりと横になってテレビを付けた。

 十分後、大浴場。
「うわ…広いなぁ」
 ひろのたちを含む2−Aの女子生徒たちは感嘆の声を上げた。大浴場はプール並みの広さを持つ屋内浴場と、外にあるちょっとした池並みの露天風呂の二つの温泉に分かれていた。
「凄いわねェ。さすが高級ホテル」
 志保が感心したようにきょろきょろとあたりを見回す。
「昔、有馬の温泉プールに行った事があるけど、あれよりも立派やな」
 智子が言った。ちなみに、有馬は神戸の奥座敷と言われる有名な温泉地である。
「思わず泳ぎたくなる広さネ。深さが足りないケド」
 レミィも言った。他の女子生徒達はバスタオルを身体に巻いているが、レミィだけはそんな事はせず、堂々とそのダイナマイトな肢体をさらしている。
「あかり、早く来てみなよ。すごいよ」
 ひろのは後ろを振り返って呼びかけた。なぜか、あかりが身を縮こまらせるようにして付いてくる。
「う、うん…」
 こころなしか元気が無い。ひろのは顔をあかりの高さに合わせて尋ねた。
「どうした?なんか元気が無いけど…寒いとか?」
「…そんなんじゃないよ」
 あかりはひろのと、レミィ、智子、志保に目をむけて、盛大に溜め息を吐く。
「ううっ…そんなの見るなんて布団蒸しより厳しいよぉ」
 あかりの視線はみんなの胸に、次いで自分のそこに向いていた。
 あかりのバストサイズは79センチ。一方、他の4人はと言うと、ひろの93センチ、レミィ92センチ、智子88センチ、そして志保が86センチ。ひろのとは14センチ、志保とでさえ7センチの差がある。比べてしまえばあかりならずとも凹んでしまうのは無理も無い話かもしれない。
 しかし、この場合はあかりの胸が小さいとか、発育が遅いとか言うのではない。断じてない。
 他の4人が大きすぎるのである。特にひろのとレミィの並んでいる所は「圧巻」と言う2文字にふさわしく、あかり以外の女子生徒でさえ、羨望の色を隠しきれなかった。
「…?」
 しかし、肝心の4人は全く気づいていなかった。自覚の無さと鈍感は、時として何よりも残酷である。そこへ、少し遅れて理緒がやってきた。
「どうしたの?みんな。ぼ〜っと立ったままで」
 理緒が尋ねた。あかりがすばやく理緒に目を走らせ…そして、彼女の手をぎゅっと握った。
「理緒ちゃん、わたしたちずっとお友達だよねっ」
 あかりのいきなりの行動に目を白黒させる理緒。
「え?そ、それは…もちろん私もそのつもりだけど」
 理緒のバストサイズは70センチだった。
「とにかく、身体を洗ったら露天風呂を楽しむとしましょ」
 志保の言葉に、残る5人は頷き、洗い場に向かった。

