あゆちゃんの冒険

第8話
香里の野望、決戦、アイスバトル(前編)

作:モーグリさん


※スペック一覧※
美坂 栞
身長:157cm 体重:43kg 血液型:AB型 年齢:16歳

奥田 三吉(モーちゃん)
身長:158cm 体重:63kg 血液型:O型 年齢:12歳


 あゆが学校に行っていろいろな事を体験してから一晩が過ぎた。
 翌朝、祐一は名雪と一緒に学校に向かって歩いていた。いつも通り朝起きてきびきびとしている祐一に対して、名雪はどこか眠そうに歩いていた。
「名雪、あゆはどうした?」
 歩きながら祐一がたずねた。
「うにゅ、あゆちゃんは家でお母さんと一緒にお留守番してるよ。だから大丈夫だよ〜」
 名雪が答えた。昨日あゆは学校に行ったので、今日はあゆが家で留守番することになっていたのだ。
「ところで名雪、今朝は俺が起こしてやらなかったら遅刻するところだったんだぞ。分かってるのか?」
 実は昨日の晩、名雪はあゆに迷惑がかからないように自分の目覚し時計の音量を下げておいた。そのため名雪は今朝目覚し時計が鳴っていても起きずに眠り続けていたのだ。普段の名雪の寝起きの悪さからそうなる事を予想していた祐一は、朝起きると真っ先に名雪の部屋へやってきて彼女を起こした。その祐一の努力のおかげもあって名雪は今朝遅刻をすることなく起きる事が出来たのだった。もっとも当の名雪は眠くてまだぼーっとしたままだったけれども。
「それは言わないお約束、だよ」
「それもそうだな」
 祐一が笑いならが答えた。
「さあ、学校までふぁいと、だよ」
 名雪はそう言うと今までの眠気を振り切って学校へ向かって小走りに歩き出した。
 しかしこのときまだ名雪と祐一は知らなかった。この日、学校で香里が罠をしかけて待っていたことを。

 今朝家を出るのが早かったおかげで、祐一と名雪は普段よりも早く学校に到着した。学校に着くと香里と北川がすでに教室にいた。
「おはよう、香里、北川君」
 名雪が香里と北川に挨拶をした。
「おはよう、名雪」
「おはよう。あら名雪、あなたにしては珍しく今日は遅刻寸前に教室に駆け込んでこなかったわね。一体どういう風の吹きまわしかしら」
 名雪たちが珍しく普段よりも早く学校にやってきたので、それを見た香里が不思議そうにたずねた。
「うふふ、それは秘密、だよ」
 名雪が照れ笑いを浮かべながら答えた。今朝は祐一に起こしてもらったことを親友の香里に打ち明けるのは恥ずかしいと思ったからだ。
「まあいいわ。ところで今日は月宮さんはどこにいるのかしら。教えてちょうだい」
「ううん。あゆちゃんはね、今日はおうちでお留守番してるんだよ」
「ふーん、そうなの。ありがとう」
 香里は納得すると自分の机に戻っていった。

「よう相沢、おはよう」
 北川が祐一に声をかけてきた。
「北川、おはよう。昨日見せてくれた『戦国葉鍵隊』面白かったな。ありがとう」
 祐一は北川が昨日DVDを見せてくれたお礼を言った。
「それなんだけど、相沢」
「なんだ」
「うわさで聞いた話だけど、『戦国葉鍵隊』は人気が出たから続編が出来るって話らしいぞ」
「うおお、それ本当か?」
「うん、何でも続編ではコミックマーケット開催中の東京ビッグサイトが関ヶ原の戦いにタイムスリップするって話だ。すごいだろ」
「おお、確かにそれはすごいな」
「だろ、相沢なら喜んでくれると思ったんだよ」
 祐一と北川が楽しそうにそんな会話をしていた時、学校の始業のチャイムが鳴った。

