あゆちゃんの冒険
第5話
お昼のひと時
作:モーグリさん
昼休みの最中、普段ならこの時間に誰もいないはずの生徒会室にたった一人、生徒会長の久瀬がイスに腰掛けて窓の外を眺めていた。
彼の視線の先には隣の校舎とその踊り場で楽しそうに昼食をとる佐祐理さんたちの姿があった。
久瀬はその光景を恨めしそうな目つきで見ていた。
「好き、嫌い、好き、嫌い・・・」
久瀬は自分の座っているそばにある机の上にある花瓶に刺してあったカーネーションを一本抜き取った。そしてその花びらを一枚一枚抜き取りながら一人でそうつぶやいていた。
いわゆる「花占い」というやつである。
「好き、嫌い、好き、嫌い・・・」
次第に花びらの数が減ってゆく。
「好き、嫌い」
久瀬が「嫌い」といったところで、カーネーションの最後の花びらが引き抜かれた。
「ああ、何という事だ。やはり倉田さんはこの生徒会長である私のことが嫌いなのか!?倉田さんは私より川澄さんや相沢君を選ぶというのか!?」
花占いの結果がよっぽどショックだったのか、久瀬の絶叫が生徒会室に響き渡った。
さて一方、こちらは佐祐理たちが昼食の弁当を広げている学校の踊り場である。
ここでは四人が楽しそうに重箱を囲んで昼食をとっていた。
そしてちょうど弁当を食べ終わりかけたころ、下の階段から誰かが上がってくる音が聞こえた。
コツコツコツコツ
「・・・誰か来た」
「はぇー、誰でしょうね?」
こんな時間に階段を上がってきた生徒がいたので舞と佐祐理が不思議そうに階段を見つめた。
すると下から一人の女子生徒が階段を上がってくるのが見えた。ケープの付いたこの学校特有の制服を着て、肩には薄茶色にこげ茶色の格子模様のストールをはおっていた。そして手にはたくさんバニラアイスを入れたビニール袋をたずさえていた。
「あれ、そこにいるのは祐一さんですよね、お久しぶりです」
その少女、美坂栞が踊り場にいる祐一を見つけて言った。
「よう、栞じゃないか。こんにちは。この間すっかり病気が治ったって香里から聞いていたけど本当だったんだな」
「はい、今年からまたみなさんと一緒に学校に通えるようになりました」
栞はかつて難病に冒されていた。そのため一年生になってからはほとんど登校できない日々が約一年間も続いた。そんな冬のある日栞は祐一と出会ったのである。
幸い病気の方はその後奇跡的に回復してまた今年から学校に来られるようになった。しかし病気のせいで出席日数が足りないので留年してもう一度一年生をやり直すことになった。
ちなみに栞は制服を着ていても姉の香里からもらった大切なストールを片身離さず持って学校に来ていた。
「ところで祐一さん、そちらの方々は誰ですか。ケープの色から見て先輩のようですけど」
「紹介しよう。右にいるのが倉田佐祐理さんで、左にいるのが川澄舞さんだ。二人とも三年生で栞から見たら先輩に当たる人たちだぞ」
栞にとって舞や佐祐理は初対面の人間だった。そこで祐一が気を利かせて舞や佐祐理に代わって二人についての説明をした。
「そうですか、私は一年生の美坂栞といいます。倉田先輩、川澄先輩、こんにちは。みなさんよろしくお願いします」
栞はそう言うと、頭を下げて舞や佐祐理に挨拶をした。
「あははーっ、栞さん、そんなに硬くならなくてもいいですよー」
「・・・栞、こんにちは」
舞や佐祐理も挨拶をした。
「うぐぅ、栞ちゃん、ボクも忘れないでよっ」
ふと栞の足元からどこかで聞いたような声が聞こえてきた。あわてて栞が下を見ると、そこには身長15センチくらいに小さくなったあゆがいた。
「あれ、あゆさん。どうしたんですか?どうしてそんなに小さいんですか?」
栞がびっくりして質問した。
「栞ちゃん、それはね・・・」
あゆは小さくなったいきさつについて栞に説明した。あゆがたい焼きの食い逃げばかりしていたこと、そしてそれに対して秋子さんが罰して特製のジャムであゆの体を小さくしてしまったことについて話した。
「でもそれってまるでドラマみたいですよね。あこがれちゃいます」
それを聞いた栞が面白そうにつぶやいた。
「うぐぅ、そんなこと言われても困るよっ」
「あ、でも、今の小さいあゆさんもマスコット人形みたいでとても可愛いですよ」
栞は愛らしい表情で今のあゆを眺めていた。内心
(ちっちゃくなったあゆさんはとってもかわいいです)
と思っていたのである。
「ところで栞、何でお前が昼休みにこんな所に来るんだ?」
祐一が疑問に思っていたことをたずねた。
「祐一さん、私は昔からの夢で、一度でいいからお昼休みに広い屋上でバニラアイスをおなかいっぱい食べてみたかったんです。病気も治った事ですし、今日思い切って夢を実現しようとバニラアイスをたくさん買い込んで屋上に上がってきたら、偶然この踊り場で皆さんと出会ったんです」
そう言うと栞は自分が持ってきたアイスの入ったビニール袋を下に置いた。そしてその中に手を入れてごそごそアイスを取り出し始めた。
