SPACE BATTLESHIP "YAMATO"
EPISODE:1 Hope for tomorrow Part4,Section5


宇宙戦艦ヤマト

第一部 遥かなる星イスカンダル

第三十一話 「古代守の追憶」


―〈ヤマト〉第一艦橋―


 ワープアウトした先にはまた未知の空間が広がっているのではないか……そう考えたのはどうやら杞憂であったらしく、窓の外に見えたのは見慣れた星空だった。とは言え、銀河系外なので星の数は驚くほど少ない。ただし、前方に見える大小のマゼラン銀河と、後方に広がる壮大な銀河系の姿が、ここが次元断層ではないと教えてくれていた。
「現在位置確認。予定のワープアウト地点です」
 島が報告する。次元断層に捕まるというアクシデントがなければ、とっくに来ていたはずの空間だ。
「相原、例のビーコンはまだ捉えているか?」
 古代はインカムに神経を集中している相原に尋ねた。まだビーコンを捕捉していて、その発信源が近くにあるなら、それを破壊すれば敵を次元断層に封じ込められるかもしれない、と考えたのだ。しかし。
「いえ、信号途絶えています。この近くには発信源はないようですね」
 相原が古代の当てを外すように答えた。さらに沖田が言う。
「敵艦隊もすぐに次元断層を出てくるだろう。余計な寄り道をしている暇はない。太田、修理が可能な仮泊ポイントをピックアップし、航海長に伝えよ」
「了解しました」
 沖田の指示と太田の返答は、古代に冷静さを取り戻させる。うまく次元断層は脱出できたが、敵大型戦艦との一騎討ちは〈ヤマト〉に馬鹿にならない損害を与えていた。これを可能な限り早く修理し、イスカンダルへの航海を再開しなくてはならない。古代は優先すべきは戦いではなく、先へ進む事だと再認識した。
「仮泊ポイントをピックアップしました。直近で22光秒先に直径五十キロ程度の小惑星があります」
 太田が報告する。沖田は頷くと指示を出した。
「航海長、そこへ向かえ。仮泊ポイントに到着次第、戦闘配備か……」
 その声が途中で途切れる。
「艦長?」
 振り返った艦橋要員たちは、そこに胸を抑えてコンソールに突っ伏す沖田の姿を見て、驚きの声を上げた。
「艦長!」
 ナースの技術を持つ雪が、真っ先に沖田に駆け寄り、様子を見る。顔に脂汗が浮かび、動悸が激しい。明らかに普通の容態ではない。これは自分の手に負えないと判断した雪はすぐに振り向いて叫んだ。
「佐渡先生を! 急いで!」
 
 

