あゆちゃんの冒険
第７話
一日の終わり
作：モーグリさん
「祐一さん、真琴、お帰りなさい」
祐一たちが帰ってきたのを知った秋子さんが玄関に出てきて祐一たちを出迎えた。
「秋子さん、ただいま」
「あうー、ただいま」
「あらあら、真琴と祐一さんのお友達の方ですね」
秋子さんは祐一たちと一緒にやって来た北川と美汐を見てそう言った。
「名雪のお母さん、北川といいます」
「天野美汐です、どうもこんにちは」
「皆さんよくいらっしゃいました。さあどうぞ中にいらっしゃい」
秋子さんはにこにこしながらみんなを出迎えた。
「あれ、秋子さん、俺たちの前に誰か来てるんですか？」
玄関に見かけない靴が置いてあるのを見て疑問に思った祐一が秋子さんにたずねた。その靴は祐一たちより小さい小学生の靴のようだった。
「ええ、実はさっきあゆちゃんの小学校のクラスメートだという子がやって来たんですよ」
「へえ、あのあゆにそんなクラスメートがいたんですか？」
祐一が驚いた表情でそう言った。
「それじゃ祐一さん、今呼んで来ますね」
秋子さんはそう言うと廊下を通って向こうへ行ってしまった。
少ししてから、秋子さんは色黒で背の小さい小学生の男の子を連れてきた。それが秋子さんがさっき言ったあゆのクラスメートらしかった。
「さあ、皆さんにご挨拶をしてね」
「はじめまして、八谷良平です。みんなからは『ハチベエ』と呼ばれてます。よろしく」
ハチベエは緊張しながら答えた。
「俺は相沢祐一、普段呼ぶときは『祐一お兄ちゃん』でいいぞ」
祐一は笑いながら答えた。
「それでは私は真琴と一緒に真琴の部屋へ行ってきますから」
美汐がそういって真琴の部屋に行こうとした。
「あの、美汐、真琴の部屋は２階なの」
「そうなの。じゃあ真琴、あなたが案内して下さいね」
「うん、任せて」
真琴はそう言うと、張り切って美汐を連れて自分の部屋へ案内するために階段を上り始めた。
「あらあら、真琴もまだまだ子供ですね」
それを見ていた秋子さんが頬に手を当てて笑みを浮かべた。
「秋子さん、そう言えば名雪が今日は部活で遅くなるって言っていました」
祐一が名雪の部活について秋子さんに説明した。
「そうですか、分かりました」
秋子さんはそう言うと一人でキッチンの方に向かっていった。
「わたしはこれから夕食の支度がありますから。何か用があったら遠慮せずに呼んで下さいね」
秋子さんはそう言って廊下を出て行った。
「“名雪”って、なんだ？ミサイルの名前か？」
ハチベエが横から口を出した。
「違うぞ、名雪は秋子さんの一人娘の名前だ。それにミサイルの名前は“ナイキ”だ」
祐一が説明した。
「なあハチベエ、これから俺たちは映画『戦国葉鍵隊』を見ようと思うんだ。お前も見たいか？」
北川がハチベエに話しかけてきた。
「うん、おれも見る見る」
ハチベエは喜んで答えた。
「よし、じゃあ一緒に見ような」
「おい相沢、ＤＶＤを見るのはどこのテレビを使えばいいんだ？」
ＤＶＤを持って来た北川がＤＶＤデッキを探してたずねた。
「北川、リビングルームにあるテレビだ」
「ありがとう、じゃあ先に行ってるぞ」
北川はそう言うと一人でリビングルームに向かって行った。
「ところで祐一お兄ちゃん、さっきから気になってるんだけど、お兄ちゃんのポケットの中に何が入ってるの？」
ハチベエが祐一のポケットを不思議そうにのぞき込んでいた。さっきから祐一のポケットの中で何かがモゾモゾ動いているのに気付いたからだ。
「知りたいか？」
「うん、知りたい」
「誰にも秘密だぞ」
「うん、秘密にするから早く見せてよっ！」
「よし、見てビックリするなよ」
祐一はそっとポケットを開けた。
「やあ、八谷君、こんにちは」
ポケットの中から小さなあゆが勢い良く顔を出してあいさつをした。
「うわっ、バケモノだ！」
ビックリしたハチベエが驚きの声を上げた。さっきまで秋子さんから病院に行っていると聞かされてきたあゆが小さくなって祐一のポケットから出てきた。それを見た時、ハチベエの中でゲシュタルト崩壊が起こった。そんなバカな！それしか思いつかなかった。
