SPACE BATTLESHIP "YAMATO"
EPISODE:1 Hope for tomorrow Part4,Section2


宇宙戦艦ヤマト

第一部 遥かなる星イスカンダル

第二十八話 「古き森のベヒモス」


エルダーウッド球状星団

 銀河系と大マゼラン星雲を結ぶ長大な気流――マゼラニック・ストリーム。その銀河側の入り口にあるのが、エルダーウッド球状星団である。「古木の森」を意味するこの星団には、既知宇宙で最古の恒星が含まれており、その名に相応しい輝きを放っている。
 球状星団は大きいもので数十万個の古い――百億歳以上の恒星で構成され、銀河系本体の周りを数億年かけて公転する、文字通り球状の星々の集まりである。その密度は非常に濃く、中心部では恒星間の距離が0.1光年しかない部分がある。太陽系と隣のアルファ・ケンタウリ星系の距離が4.3光年である事を考えれば、その密集ぶりがわかるだろう。
 今〈ヤマト〉はその星々の中を進んでいた。地球上で言う一等星以上にあたる明るさの星が、視界いっぱいに広がっている様は、さながらネオン街を歩くような気分を乗員たちに与えていた。
「間もなくオクトパス星雲です」
 雪が報告するまでもなく、艦の前方には巨大な蛸が足をいっぱいに広げているような、そんな形の赤い星雲が見えていた。
「艦長、観測データを取りますか?」
 真田が沖田に尋ねる。
「うむ……本業に差し支えない程度にな」
 沖田が答えた。頷いてセンサーを作動させる真田。もし地球に持ち帰ることが出来れば、宇宙物理学研究上の貴重なデータとして、大いに歓迎されるはずだった。
「まさか、これを肉眼で見ることが出来ようとはな」
 沖田は言う。彼も宇宙物理学者の一人だ。地球からははっきりと見ることの出来ない、宇宙の大自然が生んだ奇跡の造形には興奮を覚えずにはいられない。
 オクトパス星雲は、かつてこの星団を構成していた星のひとつの亡骸だ。おそらく十万年程度昔、この星雲の元になっていた恒星が寿命を迎え、その身を構成していたガスを宇宙にゆっくりと放出した。
 それ自体は、宇宙ではごくありふれた星の死の形に過ぎない。しかし、このエルダーウッド星団のように星同士が極めて密集している空間では、そのガスの挙動が宇宙の他の場所とは全く異なっていた。
 普通なら、こうしたガスは中心部に白色矮星を持つ、球形の惑星状星雲として形成される。しかし、ここでは周辺の星からの恒星風が強すぎて、ガスは球状に拡散できず、風圧の弱いところにもぐりこむように広がっていった。その結果、蛸が足を広げたような、特異な形状の星雲が形成されたのだ。
 加えて、通常のガス星雲に比べると密度が濃い上に、中心部の白色矮星のみならず、周辺星の恒星風によっても加熱されるため、これまた蛸の体色に似た、赤く燃えるような特徴的な色合いを持つ。銀河系内では決して見られないタイプのガス星雲だ。
 ――というのは、地球上での観測結果を元に導かれた想定。それが正しいかは、今からの観測が答えを出してくれるはずだった。
 
 世の中には思わぬ幸運というものがある。ここで真田がセンサーをオクトパス星雲に向けたことは、その一つだった。もしこの時、沖田が軍務を優先して観測を許可していなかったら、〈ヤマト〉の航海はここで終わっていたかもしれなかった。
 
