SPACE BATTLESHIP "YAMATO"
EPISODE:1 Hope for tomorrow Part4,Section1


宇宙戦艦ヤマト

第一部 遥かなる星イスカンダル

第二十七話 「宙の凶獣」

バラン星
 バラン星は〈ヤマト〉が目指すマゼラン星雲への架け橋、マゼラニック・ストリームのただなかに浮かぶ、銀河系とマゼラン星雲の間の道標のような星である。その位置は両銀河のほぼ中間地点になる。
 バラン星がこの位置にある理由は、良くわかっていない。ガミラスでは十数億年前の銀河系とマゼラン雲のニアミス時に、どちらかの銀河から放り出された、と言う説と、昔は別の恒星の伴星だったものが、主星の超新星爆発によって吹き飛ばされ、今の位置まで漂ってきた、と言う説が混在している。
 この星は直径が地球の二十二倍、約二十五万キロ。質量は木星の五十倍ほどもある巨大なガスの塊で、上層大気が自らの熱でぼんやりと光っている。誕生直後は恒星の様に核融合反応で輝いていた時期もあるが、質量が小さいために反応を維持できず、今はかつての余熱で僅かに光っているだけだ。このような星は褐色矮星と呼ばれている。
 その大気圏上層を、一機のガミラス機が飛んでいた。戦闘用ではないらしく、特に武装はついていない。しかし、その機体は恐るべき力を従えていた。
 ガミラス機の後方、約十キロ。高度差三十キロほどの位置を、巨大な何かが追走している。外見的には地球のエイ……特に沖縄近海などに良く棲息しているマンタに似ているが、遥かに巨大だ。横に大きく開かれた口の幅は二十メートルはあるだろう。その口に相応しく、身体は幅八十メートル、長さ百五十メートルはあり、尾と側面のひれのような部分を巧みに動かして、バラン星の摂氏千二百度を超える水素とヘリウムで構成された、濃密で熱い大気の中を泳いでいる。
 良く見れば、同じ影は他に五つあった。いずれもほぼ同等の雄大な体躯を持つ生物だった。
 そう、これは生物なのである。ガミラスでは「バラノドン」と呼んでいた。

 バラノドンはバラン星の現住生物で、バラン星の熱い大気の中で活発に繰り返される化学反応の中から生まれてきた。バランの長い歴史の中で、たまに比較的温度の低い大気上層部へ吹き上げられた窒素や炭素などのガス成分が結合して有機物を作り、やはり上昇気流に乗って上がってきた金属成分と結合し、有機金属の結晶を作り出した。
 それは同種の成分を集めて次第に大きくなり、やがて化学反応のエネルギーを源として生きる生物へと進化していった。さらに、自分で結晶を集めるより、他の生物を襲って捕食する方が効率がいい事を学んだ生物も登場し、バランの大気圏内には、化学合成される有機金属結晶を最底辺とする食物連鎖を持つ、多種多様な生命が生まれてきたのである。
 バラノドンはその頂点に立つ巨獣だった。大気を口から吸収し、体内で電磁加速して噴出する事により、高層大気をマッハ二十以上で飛翔して他の生物を襲い、捕食する。特に巨大な固体は、宇宙すら飛ぶことがあり、その体当たりは駆逐艦を撃沈させるほどの威力を持つ。
 実際、ガミラス軍がここに基地を建設するために調査を行った際、思わぬバラノドンとの衝突で、一隻の駆逐艦が轟沈すると言う事故があった。もう一隻、別の駆逐艦が敵襲と勘違いして砲撃を加えたが、柔軟で強靭な有機金属の巨体はその攻撃を針が刺した程度にしか感じなかったらしく、悠々と大気下層部に泳ぎ去った。
 以来、危険なバラノドンの回遊するバラン星の大気上層部は進入禁止の危険地帯とされていたが、このガミラス機はそこを悠々と飛んでいた。
 機体下部にはレーザー発射装置があり、それが断続的に五匹のバラノドンに照射されている。出力は低く、バラノドンを撃ち落とすためのものではない。彼らは発光する器官を持ち、それを明滅させて意思疎通を図っている事が研究でわかってきたため、レーザーを発光器官の代わりとして、バラノドンと「会話」しているのである。
 ガミラス機からのレーザーによる指示を受け、五匹のバラノドンは速度を上げ、ガミラス機を追い越した。衝撃波が軽く機体を揺すぶり、所々に浮かぶ団雲を引きちぎる。そのまま高速で前進する彼らは、前方に浮かぶ何かに向けて突入した。
「バラノドン、〈ヤマト〉に突入」
 機のオペレーターが報告する。そう、その「何か」は今やガミラス全軍の仇敵となった地球の戦艦〈ヤマト〉だった。
 五体合計で十万トン近い質量を叩きつけられた〈ヤマト〉はひとたまりもなくひしゃげ、押し潰され、バランの大気に落下していく。もちろん、バラノドンも無傷ではない。三匹が引き裂かれた外皮から、液体とも固体とも付かない金属質の組織を撒き散らし、遠雷の様な悲鳴をあげながら落ちていく。やがて遥か下の煮えたぎる超臨界水の海に巨大な水柱が立ち、〈ヤマト〉とバラノドンはその海が持つ高熱と還元力によって溶け、分解し、消滅していった。
「実験成功。〈ヤマト〉の撃沈を確認」
 ガミラス機は基地に報告を入れた。