 シャワーを浴び、頭皮と髪の毛に付いた泡を洗い流して、ようやくひろのは一息ついた。
「ふぅ…これだけはちょっと面倒くさいかなぁ」
 そう言いながら、トリートメントをすり込み始める。何しろひろのの髪の毛は長い。一番長い部分では、ほとんど腰に届く長さである。当然ながら、手入れには非常に時間がかかった。
 男の頃はシャンプーだけ付けてガシガシと洗い、適当に洗い流して自然乾燥で済ませる、と言ういい加減な方法で済んでいたのだが、今はとてもそんな風には行かない。それでも、ロッテンマイヤーさんや芹香に髪の手入れ法はきっちりと教え込まれたので、手際良く済ませる事が出来た。
 すると、そこへあかりがやってきた。
「ひろのちゃん、背中流したげよっか?」
 あかりの申し出に、ひろのは頷く。
「良いの?じゃ、やってもらおうかな」
 その間に身体の前面を洗う事にして、ひろのはスポンジにボディソープをなじませると一個をあかりに手渡した。あかりは礼を言って、ひろのの背中に目をやる。
(…きれい。この背中が私のもの…)
 何やら怪しげな考えにふけっていた。実際、ひろのの背中はシミひとつ無く真っ白なきれいな肌だった。人肌の美しさを表現するのに「練絹のような」とか、「大理石のような」という形容詞が使われる事があるが、ちょうどそんな感じである。
 あかりはその背中にスポンジを付け、軽くこすり始めた。強くこすると壊れてしまいそうな、そんな気がしたのだが、ひろのの方はそのタッチには不満のようだった。
「あかり?もう少し強くこすってよ」
 言われて、あかりはごしごしと少し力を入れてこすった。
「うん、そうそう。そんな感じ。上手いよ」
 ひろのに誉められ、嬉しくなったあかりは更に力を入れてひろのの背中を洗っていく。その間、ひろのは右腕をスポンジでこすっていた。ふとあかりが視線を横にずらすと、水平に伸びた腕の下に、ひろのの豊かな胸の一部が見えた。彼女の動きに合わせてかすかに揺れている。
(…ごくり)
 あかりは顔を赤くしながらそれを見ていた。一応彼女の名誉(?)のために言っておくが、あかりにレズっ気はない。彼女が好きなのは「長瀬ひろの/藤田浩之」と言う魂の持ち主であり、どのような姿であってもその全てがあかりにとっては愛しいものである。
 それでも、やっぱりきれいなものを見れば胸が高鳴るのはしょうがない事だ。あかりは心臓を早鐘のように鳴らしながらも、悪戯心を起こす。手が滑ったフリをして、ひろのの胸に触れる。
「ひゃうっ!?」
 びくりと体を震わせ、甲高い悲鳴をもらすひろの。意外な反応の強さに、あかりはびっくりして手を離す。
「あ、あかり…?」
 頬をピンク色に染め、ひろのがあかりの方を振り向く。
「ご、ごめん…手が滑っちゃった」
 あかりが作り笑いを浮かべると、ひろのは納得したのか、前に向き直った。
「気を付けてよ?」
「う、うん」
 あかりは答えると、再び背中をこすり始める。
(ひろのちゃん…敏感なんだなぁ…)
 そう思いながらも、やはり視線は揺れるひろのの胸に釘付けなあかりだった。