 最初に「それ」を捉えたのは、真田がオクトパス星雲に向けていたセンサー群のうち、動体センサーだった。星雲の中を高速で移動する何かを、そのセンサーが検知したのだ。
「……ん?」
 訝しげに首を傾げつつ、真田は最初その反応を誤検知かと考えた。オクトパス星雲はせいぜい0.05光年程度の差し渡ししかない代わりに、密度の濃い高温ガスの塊だ。仮に小惑星のようなものがあったとしても、星雲の中ではあっという間に融解・蒸発してなくなってしまうはずだ。艦艇ならば、装甲板の耐熱強度次第で融解は免れるかもしれないが、中の乗員はあっという間に蒸し焼きになり、冷却の利かない精密機械はたちまち火を吹いて機能を停止するだろう。
 つまり、普通ならこのガスの中を何かが動いていると言う事は考えにくいはずなのだ。しかし、その反応は誤検知にしては余りにはっきりしており、しかも強度が次第に増してくる。つまり――
「みんな、聞いてくれ。オクトパス星雲の中を何かが高速でこっちへ接近中だ! 警戒しろ!」
 真田は叫んだ。最初に反応したのは雪だった。
「技師長、何かとはいったい?」
 ロジックを重んじ、明確な事以外は極力口にしないようにしている真田が珍しく曖昧な事を言ったため、雪も何か危険が迫っている事を感じ取り、レーダーのセンシング機能を上げていたが、こちらにはまだ何も捉えられていない。
「わからん。だが、虚像や誤探知じゃない。何かがいるのは間違いない!」
 真田が答えた時、雪が見ているレーダーに複数の光点が出現した。同時に真田の見ているセンサー群の反応が一気に増大する。
「レーダーに反応! ビデオパネルに切り替えます!」
 雪が叫んで、レーダー解析画像を中央大パネルに投影させると、どよめきが第一艦橋に満ちた。
「な、何だあれは? あれもガミラスの兵器なのか?」
 相原が言う。そこに写っていたのは、オクトパス星雲の赤い輝きをバックに浮かび上がる、五体の巨大なエイのようなシルエットだ。しかし、エイではない証拠に、巨体の後部からロケット噴射のような赤い炎を放ち、宇宙空間を疾走してくる。そのコースは完全に〈ヤマト〉と衝突する線を描いていた。
「アンノウンの速度……マッハ20以上! 全長、全幅共に50mを超えます。重爆……いえ、駆逐艦クラス!」
「島、回避運動に入れ。古代、南部、直ちに迎撃だ」
『了解!』
 雪の報告に沖田が迎撃を決断し、命令を下すと幹部三人がそれぞれの仕事にかかる。古代が対空ミサイル、南部がパルスレーザーにデータを入力し、島が操縦桿を引いた。しかし、やや遅れてアンノウンもまた進路を変更し、〈ヤマト〉への衝突コースを維持した。
「くそ、やっぱりガミラスのミサイルか何かか! 迎撃ミサイル、発射します!」
 古代は毒づきつつ、前甲板のMk-88VLSに信号を送り、対空ミサイルを十発、アンノウン一体に二発ずつの割り当てで発射する。150Gという猛烈な加速で飛んだミサイルは僅か数秒でアンノウンを直撃し、猛烈な爆炎がその巨体を覆い隠したが、それも一瞬の事で、まるでダメージなどなかったかのように突進を継続している。
「ミサイルが効かない!? なんて丈夫な奴だ!!」
 古代はうめきながらミサイルの再発射を準備するが、目標が速過ぎて間に合わない事を悟ると、島、南部に声をかけた。
「済まん、後は頼む!」
「仕方ないな!」
 島が答えながら操縦桿を操るが、アンノウンの方が機動性が高いため、どんどん接近してくる。沖田は命じた。
「島、回避は難しいようだ。敵に対して直交する位置を取れ。南部、射角に捉え次第、全高射兵器を動員してアンノウンを撃て」
「了解!」
 島がタイミングを見計らって進路を変更すると、左舷の全パルスレーザーと副砲がアンノウンを射角に捉えた。南部はすかさず全力射撃コマンドを打ち込んだ。
「全対空兵装、発射します!」
 その声と同時に、まず副砲が火を噴いた。主砲よりは低威力とは言え、これも立派なフェーザー砲であり、駆逐艦クラスの軽艦艇なら一撃で爆砕するだけの火力を持つ。放たれた光線は二体のアンノウンを貫いた。それは爆発こそ起こさなかったが、機能は停止したらしく、惰性で漂うだけの存在に成り果てる。
 しかし、パルスレーザーは大した効果を挙げなかった。残る三体に向けて青白色の光条が雨のように降り注ぐが、アンノウンはそんなものはまるで気にも留めていないかのように無視して突進してくる。
「くそっ、ダメだ! 副砲第二射急げ!」
 南部が命じるが、間に合いそうにない。しかし、その時相手に異変が起きた。突然、一体が身をよじると〈ヤマト〉との衝突コースを離れ、別方向へ飛び去っていく。続いて、残る二体も同じような反応と共に進路を変えていく。やがてそれはオクトパス星雲の方へ戻っていった。
「なんだ? 南部、何か相手にダメージを与えたのか?」
「いえ……反応を見るに、燃料切れのようですが」
 古代の問いに答える南部。確かに、さっきまで激しく噴射していた尾部ノズルからの炎は弱々しく瞬くだけになっている。
「よし、連中が再襲撃してくる前にここを離れる。島、最大戦速だ」
「了解」
 沖田の命令に、島が操縦桿を引き、〈ヤマト〉はその場を急いで離れ始めた。