バラン基地
 バラン星から僅かに離れたところを、長径百五十キロ、短径九十キロほどの楕円形の小惑星が周回している。この名もない小さな星が、ガミラス軍にとって現在対銀河系の最前線基地となっている、バラン基地だった。
 小惑星をくりぬいて作られたドックには戦闘艦艇だけで七十隻、補給艦や補助艦艇まで入れれば百隻を超える大艦隊が停泊している。航空機も三百機を数え、〈ヤマト〉が攻略した冥王星基地を遥かに越える防備の固さを誇っていた。
 その基地の主、ガミラス軍中将ゲールは、バラン星で行われた実験の成功に、満悦の笑みを浮かべていた。
「そうか。くくく……〈ヤマト〉め。今日沈めたのはただのダミーだが、本物も同じ運命になるだろう。私が考えたバラノドン特攻隊はまさに無敵よ」
「あの危険な猛獣を攻撃手段として使う事を発想されるとは、さすがはゲール閣下」
 参謀の一人が追従する。ゲールはさらに笑みを大きくした。
「そうだろうとも。だから、本国もネズミ退治は私に任せるべきだったのだ。まぁ、今度こそ私に〈ヤマト〉追討の命が下るだろうがな……」
 そう言ったとき、通信参謀が報告した。
「ゲール閣下、閣下宛に通信が入っております」
「ん? 早速本国からの命令かな。まぁいい。メインパネルに繋ぎたまえ」
 誰からの通信かも聞かず、ゲールは命じた。司令室のメインパネルに映像が転送される。てっきりデスラー総統かキーリング参謀総長からの命令だと思っていたゲールだが、そこに映ったのは、意外な人物だった。
「お前は……生きていたのか!?」
 ゲールは思わず驚きの声をあげた。コルサック艦隊敗北・壊滅という報を聞いた時、既に戦死しただろうと思っていた男の姿がそこにあった。
『……は、生き恥をさらし……おります』
 通信状況が悪いのか、距離があるのか、やや乱れがちの画像と音声ではあったが、それはまさしくシュルツとコルサックと言う二人の故人に仕えた参謀、ガンツ大佐だった。しかし……
「お前……変わったな。その目はどうしたんだ」
 他人を気遣う、と言う事がほとんどないゲールでさえそう言ったほど、ガンツは様変わりしていた。シュルツを失った時から既にかなり痩せていた彼だが、さらに肉が落ち、生気が失せていた。まるで死神のようだ。加えて、右目にコルサック同様、機械式の義眼を取り付けていた。
『先の戦いで……負傷……失明しまして……れを付ける事に……しました』 
「そ、そうか」
 ゲールは頷きながら思った。
(まるで、コルサック大将が地獄から蘇ってきたようだ……)
 そんな非科学的な事を考えさせるほど、今のガンツはかつての彼とは変わり果てていた。
「で、一体どうしたのだ? 生きていたならなぜすぐに連絡を寄越さなかった」
 ペースを取り戻し、居丈高に言うゲールに、ガンツは答えた。
『艦の損傷が酷く……長距離通信が……復するのに時間……かりまして……も十分には回……』
「あー、こっちも良く聞こえておらん。良いから結論を言え。今どこで何をしている」
 苛立ったゲールが言うと、流石に追従者だらけの参謀たちも、負傷し消耗しているガンツに対する気遣いのなさに顔を見合わせたが、ガンツ本人は気にしなかった。
『現在、銀河系外縁部……バラン星まで七万八千光年の位置……バラン基地到着まで一ヶ月の見込みです』
 少し歪んだ画像の向こうでガンツが続ける。
『コルサック閣下の……闘記録を、可能な限……収集しました。本国への転送を……がいします。できれば……ール閣下も参考に……ください。〈ヤマト〉は真に恐るべ……』
「通信参謀、もう切れ。鬱陶しくてかなわん」
 ゲールはそっぽを向いて通信参謀に命じた。
「はっ? し、しかし……」
 戸惑う通信参謀に、ゲールは重ねて命じた。
「聞こえなかったのか? 通信を切れと言ったのだ」
「は、はっ」
 通信参謀は通信を切る振りをして、メインパネルへの転送だけを切った。自分の端末には繋いだままにしておき、こっそりガンツに謝罪した。
「申し訳ありません、ガンツ大佐。貴官の要望は本官から通しておきます」
 戦闘記録の転送を請け負った通信参謀に、ガンツは頷いた。
『頼む……』
 そんなやりとりに気づいた様子もなく、ゲールは苛立った表情で言った。
「ち、死にぞこないがやかましい事を。負け犬の戦訓など不要だ。私は私のやり方で〈ヤマト〉を葬ってくれよう」
 これには、流石に追従の声は上がらなかった。ゲールは気にした様子もなく、一人の参謀を呼び止める。
「作戦参謀、最適の迎撃ポイントは割り出せたか?」
「は……やはり、あの球状星団がベストかと思われます」
 作戦参謀は答えた。彼が示したのは、マゼラニック・ストリームの「河口」に浮かぶ島のような光の粒……地球が「エルダーウッド星団」と呼ぶ星々の塊だった。
「よし、直ちに出撃する」
 ゲールの言葉に、参謀たちは驚きの表情を見せた。
「しかし、本国からの命令は何もありません。独断でそのような事をしては」
「構うものか。戦功さえ上げれば否とは言うまい」
 ゲールは一言で参謀たちの危惧を封じ、窓から見えるバラン星を見上げた。
「こんな陰気な星には飽き飽きだ。〈ヤマト〉を沈めてガミラスに帰るぞ」


