※主人公の長瀬ひろの嬢は魔法で女の子にされてしまった浩之ちゃんです。

前回までのあらすじ

 綾香とのデートのため、郊外にある人気のテーマパーク「東鳩ファンタジアパーク(TFP)」に出かけたひろの。しかし、彼女を追ってきた人々の手により、TFPでは次々と破壊が撒き散らされる。そして、今までばらばらに行動していた役者たちは一点に集結しようとしていた。果たしてその事がもたらすものは…
 より大きな破壊だろうな。多分。

To Heart Outside Story

12人目の彼女

第十二話

「地獄のカオスでーと(後編)〜凶星、激突〜」


 空を黒煙が覆い、地にはサイレンの唸りと赤色灯の光が満ちても、とりあえずそれはそれとして人間は楽しむことができる。
 園内の2個所が壊滅的な打撃をこうむった東鳩ファンタジアパークだが、13:17現在、無事な施設は依然として営業を続けており、デートをしている長瀬ひろの・来栖川綾香の二人も絶叫マシンや大観覧車のあるエリア「ラピード・ランド」にやってきていた。
「ここの一番人気は<グレート・ライトニング・キャニオン>って言うジェットコースターらしいけど…他にもいろいろあるわよ」
 スポンサー関係者として無制限チケットを持っており、何度もここに足を運んでいる綾香が言った。事実、この区域の施設の数は相当なものだ。目玉の<グレート・ライトニング・キャニオン>を始めとする5つの大型ジェットコースターや、フリーフォール、フライングカーペットなどの定番が十数個林立し、これだけで一般の遊園地を超えるほどである。
「で、ひろのは絶叫マシンとかダメな方?」
「さぁ…あまり乗ったことが無いからわかんない」
 綾香の言葉にひろのは首をひねった。もともとひろのはあまり遊園地に行くようなキャラではない。絶叫マシンに乗ったことなど無いのも当然だった。
「そうなの?じゃあ、ぜひとも試さなきゃね」
「え?」
 綾香がひろのの手を取って並んだ先…それは、人気ではなく絶叫度がナンバーワンと言われる<スーパーソニック・ライダー>だった。普通、一般的なジェットコースターの速度が時速80キロ前後なのに対し、これは時速120キロは出る上に宙返りや急カーブが多い危険なコース構造をしている。当然、見た目もヤバイし聞こえてくる悲鳴は他の比ではない。
「うわ…」
 さすがのひろのもその外見に圧倒されていた。その顔を見ながら綾香はニヤリとほくそえんだ。
(んふふ…さっきの<ラルヴァの魔城>では当てが外れたけど、うまく行けばこのコースターで勝負がつくわね)
 聞こえてくる悲鳴に気を取られているひろのは気がつかなかったが、もしここで綾香の顔を見ていたら、迷わず逃げ出す道を選択していただろう。綾香の顔はピンク色の妄想でだらしなく緩んでいた。

(綾香妄想)
<スーパーソニック・ライダー>から降り立つひろの。激しいGで彼女の顔は青ざめている。
「大丈夫?ひろの」
 心配そうに声を掛ける綾香。少しでも楽にしようと、うずくまってしまったひろのの背中をさすってやる。
「ううん…心配しないで…平気だから」
 全然平気そうではない表情と口調のひろの。辛うじて立ち上がっても、足元がふらついている。
「無理しない方が良いよ…ちょっと休んでいこうか」
「うん…そうする」
 素直に頷くひろのを連れて、綾香はTFP附属のホテルへ…
(妄想終了)

「な〜んてねっ。あとはああしたりこうしたり…」
 ピンク色のもやを全身から発生させながら悶える綾香…って、仮にも17歳の女の子が考えて良い事なのか、それは。
 当然の事ながら、その様子は後を追ってきた芹香チームにも察知されていた。
「…あ〜…なんだか変な事考えてますよ、綾香さん」
 ピンクのもやを視認してあかりがそばにいる芹香に呼びかけると、芹香はこくこくとうなずいた。
「…」
「…え?綾香ちゃんの考えはお見通しです?そうはさせません…って、先輩何をするんですか!?」
 あかりはいきなり地面に魔法陣を書き始めた芹香に驚く。が、普段の立ち居振舞いからは想像もつかない速度で魔法陣を書いた芹香は、持ってきた魔道書を開くと呪文を唱え始めた。

 突然風が吹き始めたと思うと、にわかに黒雲が辺りを覆い始めた。
「わ…なんだろう。さっきまであんなに晴れていたのに」
 天気の急変にひろのが不安そうな表情を空に向けた時、突然閃光が辺りを覆い尽くした。そして、耳をつんざく轟音。
 落雷だった。しかも、かなりの至近距離だったらしい。観客たちが挙げる悲鳴も、雷鳴にかき消されて聞こえない。
「あいたた…なにがあったの?」
 閃光に目が眩んだひろのたちだったが、ようやく視力が回復してくると、嘘のようにさっきの雷雲が掻き消えている事に気がついた。
「…あれ?」
 やわらかな春の日差しは落雷前と変わらない。しかし、近くの森の中から黒煙が上がっているのが見えた。
「お、お客様に申し上げます…」
 ここで、ようやく園内アナウンスが入ったが、異常事態のためかかなり気の抜けたような声だった。
「先ほどの落雷により、変電施設が故障。当施設への送電は只今停止しております。よって、修理完了まで当施設の営業を停止させていただきます…本日は真に申し訳ありませんでした。繰り返します…」
 どうやら、黒煙は落雷の直撃を受けた変電所が燃えているものらしい。やがて、木の梢の先から赤い炎の舌がちろちろと見え始める頃には、<ラルヴァの魔城>跡にいた緊急車両群が再びサイレンを鳴らして突進してくるのが見えた。今日は警察・消防にとっても厄日以外の何ものでもない日だった。
「…どうしようか、綾香…」
 ひろのが聞くと、せっかくの構想を根本からぶち壊しにされた綾香は引きつったような笑いを浮かべていた。が、辛うじて持ち直す。
「そ…そうね。まだ開いてる場所にいきましょ」
「…うん」
 ぞろぞろと帰り始めた人々の列に混じり、2人はラピード・ランドを出ていった。