オクトパス星雲から980天文単位の空域

 半日後、オクトパス星雲が背後に遠く離れたところで、真田のアンノウンに関する解析が終わり、大会議室で幹部乗員によるブリーフィングが開かれた。
「では、真田君。始めてくれたまえ」
「はっ」
 沖田の開始の合図に頷き、真田は解析したアンノウンの立体画像を会議室中央に表示させた。
「これが先ほどのアンノウンをスキャンし、立体画像化したものです」
 一同の視線が画像に集中する。ほぼ全員が改めて思ったことだが、このアンノウンはエイ、それもマンタなどと呼ばれるオニイトマキエイに酷似している。ひし形の胴体先端部に大きな開口部があり、その反対側には長い尾。だが、尾の付け根にフレキシブルに可動するノズル状の機構が存在しており、これが噴射口だろう。古代は頭部のほうに回り、開口部を覗き込んだ。「口」の中には縦に並んだ板状の機構が存在しており、ヒゲクジラ類のヒゲを思わせる。それを透かして、後部のノズルに続く空洞が見えていた。
「航空機とエイを足して割ったみたいだな……本当にこれは兵器か?」
 古代は言った。宇宙を飛んでいるときから、このアンノウンは生物的な印象があったが、こうして見るとますますその感が強まる。ガミラスの兵器はどれも魚類等を思わせる有機的なデザインだが、それよりもさらに生物寄りだ。
「うむ、古代の言う事は半分は当たっている。これはおそらく兵器として製造されたものではない。宇宙生物を転用した、ガミラスの生物兵器だと思われる」
 真田が言うと、場に驚きが広がった。
「生物兵器? こんな生き物が存在するんですか?」
 太田の問いに、真田は頷いて立体画像の横に立つ。
「センサー・レーダーの反応を解析した結果、このアンノウンは表面が極めて柔軟かつ強靭な有機金属の組織で構成されていると判明した。非常に耐圧・耐熱性に優れた素材だが、その内側に、さらに強靭な有機金属と炭素繊維が混じった複合素材製の骨格が存在すると見られる」
 真田が画像を変化させ、骨格を露出させると、再び場にざわめきが満ちた。それは、確かに生物の骨格そのものの構造で、明らかに人工物ではない。
「どのような環境で進化した生物なのかははっきりとは言えないが、おそらく高圧・高温の環境――木星のようなガス惑星の大気深層部あたりを故郷とする生物ではないかと思われる。この開口部はエアインテークとしても機能し、大気中の有機物等を吸い込んで、このヒゲで漉しとって摂取するのだろう」
 真田は再度画像を全体像に戻し、口を指して説明すると、後部ノズルの方に回る。
「そして、口から吸い込んだ大気を体内で圧縮・加速して後部から噴出する事で飛行すると言うわけだ。噴出ガスがプラズマ化していた事を考えると、電磁加速式の可能性もあるな」
 そこまで説明した時、島が疑問の声を上げた。
「待ってください、技師長。ガス惑星出身と言いましたが、あいつらはオクトパス星雲から出てきましたよ。あそこに住んでるんじゃないんですか?」
 その疑問に賛同するように顔を見合わせる相原と南部。しかし、真田は首を横に振った。
「いや、それはない。これは、私が奴を生物兵器と判断した理由でもあるが、オクトパス星雲は誕生して数万年ほどの若い星雲だし、金属をほとんど含んでいない。これほど複雑な、それも有機金属を組成とする生物が進化できる環境じゃない。どこからか連れて来られたと考えるのが妥当だ」
「なるほど……そんな事ができるのはガミラスしかいないでしょうね」
 真田の説明に納得したのか、島が言う。
「しかし、そうなると今後ガス星雲やガス惑星に接近するたびに、こいつの襲撃を受ける可能性がありますね」
 古代は言った。ガス星雲はともかく、ガス惑星は航行中の資源供給先として貴重な存在だ。すこしずつ宇宙空間に流出して目減りしていくガス資源だけでなく、その衛星からは金属や水が得られる。そこに立ち寄れなくなれば航海計画にとって大きな障害となるのは間違いない。
「そうだな。どうやってガミラスがその生物を操っているか……それがわかれば対処のしようもあるんだが」
