SPACE BATTLESHIP "YAMATO"
EPISODE:1 Hope for tomorrow Part4,Section4


宇宙戦艦ヤマト

第一部 遥かなる星イスカンダル

第三十話 「竜と狼」


―次元断層内 ガミラス艦隊旗艦〈ドメラーズIII〉艦橋―


 スクリーンに映し出されたレーダー情報の中、獲物を示す光点が急速に遠ざかっていくのを見て、ドメルは指示を出した。
「全艦隊増速。引き離されるな」
 その命を受け、各艦が一斉に後部メインノズルから吐き出されるプラズマの輝きを増す。しかし。
「あのクラスの大型戦艦にしては足の速い奴ですな。この艦ではいささか追いつくのが骨かもしれません」
 ドメルの傍に控えていた〈ドメラーズIII〉の艦長、ヴェム大佐が言う。この艦が属する〈ガミラシア〉級特等戦艦は三連装主砲六基、同副砲四基を備えた攻防共に〈ヤマト〉を凌駕する超大型戦艦であるが、それだけに機動性では劣る。何しろ地球単位系で五百メートル、三十万トンを超えるのだ。その質量を〈ヤマト〉に匹敵する加速度で動かすことは、ガミラスの高度な科学力をもってしても難しい。
「なに、相手に逃げ場はない。見失わなければそれで良い。ハイデルン、各戦隊の準備はできているか?」
 ドメルが話を振ったのは、彼の司令部において主席幕僚の地位にあり、作戦立案から戦闘指揮まで全てにおいて片腕として辣腕を振るう歴戦の将、ハイデルン中将だった。長年ドメルとコンビを組んできただけに、お互いにお互いの呼吸を飲み込んでいる。
「問題ありません。全員ウズウズしてますよ」
 ハイデルンがにやりと笑って答える。ドメル艦隊には彼の他に三人の有能な幕僚がいて、ドメルの補佐のみならず、それぞれに一個戦隊を率いる指揮官でもあった。空母主体の航空戦隊を率いるゲットー少将、戦艦と巡洋艦からなる打撃戦隊を率いるバーガー少将、駆逐艦主体の空間雷撃戦隊を率いるクロイツ少将。いずれ劣らぬ有能な男たちである。
「先走らないように釘は刺しておけ。相手は単艦でシュルツ艦隊を殲滅した怪物だ」
 部下たちの戦意に満足しつつも、ドメルは慎重さを崩さない。その根拠となる情報をもたらした人物に目をやり、更に尋ねる。
「ガンツ大佐、他に気をつけるべきことはあるか?」
 ハイデルンと並んで立つガンツは、まだ包帯が取れず杖で身体を支えているが、それでも力強い視線をドメルに返して答えた。
「奴が持つ、未知の大威力兵器――それが最も危険でしょう。ただ、艦隊を散開させている限り、一瞬で全滅と言う事にはならないかと」
 ガンツの脳裏には木星の浮遊大陸基地を完全破壊し、惑星を呑み尽くすほどに巨大な恒星のプロミネンスをかき消した〈ヤマト〉の波動砲の事が渦巻いている。あれを無力化するにはどうしたら良いか、と言う命題は、決して頭から離れることなく続くガンツのライフワークと化していた。
「ふむ、あれか……本国でも実験に着手したと言う話は聞くが」
 ドメルが頷く。プロトタイプは既に完成し、試射も何度か行われているようだが、何しろ艦隊を一撃で殲滅する事が可能な戦略レベルの兵器。機密のベールは厚く、ドメルと言えど噂以上の情報はなかなか手に入らない。
「そうですか……一刻も早く、完成を急ぐべきです。地球人は恐らくあの兵器の量産と、更なる改良を進めているでしょうから」
 ガンツが言う。一歩間違えれば宇宙を吹き飛ばしかねない波動エンジンの暴走を意図的に起こし、それを兵器として使用するという、地球人の柔軟かつ蛮勇とさえ言える思考法こそ、最も恐れるべきものだと彼は考えていた。
「まぁ、それは勝ってから考える事だな。今は敵を逃さない事だ」
 ドメルは頷き、各戦隊に波動砲対策として相互支援が可能な範囲で隊列を開けるよう命じた。やがて、〈ドメラーズIII〉が通常航行時の最大戦速に達すると、それまでじわじわと開いていた〈ヤマト〉との距離は、ぴたりと一定の数値に維持されていた。
 
