あゆちゃんの冒険
第4話
昼食を食べよう
作:モーグリさん
キンコンカンコン
香里があゆの頬ずりに熱中していたその時、ちょうどチャイムが鳴って次の授業が始まった。
「あら、次の授業だわ。名雪、月宮さんありがとね」
香里はあゆを手放すとそのまま自分の机へと戻っていった。
ようやく香里の頬ずりから解放されたあゆだったが、名雪から
「これから授業中、あゆちゃんはわたしの鞄の中にいるんだよ」
と言われたので、急いで名雪の鞄の中に入るはめになった。
あゆもこの姿のまま教室にいては授業が大騒ぎになることは分かっていたので、名雪の言う通りにして授業中は鞄の中に入ることにした。
「よいしょ」
名雪に手助けをしてもらいながらあゆは鞄の中へと入っていった。
「ここで静かにしているんだよ。他の人に見つかると厄介だからね」
「うんっ」
二人がそうこうしているうちに、教室に先生がやってきて次の授業が始まった。
授業が始まったらしく、鞄の中のあゆにも教室の授業の様子や先生の説明が聞こえてきた。
しかし聞こえてくる授業の内容は訳がわからなかった。あゆにとっては高校の授業は難しすぎてちんぷんかんぷんで、とてもついていけるような代物ではなかったのである。
(うーん、ボクには何が何だかわからないよ)
一人高校の授業に困惑するあゆ。確かに名雪の言うように授業に出なかったのは正解だったと思っていた。
しばらくすると鞄の中がけっこう居心地がいいことに気が付いた。鞄のおかげでちょうどあゆにとって心地よい温度になっていたのだ。
しかも鞄の中は薄暗いのでまるでカーテンを閉めたベッドの中にいるような感覚だった。
(名雪さんの鞄の中ってすごく居心地がいいな)
あゆは段々気持ちがよくなっていくのを感じた。それと同時に、段々眠くなっていくのも感じた。
「うん、なんか眠くなってきちゃった」
あゆはそう言うと鞄の中で眠りについた。
すーすーすー
どれくらい時間がたったのだろう?
ふとあゆは目を覚ました。どうもとっくに授業は終わっているらしく教室から授業の声は聞こえなくなっていた。その代わりに、ガタガタと人が動く音や騒がしい声があちこちから聞こえてきた。
(そうか、もう授業は終わったんだね)
あゆはそう考えると鞄の中の教科書を足場にして鞄から顔を出した。
「よいしょ」
あゆが鞄から首を出すとそこには名雪と祐一がいた。あゆに気付いた名雪はあゆを鞄の中から取り出すと自分の机の上に置いた。
「スプーンあゆちゃん本当にぐっすり眠っていたんだね。もう昼休みの時間だよ」
「おっ、お目覚めか、あゆあゆ」
名雪と祐一がからかい気味に言った。
「名雪さん、祐一君、『スプーンあゆちゃん』や『あゆあゆ』はひどいよっ」
「悪いなあゆ。しかしお前は本当にぐっすり眠っていたんだな」
「そうだね、わたしの鞄の中で昼休みまで眠っていたなんてびっくり、だよ」
「違うよ、名雪さんの鞄の中がすっごく居心地がよかったからだよっ」
あゆが反論した。
あゆが周りを見渡すと教室は昼休みになっていた。教室の壁に掛けてある時計を見るとちょうど昼休みが始まった時間帯だった。クラスの生徒は学食に行ったりお弁当を食べたりしていて楽しそうにしていた。
本当に祐一や名雪が言うように昼休みまで眠っていのだ。
「ところであゆ、これからどうするんだ?」
「どうするって、どういうこと?祐一君」
あゆが不思議そうにたずねた。
「俺はこれから舞や佐祐理さんの所に行って一緒に昼食を食べる」
「わたしはこれから北川君や香里と一緒に学食行ってAランチを食べるんだよ」
「そこであゆ、俺と名雪の二人のうちどっちと一緒に行きたいんだ?」
あゆはどっちに行こうかとしばらく迷っていた。そのときあゆは、前に香里から頬ずりをされたことを思い出していた。もう二度とあんな経験をするのはこりごりだと思った。