 島が相槌を打つと、それまで幹部たちの発言を黙考と共に聞いていた沖田が、目を開いて一歩進み出た。視線が集中する。
「対処法についてはわしに腹案がある」
 沖田は言うと、アンノウンの口の上に、二列に並んだ球体状の器官を指した。
「これを見てほしい。おそらく、これは奴の感覚器官だ。目のような、光を感じる器官だろう」
 沖田の言葉に真田が頷いた。
「私もそう思います。宇宙空間では情報を伝達できるのは、事実上光を含む電磁波のみですから。先の襲撃では情報が取れませんでしたが、彼らが光を使って周囲を探り、あるいは情報をやり取りしている可能性は高いと思われます」
「という事は、連中をパルスレーザーで撃退できたのは……」
「眩しかったからだろうな」
 南部の言葉を古代が苦笑と共に続けた。おそらく、レーザーがこの感覚器官を直撃した事で、アンノウンは「目が眩んだ」のだろう。航宙戦闘機を一弾で爆砕するパルスレーザーを直撃されて「眩しいだけ」というのも恐ろしい話だ。
「だが、それがわかれば対処のしようはある。真田君、この生物用の閃光弾は作れるかね?」
 沖田の言葉に、真田は自信ありげに頷いた。
「パルスレーザーと同じスペクトルの光を放つようにすれば良いのですね。まぁ一日もあれば弾頭に仕込めるくらいは作れるでしょう」
 どうやら、既に対処法を考えていたらしい。技術者・真田志郎の面目躍如である。次に沖田は太田の方を見た。
「太田、航路上にさっきの生物が潜めそうなガス星雲は何箇所ある?」
「は……三箇所ですね。もっとも近いものは十八時間後に通過の予定です」
 太田がタブレットを操作しながら答える。
「少し速度を落として、閃光弾が揃ってから通過するようにしますか?」
 島が質問の形で沖田に意見を具申した。沖田は頷き、島に航海計画の修正を命じた後、言葉を続けた。
「多少時間が欲しいので、好都合だな。もう一つこの生物への対処は検討すべき点がある」
「それはいったい?」
 相原が質問すると、沖田は相原だけでなく、全員を見渡して答えた。
「ガミラスが、この生物を操る方法だ。どうやって命令を与えているのか……それがわからなければ、完全にこの生物を兵器として無力出来ない」
「確かに……」
 真田があごに手を当てて考え込む。
「問題は、この生物がどの程度の知性を持つかですね……佐渡先生、何か意見はありませんか?」
「ん? ワシにか?」
 真田が声をかけたのは、意外にも佐渡だった。とは言え、佐渡は獣医としてもある程度の知識を持つ。その経験を踏まえ、少しずつ佐渡は答えを整理していく。
「そうじゃな……まっすぐこっちに向かってくるだけで進路を複雑に変えたりはしなかったんじゃろ? なら、おそらく知能はさほど高くはないな。良くて犬猫ぐらいか。調教はできるが、あまり複雑なお使いは出来ないレベルじゃ」
「なるほど、ありがとうございます」
 佐渡に礼を言って、真田は考察を続けた。
「佐渡先生の意見を踏まえて考えると、おそらく状況を観察できる程度の距離に、ステルス機かステルス艦を配置して、そこから命令を送るパターンでしょう。事前に与えた命令を自律的に判断して遂行させる事は出来ないと考えます」
「では、そいつを排除すれば、命令を与えられなくなったこの生物は、こっちを攻撃してくることはなくなりますね」
 古代が言うと、真田はニヤリと笑った。
「うむ。いくらステルスでも、この生物に何らかの信号で命令を与えている以上、完全に反応は消せまい。センサーの感度を上げておくから、始末は頼む」
「了解です」
 古代も笑顔で頷く。
「では、準備にかかってくれ。それと、いつまでも"この生物"では言い辛いな。そうだな……"シンカー"と呼称する。では、解散」
 沖田が会議の締めくくりを宣言しつつ、敵に名前を与える。
「了解!」
 全員が敬礼し、それぞれに"シンカー"との再戦に向けて準備を始める。次の遭遇が、〈ヤマト〉と"シンカー"の決戦になるはずだ。
 