 一方、男湯では。
「ま、まだか…」
 かちかちと歯を鳴らしながら矢島は言った。話に聞いていた通り、男湯と女湯の間の築山の上は絶好の覗きポイントになっていた。男子達は胸の高さまでしかない竹垣の思い思いの場所に陣取り、女湯に血走った視線を向けている。
 問題は、肝心の女子がなかなか来ない事だった。基本的に、女の子と言うのは長湯である。しかも、この時男子たちは欲望一直線で身体も洗わずに築山を目指したから、まずは中で身体を洗い始めた女子たちとの時間差は広がっていた。
 そして、暦の上では初夏とは言え、北海道は内地と違ってまだまだ気温が低い。しかもここは標高300メートル近い山の上だ。加えて、支笏湖の湖面を吹き渡ってくる風。体感気温は10度を切っているかもしれなかった。寒さに耐え切れず、温泉に取って返す者も出始めている。
 しかし、彼らの忍耐が報われる時が来た。数人の人影が風呂に近づいてくる。
(おおおおおぉぉぉぉぉっっっっ!!)
 心の中で歓声を上げる男子一同。しかし、すぐに首をひねる。やってきたのは2人。だが、1人は志保と言うのは解ったものの、2人目は見知らぬ髪の長い美少女だったのだ。
(…なぁ、あんな娘見た事あるか?)
 名無しの男子生徒Bが同Cに声を掛ける。
(…いや…見た事が無い。矢島、お前はどうだ?)
 男子Cに問われた矢島も首を傾げる。
(俺にも解らん。データにない娘だな…)
 しかし、流れるような栗色の髪と、志保にも負けないナイスバディ(死語)は、間違いなく第一級の美少女だ。生唾を飲み込んで見守る一同。やがて、湯に入った2人の会話が聞こえてきた。
「いやぁ…気持ち良いわねぇ。それにしても、智子も結構いい身体してるわよね」
 志保だった。これで、謎の美少女は智子と言う名前だと判明した。
(…智子って…誰だ?)
(そんな娘いたっけ?)
 再びひそひそと話し合う男子たち。智子が口を開く。
「なんやのその言い方。なんかやらしい中年オヤジみたいやないの」
 苦笑したような智子のしゃべり方に、聞いていた一同の間を驚愕の波が走った。
(関西弁っ!?委員長なのかあの娘は!?)
(信じられん…まさかあんなにイメージが変わるとは)
(…こいつぁ驚きだな)
 ひそひそとささやきあう。これまで「生真面目」「不愛想」など、男子が求める「可愛さ」にとってはマイナスとなるイメージを多く抱え、裏ランキングではほとんど注目されていなかった智子に対するイメージが一気に塗り替えられた瞬間だった。
 男子達が背後に潜んでいるとも知らず、志保と智子は会話をしている。
「そぉ?でも、本当だよ。それに、眼鏡を外して髪を下ろすと、すっごく可愛いじゃない…というか、美人系ね。いつもそうしてればいいのに」
 志保の言葉に、男子の何人かが頷く。
「あぁ、神戸におった頃…中学生くらいまではそうしとったんよ。でも、ナンパにまとわりつかれるのが面倒でかなわんでなぁ」
 智子の言葉に、志保が少し膨れたような顔をしてみせる。
「…さりげなく自慢しているようにしか聞こえないわよ、それ」
 志保がジト目で睨み、智子は舌を出して頭を掻いた。友人たちの前でしか見せないその悪戯っぽい仕種に、数人の男子が瞬時に撃沈され、心臓を押さえながら斜面を転がり落ちて行ったが、もちろん智子は知る由も無い。
「あ、シホー、トモコー、そこにいたノ?」
 明るい声が響き渡り、やってきたのはレミィと理緒の2人だった。レミィは相変わらずバスタオルを巻いておらず、お湯を通してだがその大人顔負け…と言うか、以上の肢体を見せていた。3人が爆沈。鼻血の尾を彗星のように引きながら斜面を滑り落ちていき、姿を消した。
「あ、レミィに理緒ちゃん。ひろのたちはまだ?」
 志保が片手を挙げて出迎えると、理緒が頷いた。
「なんか、2人で背中流しっこしてたよ」
「あはは、仲がええなぁ、あの2人」
 智子が笑う。そして、築山では「ひろのとあかりの背中の流し合い」を迂闊に想像してしまった2人が鼻血を噴出して轟沈。斜面を転落していった。
(なんて破壊力なんだ…でも負けるもんか)
 雅史は首筋を手で叩きながらもその光景を見ていた。かなりの人数が散っていったが、メインディッシュを拝むまでは死ぬ訳には行かない。
 眼下では、志保が顔見知りを見つけて声を掛けていた。
「あ、いぢわる3人組じゃないの」
「ちょっと、その言い方は止めてよ。あたしたちはもう長瀬さんとは正々堂々と勝負するって決めたんだから」
 答えたのは3人組のリーダー、岡田美奈子だった。もちろん松本ちとせ、吉井夏樹の2人もいっしょだ。
「あはは…ごめんごめん。で、最近はどう?」
 世間話を始める女子たち。この辺で耐久力が尽きた3人が沈没、斜面の下へ消えていった。いつしか、竹垣の周囲は鼻血で赤い線を引いたように染まっていた。
(ち、ちとせのやつ…けっこう育ってるじゃねぇか…)
 幼なじみの松本ちとせの発育ぶりに目をみはる矢島。ぽや〜んとした性格のちとせだが、じつは3人の中では一番スタイルが良い。彼女に限らず、東鳩高校女子のスタイルは外観からは不明な事が多い。理由は制服にある。
 ピンクと赤を基調にした東鳩高校女子制服のセーラー服は、近隣校でも随一の可愛い制服として知られている。しかし、ゆったりしたデザインと胸元で大きなリボン結びにするスカーフのせいで、着ている人間の体型はかなりわかりにくかった。
 もっとも、東鳩高校の制服に関する規則は大変緩やかなものだ。一応、スカートは膝上何センチまで、ソックスは三つ折りで…と言うような項目はあるが、既に死文化している。
 例えば、レミィのようにあえて少し小さ目の制服を着る事で、その抜群のスタイルが強調されるような着こなしでも注意されないし、他校なら間違いなく大問題になる、志保のミニスカートに近い短さのスカートとルーズソックスの組み合わせもお咎めなしだ。どうも、本人に似合っていればかまわないみたいなノリらしい。