―〈ヤマト〉艦長室―

 
 艦長室のドアが開き、佐渡が顔を出すと、艦長室に続く階段の辺りに待機していた乗組員たちが一斉に声を上げた。
「佐渡先生! 艦長は!?」
「容態はどうなんですか!」
 その様子に、佐渡は呆れたように答えた。
「何じゃお前ら、まったく良い大人がピーピーと情けない……単なる過労じゃよ。大した事ないわい」
 その言葉に安堵する乗組員たち。それを裏付けるように、沖田がドアから半身を乗り出す。
「わかったら任務に戻れ。佐渡先生、ちょっと残っていただけますかな」
「む、わかったわい。ほら、お前たち散った散った」
 沖田の言葉に答え、乗組員たちを帰した佐渡はドアを閉めると、沖田がベッドに横になるのを手伝った。枕に頭を預けた所で、沖田は聞いた。
「先生……わしの体は、あとどのくらい保つ?」
 佐渡の動きが一瞬止まるが、すぐに冷徹な医師としての顔を取り戻すと、囁くように答える。
「今すぐ手術を受ければ……それでも二年か三年。何もしなければ三ヶ月じゃな……」
 その声には、医師としての無念さが滲んでいる。沖田の病を完治させる事ができない、と言う現実への。
 沖田が罹患している病は「宇宙放射線病」と呼ばれている。太陽からの粒子エネルギー流……いわゆる太陽風の弱い外惑星系に赴く宇宙船乗りに多い病気で、太陽風に遮られる事なく外宇宙から飛び込んでくる高エネルギー放射線に被曝する事で発症する病気だ。発症初期に発見できれば、集中的な治療を行うことで治す事も可能だが、病気のステージが第二期以降になると、進行を遅らせるだけで精一杯になる難病である。
 症状としては再発性と侵潤性が高く摘出の難しいガンが発生し、それが特に造血細胞を侵すことにより、血液に異常が生じ、静脈瘤や脳出血、心筋梗塞などの病気を二次的に引き起こしやすくなる。特にガミラスとの戦争で放射性物質による汚染が広がっている地球では、元からの患者の症状悪化に加えて、新たに発症する人々の増加も招いており、深刻な事態となっていた。
 ガン自体の進行はさほど早くないが、最終ステージでは一気に進行が早くなり、患者の命を速やかに奪い去る事もある。佐渡の見たところ、沖田の症状は最終ステージ一歩手前というところだ。
「そうか……」
 患者として沖田もその事は知っている。いかに強固に防御された戦艦に乗っていようとも、外宇宙へ行けばこのように病気の進行を早める可能性がある事も。それでも、沖田は己の命を燃やし尽くしてでも、この遠征を成功させる決意だった。
 だが……三ヶ月で倒れてしまうわけには行かない。かといって、手術を受ける余裕もない。沖田は佐渡に言った。
「先生、どんな手を使ってでも良い。わしをあと一年……いや、九ヶ月で良い。なんとか命を繋がせてはくれんか」
「それは……」
 佐渡は口ごもった。手がないわけではない。強力な薬を使えば、表面上沖田を健全な状態に見せておくことも不可能ではない。しかし、それは病で弱った身体に無理やりエネルギーを突っ込んで動かしているようなものだ。最終的には患者は想像を絶する苦しみを味わって死ぬ事になる。それは医者のする事ではない。
 しかし……佐渡には一つだけ提案できることがあった。
「わかりました、艦長。しかし、わしの言う事を一つだけ聞いていただきますぞ」
 沖田は頷き、佐渡の「提案」に耳を傾けた。
 
