あゆちゃんの冒険

第11話
バック・トゥ・ザ・太正時代 Part2

作:モーグリさん



 突然の落雷によりどうやら過去へタイムスリップしてしまった秋子さんたちは、桜の咲く上野公園の中で右往左往していた。
「祐一さん、わたしたちはどうすればいいんでしょうか?」
 秋子さんがほほに手をやって困った仕草をした。落雷のショックでいきなりとんでもない世界に迷い込んでしまったのだから仕方がない対応とも言える。
「秋子さん、そんな事俺に言われても困ります」
「そうですね・・・とりあえずここでお昼にしましょうかしら」
 秋子さんはさっそく車に戻るとみんなの分の弁当とビニールシートを後部のトランクから取り出した。そしてそれを持ってくると、さっそくビニールシートを桜の木の下に敷いてお昼の弁当を並べ始めた。みんなもさっそくビニールシートに座るとそれぞれの弁当を取り出して食べ始めた。
 ちょうど桜の季節ということもあって、上野公園のこのあたり一帯には花見の客であふれかえっていた。その中にいたので秋子さんたちが混じっていてもそれほどおかしな様子には見られなかったのだ。ただし服装が現代的なので、歩いている人が立ち止まってよく見ればかなり異様な集団に見えたが。

 ビニールシートの上ではあゆを中心にしながらみんなが楽しそうに昼食をとっていた。
「あははーっ、あゆさん、タコさんウィンナーですよ。あーんして下さいねーっ」
 佐祐理が笑いながらお弁当の中にあったタコさんウィンナーを箸でつまむと、それを小さくちぎってからあゆの口元に持っていった。
「あーん。はむはむ、おいしいねっ」
 あゆが大喜びで口を開けるとタコさんウィンナーにかぶりついた。そしてとてもおいしそうにかぶりついた。
「あゆちゃん、今度はわたしのハムサンドを食べるんだよ」
 それを見ていた名雪が、今度は自分の食べていたハムサンドをあゆの前に差し出した。
「名雪さん、いただきまーす」
 あゆはそう言うとタコさんウィンナーに続いて今度はハムサンドにもかぶりついた。そして大きな口でハムサンドを食べると、口の中でモグモグ噛みながらおいしそうに食べてしまった。
「うわあ、あゆちゃん。かわいいんだよー」
 それを見ていた名雪が楽しそうにはしゃぎ出した。
「・・・かなり嫌いじゃない」
 その光景を横で見ていた舞もほほをほんのり赤らめた。

 一方、その横では祐一が秋子たちさんと一緒にお弁当を食べながら話をしていた。
「ところで祐一さん、この事件について何か分かりましたか?わたしもタイムスリップなのかなんだかさっぱり分からないんですが・・・」
 秋子さんがお弁当のサンドイッチを食べながら質問した。
「俺にもよく分かりません」
 祐一がさじを投げた表情を浮かべた。そして秋子さんに横に置いてあった唐揚げに手を伸ばすと、それをひょいとつまんで口に持っていった。
「祐一さんにもよく分からないんですか。本当に困りましたね」
 それを聞いた秋子さんが困ったような顔つきでつぶやいた。いきなりこんな世界にやって来たのから仕方がないが。
「ただ分かってきたこともあります」
 祐一が唐揚げをモグモグ食べながら話を始めた。
「俺たちの体験したのは単純なタイムスリップじゃないらしいんです」
「単純なタイムスリップじゃない、ですか」
「秋子さん、今から説明して見せますね」
 祐一はそばに落ちていた桜の枝をひょいとつまみあげた。そしてそれを手にすると横の地面に一本の直線を描いた。
「これが前に俺たちのいた世界の歴史です。この線は川の流れだと思ってください。普段俺たちが感じている歴史というのは川の流れのように上流、つまり過去から未来に向けて一方通行で流れているものなんです」
「なるほど、歴史を川にたとえるんですね」
「そうです。そして単純に「過去へタイムスリップする」というのはこの川を下流から上流に逆行することなんです。分かりますか?」
「はい」
「ところがこの世界は、どうも俺たちの世界の直接の過去じゃないみたいなんです。さっきあゆが教えてくれましたけど、年号が「大正」ではなく、太くて正しいと書く「太正」になってるんですよ」
 祐一はそうしゃべりながら、今度はサンドイッチに手を伸ばした。そしてサンドイッチをつかむと、おいしそうに食べ始めた。
「まあ、「太正」ですか。確かに違いますね」
 秋子さんが不思議そうな顔つきで答えた。
「どうやら俺たちは、俺たちの知っている過去とはちょっと違う過去に来てしまったようです」
 つまり祐一が言うには、いま秋子さんたちがいるこの「太正」世界は、元いた世界の大正時代とは似ているものの、どうも別の世界らしいのだ。
「でも不思議ですね、何でそんなに違ってしまったんですか?」
 秋子さんが困った表情をしながら質問した。
「それが・・・俺にも分からないんです。どうしてずれた世界に来てしまったのか。あの落雷のエネルギーのせいなのか、さっぱり・・・」
 祐一が困り果てた顔つきでそう答えた。

