SPACE BATTLESHIP "YAMATO"
EPISODE:1 Hope for tomorrow Part4,Section3


宇宙戦艦ヤマト

第一部 遥かなる星イスカンダル

第二十九話 「暗き大河の淵」


マゼラニック・ストリーム中流域 ガミラス軍バラン星前線基地


 バラン星の微かな光に照らされ、ゆっくりと公転するバラン星基地。そこに一群の艦艇が接近してきたのは、エルダーウッド球状星団で〈ヤマト〉がゲール艦隊を殲滅した三日後の事だった。先頭を行く、〈ヤマト〉はもちろん、太陽系侵攻艦隊やゲール艦隊の旗艦だった〈カンプルード〉級戦艦を凌駕する巨艦の威容に、機雷戦母艦〈ウディエイド〉のバローマ艦長が感嘆の溜息を漏らす。
「特級戦艦〈ドメラーズIII〉……来たのか、宇宙の狼が……」
 やがて、艦隊は小惑星をくりぬいたドックエリアの各所から延びるフレキシブルアームに接続され、停泊体制に入った。旗艦から飛び立った内火艇がゆっくりと桟橋に接近し、ボーディングブリッジが内火艇のハッチと接続されると、一人の偉丈夫がそれを潜って桟橋に降り立った。
「ここがバラン基地か……悪くない」
 いかにも最前線基地らしい機能一点張りの無骨な内装。それが常在戦場を心がけるこの名将には、心地よく感じられたらしい。バローマ大佐は基地を代表して進み出ると、ガミラス式敬礼で到着者を出迎えた。
「ようこそバラン基地へ。現時点での司令および最先任士官代行のバローマであります。ドメル提督の着任を心よりお待ちしておりました」
 バローマの不思議な挨拶に、到着者――ドメルが首を傾げる。
「出迎えご苦労。だが、どういう事だ、司令および最先任士官代行とは? 基地司令のゲール中将はどうした」
 バローマは周囲の士官と顔を見合わせ、やはりな、と言う表情になった。
「御存知なかったのですね。ゲール司令は戦死されました。〈ヤマト〉と交戦し、返り討ちにされたようです。司令部も全滅です」
「……私の着任まで攻勢に出るなと言っておいたはずだが」
 ドメルは呆れたように言った。
「だが、ゲールは一つ良いことを教えてくれたな。〈ヤマト〉侮りがたし……」
 自信過剰な面はあれど、ゲールは決して無能ではない。ドメルもそう評価していた。その彼が率いる艦隊を全滅させたのだから、彼が狩るべき相手は間違いなく強敵だ。
「まぁ、君が司令代行と言うことはわかった。では、再先任士官代行とは?」
 ドメルがもう一つの言葉の意味を聞くと、バローマは医務室のある方向を手で指した。
「本来の最先任士官ですが、重傷のためまだ加療中です。数日中には動けるようになると思いますが」
 その名を聞くと、ドメルの顔に強い興味が浮かんだ。
「なるほど。それは会わねばなるまい。話は出来るのか?」
「ええ、短時間であれば」
 バローマはドメルの質問に答えると、医務室へ新任司令を案内した。そのベッドに横たわっていた患者は、来訪者に顔を向け、それが誰だか悟ると、慌てて身を起こそうとした。
「そのままで良い。無理をするな、ガンツ大佐」
 ドメルの労りに、加療中の最先任士官――ガンツはそれでも上半身のみを起こして敬礼で答える。
「いえ、大丈夫です。着任されたのですね、ドメル提督」
 ガンツもバランに戻ってくる途中で、ドメルが銀河系方面軍の司令長官として赴任し、〈ヤマト〉撃滅の指揮を執る事になった事情は聞いていた。
「うむ。君の報告については、ここに来る途中で全て目を通してあるが」
 ドメルは答えた。現在最も詳細な〈ヤマト〉との交戦記録であるガンツの報告書は、今後の戦いに欠かせないピースだ。しかし、それ以上に必要なのは――
「君自身の見識と経験も、私に貸して欲しい。対〈ヤマト〉専任の、特命参謀の椅子を君に用意した。私を補佐してもらいたい」
 ドメルの言葉に、ガンツは残された左目を見開き、そして怪我を思わせない力強い敬礼で答えた。
「全力を尽くします、提督」
 ガンツが負傷に負けない闘志と、それに振り回されない理知を持っていることを認め、ドメルは目を細め、信頼を込めて言った。
「よろしい。艦隊は補給の後、五日以内には出撃する。それまでに体調を整えておいてくれ」
「はっ!」
 ガンツは頷き、そしてある事を思い出した。
「ドメル提督、〈ヤマト〉の行方なのですが、実は……」