「もしよろしかったら皆さんもアイスを食べませんか?ちょうど皆さんにあげる分のアイスがあります」
栞はそう言うと、自分の手に持っているビニール袋からアイスとアイス用のスプーンを取り出した。そしてそれを佐祐理、舞、祐一、あゆの四人に一つづつ手渡していった。
「栞さん、ありがとうございますーっ」
「・・・ありがとう」
「栞、ありがとう」
「栞ちゃん、どうもありがとう」
アイスを受け取った四人が栞に感謝した。
こうして栞が持ってきてくれたバニラアイスをもらったみんなは、カップのふたを空けてアイス食べ始めた。
もちろんあゆも栞にふたを開けてもらってスプーンを手渡された。そこであゆはそれを使って一人でアイスを食べようと試みた。
「それっ」
まずあゆは手渡された自分の肩くらいの大きさもあるアイス用のスプーンを両手で掴むと、それを持って思いっきりカップの中のアイスに突き刺した。それからまるでボートのオールのようにアイスをスプーンでかき回し始めた。
「よいしょ、よいしょっと」
あゆは必死にスプーンをぐるぐるとかき回した。そのおかげで、カップの中のアイスも段々とやわらかくなってきた。
「えいやっ」
あゆは今度はスプーンを薙刀のように構えると、一気にアイスに突き刺した。そして薙刀の要領でカップの上面のアイスをスプーンで切り取ると、切り取ったアイスをスプーンから直接口に持っていって思いっきりかぶりついた。
「もぐもぐ、うん、おいしいねっ」
大きなアイスの固まりが食べられてとても満足そうなあゆだった。
ところがアイスを食べ始めてしばらくすると、突然あゆの動きが止まった。そして鼻を押さえてその場にしゃがみこんだ。
「うぐぅ、鼻が痛いよっ」
あゆは冷たいものをいきなり食べた人がよくかかる、鼻がつーんとなる痛みに襲われていたのだ。
「あゆさん、そんなに一気にアイスを食べるからです」
それを見ていた栞がやさしく注意した。
「あははは、あゆらしいぞ」
「うぐぅ、ひどいよ、祐一君」
あゆが鼻を押さえながらむくれた。
「じゃあ私があゆさんにアイスをとってあげますね」
「えっ、栞ちゃん、ありがとう」
栞が自分のためにアイスをとってくれるというのであゆはうれしそうな表情を浮かべた。
栞は自分のカップからスプーンで少しアイスをすくうと、それをあゆのもとへと持っていった。
「はい、あゆさん、お口を開けて下さい」
栞がそう言ったのであゆは大きく口を開けた。それを見た栞はやさしくあゆの口元にアイスを入れてあげた。
「あーん、もぐもぐ」
あゆは口に入れてもらったアイスを食べ始めた。口に入ったバニラアイスから特有の甘みが口の中に広がり、とってもおいしかった。
「うん、やっぱりアイスはおいしいねっ」
あゆはにっこりと微笑むとそう言って笑った。
こうして騒動が一段落すると、再びみんなはアイスを食べ始めた。みんなが座ってアイスを食べている中で、ふとあゆはこんなことを思った。
(うん、ボクはこのまま小さいままでもいいのかもしれない。みんながやさしくしてくれるんだもん)
佐祐理や栞にやさしくしてもらったので、あゆはふとそんなことを考えたのである。
こうしてあゆにとっての楽しい昼休みの時間は過ぎていった。
つづく
あとがき
モーグリです。5話では久瀬と栞が登場しました。
今回は久瀬をセンチメンタルな人に描いていますが、これもほのぼのとした話にしたかったからで、特に悪気はありません。
あゆとアイスの話を書いていて時は、以前トルコに旅行行った時に食べた「ドンドルマ」という伸びるアイスクリーム(最近では日本でも売られています)を思い出しながら書いていました。ちなみに本場トルコにはバニラに唐辛子の入った辛口のドンドルマも売られていました。栞が見たらひっくり返りそうですね。
さて、次回は真琴と美汐が登場する予定です。
管理人のコメント
午後の授業かと思いきや、まだお昼休みの続きですね。
>花占いの結果がよっぽどショックだったのか、久瀬の絶叫が生徒会室に響き渡った。
久瀬よ…それで良いのかお前の人生。
>「はい、今年からまたみなさんと一緒に学校に通えるようになりました」
今度は栞登場。生きててよかったなぁ…と思いきや。
>「でもそれってまるでドラマみたいですよね。あこがれちゃいます」
栞よ…それで良いのかお前の人生。
>「もしよろしかったら皆さんもアイスを食べませんか?ちょうど皆さんにあげる分のアイスがあります」
てことは、祐一たちに出会わなかったらそれを全部一人で食べる気だったのか(笑)。
>(うん、ボクはこのまま小さいままでもいいのかもしれない。みんながやさしくしてくれるんだもん)
あゆよ…それで良いのかお前の人生。
人生の意味を考えつつ(笑)、物語はいよいよ午後編に進みそうですね。まこみしはあゆを見てどんな反応を示すのでしょうか…
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