※このお話の主人公、「長瀬ひろの」ちゃんは魔法で女の子に変身してしまった浩之ちゃんです…が、最近作者もそれを忘れそうです(爆)。


前回までのあらすじ
 女の子への転生以来、波瀾に満ちた生活を送るひろの。グラップラーズの激突や突然のいじめ問題など、数々の危機を乗り切った彼女に、待望の修学旅行の出発日がやってきた。
 
To Heart Outside Story

12人目の彼女

第十四話

「修学旅行へ行こう!@〜テロルの決算処分〜」



「ひろの先輩、気をつけてくださいねっ!」
「長瀬先輩…1週間も会えないなんて…寂しいです」
「…(どうかご無事で)」
「はわわ…お土産買ってきてくださいね」
 上から葵、琴音、芹香、マルチの4人の見送りの言葉を受けながら、長瀬ひろのはちょっと困惑ぎみな表情で言った。
「あはは…みんなちょっと大げさじゃない?ただの修学旅行なんだし、危ない事なんてないよ」
 そういう彼女の手には、カート型の引いて歩くバッグのハンドルが握られている。そう、東鳩高校の二年生一同はこれから五泊六日の日程で北海道への修学旅行に向かうのだった。
 そうやってひろのが他学年の友人たちと話していると、同学年の友人であり、同じ班のあかりと志保が呼びかけてきた。
「ひろのちゃ〜ん、急がないともうすぐバスでちゃうよ〜」
「ほら、急いで急いで」
 腕時計を見ると、予定の出発時刻の3分前。ひろのは振り向いてあかりと志保に今行く、と返事をすると、見送りの4人に言った。
「それじゃ、行って来るね」
 手を振って歩き出す。バッグをバスの荷物室に収め、座席に座ると、4人はまだ手を振っていた。手を振り返した時、学年主任の木林先生がバスガイドさんから渡されたマイクを持って言った。
「よ〜し、もう他に乗り遅れた奴はいないな?では、出発するぞ」
 ぷしゅーっという空気の漏れるような音と共にドアがしまり、ひろのたち2−Aの乗る一号車を先頭にバスは動き出した。バスが丘を下りるにつれて東鳩高校の校舎は見えなくなっていき、高速道路に通じる国道に出る頃には完全に見えなくなっていた。
「いやぁ、楽しみねぇ。自由時間何処に行こうかしら」
 志保は早速北海道のガイドブックを取り出している。自由時間は五日目の札幌に設定されている。
「なんだ、まだ決めてなかったんだ」
 ひろのは苦笑した。ここ何日か、志保がそのガイドブックに付箋を張りまくっては、何処に行くかと真剣に悩んでいたのを知っていたからだ。
「だってさぁ、行きたいところがありすぎて迷っちゃうわよねぇ。時計台とクラーク像は外せないし、オリンピック記念公園も見に行きたいし…」
 指折り数える志保に、ひろのとあかりは顔を見合わせて笑う。そうこうしているうちに、高速に乗ったバスは何時の間にか羽田空港に到着しようとしていた。ここから飛行機でまずは函館へ向かうのである。
「よ〜し、全員並べ!他のお客さんの邪魔にならないようにな!」
 ハンドスピーカーを持った木林先生が大声で叫びながら、生徒達を整列させていく。
「今日はチャーター便ではなく、一応他のお客さんも一緒に乗る普通の便だ!騒いだりして他のお客さんの迷惑にならないよう、しっかり気を付けるように」
「「はーい!!」」
 先生の注意に、生徒達が素直に答える。その様子を、吹き抜けの上階から見下ろす影があった。一見、何の変哲もない旅行者の格好をした5人の男達だった。
「あれか、来栖川家の娘がいるとか言う学校のガキどもは」
 リーダー格と思われるがっしりした長身の男が言った。
「はい、間違いありません」
 部下か手下らしい男が言う。彼はポケットから写真を取り出し、リーダーと他のメンバーにも手渡す。
「そこに写っている娘です」
 その解説に、ほうっという歎声が男達の間から漏れる。
「美少女とは聞いていたが…確かにこれはなかなかの上玉だな」
 一人が言った。すると、リーダーがすぐにその男に注意する。
「そういう下品な言い方は止めろ。我々の目的は、その娘を利用して目的を達成する事だ。娘そのものを目的とするつもりはない」
「分かってますよ、ボス」
 諭された男は返事だけはしっかりとしていたが、その目には好色そうな光が宿っていた。
「そろそろ搭乗手続きが始まるな…各自、偽装は怠りないな?」
 リーダーの言葉に全員が頷く。
「よし、では行くぞ。B班はもう先に行っている筈だ」
 そう言うと、リーダーは先頭に立って搭乗ゲートの方へ向けて歩き出し、部下達も後を追った。
 一般客とは異なり、団体客専用ゲートから入場した東鳩高校二年生一同は、そこで手荷物を預けると目的の機体へ乗り込んだ。ボーイング747。いわゆるジャンボジェットである。その真ん中付近が彼らの指定座席だった。
「あ、ラッキー♪。あたし窓際だぁ」
 自分の席を見つけた志保が嬉しそうに言う。窓際から順に志保、あかり、ひろのと座っていく。後ろには智子、レミィ、そしてあまり話をした事はないが雛山理緒と言うぴんと二筋はねた前髪が印象的な少女が座っていた。
「あ、後ろ保科さんたちだったんだ。席回して対面にしようか」
「新幹線ちゃうねんで。ンなモンないわ」
 そう言いながら良く長距離列車にある座席回転ペダルを捜す志保に、智子が苦笑しながらツッコミを入れる。
「え〜っ、ないのぉ?つまんないわねぇ」
 ふくれる志保に、一同がくすくすと笑う。
「ところで、ひろのちゃんは飛行機は初めて?」
 あかりが聞くと、ひろのは肯いた。
「そうだね。ちょっとワクワクするなぁ」
 すると、レミィが大きく肯いた。
「そうネ。アタシもステイツと日本を往復するのに良く飛行機を使うケド、何度乗っても気持ちが高鳴るヨ!」
 オーバーアクションで話すレミィの横で、理緒が恥ずかしそうに言う。
「わたし…飛行機どころか旅行に行くのも初めてなの…すごく嬉しい…」
 理緒の家は複雑な家庭環境にある。母親は早くに亡くなり、父は病気がち。理緒は新聞奨学生として、自分で学費を稼ぎながら通学している。他にも数件のアルバイトを掛け持ちしていると言う事で、本来修学旅行に行く余裕などとても無いのだが、今回ある事情で旅行への参加が可能になったのだった。
「長瀬さん…来栖川先輩とおじいさんにお礼を言っといてね」
「う、うん…あはは」
 ひろのは乾いた笑みを浮かべた。と言うのも、理緒の一番稼げるアルバイト先だった東鳩ファンタジアパークが、先日ひろの絡みの事件で奇麗さっぱり壊滅してしまい、理緒のバイト先(着ぐるみショー)が無くなってしまったのである。
 それを聞いた芹香とセバスチャンが学校に寄付を行い、経済的事情で修学旅行へ行けない生徒の旅費を肩代わりしたので、理緒も修学旅行に参加できるようになったと、まぁそういうわけであった。
 その時、機内アナウンスが流れた。
『皆様、本日は大和航空をご利用いただきありがとうございます。当機は10時21分発、函館行きYAL217便です。間もなく離陸します。席に座り、シートベルトをご着用ください。なお、機長は風間、副操縦士は神崎でございます』
 そのアナウンスに、生徒達は席に座り、しっかりとシートベルトを締めた。いよいよ出発だと言う緊張感が沸いてくる。しばらくしてエンジンのうなりが高まり、機体はゆっくりと滑走路へ続く誘導路へと入っていった。
 滑走路の端で待機する事5分、エンジンのうなりがひときわ高まり、機体が一気に加速する。一部の女子が小さな悲鳴を上げる中、加速した機体は一気に空へ向かって駆け上がった。
「わ、わ、すごぉい!!本当に飛んでるよぉ!!」
「そりゃあそうよ」
 理緒が無邪気な声を挙げて喜び、志保が自分で操縦しているかのように偉そうな口調で言う。ひろのの席からは窓の外には空しか見えないが、所々に浮かぶ雲を追い越して行く事で、機体の上昇が確認できる。
『ただいま、シートベルト着用指示ランプが消えましたが、席に着いている間はベルトを着用していてください。ただいまより、客室乗務員がお飲み物をお配りします』
 機が水平になると、そうアナウンスが流れた。座席の前に備え付けられた通販グッズのカタログを見ながらあれが良いこれが良いと話していたひろのたちも、飲み物と聞いて反応する。
「飲み物だって。機内食は出ないのかな?」
 志保が言うと、智子がやはり苦笑しながらツッコミを入れる。
「国内線やで、国内線。そんなん出えへんって」
 すると、今度は理緒が心配そうに言う。
「ど、どうしよう…わたしそんなにお金もってないよぅ」
「ドンウォーリィね、リオ。サービスだからお金は必要ないヨ」
 と、これはレミィが安心させる。やがて前方の席からキャビンアテンダントが回ってきた。ひろのと理緒はオレンジジュース、あかりと志保はアップルジュース、レミィはミネラルウォーター、智子は烏龍茶を頼んだ。一息つくひろのたち。客室全体にも、ほっとしたような空気が流れ始めた。
 しかし、その頃、操縦室ではとてつもない緊急事態が持ち上がろうとしていた。