〈ヤマト〉

 その頃、〈ヤマト〉はエルダーウッド星団を既に四千光年以上後方に見ながら、マゼラニック・ストリームの中を進んでいた。敵襲も途絶え、ワープも快調に行われている。
「間もなくワープです。跳躍予定距離580光年」
 島の報告に、艦長席の沖田は頷いた。
「よろしい。全艦対跳躍体制を取れ」
 そう言って、シートベルトを締める沖田。古代たち幹部要員もそれに習った。
「今日二回目のワープか」
 古代が言う。太陽系を出てから100日が経ち、初期には多発したワープ酔いなどの問題点も解消が進んで、今ではもう不快感に悩まされることもなくなった。
「快調だな。怖いくらいだ」
 古代の言葉に、自動操縦に切り替えた島が頷く。
「ああ。最近はワープ距離も一気に伸びて、これまでの行程の遅れを取り戻せそうな希望もでてきたし」
 真田が重力場ミラーエンジンを組み込んで強化した波動跳躍機関は劇的にワープの限界距離を延ばしており、真田はさらに改造すれば一度に千光年程度のワープも可能なのではないか、と見通しを立てている。その真田が言った。
「だが、こういう時こそ、思わぬトラブルに注意が必要だ。航路上に障害はないか?」
 それは隣席の航法担当、太田に向けられた言葉だった。
「ありません。強いて言えば、この中性子星が注意対象ですが」
 太田が答えたのは、二百光年ほど先に位置する中性子星だった。「PSR2187+29」の識別記号が与えられている。バラン星同様、かつて銀河系内にあった星がマゼラニック・ストリームができた時の銀河系と大マゼラン銀河のニアミスによって元の位置から引き剥がされ、銀河系外空間に漂流してきたものと見られている。
 地球の数百億倍と言う超重力を持つ中性子星は、ブラックホールほどではないが、危険なコンパクト天体の一つだ。その重力で周囲の空間が歪められているため、ワープ中の船はその重力勾配によって意図しない位置にワープアウトする危険性がある。また、余り近づきすぎればその重力に引かれて脱出できなくなるし、それ以前に半径数百天文単位にわたって、人体に有害なレベルの超高強度の電波を放出してもいる。
 しかし、そんな事は航海計画においては織り込み済みだ。安全なワープコースは割り出してあり、中性子星の影響を受けずにそこを通過できるようにしてある。
「うむ……だが、高重力領域を突っ切るワープは初めてだ。一応、予期せぬトラブルへの備えは必要だな」
 真田が言う。彼の頭の中では、起こりうる事態が幾通りも弾き出され、そのリスクが計算されているのだろう。
「何か、予定変更の必要はありますか?」
 島の質問に、真田は首を横に振った。
「いや、今のところは必要ない。予定通りワープしてくれ」
「了解」
 島は操縦桿から右手を離し、ワープのレバーに手をかける。
「波動エンジン、フルドライブ問題なし。重力場ミラーエンジンユニット、動作正常」
 徳川が報告する。乗員たちが注視する前方の空間に、重力場発生を示す揺らぎが発生する。似たようなものが後方にも発生し、銀河系の光を揺らめかせているはずだ。
「ワープシステムオールグリーン。秒読みを開始します」
 島が右手に力を入れながら言う。
「5……4……3……2……1……ゼロ、ワープ!」
 島がレバーを引くと同時に、〈ヤマト〉はまばゆい青の光芒に包まれて、超空間に突入した。ここまでは、もう慣れ親しんだいつもの行程。
 しかし、次の瞬間〈ヤマト〉はまるで水の塊にでも突入したように激しく振動し、艦内の電灯が明滅した。明らかに異常な事態だった。
(な、何事だ!?)
 全員がそう思うと同時に、〈ヤマト〉全体に、直前のそれを遥かに上回る凄まじい衝撃が走った。固定されていないあらゆるものが投げ出され、椅子に座っていた者も、全身を巨大な手ではたかれたような激烈な衝撃と共に、その意識を失っていた。



