あゆちゃんの冒険

第3話
学校へ行こう

作:モーグリさん


 その夜、名雪はあゆを自分の部屋に連れていった。そして名雪はあゆのための特製ベッドを作ることとなった。まず、名雪が大切にしていたわらで編んだバスケットを持ってきて、そこにタオルを敷いた。そうしてその上にあゆを寝かせると、彼女の上から布団代わりに名雪がさっき使ったハンカチを敷いた。
「さあ、あゆちゃん、今日からここがあなたのベッドだよ」
「ありがとう、名雪さん」
 名雪がベッドを作ってくれたのであゆが感謝した。
「あゆちゃん、かわいいよ、抱きしめたいよ」
 名雪はまるで猫でも見るかのようなうっとりとした表情であゆを見つめていた。そしてあゆの入ったバスケットを自分の部屋の勉強机の上に乗せてから、自分もベッドに入り部屋の電気を消した。
「あゆちゃん、おやすみなさーい・・・ムニャムニャ」
 名雪はすぐに眠りの世界についた。

 一方、あゆはバスケットの中でふと小さい頃のことを思い出していた。
 そう、あゆが幼稚園か小学校低学年の頃、あゆはよくつまらない想像をしていた。朝起きると、ボクは全く別の人間になっていて、今までの生活が全部夢だった、ってことにならないかな、と。そう、ボクは今朝まで長い夢を見ていたのかもしれない。つまり、今朝のボクが本当のボクで、今朝までのボクはボクじゃないんだ・・・・・・
 そんなことを考えながらも、いつしかあゆも眠りについた。

 翌朝。
「朝ー、朝だよー、朝ごはん食べて学校行くよー」
 名雪のベッドの傍にあった目覚まし時計がどこか気の抜けた音声で鳴り始めた。そして、

ジリジリジリジリジリジリ・・・
ルルルルルルルルルルルル・・・
リンリンリンリンリンリン・・・

 名雪の部屋にあった目覚まし時計数十個全部がいっせいに鳴り出した。そのすさまじい音はまるで大噴火でも起こったかのような壮大なものだった。その目覚ましの大交響曲にたまらずあゆは飛び起きた。
「うわっ、怖いよ、誰か助けてっ」
 何が何だか分からずに右往左往するあゆ。やがてあゆは音の原因が目覚まし時計だということに気づいた。しかし今のあゆは身長約15センチの小さい体である。この体で目覚まし時計のスイッチを全部OFFにするのは大変だ。
「えいっ、えいっ」
 あゆはとりあえず近くにあった目覚まし時計によじ登ると、思いっきり上部のスイッチを叩いた。そして何とか時計のベルをOFFにすることに成功した。
 しかしまだ時計は数十個もあり、すぐに全部を止めることはさすがのあゆでも不可能だ。
「うにゅ、おはようあゆちゃん・・・」
 この頃になってようやく名雪が目を覚ました。まだ寝ぼけ顔で眠そうにまぶたをこすっている。
「名雪さん、早く目覚し時計を止めてよっ」
 あゆが必死に名雪に叫んだ。
「わぁ、びっくり」
 あゆの声を聞いた名雪はようやく事態を悟った。名雪は目覚まし時計に近づくと、慣れた手つきで目覚まし時計のスイッチを一つ一つOFFにしていった。
「ごめんねあゆちゃん。わたしったら、昨日あゆちゃんがいるのを忘れてうっかり目覚ましをオールセットかけていたの。脅かして本当にごめんね」
 目覚まし時計を全部止め終わった後で、名雪があゆに謝った。
「うぐぅ、朝からひどいよっ、名雪さん」
   あゆは不機嫌そうに答えた。

 着替えがすむと名雪とあゆは一階の食卓へと降りてきた。食卓にはすでに秋子さんと祐一がいて、秋子さんは朝食の準備をしていた。
「うにゅー、おはようー、お母さん、祐一」
「秋子さん、祐一君、おはようございますっ」
 名雪とあゆが挨拶した。
「あら、名雪にあゆちゃん、起きてきたのね」
「よう、おはよう、名雪にあゆ」
 秋子さんと祐一も挨拶する。するとそこへ別の耳慣れない声が聞こえてきた。

