※そろそろこんな注釈も不要な気がしますが、主人公の長瀬ひろの嬢は魔法で女の子になってしまった浩之ちゃんです。

前回までのあらすじ
最初は葵の夢、ついでにひろのの身体を賭けた(一部嘘)グラップラー少女たちの戦いは、東鳩ファンタジアパークの壊滅により一応の終結を見た。
これによって、ひろのの周囲にもしばしの平穏が戻って来た。しかし、目に見えない悪意の影が彼女の身に密かに迫ろうとしていた。


To Heart Outside Story

12人目の彼女

第十三話

「二つの涙」



 放課後、東鳩高校2−Aのクラス委員長、保科智子は塾に行くために鞄を持って教室を出た。階段を降りて一階の廊下に出たとき、聞き覚えのある声が聞こえてきた。智子はふっと角に身を隠し、その声に耳を傾けた。
「明日やるわよ、あの娘の事」
「持ち物隠すくらいじゃヌルいんじゃないのぉ?」
「自分が嫌われているって事、はっきり分からせないと」
 何やら悪巧みしているとしか思えない会話の中身に、智子は眉をひそめた。かつて自分と対立していた…と言うより、向こうから一方的にちょっかいを出して来ていた、岡田美奈子、松本ちとせ、吉井夏樹の3人組の声に間違いなかった。
「とにかく、あたしたちを馬鹿にしてくれたお礼はきっちりしないと。手加減抜きよ」
「わかってるわ」
 声がしなくなった。そっと角から顔を出すが、そこにはもう3人はいなかった。
(…私には関係の無い話やけどな)
 智子はため息を吐いて歩き出した。最近、連中がちょっかいを掛けてこなくなったのはもっけの幸いだが、どうやら新しい標的を見つけたらしい。
(…なにしてるんやろ、私。あんな奴ら気にする事はないのに…)
 こんな…愛着も何もない街で…他人が何をしようと、どうなろうと…
 でも…
(なんか放っておけん気もするなぁ)
 自分への嫌がらせは無くなったが、その代わりに別の誰かが迫害される。見知らぬ土地へやってきて、その風土や気質の違いから他者への不干渉を選んできた智子だったが、本来は情の深い少女である。そう考えてしまうと、あの3人が一体何をしようとしているのか、気になってしょうがなかった。


 最初は、ほんの些細な出来事から始まった。
「長瀬さん、おはよー」
「あぁ、おはよう、みんな」
 周囲からの挨拶に答えながら登校してきたひろのは、自分の靴箱を開けた。
「…あれ?」
 ひろのは首を傾げた。もう一度、ゆっくり中を見回す。だが、そんな大きな空間ではない靴箱の中身。何度見回したところで変化がある訳もない。
「おはよう、ひろのちゃん…あれ?」
「おっはよーん、ひろの〜…って、どうしたの?」
 陽気な声を上げながら入ってきたのはあかりと志保だ。が、すぐにひろのの妙な様子に気がついて傍に寄って来る。
「あ、おはよう。あかり、志保。いや、なんか私の上履きが見つからないんだ」
「え?」
 志保は「長瀬」と書かれた靴箱を開けた。中は空っぽだ。志保が見ても、続いてあかりが見ても、いや、他の誰が見たところでその事実は動かしようがない。上履きはどこかへ消えていた。
「本当だ…どうしたんだろ?」
 志保は首をひねった。
「誰かが間違えて履いて行ったとか」
 あかりが言うと、志保は首を振った。
「それはないでしょ。だったら代わりに外靴が残っているはずだし…それに、ひろのと同じサイズの靴を履く女子なんていないわよ」
「…それは確かに」
 ひろのは肯いた。彼女の靴のサイズは25.5センチ(ちなみに浩之時代は26.5センチ)。普通の女子が履いたらまずぶかぶかになるサイズである。いくらなんでもそれを間違えて履く人間はいない。
「男子だったら履けるけどね…色ですぐ分かるだろうし」
 上履きの底のゴム部分と、横のラインは男子が青、女子が赤と明確に決められている。
「探してる時間はちょっとないわね…とりあえず、来客用のスリッパを取ってくるから、ひろのはそこで待ってて」
 そう言うと、上履きに履き替えた志保は職員・来客用玄関のほうへ向かおうとする。
「うん、わかった。ありがとう、志保」
 ひろのが礼を言うと、志保は手を振って廊下の先に消えていった。
「さて…本当にどうしたのかな」
 ひろのは上を向いて昨日の事を回想した。昨日は部活の日だった。と言う事は、武道館に置いてきた…と言う可能性もなくはない。
「いや…でも、帰るときはここから出ていったなぁ」
 遅くなって玄関が閉まってしまった時は、武道館から帰るときもあるが、昨日はちゃんと定時(17:00)で帰ったはずだ。つまり、その時点では上履きは確実にここにあったはずなのだ。
「まぁ…後で一応武道館に寄ってみるか」
 その時、志保がスリッパを持ってやってきた。ひろのはそれに履き替えて、やっと教室へ向かう事ができた。
 しかし、上履きが消えたこの事件は、これから数日の間彼女を襲う数々の事態のほんの前奏曲にしか過ぎなかったのだ。