キンコンカンコン

「じゃあな相沢、この続きの話はまた今度」
 北川はそう言うと自分の机に戻っていった。
「さてと、今日の一時間目の授業は歴史か」
 祐一はそうひとりごとを言いながら椅子に座ると、鞄の中から教科書と筆記用具とルーズリーフを取り出して机に並べた。そうこうしているうちに、教室に歴史の先生が教室に入ってきた。
 一時間目の授業が始まったのだ。

 キンコンカンコン

 ようやく昼休みになった。教室では、授業が終わったので生徒がわいわい言いながら昼食をとろうと動き始めていた。
「やれやれ、やっと昼休みか」
 祐一はさっきまで使っていた勉強道具を机に入れてから、ほっと一息ついてそうつぶやいた。
「今日は授業がいっぱいで疲れたね」
 名雪が疲れた表情でそうつぶやいた。
「相沢君、名雪、学食に行くわよ」
 香里が勉強で使って机の上に置いてある教科書やノートを机に下に入れてから、二人に向かってそう言った。
「さあ、北川君もいっしょに学食に行くわよ」
 香里は横に座っていた北川にそう言うと、祐一、名雪、北川の三人といっしょに学食に向かって歩き出した。

 四人は仲良く学食に向かって歩いていった。ところが学食の前のところで名雪がいきなり立ち止まってあわて始めた。名雪はなにやらあわてた様子でポケットに手を入れていじくり回していた。
「おい、どうしたんだ?」
 それを見ていた祐一が名雪にたずねた。
「祐一、大変だよ。今朝制服を着たときにうっかり財布を家に忘れてきちゃったんだよ」
 名雪が困った顔つきでそう答えた。財布がなければ学食で食事をする事はできない。名雪があわてるのも当然だった。
「いいわ、今日はあたしがおごってあげるわ」
 横からそれを見ていた香里が名雪に言った。
「うわあ、ありがとう、香里」
 それを聞いた名雪がうれしそうに答えた。
「これも友情ってやつよ」
 香里がそう答えた。
「ありがとう、じゃあわたしAランチね」
 名雪はそう言うとうれしそうに学食に向かって歩いていった。
 思えばこのとき名雪は香里のおごりの裏に隠された真の野望に気付くべきだった。しかし名雪はそれには気付くことなく、親友の香里がおごってくれた事に素直に感謝していた。

 香里のおごりもあって四人は無事昼食をとることが出来た。四人はさっそく空いていた席に座ると、そこで昼食を食べ始めた。
「うわあ、Aランチだよ。デザートはいちごムースだよ」
 Aランチを見た名雪はうれしそうにはしゃいで昼食を食べ始めた。いちごには目がない名雪だけあってその顔はとてもうれしそうだった。
 四人が昼食を食べ初めて少ししてからおもむろに香里が名雪に話し出した。
「ねえ名雪」
「なあに?」
 名雪が答えた。
「今日のAランチをおごってあげた代わりにあたしの願いを聞いてくれない?」
「うん、いいよ」
 名雪は喜んでそう返事をした。さっきは昼食を香里におごってもらったのだからこれくらいは当然だと思ったからだ。
「明日、近所の商店街でアイス大食い大会を開催するんだけど、名雪も知ってる?」
「ううん、知ってるよ」
「実はね、そのアイス大食い大会にあたしの妹の栞が参加するのよ。そこで名雪にお願いなんだけど、もしもその大会で栞が勝ったら月宮さんを一日レンタルさせてくれない?」
 香里がそう言い放った。
「ええ、そんな!?」
 それを聞いた名雪がビックリして答えた。
「だってまだ栞が勝つと決まったわけじゃないのよ」
 香里はそう答えた。しかし栞はアイスが大好物である。このまま行けば誰が見てもアイス大食い大会は栞の圧勝で終わる事が予想できた。栞のアイス大好ぶりは名雪も祐一に聞かされたのでよく知っていた。当然、栞が優勝するだろう事は名雪にも想像できた。
「それはいやだよ。だってあゆちゃんが嫌がっているし」
 名雪はそう答えた。名雪は昨日あゆが香里の強引な頬ずりのせいで香里を嫌がっていたのを目の当たりにしていたからだ。
「じゃあ今すぐAランチの代金をあたしに払って」
 香里が挑戦的な口調で名雪に言った。
「そんな・・・聞いてないよ」
 名雪がビックリして答えた。さっき香里が昼食をおごってくれた時にそんな話は聞いていなかったからだ。
「だってあたしは『タダでおごる』と言った訳じゃないのよ、聞いてなかった?」
 香里が小悪魔的な笑みを顔に浮かべて言った。その顔は「これで月宮さんをゲットできるわ」という喜びに満ちたものだった。
「そ、そんな・・・」
 名雪はおろおろして言った。
「香里、名雪のAランチの代金は俺が代わりに払ってやるよ。それでいいだろ?」
 そばで二人の会話を聞いていた祐一が割って入った。このままでは香里があゆをレンタルしかねないと思って何とか止めようと思ったからだ。
「ダメよ相沢君。これは名雪とあたしの話なの。悪いけど名雪が自分のお金で払ってくれない限りこの条件は飲んでもらうわよ」
 香里は大上段にそう言い放った。
「ううっ、そうか」
 香里に言い負かされた祐一は困った顔つきでそう答えた。
「うん、じゃあ香里、約束するよ・・・」
 名雪は仕方なくそう言った。
「やった、これで月宮さんはあたしの物ね。ルンルンルンルン・・・」
 こうして名雪に強引に約束させた香里は、名雪の返事を聞くとうれしそうにハミングしながら昼食を食べ始めた。