 その中で、智子やちとせはしっかりと規定の服装をするほうなので、制服にそのスタイルが隠されているが、実はグラマーだった訳だ。この情報だけでも値千金だと男子たちは思った。
 そして、遂にここまで生き残った者たちが待ち望んだ彼女がやってきた。ようやく髪と身体を洗い終わった長瀬ひろの。そして、神岸あかりである。
(うおおおおおぉぉぉぉぉぉっっっ!!)
 心の中で歓声を上げながら身を乗り出す男子たち。ひろのはバスタオルで身体の前を隠していたが、それでも豊かな胸の上半分と見事な脚線美をもつ脚の大半は見えていた。男子たちの興奮が最高潮に達しつつある。ひろのとあかりの2人は露天風呂に入り、膝までの深さがあるそこを突っ切って志保たちがいる辺りに来ると、肩までお湯の中に沈めた。
「ふわぁ〜…良いお湯」
 リラックスした口調でひろのが言う。聞く人の心を和ませるような、やわらかなソプラノ・ヴォイスも、今の男子たちにとっては火に油…いや、ニトログリセリン。
「本当だね〜。星も奇麗に見えるし」
 あかりが相づちを打つ。ひろの登場からこの時までに、一挙に7人が撃墜され、築山から消えていた。斜面の下ではさぞかし凄惨な光景が展開されている事だろう…
 そんな事はつゆ知らず、ひろのたちはのんびりとお湯に浸かり、おしゃべりに興じていた。そして、話が何時の間にかまた、胸の発育の話に向かう。やはり、この年頃の少女たちにとっては気になる事なのだろう。
「それにしても、みんなスタイル良いわよね…なに食べたらそうなるワケ?」
 口火を切ったのは美奈子だった。ちなみに彼女のバストサイズは73。この下には理緒しかいない。なお、ちとせが85、夏樹が78である。
「え?何って言われても…ねぇ」
 美奈子の視線を向けられた志保が困ったように言う。
「良く食べ良く動き良く寝る!これが一番ヨ」
 と言ったのはレミィだったが、すかさずみんなのツッコミが入った。
『いや、レミィは違うと思う』
 米系ハーフと言う事でレミィの意見は参考として取り上げられる事はなかった。さすがのレミィも額に冷や汗を浮かべ、引きつった笑みを浮かべる。
「誰かに揉んでもらうと大きくなるって言うけどぉ…」
 いきなり爆弾発言をかましたのは天然少女のちとせだった。しかし、3人組の中では一番大きい彼女の発言である。美奈子と夏樹の視線が突き刺さる。さすがのちとせも、2人の視線の意味を悟って大声で叫ぶ。
「ち、違うよっ!!私は揉んでもらってないよ!!そんな人いないもんっ!!」
 慌てふためくちとせ。そこへ、夏樹が誘爆発言する。
「ふ〜ん。矢島君あたりなら喜んで揉んでくれるんじゃないの?」
「ええっ!!??」ちとせが矢島のことを好きだと知らないあかり、理緒、レミィが大声を上げる。
「し、知らないもんっ!夏樹ちゃんの大意地悪ぅっ!!」
 顔を真っ赤にして鼻すれすれまでお湯に沈んでいくちとせ。一方、その爆発は築山の上にまで余波を広げていた。
(ほぉ〜…矢島ぁ、一体どーゆーこった?)
 男子生徒Dが氷点下の視線で矢島を見る。
(し、知らんぞ!俺は知らんっ!!)
 ちとせ以上に慌てふためく矢島。
(いいじゃないか。松本さんならお似合いだろう…)
 と、男子生徒E。ここまで残った彼らは、もちろんひろの萌えである。そこから矢島が脱落…ちとせとくっついてくれれば、ライバルが減るので非常に都合が良い。
(い、いいから静かにしろ!気づかれるだろう!!)
 矢島はとりあえずごまかした。幸い。まだ気づかれてはいない。
 そして、女の子たちのバスト談義はいよいよ佳境に差し掛かっていた。
「すると…ここはやはり、純国産ながら宮内さんを越える長瀬さんに話を聞かない訳には行かないわね」
 美奈子が言い出した。全員の視線がひろのに集中する。
「わ、私っ!?な、無いよ!胸を大きくする秘訣なんて知らないよ!!」
 手をぶんぶん振って否定するひろの。それはそうだろう。気が付いたらこの胸になっていたのだ。言わば天与のもの。秘訣などある訳が無い。
「そ、それに大きさよりも形が大事だって聞いた事が…」
 ひろのがそう言った時、あかりがぽろっと一言漏らした。
「でも、ひろのちゃん大きさだけじゃなく形も良いよね」
 びしぃっ!!
 場の空気が凍ったような気がした。ひろのが油の切れた玩具のような動きであかりを見る。
「あかり…何故そういう余計な事を」
「え?」
 あかりが不思議そうな表情をした時、美奈子の低い声が聞こえてきた。
「う、うらやましさ余って憎さ百倍だわ…大きいだけでなく形も良いなんて…」
 手の指をわきわきと妙な風にうごめかせ、美奈子がひろのに迫る。
「お、岡田さんっ?何を…っ!?」
 ひろのがおびえた表情で一歩下がった瞬間、美奈子が襲い掛かった。
「そんな胸なんてこうしてやるぅーっ!!」
 美奈子はひろのの胸を思い切り鷲掴みにした。
「ひゃうっ!?お、岡田さん…やめ…きゃふぅっ!?」
 刺激で抗議の声も形にならないひろの。彼女の胸を揉みしだきながら美奈子が叫ぶ。
「あーもう本当に大きくて形も良いわうらやましいわねこんちくしょーっ!!」
 そこへ、呆気に取られていたあかりが気を取り直して乱入する。
「だめーっ!!ひろのちゃんの胸はわたしのものなんだから!!」
 危険極まりない発言をしながら割って入るあかり。
「誰の何があかりのものだってぇっ!?良いからはな…ひうっ!?」
 呆然とその光景を見ていた智子は横にいた夏樹に尋ねた。
「…どないしたんや、岡田は」
「いや…美奈子、あの胸だから…胸の大きい人見るとああなのよ。ひょっとしたら保科さんの時も」
 あまりの馬鹿馬鹿しさに脱力する智子。その間にもひろの、あかり、美奈子の取っ組み合い…と言うか、ひろのが後の二人に一方的に攻撃される状況は続いていた。志保やレミィ、理緒はどうしていいものやらわからず困っている。
 しかし、その直後。もっと困るような事態が発生した。