「何、我々の要求は簡単な事さ。こちらの指示に従う。それだけで良い」
 そう言ったのは、空港で東鳩高校の生徒達を見下ろしていた5人組のリーダーだった。どうやって持ち込んだのか、手には黒光りする拳銃を握り締め、機長達に突きつけている。
「だ、そうだ。どうする?風間」
 副操縦士の神崎が言った。骨太な、野生的な容姿を持つ男だ。
「どうするって言われてもなぁ…乗客と機体の安全を預かる身としてははいそうですね、としか言えないだろう」
 風間機長が答えた。神崎とは対照的に、女性的な容姿を持つ人物だ。
「では、我々の指示に従ってくれるのかね?」
 リーダーの言葉に風間は頷く。
「いきなり墜落しろとか言うのはちと困るが」
「安心しろ。そんな事は言わんよ。まずは針路を今から言う方位に向けてもらおうか」
 男の伝えた針路に、風間と神崎は顔を見合わせる。
「そりゃまた厄介なところだなぁ、おい」
 神崎が肩を竦めると、リーダーは苛立ったように「早くしろ」と言った。
「わかったよ」
 風間が自動操縦を解除して機体を旋回に入れる。
「コントロールが旋回の理由を説明しろって言ってきているが…どうする?」
 風間が聞くと、リーダーは肯いた。
「好きに説明しろ。我々は逃げも隠れもしない」
 ああ、そうでございますか、と投げやりに返事し、風間は通信機のスイッチを入れた。
「こちらYAL217。エマージェンシーを宣言する。当機はハイジャックされた。繰り返す。当機はハイジャックされた」

