あゆちゃんの冒険
第1話
スプーンあゆちゃん(前編)
作:モーグリさん
ある町の公園の一角。そこではたい焼き屋の主人が食い逃げをした少女を追っかけていた。
それはこのところ何度となく見られる光景だった。
「こら、たい焼き泥棒め、待ちやがれっ!」
たい焼き屋さんが血相を変えて追いかけてゆく。
「うぐぅ、つかまらないもんっ」
両手にしっかりとたい焼きの入った紙袋を抱えながら、ダッフルコートに羽のついたリュックを背負った少女が猛スピードで疾走してゆく。少女の方がスピードがあるのか、どんどんたい焼き屋との距離が広がってゆく。
そして、少女はあっという間に横丁の路地の人ごみの中に入っていってしまった。
「待てー・・・はあ、はあ、はあ・・・」
食い逃げをした少女を見失ったたい焼き屋の主人は、肩で息をしながらその場に立ち尽くした。
「畜生、今日もだ、今日も奴にたい焼きの食い逃げをされた!」
たい焼き屋の主人は怒り出した。今年の冬に入ってから何度も何度もあのダッフルコートを着た少女にたい焼きを食い逃げされ続けてきたからだ。この怒りをどこにぶつけようかと考えていたそのとき。
「あらあら、それはお困りですね」
後ろから女性の声がした。
たい焼き屋が振り返るとそこには長髪を束ねた女性が立っていた。手に買い物袋を持っているところを見ると買物の途中のようである。
「ところであなたは一体誰ですか?」
たい焼き屋が不思議そうに聞いた。
「申し遅れました、わたしは一介の主婦の水瀬秋子です」
そう言って秋子さんは自己紹介をした。
「そして、今さっきこちらの店のたい焼きを食い逃げしていった少女はうちの娘、名雪の知り合いの月宮あゆって女の子ですよ」
「奥さん・・・確か秋子さんっておっしゃいましたね。あの食い逃げ常習犯はあなたの知り合いだったんですか?」
「ええ、そうなの。あゆちゃんの食い逃げにはわたしもほとほと迷惑してるんですよ」
秋子さんが困ったわねという顔つきで答えた。
「あいつが毎回毎回うちのたい焼きを食い逃げしてくんですよ。おかげでうちの売上は大打撃ですよ」
たい焼き屋もグチをこぼした。
そのまま二人はその場で立ち尽くした。
しばらくして秋子さんが何かを思いついたようだ。
「あゆちゃんもこう毎回食い逃げばっかりしているのはいけません。何か罰を与えないといけないですね」
そう言いながら秋子さんが買い物袋の中をごそごそと探っていた。
「そうでした。たい焼き屋さん、ちょうどいいものがありました」
秋子さんは買い物袋からガラスの小瓶を取り出した。中にはオレンジ色の物体が詰まっている。
「秋子さん、これは一体なんでしょうか?」
「自家製の特製ジャムですよ」
秋子さんは笑って答えた。
「今度あゆちゃんがここに買いに来たとき、このビンの中にあるオレンジ色のジャムをあの娘の食べるたい焼きの中に入れて下さい。そうすればこのたい焼きを食べたあゆちゃんに罰が当たるはずです」
「秋子さん、そのジャムの中身は一体?」
たい焼き屋が驚いてたずねた。見るからにやさしそうな方が罰と言うからにはよほどすごい代物に違いない。
「それは秘密です」
秋子さんは笑ってはぐらかすのだった。
翌日、たい焼き屋が公園でたい焼きを焼いていた。
するとしばらくしてまたしてもあの少女―月宮あゆ―がやって来た。
「おじさん、たい焼きちょうだいっ」
「あいよ」
たい焼き屋はそう言ってあらかじめ用意しておいたジャム入りたい焼きを袋の中に入れてあゆに手渡した。
「お嬢ちゃん、お代は・・・」
たい焼き屋がそう言うやいなや、あゆはたい焼きの入った袋をひったくってその場からダッシュで駆け出していった。
「また食い逃げか」
たい焼き屋はそう言うとポケットから用意しておいた携帯を取り出して電話をかけ始めた。
「こちらたい焼き屋、秋子さん、<あゆの友釣り作戦>成功。どうぞ」
「了承」
釣りについて詳しくない人に説明しておくと、<あゆの友釣り>というのはあゆ釣りの中でもポピュラーな釣り方である。まず非常に長い釣竿の先に生きたおとりのあゆをくっつけ、それをあゆのいる縄張りに向けて放つ。あゆは縄張り意識が非常に強い魚のため、縄張りに侵入してきたおとりのあゆめがけて突進していく。それをおとりのあゆのそばに付けた釣り針で引っ掛けて釣り上げるというのが<あゆの友釣り>である。
まさにこの作戦にふさわしい名前である。
さて、あゆはたい焼き屋が追っかけてこないのを見計らってから、公園のベンチに座ってたい焼きをむしゃむしゃと食べ始めた。
「うんっ、やっぱりたい焼きは焼き立てに限るよっ」
あゆはとってもおいしそうにたい焼きをほお張った。
ところが食べ初めてしばらくすると、たい焼きのあんこの部分に見たこともないオレンジ色のジャムが入っているのに気がついた。
「何だろう、このジャム?」
あゆは小首をかしげた。
「うんっ、きっとたい焼きの新メニューなんだよっ」
あゆはそういうとジャムをぱくついた。
ところがそれを食べたとたんあゆを強烈な頭痛と目まいが襲った。あゆの周囲の風景が猛スピードでぐるぐると回りだしてゆく。
「うぐぅ・・・・・・」
めまいはどんどんひどくなり、ついにあゆはその場に倒れこんでしまった。
「うふふ、うまくいきましたね」
その様子を陰で見ていた秋子さんがやって来た。口元に満面の笑みをうかべながら。
つづく
管理人のコメント
という事で、モーグリさんからSSをいただきました。このサイトでは珍しい普通のSSです(殴)。
>食い逃げをした少女見失ったたい焼き屋の主人
前から不思議に思っていたのですが、あゆの行為は「泥棒」ないし「万引き」であって「食い逃げ」とは言わない気がするのですが、どうでしょう。
それ以前に、鯛焼き屋の親父は何故そう何度も何度も盗まれているのでしょう(笑)。普通二度目に来た時に問答無用で捕獲すると思うのですが…
>買い物袋からガラスの小瓶を取り出した。中にはオレンジ色の物体が詰まっている。
…普段から持ち歩いとるんかい。
>「おじさん、たい焼きちょうだいっ」
>「あいよ」
だからこの時点で捕まえろというのに(笑)。まぁ、同じ所に何度も来るあゆもあゆですが。
>「何だろう、このジャム?」
>「うんっ、きっとたい焼きの新メニューなんだよっ」
…あゆ、お前には生存本能というものはないのか。
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