 その頃、あかりは芹香の見せた魔法の力に驚嘆していた。確かに、全部の絶叫マシンを止めてしまえば、綾香の作戦を阻止できる。
「すごい…凄いですよ芹香先輩!…って、先輩?どうしました?」
 芹香が動かないため、あかりは焦ったように芹香の肩を掴んで揺さぶる。が、返事代わりに漏れてきたのは「すぅ…」と言う寝息だった。
「…寝てる…先輩!寝てる場合じゃないですよ!起きて下さい!!」
 しかし、あかりがどんなに揺さぶっても、大魔法を使って疲労した芹香は目を覚まそうとしなかった。

 13:52 芹香の落雷魔法炸裂。
 ラピード・ランド専用変電所全壊
 被害額…15億7524万3391円
 現在の被害総額…23億4232万6101円。
 来栖川芹香、リタイア。


 再び場所は移って、ここは大型ゲームセンターやゴーカートなどの体感遊戯施設が立ち並ぶ「アミューズメント・シティ」。既に3ヶ所の区域が閉鎖に追い込まれたTFPだったが、やはり意地でも残る個所は動いており、そして意地でもこの状況下で楽しもうと言う人たちで賑わっていた。
「さて…何をしようか、ひろの」
 綾香はゲームセンターの前で訊ねた。ちなみに彼女はゲームの腕も相当なものである。何しろ資金に限界が無い。
「何でも良いよ。綾香の好きな奴で」
 ひろのは答えた。
「なら…これだっ!」
 綾香が指差したのは人気の3D格闘ゲーム、「バーチャルグラップラーズ」だった。リアルな動きとド派手なコンボがウリの作品である。ひろのは無難にバランス型の「キバ」を、綾香はパワーファイターの「カール」を選択する。両者同時に100円を入れ…
「Set Fight! Leady GO!!」
 の掛け声と共に戦いは始まった。
「…くっ!?」
 綾香は唸った。隙の無い構えから連続して鋭い技を放ってくるひろののキバ。間合いに入りさえすれば相手を瞬殺できるカールの持ち味を上手く殺している。KOこそ免れたものの、1ラウンド目はひろのに取られてしまった。
「…やるわね。でも、これからが本番よ!!」
 宣言した綾香だったが…
 2ラウンド目ではコンボを食らって見事轟沈させられてしまった。
「うそ…」
 目を丸くする綾香に、ひろのは小さくVサインを送る。
「…り、リヴェンジよっ!リヴェンジマッチを申し込むわ!!」
「うん、良いよ」
 熱くなった綾香を迎え撃つひろの。さすがに本気を出した綾香。滅多に見られない高度な技と駆け引きの連続が続いたが、全体として4対1くらいでひろのが勝っていた。通算45ラウンド目に業を煮やした綾香が裏技で出した隠し最強キャラ「ハンマー」が体力を半分以上残したひろののキバの前に轟沈した時、とうとう綾香は降参するように手を上げた。
「ま、負けたわ…凄いじゃない、ひろの」
「ん?そうかな…」
 ひろのは謙遜するように答えたが、実を言うと彼女のゲームの腕は相当なものだ。浩之時代には遊びに関しては妥協の無い志保と毎週のように競い合っていたのである。更に言えば、100円もおろそかにしない貧乏人の彼らと、いくらでも金をつぎ込んで練習できる綾香では、1ゲームの重みが違うのは当然の事だった。
「こうなったら違う種目で勝負よ!!」
 負けっぱなしは我慢できない性格の綾香が立ち上がり、ひろのを引っ張って別のゲームに連れて行く。しかし…
「WORLD GT CAR GRANDPLIX(レースゲーム)」…ひろのの勝ち
「DANCE MANIA REVOLUTION(ダンスゲーム)」…互角
「新宿極道戦争・タマ取ったる(ガンシューティング)」…ひろのの勝ち
「電車でBATTLE!!(列車運転シミュレート)」…ひろのの圧勝
・・・
 と、電子ゲームではひろのの圧勝だった。エアホッケーなどの身体を使うゲームではさすがに綾香の勝ちだったが、これはまぁ仕方が無い。相手は人外である。
 なんだかんだで2時間ほど遊び、さすがにひろのの体力が続かなくなったところで、2人はゲームセンターを出た。陽はだいぶ傾き始めている。
「もう夕方かぁ…そろそろ帰ろうか?」
 ひろのは綾香に尋ねた。ショッピングスクエア、ナイトメア・セクション、ラピード・ランドと本格的に遊ぶ前に邪魔が入って良く遊べなかったが、このゲームセンターでかなりその鬱憤を晴らす事ができたので、ひろの的にはかなり満足であった。
「うん?いやいや、まだまだ残ってるわよ」
 綾香は答え、ビシッとある方向を指さした。そこにはこのTFPの名物、高さ実に128メートルの巨大観覧車<ドリーム・ホイール>があった。まだ営業している地区の一つ、ファンシーワールドの目玉である。
「あれに乗ったら、近くのホテルのレストランに予約しているから、そこでディナーを食べていきましょ」
 綾香は言った。しかし、予約しているのがレストランだけでないのはお約束で、ちゃんとスイートルームも押さえてある。
(んふふ…ディナーにまで持ち込めばあとはこっちのもの…)
 綾香の顔は再び緩み始めていた。