 最初に異変に気がついたのは、ひろのだった。
「…あれ?」
 ひろのがあげた怪訝そうな声に、一緒に通販カタログを見ていたあかりが顔を上げる。
「どうしたの?ひろのちゃん」
「…この飛行機…南に向かってないか?」
 ひろのは言った。北へ飛ぶ飛行機は、右側の窓が東になり、この時間はそっちから光が差し込むはずだ。しかし、今はひろのたちが座っている左側の席から太陽が見える。
「…ホンマやな。どないしたんやろ」
 智子もひろのの言う事に気が付き、他の乗客の様子を見る。どうやら、気づいたのは彼女たちだけではないらしい。数箇所で起きた疑問のさざなみが、次第に大きくなっていく。
「スチュワーデスさんの様子が変ね…妙に表情が硬いわ」
 志保もおかしな点に気が付いた。
「なんだか…すごく嫌な予感がするな」
 ひろのが言った。最近立て続けに災難や不幸に見舞われているだけに、勘が鋭くなっている。
 そして、今回も不幸な事に、彼女の勘は完全に正しかった。

「機長…お客様たちの中に、進路の変更に気づいた方々がいます。今はまだ大きな騒ぎになってはいないようですが…」
 チーフ・キャビンアテンダントの篠原涼子が操縦席にやってきて風間機長に告げた。リーダーが突きつけている拳銃が気になるらしく、強張った表情で時折そちらを見ている。
「できれば目的地到着まで騒ぎは起こしたくなかったが…仕方ないな」
 リーダーはそう言うと、機内放送用のマイクを手に取った。スイッチを入れ、おもむろに告げる。
「乗客の皆さん、私は現在機長に代わってこの機体を預かるものです。ま、言うなればハイジャックですな」
 操縦席のドアの向こうが静まり返り、次の瞬間大きなどよめきに包まれる。怒号や叫び声も聞こえてきた。リーダーはそれを制するように言葉を続ける。
「おっと、静かにしていてもらいましょうか…この機には我々の同志が数人乗っていましてね…変な気を起こせば…ズドン」
 そのリーダーの放送が合図となり、客室では一斉にメンバー達が自動小銃や短機関銃を構えて立ち上がっていた。一瞬大きな悲鳴が上がるが、銃口に威嚇されてその騒ぎは次第に小さくなっていく。それを確認し、リーダーは肯いた。
「まぁ、大人しくしていただければ危害は加えません。我々の目的が達成されれば、すぐにでも皆さんは解放されるでしょう…こちらからの指示があれば追って放送します。しばらくは快適な空の旅をお楽しみください」
 リーダーは放送を切った。神崎副操縦士が殺気のこもった視線で睨み付けている。
「アンタらの目的は何だ?」
 神崎が言うと、リーダーは楽しそうにクックッと笑った。
「まぁ、そう慌てなさんな。そのうち話してやるよ」
 リーダーがそう言うと、航空無線が鳴った。風間機長が目で訴えかけてきたので、リーダーは出る事を許可した。風間が無線のスイッチを入れる。
「こちらYAL217。…えぇ、今の所死傷者は出ておりません。…はい、少しお待ちください」
 風間はリーダーに向かって言った。
「君と話をしたい人がいるそうだ。話す気はあるかな?」
「小物ならお断りだな」
 リーダーが答えると、風間は首を横に振った。
「安心しろ。一応大物だと思う」
 リーダーは風間が差し出した無線のヘッドホンを被った。
「どこのどなただい?私と話がしたいと言うのは」
『国土交通大臣だ。君たちの目的は何だ?』
 無線の向こうから聞こえてきた声に、リーダーはヒョウと口笛を吹き鳴らす。
「と言う事は、もう対策委員会ができたのか…お早いじゃないか。感心感心」
 国土交通大臣の声がいらつく。
『早く目的をのべたまえ』
 リーダーは慌てなさんな、と言うと自らの目標を語り出した。
「なに、簡単な事だよ。我々の目的は、虐げられた者の復権だ。そのための活動費として…そうだな、1億ドルを要求する」
 一瞬、無線の向こうの声が沈黙し、次の瞬間素っ頓狂な叫び声を挙げる。
『い、1億ドルぅっ!?』
「そうだ、1億ドルだ。びた一文まけるつもりはない」
 リーダーは優位に立っている人間特有の楽しそうな笑顔を浮かべて、決定的な一言を口にした。
「嫌とは言わせんよ。この飛行機には修学旅行の学生も乗っている。その中には、あんたたちが『御前』と呼んでいるあのお方の孫娘さんも含まれているんだぜ」
 再び、一瞬、無線の向こうの声が沈黙し、次の瞬間、1億ドルを要求されたときよりも悲愴な叫び声があがった。
『あ、あ、あああ、あのお方の孫娘だとぅ!!??ま、待て!それは…!!』
「できるだけ早く『御前』に連絡する事だな。奴が呼び出せたらもう一度交信してこい」
 なにかを言いかけた国土交通大臣の言葉を無理矢理断ち切るように言うと、リーダーは無線を切った。
「金か…意外に俗な要求だったんだな」
 風間機長が言うと、そこで初めてリーダーは怒ったような表情を見せた。
「ふん…欲のために犯罪を働く輩と一緒にされたくはないな。我々が得た資金は、新たな大義の実現のために使われるのだからな」
 リーダーは言った。自らの正義を疑わない、狂信者の表情がそこにはあった。