バラン星基地

「超次元ビーコンブイを破壊した?」
 ガンツの報告に、常に冷静さを崩さないドメルも目を丸くした。
「はい。〈ヤマト〉に信号をキャッチされ、解析されては、要らぬ情報を彼らに与えかねないと判断しました」
 ガンツはそう言うと、その更に奥にある期待について話した。
「それに、上手く行けば奴を罠に嵌めることができるかもしれません。地球人にあれの知識があるとは思えませんから」
 ドメルは頷いた。
「確かにな……我々とて、あの現象に気付き、それによって生じる問題を解決するには、膨大な時間と犠牲が必要だったものだ」
 まだワープ機関を使い始めて一年にも満たない、広大な銀河間宇宙ではよちよち歩きに近い足跡しか持っていない地球人。彼らはまだその利便性にのみ気をとられ、その恐ろしさを知らない事だろう。ドメルは口元を微かに歪め、罠に落ちるであろう彼らの絶望を思い描いた。
「……では、艦隊は演習場で待機させる事にしよう。良い事を教えてくれた、ガンツ君」
「恐縮です」
 ドメルの言葉に笑みを浮かべるガンツ。破壊したブイはガミラス軍にとっても、航路の安全を確保するための必須設備であり、独断での破壊は懲罰ものだったが、ドメルはそれを是としたのだ。それだけ、ガンツの取った処置が〈ヤマト〉を確実に斃す事に寄与すると認めての事だった。
 
 