「おいおい、新参者の居候の癖に先輩の俺には挨拶なしかよ」
 あゆがその声がした方を見ると、そこには猫のぴろがソファーにでんと座っていた。
「えっ、ぴろがしゃべった?」
 突然の出来事にあゆがびっくりして言った。
「え、どうしたのあゆちゃん?ぴろはしゃべってなんていないよ」
「どうしたんだあゆ、朝から寝ぼけてるんじゃないのか」
 名雪と祐一が不思議そうな顔つきであゆの方を眺めて言った。

「何驚いているんだいお嬢ちゃん、俺だよ、ぴろだよ」
 その声はやっぱりぴろのものだった。
「ぴろ、本当にぴろがしゃべってるんだよね?」
 あゆが念を押して聞いた。
「そうだよ、何か変かい」
 ぴろはあゆの驚いた顔を見ると不思議そうに首をかしげた。

「ねえ秋子さん、何でボクだけぴろの声が聞こえるの?」
 あゆは最後の頼りとばかりに秋子さんに質問した。あのジャムを作った秋子さんなら何か理由を知っているはずだ。
「あゆちゃん、それはね、昨日食べたジャムのせいなのよ。あのジャムを食べると体が小さくなるだけじゃなくて、動物の言葉が分かるようになるのよ。他の人には聞こえないけど、あゆちゃんだけにはぴろの声が聞こえるのよ」
 秋子さんは微笑を浮かべながらあゆの疑問に答えた。あのジャムは人体を小さくしてしまう効果だけではなかったのだ。
「なんだ、そうだったんだね、秋子さんありがとう」
 秋子さんの解説で納得したあゆが胸をなでおろした。
「どういたしまして」

「ぴろさん、おはようございます、これからもよろしくお願いします」
 動物の言葉が分かると知ってようやく安心したあゆは、ソファーに寝そべっているぴろにも朝の挨拶をした。
「こちらこそおはよう、よしよし、いい娘だな。これからも毎朝先輩の俺様に挨拶するんだぞ」
 ぴろはそう言うとニヤッとスマイルを浮かべた。そして肉球の付いた手でポンポンとあゆの頭を軽く叩いた。
「うぐぅ・・・」
 嬉しいやら恥かしいやら何とも言えない感情に襲われるあゆだった。

 その後で秋子さんはあゆを手に載せてテーブルの上に持ち上げた。
「さあ、あゆちゃんの食事はこっちですよ」
 あゆがテーブルを見ると、テーブルの一角に秋子さんがあゆの朝食用にと用意した砕いたビスケットと小皿に入った牛乳が置いてあった。
「わあ、ありがとう、秋子さん」
 あゆはうれしそうにビスケットに向かって行った。そしてビスケットと牛乳をほおばると、とってもおいしそうな顔つきで朝食を平らげてしまった。

 朝食がすむと、名雪と祐一が学校へ行く準備を始めた。二人が自分の部屋から鞄を持って来てから、名雪が明子さんにお願いをした。
「お母さん、今日は学校にあゆちゃんを連れてこうと思うんだよ。わたしの鞄の中に入れて連れて行けば大丈夫だよ」
「おいおい、そのままだと鞄の中であゆが転がりまくって怪我しちゃうんじゃないか」
 祐一が心配して名雪に忠告した。
「そうですね、困りましたわね」
 秋子さんも困った顔つきになった。
「困ったね・・・、あ、そうだ、こうしようよ」
 名雪は何かをひらめいたらしく、制服のポケットからハンカチを取り出した。そしてあゆの体を顔だけ出したままハンカチでグルグル巻きにした。これなら鞄の中でぶつかってもハンカチがクッションの役割をしてくれる。
「あゆちゃん、これで鞄の中に入れても大丈夫だよ」
 名雪はそう言うと、あゆを自分の鞄の中にヒョイと入れた。
「うぐぅ、これじゃ「ミノムシ」だよっ」
 鞄の中からあゆの声が聞こえてきた。