 日本を代表する大財閥であり、有数の名家でもある来栖川家の当主、来栖川厳彦氏は世間でイメージされているほど多忙な人間ではない。既に、多くの事業は彼抜きでも動く体制になっており、グループ全体の行く末を決めるような重要な事案だけが厳彦氏が決済する項目である。
 と言うわけで、厳彦氏はこの日、邸宅の彼専用の庭園で、趣味の庭いじりをしていた。見た目は悠々自適の老後を送る好々爺にしか見えない。
 そこへ、執事のセバスチャンこと長瀬源四郎が電話を持ってやってきた。
「大旦那様、国土交通大臣の山村様よりお電話でございます」
「うむ、ご苦労」
 政府の閣僚から電話がかかってきたと言うのに、驚いた様子もなく電話を取る厳彦氏。
「おお、久しぶりじゃな山村君。息子さんは元気にしておるかね…ん?わしの孫娘?芹香も綾香も今日は学校に行っておって飛行機になぞ乗ってはおらんぞ…なに?相手がそう言っておるのかね。それは妙な話じゃな」
 厳彦氏が口にした「飛行機」と言う単語に反応するセバスチャン。
「ふむぅ…まぁ、良かろう。何かの暇つぶしにはなるだろうさ。その若造と話をしてやろうじゃないか」
 厳彦氏は電話を切った。立ち上がり、セバスチャンに向き直る。
「長瀬、ミッションルームに行くぞ。久々にわしに喧嘩を売ろうと言うイキの良い連中が出たそうだ」
 厳彦氏は実に楽しそうに言い、先頭切って歩き出す。その後を、不安に駆られながらセバスチャンが付いていった。

 その頃、YAL217便では乗客達が不安におびえていた。黒光りする銃が向くたびに、その先にいる人々が身を縮こまらせる。
「ひ、ひろの…あたしたち、これからどうなっちゃうんだろ…」
 さすがの志保も恐怖におびえ、口数が少ない。
「わかんないな…何とか助けてようとしてくれる人たちはいるだろうけど」
 ひろのは答えた。とはいえ、外国にでも降ろされてしまえば、日本の力ではなかなか救出は難しいだろう。
「くすん…お父さん…良太…」
 理緒が震えながら泣き声をあげており、あかりと智子が何とか慰めようとしている。一番落ち着いているのはレミィで、ハイジャッカー達の様子を観察しているように見える。
「とにかく、私たちにはどうしようもないよ」
 そう言った時、ハイジャッカーの一人が手に写真を持って近づいてきた。ひろのたちの席の前で立ち止まり、写真とみんなの顔を見比べる。
「おい、そこのでっかいリボンの女子生徒」
 ハイジャッカーがひろのを指差した。
「わ、私?」
 ひろのが自分を指差すと、ハイジャッカーは肯いた。
「リーダーがお前に用があるそうだ。操縦席へ来い」
 周囲の生徒達がどよめく。
「ま、待て!生徒には手を出すな!人質なら私が…」
 思わず立ち上がった木林先生が、他のハイジャッカーに殴られる。
「せ、先生!」
 騒ぐ生徒達に、ハイジャッカーは銃を振りかざして怒鳴る。
「ガタガタうるせぇ!!おまえらは黙っておれたちの指示に従えば良いんだよっ!!」
 その言葉を聞いてひろのは立ち上がった。
「わかりました。言う事は聞きますから…みんなには何もしないで」
「長瀬さんっ!?」
「ひろのちゃん!!」
 再び場がどよめくが、ひろのは強張った微笑を浮かべて、それでもきっぱりと言いきった。
「大丈夫だよ…取って食われるわけじゃないし」
 ハイジャッカーは満足そうに肯いてひろのの背後に立ち、銃で歩くように促した。
「良し良し、なかなか素直なお嬢様だな。さ、歩きなっ」
 ひろのは機首の方向へ向かって歩き始めた。他の生徒や乗客達の視線が向けられる。