ガミラス大帝星
 首都バレラスの郊外にある軍用宇宙港に、第一線の戦闘艦艇だけで百隻を超える大艦隊が入港しつつあった。真紅の艦体を持つ巨大な戦闘空母、その護衛を務める新型駆逐艦。そして、紫色の艦体を持つ、〈ヤマト〉よりも巨大な戦艦。
 ガミラスがかつてデスラー登場以前から敵対してきた、マゼラン星雲内のある敵国と対峙してきた「オメガ戦線」に派遣されていた主力艦隊・ガミラス第一戦闘艦隊である。指揮官の卓越した手腕の下、かつてはガミラスを敗亡の淵に追いやっていた憎むべき敵国を完全に制圧・滅亡させての堂々たる凱旋だった。
 その帰還を多くの市民が歓呼の声で出迎え、武勲を挙げた艦が入港するたびにその声は大きくなっていたが、やがて旗艦から一人の将官が降りてくると、ますますその声は大きくなった。
「ドメル! ドメル! ドメル!」
「我らが英雄!! 宇宙の狼!!」
 そうした市民の歓声の中、タラップから降り立ち、敬礼する将官を、デスラー総統が自ら出迎えていた。
「凱旋おめでとう、ドメル将軍。今日ばかりは、主役は私ではなく君だよ」
 デスラーはそう言って、将官……ドメルを抱擁した。
 ドメルは武勲輝くガミラス軍の中において、若手ながら多大な戦功を挙げ、将来は宇宙軍作戦本部長、参謀総長と言った要職に付く事間違いなし、と評される英傑である。代々多くの軍人を輩出してきた名門の武人一族の出であり、その姓……ドメルは戦艦のクラスネームにも採用されている。元々ドメルとはかつてガミラスに生息していた、地球の狼に似た野獣であり、その剽悍さ、貪欲さで武人の手本とされた。ドメル一族はその野獣の名を姓とし、その名に相応しい勇猛な戦いぶりでガミラスの覇業に貢献してきた。故に……彼らはこう呼ばれる。
「宇宙の狼(ドメラーズ)」と。
「光栄であります、総統閣下」
 ドメルはそう言って笑顔を見せた。デスラーは彼から離れると、控えていたタランに視線を向けた。タランは頷き、紫色の小箱を開き、デスラーに差し出す。その中にはガミラスの国章をアレンジしたデザインの、金の勲章と、真新しい階級章が並んで収められていた。
「ドメル大将、オメガ戦線における赫々たる武勲を称え、貴官にガミラス国家英雄章を授与する。加えて、その功績に報いるため、貴官をガミラス宇宙軍元帥に任ずる」
 デスラーがそう宣言すると、市民がわあっと歓声を上げ、ますます大きな声でドメルを褒め称えた。
「身に余る光栄。感謝いたします」
 一礼するドメルの胸に、デスラーは自らの手で勲章と階級章を取り付けた。そして、全軍の総帥であるキーリング参謀総長が元帥杖を与える。それをドメルが天にかざして民衆に応えると、それまでで最大の歓呼が辺りをどよめかせた。