「ところで美坂、さっきの名雪との話は何だったんだよ?月宮さんって一体誰?俺にも教えてくれよ」
 名雪と香里の話が終わった後で北川がせわしなく香里にたずねた。北川はさっき香里が名雪と何について会話していたのかよく分からなかったからだ。
「ダメよ、あれはあたしと名雪とのプライベートなお話なの。悪いけどあなたに教えるわけにはいかないわ」
 香里はそっけない口調でそう答えた。
「ちぇ、残念だな」
 北川はそう言うと再び昼食を食べ始めた。

 一方祐一と名雪は暗い気分で昼食を食べていた。
「なあ名雪、俺たちこれからどうすればいいんだ?」
 祐一が不安そう顔つきで名雪にたずねた。
「わたし、もう笑えないよ・・・」
 名雪が暗い表情でそうつぶやいた。

 その日、学校から帰ってきても香里は楽しそうだった。家に帰ってきてからもいつになくうれしそうな顔つきで部屋中をあっちこっちせわしなく歩き回っていた。
「ねえ栞、明日のアイス大食い大会に栞も参加するのよね」
 香里がちょうど学校から帰ってきた栞に声をかけた。
「はい、アイスは大好きなので一生懸命がんばります」
「必ず優勝するのよ」
 香里が念を押した。
「はい、絶対に優勝して見せます。こう見えても自信があるんですよ」
「そうよね。それでこそあたしの妹だわ、そうこなくちゃね」
「あら?今日のお姉ちゃんはいつになく強気ですね」
「うふふ、じゃあね」
 香里はそう言うと自分の部屋へ帰っていった。