 

―〈ヤマト〉第一艦橋―

 
「くそ、引き離せないか……」
 汗で滑りそうになる操縦桿を抑えながら、島が言う。一定の距離を保ち、ひたひたと追撃してくる敵艦隊の一糸乱れぬ動きは、僅かな操艦ミスでも即座に破滅に繋がりそうな重圧を感じさせる。
「せめて何か身を隠せる場所があればな……」
 古代が唇を噛む。
(古代の言う通りだ。何でもいい。相手の目を引きつける、他のものがあれば……)
 沖田は黙考する。隠れ場所があれば、多少なりとも時間が稼げる。その間に真田の調査結果によってはここから脱出する方法が分かるかもしれないし、敵を出し抜く計略を立てることもできるのだが、この次元の狭間でそれは望めない。
 だが、その時雪が緊迫した声を上げた。
「右舷方向に反応あり。敵ではありません。少なくとも敵性的な反応は示していません」
 沖田は閉じていた目を開き、雪に尋ねた。
「メインパネルに情報出せるか?」
「やってみます。お待ちください」
 雪がレーダー情報を加工して、映像化したものをメインパネルに映し出す。
「これは……船団? いや、難破船か」
 島が言った。彼の言うとおり、それは力なく漂流する幾隻もの宇宙船だった。それも――
「ガミラスのものではありませんね」
 太田が言う。彼の言うとおり、それらの漂流船はどれもガミラス艦とは違うデザインラインを持っていた。少なくとも三種類か四種類の系統に分けられると、沖田は見当をつけた。つまり、それだけの文明がこの断層を横断するようにワープを行い、その中にはこうして運悪くこの世界に閉じ込められて、脱出する事もできず力尽きていったのだろう。
「まるで宇宙のサルガッソーだ」
 古代が言った。大西洋の一角にある不思議な海、サルガッソーは海流が集まり、風が吹かない特異な環境から、帆船時代には多くの船が引き寄せられて動けなくなり、遭難していったと言う伝説がある。目の前の光景はそれを容易に連想させた。
(俺たちもああなるのか……?)
 口には出さないものの、不安に駆られたのは相原だった。やや繊細なところがある彼ならではの感想と言いたいところだが、そうした不安はこの光景を見たほとんどの人間が大なり小なり共有するものだった。が、しかし。
「これは興味深いな」
 そう言ったのは席を外していたはずの真田だった。
「真田さん。戻ってきたんですか?」
 相原が尋ねた。
「ああ。戦闘が始まりそうだから、調査どころではないと思ってね。しかし、これは実に面白い」
 緊迫した状況にそぐわない、陽気とさえ言える真田の態度は、頼もしいと思える反面、苛立ちを感じさせる部分もあった。後者の気分のほうが強く出ている南部が尋ねる。
「面白がっている場合じゃありませんよ、真田さん。この廃船の群れがどうしたんです?」
 真田は冷静に答えた。
「この何もない次元の狭間で、何故か密集して漂流している船がある。つまり、この廃船群のある座標は何らかの特異点で、この空間に迷い込んだものが引き寄せられる性質がある可能性が高い。つまり――」
「我々が探している、次元境界面に近い場所かもしれないと言う事ですか?」
 真田の言わんとすることを悟って言ったのは島だった。真田は頷くと、島に言った。
「島、このポイントを通過してくれ。データを取って解析に……」
 そこまで指示を出しかけた時、沖田が割って入った。
「まて、真田君。現状、君の解析を待って脱出手段を探る余裕はない。この廃船群は別の事に使う」
「ふむ、どうします?」
 やりたい事を遮られても、真田は特に気を悪くした風もなく沖田に聞き返した。沖田は頷くとまず島、そして古代を見た。
「島、真田君の言うとおり、この廃船群の中は通過してくれ。古代、全砲門射撃準備。通過中に周囲の廃船群を吹き飛ばせ」
「廃船群を破壊するんですか?」
 意図が分からず指示を確認する古代に、沖田は頷く。
「そうだ。その破片に紛れて次の行動に出る。デコイをありったけ用意し、私が指示する針路をインプットしろ」
「了解です!」
 古代は頷いた。沖田が何をするつもりなのか、なんとなく分かった気がした。
 