 時間は数秒前にさかのぼる。あかり、美奈子の「攻撃」を受けるひろのの悲鳴は、ここまで生き残った覗き軍団に最後の致命的な一撃を与えた。
「ぼ、僕…もうっ…!!」
 そう言うと、雅史が落ち、続けて一挙に6人が築山の下に墜落していった。辛うじて生き残った者たちも、既に理性とかそういうものは残していなかった。今自分たちがどこにいて、何に寄りかかっているかを完全に忘れた彼らは、もろい竹垣にのしかかるようにして身を乗り出す。
 その結果…
 びしっ!!
 それは、破滅の音だった。竹垣が前にのめるように倒れかけ、全員が宙に投げ出されそうになる。我に帰った矢島が、慌てて言う。
「や、やばい!引っ張り戻せ!!」
 力をこめ、男子たちは自らの身体が前に倒れるのを阻止しつつ、竹垣を引っ張り戻すことに成功した。
 いや、成功しすぎた。
 今度は、後ろ…男湯のほうへ向けて倒れ掛かる。
「わ、わ、駄目だ!!ひえええぇぇぇっ!?」

 びしっ!!ばきっべきぼきっ!!
 少女たちの背後から甲高い破砕音がして、いくつもの小石が湯船に落ちてきた。
「え?」
 その異様な事態に、少女たちは一斉に背後を振り向く。背後には築山。その斜面を、小石がころころと転がり落ちてくる。
「…ん?」
 その軌跡を辿って上に向かった彼女たちの視線は、倒れ掛かった竹垣を捉え、さらにほかの感覚でなにやらその向こうで蠢く気配を感じ取る。
「…そこネ!!」
 勘の鋭いレミィが小石を掴み、豪快なフォームから投げ放つ。次の瞬間。
かんっ!!
「痛ぇ!?」
「わ、馬鹿!!落ちるないや手を放せぇっ!?」
「や、やめろ揺らすな!!」
 それは、普段聞きなれた男子たちの声だった。一瞬の間を置き、我に帰った女子の誰かが甲高い悲鳴を放った。
「いやーっ!?覗き痴漢えっち馬鹿へんたーいっ!!」
 続いて、誰かが風呂桶を投げた。放物線を描いて飛んでいったそれは、必死に隠れているつもりの男子たちの誰かに命中し…破局を招いたらしい。
 ばきばきばきばきばき!!
 竹垣が一斉に倒壊し、悲鳴とともに斜面を何かが転がり落ちていく音がした。少女たちは顔を見合わせ、そして、頷くと築山を登っていった。稜線のところから反対側を覗き込み…