「入れ」
 2階のキャビンに上がり、操縦席の扉が開けられた。ひろのは言われるままに中へ入る。そこには機長に銃を向けた長身の男がいた。
「来栖川綾香さんだな」
「…え?」
 いきなり綾香の名で呼ばれ、混乱するひろの。
「君の御祖父に君の声を聞かせてやろうと思ってね…さ、何でも好きな事を話すと良い」
 無線のヘッドフォンが突き付けられる。訳が分からないまま、ひろのはそれを被って話し掛けた。
「あの、もしもし…」
『おや、その声はひろの君じゃな』
 ヘッドフォンの向こうから、聴き慣れた人物の声が聞こえてきた。
「あ、もしかして…芹香先輩のおじいさん?」
『おう、そうじゃよ。どうやら君は芹香か綾香と間違われたようじゃな。まさに飛んだ災難じゃのう』
 ふぉっふぉっふぉっと言うくぐもった笑い声が聞こえる。
「…すいません。この状況で笑えません、その冗談」
 脱力しそうなひろの。厳彦はすまん、すまんと言いながら言葉を続けた。
「まぁ、ともかくじゃ、我が孫娘たちの親友にして忠良なる執事の縁者であるひろの君は、わしにとっても大事な家族の一員も同然。必ず助けてあげるから、大船に乗った気持ちで待っていなさい」
 この状況下で暖かくも力強い言葉を聞かされ、ひろのは思わず涙ぐむ。
「はい…ありがとうございます」
 礼を言ったとき、とてつもない大音声がレシーバーから飛び出してきた。
『ひろのおおおぉぉぉぉぉぉっっっっ!!無事かあああぁぁぁぁぁぁぁぁっっっっっっ!!!!』
 セバスチャンだった。とっさにレシーバーを外したが、それでも操縦席全体に聞こえそうなものすごい声だった。良く機械が壊れないものである。
「うん、今の所誰も怪我はしてないよ、おじいちゃん」
 ひろのが言うと、セバスチャンはほっとしたような声を出した。
『そ、そうか…待っておれよ、ひろの。今すぐ助けに行くのでな』
「うん、待ってるよ、おじいちゃん…って、どうやって?」
 気になる事を尋ねようとした時には、セバスチャンはもう行動を起こしたのか応答しなかった。代わって厳彦氏が出る。
「やれやれ、忙しい男じゃのう…まぁ、そういう訳なのでな。ハイジャッカーよ、聞いておるかね?志を持って行動を起こすのは良いが、人に迷惑を掛けない事と、喧嘩を売る相手は選ぶようにな。さらばじゃ」
 交信が切れた。ひろのがヘッドフォンを返そうとすると、まともにセバスチャンの大声を聞いてしまったのか、副操縦士は耳を押さえて悶絶していた。残念な事に、リーダーはとっさにレシーバーを外せたらしい。しかし、彼は不審の目でひろのを見ていた。
「つかぬ事を聞くが…」
 リーダーは言った。
「君の名前は?来栖川綾香ではないのかね?」
 ひろのは肯き、スカートのポケットから生徒手帳を取り出した。
「長瀬ひろのと言います。これが証拠」
 リーダーは生徒手帳の写真とひろのの顔をまじまじと見比べてからもう一度尋ねた。
「高校二年生の女子で、来栖川芹香と一緒に登下校していて、エクストリーム部の部員で、スタイル抜群の美少女。私が伝え聞く来栖川綾香嬢の特徴に一致するのだが」
「えっと…私は芹香先輩の執事の家に同居しているので、通学が一緒なんです。あと、エクストリーム部に入ってはいますが、選手ではなくマネージャーです。それに、綾香は寺女の生徒ですよ」
 ひろのは事情を話した。自分のスタイルと容姿に付いてはあえて明言を避けた。
「それに…」
「それに?」
「いや、なんでもないです…」
 もし綾香がここにいたら、多分数秒でこのハイジャッカーたちは全員抹殺されてしまうだろうと言いかけたのだが、相手が怒るのも嫌なので黙っておく事にした。
「そうか…」
 リーダーは肯くと、トランシーバーを取り出した。
「こちら柳川。久瀬はいるか?すぐに来い」
 それだけ言うと、一分ほどして呼ばれた久瀬と思しき男がやってきた。ひろのは知る由も無かったが、彼女の写真を「来栖川綾香」として持ってきた男である。
「なぁ、久瀬。重要な話があるんだが…」
 そう言うと、柳川は久瀬を連れて操縦席を出ていった。しばらくして…
「この、ボケがっ!!」
 どごしゃあっ!!
「ぐわはぁっ!?」
 そんな声と轟音が聞こえてきたかと思うと、返り血らしき赤い染みをシャツに付けた柳川が戻ってきた。久瀬の姿はない。何があったのかは…あまり想像したくないような気がした。
「さて、長瀬さん」
「は、はい?」
 上ずった声でひろのが返事をすると、柳川はドアの外を指差した。
「席に帰りなさい。斎藤、送っていってやれ」
「はっ」
 最初にひろのを連れてきた男が彼女を促す。ひろのは先に立って自分の席へ戻って行った。彼女の無事な姿を見て、乗客達から安堵の声が漏れる。席まで来ると、あかりが立ち上がってひろのに抱き着いてきた。
「ひろのちゃん!良かった、無事で…」
 そう言いながら、ひろのの豊かな胸に顔を埋めて涙ぐむ。
「ひどい事はされなかった?」
「うん?あ、あぁ…それは大丈夫だよ」
 ひろのが答えると、斎藤が席に着け、と命じた。ひろのはあかりを抱えるようにして席に座らせ、自分も腰掛ける。
「…ひろの、何があったの?」
 志保が尋ねてくる。ひろのは溜め息を吐き、肩を竦めてみせた。
「いや、それがもう何と言うか…とにかく、私たち絶対助かると思うよ」
 ひろのの確信を込めた言い方に、志保が不思議そうな声を出す。
「…なんで?」
 ひろのはきっぱりと答えた。
「だって、この連中、ただのアホなんだもん」

 さっきまで重要人物と思いこんでいた少女にアホ呼ばわりされたとも知らず(無理もないが)、操縦席では柳川とその腹心の月島が話をしていた。
「ともかく、だ」
 柳川は言った。
「来栖川の令嬢を使えば、余計にもう少し身代金が頂けるかと思ったが…我々の目的に変化はない。我々日陰の者が日向に出るために…戦いは継続しなければならない」
「そうです!我々は負けるわけには行かないのです!」
 どうやら、彼らにもいろいろと背負っている重いものがあるらしい。どう言う事情なのかは全くの謎だが。
「まぁ大丈夫だろう。我々の武装は普通日本の警察が想定しているハイジャック犯のそれを凌駕している。油断さえしなければ、いくらでも戦いようはあるさ」
 柳川はそう言いながら持ちこんできたサブマシンガンを撫でる。確かに、警察が相手なら十分過ぎるほどの装備であり、彼らが強行突入してきても軽く薙ぎ倒せるくらいの火力はあるだろう。より強力なアサルトライフルを持ったメンバーもいるのである。
 しかし、世の中には常識の枠の中に住んでいない連中と言うのがいて、そういう存在には銃など全く無駄なものであると言う事を、彼らは知る事になる。

