玄関の扉を開けると、まぶしい光が少女の目を貫いた。彼女は目を細め、手を顔の前にかざして光の刺激を和らげる。やがて目が慣れてくると、一面の銀世界と白銀の山々の向こうに、抜けるような青空が広がっていた。
「ふぁ…今日もいい天気だなぁ」
 清楚な着物に身を包んだ彼女は、そう呟くと、手にした箒で夜の間に玄関前に吹き寄せられた雪を払いはじめた。彼女が箒を動かすと、それに合わせるように、黒いリボンで頭の両脇で二つに括った、いわゆるツインテールにした干草色の髪がさらさらと揺れた。
 それがほとんど終わった時、玄関の奥から別の女性の声が聞こえてきた。
「かなちゃん〜、そっちが終わったら、お料理運ぶのお願いね〜」
「は〜い、つぐみさん!」
 かなと呼ばれた少女は振り向いて答えると、箒についた雪を払い、玄関の壁に立てかけた。中に入って、厨房の方へ小走りに向かって行った。かなが厨房の扉を開けると、焼き魚やみそ汁のいい匂いが漂っている。
「お部屋はわかってるわよね?」
 つぐみ―女将の佐伯つぐみがたすきがけで包丁を持った姿勢のまま振り向いてかなに尋ねる。
「大丈夫。それじゃ、行ってきます」
 かなは料理を載せたワゴンを押して、各部屋に料理を配っていく。それが終わったらチェックアウトの対応、次は各部屋の掃除と、休む間もない忙しさが続く。それでも、かなはたった一つのことを除けば、ここの生活に十分満足していた。
 ここは、万年雪と龍神伝説の里、龍神村。そこに建つ伝統ある温泉旅館「龍神天守閣」で、最近になって若女将として働き始めたのが彼女、出雲かな。しかし、彼女は本来は料理に使う水を数キロ離れた龍神の滝まで汲みに行く重労働のために来たのであり、それどころか本来は女将などと呼ばれるはずも無い人間だった。そして、それは彼女のたった一つの不満の原因にも通じることだった。
 それは…

SNOW Outside Story

雪のかなたの物語

第1話 ある少女の生還と生誕


 白…
 目の前が、真っ白だ…
 何故かぽく、ぽく、ぽく…と言う木魚を叩く音の聞こえてくる中、覚醒した出雲彼方が思った事は、まずそれだった。目を開けたとき、視界一杯を何か白い布のようなものが覆っていたのである。
(なんだこりゃ?)
 そう思いながら彼方が顔の上にかかったそれを摘み上げ、脇に放り出すと、なかなか年季の入った木の天井が見えた。それで、自分が寝転がっている事に彼方は気がついた。起き上がろうとした時、誰か女性の声が聞こえてきて、彼方は動きを止めた。
「うっ、うっ…彼方ちゃん…どうしてこんな…」
 読経に混じる、その女性の声は、泣き声混じりだった。その声には微かに聞き覚えがあった。
「こんな事なら…旅館の手伝いなんて頼まなければ良かった! 私が…私が、この村に呼んだせいで!」
 やけに悲しげだ。一体何があったのだろう。彼方がそう思ったときだった。
「ぐす…さようなら、彼方ちゃん!」
 読経がやみ、そして、ちーん、という鉦の音。
(さ、さようならっ!?)