 一方、祐一と名雪が帰ってきた水瀬家はまるでお通夜のようにシーンと静まり返っていた。みんな暗い顔つきでリビングルームに集まって話をしていた。
「そうですか、それは本当に困りましたね」
 名雪から事情を聞いた秋子さんが困惑した顔つきで言った。
「そうなんですよ。このままと明日のアイス大食い大会は確実に栞の圧勝で終わっちゃいます」
「そんなの嫌だよ。ボク、香里さんのところに行くの怖いよ」
 みんなの会話をそばで聞いていたあゆが心配そうに言った。
「もしよろしかったら、ここにいるみなさんが大会に参加する、というのはどうでしょうか?」
 秋子さんが提案した。
「駄目ですよ。俺たちではアイスで栞に勝てっこありません」
「そうだよ、わたしじゃとても勝てないよ」
「あうー、真琴も自信ないよ」
 祐一と名雪と真琴がそう反論した。
「そうですか・・・それでは誰か祐一さんか名雪のお友達で大会に参加できる人を探してくるというのはどうでしょうか?」
「そんな、俺の知ってる友達で栞以外にアイスが好きな奴なんていませんよ」
「わたしも知らないよ」
「そうですか・・・」
 秋子さんがお手上げといった表情でそうもらした。
「そうだ秋子さん、秋子さんの力で大会を中止させる事はできませんか?」
 祐一が提案した。
「そんな、わたしに大会を中止させるような力なんてないですよ」
「そうじゃあ、大会中に栞の食べてるアイスに謎ジャムを入れる、ってのはどうだ?そうすれば栞はその場で倒れて優勝できなくなるし」
「ダメよ裕一。だいたいどうやって栞のアイスにジャムを入れるの?」
 真琴がつっこんだ。
「じゃあ真琴、お前なら何かいいアイデアあるか?」
 祐一が今度は真琴に質問した。
「あうー、真琴にも全然思いつかない、どうしよう」
「そうだよな・・・もうどうしようもないよな・・・」
 結局この日のリビングルームでの会議は誰も何もいいプランを出すことなく終わった。リビングルームから出てきたみんなは暗い表情でそれぞれの場所へと戻っていった。

 その後で、祐一は自分の部屋の戻ってからも明日の事についていろいろ考えていた。明日の大食い大会でどうやったら栞を優勝させないか一生懸命思案していた。
 ふと祐一は、昨日あったハチベエの事を思い出した。彼ならなんかいいアイデアを持っているかもしれない。そう思った祐一はさっそくハチベエに電話をかけてみることにした。祐一は自分の部屋を出ると名雪の部屋にやって来た。
「おーい、あゆはいるか」
 祐一があゆを呼んだ。
「ここだよ、祐一君」
 祐一の足元であゆの声がした。祐一が下を見るとバスケットの中であゆが毛糸の玉をごろごろ転がして遊んでいた。横から名雪がそれをうっとりとした目つきで眺めていた。
「あゆ、お前の学校の電話連絡名簿の場所を教えてくれ」
「ええと、名簿ならボクの机の前に画びょうで貼り付けてあるよ」
 あゆが答えた。
「そうか、ありがとう」

 祐一はすぐにあゆの部屋に入っていった。そしてあゆの机の前にかかっていた花山第二小学校6年1組の電話連絡名簿を見つけた。祐一は画びょうをはずすと、その名簿を読みながら「八谷良平」の名前を探した。
「ええと、あった。ここだ」
 祐一はポケットから携帯電話を取り出すと、さっそくハチベエの自宅に電話をかけた。

 ルルルルルル・・・

「はい、八谷商店です」
 ハチベエが電話に出てきた。
「ハチベエか、俺だ、祐一だ」
「ああ、祐一兄ちゃん。昨日はどうもおじゃましました」
「実はお前に頼み事があるんだけど・・・」
 祐一は手短にこれまでの経緯について話した。そして香里のせいでこのままだとあゆが香里にレンタルされかねないことについて心配だと話した。
「そうか、そいつはひでえよな」
「そうだろ、そう思うだろ?そこでハチベエにお願いなんだけども、なんか明日の大食い大会で栞を優勝させない方法があるか教えてくれないか。誰か友達に大食い大会に参加できそうな奴がいるとかでもいいから」
「それなら、おれにも一応あてはあるけど」
 ハチベエがそう答えた。
「そうか?それは良かった」
「うん、祐一兄ちゃん、今からおれの友達のハカセに聞いてみるよ。ハカセならなんかいいアイデアを持ってるに違いないから」
「そうか、ありがとう。じゃあ、後でまた電話してくれよ。こっちの電話番号はお前の持ってる電話連絡名簿で分かるはずだから」
祐一はそう言うと携帯電話を切った。