 放課後、武道館。
「う〜ん、やっぱりないなぁ…」
 ひろのは自分のロッカーを開けたり、武道館の靴箱を隅から隅まで探してみたが、彼女の上履きの行方は杳として知れなかった。どうしても見つからなければ買い直すしかないのだが。
「特注なんだよな…あれ」
 そう、需要の少ない女子用の25センチ以上の上履きは購買には常備されておらず、注文しないと入荷しないのだ。今から注文しても、届くまで一週間はかかるだろう。ちなみに、この学校で特注のラージサイズ上履きを使っている女子生徒は、ひろののほかには坂下好恵(26センチ)ただ一人である。
「仕方ない。どのみち予備は必要なんだし、今から注文しておくか」
 そう言うと、ひろのは購買に向かった。上履きを念のため2セット発注し、今度は教室へ向かう。ところが、そこではまたしても物の紛失と言う事態が彼女を待ち受けていた。

「…鞄がない」
 ひろのは自分の机の横に掛けてあったはずの鞄が失くなっているのを見て、余りの不可解さに首をひねった。今朝は上履き、今は鞄。
「おかしな事もあるな…って、落ち着いてる場合じゃない。探さないと帰れないじゃないか」
 ひろのは他の人の机をチェックし始めた。しかし、見つからない。彼女の鞄には芹香特製のお守りが付いているのですぐにわかるはずなのだが。結局、どの机にも自分の鞄がないとわかると、ひろのはロッカーを開けた。そこにも鞄はなかった。
「…おかしいなぁ」
 どこか見落としがないかとあたりを見回したひろのは、思いがけない場所に自分の鞄を見出した。それは、廊下の火災警報機兼消火栓の赤いボックスの上だった。見覚えのある星の形をはめ込んだ金のリングでできた芹香のお守り(と言うか、護符)が端から垂れて揺れている。
「何でこんなところに?」
 ひろのは鞄を降ろし、念の為に中を検めた。幸い紛失物はないようだ。教科書やノート、ペンケースも元通りに入っている。異常がない事を確かめると、ひろのは首を傾げながら学校を後にした。

 翌日、ひろのは許可を取って職員・来客用玄関から入り、スリッパを履いて校舎に入った。途中で生徒用玄関に立ちより、靴箱を調べる。やはり上履きはなかった。ひろのは靴を入れて買ってきた鍵をかけ、教室に向かった。
「おはよう、ひろのちゃん。上履きは見つかった?」
 あかりが挨拶とともに昨日の経過を聞いてくる。
「だめ。収穫なし」
 ひろのは首を横に振った。
「まったく…どこに行ったんだか」
 ひろのが椅子に腰を下ろすと、志保が言った。
「ひょっとしてさぁ、盗まれたんじゃないの?」
 ひろのとあかりの目が一斉に志保のほうを向く。
「盗まれた?」
「そう。ほら、時々いるじゃない。学校に忍び込んで女子生徒の身に付けるものを盗んで行く変質者とか」
 志保が答えると、あかりも肯いた。
「そう言えば、この間も新聞に載ってたね」
 しかし、当の本人は当惑顔だった。
「…しかし、あれだね。靴なんか盗んで、どうすんだろうね」
 このひろのの言葉に、志保はそりゃあ…と指を立てて言った。
「やっぱり、においを嗅ぐとかかな?」
 ひろのはすごく嫌そうな顔になった。自分の靴の匂いを嗅いで喜んでいる顔も知れない誰かを想像して、かなり背筋が寒くなったらしい。あわててあかりがフォローに入る。
「い、いやぁ…でも、きっとひろのちゃんだったら良い匂いがするに違いないよ!わたしひろのちゃんの靴のにおいなら平気だよ」
…訂正。全くもってフォローになっていなかった。
「「…あかり…それ、マジで言ってる?」」
 あかりはひろのと志保から同時に冷たい視線を浴びた。
「あ…あはは…」
 乾いた笑いで誤魔化すあかり。しかし、幸いにしてひろのの上履きが変質者に盗まれ、においを嗅がれているような寒い事態は起きていなかった。
 いや、それを幸いとは言えない。事態はもっと深刻だったのだから。

 その知らせを持ってきたのは智子だった。
「長瀬さん、ちょっと来てくれへんか」
 掃除の時間、ゴミを捨てに行ったはずの智子の開口一番の言葉に、ひろのは首を傾げる。
「…どうかしたの?いいんちょ」
 事情を尋ねたが、智子は首を横に振る。
「ええから、とにかく一緒に来てや」
「…うん、いいけど…」
 きびすを返す智子に付いてひろのがやってきたのは、校舎裏手のゴミ捨て場だった。
「なぁ、長瀬さん、これ、あんたのやろ?」
 そう言いながら智子が指さしたのは、埃にまみれた上履きだった。良く見ると、ゴムバンドに「長瀬」と書いてある。サイズと言い、確かにひろののものだった。
「うん、確かにそうだよ!でも、どうして…?」
 ひろのが智子に顔を向けると、智子は首を横に振った。
「ゴミをほかしとったら偶然見つけたんや。なんでここにあったかまでは私にもわからんけど…」
 智子はそう言ったが、口調はかなり深刻そうだった。
「なんか、心当たりはないんか?」
 そう質問され、逆にひろのが聞き返す。
「心当たりって…何の?」
「何の…って、アンタ気づいとらんのか」
 智子は呆れたように言ったが、ふうとため息を吐いてひろのの顔を見上げた。
「まぁ、私の想い過ごしかもしれへんしな。もう、失くさんように気ぃつけや」
 ひろのに上履きを渡し、智子はゴミ捨て場を去ろうとした。その背中に、ひろのが慌てたように声を掛ける。
「いいんちょ!」
「…なんや?」
 振り返った智子にひろのは満面の笑みを浮かべて礼を言った。
「サンキュね、いいんちょ」
「…気にせんでええよ。当然の事や」
 釣り込まれて笑った智子はそんな自分を恥じるかのように慌てて振り向くと、足早に去っていった。その様子を意外そうに見ていたひろのは呟いた。
「…いいんちょって、笑うと結構可愛いんだなぁ…」
 そして、現実に目をむけるべく上履きに視線を落とす。ここ数日、ゴミ捨て場に放置されていた上履きはすっかり汚れきって悪臭を放っていた。
「…洗っても駄目かなぁ…」
 さみしげに呟き、ひろのもゴミ捨て場を後にした。一応部活の間に洗ってみたが、臭いは取れたものの汚れのしみまでは落ちなかった。