(綾香妄想)
 ホテル最上階のレストラン。眼下にはまだ営業を続けるTFPの明かり(3ヶ所ほど消えているが)。遠くには東鳩市街の夜景。愛を語るにはもってこいのシチュエーション。
「それじゃ…乾杯」
 グラスに注がれているのは最高級のワイン。
「乾杯」
 ひろのと綾香の掲げたグラスがちんっと言う澄んだ音を立てて軽く触れ合う。運ばれてくる料理の数々。今日の思い出を語りながら、楽しい夕食は続いていく。そして…
 色っぽくピンク色に上気した顔のひろのが、潤んだ目で言う。
「私…少し酔っちゃったかな」
「…私も」
 綾香も答える。実際には酔ってなどいないが。
「ねぇ、ひろの…実は、私ここの部屋を取ってあるんだけど」
 そっと掲げるスイートルームの鍵。
「…行く?」
 綾香のささやくような誘いに、こくんとうなずくひろの。そして2人は朝まで…
(以下全文検閲削除)

「なんてね…くすっ」
 いたずらっぽく笑う綾香。そんな風に可愛く笑ったところで、考えている事の恐ろしさは軽減されはしない…と言うか、未成年だからお酒はまずかろう。だが、綾香がもっと恐ろしいのは、ひろのが自分より酒が強かった場合に備えて、睡眠薬と口では言えない怪しいクスリ(具体的に言えば女へんに眉と書くクスリだ)を既に用意済みなところだ。
「…どうしたの?綾香」
「…はっ!?い、いやぁ…別に何でもないわ。それより早く行こ」
 ひろのに呼ばれて、綾香は妄想の世界より帰還した。率先して歩き出そうとする。しかし、素直に現場へつく事はできなかった。
「ちょっと待ったぁっ!!」
 突然響き渡る声。ひろのと綾香はその声に思い切り聞き覚えがあった。
「その声は…!」
「好恵さん!?」
 声の聞こえてきた方向に振り返るひろのたち。そこには、戦闘態勢に入り身体から闘気を発散している好恵が立っていた。朝からずっと探していたらしい。
「好恵…なんであんたがここにいるの」
 綾香が低い声で言うと、好恵はフッと笑った。
「当然…ひろのさんを私のものにするためよ。最後の勝利を掴むためなら何度だって戦うわ」
「く…この間確実にトドメを刺しておくべきだったわね」
 綾香が拳を握り締める。
「行くわよっ!!」
 唐突に好恵がダッシュした。白く輝く闘気を込めた必殺の一撃が綾香に襲いかかる。
「くうっ!?」
 綾香も咄嗟にガード。軽トラックとの正面衝突に匹敵する好恵の一撃を受け流す。その瞬間、好恵は宙に舞った。身体を高速で回転させる。
「た、竜巻旋○脚!?」
 ギャラリーが驚愕の叫びを発する。高速回転からの連続回し蹴りが綾香を襲い、綾香はバク転して逃れた。
「好恵っ!いつからアンタそんなイロモノ技を使うようになったのよ!?」
 綾香の非難に、好恵は遠い目になった。
「私だって悩んだわよ…でも、格闘家は勝ってなんぼの世界よ。綾香を倒すためなら…あえて私はこの身を外道に墜とすわ」
 その好恵の言葉に、綾香の目がすっと細められる。
「そう…とうとう好恵も私たちと同じリングにあがったと言う事ね…そう言う事ならば…容赦はしないわっ!」
「いつだって容赦無しでしょうが、あんたはっ!?」
 2人は再び激突した。新しい格闘ゲームのプレゼンテーションと勘違いしたギャラリーがはやし立てる。
「いいぞぅ!2人とも!!」
「なんて言うゲームなんだ?楽しみにしてるぜ!!」
 しかし、彼らはとんでもない勘違いをしていたのに気づく事になる。
「必殺、アースシェイカー!!」
 綾香が渾身の「気」を込めた拳を大地へ叩き込む。その瞬間、彼女を中心とした地面がクレーター状にへこみ、舞い上がったコンクリート片が空中の好恵を襲った。
「なんのぉっ!!」
 好恵が全身から闘気を放ち、殺到するコンクリートを跳ね飛ばした。その破片がギャラリーの中に飛び込み、悲鳴が上がる。
「ほ、本物…?」
 巻き添えで怪我人が出ても、まだ目の前の現実が信じられない見物人たち。だが、その間にも好恵の放った蹴りが、避けた綾香の背後にあったゲームセンターの柱を一撃で叩き折った。どうかんがえてもプレゼントしてはやりすぎだ。
 その時、ギャラリーの一人がある事に気がついた。
「…ま、まさか…あの黒髪の娘、来栖川綾香だっ!!」
「来栖川!?あの人外揃いのエクストリームの女王!?」
「やべぇ、逃げろ!!」
 その声に反応し、ギャラリーが一斉に逃げ出した。この世のものとは思えない派手な技が飛び交うエクストリームは、人気の反面恐れられてもいる。リングのロープと観客席を囲む塀と言う二つの仕切りを挟まずに見たいものではない。