〈ヤマト〉

「う、うう……?」
 古代は自分のうめき声で目を覚ました。目を開けると、光を失った艦橋正面のメインディスプレイが視界に入った。椅子の背もたれが倒れ、仰向けの状態になっていたらしいと理解する。それと同時に、ワープ直後に何らかの異変が起き、気絶するほどの衝撃を受けた記憶が蘇ってきた。
「いったい何が……敵の攻撃か?」
 古代はベルトを外し、まだ少しふらつきながらも、立ち上がることに成功する。艦橋内を見渡すと、意識を取り戻したのは自分ひとりだけのようだった。とりあえず、隣の席で操縦桿に倒れこんでいる島の身体を揺する。
「島、起きろ。島!」
「む、むう……?」
 幸い、島も怪我などはしていなかったようで、すぐに意識を取り戻す。が、まだ現状をはっきり認識できていないらしい。
「古代……一体なんだ?」
「俺にもわからん。何か起きたのは間違いないんだが」
 古代は島の意識がはっきりするのを待って、ほかの乗員を起こしにかかる。沖田まで含め、艦橋内の全員が目覚めたのは、それから五分ほど後の事だった。
「真田君、状況を説明してくれ」
 意識を取り戻し、頭が働いてきた沖田がまず取り掛かったのは、現状の確認だった。
「まだ、はっきりした事はわかりません。ワープ中の事故だったのは確かです。現在、ワープシステムのログを解析にかけています」
 真田はさすがに冷静なもので、既に自分の仕事を始めていた。次に、沖田は雪に尋ねる。
「レーダーに反応はあるかね?」
「今のところは何も。現在、最長レンジに探査範囲を広げて反応が出るか見ている所です」
 答える雪の見ているレーダーパネルには、何も移っていない。ワープ前までは岩塊などの小天体がいくつも見えていたので、これは明らかに異常な事態だ。何よりも異常なのは……
「それにしても、ここは一体どこなんでしょうかね」
 相原が僅かに怯えを含んだ口調で言う。艦橋の窓からは、常に〈ヤマト〉の進行方向に見えていた大マゼラン銀河が見えなくなっており、空間全体が淡い緑の光を放っているような、不思議な光景が広がっている。
「ガス星雲のど真ん中にでもワープアウトしたかな?」
 太田が言う。もしそうなら、ガスが邪魔をしてレーダーが効かなくなる可能性はあるが、それにしても何も映らないというのは解せない。まして、この航路上には強力な電波を放射するパルサーがある。その電波はキャッチされてもいいはずだ。
「解析が終わりました」
 その時、真田がそう報告した。全員が真田の席に集まる。
「……なんだ、これは」
 沖田がログを覗き込んで首をかしげた。そこには本来現在の座標や、ワープの跳躍距離等が全て表示されるはずなのだが、それらの情報は全て「UNKNOWN」、つまり不明と言う単語で埋め尽くされていた。
「真田君、説明がつくかね?」
 沖田が先を促すと、真田は冷静な中にも、やや焦りと悔恨を滲ませた口調で答えた。
「申し訳ありません。おそらく、これは私の想定漏れです。強重力場を横切ってワープする際の、重力場ミラーエンジンの挙動に関する考察が不足していました」
「そうか、あれか……」
 真田の説明に、深刻そうな表情で頷く沖田。一方、訳が分からないのは他の乗員たちだった。
「えーっと、つまり、どういう事でしょうか?」
 代表して相原が尋ねると、真田は目の前のディスプレイに一つの図面を表示させた。格子模様が描かれた平面の上に球体が置かれ、その部分だけ平面がへこみ、模様がゆがんでいる図形。
「これは、重力の説明ですか?」
 太田が聞くと、真田は頷いて説明をはじめた。
「重力が空間の歪みの現れである事は、君たちも知っていると思う。我々の航路上には大型の中性子星があり、その強重力場は広い範囲で空間を歪ませていた。だが、この程度の歪みは本来ワープの挙動に影響を与えない」
 真田が言いながらコンソールを操作すると、図面上に〈ヤマト〉のシンボルマークが表示された。その進路を示す線は格子模様の歪みに影響される事なく、まっすぐに伸びている。
 しかし、真田がもう一操作すると、〈ヤマト〉もまた平面上に小さな歪みを発生させ、図形全体に無視できない規模の変形を生じさせる。それと同時に、それまでまっすぐだった航路がその状態を保てずに蛇行し始める。
「いま、この〈ヤマト〉には重力場ミラーエンジンが搭載されている。このエンジンは一定の強度の重力場の中で動作させると、その重力源に引き寄せられる性質があるようだ。そのため、〈ヤマト〉は予定の航路を逸脱し、中性子星に引き寄せられる形で進んでしまった」
 真田が事前に気付かなかったのはその事だった。なるほど、と言う声が上がる。しかし、わからないのは――
「で、ここはどこなんでしょうか? 航路を逸脱したとは言え、ワープアウトしていれば何処かの宇宙空間には出ているはずです。しかし、ここは普通の宇宙空間とは思えない」
 太田が更に質問する。真田はそれに頷いて答えた。
「おそらく……余剰次元内の超重力によって発生した時空断層だと思う」
 自然界には四つの「相互作用」と呼ばれる力がある。素粒子間に働く強弱二つの核力(強い相互作用、弱い相互作用)、電磁気力(電磁相互作用)、そして重力(重力相互作用)である。
 このうち、重力相互作用は飛びぬけて微弱な力である。電磁相互作用と比較すると、その強度は一兆分の一の一兆分の一の、そのまた百億分の一しかない。地球大の天体が持つ重力でさえ、天井に貼りついた小さな磁石を落とす事ができない事を見れば、重力の弱さと言うものが分かるだろう。
 何故重力だけが弱いのか。それは、重力が普段我々が暮らしている三次元宇宙に重なるようにして存在する、無数の高次元――十一個あるとも、二十六個あるとも言われるそれにも同時に作用しているからだ、とされている。つまり、無数の次元によって「薄められた」重力しか、三次元世界では感じ取ることができないと言う訳だ。
 こうした目に見えない高次元世界を「余剰次元」と呼ぶが、つまりそこには重力の「本来の強さ」が存在している事になる。普段は意識することがないこの世界だが、ワープによって時空を超えて航行する時には意味を持ってくる。
 ブラックホールや中性子星など、三次元世界ですら歪めるほどの大重力天体が存在する時、その周囲の余剰次元は更に歪み、ところによってはプレート運動で歪んだ地殻が断裂するように、次元自体が裂けて断層を作り出す。そこに、今の〈ヤマト〉のように自身が強い重力を発生させている物体が飛び込めばどうなるか――
「その答えがこれだ。我々は自身の重力により、時空断層内で急ブレーキがかかった状態になり、停止してしまったんだ」
 真田が説明を終えた。おそらく、重力場ミラーエンジンの使用さえなければ、〈ヤマト〉は意識する事もなくこの断層を通り抜けて、元の時空へ復帰できていただろう。
「理由は分かりましたが、問題はここから脱出できるかどうか、です」
 島が言って、真田の顔を見る。
「うむ……基本的には、ワープを行えば脱出はできるが、問題はこの断層内から元の三次元世界を観測できない事だな」
 真田が答えた。どの次元にも属さない時空断層の隙間には、他の世界の情報が入ってこない。闇雲にワープを行った場合、最悪いきなり恒星の内部などにワープアウトしてしまう可能性もある。そうなれば、〈ヤマト〉は一巻の終わりだ。それを聞いて、クルーの間に動揺が走る。しかし。
「だが、断層である以上この世界の大きさには限りがある。どこかに、隣接する世界との次元境界面があるはずだ。その近くでなら、ワープに必要な観測情報も得られるだろう。真田君、すぐに次元境界を観測する方法を開発して欲しい」
 沖田が動じる事無く指示する。
「わかりました。すぐにかかります」
 真田は敬礼して指示に応え、会議室から出て行く。それを機に、会議は散会と決まった。
 