 

―〈ドメラーズIII〉艦橋―

 
〈ヤマト〉が進路を変更した事は、ガミラス艦隊もすぐに察知していた。
「廃船群06に向かった? 隠れるつもりか?」
 獲物の意図を一瞬測りかねたドメルに、ハイデルンが助言した。
「それはありますまい。あの廃船はどれも機能停止から数百年は経過し、完全にエネルギー放射が止まっています。そこに紛れたとしても、ゴミの中に金塊を混ぜるようなもの。逆に目立ちますな」
「ふむ……と言うことは」
「次元境界面付近の重力特異点である事を探知したのかもしれませんね」
 なお思考するドメルに、今度はガンツが助言する。真田が看破したように、廃船群は目に見えない次元境界面のすぐ傍にあり、隣接している次元に引き寄せられる形で寄り集まってきたものだった。ここでガミラスが使用している超次元ビーコンのような、時空を超えて信号を発信できる機器の適切な誘導を受ければ、次元境界を越えてワープを行い、この空間を離脱できる。
「だが、〈ヤマト〉に超次元ビーコンなどあるまい。あれば脱出できているだろうからな……とは言え、何らかの手段で脱出の準備をしている可能性は否定できん」
 ドメルは思考をまとめ、全艦隊に命令を下した。
「全艦全速前進。〈ヤマト〉を廃船群ごと包囲し、あらゆる火力を集中してこれを殲滅する」
「了解! 全艦全速前進。敵艦を廃船群06ごと殲滅します」
 ハイデルンが復唱し、各戦隊に命令を伝達する。それまで各戦隊ごとに縦列を組んで進撃していたドメル艦隊は素早く陣形を変え、竜巻のような陣形を汲む。渦動陣と呼ばれ、相手を渦の中心に取り込んで四方八方からの集中砲火を浴びせ、確実に粉砕殲滅する必殺の陣形だ。
 その火力の大竜巻が廃船群を飲み込もうと速度を上げた次の瞬間だった。
「なにっ!?」
 ドメルが目を剥いた。画面の中、廃船群の中のポツリと光る〈ヤマト〉を示す反応が、一挙に膨れ上がったかと思うと、廃船群全てを飲み込む光の塊になったのだ。
「敵艦発砲! 廃船群を狙った模様です! 廃船群、連鎖的に爆発していきます!」
「全艦停止!」
 オペレータの報告に、咄嗟に艦隊を制止するドメル。この獲物はただ隠れようとしていたのではない。少しでも自分の気配を紛らわせるのが目的だったのだ。
「おそらく、奴の次の手はデコイを出して我々を撹乱する事でしょう。我々がデコイを追って兵力を分散した隙を狙って、包囲網を突破するのが目的です」
「うむ」
 ハイデルンの進言を妥当なものと考えるドメル。ならば、次のこちらの手は一つだ。
「バーガー、クロイツ。その場で待機しろ。ゲットー、艦偵を出せ。奴はデコイを放出するつもりだ。それを偵察機に追わせ、本物を見極めさせろ」
『了解!』
 ドメルの命令に敬礼で応える各幕僚。その時、まだ爆発の続く廃船群の中から、六つの光点が飛び出した。別々の方角へ高速で離脱していく。
『こちら空母戦隊。艦偵発艦させます』
 即座に対応したゲットーの空母部隊から、艦上偵察機が次々に発進する。その反応の速さにガンツは舌を巻いた。
(素晴らしい対応能力だ。これが、わが軍の最精鋭たるドメル軍団か……!)
 彼自身が今まで属した太陽系侵攻軍、オリオン方面軍とその指揮官たちも、いずれ劣らぬ精鋭であり名将たちだったが、ドメルとその舞台の能力はそれを更に上回るものだった。まさに一つの生き物のごとく、全てが有機的に連携して動いている。
(これならば奴を倒せる。あの怪物を仕留められる!)
 ガンツの心中に希望が湧き起こる。それは太陽系脱出以降、彼が忘れて久しかった明るい感情だった。しかし。
「え? こ、これは……」
 オペレータが戸惑った声を上げた。状況を見守っていたドメルが視線をそのオペレータに向ける。
「どうした? 報告ならば正確に行え」
 穏やかながらも厳格な響きを持った声に、オペレータが背筋を伸ばしてキーボードを操作し、今度こそ血相を変えた。
「爆発の中に高エネルギー反応! これはデコイではありません! 敵艦です! こちらに向かってきます!!」
「なに!?」
 さすがのドメルも意表を突かれた。その視線の向く彼方、廃船群だった爆炎の中から浮上する影がある。それはガミラスの神話にも登場する、地獄の炎の中に棲まう怪物の到来を思わせる光景だった。