「うぐぅ、難しくてボクにはよく分からないよっ」
「あうー、真琴にもよくわかんなーい」
 その祐一の解説を横で聞いていたあゆと真琴が難しそうな顔をして悩みだした。どうやら彼女たちには祐一の説明が難しかったようだ。
「ああ、そうだな・・・つまり、ぶっちゃけた話この世界は俺たちがいた世界とは違う別の世界、パラレルワールド(平行世界)なんだと思えばいいよ」
 祐一が二人にも分かるように説明してあげた。
「ふーん、なるほど・・・」
 あゆと真琴が納得したような顔つきになった。

「ところで祐一さん」
 栞が質問した。
「もしもこの世界がわたしたちの過去とは違う世界だとしたら、以前祐一さんが話していたタイムパラドックスは無視できるって事ですか?」
「そうだね。栞の言うように、もしもこの時代で俺たちが何か事件を起こしても、自分たちのいた世界とは別の世界だから影響は全然ないってことになるな」
「うわあ、それって面白そうですね。タイムパラドックスを無視して昔の時代にいけるなんて、まるでドラマみたいです。昔からこういうのにあこがれていたんですよ」
 栞が笑みを浮かべた。

「ところでボクたちはいつ元の時代に戻れるの?」
 横からあゆが質問した。
「それは・・・」
 いきなりのあゆの質問に答えられなくなってしまった祐一。だいたい祐一にしてもどうやったら元の世界に戻れるのかなんて毛頭分からなかったのだ。
「俺たち、一生この時代で暮らすしかないのかもしれないな」
 祐一がボソッとつぶやいた。
「ひどいよ。ボクそんなのいやだよ」
「あらあら、それは本当に困りましたね」
 それを見ていた秋子さんも困った顔つきになった。
「あゆ、この時代にもたい焼き屋さんくらいあるだろうから、それでガマンしてくれ」
「そんな、ひどいよ・・・」
 あゆが今にも泣き出しそうな顔になった。
「・・・私、この時代の方がいい。もといた世界、BSE(狂牛病)がひどいから」
 舞がつぶやいた。
「そうですね、舞は牛丼が大好きでしたものね」
 佐祐理が納得して笑い声を上げた。
「みんな笑わないでよ。キミたちはとってはどうでもいいことかもしれないけどボクにとっては重大なことなんだよっ」
 あゆがプンプン怒り出した。もっともあゆは十数センチの小さい大きさのままなので、外からみていると何となくほほえましい光景にも見えた。
「真琴だって気になるよ。このまま元の時代に戻れなかったら美汐にも会えなくなるの。そんなの嫌よ」
「そうだよ。現代に戻れるかどうか、私も気になるよ」
 あゆの発言を聞いていた真琴と名雪が心配そうな顔つきになった。さすがに元の時代に戻れないかもしれないと言われたのが、相当精神的にこたえたのだろう。
「祐一、何かいい方法はないの?また雷にあたれば戻れるとか?」
 3人の中で一番元気がよかった真琴がたずねた。
「それが俺にもさっぱり分からないんだ。今回のタイムスリップだって落雷で偶然引き起こされたものだし、また落雷を受ければ元の時代に戻れるっていうような単純な話じゃないと思うんだ。正直言って今の俺にはお手上げだ。秋子さん、何か意見はありませんか?」
 祐一が真琴の頭をなでなでしながら答えた。
「そうですね、とりあえずこの時代で誰か頼れる人を探しましょう。誰かわたしたちのことを理解してくれる人見つかるといいですけどね。皆さんもそれでいいですね?」
「はーい」
 秋子さんの意見にみんな賛成した。
「それじゃとりあえず、ここに広げたわたしが作ったお弁当を皆さんで食べて下さい。何をするにもまず腹ごしらえをしてからでないとダメですからね」
「うん、ボクもいろいろ言ってたらおなかがすいちゃったよ」
「じゃああゆちゃん、わたしのハムサンドをあげるんだよ〜。はいあーんしてね。」
 みんなはそう言うと再び秋子さんが作ったお弁当を食べ始めた。