 さらに、綾香の作ったクレーターから水が噴き出した。どうやら水道管が破裂したらしい。噴き出す水がゲームセンターに流れ込み、ゲームが次々とショートして機能を停止する…ばかりか、配電盤が火を噴いて火事が発生した。そのろくでもない光景の中で激しく戦う人外2人。
…はっきり言って、地獄絵図だった。
「あわわ…どうしよう」
 とりのこされたひろのは、なす術も無く2人の戦いを見ていた。本当は逃げたいが、綾香を置いて逃げるのも気が引ける。その時だった。
「長瀬さん、こっちだっ!」
 突然、後ろから腕を引っ張る人間がいた。
「え?え?きゃああぁっ!?」
 その人物に腕を引っ張られ、ひろのはゲームセンターから離れた遊歩道の方へ引きずっていかれた。
「ふう…ここまで来れば安全だな」
「ちょ、ちょっと…離してくださいっ!…って、貴方はっ!?」
 ひろのはものすごい勢いであとずさった。図書館での悪夢のような体験が蘇る。そう、相手は橋本だったのだ。
「は…橋本先輩…」
 足が震え、ひろのはその場にぺたんとへたり込む。そのひろのに、橋本はゆっくり近寄ってきた。
「い…いや…来ないで下さい…」
 震えるひろの。だが、次の瞬間橋本は思いがけない行動に出た。いきなり土下座したのだ。
「この間は済まなかった!長瀬さんっ!!」
「…え?」
 あっけにとられるひろのに、橋本はなおも謝りつづける。
「この間の俺はどうかしてたんだ…本当に悪かったと思っている。許して欲しい」
「え〜と…」
 ひろのは困った表情になった。こういう相手のリアクションは予想外だった。
 一方の橋本も、謝りながらひろのの反応の鈍さに困っていた。以前は強引な手段に撃って出て大失敗した彼であるが、「ひろのをモノにする」と言う目的には変化が無い。とりあえず、下手に出る事にしたのだが、それで取り返せるほどかつての失点は小さくなかった。
 そんな膠着状態を打ち破ったのは、新手の登場だった。遊歩道の周りの森から声が響き渡る。
「そこまでだ!橋本先輩!」
「それ以上の進展は認めないよ!」
「何!?誰だ!!」
 顔を上げた橋本が辺りを見回すと、すっと木蔭から2人の人物が現れた。
「むぅ、お前は矢島!それに…サッカー部の佐藤か!」
 そう、それは雅史・矢島の2人だった。橋本がひろのを連れ去ったのを見て、連れの2人をほったらかして後を追ってきたのである。
「何の用だ、お前ら」
 相手が後輩だと知り、居丈高になる橋本。しかし、雅史も矢島もひるんだりはしなかった。
「たとえ先輩であっても…いや、先輩だからこそ長瀬さんは渡せません。彼女を守るためなら、僕は先輩の1人や2人倒しますよ」
 そう言って雅史が進み出る。が、矢島がそれを制した。
「まて、佐藤。橋本先輩とは…俺が戦う」
「え?」
 呆気に取られる雅史を後目に矢島は進み出た。
「日頃の部活のシゴキのお礼参りも兼ねて…俺は、あんたを倒す!」
 ビシッと矢島は橋本を指さす。なかなか雄々しい姿ではある、が、心の中では(決まった…これで好感度アップ)などとくだらない事を考えていた。
「そういう目で俺を見ていたのかお前は…いいだろう、返り討ちにしてやる」
 橋本も立ち上がり、拳を固めた。ゆっくりと近づき、殴り合いの体制になる。固唾を飲んで見守るひろの。
「…長瀬さん、今のうちに行こう」
 その時、雅史がそっと近づいてきてひろのに言った。
「え?でも…」
 ひろのが雅史を見上げる。
「あの2人は放って置こう。もっと安全な場所に行かなきゃ」
 そう言って雅史は背後を指差した。ひろのがそっちを見ると、ゲームセンターは既になぜこんなに景気良く燃えるんだ、というくらいに激しく全館炎上していた。ショッピングスクエアから<ラルヴァの魔城>を経由して変電所を経てきた緊急車両群が殺到していく。
「あ…いや、あの2人は良いんだけど…綾香が…」
 既に殴り合いを始めた矢島と橋本には構わず、ひろのは炎の中に綾香の影が見えないかと捜し求める。
「大丈夫だよ。綾香さんも好恵さんもこの程度じゃ死にはしない。それより、早く」
「う、うん…」
 すでに火事の熱気が感じられ始めたその場を、雅史に連れられてひろのは離れた。
 数分後、矢島と橋本はダブルノックアウトになって倒れたが、それに構う人間は一人として存在しなかった。