 第一艦橋に戻った古代と島はそれぞれ持ち場に就いたが、今のところやる事はない。真田の知識と技術が、この状況を打開してくれるのを待つだけである。まず口を開いたのは古代だった。
「しかし、本当に真田さんは凄いよな。あの人がいなかったら、この旅はここで終わりだよ」
「そもそも、始まってもいない気がするな」
 相槌を打つ島。古代も島も、それぞれ自分の専門分野における技量には自信があるが、代わりのない人材だと言うほど自惚れてはいない。そもそも、艦は二十四時間運行され続けるが、人員は三交代制であり、二人とも休息時にそれぞれの席を預ける部下たちがいる。自分たちが戦死したり、何らかの理由で任務に就けなくなっても、彼らがそれを引き継いでこの航海は続くだろう。
 しかし、沖田を除けば真田の存在感は別格である。彼にも有能な部下はいるとは言え、真田ほど広範な知識と技術を兼ね備え、かつ実質的に艦の副長を務められるほどの人望を持つような人間は他にいない。数少ない「掛け替えのない人材」なのである。
 強いて言えば、たまに真田が口にする友人として、大山と言う技術士官が自分に匹敵する能力の持ち主だと言う話なのだが、今大山は〈ヤマト〉に乗っていない。地球で〈アリゾナ〉をはじめとする未完成のEX級大型戦艦や、波動エンジンを搭載した次期主力艦の設計・建造の指揮を執っているという話である。
「できれば、その大山って人にもこの旅に着いてきて欲しかったけどな」
「とは言え、地球を技術面で守る人材がいるのも確かだしな」
 そんな会話を続けていたその時、突然雪が声を上げた。
「レーダーに反応あり。前方百二十宇宙キロの位置に何かがいます」
 咄嗟に会話を打ち切り、それぞれの情報ディスプレイを睨む古代と島。南部、太田、相原も緊張と共に姿勢を正して、いつでも動ける体制に入る。一方、沖田は雪に確認の言葉を投げた。
「森君、何を捉えた? 詳細な報告を頼む」
 雪は素早く情報を読み取り、そしてやや困惑した表情ながらも答えた。
「反応からみて、金属質の構造体です。大きさは二百メートル前後。ただ、エネルギー反応はありません。速度、秒速二十キロ前後。動力航行を行っているのではなく、漂泊状態と思われます」
「敵艦か?」
 古代が聞くと、雪は首を横に振った。
「不明です。反応パターン的には、ガミラス巡洋艦との合致率が最も高いですが、三十パーセント以下」
 それを聞いて、沖田は一瞬目を閉じて考え込んだが、それも数秒の事で、すぐに目を見開いて命令を下す。
「これより探知した目標を"甲"と呼称する。島、"甲"に接近。慎重に行け。古代、全艦第一種戦闘配備。ただし、命あるまで発砲を禁ずる」
「了解、機関室、機関出力上げ。第三戦速」
「了解。全艦第一種戦闘配備、艦載機隊出撃準備為せ」
 命令に島と古代が間髪入れず応え、事故以来漂泊していた〈ヤマト〉は再び生気を吹き込まれて動き出した。
 