「ボク、祐一君と一緒のほうがいいな」
あゆはそう答えた。
「よし決まった、俺と一緒に佐祐理さんの所に行こう。ところであゆ、俺の上着のポケットの中でいいか?」
「うん、構わないよ」
あゆは祐一のポケットの中に入る事にした。
祐一はあゆをそっとつまむと、そのまま自分の制服の上着のポケットの中に入れた。
「よし、これであゆを連れて行っても大丈夫だな、じゃ行くぞ」
祐一はそう言うと教室を飛び出して、いつも舞や佐祐理がお弁当を食べている屋上へ上がる階段の踊り場に向けて歩き出した
「じゃあ祐一、わたしは香里と一緒に学食に行ってくるからね」
名雪はそう言うと、祐一と別れて学食のある廊下に向かって歩いていった。
「祐一君のポケットの中って、温かいね」
歩いている最中、祐一のポケットの中からあゆの声が聞こえてきた。
とてもうれしそうな声だった。
しばらく歩いて階段の踊り場に行くと、そこにはいつものように舞と佐祐理が佐祐理の作った特製の弁当の重箱を広げていっしょに昼食をとっていた。
「ふえー、祐一さんだぁ」
「・・・祐一」
祐一に気が付いた舞と佐祐理が挨拶をした。佐祐理はいつものように明るい笑顔で祐一を迎えてくれた。
「よう、佐祐理さんに舞、こんにちは」
祐一も挨拶をする。
「よろしければ一緒にお昼にしませんか。祐一さんの分もありますよ」
佐祐理が祐一を昼食に誘った。
「ありがとう佐祐理さん、俺も一緒に食事に参加するよ」
祐一はそう言うと楽しそうに弁当を食べている舞と佐祐理の手前側に腰を下ろした。
「・・・祐一の分、これだから」
舞が佐祐理の重箱から祐一の分を取り出すとそれを祐一の元に手渡した。
「おっ、サンキュー、舞」
祐一はうれしそうに重箱を受け取ると、さっそく弁当を食べ始めた。
「おお、今日も佐祐理さんの作る弁当はおいしいな」
弁当を一口食べてから祐一がそう言ってほめた。
「はぇー、祐一さんったらお世辞がお上手ですねーっ」
佐祐理はそれを聞いてうれしそうに笑った。
弁当を食べ始めてから少ししてから祐一が話を始めた。
「ところで二人に今日紹介しようと思うやつがいるんだ。ほら、ここにいる彼女だ」
祐一はそう言うと、自分の上着のポケットの中に入っていた身長15センチくらいのちっちゃなあゆを取り出した。そして彼女をそっと舞や佐祐理の前に置いた。
「こんにちは。ボクの名前は月宮あゆです。二人ともこんにちは」
その身長15センチくらいのあゆが自己紹介をした。
「あゆ、お前から見て右にいるのが佐祐理さんで左にいるのが舞だ。分かったか?」
祐一はあゆにとって初対面になる舞や佐祐理を紹介した。
「うん、わかったよ。佐祐理さん、舞さん、こんにちは」
あゆはあらためて舞と佐祐理に挨拶をした。
「こちらこそこんにちは、あゆさん」
「・・・こんにちは」
舞や佐祐理もつられて挨拶をした。
「はえー、それにしてもあゆさんはどうしてそんなに小さいんですか?」
佐祐理が不思議そうな顔つきであゆをのぞき込んでたずねた。
「うん、それはね」
あゆは二人にこれまでの事情を説明した。
あゆが今まで何度もたい焼きの食い逃げをして周囲の人たちを困らせてきた事、そしてそのお仕置きとして秋子さんによって小さくされた事を説明した。
「・・・というわけで、秋子さんが『もう食い逃げをしないように』ってお仕置きでボクに体が小さくなる特製ジャムを食べさせたんだよ。それでボクはこんなに小さくなっちゃったんだ」
「あははーっ、食い逃げは立派な窃盗罪ですよーっ」
「うぐぅ、ひどいよ佐祐理さん」
あゆがすねた。
「ごめんなさいね、でも小さくなったあゆさんもとっても可愛いですよー。佐祐理も抱きしめてみたいくらい可愛いです」
佐祐理はあゆを傷つけてしまったと思い、あわててフォローした。
「・・・はちみつくまさん」
舞もあゆがかわいいなと思っていた。