「ごめん、驚かしちゃったみたいだね」
ポケットの中のあゆが反省した。
「実はなハチベエ、これには深い訳があって・・・」
祐一はハチベエにこれまでの経緯を話した。あゆがしょっちゅうたい焼きの食い逃げばっかりしていたこと。秋子さんがそれを見かねて、お仕置きとして自家製の謎ジャムを食べさせてあゆを小さくさせてしまったことについて話した。
「・・・というわけなんだ。分かったか？」
「じゃあ秋子さんが言っていた『病院に行っている』ってのもウソなの？」
「あれは秋子さんが周りに迷惑をかけないために学校側にそう言ったんだ」
「それにしてもひでえよな。たかが食い逃げしたくらいでこんな事するなんて」
「でもあゆの場合食い逃げの回数がバカにならないほど多かったし、自業自得だぞ」
「うぐぅ、自業自得なんてひどいよ、祐一君」
横で聞いていたあゆがプンプンすねた。
「なあハチベエ、これは俺とあゆとお前だけの秘密だ。このことは俺たち以外の誰にも言っちゃいけないぞ。もしもお前がこの秘密を破ったら・・・」
「ブルッ・・・」
ハチベエは思った。相手はあゆを謎ジャムで小さくしてしまった連中である。こんな連中と交わした秘密をもし破ったらおれもどうなるか分かったもんじゃない。ハチベエは心底震え上った。
「じゃあ、約束だぞ」
「う、うん、約束するよ」
「おーい、相沢『戦国葉鍵隊』が始まったぞ！」
北川がリビングルームから声をかけてきた。
「よし、今行く」
祐一とハチベエは一目散に北川のいるリビングルームに駆け込んだ。
祐一たちがテレビの前に来ると、テレビからオープニングテーマが流れテレビ画面には大きく＜戦国葉鍵隊＞の題名が映っていた。
オープニングと同時にＣＧで作られた巨大な隕石が画面いっぱいに映し出された。その巨大隕石は宇宙空間から地球に目がけて落下していった。
『時に世紀末の西暦２０００年、巨大小惑星トータチスが宇宙から飛来して地球に襲来した』
冒頭でナレーションが入った。
トータチスはそのまま関東平野の某所にある東鳩市に直撃した。そして画面がクラッシュして東鳩市がトータチス命中のエネルギーでそのまま過去へとタイムスリップしていく様子が映し出された。
『浩之ちゃん、おはよう。昨日の地震はすごかったね』
『ああ、さすがにビックリしたよ』
『ちょっとちょっと、大変よ、志保ちゃん情報よ』
『何だよ志保、そんなに大騒ぎして』
『あたしのつかんだ志保ちゃん情報によると、昨晩この町に落下した隕石の衝突エネルギーによって、私たちの住む東鳩市は丸ごと今から四百年以上昔の戦国時代にタイムスリップしちゃったのよ』
『何だってー！？』
「いよいよここから面白くなってくるんだ」
北川が得意そうに解説した。
「あれ、以前これとよく似た話を見たことがあるような・・・」
「ハチベエはこれと似た話を知ってるの？」
祐一がたずねた。
「うーん、祐一お兄ちゃん、思い出せないや」
映画ではその後タイムスリップした東鳩市が上杉謙信の領内にあったことから、謙信が東鳩市の住民を領民として迎え入れることとなった。
上杉領で志保は得意の情報網を生かして瓦版を作って大盛況。綾香と葵は戦国時代にエクストリームを広げるために各地で武者修行を行っていた。マルチとセリオはメイドロボとして上杉家に使え、レミィは謙信と弓術の稽古をしていた。そして理緒は、苦しい家計を助けるため「タイムスリップ饅頭」を作って上杉領内で売り歩いていた。
ついに映画はクライマックス、武田信玄との川中島の決戦に突入した。
『うおー、ヤッパ本物の武田騎馬軍団はスケールが違うよな』
『浩之ちゃん、そんなこと言ってる場合じゃないよ』
『そうよ、敵はあの武田信玄よ、最高に燃えるシチュエーションだわ！』
『はわわ、もうバッテリーの残量がありません』
『人工衛星がないのでサテライトシステムを使用出来ません』