 なにやらただならぬ気配を感じた彼方はがばっと身を起こした。その瞬間。
「きゃああああああああっっ!?」
「どわああああああああっっ!? 生き返ったあああっっ!?」
 二種類の悲鳴が上がった。彼方がそっちの方向を見ると、何やらお坊さんが慌てた様子で、足をもつれさせつつ、それでもこけつまろびつこの場を去っていく。
「きゃあああ!! ま、待ってえ、住職さま! 置いて行かないでぇぇ!!」
 そして、腰が抜けたのか、畳の上で手をじたばたさせている着物姿の女性が一人。
「あのー…何をしてるんでしょうか?」
 彼方が呼びかけると、女性は酸欠の金魚のように口をパクパクさせながら答えた。
「お葬式よ〜!!」
「お葬式って…誰の?」
 彼方が聞くと、女性は悲鳴のように答えた。
「彼方ちゃんのに決まってるじゃない〜〜〜!!」
「え、ええっ!? お、俺!?」
 彼方は驚いて叫んだ。辺りを見回すと、部屋の壁は白と黒の縞々の垂れ幕で覆われ、線香の匂いが漂っている。しかも、今自分が寝ていたのは、白い菊を敷き詰めた棺桶の中だ。
「うわあああっっ!? な、何で俺の葬式なんか!?」
 彼方がそう尋ねると、女性が答えを教えてくれた。
「落石事故があって、それに巻き込まれたからよ〜〜!!」
 彼方はふと考え込んだ。目を閉じ、記憶を懸命に掘り返す。すると、最後の記憶は斜面を転がり落ちてくる無数の岩だった。
「うわあああ、そうだった!」
 彼方は叫んだ。女性も頷く。
「お医者様が死んじゃったっていったのよ〜〜!」
 確かに死んでいてもおかしくなかった。あの落石に巻き込まれたのだから。彼方は最後の記憶を回想して頷いた。
(ん?)
 その後に、一瞬別のビジョンが浮かんだような気もしたのだが、それよりも大事な事があった。
「いや、ちょ、ちょっと待った! 死んでない! 俺生きてるってば!!」
 彼方はそう叫びながら、縁起の悪い入れ物の中から飛び出した。着せられている死装束を捲り上げ、足を見せる。
「ほら、この通り足も…」
 自分の足を手でぴしゃぴしゃと叩き、彼方は違和感に気付いた。自分の足が、妙に細くて、色白で、しかも脛毛なども全く無い、綺麗な足になっている。
(…あれ?)
 訝しく思った彼方だったが、それ以上足を見る事は無かった。女性が戸惑っているような、喜んでいるような、そんな声で呼びかけてきたのだ。
「じゃあ、じゃあ、幽霊じゃないのね? 生きてるのね?」
「え? ええまぁ…そうなるのかな…ちゃんと生きてますけど…」
 彼方が頷くと、女性は満面の笑みを浮かべ、彼方を思い切り抱きしめた。
「うぷっ!?」
 彼方は彼女の腕と胸にがっちりと包み込まれ、身動きが取れなくなった。
「良かったわ〜! 彼方ちゃんが死んでいなくて!!」
 そう言いながら、女性は彼方の頭を思い切り抱きしめ、自分の胸に押し付けてくる。しかも、どうやら彼女は爆乳と言っても過言ではないバストの持ち主であるらしい。分厚い着物の布地の上からでも、その柔らかさと体温の熱さが伝わってくる。
 本来なら、それはとても気持ち良い感触…のはずなのだが、今の彼方には嬉しいと言う気持ちは湧き起こらず、苦しいだけだった。離してくれ、と言おうとしたのだが、こう顔を押し付けられていては、声も出せない。やむなく、彼方は手足をばたつかせ、顔を左右に振り、苦しいと言う意思表示をした。
 しかし、女性には何やら別のサインとして受け取られたらしい。
「あら、やーん! 彼方ちゃんったらーん!!」
 女性は戒めを解き、彼方の身体を突き飛ばした。別に怒っているわけではないらしく、苦笑交じりの声だったが、その一発で彼方の身体は文字通り宙を舞った。
(そんなバカな!?)