―〈ヤマト〉第一艦橋―


 爆炎と破片が飛び交う空間を突っ切り、再び緑の闇が艦外に広がる。その正面には無数の光点が見える。しかし、その動きは――
「敵艦隊、静止状態です!」
 雪が報告する。それは、沖田の考えた中では一番有りうるシナリオであり、最良から二番目の展開だった。最良の展開は敵艦隊が囮を戦隊単位で追いかけ、戦力を分散させつつ〈ヤマト〉から離れてくれる事だったが、そこまでは望めなかったようだ。
(敵の指揮官は慎重かつ堅実な人間のようだ。だが、それならそれでやりようはある)
 沖田はこの展開における作戦を指示した。
「よし。島、全速前進。敵艦隊の中央を突破する。相原、敵ビーコンの信号を見逃すな。それを元に島に航路を指示しろ」
「了解!」
 命令を受けた二人が気合を入れて返答する。
「艦長、攻撃は行いませんか?」
 古代が尋ねた。もちろん、ここで敵を殲滅するつもりがあるわけではない。ただ、攻撃で敵の混乱を助長する事ができれば、脱出にもプラスかと彼は考えたのだった。しかし、沖田は首を横に振った。
「無用だ。敵艦がこちらの行動を妨害してくるようなら排除するが、今は攻撃に回すエネルギーも惜しい」
「了解」
 古代は頷く。見たところ、敵艦隊はこちらが正面突破を図る可能性を考えていなかったようだ。静止状態のまま動く気配がない。古代は思った。
(これが沖田戦法か……)
 優勢な敵に対し、何か一つでもこちらが優位となる状況―今回は艦の機動性―を作り出し、そこに賭けて不利を覆す。長年弱者である事を強いられてきた軍を率いる中で磨かれた戦術なのだろう。
(俺も、この思考を身に付けなくてはならない)
 古代はそう思う。単艦として考えればガミラス艦の殆どを性能で凌駕し、惑星破壊レベルの火力すら有する〈ヤマト〉に乗っていると、つい強気になり、その攻防性能に頼った戦術を考えがちになるが、それだけでは生き延びていくことはできないだろう。
(将来、また優勢な敵と戦う事にならないと言う保証はないのだから)
 古代は、そして地球は既にガミラスと言う地球外文明が存在し、それが銀河系をも超える広大な領域を支配する勢力である事を知った。この遠征が成功し、地球の放射能汚染を除去できたとしても、ガミラスの第二次地球侵攻や、ガミラス以外の文明による地球侵攻も有り得ない話ではない。
 それに対し、地球人類は実質太陽系だけを勢力圏として対抗しなければならない状況が長く続くだろう。その時地球が取りうる戦術は、沖田が磨きぬいてきた「弱者の戦法」なのだ。
(兄さんは……それを知っていたんだろうな。だからこそ、自分が盾になっても沖田艦長を生き延びさせようとした)
 古代は兄の最期の行動、その意味を悟った。そして自分自身に誓った。
 沖田の教え、その全てを吸収する。そしてそれを伝えていくことが、これからの地球に対して自分ができる最大の貢献になる。そのためにも、絶対に自分は死なない。そして、周りの仲間たちも死なせない。
 それは、古代進という青年が、一つ大きな成長の段階を迎えた瞬間だった。だが、それを形にしていくためには、越えなければならない試練があった。
 