 その日の夕方、マンションにあるハカセの家にハチベエとモーちゃんがやってきた。ちなみに、眼鏡をかけたラッキョウみたいな頭をした少年がハカセこと山中正太郎、太っていてのんびりした動作の少年がモーちゃんこと奥田三吉である。
「ところでハチベエちゃん、今日ここにぼくたちを呼んだのはなぜ?」
 モーちゃんがたずねた。
「ハチベエくんの事だからきっとなんか理由があるんだろうと思うけど」
 ハカセもたずねた。
「実はさあ、おれからハカセに相談があるんだ」
 ハチベエが切り出した。
「ハカセも知ってると思うけど、明日近所の商店街でアイス大食い大会をやるだろ」
「うんうん」
「そこでお願いなんだけど、どうやったら大食い大会で優勝できるか教えてくれない?おれ、どうしてもこの大会で優勝したいんだよ。そこでハカセにお願いがあるんだ。ハカセなら何かいいアイデアを持ってると思うんだけど」
 ハチベエがお願いした。きっとハカセなら大会で優勝できる何かいいアイデアを思いつくに違いない、そう考えてのお願いだった。
「でもハチベエちゃんはどうして大食い大会で優勝したいと思ったの?どう見ても大食い大会に出場するような性格には見えないよ」
 ハチベエの話を聞いていたモーちゃんが不思議そうに質問した。
「それは秘密だぜ」
 ハチベエはそう答えた。もしここで本当の理由を述べたら、昨日祐一と交わしたあゆについての約束を破ってしまう事になるからだ。それだけは何としても避けたい。
「どうせハチベエくんのことだから、大食い大会の優勝でもらえる温泉旅行が目当てなんだろうけど」
 ハカセが答えた。頭の中でハチベエの考える事だからまあこんなものだろうと推測したのである。
「ええ、まあ、そういうところかな」
 ハチベエがごまかし笑いを浮かべながら言った。ハチベエはとりあえず誤解でも祐一と交わした約束を破らなければそれでいいや、そう思ったのである。
「なるほど大食い大会で優勝すること、か。これは大変だね」
 ハカセはそう言うとやおら立ち上がった。そして部屋の中を行ったり来たりグルグルと歩き回った。何やら頭の中で考え事をしているしぐさである。
 しばらく歩き回ってから、ハカセは急に立ち止まった。
「うん、この問題をシミュレートしてみるね。しばらく一人っきりで考えさせてくれないか?」
 ハカセはそう言うと部屋の扉を開けて部屋の外へ出て行った。

 ハカセは一人でトイレの中に座り込んでいた。
 ハカセは考え事をする時、いつもよくトイレの中で考え事をしていた。なぜかトイレの中で勉強や考え事をすると心が落ち着いて考えがよくまとまるのだ。自分ながら、おかしなくせがついたものだと、ハカセも思っていた。
「うーん」
 ハカセは先程トイレに入ってから一心に瞑想していた。
 ハカセは今考えている事は、どうやったらアイス大食い大会に優勝できるかということだった。トイレにこもってからずっと、ハカセは色々なプランを頭の中でシミュレートしてみた。そして「モーちゃんを大会に参加させる」という一番オーソドックスな結論に達した。
「よしこれで行こう」
 そう言うとハカセは立ち上がってトイレのドアを開けた。