 彼方は驚愕した。彼の身長は188cmもあり、体格もがっちりしている。アメフトかラグビーの選手でも務まりそうな青年だ。その彼方が、女性の一突きで吹き飛ぶとは。信じられない、と言う思いと同時に、彼方はかなりの勢いで部屋の壁に激突した。
「はんぐるちゅっ!?」
 間抜けな声と共に、彼方は床に倒れこんだ。
「あら…」
 女性が少し気まずそうな声をあげた。

 しばらくして、彼方は女性と葬式場になっていた部屋を出て、玄関ホールに向かっていた。腹が減ったので、届いているはずの仕出しの寿司を
「それにしても、彼方ちゃんもすっかり大きくなったわね〜。十年前はこんなにちっちゃかったのに〜」
「そ、そうですか? つぐみさんもずいぶん大きいような気もしますけど・・・」
 彼方は半信半疑で頷いた。つぐみ…佐伯つぐみは、彼方の従姉で、彼をここ、彼女が女将を務める温泉旅館「龍神天守閣」に呼んだ人物だった。
「あら、十年前の事を覚えてるの〜?」
 つぐみが微笑みながら尋ねてきた。彼方は首を振った。
「いや、そう言うわけでもないんですけど…」
 そう答えながら、彼方はつぐみを見た。彼女は、188cmの彼方と並んでも、そう見劣りのしない背丈だった。背が高いのは遺伝なのかな、と彼方が思った時、つぐみが彼方の方を振り返った。
「それじゃあ、わたし葬儀屋さんに電話してくるから。彼方ちゃんはお腹一杯食べていらっしゃい」
「うん、ありがとう」
 彼方は頷くと、中庭を通る渡り廊下を抜けて玄関ホールに入った。その時だった。
 むしゃむしゃむしゃ…もぐもぐもぐ…ごくん
「美味しいのじゃ〜」
「ウニャ〜ン」
 なにやら、餓鬼が食べ物を貪るような、猛烈な勢いで物を食べる音が聞こえ、女の子と猫の満足そうな声が聞こえてきた。
(?)
 何事かと思って彼方がフロントの影から顔を出してみると、そこには壮絶な光景が広がっていた。
 床には寿司桶が散乱し、その真中で、今も寿司桶のひとつを抱えた小さな女の子…4〜5歳くらいだろうか?…が、両手に寿司を一つずつ持ってぱくついている。横では、シャム猫にしては少し品の無い顔つきの猫が、寿司桶に顔を突っ込んで食べていた。
(な、なんだあの娘は…あの量をあんなちっちゃい子が一人と一匹で平らげたのか?)
 彼方は唖然としてその光景を見ていた。そうしている間にも、少女と猫は素晴らしい速度で寿司を食い尽くしていく。しかし、彼方が少女を見つめていたのは、それが原因と言うわけではない。
(なんか、あの娘どこかで見たような…)
 彼方は首を傾げた。何故か、それを考えると、こめかみの辺りに鈍い痛みが走った。その理由もわからず、考えていると、彼方の腹の虫が「きゅうぅ〜」という、いつに無く可愛い声で鳴いた。
(む、腹が減ったな…と言うか、アレは俺の飯じゃん!)