 

―〈ドメラーズIII〉艦橋―


 ドメルが精神的衝撃から立ち直るまでに要した時間は、ほんの刹那の瞬間だった。
「全艦、奴の頭を抑えろ! 突破を許すな!」
「面舵! 反転百八十度! 両舷全速用意!!」
 ドメルの命を受け、ヴェム艦長が進路を指示する。〈ヤマト〉の速度を見て、今すぐ反転して全速を出さなければ追いつけないと判断したのだ。艦隊旗艦を任されるに足る判断力の持ち主ではあった。
 しかし、残念ながらドメルの意図を完全に実現できたのはヴェム一人だった。鼻面を掴んで引きずり回すような〈ヤマト〉の機動に、他の幕僚たちが率いる戦隊、そして司令部直率戦隊の各艦は適切な迎撃軌道を取るのに失敗した。右往左往する各戦隊の中を〈ヤマト〉が駆け抜けて迫ってくる。
「司令、これは……」
 ガンツが唸るように言う。このままだと、〈ドメラーズIII〉と〈ヤマト〉が一対一で並行戦を行う事になる。
「してやられたな」
 ドメルが苦笑混じりに言った。
「まったく……あいつらは全員鍛えなおしですな」
 ハイデルンが肩をすくめてみせる。若手幕僚三人が敵のインターセプトに失敗し、まさかの一騎打ちに持ち込まれるという嘆くべき状況だが、それでもこの二人に悲壮感はなかった。
「この〈ドメラーズIII〉が伊達ではない事を敵に見せてやろう。砲雷撃戦用意。艦長、指揮は任せる」
「承知しました。お任せを」
 ドメルの指示にヴェムが答えた。その間にも敵艦を示す光点は急激に近づき、やがて〈ドメラーズ〉をやや追い越したところで、彼我の距離が固定された。いち早く反転加速に成功した〈ドメラーズIII〉が、敵艦と並行したのだ。
「全主砲および右舷側副砲、撃ち方はじめ!」
 ヴェムの指示と共に、各砲門が一斉に砲撃の火蓋を切る。だが、ほぼ同時に敵艦に青い光がきらめいた。
〈ヤマト〉も発砲したのだ。