 翌日、特に物の紛失にも会わずに授業を終えたひろのは、買い物のために駅前に出ていた。何かと言うと、少女マンガの単行本である。最近は妙に少女マンガやコバ○ト文庫に面白味を感じるようになって、お小遣いが入ると気に入ったのを買い漁っていたりするのだが、まだ少し恥ずかしさが残っていて、顔見知りにはあまり知られたくない趣味なのである。
 そうやって何冊かのマンガや雑誌を買い込んだひろのは、書店を出るとぶらぶらとウィンドゥショッピングを楽しんだ。男の頃はあかりや志保に付き合わされる度に何が楽しいのかと思っていたが、ちょっとした小物や服を見て、自分に似合うかどうか考えるのはなかなか楽しい事がわかってきた。
(あかりや志保の後ろで文句ばっかり言っていたけど…こんど、機会があったら一緒に来てみようかな?)
 3人でわいわいと騒ぎながらウィンドゥショッピングをするのは、きっと楽しいに違いない。ひろのはそう思った。その間にも、目はショーウィンドウの向こうの商品につけられた値札を追っている。
(う〜ん、この服はなかなか…7800円はちょっと高いけど…う〜ん…あんまりおじいちゃんにたかるのも悪いし…)
(この帽子は夏に良いかなぁ…1900円か…もう少し上のを狙っても良いかな?)
 そうやって一軒の店の前で考え込んでいるひろのに、一人の男性が声を掛けた。
「やあ、ひろのさんじゃないか」
「あれ?長瀬さん。どうしたんです?」
 振り向いたひろのは、そこにマルチの製作者である長瀬源五郎技師が立っているのを見て驚いた。
「いや、出張の帰りでね…どうかね、最近のマルチは」
 ひろのは苦笑しながら答えた。
「相変わらず元気ですよ。最近では掃除以外の事もちょっとサマになってきましたけど…昨日、ゴキブリが出たときにビームで壁ごとふっ飛ばして、ロッテンマイヤーさんに叱られてました」
「はっはっはっ、あの娘らしいなぁ」
 長瀬技師は大笑いしたが、ひろのは冷たい目で彼を見た。
「で…そういう失敗をやらかす娘からおもちゃを取り上げようって言う気はないんですか?」
「ない」
 即答だった。思わず沈黙するひろの。長瀬技師は笑いながら手を振った。
「まぁ、良いじゃないか。こんなところで立ち話もなんだから、お茶くらいおごるよ。マルチの事をもう少し聞かせてくれ」
「良いんですか?それならお言葉に甘えちゃいましょう」
 ひろのも応じ、二人は並んで歩き始めた。
「ところでひろのさん。私も君も長瀬一族。私を長瀬さんなどと呼ぶ事はないぞ」
 唐突に長瀬技師が言い出した。
「は?では、何と呼べば良いんですか?」
 ひろのが言うと、長瀬技師は胸を張って言い放った。
「うん、ここは一つ、『パパ』と言うのは…」
「パパぁ!?却下!大却下ですっ!!」
 ひろのは怒鳴った。内心「あの父(セバスチャン)にしてこの子(源五郎)ありか…」と、長瀬一族の業の深さを思い知っていた。
「そうか…残念だな。おっと、ここだよ」
 長瀬技師がそう言って指さしたのは、ビジネスホテルの一階に入っている喫茶店だった。
「こんなところだが、意外にコーヒーにこだわっていてね…ひろのさんはコーヒーは飲むかい?」
「カフェオレなら好きですけど」
 ひろのは答えた。実際、男の頃から学校の紙パックの自販機で毎日のようにカフェオレを買うくらいの好物で、女の子になって味覚が甘党に変化してからはさらに好きになっている。
「なら、OKだね。さ、入ろうか」
 長瀬技師に連れられて喫茶店に入ったひろのは、確かに美味しいカフェオレと、セットに付いてきたシフォンケーキを堪能しながら、1時間ほどマルチの近況について話した。
 そう、あくまでも話しただけである。だが、これが翌日になってとんでもない事態を引き起こすのである。