 それで我に返った彼方が顔を上げたとき、少女は寿司桶の最後の一つに手を伸ばそうとしていた。彼方は慌てて叫んだ。
「こ、こらっ!」
 その声に少女は彼方の方を向き、驚いたのか口一杯に詰まっていたシャリを噴き出した。
「うわあっ、汚ねえ!!」
 顔面に飯粒のシャワーを浴びせられた彼方が慌ててそれを払い落としていると、口が聞けるようになった少女は、彼方を指差して叫んだ。
「お、お化けなのじゃ! ミイラなのじゃ!!」
「ウニャンッ!!」
「だ、誰がお化けだ!?」
 ようやく彼方が顔についた米粒を除去し終わって言い返したとき、少女は既に外に飛び出していた。
 最後の寿司桶を持って…
「あ、ま、待て!」
 それを奪還しようと彼方は外に飛び出した。しかし、外は一面の銀世界。雪に足を取られて上手く走れない彼方に対し、少女と猫は文字通り滑るような速度で遥か向こうを疾走していく。
「ま、待て…はぁ…はぁ…」
 必死で追いかける彼方だったが、ついに少女と猫の姿を見失ってしまった。普通に走れればあの歳の女の子に追いつく事など造作も無い事だが、ここは彼方にとってはアウェイだった。しかも、走り辛いのは雪のせいだけではない。
「うぅ…だめか…なんか、靴が変だな」
 彼方は立ち止まった。靴が妙にぶかぶかなのだ。彼の足のサイズは28cm。こんな大足の持ち主は滅多にいない。当然、靴もすぐに見分けがつくはずであり、間違えて違う靴を履く心配は無い…はずだ。彼方は片方の靴を脱ぎ、裏返してサイズを確認した。
「…28cm。そんなバカな」
 間違いなく自分の靴だ。なのに、履いている感じは、1サイズ、いや、2サイズも3サイズも大きい靴を履いているような感覚だ。
「俺の足が縮んだのか?」
 彼方は呟いた。そう言えば、さっき死装束から覗いていた足は、自分の足じゃないみたいに細かった。事故の後遺症だろうか。
 そんな疑問を抱きつつ、彼方は靴を履きなおし、せめてホールド感を高めようと、紐をきつく結んだ。すると、その靴の先端に、何かがこつんと当たった。
「…あんまん?」
 その物体は、微かにぬくもりを感じさせるあんまんだった。肉まんでもピザまんでもないのは、底紙に「あんまん」と書いてある事で間違いない。が、なぜこんなものが転がってきたのか、と彼方は立ち上がって周囲を見渡した。あんまんが転がってきたであろう方向は坂道になっている。すると、その上から声が聞こえてきた。
「…えぅ〜、あんま〜ん!」
「…は?」
 それは、彼方が今まで聞いた事も無いような、謎に満ちた言語体系から発せられたものに違いなかった。見上げると、坂の上に雪煙が見えた。
「彼方ちゃん〜〜! お葬式〜〜!!」
 雪煙が近づくに連れ、彼方はそれが斜面を転がり落ちてくる人間…おそらく自分と同じ年頃の女の子だと見当がついた。
「って、どわあああぁぁぁぁっっ!?」
 よける間もなく、彼方はその人間なだれに巻き込まれた。女の子一人を受け止めるくらい造作も無いつもりだったが、実に豪快に吹き飛ばされ、一緒になって転がっていき、道端の立ち木に激突して止まった。
「あいった〜…」
 彼方は頭を振って立ち上がった。まさかここまで吹っ飛ぶとは思わなかった。落石の後遺症で体力が落ちているのかもしれない。ともかく、先に立ち上がった彼方は落っこちてきた女の子を見た。さっきは気付かなかったのだが、長い黒髪に、草食動物を思わせる温和そうな瞳、色白な肌を持つその娘は、かなりの美少女だった。
(ん?)