 最初にそれに気がついたのは、やる事がないのでレーダーを見つめてぼうっとしていた風間機長だった。
「おや…」
 レーダー上に小さな光の点が映っている。反応から見て、小型のビジネスジェットか何からしい。こちらへまっすぐ向かってくる。
「リーダーさん、小型機が接近してくる。このままだとニアミスになるが、警告して良いか?」
 勝手に交信して撃たれるのも嫌なので、機長は一応柳川にお伺いを立ててみた。
「あぁ、別に構わないが…」
 柳川が言うと、機長は無線機にスイッチを入れた。
「接近中の小型機、こちらYAL217便。そちらは本機の針路を妨害している。速やかに回避行動を取られたし」
 念の為、日本語と英語で同じ事を繰り返すが、聞こえているのかいないのか、さっぱり回避する様子が見えない。苛立った風間機長が叫んだ。
「おい、聞こえているのかっ!?避けろと言ったら避け…うわっ!?」
 突然、目の前をそのビジネスジェットが飛び過ぎた。その気流でジャンボの機体が揺れる。慌てて押さえこんだ風間は、そのビジネスジェットに罵声を浴びせながら、ある事を思っていた。
(今の小型機…屋根に人が乗っていたように見えたけど…気のせいだよな)

 しかし、客室では一瞬機体が揺れたあと、「どんっ」と言う音がして、続いて何か引っかくような音が屋根からしてきたのに数人の乗客が気づいていた。
「なんだろう、今の」
 気づいた人物の一人、志保が天井を見上げる。その瞬間だった。
「!!」
 突然、後部のドアが開いた。気圧差でものすごい風が起こり、乗客達が悲鳴を上げる中酸素マスクが次々に落ちてくる。フライト前のビデオで見たように、ひろのたちは慌ててそのマスクを被った。だが、ドアが開いたのは一瞬で、すぐにそれは閉まり、風も収まる。
「くっ、なんだ?様子を…」
 ハイジャッカー達の一人が一度開いた後部ドアに目をやった時、何か黒い疾風のようなものが突っ込んできた。
「ぐえあ!?」
 黒い疾風の一撃をくらい、ハイジャッカーが悲鳴を上げながら吹き飛ぶ。その正体を、ひろのは信じられない思いで見た。
「お、おじいちゃんっ!?」
「おう、ひろの!!無事だったようじゃな!!」
 そう、それは間違いなくおじいちゃんことセバスチャン長瀬源四郎その人だった。
「な、何だお前は!?」
 残った斎藤が叫ぶと、セバスチャンは凄まじい殺気のこもった目でそいつを睨み付けた。
「おのれ…わしの可愛い孫娘を怖がらせた罪、万死に値するわ!!成敗してくれるからそこになおれい!!」
 一喝するなり、セバスチャンは走り出した。その勢いと殺気に、斎藤がパニックに駆られる。
「う、うわああああ!?」
 斎藤は持っていた自動小銃を発砲した。タタタタタ…というリズミカルな音を立てて、弾丸がセバスチャンに殺到する。
「おじいちゃん!」
 ひろのは叫び、思わず目を手で覆った。しかし、そっと顔を上げてみると、そこには全く無傷のセバスチャンが斎藤と対峙していた。
「あ、あ、あれ?」
 引き金を引く斎藤。しかし、弾丸切れのため銃はうんともすんとも言わない。セバスチャンはニヤリと笑った。
「そんな玩具ではワシは倒せぬわ!!」
 そう言って手を開くと、そこから弾丸がばらばらと床に落ちた。セバスチャンは飛来した弾丸をすべて素手で受け止めていたのである。
「げえっ!?」
 絶句する斎藤。それはそうだろう。次の瞬間、踏み込んだセバスチャンの一撃をまともにくらい、彼は信じられないものを見てしまった衝撃から立ち直れないまま床に轟沈した。
「後何人いる?」
 ハイジャック犯2人を瞬く間に撃破したセバスチャンはひろのに尋ねた。
「わからないけど…私が見た限りでは7人くらい!今やっつけたのを外すと、5人!」
 ひろのの返事を聞くとセバスチャンは肯いた。
「よし、ここで待っておれ。わしは前方を駆逐してくる」
 そう言ってセバスチャンは進もうとしたが、その必要は無かった。銃声を聞きつけ、前の方の見張りが駆け付けてきたのだ。
「斎藤!?それに山田っ!!畜生!!」
 一人がサブマシンガンを構えたが、セバスチャンの方が圧倒的に早かった。巨体が宙を唸り、スチーム・ハンマーのような飛び蹴りがそいつの顔面に炸裂した。ハイジャッカーは悲鳴も上げずに吹き飛び、ビデオパネルに激突して完黙した。その時だった。
「ひゃあっ!?」
 その悲鳴に、セバスチャンは振り向いた。
「む、むうっ!?しまった!!」
 凍り付くセバスチャン。もう一人のハイジャッカーが、ひろのを抱きかかえて銃を突き付けていたのだ。