 それからしばらくして、秋子さんたちはようやく昼食を食べ終わった。
「あー、食った食った。秋子さんごちそうさま」
 祐一がお腹を押さえてその場に座り込んだ。他の人たちもそれぞれビニールシートの上でごろんとしている。

「そうだ、祐一、これで遊ぼうよ」
 そう言って真琴が起き上がると車に向かって走り出した。そして車のトランクの中から何かを取り出して祐一の前に持ってきた。祐一が見るとそれはおもちゃのラジコン飛行機だった。真琴はそれを持って楽しそうにしていた。
「おい真琴、そんなものいつの間に持ってたんだ?」
「えへへ、いいでしょ。これ、このあいだ秋子さんに買ってもらったの」
「本当ですか?秋子さん」
「ええ、真琴が『どうしても』というものだから買ってあげました」
「そうか、真琴、大切に遊ぶんだぞ。この時代じゃラジコン飛行機なんて存在しないものなんだから気を付けて飛ばせよ」
「うん、さっそくバッテリーを充電させるね」
 真琴はそう言うとラジコン飛行機からバッテリー電池を取り出し、それを持っていたコントローラーの電源につないで充電を始めた。

 一方その頃名雪たちは、ビニールシートの上でごろごろしていた。
「お母さんのお弁当はとってもおいしかったよ」
「お弁当はおいしかったですよね、舞」
「・・・はちみつくまさん」
 名雪たちは口々に秋子さんのお弁当を誉めた。
 するとそのとき

 ウーウーウー

 いきなりけたたましいサイレンが上野公園に鳴り響いた。
 そしてそのサイレンを聞くやいなや、人々が一斉にその場を離れて走り出した。花見の見物客もその場に食事などを置いて一目散に逃げ出してゆく。花見の季節なのに、あっという間に上野公園は人っ子一人いない状態になってしまった。
「うわっ、なんだなんだ!?何が起こったんだ!?」
 祐一がその様子を見て腰を抜かした。
(一体なにがあったんだろう)
 その答えはすぐにわかった。少しすると上野公園の真ん中にどう猛そうな牙を持った魔物が次々と現れたのだ。それはまるで前に祐一と舞が夜の学校で戦いっていた魔物のようだった。そのとき、目の前にいる魔物はまるで、映画「エイリアン」に登場したエイリアンみたいな奴だなと、祐一は思った。
「うわぁ、こんな魔物が出てくるって、ここはやっぱり別の世界なんですね」
「栞、感心してる場合か!?早く逃げるんだ!」
 祐一は急いであゆをポケットの中へ押し込むと、あわてて栞の手をつかんで引っ張っていった。
「えう〜、そういうこと言う人嫌いです」
「うぐぅ〜、目が回るよ〜」
 あたりに二人の叫び声がこだました。

「とにかくみなさん車の中に避難して下さい!」
 秋子さんが叫んだ。秋子さんは急いで車に飛び乗ると、ドアを開けてみんなを呼んだ。みんなは秋子さんの車のところまで走ってくると、次々に車の中に逃げ込んでいった。
「・・・祐一たちは先に行ってて」
 ただ一人舞だけは違った。今日、舞はもしものときにと水瀬家を出る前に念のため剣を後部のトランクに積めてドライブに持ってきていたのだ。舞は車の後部に回りこむと、自分の剣をトランクから取り出した。そして剣のさやを抜いて剣を構えた
「舞!?」
「舞、このままじゃ危ない」、祐一は舞いにそう言おうとしていた。
「・・・大丈夫、私は魔物を討つ者だから」
 舞はそう言うと剣を持って魔物のいる方向へと駆けていった。

 剣を持った舞が魔物たちと向かい合った。
「・・・間合いが甘い」
 舞が前方の魔物をにらみつける。一瞬の沈黙ののち、舞は剣を腰だめに構えると、そのまま全体重を剣に押しかけて前方の魔物に飛び込んでいった。

 ブスッ!!