 そして、まんまと競争相手を出し抜いたかに見えた雅史も、強敵と遭遇していた。
「まって、雅史ちゃん」
 その背後からの声に、雅史とひろのは慌てて振り向く。
「君は…まさか、NHKか!?」
 雅史は叫んだ。炎をバックに立つその人物は、右手におたま、左手にさいばしを構えてとんがり頭巾を被っていた。言わずと知れた学園秘密結社「長瀬ひろの保安協会(NHK)」のユニフォームである。
「そう…良く知ってるね。わたしはNHK書記<リボン>。ひろのちゃんは渡さないよ」
 二人は対峙する。NHKの存在を知らないひろのだけが、またしても取り残されたようにその場に立っていた。世界は彼女にとって余りに不可解で、そして理不尽だった。
(一体…この世の中には何が…?)
 そして、先に動いたのは<リボン>の方だった。
「必殺!さいばしスコール!!」
<リボン>の左手が翻り、無数のさいばしが驟雨のように雅史を襲う。
「あ、危ないっ!!」
 一瞬、雅史がやられたと思い、叫びながら目をつぶるひろの。しかし、彼は流水のような動きで飛び来るさいばしのほとんどを回避していた。数本が身体をかすって傷をつけていたが、ほとんどダメージはない。
「そんな…!?」
 必殺の一撃をかわされ、絶句する<リボン>に雅史がにっこりと微笑む。
「サッカー部のフットワークを甘く見たね。今度は僕が行くよ」
 言うなり、雅史の手に魔法のようにサッカーボールが出現する。
「見せてあげるよ…不良3人をも一撃で倒すと言う伝説の必殺シュートを…!」
<リボン>の顔色が変わる。
「そ、それはまさか…聖エルシア学園の…」
「そう。前に練習試合で対戦して覚えたんだ。いくよ…必殺!」
 雅史の右足が青白く輝き、牙をむき出した猫の顔がオーラの像となって浮かびあがる。
「海猫バスターあああぁぁぁっっっ!!」
 青白い光の残像を描いてボールが疾る。その波動砲のような一撃は避ける間もなく<リボン>を捉えていた。
「はにゃあああぁぁぁぁんっっっっっ!!??」
<リボン>の身体が宙に跳ね飛ばされ、放物線を描いて森の向こうへ消えていった。戦闘力では他の3人に1歩譲るとは言え、人外の一人である<リボン>を一撃で倒すとは、雅史の人外への覚醒レベルも相当なものだった。<リボン>が消えた事を確認した雅史は振り返ると、笑いながらひろのに手を差し伸べた。

「さぁ、行こうか…がはっ!?」
 その笑顔がいきなり凍りつき、雅史は崩れるように地面へ倒れた。
「ま…雅史…!?」
 慌てて立ち上がったひろのの目の前に、顔に煤を付けた綾香が現れた。
「危なかったわね、ひろの」
 そう言って微笑む。どうやら、雅史を倒したのは彼女であるらしい。
「私は大丈夫だよ…って、雅史は一応私の事助けようとしてくれたみたいなんだけど」
 ひろのがそう言うと、綾香はえ?と言うような顔で、今倒したばかりの雅史を見下ろした。やがて、頭を掻く。
「そりゃぁ…悪い事をしたわね…」
 一応謝っておく。もっとも、邪魔物には違いないので、どのみち問答無用で倒す事には違いないのだが。
「で、好恵さんは?」
 ひろのは訊ねた。綾香は頷いて答える。
「あぁ、彼女なら大丈夫よ」
 本当は倒した後、燃え盛るゲームセンターのガレキの中に埋めてきたのだが、その程度で死ぬ好恵ではない。生きているだろう、多分。
「それより、急がないと観覧車が止まっちゃう!行こう、ひろの!」
「え?あ、あっ、ちょっと待ってよ、綾香!」
 綾香は強引にひろのを引っ張って走り去り、後には廃虚と屍の山だけが残されたのだった…

 17:32〜46 綾香VS好恵他激戦相次ぐ
 アミューズメント・シティ全焼
 被害額…21億9387万6592円
 現在の被害総額…45億3620万2693円。
 坂下好恵、<リボン>、佐藤雅史、矢島昌彦、橋本貴之、リタイア。