 翌朝、普段通りに登校したひろのは「おはよう、みんな」と言いながら教室に入った。が、何故か普段ならにこやかに挨拶してくるはずのクラスメイトたちが、びくっと体を震わせたかと、そそくさと逃げるようにひろのから離れていった。
(…あれ?)
 いつにない奇妙な反応に首を傾げるひろの。が、その理由を詮索する間もなく、すぐに志保とあかりがやってきたので、その場ではそのクラスメイトたちの妙な反応に付いては忘れてしまった。
 その原因が判明したのは、2時間目の休み時間だった。
 トイレに入ったひろのはドアを閉め、便器に腰掛けた。
「ふう…」
 ため息を吐きながらぼうっと考え事をする。どうも、今日はみんなの態度がよそよそしい気がする。志保やあかり、レミィ、智子と言ったあたりは普通だが…
(遊園地の事がばれたとか?)
 それならみんながひろのを恐れる気持ちは分からないでもないが、公式にはあれは事故だと発表されている。みんなが真相を知っているはずはない。
 と考えていたとき、ドアの向こうから声が聞こえてきた。
「ねぇねぇ、聞いた?あの噂」
「知ってるわよ。長瀬さんの事でしょ?」
 噂話にはあまり興味を持たないひろのだったが、自分の名前が出た事で思わず耳をそばだてる。
「信じらんないわよねー…あんな大人しそうな顔してさ」
「まさか援助交際してるとはねぇ」
(んなっ!?)
 ひろのは思わず大声を上げそうになったが、慌てて自分の口を押さえ、噂に耳を傾ける。
「あの、駅前のホテルに中年の男の人と入っていったんでしょ?」
「しかも、その前にパパって言ってたとか…」
「やだ、マジぃ!?」
「不潔ぅ」
 そんな会話を聞きながら、ひろのは真っ青になっていた。確かに、上辺の事象だけ取ってみれば間違いはあまりない。しかし、そこから導き出された結論は真実とは10万光年は懸け離れていた。
(じょ、冗談じゃないぞ…これか、みんなの態度の理由は…)
 どうにかしなきゃ、と思いつつも、ひろのはその場を動けなかった。噂していた女子生徒たちがいなくなったところで、やっとトイレを抜け出す。早足でひろのは教室へ向かった。
 相談できそうな相手は、志保以外に考えられなかった。

 すぐに休み時間が終わってしまったため、その時は相談できなかったひろのだが、3時間目の休み時間にすぐに志保を呼び止めて屋上へ向かった。人目に付かずに相談できる場所はそこくらいのものだ。
「言わなくてもわかるわ。あの噂の事でしょ?」
 屋上に付いた志保はひろのに尋ねた。ひろのは肯いて言った。
「これだけは信じてほしいんだけど…私は」
「わかってるわよ。この志保ちゃんがそんな信憑性のない噂を信じるわけないでしょ」
 ひろのの言葉を遮って志保が言う。
「私のところに回ってきたときは、相手がどっかの会社の部長さんで、奥さんと別れてくれないなら死んでやるってひろのが灰皿を投げて割ったところまで尾鰭が付いてたけど…」
 そのすさまじいまでの脚色ぶりに、思わず立ち眩みを起こすひろの。フェンスに手を付いてようやく身体を支える。
「大丈夫、尾鰭がすごくなるって事は、それだけ最初の噂がいい加減な、どうとでもとれる代物だったって事よ。この一件はあたしにまかせなさい。すぐに打ち消してあげるから」
「志保…ありがとう」
 その頼もしい言葉に思わず涙をにじませるひろのに、志保は照れたように言った。
「いーっていーって。この志保ちゃんのテリトリーでそんなロクでもない噂を流すなんて、これはあたしに対する挑戦でもあるのよ」
 そう言うと、志保はひろのの昨日の行動に付いて聞き出し、喫茶店の人に裏を取ってあげるから、と言って屋上を出ていった。残ったひろのはまだにじむ涙を押さえるためにしばらく風に当たった後、屋上を出た。

 それから、二日ほど経った。志保がひろののホテル行き疑惑の真相をカウンターで流したおかげで、怪しげな噂もだいぶ沈静化してきている。少なくとも、あからさまな視線やひそひそ話のたぐいは激減した。
 注文しておいた上履きも意外に早く届いたし、ひろのとしてはなんの心配もなく学校生活を送れるはず…だった。
 事件は放課後に起きた。
「…あれ?」
 ポケットを探っていたひろのが上げた声に、葵が振り返る。
「どうしたんですか?ひろの先輩」
「ん…ちょっと、ロッカーの鍵を忘れたみたい。取ってくるね」
 上履きが無くなる事件以来、身の回りのものにできるだけ鍵を付ける事にしたひろのだが、まだ慣れていないせいか、教室に鍵を忘れてきたらしい。武道館を後にしたひろのは、小走りに教室へ向かった。
「…あれ?」
 机の上に何か白いものが置いてあるのが目に入った。近くに寄ってみると、それは自分のノートだった。
「なんでノートなんか…っ…!?」
 その瞬間、ひろのは白いノートいっぱいに書きなぐられた落書きに気が付いた。
「かわいこぶりっ子」
「チョー生意気!!」
「隆山に帰れ!」
「ホルスタイン」
……

 色とりどりのペンで書かれた落書きは、ひろのに対する悪意でノートの白い紙面を埋め尽くしていた。子供じみた、しかしそれだけに相手の意思をはっきりと伝える行為。
「な、なんだ…これ…う…っ…」
 目の前がぼやけ、頭がくらくらする。鼻の奥がつんと痛くなった。ノートの紙面にぽたぽたと何かが落ちるが、それが自分の涙だと気が付かないくらいひろのは動揺していた。
(なんで…どうしてこんな事を…)
 よろよろとひろのは歩き出した。何でも良いから、ここから遠ざかりたかった。