 舞の剣が魔物の腹を捕らえた。魔物が腹に剣の穂先を突き立てられ苦しさのあまり絶叫する。一回、二回、舞は全体重をかけ剣を長ドスのように構えて何度も魔物の腹に突き立てた。
 やがて魔物はピクリとも動かなくなった。舞の勝利だった。
「・・・次」
 敵を一体倒すと、舞は次のターゲットに目線を移した。そして剣を大上段に振りかざし次の魔物に斬りかかっていった。
「はぇ〜、舞ったらすごいです〜」
 それを車の中で見ていた佐祐理が感心した。

「うぐぅ!!祐一君、左っ!!」
 いきなり車の中であゆが絶叫した。あわてて祐一が左側を見ると、一体の魔物が車の左側から祐一たちに襲いかかってきたのが見えた。魔物が鋭い牙をあげて魔物が大きな口を開ける。
「うわあ!?」
 それを見た祐一が恐ろしさのあまり絶叫した。
「うにゅ、死にたくないよ〜!!」
 名雪が錯乱状態になって叫ぶ。
「えいっ!」
 それを見ていた秋子さんはとっさに機転をきかせると、自分のかばんの中からビンを取り出した。それはオレンジ色のジャムが詰まった謎ジャムのビンだった。そして秋子さんは車の窓を開けると、そのビンを魔物に向かって力いっぱい投げつけた。

 ビューン
 ガッシャーン
 グアアアアア・・・

 秋子さんの謎ジャムが魔物に命中する。ジャムを浴びた魔物はジャムを浴びたところから白煙を上げながらうなり声を上げてその場に倒れた。
「さすが秋子さん。<謎ジャム手榴弾>の威力はすごいです」
 それを横で見ていた祐一が感心した。
「うふふ、こう見えてもわたしだってやる時はやるんですよ、祐一さん」
 祐一の言葉を聞いた秋子さんは照れ笑いを浮かべた。

 数分後―
 秋子さんたちを襲った魔物は全部倒された。彼女たちが倒した魔物の数は全部で4体。うち舞が倒したのが3体に、秋子さんの謎ジャムで倒したのが1体である。かつて真夜中の学校で日々魔物と戦っていた舞にすればこれくらいのスコアを上げることは造作もないことだった。
「・・・終わった、意外とあっけなかった」
 舞は付近に散らばっている倒した魔物を見わたしながら剣をさやにしまった。
「本当にビックリしちゃいました。舞って本当に強いんですね。佐祐理も驚きました」
「・・・待って、誰か来る」
 舞が後ろから人が来た気配を感じ取ってそう言った。
「やあ、君たち、この降魔を倒したのは君たちかい?」
 いつの間にいたのかは不明だが、それまで誰もいなかったはずの後ろの桜の木の下から赤いシャツに白いスーツ姿のすらっとした青年が現れた。そして、魔物を倒した舞に声をかけた。
「・・・降魔?あの魔物の事をそう呼ぶのね・・・あなたは誰?」
「僕かい、僕は加山雄一さ」
 スーツ姿の青年がそう答えた。そして秋子さんたちが乗った車の方に近づいていった。
「・・・私は川澄舞」
 舞がボソッとつぶやいた。
「ついでに俺の名前は相沢祐一だ」
 車の中から祐一が自己紹介した。
「僕と同じ『ユウイチ』か、気に入ったよ」
 加山はそう言うと車に乗っている祐一のそばにやって来た。
「ところで君たちはどこからやってきたんだい?いきなり降魔を倒したり、この辺じゃ見かけない服装をしていたり、実に謎だらけだ」
 加山が質問した。
「それが、言っても納得してくれないかもしれませんが・・・。加山さん、俺たち、未来からこの時代にやってきたんです・・・」
 祐一はこれまでの経緯について加山に話し始めた。