 彼方は首を傾げた。なんとなく、この少女に見覚えがあるような気がしたのである。だが、その事を考えるよりも、まずは起こしてやる方が先決だろう。
「おい、大丈夫か?」
 彼方が手を差し伸べると、彼女は「えぅ〜…」と例の謎言語を発してその手に掴まった。立ち上がり、白いコートを手で叩いてくっついた雪を振り払う。そして、礼を言おうとでもしたのか、彼方の方を向いた。
 しかし、その瞬間、彼女の表情は恐怖で固まった。
「えう〜〜〜〜っ!!」
 悲鳴(?)と共にずしゃああぁぁぁぁ、と雪煙を立てて後ずさりした彼女は、彼方を恐怖の視線で見つめながら言った。
「お、お化けだよ〜、ミイラ男さんだよ〜!!」
「だ、誰がお化けだ!?」
 彼方は本日二度目の抗議を発した。しかし、少女の方は全く彼方の話を聞いていなかった。
「えぅ〜…あんまんは落とすし、彼方ちゃんは死んじゃうし、こんな所でミイラに襲われるし…不幸だよ〜」
 何やらひたすら自分の不幸を嘆いている。呆れかけた彼方だったが、ふと彼女の言葉に、聞き過ごしにできない部分があることに気付いた。
「ちょい待ち。彼方ちゃんって…お前、俺のことを知ってるのか?」
「えぅ?」
 彼方の言葉に、少女が一瞬嘆くのをやめた。しかし…
「えぅぅ〜…彼方ちゃんは死んじゃったんだよ〜。今からお葬式に行くところなんだよ〜」
「いや、死んでないって。俺が出雲彼方だからな」
 彼方が言うと、再び少女は嘆くのをやめて、彼方の顔をじっと見た。
「えぅ〜…包帯だらけでわからないよ」
 あ、そうか、と彼方は気がついた。落石事故で負った怪我の治療跡なのだろう。身体中に包帯が巻きつけてあり、それは顔も覆っていたのだ。しかも、来ている服は死装束。これでは確かにお化けと間違えられても文句は言えないところだ。
(道理で、すれ違う村人が避けていくと思った…)
 彼方はそう思いながら、少女に「ちょっと待ってろ」と声をかけると、顔を覆っている包帯に手をかけた。結び目がどこかわからなかったので、無理やりずらして顔を露出させようとする。
「んっ…なんか、頭がきついな…えいっ!」
 彼方が頭に巻いていた包帯を外したその瞬間、ばさっ!と音を立てて、顔に何かがかかった。
「うわっ! なんだこれは!!」
 目の前を干草色の何かに覆われた彼方は、驚いてそれを振り払った。すると、頭皮に鋭い痛みが走った。
「いたっ! …なんだ、髪の毛か…って、髪の毛ぇ!?」
 彼方はその干草色の髪の毛を見ながら呆然となった。もともと彼方の髪の毛は色素が薄いのか、天然の茶髪になっていたが、今はそれを通り越してさらに淡い色になっている。しかも、その長さはもう少しで腰に届くくらいだ。
 ともかく、彼方が顔の前にかかった邪魔な髪をかきあげ、後ろにたらすようにすると、その露わになった顔を見て、少女がきょとんとした顔になった。
「えぅ? 芽依子…?」
「え?」
 少女の発した「芽依子」という名前が自分に向けられているらしい事に気がつき、彼方は首を傾げた。
「誰だ、芽依子って…俺は…っ?」
 彼方も異常に気がついた。包帯で耳や喉も巻かれている時は気付かなかった…いや、気のせいだと思い込んでいたのだが、声が高く澄んだものになっていた。
 まるで、女の子の声のように。
(耳でもおかしくなったかな…あの事故だしな)
 それも後遺症のせいにする彼方をよそに、少女は膨れたような顔つきで抗議を始めていた。
「えぅ〜! ひどいよ芽依子〜! そんな格好で驚かせるなんて〜!!」
「え? あ、あぁ…悪かった。じゃなくって…」
 一瞬謝りかけ、ふと気付いて彼方は言葉を飲み込んだ。そして、尋ねた。
「芽依子って誰だ? それに、お前は一体誰なんだ?」
「芽依子…その冗談面白くないよ〜」
 質問は一瞬で切り返された。どうやら、今の彼方は「芽依子」と言う人物に似ているらしい。しかし、もちろん彼方は芽依子ではない。そのことを彼女に納得させるにはどうすれば良いのだろう。
 彼方は困ったが、とりあえずあくまでも自分は「出雲彼方」であることを主張するしかないと判断した。