 気が付くと、ひろのは屋上にいた。ベンチに腰掛け、ぼんやりと空を見上げていた。何時の間にか、夕日が射してきて周囲のすべてが赤く染まっている。
「…葵ちゃん、心配しているだろうな」
 唐突にその事を思い出した。教室へ戻ったのは3時過ぎ。今はもう5時近い…ひょっとしたら過ぎているかもしれないから、2時間近くも部活に戻っていない。ひょっとしたら、葵は自分を捜し歩いているかもしれなかった。
「戻らなきゃ…」
 そう呟くが、言葉とは裏腹に彼女は動こうとしなかった。また、目からぽたぽたと涙が零れ落ちる。ひろのにはわからなかった。何故、自分がこんな風に嫌われなくてはいけないのか。何故、あんな陰湿な手段で攻撃されなくてはならないのか。
 悔しい、とか、許せない、とか思う以前に、ただただ彼女は悲しくてしょうがなかった。
「…嫌だな…」
 また、ぽろりと涙が零れ落ちる。
「止まらないよ…うっく…」
 一度流れ始めた涙は、止めど無く頬を伝い、スカートの布地をぎゅっと握り締めた手の上に流れ落ちる。
「うえ…あ…ぐすっ…」
 夕日に照らされた屋上のベンチで、ひろのは身体を丸めて幼児のように泣きつづけた。あの、予期せぬ魔法事故からおおよそ一月半。ひろの自身にもわからないうちに、彼女の内側には強いストレスがたまっていたのだ。
 自分の身体に起こった異変をどうにか受け止めて、以前のような生活を取り戻そうと、必死に頑張ってきた彼女の心を、押し潰そうとする重圧。
 普通の人間だったら、とても耐えられそうも無い事実になんとか耐えて。なんとか保ってきた心が、あの落書きによって、柱をへし折られたのだった。
 だから、泣いているひろのは気がつかなかった。何時の間にか、自分の隣に一人の人物が立っていた事に。
「…さん」
「…がせさん」
「…長瀬さん」
「…え?」
 その自分を呼ぶ声に、ひろのは反応した。ゆっくり顔を上げると、そこには隣の席に座っているあの関西弁の少女が立っていた。
 智子だった。
「いいんちょ…?」
「隣、座ってもええ?」
 智子は尋ねてきた。反射的に頷くひろの。智子は頷いて座ると、スカートのポケットから白いハンカチを取り出し、ひろのに差し出した。
「…ひどい顔やで。それで涙を拭き」
「…え?あ、あぁ…ありがとう」
 いつもは無愛想な智子の思わぬ言葉に、ひろのはそのハンカチで涙と頬をぬぐった。智子はそのひろのの様子を見て、ふぅ…と溜息をつくと、話を切り出した。
「悪いとは思ったけどな、あのノートみてしもうた。あれ見たからには放っておけんさかいになぁ」
 智子はそう言うと、ひろのの顔を見た。涙は拭われていたが、泣き腫らして赤くなった目はまだそのまま。しかし、精神状態は随分と落ち着いたようだった。
「そう…なんだ…ありがとう…」
 ひろのは搾り出すように答えた。その時、ハンカチを握り締めたままだった事に気がついて、それをどうすべきか、智子とハンカチに交互に目をやる。
「あぁ、それやったら気にしなくてえぇよ。どうせ安モンやさかいな」
「うん…洗って返すよ」
 ほんのかすか、ひろのは笑った。智子は頃合と見て本題を切り出す。
「あぁいうのは…気にしたら負けなんや」
 ひろのの身体がぴくりと震えるが、智子は構わず話を続けた。
「気にしてしもうたら、もうそこから抜け出せない。相手が何をしてくるのか、そればかりを考えるようになってしまう。そしたらこっちの負けや。だから…負けたらあかん。どうせ、堂々と面と向かって物の言えない卑怯モンのやる事やさかいに」
 智子の言い方はそっけないようでいて、その実感情のこもったものだった。ひろのは智子の顔をじっと見つめた。涙は完全に止まっていた。
「すごいね、いいんちょは」
 ひろのは言った。お世辞などではなく、本心からそう思った。
「な、なんやの、急に」
 顔を赤らめる智子。
「私は…そんな風には強くなれないよ。ここのところ、いろんな事が続いて…昔は自分の強さに自信があったけど、最近ではもうそんな事言えないから」
 ひろのは言った。言いながら、さっきまでの自分の姿に赤面する。いかに姿形がこうとは言え、あんな手紙の事でこんなに落ちこむなんて…自分がこの間綾香に掛けられた技に関係無く、まるっきりの女の子になってしまったようで。
「強いか…そんな事はあらへん.。私かて、泣き言を言いたい時はあるんや」
 智子がポツリと言った。ひろのはえっというように顔を上げる。
「私な、神戸に…前住んどった場所に、幼馴染がおったんや。私と、もう一人の女の子と、男の子。3人でいつもつるんで、アホな事を言いあったりして、一番楽しい時やった」
 何処かで聞いたような話だ、とちょっと思ったが、ひろのは黙って智子の話を聞いていた。普段は寡黙な彼女が、こんな風に多弁になるのは初めてだったから。 「私がこっちに引っ越してくる時な、離れても今まで通りの3人で、って約束したんや。でも、後で聞いてしもうた。残った二人、ずっと中学の時から付きおうてたんや。私は、一番の友達のつもりで、あの二人の邪魔しとったんや」
 智子の目から、ぽろりと光るものが零れ落ちた。ひろのは驚いてそれを見つめた。
「それで…こっちのノリについていけんで塞いどったさかい、誰と話すのも嫌になってしもうて…そんで、周りの人とも随分角付き合わせとった。誰も近づけんで…心配してくれた人にもひどい事を言って…そんな事の繰り返しや。私は強い事なんかないんや」
 智子はそこまで言うと顔を上げた。夕日に当たって、涙の跡が赤く光った。
「そんな時に…長瀬さんがやっぱりやってきた。同じ転校生やのに、長瀬さんは私よりずっと簡単にクラスに溶け込んでしもうた。いつも笑っていて、誰とでも簡単に友達になっとった。それをずっと隣の席から見とったら、なんか突っ張っとった自分がアホらしゅうなってしもたんや」
 智子は言った。隣から見ているひろのは、一見何を考えているのかよくわからない、何処か普通の同じ年頃の女の子とは、何処かずれたような感覚の持ち主だが、決して鈍感な人間ではない。他人のちょっとした心の機微を捉えるのが上手で、時として他人の悩み事を我が事のように親身になって一緒に解決しようとしたりする。エクストリーム部の一件や、琴音の事など、智子も噂は聞いていた。それこそ、智子には真似のできない、ひろのならではの「力」だと思う。
「そんな…いいんちょ…」
 ひろのは智子の独白を止めさせようとして、次の一言に絶句した。
「だから…ほんまに強いのは…私やなくて、そうやって人を支えたり、まとめたりできる長瀬さんの方なんや」
 違う、違うとひろのは思った。自分は転校生には違いないが、その前からずっとこの学校にいたのだ。クラスに溶け込んだのだって、その蓄積があるからだ。まるっきり白紙の状態から、この町での生活をはじめなくてはならなかった智子とは違う。
「そんな事ないよ。いいんちょは少なくとも、私の事慰めてくれたじゃない。いいんちょは、自分で辛いのを振り切って、人のために何かしようとしたんじゃない。それは、強くなきゃできない事だよ」
 そのひろのの言葉に、智子は苦笑を浮かべた。
「はは…なんだかなぁ…私が慰めに来たのか、慰められに来たのか、ようわからんようになっとるなぁ」
「あはは…」
 ひろのも苦笑いを浮かべる。止まったはずの涙がまた滲んでくる。が、さっきまでの悲しい涙とは違うものだった。智子も目尻に涙を浮かべている。
 自分ではどうにもならない事情で傷ついた少女たちの心は、この時確かに強い絆で結ばれたのだった。
「さて…泣いたり笑ったりばかりでもおられへんな。実は、私、長瀬さんに話さなあかん事があったんや」
「…え?」
 他に何か重要な用事があったのか、と言うひろのに、智子は数日前に廊下で立ち聞きした岡田たち3人組の話を伝えた。今にして思えば、あれはおそらくひろのに対するいじめの相談にしか思えない。
「今の状況で符合する連中があいつらしかおらんのも確かや。ただ、馬鹿にされたっちゅう言い方が気にかかるんや。長瀬さん、なんか心当たりはないか?」
「岡田さんたちと…いや、全然…」
 ひろのは首を振った。もともと、岡田たちとはそれほど親しくしているわけでもない…と言うより、明らかに疎遠な関係である。彼女たちを馬鹿にしたり、対立する原因を作った覚えは全くない。
「そうやろなぁ。長瀬さんがそんなキツイ事するようには見えんし」
 智子は肯いた。かつての自分と彼女たちの対立は、こっちにも心当たりがない事はない。一番他人との関係をうっとうしく思っていた時期の事で、かなりきつい言葉を投げ付け合った覚えもあるからだ。しかし、見ている限りひろのが他人にひどい事を言ったような光景はないし、見えない場所で言っていたとも思えない。智子が首を傾げていると、唐突にひろのは言った。
「私、岡田さんたちに聞いてみるよ」
「…え?」
 智子は驚いてひろのの顔を見た。
「なんでそんな事をするのか、あの人たちに直接聞いてみる。でないと、納得が行かないよ」
「…本気なんやな?」
 智子はひろのの目を見て、彼女が本気だと確信する。それができるところが、ひろのの強さなのだ。
「わかった。私も立ち会わせてもらうで。唯一の証人やさかいな」
 智子の言葉に、ひろのはうなずく。
「うん。ありがとう、いいんちょ。よろしくね」
 ひろのは立ち上がった。一度折れた心の柱。立て直すためにもその重みは取り除く。もう、泣くのは嫌だった。智子も立ち上がり、二人は連れ立って屋上を出ていった。