 それから数時間後―
 帝都、東京の中心部にそびえ立つ帝劇(帝国劇場)。そこは普段は帝国歌劇団の、そして緊急時には帝都の守りにつく帝国華撃団の本部だった。
 その帝劇の地下にある秘密の作戦室。そこで帝国華撃団の司令官、米田一基と副司令の藤枝かえでが話をしていた。一ヶ月前に帝国華撃団花組隊長の大神一郎がパリに赴任してからこれまで、帝都には取り立てて帝国華撃団が出撃するような事件は起こっていなかった。そのせいかこの作戦室でも緊張感のない雰囲気が漂っていた。

「なに、降魔4体が上野公園に出現したのか。久しぶりだな」
 米田司令が送られてきたレポートに目を通した。
「はい、それはいいのですがちょっと困った問題が発生しました。今回花組が出動しなかったのもそのせいなんですが・・・何と言ったらいいのか」
 かえでが言葉を詰まらせながら話しはじめた。
「信じられないことですが、ちょうど上野公園にいた民間人がなんと独力で降魔を撃退しました。なお、そのあとでそこにいた民間人は全員月組の加山君が保護しました。民間人は現在帝劇にいます」
「民間人が独力で降魔を撃退?帝国華撃団の力も借りずにか?そりゃすごい。確かに重大事態だ」
 米田司令が驚いた。帝国華撃団は帝都を降魔などから守るために結成された特殊部隊であり、今まで帝都を守り抜いてきたのは帝国華撃団の活躍があってこそである。それを、よりにもよって一民間人がその帝国華撃団の力も借りずに降魔を撃退したのだから、確かに大変な話である。

「実は・・・さらに困ったことがありまして・・・救出された民間人たちですが、この辺では見かけない奇妙な服装をしており、「自分たちは未来人だ」と言い張っています」
 かえでが本人にもどう説明していいのか分からない奇妙な話を始めた。
「未来人か。うんうん、季節の変わり目にはそういう変なことを言う奴が多いからな」
「はい、加山君の話では自分たちは今から約80年も未来の200X年から来たと訴えているそうです」
「おいおい、いきなり未来人なんて、そんな酔狂な話を信じろっていうのか」
 米田司令がいぶかしげに首をすくめた。
「はい、最初は私も半信半疑でした。でも彼女たちが持っていた日用品を見て驚きました。どうも本当に未来から来た人たちのようです」
「ほう、それは具体的に何だ」
「彼女たちが携帯していた手のひらに乗せられる大きさに折りたためる携帯式の電話機やフィルムを使用しないカメラなどです。彼女たち未来人ははそれを「携帯」「デジカメ」と呼んでいるようです」
「ほう・・・」
 米田司令が興味を示した。
「機械にくわしい紅蘭が調べてみたところ、現在の我々の科学力では到底作りえない超技術力の結晶だそうです」
 かえではここで、自分たちが保護した秋子さんたちがこの時代では不可能な超科学力の道具を持っている未来人であることを力説した。具体的に彼女たちが乗っていた車にはじまり、未来人たちの衣服や食べ物にまで話は及んだ。そうしたかえでの話を聞いているうちに、米田司令も今回保護した民間人が未来人であることを納得するようになっていった。

「そうそう、ちょいとたずねたい事があるが」
 ちょっと間を置いてから、米田司令が質問した。
「何でしょうか?」
「いくら未来人だからといって民間人が独力で降魔を撃退できる訳ないだろう。そいつは多分、花組と同じ霊力保持者だ。未来人でも俺たちと同じく霊力を持つ奴は一定数存在するはずだ。そう俺はふんだ」
 たとえ未来人とはいえ、現代の私たちと同じ人間なのだからきっと霊力を持った人間はいるはず。そう米田司令はにらんだ。
「米田司令。おっしゃる通りです。あのあと月組が簡易検査をしたところ、民間人の中から2名、霊力者を発見しました」
「だろう」
「この2名、いずれも女性です」
 かえでは2枚の白黒写真をさし出した。そしてそれを米田司令の机の上に置いた。
「ほう、この2人がそうか」
 米田司令が机の写真を手にとってしげしげと眺めた。
「はい、一人目の少女は川澄舞、先ほど上野公園で剣を振るって降魔3体をなで斬りにした少女です。検査の結果非常に高い霊力が検出されました。花組のアイリスとほぼ同等の霊力の持ち主です。しかも目撃者の証言によるとかなりの剣の使い手のようです」
「アイリスと同等か、それはすごい・・・」
「もう一人の名前は沢渡真琴。本人は知らなかったようですが、検査の結果彼女は中級の霊力の持ち主だと判明しました」
「そうかそうか、未来人といってもバカにならんな」
 米田司令が感心したような口ぶりでそうつぶやいた。