そしてそれから、あゆは重箱のふちによじ登って自分の食事をとろうとしていた。
「よいしょっ、よいしょっ」
何とか一人で重箱のふちにしがみついて重箱の中に入ったあゆ。
それから重箱に入ったあゆは一人たこさんウィンナーと格闘していた。あゆは重箱の隅にある両手でウィンナーをつかむと、そのまま口でウィンナーを噛み切ろうとした。しかし佐祐理の作ったたこさんウィンナーはなかなか丈夫で、どうしてもあゆの力では食いちぎる事が出来なかった。
「あははー、あゆさんはたこさんウィンナーを食べたいんですね。分かりました」
あゆの仕草を見ていた佐祐理はそう言うと、おはしで器用にたこさんウィンナーをちぎった。そしてちぎったウィンナーのかけらをおはしでつまむと、そのままあゆの口へと持っていった。
「はい、あゆさん、あーんして下さいね」
佐祐理に言われてあゆは口を大きく開けた。
「あーん」
あゆの口の中にたこさんウィンナーが入ってゆく。
もぐもぐもぐもぐ
あゆは頬いっぱい大きさのウィンナーをむしゃむしゃと頬ばりながら、嬉しそうな表情を浮かべた。
「うわぁ、これおいしいよっ」
佐祐理の作ったウィンナーが美味しかったので思わずあゆが歓声をあげた。
「はえー、じゃあ次は卵焼きですよ」
佐祐理は今度は卵焼きをはしで細かくちぎると、それをあゆの口元へと持っていった。今度もあゆは美味しそうに卵焼きにぱくついたてたいらげた。
それは何ともほほえましい光景だった。
「・・・かなり嫌いじゃない」
それを見ていた舞が思わずつぶやいた。
「ところであゆ、どうしてお前は普段から俺たちの学校に行きたがっていたんだ?」
弁当を食べ始めてからしばらくたって祐一がたずねた。
「うん、それはね祐一君」
あゆは今までのことについてみんなに説明した。
今から7年前、当時10歳だったあゆは大木から落ちて大ケガを負った。そのケガのせいであゆは最近まで市内にある大病院で7年間もずっと眠ったままだった。ところが祐一君が見つけてくれた天使の人形と奇跡のおかげであゆは数ヶ月前に奇跡的に目を覚ました。
幸いあゆの体のリハビリについては順調で、覚醒後数ヶ月で歩いたり走ったり日常的な運動が出来るまでに回復した。これには担当の医師も「これは奇跡だ」とびっくりするほどの急速な回復ぶりだった。
ところが問題は学力だった。というのも、当時小学四年生のままで7年間も眠っていたため、あゆの学力はそこで止まっていたのだ。病院側であゆの学力テストをしてみた結果「小学校高学年レベル」という結果が出た。
そこで病院側と秋子さんが相談した結果、最終的にあゆはとりあえずこの春から市内にある公立の花山第二小学校の六年一組に入学することになった。この小学校は7年前にあゆが通っていた学校であり、あゆが馴染みやすい環境であることや、当時のあゆの成績表が残っていたことからここに入学することになったのである。あゆはここで小学校の勉強をしつつ、平行して家や病院のリハビリセンターでもっと難しい中学生の勉強をしていくことで、2〜3年後には高校に入学可能なまでに学力を回復させてゆこうということになった。そして身寄りのないあゆの面倒は全部秋子さんが見ることになったのである。
「花山第二小学校って言ったら、あの窓から見える大川の向こう側に見える白い校舎の小学校だろ」
祐一が踊り場の窓から見える風景を指差して言った。
「うん、よく知ってるね祐一君」
あゆがちょっとびっくりして言った。
「そりゃ知ってるさ。花山第二小学校といえば7年前にこの町に来たときに名雪が通っていた学校だからな。そのころ名雪からいろいろ学校について聞いたことがあったなあ。そうか、あの頃あゆと名雪は同じ学校に通っていたのか」
祐一が驚いてそう言った。言われてみればあゆと名雪は同じ通学区域だったのだから小学校が同じなのも十分にありえる話なのだが、それまでは気付かなかったのだ。