『・・・』
『そっちも魔法薬が切れたのか、早く補給、補給』
『このままやと補給切れでこっちの負けや、早く信玄の首を取るんや』
「うわー、手に汗握るアクションシーンだぜ」
祐一が興奮して叫んだ。
「うぐぅ、怖いよー」
突然、祐一のポケットのあたりから少女の声が聞こえてきた。
「あれ、今、誰か声を出さなかった！？」
北川があたりを見回していった。
「ううん、気のせいだよ」
「そう、気のせい」
祐一とハチベエは必死になってごまかした。今ここにあゆがいることが北川に知れると大変な事になるからだ。
「そうか、気のせいか」
北川は再びテレビを見始めた。
映画は東鳩軍が大損害を出しながらも武田騎馬軍団を破ったところでエンディングとなった。
「ああ、面白かったな。北川ありがとう」
「うん、相沢なら喜んでくれると思ったんだよ」
北川はうれしそうにテレビのスイッチを消すとＤＶＤを取り出してケースの中に入れて鞄にしまった。
「じゃあそろそろおれも帰らねえとな」
ハチベエがつぶやいた。
「俺も帰らないとな。そうだハチベエ、良かったら俺と一緒に帰ろうか？」
北川が言った。
「うん、ありがとう」
「じゃあな相沢、さようなら」
「さようなら」
「おじゃましました」
『戦国葉鍵隊』を見終わって少したってから、北川とハチベエと美汐がさようならを言って水瀬家を出て行った。
「皆さん、さようなら」
秋子さんは玄関まで出て行って３人を見送った。
それからしばらくして、名雪が帰ってきた。
「お母さん、ただいま」
名雪が玄関を開けて家の中に入ってきた。
「お帰りなさい、名雪」
名雪が帰ってきたので、秋子さんはさっそく夕食の用意にとりかかった。
今日の夕食はシチューだった。
ただし、テーブルの上にあゆの夕食用に、特別に名雪が帰りがけに買ってきたたい焼きが出された。あゆはたい焼きを見ると飛び上がって喜んで、自分の身長くらいあるたい焼きをおいしそうにかぶりついて食べ始めた。
「もぐもぐ、とってもおいしいねっ」
必死にたい焼きをほおばりながらあゆが言った。
「うわーぁ、あゆちゃんの食べるしぐさ、とってもかわいいんだよ」
それを見た名雪がうっとりとした目つきで眺めながらつぶやいた。
「それにしてもあゆの体のどこにこれだけのたい焼きが入るんだ？」
祐一が不思議がった。
「たぶん『たい焼きは別腹』なのよ」
あゆの様子を見ていた真琴がそう返答した。
「なるほど、そういうものなのか」
何となく納得する祐一だった。
そうこうしている間にあゆはたい焼きをすっかり平らげてしまった。
「うん、とってもおいしかったねっ」
あゆはとっても幸福そうな顔つきで満面の笑みを浮かべた。
夕食がすむと、あゆはお風呂にはることになった。ただし一人では入れないので、真琴とぴろと一緒に入ることになった。
「あうー、あゆはお風呂に入るとおぼれちゃうから、ぴろと一緒にそこで体を洗っててね」
真琴にそう言われてあゆはぴろと一緒にバスルームの片隅で体を洗うことになった。真琴に出してもらったボディーシャンプーをつけて体じゅうを洗うと、あゆの体はたちまちシャボンの泡だらけになった。
「ねえお嬢さん、俺の体も洗ってくれないかな？」
横からぴろがそう言ってきた。
「うんっ、いいよっ」
あゆはそう言うと今度はぴろの背中にボディーシャンプーをつけてゴシゴシ洗い出した。たちまちぴろの背中は石けんの泡に包まれた。
「あー、気持ちいい。その調子、その調子」
「うんっ」
あゆはそのままぴろの全身を洗い始めた。
「ところでお嬢ちゃん、今日やって来た男の子、お前に気があるんじゃないか？」
「男の子ってあの八谷君がボクに？そんなこと、何で分かるの？」
「それはまあ、長いこと野良猫だった時の経験とカンってやつかな」
ぴろはそう言うと口を横にしてニヤッと笑った。それから気持ち良さそうに大あくびをした。
「そういうものなのかな？」
あゆは不思議そうな顔つきになった。それから思い出したようにぴろの体を洗い出した。