 翌日の放課後、ひろのは帰り支度をする岡田、松本、吉井の3人に声を掛けた。
「ちょっと、大事な話があるんだけど…」
 すると、岡田は嫌そうな、松本はどきっとしたような、吉井は諦めたような、それぞれの表情でひろのの呼びかけを受け止めた。
「…何の用なのよ」
 岡田が敵意剥き出しの声で聞き返してくる。後ろに控えていた智子が何か言おうとするのを制して、ひろのは繰り返した。
「だから、大事な話があるんだってば。そんなに時間は取らせないよ」
 柔らかいが、強い意思を込めたひろのの言葉に、岡田は松本、吉井と視線を交わすと肯いた。
「ま、良いわよ。で、何の話?」
 屋上までやってきたところで、岡田が口を開いた。ひろのは脇に挟んでいたノートを開く。例の落書きのページを開き、岡田たちに見せる。
「これをやったのは…岡田さんたちなの?」
 松本、吉井はかすかに動揺したが、岡田はふんと鼻で笑った。
「なに馬鹿な事言ってんのよ。どこにそんな証拠があるわけ?」
 すると、智子が口を開いた。
「証拠はないけど、証言だったらあるで。何日か前に、一階の廊下で立ち話に長瀬さんをいじめる相談をしてたの、私聞いたんやで」
 岡田は一瞬ひるんだ様子を見せたが、すぐに厳しい表情に戻って言った。
「それがどうしたのよ。録音したわけでもないし、私たちが長瀬さんをいじめようとしていたなんて証拠にはならないわよ」
 智子は肯いた。
「せやな。確かに形に残っている証拠はあらへんな」
 意外にも素直に岡田の言い分を認める智子。岡田は驚いたような表情で智子の顔を見つめた。
「でも、証言はもう一つあるんや。長岡さん、出てきてや」
 智子が言うと、屋上の給水塔の影から志保が出てきた。3人組は思わぬ人物の登場に驚く。
「さてと…あたしの調査によると、ひろのの援交疑惑の噂を流したのは、岡田さんね」
 志保の断定的な言葉に、岡田が目をむいて怒る。
「な…馬鹿言わないでよ!!みんなが噂してた事じゃない!!」
 岡田は叫んだ。
「馬鹿な事は言ってないわよ。この3日間、噂を丁寧に追いかけて拾い集めた結果、最初の『ひろのが中年の男の人とホテルに入った』って言う噂を聞いた娘達が、揃って岡田さんの名前を挙げたんだから」
 3日前に屋上で別れた後、志保は疑惑を晴らす証拠集めと並行して、噂をしていた生徒達に、「誰から聞いたか」を聞いて回った。溯れば溯るほど噂の内容は尾鰭が取れて大人しいものになったが、ある一点で、再び尾鰭が付いた派手なものに変わった。それが、岡田のところだったのだ。つまり、めぐりめぐって元の場所に帰ってきた噂が、拡大改良されたと言う事だ。
「ひろのが芸能デビューと引き換えに、スカウトだかプロデューサーに迫った?話としては面白いわよ。友達がそんな風に言われているのは面白くなかったけどね。ちょっと調子に乗りすぎたんじゃない?」
 志保の言葉に、岡田は言い返そうとしたが、口がぱくぱくするばかりで言葉が出ない。すると、吉井が諦めたように一歩前に出た。
「…そうよ。噂を流したり、靴を隠したり…長瀬さんに嫌がらせをしてたのはわたしたちよ」
「な、夏樹ちゃんっ!」
 松本が慌てて止めに入ろうとしたが、吉井は首を横に振った。
「もう、よそうよ。美奈子、ちとせ。わたしにだって二人の気持ちは分からないわけじゃないけど…でも、これはやっぱりやり過ぎだよ」
 そう言うと、吉井はひろのに向き直った。
「ごめんね、長瀬さん。本当は止めなくちゃいけなかったんだろうけど…」
 吉井が謝罪すると、岡田はがっくりしたように肩を落とし、松本は泣き出した。ひろのは溜め息をつくと、岡田のそばに歩いていった。
「一つだけ教えて。なんで、私の事をいじめようと思ったのか」
 すると、岡田は顔を上げてひろのを睨んだ。
「あんたにはわかんないわよ。あたし達の悔しさなんて」
 そして、顔を背ける。変わって、泣き声で松本が答えた。
「だって…デートに誘ってくれたのに…嬉しかったのに…矢島君、長瀬さんの事ばかり見てるから、悔しくて…」
「え?じゃあ、あの2人…あの日岡田さんたちを連れてきてたの?」
 ひろのが聞くと、岡田がぶすっとした表情で肯いた。そして、詰まりながらだったが、松本は好きな男の子(矢島)がひろのの事が好きなのを知って、それで嫉妬してひろのをいじめようと思ったのだと語った。岡田も相手が雅史に変わっただけで、事情は同様。吉井は親友二人に引きずられての荷担だった。
「…あの二人は」
 志保が額を押さえて呆れたように唸るように呟き、智子は肩を竦めた。
「そんなん、怒る相手間違うてるわ。悪いのは矢島君と佐藤君やないの。長瀬さんをいじめてどないするんや」
 すると、岡田は呟いた。
「わかってる。わかってるわよ…でも…」
 本当は、彼女も知っていたのだ。責めるべきは雅史や矢島だと。しかし、彼らが彼女たちを見てくれない理由(ひろの)がはっきりしているせいで、ひろのを排斥しようとする方向へ考えが向いてしまったのだ。
「…もう、良いよ。なんで私がいじめられたか理由は分かったし」
 ひろのが言うと、岡田たちははっとしたように彼女の顔を見た。
「ただ、もう二度とこんな事はしないって約束してくれたら、それで良いから」
 ひろのの寛大とも言える条件に、3人は戸惑っていたように顔を見合わせていたが、まず最初に告白した吉井が頭を下げた。
「ごめんなさい、長瀬さん。ほら、二人も早く」
 吉井に急かされ、松本が謝る。
「…ごめんなさい」
 岡田もしぶしぶと頭を下げた。
「悪かったわよ。もうしないわ」
「美奈子っ!」  吉井は岡田の誤り方を咎めたが、ひろのはそれを受け入れて微笑んだ。
「うん、わかった。これでずいぶん気分が楽になったよ」
 その言葉を聞いて、ちょっと甘いんじゃないか、と思っていた志保や智子にもひろのの気持ちが分かった。矢島や雅史の事に付いて恋愛感情などない(あるはずがない)ひろのにしてみれば、その事でこれ以上争いたくはなかったのだ。
「まぁ、ひろのが許すって言うんだったらあたしは何にも言わないけど…」
「問題は矢島君と佐藤君やね」
 志保と智子が言った。残る4人が一斉に2人のほうを見る。
「確かに…いくらなんでも岡田さんと松本さんに対して失礼だし」
 ひろのが肯いた。
「あの2人にも話を付けて、きちんと岡田さんたちに謝らせなあかんやろ」
「そうね。委員長の言う通りだわ。2人も謝ってほしいでしょ?」
 智子の言葉を受けて提案する志保に、思わず岡田と松本は首を振る。
「そうと決まれば、さっそく行こっか」
 吉井が言った。もう意に染まない事をやらなくて済む、と言う事でだいぶ明るい顔になっている。6人は屋上を出て、体育館のほうへ向かって行った。