「それで肝心の未来人たちはどうした」
 米田司令が聞いた。
「現在、花組のさくらとアイリスの二人で帝劇を案内しています。未来人たちは、しばらくは帝劇にいてもらおうと思います。あの二人には、未来人の案内係を務めてもらおうかと思っています」
 かえでが答えた。
「賛成だ、あの二人ならちょうどいい」
 米田司令は納得したようにそう言った。

 その頃、祐一たちはさくらとアイリスに案内されて帝劇内に入っていた。ちなみに、「はいからさん」のように着物姿で袴を着ているのがさくらで、小さくてドレスにエプロン姿なのがアイリスである。さくらの後姿を見ながら、
(着物を着ている姿を見ていると、まるでうちの学校の卒業式を思い出すな)
 そんなことを祐一は思っていた。
 一方、そんな祐一の考えも露知らぬ2人は祐一たちを帝劇の奥のほうにある用務員室へと連れて行った。
「じゃあとりあえず、今夜はここの部屋で休んでください。小部屋なので皆さんには狭いと感じられるかもしれませんが、我慢してくださいね。それでは、着替えとかはいずれお持ちしますので」
 さくらはそう言うと部屋のドアを閉めて外に出ようとした。
「あ、ちょっと待ってくれ。最後に君の名前を教えてくれないか」
 祐一が2人に質問した。
「真宮寺さくらです」
「私はアイリスだよ」
 さくらとアイリスが自己紹介した。
「そうか、さくらさん、俺の名前は相沢祐一だ」
「わたしは水瀬秋子といいます、今日はどうもよろしく」
「わたしは水瀬名雪、だよ」
「ボクは月宮あゆだよっ」
「あうー、沢渡真琴」
「私は美坂栞です」
「倉田佐祐理です、よろしく」
「・・・川澄舞」
 祐一たちも自己紹介した。
「それじゃ皆さん、少し休んでくださいね」
 さくらはそう言うとドアを閉めてその場を立ち去った。そのあとをアイリスが御行儀よくついていった。

 さくらたちが出て行ったあと、部屋の中には祐一たちが残された。
「とりあえず、俺たちがタイムスリップした未来人だってことは納得してもらえたようです」
 祐一が疲れた表情を顔に浮かべた。まあ、今日一日ですさまじくハードな体験をしたのだから当然かもしれない。
「うん。ボク疲れちゃった」
 あゆが祐一のポケットの中でつぶやいた。
「あらあら、みなさんもお疲れですね。そうですね、今日はとりあえずこれから寝て十分に睡眠を取りましょう。皆さんがタイムスリップした件についての細かい話は、また明日すればいいですから。とりあえずここの人たちはタイムスリップについて分かってくれそうな人たちなんで、正直言ってわたしも安心しました」
 秋子さんはほっとした表情を浮かべた。
「それじゃあ秋子さん、おやすみなさい」
 祐一たちはめいめい部屋の隅にあった毛布を取り出すと、それを体にかけてその場に雑魚寝を始めた。みんな今日はハードな体験をしただけあって、祐一たちはすぐに眠りの底に落ちていった。