「わあ、あゆがぴろの体を洗ってる。面白そう」
あゆとぴろの会話など何も知らない真琴がバスタブからその光景を見て楽しそうにそう言った。外から見ているとまるであゆがぴろとじゃれついているように見える光景だったのである。
あゆはお風呂で体を洗ったあと洗面所に出た。洗面所では真琴がぬれた体をドライヤーでやさしく乾かしてくれた。
「真琴ちゃん、ありがとう」
あゆはそう言うと今度は秋子さんが作ってくれた特製のパジャマに着替えた。そして名雪が作ってくれたバスケットの寝床の中に入って横になった。
「じゃあ、さっそく名雪を呼んで来るね」
真琴はそう言うと大事そうにぴろを抱えて洗面所を出て行った。それから少しして、名雪がやって来た。
「あゆちゃん、こんばんは。名雪だよ」
「わあ、名雪さん。こんばんは」
「それじゃ、さっそくわたしの部屋に来るんだよ」
名雪は楽しそうにステップを踏みながらあゆを載せたバスケットを持ちながら自分の部屋へと歩いていった。
「さあ、着いたよ」
名雪はそう言うと自分の部屋の扉を開けて中に入っていった。そしてあゆを載せたバスケットを自分の部屋の机に置いた。
「さあおやすみ、あゆちゃん。今日は目覚まし時計の音量を小さめにしておくからね」
名雪はそう言いながら部屋の電気を消した。そして扉を閉めて自分は下の階へと降りていった。
名雪の部屋であゆは一人で眠りについた。
「今日はいろいろな出来事があったね・・・」
バスケットの中であゆは今日の出来事を思い出しながら横になっていた。
「栞ちゃんのお姉さんの香里さん。祐一君の友達の舞さんに佐祐理さん。天野さんとそれに八谷君。いろいろな人に出会ったね・・・」
あゆは今日初めて出会った人たちのことを思い出していた。
しばらくするとあゆは楽しそうな顔つきで目を閉じた。そしてあゆの意識は次第に眠りのまどろみの中に消えていった。
「おやすみなさい・・・」
あゆは最後にそう言うと、楽しそうに寝息をあげながら眠りについた。それはとっても楽しそうな寝顔だった。
つづく
ようやく第７話が終わりました。これでようやくあゆの一日の生活が終わったわけです。物語はこれからあゆをめぐる日々のショートストーリーの連続になってゆくと思います。
ここまで読んでいただいた皆さん、どうもありがとうございました。
それと作中に出てくる作品の元ネタは、羅門祐人氏の『青き波濤』という小説です。小惑星トータチスの命中が原因で関東平野一帯が太平洋戦争時代にタイムスリップしてしまうという内容です。
管理人のコメント
あゆたちもようやく帰宅。ハチベエに対してはどう対処するのかが見物ですが…
＞「"名雪"って、なんだ？ミサイルの名前か？」
＞「違うぞ、名雪は秋子さんの一人娘の名前だ。それにミサイルの名前は"ナイキ"だ」
知識の偏っている小学生です。普通、この歳なら「ナイキ」と言えばスニーカーでないか？（笑）。
＞「やあ、八谷君、こんにちは」
＞「うわっ、バケモノだ！」
あゆ、空気読め（笑）。しかし、ハチベエも驚いたとはいえあんまりな反応です。
＞『あたしのつかんだ志保ちゃん情報によると、昨晩この町に落下した隕石の衝突エネルギーによって、私たちの住む東鳩市は丸ごと今から四百年以上昔の戦国時代にタイムスリップしちゃったのよ』
＞『何だってー！？』
おお、志保がまともな情報収集を！ ところで、このシーンを見たときに某MMRを連想したのは私だけでしょうか（笑）。
＞「男の子ってあの八谷君がボクに？そんなこと、何で分かるの？」
＞「それはまあ、長いこと野良猫だった時の経験とカンってやつかな」
うーむ、この話のぴろはなんとなくハードボイルドな感じで良いですね。
小さくなったあゆの一日もようやく終了。さて、彼女が元に戻れる日はいつなのでしょうか。なんか、すっかり馴染んじゃってますが…
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