 港での凱旋セレモニーが終わり、デスラーとドメルは車に乗り込み、総統府へ向かった。その道中、ドメルはデスラーに尋ねた。
「総統、シュルツ閣下とコルサック閣下が戦死されたと聞きましたが」
「うむ」
 デスラーは頷いた。
「そういえば、シュルツは君の……」
「ええ、恩師に当たります」
 ドメルは頷いた。
「まだ私が士官候補生だった頃、士官学校の校長がシュルツ閣下でした。まだ青二才の我々を、厳しくも優しく指導してくださったのを、昨日の事のように思い出せます……戦場から離れられなかったとは言え、葬儀に参列できなかったのが残念です」
 ドメルの目が、どこか遠くを見つめるものになる。デスラーは頷いた。
「私も残念だ。今の地位に就く以前、まだ一介の軍人に過ぎなかった私も、一時はシュルツを上官として仰いだ事もある。良き武人だった」
 そう言って、デスラーはドメルを見た。
「そのシュルツの仇を討ちたくはないかね?」
 ドメルははっとしたようにデスラーの方を向いた。
「総統、それでは……?」
「うむ。君を新たに銀河系方面軍司令官に任じるつもりだ。相手はただ一隻の戦艦だが、ただの獲物ではない。神話に登場する神殺しの暴竜にも比肩すべき猛獣だ。君の狩猟の腕に期待している」
 ドメルは力強く頷いた。
「お任せください。必ずや、かの〈ヤマト〉を討ち取り、総統の悩みを取り払って御覧に入れましょう」
 デスラーはその答えに笑った。
「早くも心は戦場か。君は狼は狼でも餓狼だな。戦いに餓えた狼だ」
 そう言ってドメルの戦意を賞賛し、しかし断固たる口調でデスラーは続けた。
「だが、その前に休暇は取りたまえよ。疲れは判断を鈍らせる。大いに心身を癒し、次なる戦いに赴くが良い。そうだな、シュルツの墓にも参ってやれ。教え子の出世頭が来れば、彼も喜ぶだろう」
「承知しました」
 ドメルは敬礼し、目を閉じる。その瞼の裏には、早くも次の戦いの構図が描かれているかのようだった。


〈ヤマト〉第一艦橋
 激戦を極めたオリオン座近傍空域を離れて二週間。〈ヤマト〉は敵襲に逢う事無く順調に航程を稼ぎ、地球から二万光年の空域に到達しつつあった。この辺りまで来ると星の密度が薄くなり、ほぼ毎日理論上の最大ワープ距離……千五百光年以上を跳ぶ事が可能になっていた。
 今もワープを完了し、通常空間に復帰した〈ヤマト〉の前方には、星のほとんど見えない暗黒の光景が広がっている。振り返れば、今は銀河系のディスクの全景が見えるようになっていた。暗黒の前方と光り輝く後方のコントラスト。今までどんな地球人も見た事の無い光景である。
「ワープ完了。跳躍距離四百十二光年です。次のワープは六時間後を予定しております」
 当直を外れて休息中の島に代わり、操縦桿を握る太田が報告する。普段は航路計算・観測をメイン業務としている彼だが、航海班次席として艦の操縦を担当する事もあるのだ。
「ご苦労。数日後にはいよいよ次のチェックポイント、エルダーウッド星団だな」
 沖田は言った。そのエルダーウッド星団は、暗黒の宇宙の中、正面やや右寄りに、その姿をはっきりと現しつつあった。
 エルダーウッド星団も含む球状星団は、銀河系を包む球状の空間、ハローの中を数億年から数千万年の周期で周回する、誕生から百億年以上経過した古い星々の集団だ。中心部では平均星間距離が十分の一光年と言う極めて濃い密度で星が密集しており、古い星が多いだけに、既に超新星爆発を起こしてブラックホールや中性子星になってしまったものも多い。
 エルダーウッド星団も、二十一世紀末からの観測で、数個のブラックホールと中性子星が存在する事が確認されている。ベテルギウス以上に年老い、不安定になった赤色超巨星も少なくない。
 言うまでも無く危険な宙域であり、当初の航海予定では、迂回して星団外縁を抜けていく航路を進むはずだったが……
「流石のわしも、この中に踏み込むのはぞっとせんな」
 沖田は言った。新しい予定航路は、星の極度に密集した中心こそ外れるものの、星団内を突っ切る形で設定されている。予定の遅れに加え、当初の予定航路に地球からは観測できなかった、かなり大型のブラックホールが存在している事が明らかになったためである。
 宇宙物理学者でもある沖田にとって、老齢恒星の見本市である球状星団内を通るのは、地球にいては決して得られない膨大な観測データを手に入れる機会でもあるが、その老齢星の危険性も熟知している彼としては、平穏な航海であれと祈るのみだった。