 その頃、祐一たちがいた現代では、ようやくダメージから立ち直った香里が友人の北川を誘って、百家屋でパフェを注文していた。二人はテーブルをはさんで注文したパフェを食べながら楽しそうに談笑していた。
「本当に今日は悪いわね、あたしの都合で北川君を付き合わせちゃって」
 香里がパフェをおいしそうに食べながらそうつぶやいた。百花屋のパフェはこのあたりでも特にアイスがおいしいことで評判だった。その自慢のアイスを二人はパクパク食べていた。
「いやいや、俺は全然気にしてないから平気だよ」
 北川が照れながら答えた。
「北川君、あたしはこのあいだ栞に悪いことしちゃったって思ってるのよ。栞のことも何も考えないで、ただ自分のバカげた都合のためだけに栞をアイス大食い大会に参加させちゃって。あたしって本当にお姉さん失格よね・・・」
 香里がうつむきながらぼそぼそもらした。
「美坂、そんなに自分を責めるなよ。栞だってそんな美坂の態度を見たいと思ってないと思うぞ」
「うん、そうよね。栞なら分かってくれると思うわ」
 北川の励ましもあって、香里はやや調子を取り戻した。
「それにしてもあたしも今日の名雪たちのドライブに行きたかったわ。栞も今ごろはみんなと一緒にドライブを楽しんでるんでしょうね。いいわね」
 香里はそう言うと、はーっという声をあげてため息をついた。香里も内心ドライブに行きたかったのだ。もっとも、香里がドライブ中に栞たちが巻き込まれた大事件を知っていたら、果たして香里がドライブに行きたがったかはなはだ疑問であるが。

 香里と北川が百花屋を出ると、あたりは夕方ですでに日が暮れかかっていた。二人は商店街を抜けると、自分たちの家に向かって歩いていった。
「それじゃ北川君、今日はありがとう」
「じゃあな、美坂。また今度」
 二人は分かれるとそのままそれぞれの家へと帰っていった。
 香里がふと空を眺めると、空には美しい夕焼けが出ていた。そしてあたり一面の風景を赤く照らしていた。
(きれいな夕焼けだわ)
 香里はそう思うとしばらくその風景に見とれていた。そのとき、香里には遠く時空を離れたところで妹の栞が大変な事件に遭っていることなど、まだ知るよしはなかった。


つづく


あとがき

 第11話です。これでようやく秋子さんたちが帝劇にやって来るまでの話が終わりました。次回は秋子さんたちが花組のメンバー全員と出会う予定です。
 ちなみに今回登場した「月組」というのは帝国華撃団の中で諜報活動を担当している部門で、加山雄一はその隊長です。加山は原作のゲーム中でも本編のように突如として現れたりしています。
 それと作中に登場したラジコン飛行機は、実際に筆者が衝動買いしたものです。日本海軍の夜間戦闘機「月光」のデザインのラジコンで、約6000円しました。何買ってるんだろ、私。

管理人のコメント
太正時代編の第二回。異世界に迷い込んだあゆたちの運命やいかに?

>「祐一さん、わたしたちはどうすればいいんでしょうか?」
>「秋子さん、そんな事俺に言われても困ります」
>「そうですね・・・とりあえずここでお昼にしましょうかしら」

なんだかんだ言って、大人の対応な二人。ヒロインズがアレなだけに貴重です。


> 祐一が二人にも分かるように説明してあげた。
>「ふーん、なるほど・・・」
> あゆと真琴が納得したような顔つきになった。

こ、この二人に状況を理解させるとは…やるな、祐一っ!(爆)


>「うわあ、それって面白そうですね。タイムパラドックスを無視して昔の時代にいけるなんて、まるでドラマみたいです。昔からこういうのにあこがれていたんですよ」

待て栞。それは危険な考え方だぞっ!


>「・・・私、この時代の方がいい。もといた世界、BSE(狂牛病)がひどいから」

牛丼の方が大事というのが舞らしいです(笑)。


>やがて魔物はピクリとも動かなくなった。舞の勝利だった。

舞大活躍です。しかし、ちゃんと剣を持ってきてたんですねぇ…


>帝都、東京の中心部にそびえ立つ帝劇(帝国劇場)。そこは普段は帝国歌劇団の、そして緊急時には帝都の守りにつく帝国華撃団の本部だった。

ついに登場、この時代と世界を象徴する存在です。


>「機械にくわしい紅蘭が調べてみたところ、現在の我々の科学力では到底作りえない超技術力の結晶だそうです」

二足歩行機動兵器を実戦運用してる組織が超技術力って(笑)。


 さて、無事に帝撃に保護された一行ですが、この先どうなるのでしょうか? 帝撃にスカウトされては話が変わってしまいますし、どうなるか先が楽しみです。

戻る