ゲール艦隊旗艦〈ヴィグラウド〉

 一方、"シンカー"ことバラノドンのうち、生き残った三匹を回収・輸送準備を整えたガミラス艦隊では、ゲールが苛立った表情を見せていた。
「小癪な〈ヤマト〉め……逃げ延びよったか」
 バラノドン特攻作戦に絶対の自信を持っていたゲールとしては、大きな不満の残る結果だった。五体も特攻させてやれば、戦艦であろうと撃破出来るはずだったのだが……
(まぁ、そうだろうなぁ)
 作戦参謀は覚めた目で憤懣やるかたなし、と言った風情の上官を見る。計算上はバラノドンを五体もぶつければ戦艦を撃沈するだけのダメージを与えることは可能だし、実際ガミラス軍の大型戦艦なら間違いなく沈むだろう。だが、ぶつけられる方も当然回避運動や迎撃は行うのだ。ただぶつけられるのを待つだけの獲物などいない。
 にも拘らず、ゲールは相手をまだ未開の野蛮人として侮蔑しており、自分の作戦に抵抗等できないと妄信している。だが、シュルツやコルサックと言った、ガミラスでも経験豊富な宿将を討ち破った相手を、そう舐めてかかっていいものだろうか……
 しかし、作戦参謀は何も言わなかった。ゲールがそういう耳に痛い意見を無視するどころか、意見を言った相手を逆恨みするタイプの「暴君」であることは、バラン星赴任以来何度も思い知らされている。
(とは言え、ツボにはまれば無能ではない。上手く上官のテンションを誘導するのも、我々の仕事だからな)
 人格的にいろいろ問題はあるが、中将まで昇進しただけあって、決してゲールは無能なだけの人間ではない。この作戦をうまく行かせれば、帝都凱旋や、もっとマシな上官の下への転任も可能だろうと、作戦参謀は意識を切り替える。それは、この司令部のゲール以外の人間が全て心得ている事だった。
 
 
 