「…いててて…」
 矢島は目を覚ました。辺りには、今自分たちと一緒に落下した連中と、その前に落ちていった連中が転がってうめいている。
「うぅ…ひどい目にあった…って、こうしている場合じゃない。逃げねば…」
 矢島がそう言って立ち上がろうとしたとき、頭上から厳しい声が降り注いできた。
「その必要は無いよ」
「…!!」
 見上げた矢島は、築山の頂上に女子たちが立っているのを見た。その目は怒りに爛々と輝き、全身からは熱気にも似たオーラを立ち上らせている。
「矢島君、いつから覗いとったんや」
 代表して智子が質問した。その声音には、有無を言わせずごまかしも許さない迫力が満ちている。矢島は言われるままに答えた。
「さ、最初からッス…」
 今度はひろのが聞く。
「…見た?」
 これにも矢島は正直に答えた。
「み、見たッス。色々と…」
「そう…見たんだ」
 ひろのはため息をつくように頷くと、さっと右手を上げた。その手には、手桶が握られている。
「じゃあ、記憶を失えっ!!」
 ぱこーんっ!!
「ぐっはぁっ!?」
 ひろのが投げつけた手桶の直撃を受け、矢島は昏倒した。それをきっかけに、下でうごめく男子たちに女子から怒りの集中砲火が始まった。大は手桶から、小はブラシまで、手に持てる武器になるものならありとあらゆるものが叩き込まれた。
 やがて、投げるものがなくなったとき、築山の下には無数の屍が転がっていた。それを一瞥し、女子たちは憤然と山を降りていく。ひときわ強い風が吹きぬけ、後にはただ静寂が残されるのみだった。
 結局、物言わぬ屍の群れと化した男子たちが発見されたのは、1時間後。先生たちが入浴しに来たそのときである。しかも、その後でも彼らには過酷な運命が待ち構えていたのであった。