「真田以下三名、入ります」
 先頭に立って艦長室に入ってきた真田と、その後ろに立つ古代、島の二人に沖田は頷いて、ベッドの横に置いてある来客用のソファセットに指を向けた。三人が座ったところで、まず真田が口を開いた。
「我々を呼んだ用件は何でしょうか? 艦長」
 言葉にやや険があるのは、艦の修復作業をしている最中に呼び出されたからだろう。上官に対して無礼、あるいは不遜といえる態度だが、それを許されるだけの実績が真田にはある。
「うむ……佐渡先生に言われたのだが、私は過労気味で出来るだけ安静をとることが望ましいらしい」
 沖田は話をはじめた。顔を見合わせる古代と島、そして表情を変えない真田。
「佐渡先生は、艦長の体調については問題ないと仰っていましたが……」
 島がおそるおそる、と言う感じで答える。沖田はうむ、と答えて続けた。
「まぁ、医師と言うのは患者の安全を第一に考えるものだからな。私としては大丈夫なつもりだが、かといって、先生の言葉を無視もできん」
 沖田は笑って見せると、本題を切り出した。
「私の負担を減らすために、正式に副長を置き、職務を負担してもらうべきだと、佐渡先生に言われたよ」
 現在〈ヤマト〉には本来ならこうした大型艦には必ず置かれる役職である副長がいない。副長は艦のNo.2であり、戦闘時は艦長の指揮を補佐する他、艦の機能保全全般に関わる職掌を司る。
 もちろん、本来は副長が置かれるべきなのだが、それがいない理由は二つある。一つは、それにふさわしい人材の不足。沖田の本来の構想では、〈ヤマト〉には冥王星海戦でMIAとなった古代守も乗り込むはずであり、彼に戦術情報士と副長を兼任してもらうつもりだった。守は駆逐艦艦長も務めた実績があり、乗員を統率する能力にも不安はなかった。
 しかし、守のMIAによってこの構想は崩れた。冥王星海戦での損害は甚大で、彼に代わって職務を遂行できる人材は払底してしまっており、沖田は副長を置く事を諦めざるを得なかった。
 もう一つが、真田の存在である。真田は技術士官であるため、正規の戦闘訓練・戦術指揮に関する教育は受けていない。しかし、艦の保全に関する能力は十分に持っており、副長に求められる二つの能力……艦長の補佐と艦の維持のうち、後者に関しては不安なく任せられる。
 それなら、敢えて戦闘時の補佐役がいなくとも何とかなるだろう、と沖田は考え、敢えて代わりの副長を求めなかったのだ。もともとこれほどまでに戦闘が頻発する状況を、沖田は考慮していなかったのでなおさらである。
「……よって、いままで空席だった副長をここで決めておきたい。真田君、引き受けてくれんか?」
 沖田の言葉に、真田が薄い眉をピクリと動かす。
「私が副長に……ですか?」
「そうだ。君ならできると思っている」
 沖田が言うと、真田は顎に手を当てて数秒考え込んだ。そして、顔を上げてはっきりと答えた。
「申し訳ありませんが、お断りさせていただきます」
 えっ、と古代と島が声を上げる。沖田も表情にこそ出さなかったが、驚いていた。まさか断られるとは考えていなかったのだ。
「理由を聞いて良いかね?」
 沖田の問いに真田は答え始めた。
「理由は幾つかありますが……まず、技師長としての職務に専念したい、という事が挙げられます。本作戦は技術面のウェイトが非常に高く、未知の現象に対する科学的な解析が極めて重要なため、それらを副長の職務を兼任しながら遂行するのは難しいと考えます」
 沖田も科学者としての顔を持つだけに、真田の主張は良く理解できた。この航海では大は重力場ミラーエンジンから小は拳銃の類まで、多くのガミラス製品を入手し、解析を行っている。工程の大半は真田の部下の技術班要員が行っているとは言え、真田が見なければわからないような高度な技術製品も多く、解析部門は多忙を極めている。ここから真田を引き抜いて副長任務に専念してくれ、と言っても難しいのは間違いない。
「次に、戦術面における貢献の点でも、私が技術面に専念している方が効果が高いと考えます。戦闘中に被弾しうる場所で、現時点では"私以外いじれない"部分も多々ありますので」
 む、と沖田は唸った。確かにタキオンなどの超光速系センシングを行える装置やシステムは真田によるメンテが欠かせない部分だ。もちろん彼の部下たちもマニュアルに沿った修理・メンテくらいは可能だが、真田の場合はさらにその場で性能向上のための改良を加えるぐらいの事はしてのける。
「次に……」
「いや、わかった。確かに君は副長より技師長の職務に専念してもらう方が良いようだ」
 沖田は真田の言葉を遮って言った。しかし、真田に聞きたいことはもう一つ増えていた。
「代わりに、君から副長を任せたい人物を挙げてもらえないか?」
 沖田がその質問を投げると、再び真田の眉がピクリと動いた。常に明快な発言を持ってよしとする彼にしては珍しく、一瞬ためらうように口が微かに動き、しかし決意したように言葉を発する。
「それならば……私は古代大尉を推薦します」
「えっ!?」
 驚きの声を上げたのは、当の古代だった。それを無視して真田は言葉を続ける。
「古代大尉は戦闘兵科の士官としては、現在艦内で最上位です。序列としては問題ないかと」
「ふむ」
 沖田は考え込んだ。実のところ、古代の抜擢は沖田も考えないではなかった。まだ若いが技量と知識は水準以上。並みのベテラン士官よりも上回っているほどだ。問題は……
「お待ちください、艦長、真田さん。私はまだ副長を務められるほどの経験はありません」
 古代が自ら自分の問題点を挙げた。そう、経験と言う点では古代はまだ圧倒的に不足している。そもそも、戦艦クラスの副長ともなれば、軍歴十五年以上。最低でも中佐に昇進する程度の経験を積んでからなるものである。
 現在古代は既に先任戦術情報士……戦闘兵科の最上位、最近では「戦術長」または「戦務長」と呼ばれる地位にあり、これは艦長を目指すキャリアとしては既に副長に次ぐ地位である。そう言う意味では、戦時昇進とは言え副長に任命される事自体は不自然ではない。