「そこまでだジジイ!この娘の命が惜しかったら動くんじゃねぇ!!」
「ぬ、ぬうう…」
 セバスチャンは歯噛みした。今彼のいる通路と、ひろのの席がある通路の間には、中央列のシートとそこの乗客達が挟まっている。これでは、いかにセバスチャンが神速の動きを誇っていても、ひろのの元へ駆け付けるのは困難だ。
「いいかぁ…ちょっとでも動いてみろよぉ…この娘の命は保証しねえ」
「ひうっ…」
 突きつけられた銃が、ハイジャッカーの腕が持ち上げるせいで強調される形になった胸に食い込む。恐怖の余りひろのは声も出ない。そうしている間に、さらに駆け付けたハイジャッカーグループが後ろに回りこむ。
「よし、そのジジイを縛り上げてくれ。抵抗するなよ、ジジイ」
「くっ…仕方ない」
 セバスチャンが抵抗を断念しようとした時、思わぬ人物がその状況を打破した。
「ヘイ、それじゃあ撃てないネ。セーフティがかかったままヨ」
「え?」
 ひろのを捕まえているハイジャッカーが思わず自分の銃を見たその瞬間。
 ばきっ!ばこんっ!!どがっ!!!
「ふげあっ!?」
 志保のマイク、あかりのフライパン、智子のカバン(辞書入り)が立て続けにハイジャッカーに向かって炸裂。彼はひろのを離すと、ものも言わずに床に轟沈した。緊張の糸が切れ、ふらぁっと倒れ掛かるひろのを、きっかけとなった一言を発した人物…レミィが抱きとめる。
 そして、セバスチャンはひろのが安全になった事を確認し、その怒りのパワーを彼を拘束しようとしていたハイジャッカーグループに叩きつけた。
「うおりゃああああぁぁぁぁぁぁ!!」
 どごむっ!!
 十分なパワーとスピードを乗せたその必殺の一撃はハイジャッカーの顔面に直撃。そいつは床と水平に20メートル以上も飛んでいき、客席と乗務員キャビンの隔壁に激突して止まった。それを見届ける事なく、セバスチャンは身を躍らせてひろのの元へ駆け寄った。
「ひろの、ひろのっ!!しっかりするんじゃ!!」
 気を失ったひろのをセバスチャンが揺さぶる。しばらくして、「うぅん…」と声をあげてひろのは目を覚ました。
「あれ?おじいちゃん…そうだ、どうやってここに来たの?」
 ひろのの疑問に、セバスチャンはようやく答えた。
「うむ、息子が一人航空会社におってな、そいつに連れてきてもらった」
「つ、連れてきてもらったって…」
 セバスチャンの説明によると、リムジンを時速三百キロ以上でかっ飛ばして羽田に着いたセバスチャンは、息子にリアジェットを操縦させて離陸。このジャンボが見えたところで、屋根に飛び移ったのだと言う。風間機長が見たのは、飛び移る直前のセバスチャンだったのだ。
「すごいや…さすがはおじいちゃん。それより、操縦席にハイジャッカーのリーダーがいるんだ!あの人をどうにかしないと」
 ひろのは言った。理緒が「うそ…」と言いながら口をあんぐりと開け、智子が「ムチャクチャやな…」と言いながら額に手をやっているのに比べると、さすがにひろのには人外の者に対する抵抗力がついていた。セバスチャンの無茶を聞いた後でも、さして動揺していない…というか、既に当然だと思っている。
「うむ、そやつを倒せば事態は解決するのじゃな。わかった。行ってくる」
 そう言うとセバスチャンは立ち上がった。走り去る彼の背を見送り、ひろのは友人たちに振りかえった。
「それにしても…助かったよ。ありがとう、みんな」
 ひろのが礼を言うと、あかりが答えた。
「お礼なんて良いよ。ひろのちゃんを傷つける相手は許さないんだからっ」
 そう言って、倒れたハイジャッカーを踏みつけながらフライパン片手にガッツポーズを取る。
「それに、レミィ…あの一言は凄く助かったよ。随分銃に詳しいんだね」
 レミィは特に威張った様子もなく答えた。
「ステイツにいたころは、ダッドのハンティングによく付き合ったカラ、それで覚えただけダヨ」
 そう言ってVサインをして見せる。そして、セバスチャンが消えていった機首の方向を見た。
「ところで、ヒロノのグランパは大丈夫ナノ?まだ3人はいると思うケド」
 ひろのは大丈夫、と言うように首を縦に振った。
「おじいちゃんなら大丈夫だよ…一般人が倒そうと思ったら、ガンダムでも持ってこなきゃ無理な人だから」
「Oh…それはまさに東洋の神秘ネ」
 銃社会、アメリカで育ったレミィは銃に素手で勝ってしまう人間の存在自体が不可思議だったが、ひろのの話を聞いてますますその印象を強くした。