「ともかく、俺は芽依子じゃないんだ。俺は出雲彼方。死んだと思われてるみたいだけど、死んでない」
 重ねて言うと、少女は彼方の全身を見渡した。そこで、彼方は少女の背丈が、自分と大して差がないことに気がついた。つぐみといい、この少女といい、妙に背丈のある女性が多い村だ。
 彼方が身長の事を考えていると、少女はある一点に気がついて声をあげた。
「…そう言えば、芽依子はそんなに長い髪の毛じゃなかったよ」
 そして、少女は彼方の顔をじっと見つめて、首を傾げた。
「本当に芽依子じゃないの?」
「あ、あぁ…出雲彼方だぞ」
 少女の質問に、彼方は頷いた。
「でも…彼方ちゃんは男の子だったし…」
「…いや、男なんだが」
 少女の言葉に彼方はツッコミを入れた。ゴツイ体格の割には顔の方はそうでもない、とは言われていたが、女の子と間違えられるほど可愛い顔はしていない。しかし、少女は信じなかった。
「えぅ〜…嘘だよ〜わたしが知ってる彼方ちゃんは男の子だったもん」
「いや、だから俺は男で…」
 彼方が抗議しようとすると、少女が手を伸ばし、彼方の胸を死装束と包帯の上から触った。その瞬間、彼方の全身を何か電撃にも似た刺激が貫いた。
「うひあっ!?」
 彼方は思わず自分の胸を抱え込んだ。そして、少女は手を二、三度開閉してその感触を確かめ、やっぱり、と言うように頷いた。
「やっぱり女の子だよ〜」
 しかし、彼方はその彼女の言葉を聞いていなかった。反射的に胸を抱え込んだ手のひらに、「ふにょん」とでも形容できそうな柔らかな感触が伝わってきたのだ。
「…な、何だ? …ひゃあっ!」
 手を動かしてみる。と、またしても全身を何か電撃にも似た刺激が貫いた。彼方は手を離し、恐る恐る自分の胸元を見た。死装束の襟元に指を引っ掛け、引っ張って中を覗き込む。
 きつく巻かれた包帯でやや潰されてはいるが、明らかに男性には無い二つの膨らみがそこにはあった。
 彼方はごくりと生唾を飲み込み、今度は下腹部に手を伸ばした。そこからさらに手を下げ、何かの存在を確かめようと、触ってみる。しかし、そこに期待した感触は無かった。
「な、な、な、なんだこれはー!!」
 一面の銀世界に、彼方のよく済んだ愛らしい声の、しかし雪崩でも起こしそうな悲鳴が響き渡った。そして、意識が真っ白になった彼方はそのまま雪の上に倒れ、意識を失ったのだった…

 それから数分後。
「えぅ〜…重いよ〜」
 気を失った彼方を背負った少女が、雪道を踏みしめながら家に向かっていた。
「どこの娘かわからないけど、助けてあげないと…」
 そう言いながら、少女は彼方の身体を抱え直す。その度に、少女の背中に二つのやわらかい感触が伝わってきた。
「えぅ〜、この娘、わたしより胸が大きいよ…」
 ちょっと不満そうに頬を膨らませ、しかししっかりとした足取りで、少女は夕日に染まった雪景色の中を歩いて行った。

(つづく)

あとがき
 と言うわけで…始まってしまいました。「雪のかなたの物語」。今年前半の話題作の一つ、スタジオメビウスの「SNOW」を新ヒロイン「出雲かな(仮)」を主役として書くお話です。要はうちのいつものアレが主題です(爆)。
 実はアイデア自体は「SNOW」をクリアしてすぐの頃に出来ておりまして…で、ある日某チャットで神奈備さんを交えて話している時に、「かな(仮)」の容姿を話したのが、具体化への始まりでした。
 その時はまだ書くつもりは無かったのですが、その数日後に神奈備さんが素敵な「かな(仮)」のイラストを書いてくださいました。それを見た瞬間、
「これは書かねば!」
 と言う衝動が私を突き動かしたのです。
 ただでさえ複数連載を抱えて苦しいのですが、何とか頑張りますので、「かな(仮)」ともども応援よろしくお願いします。
 次回は「かな(仮)」に名前がつくまでのお話にしたいと思います。


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