 三十分ほど進み、目標"甲"との距離が半分ほどに縮まったところで、太田が報告した。
「目標を光学カメラの視界に捕らえました。映像を正面スクリーンに出します」
 一同の視線が映し出された映像に集中し、そして雪の報告があやふやだった理由を理解した。
「ずいぶん壊れてるな……」
 島が言うそれは、確かにガミラスの巡洋艦だった。ただ、船体はまるでザルのように撃ち抜かれ、いたるところで向こう側が見通せるほどの穴が開いている。その被弾時の破片と思しき、捻じ曲がった装甲板や船内の機器類が周辺を漂っており、被弾跡と共に船体のレーダー反応パターンを乱していた。
「戦闘の跡でしょうか?」
 疑問を口にする相原。戦闘で撃破された艦なら、この次元断層内にこの艦を破壊した何者かが潜んでいる事になる。しかし、それを否定したのは南部だった。
「いや……戦闘だったら、普通ここまで被弾したら艦は木端微塵に爆散しているはずだ。おそらく、これは演習標的だ」
「演習標的? なんでわかるんだ」
 やはり疑問に思う太田に、古代が続けて答える。
「爆散しなかったのは、弾薬や燃料など、爆発物、可燃物の類を徹底的に除去したのと、動力炉が稼動してなかったからだろう。うちでも実艦標的をつかって射撃演習をする時は同じようにするよ」
「あと、主砲が全部正位置にあるのも、これが非戦闘状態で破壊された証拠だと思う。戦闘中なら敵の方を向いてるはずだ」
 南部がさらに証拠を重ね、太田も相原も納得の表情になったが、問題は――
「と言うことは、ガミラスは恐らくこの時空断層の存在を知っていて、ここを演習場として使用している……そういう事になるな」
 沖田が一同の到達した懸念をそう語る。今更ながら、全員がガミラスの進歩した科学力について痛感した。自分たち地球人が半ば偶然に迷い込み、脱出する方法も不明なこの空間を、彼らは自由に使っているのだ。
「しかし、逆に考えると敵がこの空間に出入りするための、何らかのマーカーのようなものがあるかもしれません。それを探し出せば、真田さんに頼らなくても脱出可能ではないでしょうか」
 沈んだ空気を払うように、雪が明るい声で提案する。沖田は頷くと、提案した雪と補佐としての相原に命じた。
「森、相原。マーカーやそれからの発信と思われるシグナルがないか、探してみてくれ。古代、当面第一種戦闘配備は継続する。敵がいつここへ来ても迎撃できるように準備を頼む」
『了解!』
 命令を受けた三人が復唱し、〈ヤマト〉は脱出へ向けた準備を更に進めることとなった。
 
 最初に「それ」に気づいたのは相原だった。
「うん? これは……」
 相原は耳に当てていたレシーバーの位置を直すと、神経を耳に集中させる。
「どうした?」
 古代がその様子に気付いて相原に声をかけると、彼は真剣な表情で「静かに!」と古代を黙らせ、目の前のコンソールを操作していく。そして。
「……間違いない。艦長、信号を捉えました。ガミラスの航路誘導用ビーコンです」
 相原は言った。太陽系でも、小惑星帯やエッジワース・カイパーベルトなどの微小天体が多い航海上の難所では、ガミラスはビーコンを設置して安全な航路を確保しようとしている。それを破壊・あるいは拿捕して解析を行うのも軍の任務だった。従って、ビーコンの固有信号パターンは地球も持っている。
「そうか。良くやってくれた……どうした?」
 沖田は相原の努力を称賛したが、すぐに相手の表情に曇りがあることに気付いた。相原は頷くと自身の感じた懸念について答えた。
「この信号ですが、元から発信されていたのをキャッチしたと言うより、ついさっき突然出現したように思えるのです。信号の強度が強すぎる」
「なに? まさか……」
 相原の推測が指し示す危険性。それに沖田が気付いた時、それを裏付けるように雪の鋭い報告が飛んだ。
「レーダーに反応! 敵影発見しました! 数……少なくとも五十以上! うち一隻は未知の高強度反応です。おそらく、超大型の戦艦です!」
 雪はそのまま、レーダー画像を正面スクリーンに投影する。
「くそっ! やっぱり敵は知っていたんだ。この場所を。ここに俺たちが迷い込む可能性が高い事を!」
 古代は叫んだ。スクリーン上のガミラス艦隊は四つの縦列陣が並行して進撃してくる、典型的な戦闘陣形を組んでいる。完全な臨戦態勢であり、交戦距離に入り次第、いつでも〈ヤマト〉を袋叩きにできる準備が整っていた。
「島、反転百八十度。撤退だ」
 沖田が命じる。この陣形を見ただけでも、敵の力量はわかる。明らかに第一級の精鋭部隊だ。準備もなしに勝てる相手ではない。
「了解!」
 島が操縦桿を倒し、〈ヤマト〉はその場から離脱する。だが、その背後から無言で圧力をかけるように敵が迫る。
 逃げ場のない次元の檻の中、決死の逃走が始まろうとしていた。
 
 地球滅亡の日まで、あと261日。

(つづく)


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