―〈ヤマト〉第一艦橋―


 艦体に激震が走り、一部の乗員が悲鳴を上げて席から投げ出された。これまでの戦いで〈ヤマト〉は幾度も被弾の経験があったが、この衝撃は冥王星で反射衛星砲の直撃を受けて以来の強烈なものだった。
「各部署、状況知らせ!」
 沖田の命を受け、被弾箇所の情報が集まってくる。
「左舷の少なくとも四箇所に直撃弾を受けました。左舷第二高角砲群全滅。第七船倉もやられました!」
「左舷第三層通路付近で火災発生。現在応急作業中です!」
 それらの報告を受けて、真田が直ちに応急作業の細かい指示を出し始める。これについては真田に全面的に任せることにして、沖田は古代を見た。
「こちらの攻撃はどうなっている」
「こちらも最低四発は直撃させましたが、大した損害にはなっていないようです」
 古代は答えた。敵艦は巨大なだけあって、ダメージを吸収する艦内容積の大きさで〈ヤマト〉を凌駕するものを持っているようだ。望遠映像を見ると、被弾箇所から煙を噴いてはいるものの、速度も落としておらず軌道に揺らぎもない。
「第二斉射、照準よし。撃えっ!」
 一方で、砲戦を指揮する南部は自らを精密機械の一部と化し、照準と射撃を繰り返す。再び放たれた斉射は、九発中四発が命中弾となり、敵艦の巨体に爆発光が煌いた。
「四発命中! 各砲塔、そのまま照準を固定! 全力射撃を続行せよ!」
 報告と指示が合わさった南部の声を掻き消すように、敵の反撃が有効弾となって〈ヤマト〉の艦体を打ち据え、貫く。不気味な振動と物の壊れる音、乗員の悲鳴が艦内を木霊した。
 
 