 十分後…巨大観覧車<ドリーム・ホイール>は何故かまだ動いていた。ここまで来るとTFPの意地も見事と言う他無いレベルである。ただ、さすがに観客も激減しており…というかいなくなっていて、待つ事も無く2人は<ドリーム・ホイール>に乗る事ができた。事実上貸し切り状態である。
「うわ…高いなぁ…」
 2分ほどして、ひろのは下界を見て感心した。まだ半分も来ていないのだが、それでも高さは50メートル以上はある。既に陽も沈みかけており、遠くの東鳩市街の灯りが美しい。
…そこで燃えているアミューズメント・シティとくすぶっている<ラルヴァの魔城>や変電所の事は意図的に無視する事に決めた。
 ここに来てようやく2人きり…それも、今日始めての静かな時間。
「本当、奇麗ね…」
 綾香も言う。が、綾香は景色ではなく窓枠に肘を突いて夜景を見つめるひろのの横顔を見ていた。その視線に気がついたひろのが顔を赤くする。
「な、なぁに?綾香」
「いや…ひろのって本当に可愛いなぁ、と思って」
 その綾香の返事に、ひろのの顔がますます赤くなる。
「え…やだな、綾香。からかわない…で…っ!?」
 突然、綾香が抱き着いてきたため、ひろのの言葉の語尾が変になる。
「からかってなんかいない…私は本気よ」
 綾香の顔は真剣だった。どうやら、2人きりになったために遂に理性に歯止めが利かなくなったようだ。
「あ…や…か…や、やめ…」
 綾香が胸に顔を押し付けているため、ひろのの言葉は途切れがちになる。
「で、でも…その…女同士だし」
 なんとか自分の思うところを伝えるが、綾香は全く気にしない。
「関係ないわ。奇麗なもの、可愛いもの、それを好きになるのは自然な事だもの」
「女同士は自然じゃな…いぃっ!?」
 またしてもどこか秘密の場所を攻められて悲鳴を上げるひろの。
(あ、綾香様に気をつけろって…おじいちゃんが言っていたのはこう言う事…?)
 ひろのはセバスチャンの言う事を良く考えてこなかった事を後悔した。が、全ては後の祭り。この観覧車が一周するのには約10分かかる。どうあがいてもあと7分はここから出られはしない。
「ひろのの全てを…私のものにしたい」
 綾香はそう言うなり、ひろのの額を指で突いた。その瞬間、ひろのの身体が動かなくなる。
「…あ、あ、綾香…な、何を…」
「大丈夫。ただの金縛りのツボよ。安心して」
(何を!?)
 心の中で思ったが、もう意味のある言葉を喋れない。
「痛くしないから」
(ええええぇぇぇぇぇぇっっっ!?)
 いくらなんでもその言葉の意味は怖すぎた。綾香の手がゆっくりとひろののワンピースの一番上のボタンにかかる。ぷちん…ぷちん…とボタンが外されていく感触。
(誰か助けてぇぇぇぇぇっっっっ!?)
 心の中で絶叫した時、奇蹟は起きた。
 どすんっ!!
 突然、ひろのたちの乗っているゴンドラが揺れた。
「こ、この気配は!?」
 綾香が顔を上げる。それと同時に、天井のメンテナンス・ハッチが開いた。そして、そこから顔を出したのは…
「ひろのぉぉぉぉぉ!!無事かぁぁぁぁぁぁ!!」
 セバスチャンだった。まだ言葉を話せないひろのがセバスチャンに目で訴えかける。視線をひろのに向けた一瞬でセバスチャンの顔が赤くなる。ひろのは上半身のボタンを外され、胸をはだけられていたからだ。
「あ、綾香様…とうとうワシを本気で怒らせてしまわれましたな…」
 セバスチャンが地鳴りのような声で言う。顔が赤いのは照れているのと怒っているのと、多分両方だろう。
「許しませぬぞ…今日と言う今日は徹底的にお仕置きして差し上げます」
 仕方なく、綾香もひろのから身を離して言った。
「くっ…戦うしかないようね。で、セバスチャン。どうやってここまで来たの?」
 綾香の素朴な疑問にセバスチャンは胸を張って答えた。
「無論、屋根から屋根へ、鉄骨から鉄骨へと飛んだり伝ったりです」
 平然と言うが、この外周部ではゴンドラの間は10メートル近く離れているし、鉄骨の間もかなり離れている。それでも、セバスチャンにかかれば128メートルの観覧車も公園のジャングルジム同然だった。
「今行くわ。ちょっと待ってなさい」
 その綾香の声にセバスチャンはハッチから退き、綾香は屋根の上に出た。ちょうど、今が高さ128メートルの最上部分。5メートル四方にも満たないゴンドラの屋根の上で2人は対峙した。
「ここだとひろのを巻き込みかねませんな。場所を変えるとしましょう」
「いいわよ」
 そう言うと、2人は同時に跳躍した。10メートルの距離を飛び渡り、隣のゴンドラの屋根に着地する。
「では…参りますぞ。手加減は…致しません!」
「望むところよっ!!」
 次の瞬間、2人は真っ向から激突した。
 外から激しい打撃音が聞こえてくる中、ようやく金縛りの解けたひろのは、服を直すと窓から外を見た。
 隣のゴンドラで、綾香とセバスチャンが戦っている。足場が狭いだけに、お互いに足を止めての真正面からの打撃戦。お互いが秒間何十発と言う単位の高速で繰り出す技をガードしつづける。
 しかし、実力ではセバスチャンの方が上らしい。綾香はじわじわと下がりつづけ…ついに足を踏み外した。
「あ…綾香っ!?」
 ひろのは悲鳴を上げた。しかし、綾香は落ちていく途中で鉄骨の一本を掴むと、体操鉄棒の大車輪のように身体を回転させ、別の鉄骨に飛び移った。
「くっ…やっぱりセバスチャンは強いわね…でも、まだまだ!」
「さすがは綾香様!その程度で参るお方ではないと思っておりましたぞ!!」
 体勢を立て直した綾香に、セバスチャンもゴンドラから飛び降りて襲いかかった。綾香が鉄骨を蹴って飛び上がり、2人の影が空中で交差する。殴り合いの音と、鉄骨を蹴るカーンと言う音が絶え間無く響き渡った。
 やがて、戦場は観覧車の中心部分に近づいていた。中心軸を収めたカバーの上に綾香が着地し、すぐに飛び上がると、後を追ってきたセバスチャンの蹴りが、今まで綾香が立っていた場所を粉砕した。すぐに首を引っ込めるセバスチャン。今まで彼の首があった場所を、綾香の蹴りが通過し、鉄骨の一本を直撃。それを歪めた。ショックで揺らぐ大観覧車。
「あわわ…」
 絶え間無く揺れるゴンドラで、ひろのは震えながら戦いを見守っていた。比較的安定した足場である中心軸の上で、2人はまだ戦っている。周囲には、この期に及んでまだ帰らない客と、スタッフらしい人々が集まって何やら騒いでいた。警察や消防はまだ燃えているアミューズメント・シティに釘付けになっていて、ここへは来ていない。
 そして、二人の戦いは、いよいよ綾香が劣勢に追い込まれつつあった。もともと、さっき好恵と戦ったせいで体力を消耗しているのだ。おまけに、セバスチャンはNHK基準で唯一戦闘力がSSSプラスにランクされる最強キャラである。
「素直に降伏しなされ、綾香様。今ならお尻百叩きで勘弁してあげます」
 中心軸の上に立つ綾香を、一段高い鉄骨の上から見下ろしながら余裕の表情で言うセバスチャン。
「できないわよ…そんなこと」
 綾香は拒否した。まだディナーとめくるめく一夜が待っているのだ。ここで退く事はできない。
「ならば…今から楽にして差し上げましょう」
 そう言うと、セバスチャンは必殺の一撃を放った。垂直にジャンプしたかと思うと、頭上の鉄骨を蹴って方向転換し、隕石のように綾香の頭上に落ちてくる。
「必殺!!セバスチャン・メテオ・ストライィィィィクゥゥゥゥッッッ!!」
「ええっ!?きゃあぁぁぁっっ!!」
 さすがの綾香も、これには避けるのが精一杯だった。が、避けた事によってさらに重大な事態を招来してしまうことになる。人間隕石と化したセバスチャンが突っ込んだ先、そこにはすでにガタガタになっている<ドリーム・ホイール>の中心軸があった。
 当然の事ながら…中心軸は木っ端微塵に粉砕された。そして、これがこの日起きた一連のTFPを襲った災害(人災)の最後の幕を引き上げる事となる。