 その後、ひろのに「2人とも最低」と言われかけた矢島と雅史がほとんど泣きそうになって必死に岡田と松本に謝った事により、一連の事件は解決した。そして、翌日。
「長瀬さん」
 教室で授業の支度をしていたひろのに呼びかける人物がいた。ひろのが振り向くと、そこには岡田と松本が立っていた。
「どうしたの?2人とも」
 ひろのが問い掛けると、岡田が口を開いた。
「まぁ、その…実際に話してみると、あんたが人を馬鹿にもしてなきゃ、むしろ良い人だって言うのがわかったし…いろいろやりすぎたと思ってるわ…」
 口ごもる岡田に代わって、松本が言った。
「あはは…美奈子ちゃんはもっとちゃんと謝りたいんだよ。意地っ張りだから上手く言えないけど」
「バカ、ちとせっ!」
 岡田は真っ赤になって怒鳴ったが、ふっと初めて笑顔を見せた。
「まぁ…そういうわけで。今後は正面から勝負するわ。負けないから。じゃね」
「矢島君は渡さないもんね」
 そう言って、2人は去っていった。どうやら、岡田たち的には雅史・矢島争奪のライバルとして、ひろのを認めたようである。が、肝心のひろのは困ったような顔をしていた。
「別に…こっちには勝負する気なんかないと言うか…がんばってねとしか言えないんだけどなぁ…」
 結局、一番哀れなのは男2人なのかもしれない。自業自得と言えば自業自得だが。