 そして、就寝時間直前。
 既に、同室の少女たちは部屋に戻っていた。寝着に着替え、布団も敷いている。ちなみに各々の寝着は、ひろのは白の清楚なデザインのネグリジェ。あかりはピンクのくま柄のパジャマ。志保がミントグリーンの涼しそうなデザインのパジャマで、理緒は白のTシャツにショートパンツ。意外なのはレミィと智子で、レミィは着付け教室の講師だと言う母親の影響か浴衣を愛用。智子はYシャツ一枚と言うセクシー路線だった。
「まったく…今日はろくでもない日やったな」
「全くねぇ」
 智子と志保が話をしている。
「ほんま、男子いうんはくだらないイキモンやね。長瀬さんもそう思わへん?」
 急に話を振られたひろのだったが、智子の言葉には大いに同意していた。
「あぁ…そりゃそうだね」
 ひろのは思った。本当に男子と言うのはろくでもない。昔は自分もあの一員だったと思うとい…
 なんか、今、自分は取り返しのつかないことを考えそうにならなかったか?自分が男子の一員だったことをどう思うって?
 嫌になるとか考えそうにならなかった?
 思わず黙り込むひろの。その肩をあかりが叩く。
「さ、そろそろ寝よっ、ひろのちゃん」
「…うん、そうだね」
 ひろのは余計なことを考えないように寝てしまうことに決めた。が、その夜はピンクのくまに追いかけられる夢を見た。あかりに抱き枕代わりにされたのが原因なのは言うまでも無い。

 そして、一階下の廊下では夢すら見られない連中が正座させられていた。言わずと知れた矢島以下の2−A男子たちである。首からは、「私は女性の敵です」などと書かれたプラカードが下がっていた。中には「私は敗北主義者です」と言う意味不明なものもあったが。
「あ、足がしびれる…」
 脂汗を流す一同に、木林先生が言う。
「やかましい。全く恥ずかしすぎるぞお前ら。何を好き好んで北海道まできて…」
「…ま、いい目見たんだろ?それくらいは仕方ないよ」
 唯一覗きに参加しなかった垣本が言った。常識人と先生の小言、足の痺れ、そして怒りの女子の攻撃で負った傷。若さとアホさの報いを噛み締めつつ、長い夜をすごす男子たちであった。

(つづく)

次回予告

 いよいよ修学旅行も大詰め。自由行動の時間、みんなとはぐれてしまうひろの。そこへ、なぜか現れた一年生トリオの琴音、葵、マルチ。北海道出身の琴音の案内で札幌観光を楽しむひろのだったが、3人との出会いは思わぬ危機を呼び込もうとしていた。
 いや、ひろのでなく札幌の街に(爆)。
次回、第十七話
「修学旅行へ行こう!C〜さよなら北の大地〜」
 お楽しみに。
 予告なんて飾りです。お偉いさんにはそれがわか(殴)。


後書き代わりの座談会・その16

垣本(以下垣)「こんにちわ。垣本っす。で、長瀬さん」
ひろの(以下ひ)「何か?」
垣「いや…自分で言うのもなんだけど、ぽっと出の端役の俺がこんなとこにいて良いのかな」
ひ「それに関しては作者から手紙を預かってるので、読んでね」
垣「…なになに…『そろそろまともな男性キャラも一人欲しい』…?」
ひ「まぁ、この作品の男性キャラと言うと、うちのおじいちゃんや矢島に雅史、橋本先輩と人外かろくでなしか二つに一つなので」
垣「それで俺に声が?まぁ、もう名のある男性キャラって言うと確かにあんまり残ってないな」
ひ「強いてまともな人と言えば、芹香先輩たちのおじいさんの厳彦さんなんだけど…あまり話に絡まない人だし」
垣「なんか責任重大だなぁ…緊張するよ。藤田の奴がいればあいつに回るべき役柄なんだろうけど…ん?どうしたんだい長瀬さん。顔色悪いけど」
ひ「い、いや…なんでもないの。本当に」
垣「そうか?ところで、作者の人は?」
ひ「今回の話で、散々裸を書かれたって怒ったいいんちょたちが探しに行ったので、逃げたらしいよ」
垣「色々大変なんだな」
ひ「そうだね。では、次回をお楽しみに〜」
(二人、退場。しかし、ひろのの席の下に人一人入りそうな謎のビニール袋が…)

収録場所:支笏湖畔ホテルロビー


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