 がくんっ!!がくがくがくがくんっ!!
「きゃあっ!?」
 突然振動を増したゴンドラの中で、ひろのは悲鳴を上げた。この時、破壊された中心軸から<ドリーム・ホイール>そのものが外れ、巨大な車輪のように転がり出そうとしていたのである。振動に耐えかね、いくつかのゴンドラが外れて地上へ落下していく。
「し、しまったっ!?やりすぎたわい!!」
 慌ててたちあがるセバスチャン。しかし、外れた構造材が雨のように降り注ぎ始め、さすがのセバスチャンもその場を動けない。一方、綾香はセバスチャンの一撃をかわした勢いでひろのが閉じ込められたゴンドラに比較的近い位置にいた。
「綾香様!ひろのを…!!」
「わかった!!」
 事ここに至っては争っている場合ではない。綾香は鉄骨を蹴ってゴンドラへ向かった。ハッチから入りこむ余裕はない。綾香はゴンドラのガラスを蹴り破った。その勢いで彼女は床に転がる。
「綾香!!」
「ひろの!!逃げるわよ!!」
 返事を聞かずに、綾香はひろのの身体を支えて外へ飛び出した。直後、そのゴンドラも外れ、地上に叩きつけられた。あと五秒遅かったらひろのの命はなかったかもしれない。そして、<ドリーム・ホイール>は完全に支持架から外れ、転がり始めた。そのショックで脱落した部品のひとつがひろのの頭に直撃する。
「はうっ!?」
「ひ、ひろのっ!?」
 綾香は慌ててひろのを見る。彼女は完全に気絶していた。幸い出血などはなかったが、大きなたんこぶが出来ている。
「く…とにかく降りなきゃ」
 綾香は鉄骨を蹴り、かろうじて地上に降り立った。そのまま、ひろのをお姫様抱きにして全力疾走。安全地帯へ逃げていく。なんとか逃げ出したセバスチャンも後に続いた。背後を、轟音を上げて<ドリーム・ホイール>が爆走して行く。

 最初に犠牲になったのはホットドッグ屋のワゴン車だった。ホットドッグ屋が慌てて逃げた直後、巨大な車輪と化した<ドリーム・ホイール>がそれを押し潰す。まずプロパンガスが爆発し、ついでガソリンに引火。ワゴン車は火達磨になった。ついで隣の鯛焼き屋、ワッフル屋などが同じ運命をたどっていく。その火が残っているゴンドラやペンキに引火し、<ドリーム・ホイール>は巨大な火の車になった。
 しかも、勢いが殺されないまま火の車は他のアトラクションに激突していく。<グエンディーナの魔女のお城>が業火に包まれ、<モンスターハンティング・ナイトライター>が崩れ落ちた。TFP全域が焦土と化していく。