「はえー、佐祐理は私立の小学校に通っていたのでよく分かりません」
佐祐理がちょっと困ったような顔つきを浮かべた。
「そうか、佐祐理さんはお嬢様だったんだよな」
「そんな、佐祐理は頭の悪いただの女の子ですよ」
佐祐理は照れ笑いを浮かべてそう言った。
「それであゆ、小学校の様子はどうなんだ?やっぱり年齢が違うとかでいじめられたりしたのか?」
祐一が心配してたずねた。
「ううん、そんなことないよ。先生もクラスメイトも7年間も眠っていたボクにとっても親切にしてくれたよ。それに八谷君とか奥田君とか友達もできたんだよっ」
「あははー、それは良かったですねーっ」
「・・・友達・・・うれしい」
あゆの答えに舞も佐祐理もうれしそうだった。
「でもね、小学校だとみんなボクより若い子供ばっかりなんだよ。それでボクは時々思っていたんだ、『ボクと同じ年齢の人たちが通っている高校に行ってみたいな』って。それで『祐一君の通っている高校に行きたいな』って言っていたんだよ。でも本当に祐一君の通っていている高校に来れてとってもうれしかったよっ」
「分かったよ、お前も大変だったんだな、あゆ」
「うんっ、分かってくれてうれしいよ、祐一君」
あゆがうれしそうに答えた。その時のあゆの顔は本当にうれしそうな笑顔だった。
「それにしてもあゆは目覚めてからもたい焼きの食い逃げのクセだけは直らなかったな。まあ、その方があゆらしいとも言えるけど」
祐一があゆの頭をなでなでしながらからかい気味に言った。
「うぐぅ、それってひどい言い方だよっ、祐一君」
それを聞いたあゆがぷーっとむくれた。図星だったようだ。
「二人とも、会話はそれくらいにしてお弁当を食べましょうねーっ」
「・・・はちみつくまさん」
二人のやり取りを聞いていた佐祐理が心配になって止めに入った。
そしてそれから四人はあらためて美味しそうに佐祐理の作った弁当を食べ始めた。
それはとても楽しいお昼のひと時だった。
つづく
あとがき
ようやく第4話を書き終わりました。
ところで、本文中の設定に疑問を持った人がいると思いますので補足説明します。
ゲーム中の設定ではあゆが目覚めたときに舞と佐祐理は高校を卒業していますので、目覚めた後のあゆが学校で舞たちと出会うこのシーンは本当はおかしいのです。ですが、作品の都合上舞と佐祐理を出すためにあえて変えてあります。
それと物語をあゆの退院後にしたのは、病気から回復して普通に学校に通っている栞を登場させたかったからでもあります。その栞は次回登場します。ご期待下さい。
ちなみに、本文中に登場した「花山第二小学校」は筆者の趣味で出した名前です(元ネタが分かる人はいるでしょうか?)
管理人のコメント
あゆにとって初めての高校での一日が、いよいよ本格的に始まりました。
>(うーん、ボクには何が何だかわからないよ)
まぁ、そうでしょうねぇ…何しろ学力は小学生レベルですからね。
>「俺はこれから舞や佐祐理さんの所に行って一緒に昼食を食べる」
>「わたしはこれから北川君や香里と一緒に学食行ってAランチを食べるんだよ」
祐一が舞・佐祐理と昼食を食べるのを名雪がなんとも思ってないと言う描写ははじめてみたような…
>「こちらこそこんにちは、あゆさん」
>「・・・こんにちは」
動じない二人です。
>「・・・かなり嫌いじゃない」
舞は可愛い物好きなだけに、小さいあゆは気に入った模様。
>あゆはとりあえずこの春から市内にある公立の花山第二小学校の六年一組に入学することになった。
ちゃんと小学校からやり直してたのか…しかし、違和感がぜんぜん無さそうなのが…(苦笑)
さて、楽しく昼食を過ごせたあゆ。次は誰と出会うのでしょうか?
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