「それじゃあお母さん、行ってくるよ」
「秋子さん、学校行ってきます」
「行ってらっしゃい」
 秋子さんに見送られて二人は学校へと歩いていった。普段なら寝ぼすけの名雪のせいで始業のチャイム直前に走りこむ二人だったが、今日はあゆのおかげで余裕を持って登校することが出来た。二人は教室に入ると、クラスメイトの香里と北川に挨拶をした。
「よう、相沢、水瀬、おはよう」
「あら、相沢君に名雪、今日は妙に早かったのね」
「うん、まあいろいろあってな」
 そうこうしているうちに教室に始業のベルが鳴って一時間目が始まった。

キンコンカンコン

 ようやく一時間目の授業が終わって、休み時間になった。
「よう相沢」
 北川が祐一の机の所にやってきた。今日はいつにも増して笑顔の北川だ。
「どうしたんだ北川?今日はえらく機嫌がいいじゃないか」
 祐一が不思議そうにその理由を聞いた。
「実は相沢、なじみのCDショップで昨日先行発売されたDVDをゲットしたんだぜ。せっかくだから学校が終わったら水瀬さんちで相沢と一緒に見ようと思ってここに持って来たんだ」
 北川はそう言うと、自分の鞄から一枚のDVDを取り出して祐一の前に出した。
「ジャーン!」
「うおお、これはあの『戦国葉鍵隊』のDVDじゃねえか!しかも初回限定版だ!」
 びっくりする祐一。
『戦国葉鍵隊』は日本有数の巨大企業、来栖川グループの傘下にある「来栖川映画(通称:来映)」によって、ハリウッド並みの資金と最新SFXを投入して撮影されたSFスペクタクル映画で、去年公開されてたちまち大ヒットした邦画である。もちろん祐一も公開と同時に真っ先に映画館へ見に行っていた。
 映画の内容は修学旅行中の高校生たちが戦国時代にタイムスリップしてしまうというオーソドックスなSFアドベンチャー物である。
 特にクライマックスの高校生と武田騎馬軍団が対決する川中島の合戦のシーンは圧巻で、特殊効果のせいもあって圧倒的な面白さだった。

「まったく。うちの学校の男子ときたら、たかがDVDごときで大騒ぎしちゃって。バカみたい」
 DVDの件ではしゃいでいる祐一と北川を香里がバカにしたような目付きで見ていた。香里は性格上あの手の映画は肌に合わないのである。
「香里、それは北川君や祐一の趣味だもん。仕方ないよ」
「まあ、それもそうね」
 名雪のフォローに納得する香里。
 そのとき、どこからともなく少女の声が聞こえてきた。
「うぐぅ、名雪さん、早く出してよ・・・」
 その声は名雪の鞄の中から聞こえてくるようだった。
「ねえ名雪、なんか今変な声が聞こえなかった?」
 香里がその声に気づいてたずねた。
「あ、あゆちゃん、ごめんね。今出してあげるよ」
 名雪は急いで鞄を開けると、中からハンカチでグルグル巻きになっていたあゆのハンカチをほどいて机の上に出した。あゆはようやく解放されたのが嬉しかったのか、机の上で思いっきり深呼吸をした。そして名雪と香里の方に向くとにっこりと微笑んだ。
「ねえ、この子いったい誰?」
 机の上のちっちゃな少女を見た香里がびっくりしてたずねた。
「ボクの名前は月宮あゆ。キミが美坂香里さんだよね。香里さんの事は名雪さんから色々と教えてもらったから知ってるんだよ」
 あゆが答えた。
「ねえ名雪、何で月宮さんがこんなに小さいの?」
 今度は名雪に質問する香里。
「実はね、香里、あゆちゃんがいつもたい焼きの食い逃げばかりするからお母さんがお仕置きでジャムを・・・。それであゆちゃんは小さくなったんだよ」
「ジャムね・・・判ったわ・・・」
 ジャムと聞いてすぐに状況を察する香里であった。さすがである。