―〈ドメラーズIII〉艦橋―


 同じ光景はこちらでも繰り広げられていた。報告と対処指示が慌しく飛び交い、乗員の間に焦燥と混乱を広げていた。
「第三砲塔被弾! 応答ありません!」
「右舷第四区画被弾! 全装甲板貫通されました! 大規模火災発生! 現在応急作業中!」
「右舷星間物質収集装置、壊滅状態です! 隔壁閉鎖します!!」
 損傷を示す艦内状況パネルの青色発光が見る間に増えていくのを見て、ドメルは歪んだ笑みを浮かべた。
「なんという奴だ……このガミラシア級にここまでの打撃を与えられる敵が存在したとはな」
 この〈ドメラーズIII〉を含むガミラシア級特級戦艦は、各方面群の旗艦クラスとして建造された動く司令部であり、敵に最後のとどめの一撃を与える戦艦部隊の要となる存在だ。その火力、防御力は全ガミラス宇宙艦隊でも最強クラスであり、過去に一対一の戦いで互角の能力を示した敵戦艦は現れたことがない。
 だが、今ここに初めてそれだけの戦闘力を持った怪物が出現したのだ。今はまだ致命的な損傷は発生していないが、主要区画の重装甲を正面から貫通できる相手だけに、いつ大損害が発生するかわからない。
「敵に与えた損害はどうか!」
 被害報告を受ける合間に、ヴェムが砲術オペレータに確認の指示を出す。しかし、返ってきたのは最強戦艦を預かる身として忸怩たる、としか言いようのないものだった。
「敵艦、依然健在です! 速力、砲戦能力に衰えありません!」
「くそ、十発かそこらは当てたはずだぞ。何故沈まん!?」
 ハイデルンが苛立ちと驚愕の入り混じった声を上げる。ガミラシア級戦艦の火力を持ってすれば、とうに決着が付いていて然るべきはずの戦い。しかし、これには一つの理由があった。
 かつて、20世紀半ばまで海上王として君臨した戦艦の設計には、一つのセオリーがあった。それは「自艦の搭載する主砲に決戦距離で撃たれても耐えられること」と言うものである。時が流れ、戦艦が宇宙において復活した時もこの設計思想は受け継がれており、〈ヤマト〉は自分の主砲に耐えられるだけの防御力を備えている。そして、偶然にも〈ヤマト〉と〈ドメラーズIII〉の主砲火力はほぼ同等のものであった。つまり、決戦距離での戦闘においては、〈ヤマト〉はかなりの割合で〈ドメラーズIII〉の砲撃を無効化できるのである。
 一方、ガミラスには実はそうした思想はない。巨大な軍事力を運用し、同等の国家と覇を競ってきたガミラスにおいては、艦艇でさえも基本的には消耗品であるという考えが根付いている。流石に旗艦として使用され、簡単に撃沈されてはならない戦艦の防御力についてはそれなりに考慮されているが、地球側ほど徹底したものではなかった。その差が、この砲戦において〈ドメラーズIII〉はバイタルパートを撃ち抜かれ、〈ヤマト〉は耐えているという結果を生んでいた。
 やがて、彼我の「防御力」の差がはっきりと目に見えて現れ始めた。〈ヤマト〉と〈ドメラーズIII〉の距離が開き始めたのだ。
「遅れているぞ。機関どうした!」
 叱責するヴェムに、機関長が青ざめた声で答える。
「機関出力が維持できません。被弾のダメージが大き過ぎて、各所でエネルギー伝導管や冷却システムが分断されています」
 その答えにヴェムが唖然とした表情になる。一方、一騎打ちになって以降沈黙していたガンツは、唇を噛み締め、ポツリと漏らした。
「やはりそうか……この艦では奴には勝てない」
 その艦橋に満ちる喧騒に掻き消されそうな声を聞き取ったのは、ドメルだった。
「やはり? こうなる事が分かっていたのか、ガンツ」
 じりじりと開く距離に、〈ドメラーズIII〉からの砲撃は〈ヤマト〉を捉えなくなっている。向こうも攻撃より逃走を優先しているためか、止めを刺そうという動きは見せないが、これが本当に戦艦同士の一騎打ちだったら、〈ドメラーズIII〉は為す術なく敵の攻撃を一方的に受けて、ここで撃沈される羽目になっていただろう。
「あるいはこの艦なら、とも思いましたが……地球の戦艦は妙に防御力が頑強なのです」
 ガンツは答えた。〈ヤマト〉出現以前の太陽系での戦いもそうだったが、圧倒的に技術面で優位に立ち、火力においても勝るガミラス艦をもってしても、地球戦艦を撃沈・戦闘不能に陥れることは難しかった。在来型戦艦との最後の戦いとなった第一次冥王星海戦でも、シュルツ艦隊は沖田の旗艦〈八洲〉の撃沈には失敗している。
「そうか……技術面で互角ならば、奴の方が防御力が高いと言う事か」
 ドメルはガンツの説明を素直に受け入れた。ガミラス本国では未だに〈ヤマト〉を侮る声が高く、ここまで幾度もガミラス軍の攻撃を退けて生存し続けている事についても、ただの幸運か、ガミラス側指揮官の無能で片付けられることが多い。
 だが、ドメルは実際に干戈を交えてみて、そうした偏見が誤っていることを確信した。〈ヤマト〉は手強い。おそらくガミラスの歴史に永遠に残すべき最強級の敵手だ。
 その〈ヤマト〉は、今やレーダー画面からも消えようとしている。このまま次元境界面へ向かい、断層空間から離脱するつもりだろう。
「良かろう。今日のところは勝利を譲ろう」
 ドメルは言った。それは長年常勝不敗を謳われた男が、初めて認める敗北だった。驚く幹部たちの前で、しかしドメルは復仇を誓う言葉を口にした。
「だが、今回だけだ。次は私が勝つ。必ずな。そのためにも、皆には一層の協力を頼む」
 次の瞬間、ハイデルン、ガンツ、ヴェムをはじめとする将兵たちは一斉に敬礼し、誓いの言葉を口にした。
「必ず貴方に勝利を捧げます、我らが提督!」
 そこには既に掌中に収めた筈の獲物に逃げられた敗北感は微塵もなく、来るべき勝利を渇望する熱気だけが存在した。
 
 この日、竜と狼は初めて相見えた。それは彼らが繰り広げる幾度もの死闘、そのほんの序章に過ぎなかった。
 
 地球滅亡の日まで、あと260日。

(つづく)


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