(つづく)

次回予告

 学園生活の大イベントと言えば運動会に文化祭、そして…修学旅行!
 3泊4日の予定で北の大地北海道へ修学旅行に行く事になったひろのたち東鳩高校2年生。しかし、某VIPとひろのを間違えた間抜けな悪人達のために、修学旅行は第一歩から大ピンチに陥る。果たしてひろのたちは危機を脱して旅行を続ける事ができるのか!?
 次回、第十四話
「修学旅行へ行こう!その1〜テロルの決算処分〜」
 お楽しみに〜。
 予告と本編の違いについてツッコむのは勘弁してください。

後書き代わりの座談会・その13<
BR> 作者(以下作)「十三回目。うむ、不吉な数字だ(笑)」
ひろの(以下ひ)「なんで笑う」
作「TVアニメとかだと1クールの終わりだけどな」
ひ「でも、この話はまだまだ続くと」
作「元に戻れるまでは続けて欲しいだろう?」
ひ「それは、まぁ…」
作「ま、ネタが続く限りは続けるんだけどさ」
ひ「「で、今回の話はいいんちょシナリオね。なんか、志保のときといい、ヒロインがひどい目に合う話はみんな私にその役が振られてないか?」
作「それがこの話の一つのコンセプトだったりする」
ひ「迷惑な…それと、いぢわる三人組が、ひどい事している割には、最後妙に良い人たちっぽくないか?」
作「実は彼女たちは嫌いではない。それに、矢島とか雅史みたいなチョイ役が女子にも欲しいので、あんまり悪人では困るんだ。原作でも吉井ちゃんは割と素直な娘だったし」
ひ「それでちゃんと下の名前までついてるんだ…」
作「理緒なんてまだ全然出てきてないのに、サブキャラをあんまり厚遇するのもアレだけど…まだ原作パロディで話作ってない娘が残っているし」
ひ「それなのに、もう次は修学旅行の話なんだね」
作「一応本編に沿った時間軸で行くと、どうしてもそうなるんだよなぁ。まぁ、原作本編で語られる事の少ないイベントだけに、いろんな話が作りやすいので、全4回くらいで北海道中を大騒ぎしながらまわる予定」
ひ「だけど、一つ問題があるんだって?」
作「おぉ、実は私は北海道へ行った事がないんだ」
ひ「をひ」
作「ゆえに、北海道の人にとってあんまり愉快でない誤解に基づいた話があるかもしれません。申し訳ない…と今のうちに予防線を張っておく」
ひ「こらこら(笑)」
作「では、次回をお楽しみに」

収録場所:東鳩ファンタジアパーク再建現場(爆)


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