メイプルリーフ星雲近傍空域

 翌日、やや速度を落として進んだ〈ヤマト〉は、次のガス星雲に差し掛かっていた。オクトパス星雲と同じ過程を経て形成された不規則形状の星雲だが、オクトパス星雲の深紅とは対照的に、成分にバリウムが多いために新緑のような濃い緑色で、メイプルリーフ星雲と呼ばれている。
 実はメイプルリーフ星雲のほうがオクトパス星雲より発見されたのが早く、この美しい葉が球状星団全体を森に例えてエルダーウッドと命名するきっかけとなっている。もしオクトパス星雲の方が早く発見されていたら、星団の名前も海に由来するものになっていたかもしれない。
 しかし、今の〈ヤマト〉にはそうした秘話を思い起こす余裕のある者もなく、全てのセンサーを星雲に向けて索敵中だった。いつ"シンカー"が現れてもおかしくない状況に、緊張が徐々に高まる。
「今のところ異常なし……」
 センサー群を睨む真田が報告するが、それを受けて行動する古代、南部も自らメインパネルを睨み、異変を見逃さないようにしている。兵装の多くは星雲を指向し、いつでも全力攻撃に移る準備を整えた状態だ。
(来ないか。まだ来ないか……)
 古代が何度目かそう思ったとき、真田が鋭い叫び声をあげた。
「来たぞ! 今データを戦術システムに送る!」
「メインパネル、拡大投影します!」
 それに続いて、雪もパネルの焦点距離を切り替え、そして驚きの声を上げた。
「数が増えてる……!」
 さっき二匹を撃破したはずの"シンカー"が七匹、横陣を組んで星雲表面から浮上してくる。後部から噴き出すプラズマジェットは先ほどと違い緑色で、星雲のガスを吸い込んで放出していると言う真田の推論が裏付けられていた。
 が、今はそれに構っている余裕はない。南部は火器管制パネルを叩いた。昨日とは異なり、使用するのは主砲だ。
「一番、二番主砲、ストロボ弾頭弾装填、発射!」
 南部がボタンを押し込み、ズシンと言う艦内に響く振動を残して、一発1.7トンもある砲弾が0.05光速で打ち出される。それに対して、"シンカー"は敏速に身を翻して直撃を避けようとした。さすがに、彼らに命令を与えているガミラスも、これが昨日の低威力の対空ミサイルとは違うとわかったらしい。しかし。
「起爆!」
 ミサイルが"シンカー"の群れと交錯した時を狙って、南部は砲弾を自爆させた。次の瞬間、メイプルリーフ星雲の輝きを圧する青い閃光が宇宙に満ちた。その光を浴びた"シンカー"は、悶絶するように身を震わせ、動きを止めた。
「よし、成功だ!」
 真田が叫ぶ。パルスレーザーと同スペクトルだが、数千倍も強烈な光を放つ特性の閃光弾。言わば、超特大のスタングレネードだ。その強烈な光の衝撃は、"シンカー"を一発で気絶させたのである。
 そして、この光にはもう一つ狙いがあった。"シンカー"の群れから少し離れた空域、それまで何もなかった場所で、その光を「何か」が反射したのだ。
「あれだ! 古代、捉えたか!?」
「ええ、行けます!」
 沖田の言葉に答え、古代は対空ミサイルにデータを与えた。
「発射!」
 舷側八連装対空ミサイルランチャーのハッチが開き、対空ミサイルが高速で撃ちだされる。それに気付いたのか、目標――"シンカー"に命令を与えていた指令機があわてて機首を翻すが、それより早く至近距離でミサイルが爆発する。直撃こそなかったが、破片で損傷でもしたのか、それはよろよろと空域を離れて行った。
 撃墜失敗――だが、古代はニヤリと笑って言った。
「成功です、艦長」
「よし。森君、敵影は捉えているか?」
 古代の報告を受けて沖田が聞くと、雪も振返って頷く。
「はい、しっかり捕捉しています」
「よろしい。奴の行方を見失うなよ」
 沖田が命じると、〈ヤマト〉はまだ気絶している"シンカー"の群れに背を向け、ゆっくりと進み始めた。
 