 しかし、その戦術長への任命自体が異例の抜擢であり、いかに戦時とは言え異例に異例を重ねる事は好ましいものではない、と言うのも常識的な判断である。だから、沖田は副長職は真田に任せ、古代と島はそれぞれの専門分野で彼を補佐してくれるよう頼むつもりだった。この場に二人を呼んだのもそのためだ。
「そう卑下するものではない、古代。君は既に異例とも言える抜擢で今のポジションにあるが、私から見ても立派に任務を果たしている。波動砲をはじめとする新兵器の習熟、それを用いた戦術立案もこなしている。君にこの艦の副長ができないなら、他の誰にもできまい」
 沖田が考え込んでいる間に、真田が古代に推薦理由を語っていた。それは、沖田が古代を説得するなら、と考えたのとほぼ同じ内容の言葉である。その事に気付いた時、沖田は自分の本心にも気付いた。
(何だ、私は古代を副長にしたいのか)
 異例の抜擢を重ねる、と言う無理を通す事に微妙な忌避感を持っていたことが、古代ではなく真田への副長就任要請という行動に繋がったが、自覚してしまえばやはり古代を副長にするのが最善だろうと沖田は確信した。
「どうだ古代、真田君もそう言っているが……私も同じ意見だ。引き受けてくれんか?」
 最先任士官(軍歴なら徳川や山崎の方が長いが、彼らは非戦闘兵科であるため除外する)である真田からの推薦だけでなく、艦長からの正式要請まで受けた古代だったが、それでも躊躇いがあった。
「しかし、先ほども言いましたように……」
 重ねて経験不足を理由に固辞しようとした古代だったが、その肩をぽんと叩く者がいた。島だった。
「良いじゃないか、やってみろよ」
「し、島」
 親友の言葉に、古代が驚きの声を上げる。
「真田さんや艦長の言う通りだ。経験がない、なんて事は断る理由にならない。何しろ、俺たちが今やっていることは、誰にも経験のない事なんだぜ」
 少し前まで太陽系内に留まっていた地球人類にとって、恒星間宇宙どころか、それすら飛び越えて今や銀河間空間にまで至った〈ヤマト〉の航海は、島の言う通り全く未知の経験である。誰にも教えを乞う事ができない、自分たちの知恵と力だけが頼りの旅だ。
「この航海が成功したら、俺たちは自分の経験を他の連中に教える立場になる。その時に備えて、今から副長くらいのキャリアを積んで置く事はきっと無駄にならない。やれよ、古代。俺なら引き受けるぞ」
 更に島は言葉を続ける。それを聞いて、古代は腹をくくろうと思った。
(そうだな……艦長の教えを吸収するにも、その方が都合が良いかもしれない)
 補佐役と言う立場上はマズいのかもしれないが、沖田の戦術・戦略論を学び取り、それを将来の地球のために生かすべきだと考えていた古代にとって、沖田とより話す機会を増やす事は重要だった。古代は起立し、姿勢を正して敬礼した。
「古代大尉、副長職を拝命させていただきます」
「うむ……ありがとう。そう言ってくれると思っていた」
 沖田は頷き、答礼するとベッドの脇にある全艦放送のマイクを手に取った。
「〈ヤマト〉乗組員の諸君。艦長の沖田だ。そのままで聞いて欲しい」
 沖田は軽く一息吸うと、力強い声で言った。
「私が倒れたという話は諸君らも聞いていると思う。だが、私はこの通り元気だ。とは言え、心配をかけた事は済まないと思っている」
 病人とは思えない張りのある声。古代たちは確かに艦長は大丈夫だ、と思うと同時に、それほどの人でさえ過労で倒れる、と言う現実に気を引き締め、もっとこの人を支えていこうと決意させる。
「そこで、これまで設置していなかった副長職を置く事を決定し、先任戦術情報士の古代大尉をその地位に置く事を決定した。同時に――」
 沖田はそこで柔らかな笑みを浮かべた。
「全乗員に対し、ここまでの献身と功績を考慮し、私の権限に置いて一階級昇進を決定する。これは戦時における臨時階級ではなく、正式なものと思ってくれて構わない」
 一瞬置いて、艦内から歓声とどよめきが上がった。それほど出世に野心がない乗員もいるだろうが、昇進自体はやはり嬉しいものだ。何しろ――給料が上がる。今は長期航海中で使い道がないが、生きて帰った暁には、航海加棒や戦闘手当を含めて、平時の年収数年分くらいの給料がもらえるはずだ。
「私からは以上だ。これまでの諸君らの健闘に感謝し、今後もより一層の努力を期待する」
 沖田はスイッチを切ってマイクを置いた。
「まぁ、少佐という事であれば、多少は職務に見劣りしないものだろう。島少佐も古代少佐を助けてやってくれ」
 沖田の言葉に、島もまた起立して敬礼する。
「はっ!」
 古代も並んで敬礼する。それでその場は解散となり、古代と島、真田は艦長室を出た。階段を下りながら、古代は真田に言った。
「真田さん、推薦していただきありがとうございます」
 チャンスをくれた真田に古代が礼を述べると、真田は苦笑にも似た表情を浮かべて答えた。
「気にしなくて良い。私は技師長の職務に専念したかっただけさ」
 それは、確かに真田の本音ではあっただろう。だが、それだけではないような気が古代にはしていた。なぜなら、島がいるからだ。
 島は航海長であり、古代と同じく艦長へ至るキャリアの途上では既に副長に次ぐ地位である。古代が波動砲を使っているように、島はワープ航法を使いこなし、外宇宙での航法も習得している。今回のイスカンダルへの航海は軍事作戦ではあっても戦闘が主任務ではない事を考えれば、むしろ島こそが副長に相応しい職務を担っているとさえ言える。
 加えて、島は冷静沈着な性格でありながら、キャリアアップを目指すポジティブさも兼ね備えている。その島を何故真田は推薦しなかったのか。
「……まぁ、確かに古代を推薦した理由はなくもないが」
 真田は古代のそうした内心を見抜いたのだろう。理由を話す気になったようだった。
「ちょっとした昔話をしよう。食堂にでも行くか」
 真田はそう言って、基幹エレベータのスイッチを押した。
 