 十分くらいたってハカセが部屋に戻ってきた。
「ようハカセ、なんかいいアイデアを思いついたのか?」
 ハチベエがたずねた。
「正攻法で行こうと思うんだ。モーちゃん、君が大会に参加するんだよ」
「え、ぼくが?」
 ハカセの言葉にビックリするモーちゃん。
「モーちゃん、君の好きな食べ物をあげてみたまえ」
「ええと、チョコレートにアイスクリーム・・・」
「ほら、君の好物の中にアイスがあるだろ。それにモーちゃんは大食いだ。大食い大会に参加するにはもってこいの人材なんだ」
「えへへ、確かに言われてみればそうだね」
 モーちゃんも納得した。
「そうだよ、モーちゃん、君ならできる。あとは勇気だけだ」
 ハチベエもはやし立てた。
「うん、ハカセちゃんにハチベエちゃん、ぼくがアイス大食い大会に参加するよ。そしてきっと優勝してみせる」
 モーちゃんがそう言った。
「ただ、これだけは言っておかなきゃいけない。モーちゃんが参加しても優勝できる確率は5割くらいなんだ」
「どうして?」
 モーちゃんが質問した。
「なんでも今度の大会に参加すると聞いた美坂栞さんという女子高生はこの町内でも有名なアイス大好き少女らしいんだよ。以前聞いた話だけど、小さいのにバニラアイスを10個一気食いしたこともあるらしい。なかなかの強豪だね」
「でもハカセ、モーちゃんのほうが太ってるから勝つに決まってるんじゃないの?」
 ハチベエがたずねた。普段学校でモーちゃんを見ているハチベエは、太っている人間ほど大食いなのだと思っていたからだ。
「それが違うんだ。ハチベエくん「やせの大食い」と言ってやせている人間が大食いな事もある。テレビの大食い大会を見ても分かるように、必ずしも体重と食事の量が比例するわけじゃないんだ。太っているから勝てるってそんな単純な話じゃない。しかも今度の相手は女子高生だ。年齢の差がある」
 ハカセが眼鏡のつるを手でいじくりながら説明した。
「なるほど」
「だからモーちゃんが大会に出ても勝てる確率は半分程度なんだ。それでもぼくやきみが大会に参加するよりもずっと勝算は高い」
「そうか、分かったよ。それで行こう」
 ハチベエが納得した。
「うん、じゃあぼくは家族に明日大会に参加するって伝えてくるね」
 モーちゃんはそう言うと部屋を出て行った。
「そうだ。おれも用があったんだ。それじゃハカセ、バイバイ」
 ハチベエはそう言うと勢いよく扉を開けて自宅へと戻っていった。

 家に帰ってからハチベエは家に誰もいなのを確認して祐一に電話をかけた。ハカセの家から電話をかけると内容が分かってしまうため、わざわざ家に帰って電話をする必要があったのである。ちなみにハチベエは小学生なので携帯電話は持っていない。

 ルルルルルル・・・

「はい、祐一です」
「あ、祐一兄ちゃん。おれだよ、ハチベエだよ」
「ハチベエか、それでどうなった、例の件は」
「おれの友達のモーちゃんが大食い大会に参加する事になったんだ。モーちゃんは太ってるしアイスが大好きなんだ。きっと祐一兄ちゃんの言っていた美坂栞さんって人を破って大会で優勝してくれると思う」
「それは良かった。これであゆは救われるぞ」
「ただ、ハカセが言ってたんだけどモーちゃんが勝てる確率は5割くらいなんだって。その栞さんが勝つ可能性も半分はあるって」
「そうか、でも可能性ゼロよりはいい。勝算があるだけでも十分だ」
「うん、じゃあ電話きるよ」
「じゃあな、ありがとう、ハチベエ」
「えへへへへへ・・・」

 電話が終わると祐一は大喜びで名雪の部屋に行った。そして名雪とバスケットの中で毛糸で遊んでいたあゆにこの話を伝えた。
「うにゅ、良かったね。これであゆちゃんが助かる可能性も出てきたんだよ」
「うん、本当にありがとう、祐一君。これで助かったよ」
 祐一の話を聞いた名雪とあゆが喜んでそう言った。
「問題はモーちゃんが栞に勝てるかだけだ」
 祐一はそうつぶやくと一人部屋へと戻っていった。