 
ゲール艦隊旗艦〈ヴィグラウド〉

「失敗だと……どういう事だ!」
 戻ってきた指令機に搭乗しているバラノドンの操作オペレータの報告に、ゲールは目を吊り上げた。
『敵艦はバラノドン対策に何らかの新兵器を開発したようです。その兵器の攻撃でバラノドンは沈黙。本機も攻撃を受け、損傷しました』
 オペレータの報告は落ち着いたものだったが、ゲールは手にしていた指揮杖をへし折ると、艦橋の床に叩き付けた。
「ええい、何たることだ! 〈ヤマト〉め、ふざけた真似を!」
 怒鳴り散らしながらゲールは目に付いたものに八つ当たりをする。椅子を蹴飛ばし、バーフ茶の入ったカップを薙ぎ払う。その怒りの発作が収まるまで、数分の時間がかかった。
「司令、いかがしましょうか」
 ゲールがやや落ち着いた――というより、疲労で暴れるのをやめたところで、参謀の一人が声をかけた。
「……どうするもこうするもない。いったん引き上げだ。指令機を収容次第、バラン星基地に帰投する」
 バラン星赴任以来、苦心して作り上げたバラノドン特攻隊を無効化されたのはなんとも腹立たしいが、それでもバラン星に帰れば、無尽蔵のバラノドンがいる。それらで飽和攻撃を仕掛ければ、いくら新兵器を持ったところで〈ヤマト〉などひとたまりもあるまい。そう思い直し、ゲールは艦隊に収容されようとしている指令機の動きを見守った。艦隊を示すシンボルマークに、指令機を示す光点が……
 光点だと? 陰行機(地球で言うステルス機)なのに?
 敵味方識別信号よりも、レーダー反応のほうが大きい事に気付いた時、ゲールは身に迫る危機の存在に気がついた。あれは指令機の光点ではない、と。確かに彼は完全な無能ではなかった。惜しむらくは、感情の爆発を数分間優先させた、その自制心の欠如だっただろう。
「いかん、全艦直ちに現空域を――」
 離脱せよ。その命令を、ゲールは言い終える事ができなかった。次の瞬間、彼方から恐るべき速度で迫ってきた純白の閃光が、指令機と彼の艦隊を同時に呑み込んだのだ。
(馬鹿な! この私がこんな辺境空域で――)
 最後まで自分を滅ぼしたのがその高すぎる自尊心だった事に気付く事もなく、ゲールとその指揮下の艦隊は次元振動波の奔流の中で素粒子レベルに分解され、宇宙から消滅した。
 
 
 
〈ヤマト〉

「波動砲、命中を確認――敵全艦消滅しました」
 古代が遮光ゴーグルを外しながら報告すると、沖田は頷いた。
「こう上手く行くとは思わなかったな」
 敵生物兵器に指示を与えているステルス機、またはステルス艦が近くにいる、と言う推測を元に、本当にそれが見つかった場合は、あえて完全撃破せず、手傷を負わせて本隊との合流に誘導し、そこを一気に殲滅する。沖田は昨日からの24時間でその作戦を立て、それが見事に成功したのだった。
「これで、当分心配は要らないだろう。島、航海計画を再検討し、昨日からの遅れを取り返してくれ」
「了解です」
 沖田の命令に、島は明るい声で答えた。
「あら、これは……」
 その時、怪訝な声を上げたのは雪だった。
「どうした、森君」
 真田が近寄ると、雪はレーダーパネルを指差した。
「"シンカー"たちが意識を取り戻したみたいです。星雲に戻っていくようです」
 そこには、七つの光点が身を寄せ合って、ゆっくりとメイプルリーフ星雲に戻っていくのが映し出されていた。
「故郷から遠く引き離されて、こいつらどうなっちゃうんでしょうね」
 相原が言うと、真田は少し考え、明るい口調で答えた。
「このメイプルリーフ星雲は、オクトパス星雲と成分が違っていて、やや温度が低く、金属の含有量も多い。案外、ここが気に入って定住するかもな」
 それを聞いて、乗員たちは七つの光に視線を向ける。地球人と同じように、ガミラスの勝手に翻弄された生き物たち。そう思うと、恐ろしげな怪物に見えていた彼らに、少し親近感が湧くようだった。
「そうか……お前たちも生き残れよ」
 古代はそう言って"シンカー"を見送る。今の地球からは失われた緑の海が、新たな住人を歓迎してくれる事を祈って。
「さて、我々も行くとしよう。彼らに負けないようにな」
 沖田が言う。襲撃を切り抜けた〈ヤマト〉はマゼラニック・ストリームの河口に向けて再び航海を始めた。
 
 地球滅亡の日まで、あと268日。

(つづく)


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