 

―〈ヤマト〉大食堂・カフェテリア―

 
 島と別れ、古代と真田は艦内の大食堂、その片隅にあるカフェコーナーへ来ていた。セルフサービスでコーヒーを淹れ、合成にしてはなかなかの芳香を漂わせるそれを一口啜ってから、真田は切り出した。その表情には笑みは無く、硬く引き締まっている。
「古代、俺は……お前に一つ詫びておかねばならないことがある」
「え?」
 真田の意外な言葉に、古代は戸惑った。この良き先輩にして上官から、何か迷惑を掛けられた覚えなど無いのだが。
「どういう事でしょうか?」
 続きを促すと、真田は沈痛な響きの篭った声で続けた。
「お前の兄……古代守の事だ。冥王星海戦の前、あいつの艦を……駆逐艦〈雪風〉を整備したのは、俺だったんだ」
 
 

―半年前 新横須賀ドック―

 
 メンテナンスハッチから下半身だけを突き出していた整備兵が、もぞもぞと這い出てきた。その手には劣化してくすんだ部品が握られている。
「どうだ?」
 見守っていた真田に、整備兵は額に浮かんだ汗をぬぐって答えた。
「どうといわれても……これ、見てください。まだ五百時間くらいしか使ってないはずなんですが、ごらんの有様ですよ」
 それは生命維持装置、特に空気の浄化に使われる金属触媒を利用したエアフィルターで、本来耐用時間が千時間はあるはずのものだが、その遥か前の時点で完全に使用不能になってしまっていた。
「機械に問題はないとなると、やはり素材の製造過程での問題か……」
 真田が唸る。ガミラスとの長い戦いが始まってから、地球の工業生産能力は低下の一途を辿っていた。それはただ単に生産量が下がったというだけではなく、その品質にも重大な問題が出てきている。戦前なら不良品として流通過程に入る前に弾かれているレベルのものが増えているのだ。
 しかし、何より問題なのは、そのレベルの製品であっても使わざるを得ない、という状況になっている事である。それでも、戦場が地球周辺なら、こまめなメンテナンスを繰り返すことで何とかなる。だが……
「冥王星に送り出すとなると、このままでは心もとないな」
 真田は考え込んだ。この〈雪風〉は間もなく始まる冥王星作戦への参加が内定している。地球から冥王星までの航行期間は往復二週間。約三百四十時間だ。五百時間しか持たない不良フィルターでも何とかなる時間ではあるが、それはあくまで巡航時の話。もし戦闘で被弾して艦内に火災が起きたりすれば、あっという間にこのフィルターは使用不能になるだろう。
「フィルターだけなら、予備を積めば良いだけの話なんですがねぇ」
 整備兵も考え込む。幸運艦として知られ、大小の戦闘に参加し生き残ってきた〈雪風〉だが、裏を返せば艦の疲労が蓄積した状態と言う事でもある。このフィルター以外にも交換、あるいは整備しなければならない場所が無数にある。
 それらにこうした不良部品が紛れ込む可能性は高く、戦闘時にそれが発生すれば、即座に艦の機能は失われ、撃沈と言う運命が待っているだろう。かといって、その全てに予備部品を積めば、今度は艦内が立錐の余地もないほど狭くなってしまい、乗員の生活が不可能になる。
「真田、どうだ?」
 整備兵と二人考え込む真田の元へ、そう言いながらやってきたのは守だった。真田がそれに答えようとするより早く、守は整備兵の手に握られた廃棄フィルターを見て顔をしかめる。
「ダメそうか」
「……ああ」
 守の問いに真田は頷いた。正直なところ、今の〈雪風〉は外惑星圏での戦闘に耐える状況ではない。できれば完全なオーバーホールを行うことが望ましい。その間、乗員は別の艦に転属して戦う方がいい。
「仕方がないな……真田、どうしても不安な部分だけ交換部品を用意しておいてくれ。あとは航海中に何とかする」
「古代、お前……」
 真田は守の提案に驚きの声を上げるが、守には悲壮感は全く無く、自信ありげな笑みを浮かべて言った。
「俺もお前も、できる事をやるしかない。そうだろう?」
 艦も人も、休めるならそれが一番良い。しかしそれが許される戦況ではない。代わりの艦などどこを探しても無いし、守と彼の率いるクルーは現在の地球艦隊に所属する駆逐艦クルーとしては錬度、士気、技能のどれをとっても最高の存在。遊ばせておく余裕などないからだ。
 同じ事は真田にも言える。彼の専門は本来ガミラス技術の解析だ。しかし、こうしてドックでの艦の補修にも駆り出されている。一朝一夕に成果の出ない技術解析に比べると、艦の補修・整備の頻度は高くなる。その時にどうしても頼りにされるのが真田だった。
「……わかった。予備部品の件は何とかする。できれば、そう言うものが必要にならないようにしたいんだがな」
「ああ。頼りにしてるよ」
 頷く真田の肩を叩く守。どうと言う事のない、親友同士の一幕。しかし……
 