 翌日は休日だった。その日、よく晴れた青空の下で商店街のアーケードに<第11回バニラ大食い大会>の垂れ幕が掲げられていた。
 祐一は名雪とあゆを連れてこの大会を見物にやってきた。ただしあゆは小さいので祐一のポケットの中での見物である。
「うわあ、人がたくさんいるよ」
 名雪が見物人の人ごみを見て驚いていた。それほどこのアイス大食い大会を見物にきた人が多かったからだ。その理由としてまずこの大会の商品があげられる。1等は2泊3日の温泉旅行、2等は2万円分の商店街の商品券、3等以下にもそれぞれ景品がついていた。みんな誰が勝つのか知りたくてこの大会に集まってきたのだ。
「あ、栞ちゃんだ」
 祐一のポケットの中にいたあゆが叫んだ。見ると<選手受付所>という張り紙のしてある机の前で大食い大会の受付登録をしている栞がいた。
「あら、祐一さん。お久しぶりです」
 登録を終えた栞が近くに来ていた祐一に気付いて声をかけた。
「栞も参加するんだって?香里から聞いたぞ」
「はい、一生懸命がんばります。絶対に優勝して見せますから祐一さんも見ていてください」
 栞はそう言うと後ろにいた香里に向かって歩いていった。
(がんばって欲しくなんだけどな)
 栞には言わなかったが、祐一はそう内心思っていた。

 栞が受付を済ませた後で小学生の三人組が受付所にやってきた。ハチベエ、モーちゃん、ハカセの三人だ。
「さあ、この登録用紙に氏名と住所を記入してください」
 受付所にいた係員の女性が説明した。
「はい、分かりました。ええと、名前は奥田三吉、住所は・・・」
 モーちゃんは係員に言われた通りに登録を済ませると、大会が始まるまで会場に置いてある椅子で待っていることにした。すでに椅子には栞を含めて大会に参加者が何人か座っていた。
「それじゃハチベエちゃん、ハカセちゃん。きっと優勝するからね」
「それじゃ、モーちゃん。がんばれよ!」
「モーちゃん、幸運を祈る」
 ハチベエとハカセはそう声をかけるとその場を離れた。


 つづく


 あとがき
 新展開の第8話です。この話では香里が原作と違って暴走していますが、それは自分なりのアレンジです。(香里ファンの人すみませんm(_ _)m)
 冒頭に出した栞とモーちゃんの身長と体重のデータはそれぞれ原作に書いてあった設定を使用しました。モーちゃんがアイス大好きだというのも原作にある設定です。調べて見て気付いたのですが、体重はともかく身長でもモーちゃんが栞よりも高いというのは正直驚きでした。ただ小学生時代を思い出してみると、六年生の時にクラスの中でも160cm前後に成長した背の高い男子生徒がいましたから、この結果もそれほど驚くべき内容ではないのかもしれません。
 それにしても不思議なのは栞がモーちゃんと好きな食べ物がよく似ていて甘い物が大好きなのに全然太らない事です。病気のせいでしょうか?
 ちなみに私の小学校では電話連絡名簿は一枚のわら半紙(わらの入った粗悪な再生紙の事です。最近の人には分からないかも)でした。今回の話でもクラス名簿は一枚の紙にしていますが、友人に聞いてみるとちゃんと本のようになっていた小学校もあったようです。
 今回はなんだか典型的な少年ジャンプみたいな展開になってしまいました。次回、栞とモーちゃんは「「宿敵」と書いて「とも」と呼ぶ」ような関係になっているのでしょうか?


管理人のコメント


 本人の預かり知らぬところであゆ、ピンチになってますね(笑)。


>続編ではコミックマーケット開催中の東京ビッグサイトが関ヶ原の戦いにタイムスリップする

と言う事は、主役はこみパの面々でしょうか。


>「これも友情ってやつよ」

香里、大うそつきです(笑)。


>大会中に栞の食べてるアイスに謎ジャムを入れる、ってのはどうだ?

祐一、それは犯罪だぞ…


>祐一が下を見るとバスケットの中であゆが毛糸の玉をごろごろ転がして遊んでいた。

あゆ、おまいには危機感と言うものはないのか(笑)。


>なんでも今度の大会に参加すると聞いた美坂栞さんという女子高生はこの町内でも有名なアイス大好き少女らしいんだよ。

小学生ですら噂に知っている栞のアイス好きっていったい…


 さて、次回の決戦、果たして制するのは栞かモーちゃんか? あゆの運命やいかに?


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