「それにしても小さくなった月宮さんは可愛いわね。もう抱きしめちゃいたいわ」
 香里はうっとりとした目つきであゆを眺めていた。そして、いきなりあゆを抱きしめ始めた。

バッ

「うわあ、香里さん何を」
 あゆがたずねる間もなく、香里の両腕がまるでタイタン(巨人)のようにあゆを掴み上げた。そして巨人の両腕は、まるで玩具のようにあゆをもみくちゃにしていった。
「月宮さんってふわふわして可愛いわ、可愛すぎるわ」
 あゆを抱きしめると心から楽しげに歓声を上げる香里。
「うぐぅ、苦しいよ・・・息が詰まるよ・・・」
 たまらずにあゆが叫んだ。
「可愛いわ、もう頬ずりしたいくらいよ」

すりすり・・・すりすり・・・

 今度は香里の頬ずりが始まった。あゆの全身に香里の巨大な頬が迫り、あたかもおろし金で擦るかのような怒涛の頬ずり攻撃が展開されてゆく。その圧倒的頬ずりにあゆはなすすべなく一方的にやられていった。
「ふふふ、月宮さんの頬って暖かくてやわらかで本当に可愛いわ、もっとやらせて」
 香里が楽しそうに頬ずりを続ける。
「うぐぅ・・・もう止めてよ・・・」
 香里の頬ずり攻撃のあまりの苦しさにたまらず止めてと叫ぶあゆ。
「香里、あゆちゃん苦しがってるよ。もう止めようよ」
 あゆの声を聞いてさすがの名雪もあゆがかわいそうになって止めに入った。
「いやっ、もっとやらせてっ!」
 結局、香里の頬ずりは次の授業が始まるまで続いたのだった。


つづく


あとがき

モーグリです。第3話では前話からの予定通りあゆが学校に行くことになりました。予想通りといいますか、見事に香里が壊れちゃっています。
それとぴろの会話シーンが登場しますが、ぴろの口調はあくまで筆者の想像によるものです。ぴろがタメ口で会話しているのはぴろのイメージを壊してしていると思う人がいるかもしれませんが、それは筆者の責任によるものですのでどうぞご勘弁を。

さて、第4話では舞と佐祐理が登場する予定です。それとも天野を登場させようかな。


管理人のコメント

小さくなったあゆの、二日目の冒険が始まります。今回は学校に行くまでの話ですね。

>「あゆちゃん、かわいいよ、抱きしめたいよ」

潰れてしまいます。15センチって意外に小さいですからねぇ…


>その目覚ましの大交響曲にたまらずあゆは飛び起きた。

名雪といえばこのシーンですね。普通の人でもやかましいのに、小さいあゆにとってはさらに脅威でしょう。


>「おいおい、新参者の居候の癖に先輩の俺には挨拶なしかよ」
>肉球の付いた手でポンポンとあゆの頭を軽く叩いた。


兄貴風を吹かせるぴろに笑いました。ところで、ぴろと言えば一緒にいるはずの真琴はどこに…?


>「あゆちゃん、これで鞄の中に入れても大丈夫だよ」

そりゃ、怪我はしないだろうけど酔ってしまうんじゃないでしょうか。
と言うか、揺れないように優しく運ぼうと言う気はないんかい(笑)。


>「うおお、これはあの『戦国葉鍵隊』のDVDじゃねえか!しかも初回限定版だ!」

こう言うシチュエーションなら普通はアダルト物のような気がしますが(笑)、まぁ女子の目で堂々とは出せませんよね。
案外中身はアダルトだったりして(笑)。


>「可愛いわ、もう頬ずりしたいくらいよ」

もうしとるがな(笑)。


朝から大騒ぎの学校編。後半はどうなってしまうのでしょうか。続きが楽しみですね。


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