 18:17 綾香VSセバスチャン
 東鳩ファンタジアパーク、壊滅。
 被害額…307億5512万8312円
 現在の被害総額…352億9133万1005円。


 その光景を、綾香とセバスチャンは丘の上から呆然と眺めていた。いくつものアトラクションが炎の中に崩れ落ち、今だ止まらない火の車がまだ無事な地域すら蹂躙していく。ダンテの「神曲」に描かれた地獄とはこういうものであろうか、と見る者によっては思ったかもしれない。ひろのはまだ気絶したままだ。
「…どうしましょう、お嬢様」
 セバスチャンが言うと、綾香は額に浮かんだ冷汗をぬぐって答えた。
「とりあえず、おじい様にはバレない様にするわよ」
「御意」
 セバスチャンは答えた。おじい様…つまり、当主である厳彦氏にこの事が発覚すればただでは済むまい。下手をすれば本当に切腹ものだ。
「…うぅん」
 その時、木の傍に寝かされていたひろのが身じろぎして目を覚ました。
「…う…ここは…綾香…それに…おじいちゃん?」
「ひろの!」
「目を覚ましたか!痛い所はないか!?」
 二人はひろのの元へ駆け寄った。
「いや…俺は大丈夫だけど…」
 ひろのは答えた。その一人称にセバスチャンはひろのの顔を見なおした。どうも、ここ2週間ほどの女の子女の子していた時と雰囲気が違う。
「ひろの、お前…元に戻って」
「元に?なに言って…はっ!?」
 一瞬でひろのの顔が紅潮した。ここ数日の自分の言動を思い出して恥ずかしくなったらしい。
「…う…きっつ〜…なにトチ狂ってたんだ、俺…痛っ!?」
 ひろのは頭を抱え…そして、悲鳴を上げた。たんこぶに触れてしまったらしい。
「そうか…そのショックで綾香様の心操りの技が解けたのか…」
 セバスチャンが合点が行った、と言うように手を打った。
「心操り?どう言う事だ?」
「後で教えてやる。それより、ここも危ない。早く逃げるぞ」
 セバスチャンの言葉に、ひろのはあたりの光景を見て頷いた。
「そうだな。行った方が良い。よし、綾香も…」
 そう言って振り向いたひろのは、綾香が蒼白な顔で立ちすくんでいるのを見て怪訝な顔をした。
「どうしたんだ?綾香…」
 ひろのが1歩綾香に近づいた時、彼女は悲鳴を上げた。
「い、いやあああぁぁぁぁ〜〜〜っっっっ!!ひろのがおかしくなっちゃったあああぁぁぁぁ〜〜〜っっっっ!?」
 ぽてっ
 そして、気絶した。
「し、失礼なっ!?綾香、おいっ!!しっかりしろっ!!」
 綾香を抱き起こして揺さぶるひろの。しかし、綾香は目を覚まさない。その時、セバスチャンがある事に思い至って指摘した。
「あ、ひろの…お前、男言葉に戻っておるぞ」
「あ」
 ひろのの事情を知らない綾香にとっては、好きな女の子がいきなり男言葉で喋った事がよほどショックだったのだろう。
「だからって気絶しなくたって…」
 るるる〜っと涙を流すひろの。その時、丘の下からリムジンが走ってきた。真帆が運転している。
「セバスさん!ひろのちゃん!早く乗って!!逃げますよっ!!」
「安藤君か!済まん!!ひろの、先に行け!」
「う、うんっ!!」
 かくして、ひろの、綾香、セバスチャン、真帆を乗せたリムジンは急いで走り出した。途中でゲートを破壊したりしながらの脱出劇だったが、4人は辛うじて廃墟と化した東鳩ファンタジアパークを逃げ出したのだった。

 最終統計
 19:01 TFP脱出
 ゲートなど破壊
 今回の被害額 22万2317円
 最終被害総額 352億9155万3322円
 来栖川綾香、リタイア。


 結局、この事件は警察・消防の捜査でも原因を突き止める事は出来ず、何らかの複合的な事故によるものと結論された。幸いな事にこれだけの大事故を起こしたにもかかわらず死者は一人も出ないという奇跡的な幸運もあり、TFPは再建が進められている。
 真実の全ては真相を知る数少ない組織…NHKによって「ファンタジアパークの戦い」と呼称される事になり、NHKの秘密ファイルに収録され、封印されたのである。

 そして、翌日…
「雅史とか、矢島とか、好恵さんとか、橋本先輩はわかるとして…あかりや琴音ちゃんやマルチまで休んでいるのはなんでだろうな…芹香先輩も具合が悪いとか言って今日は来てないし」
 東鳩高校にはやたらと多い欠席者を心配するひろのの姿があった。
 そして…
「結局、あたしらはあの娘のためのダシに使われたって事ね…」
 押さえきれない憤懣をにじませた声がする。
「まぁ、バツ代わりに矢島と佐藤君は夏こみパの本に使わせてもらうとして…問題はあの娘ね」
「あの転校生が来てからみんなおかしくなっちゃったのよ。気に入らないわ」
「追い出すべきね」
「そう。追い出すべきよ」
 ひろのへの悪意の芽が育ち始めた事を、まだ誰も知らなかった。

(つづく)


次回予告

 襲われた時もある。
 殺されそうになったことさえある。
 しかし…陰湿な嫌悪にさらされた事はなかった。
 姿を見せない迫害者の悪意に苛まれるひろの。その時、立ち上がった意外な人物とは…
次回、第十三話。
「二つの涙」
 お楽しみに。
 予告の内容は参考程度にとどめましょう(爆)。

後書き代わりの座談会・その12

作者(以下作)「ひろのー?おい、ひろのーっ!!あれ、何処行ったんだあいつは」
真帆(以下真)「ひろのちゃんならここ数日の女の子な言動を恥ずかしがって出てこないですよ」
作「おや、真帆さん。お疲れ様です」
真「作者さんもお疲れ様。で、一度作者さんに聞いてみたかったのですが」
作「はいはい、なんですか?」
真「私の外観イメージはないのですか?」
作「真帆さんの?」
真「いえ…私のところに『実は貴方もメイドロボなんでしょう』とか言う声が来て困っているのですが」
作「…あぁ、なるほど。確かに名前は某メイドロボから取っていますが」
真「でも、私は人間なんですけど…」
作「ですね。私もメイドロボとは設定していません。外観イメージとしては…『With You』の菜織のような感じにしています」
真「そうなんですか?ロッテンマイヤーさんに15点しかもらってない(第二話参照)のに?」
作「君の減点理由はその庶民的過ぎる性格です」
真「そ、そうだったんですか…」
作「ええ。どうせなら美少女と言う方が書くほうも楽しいですしね」
真「なんだか生きる希望が湧いてきました…」
作「んな大げさな…」
真「では次回をお楽しみに」


収録場所:TFP跡地(爆)


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