 
「俺はあの時からずっと心に引っかかるものを感じていたんだ」
 真田は言った。
「俺の整備は完璧だったのだろうかと。もしかしたら、あいつが帰ってこなかったのは、俺の責任もあるんじゃないかと」
 いつも冷静な真田の、陰では「鉄面皮」とまで言われる顔に浮かぶ苦悩の色。古代は尋ねた。
「俺を推薦した理由はそれですか? 兄の死に、真田さんが負い目を抱いているから……」
 真田は頷いた。
「ああ。親友の弟である君を引き立てることで、あいつに対する罪滅ぼしになるんじゃないか、という気がしてね」
 その時、古代はすっと立ち上がり、真田の背後に回りこむと、その肩を叩いた。兄がそうしたように。
「古代?」
 驚く真田に、古代は言った。
「真田さんが兄の事で何も負う事なんてありません。あなたも兄も、自分にできる事を精一杯やった」
 その結果が必ず報われるとは限らない。実際〈雪風〉は撃沈され、守はMIAになった。それは悲しむべき事だ。だが、悲しんでいるだけでは何も始まらない。
「今度は、俺が自分にできる事をやります。真田さんも、これ以上兄の事で自分を責めないでください。兄はきっと気にしてないでしょうから」
 古代は兄が生きていると信じている。いつか何処かで再会して、真田が今の話をしたら、きっと豪快に笑い飛ばして気にするな、というに違いない。その気持ちが伝わったのか、真田の顔に笑みが浮かんだ。
「そうだな……そう言う奴だったよ、あいつは」
 真田はそう言って立ち上がり、古代に手を差し出した。
「ありがとう、古代。お前さんのお陰で気が晴れたような気がする。お前さんはきっと、良い副長になるよ」
「いえ。まだ全てはこれからです」
 古代は真田が差し出した手を握った。
「だから、これからも何かあればアドバイスをください。俺はまだいろんな事を学ばなきゃいけないんです。さし当たって……俺の知らない兄のことを」
 沖田が片腕、あるいは後継者として考えたという「軍人・古代守」。それは、弟の進にとって実は意外と知らない存在だった。自分が沖田の知識を受け継いで行こうと志すのなら、兄の軍人像についても知らねばならないだろう。
「ああ、いいとも」
 真田は笑顔で頷いた。
 
 地球滅亡の日まで、あと259日。

(つづく)


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