 その頃、セバスチャンは2階客席に侵攻していた。ハイジャッカー2人が迎撃に出てきたが、これをあっさりと撃破して操縦席の前に辿り着く。そこには、柳川がセバスチャンを待ち受けていた。
「お前が首謀者か?」
 セバスチャンが聞くと、柳川はほう、という感心したような目でセバスチャンを見た。
「その声…さっきの娘が言っていた『おじいちゃん』か…どうやってここまで来たのか知らんが、よほど大事にしているようだな」
 柳川が言うと、セバスチャンは胸を張った。
「おう。自慢の孫娘よ」
 セバスチャンがそう答えると、柳川は遠い目をした。
「そうか…俺にもそういう大事な人間はいたよ。あいつさえいてくれればこんな事にはならなかったのにな」
 その苦い口調に、セバスチャンも姿勢を正す。
「お主も重い物を背負っているようじゃな…だが、ワシはそれを認める訳にはいかんよ」
 柳川は微笑すると銃を捨て、構えを取った。
「認めてもらおうとは思わない。俺が勝って戦いを続けるか、あんたが勝って娘さんを助けるか、二つに一つだっ」
 セバスチャンも構えを取る。
「よい覚悟じゃ…ワシの名は長瀬。お主の名を聞いておこうか」
「長瀬か…昔の上司にいたな。俺は柳川だ」
「そうか。では、行くぞ、柳川っ!!」
 二階席に、2人の激突する音が響き渡った。

 セバスチャンが操縦席へ向かってから十分ほどが過ぎた。ひろのたちはそわそわとしながら機首の方向を見つめている。
「大丈夫かな…セバスチャンさん」
 あかりが言った時、唐突に機内放送が流れた。
「乗客の皆さん、機長の風間です。ハイジャック犯は全員排除されました。当機は進路を変更し、予定通り函館へ向かいます」
 一瞬、放送の意味を把握しかねて沈黙した乗客たちだったが、次の瞬間歓声が爆発した。
「やった!助かったんだ、俺たちは!!」
「万歳!良かった良かった」
「ブラボー!!」
 全員がお祭り騒ぎの中、ひろのはほっと胸をなでおろした。
「さすがおじいちゃん…こう言う時は一番頼りになるよ」
「すっごいわね〜、あんたのおじいちゃん」
 志保も感心したように言う。
「でも、おかしいなぁ」
 そこへ、水を指すように智子が言った。
「なにが?保科さん」
 あかりが聞くと、智子は眼鏡をくいっと押し上げて答えた。
「こう言う時は、出発地の空港に引き返すモンやないか。なんで、函館へ行くんやろ」
「…そういえば」
 ひろのはカタが付いたのに、操縦席から戻ってこないセバスチャンの事が気にかかり、機首の方を見つめた。

「なぁ…長瀬さん、どうしても函館へ行かなきゃダメかい?」
 尋ねたのは風間機長だった。セバスチャンは反論を認めない強い口調で断言した。
「無論じゃ。ひろのはこの修学旅行を楽しみにしておったでなぁ…こんな事で中断させはせんよ」
「…ということらしいから、隆山空港にはお前から断りの連絡をいれておいてくれよ」
 風間機長ははあ、と溜息をつくと神崎副操縦士に言った。常識で羽田へ戻るのが正しいとわかっていても、素手でハイジャッカー全員を倒した人外の者に逆らうのは無理だった。
「了解」
 神崎は無線のダイヤルを回し始めた。隆山空港は有名な日本海岸の温泉町の空港だが、ジャンボが降りるにはちょっと狭すぎる空港だ。犯人たちが要求していたのは、ここへの着陸だったのである。
「…燃料がぎりぎりだな。まったく、これじゃあ別口のハイジャック犯に乗っ取られたのと変わらないよ…」
 トホホ、と言いたげに風間機長は操縦桿を倒した。巨大な機体がゆっくりと日本海上空で旋回し、針路を変更する。
 当初の目的地、北の大地北海道の玄関口、函館を目指して。

(つづく)

次回予告

 のっけから波瀾の幕開けとなった修学旅行。函館観光は無事に済んだものの、次の観光地でまたしても事件が発生。解き放たれた野生の脅威に大パニックの東鳩高校一同(約1名除く)。はたしてひろのたちは迫り来る黒い恐怖から無事に逃げる事ができるのか!?
 次回、第一五話
「修学旅行へ行こう!A〜くまチック・パーク〜」
 お楽しみに。
 もう予告と本編の違いに関する言い訳のネタはつきました。

後書き代わりの座談会・その15

作者(以下作)「うわぁ…とうとうやっちまったよ」
ひろの(以下ひ)「なにが?」
作「とうとう他の作品のキャラを出してしまった…どうせ一発キャラならオリジナルの雑魚で良かったのに」
ひ「あぁ…そういう事。でも、世間ではそっちの方が一般的な手法なのでは?」
作「確かに、2次創作でオリキャラは邪道といわれているな。でも、もうほとんどオリキャラのお前さんや完全オリキャラの真帆さんを出している身では、できるだけ他作品キャラには頼りたくなかったのだよ」
ひ「では、なんで出したわけ?」
作「やっぱり一回使い捨ての奴にも個性が欲しくて…そうすると、これが一番頼りになる方法だったんだよな」
ひ「まぁ、それは言えるかも」
作「真帆さんみたいに、メインは張らないけど長い付き合いになるキャラなら、却ってオリキャラのほうが使いやすいんだけどね」
ひ「ところで、今回は理緒ちゃんが初登場だね」
作「うむ、これでメインキャラはほとんど出揃ったかな?」
ひ「セリオの影がものすごく薄いんだけど…」
作「セリオか…好きなキャラだし、サテライト・システムのおかげでキャラが立てやすいんだけど、このままだとこの作品ではマルチとかぶりすぎるからなぁ…何か良いキャラの立て方を思いつくまでは出せないな」
ひ「いろいろ難しいんだね」
作「そうなんだ。では、次回をお楽しみに」

収録場所:YAL217便2階キャビン


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