銀河最外縁・マゼラニック・ストリーム河口空域
 ちょうどその頃、〈ヤマト〉とエルダーウッド星団を挟んでほぼ正反対の位置に、ガンツが乗る巡洋艦〈ニズベルグ〉がいた。
「大佐、ストリームに入りました。以後標識衛星の指示に従って航行します……が、本当によろしいのですか?」
 艦を操作している航海科の少尉が、艦長席に座るガンツに尋ねる。ベテルギウス上空の戦闘で被弾・大破した〈ニズベルグ〉は艦長をはじめとする幹部乗員の大半を失っており、ガンツが事実上艦長の席を引き継いでいた。この少尉も、本来なら巡洋艦の操舵をするような資格はない。
「かまわん。〈ヤマト〉に与えるデータを少しでも減らすのだ。標識衛星はすべて破壊しろ」
 ガンツの残った左目の奥に燃える黒い炎のような光に、少尉は背筋に寒気すら走るのを感じながら頷いた。
「りょ、了解しました……こちら艦橋。第一砲塔、標識衛星を撃て」
『了解』
 返事があって、唯一破壊されずに機能が生きている第一砲塔が火を吐いた。数秒後、遠くで爆光がきらめくのが見えた。ストリーム内の安全航路を示す標識衛星の最期だった。
「ふふ……〈ヤマト〉よ、この川を穏やかな流れと思っていれば、酷い目にあうだろう。知るが良い。この流れに棲む魔物の恐怖をな」
 ガンツは一人昏い笑みを浮かべる。〈ニズベルグ〉は衛星を破壊しながら、マゼラニック・ストリームを遡上して行った。


バラン星基地
 クレーターの一つを刳り貫いて作った内部ドックへのゲートが開き、艦隊が堂々と出撃していく。ゲールはその一隻、戦艦〈ヴィグラウド〉に座乗し、不敵な笑みを浮かべて前方を見つめていた。
 前進する艦隊の斜め後方、バラン星の方から一隻の艦が追いついてくる。デストロイヤー・タイプの艦を二隻、横に繋げて双胴化したような外観だ。その二つの胴の接合部に、黒いドーム状の構造物があり、かすかに陽炎を発しているかのように見える。その陽炎は後方に流れ、そこには五基の巨大な立方体状の大型コンテナが、艦に続くようにして進んでいた。
 ガミラス特有の、重力波タグボートである。艦内に収容できない重量物……例えば遊星爆弾などを重力波で牽引して輸送するための、専用の特務艦だ。やがて、その艦は艦隊の最後尾に着くと、ゲールに報告を送った。
「ゲール司令、超重量物牽引艦〈バーゲル〉より連絡です。専用コンテナにバラノドンを搭載した、とのことです」
「よし、今の我が軍の主力だ。せいぜい大事に運ばねばな」
 ゲールは満足げに頷いた。コンテナは捕獲し、休眠状態にしたバラノドンを運ぶための、専用ゲージである。中には高熱のバラン星大気と同成分のガスが入っており、今バラノドンはその中で眠りをむさぼっていた。試しにコンテナの監視カメラからの映像を付けてみると、高温のガスの中、発光器官を僅かに光らせたバラノドンが漂っていた。この光り方は、彼が休眠状態である事を示す。
「くくく……見れば見るほど可愛い奴らよ。俺の出世のためにこれほど役に立つ連中は無い」
 ゲールは笑みを浮かべた。この五体のバラノドンは、必ず〈ヤマト〉を葬る事になるだろう。彼の脳内では、既に〈ヤマト〉がバラノドンにまとわりつかれ、為す術もなく破壊され、沈んでいく事は既定の事実になっていた。
 楽観的な司令官に対し、通信参謀は一人苦悩していた。ガンツからのデータを本国に転送する際、彼もそのデータを見ていたのだ。
(ゲール閣下は敵を甘く見過ぎではないだろうか……そう簡単に仕留められる相手とは思えない)
 通信参謀はそう思っていたが、同時に彼は上官であるゲールの性格を、〈ヤマト〉以上に知り抜いていた。ここでゲールに諫言などしようものなら、良くて罵倒、悪ければその場で解任だろう。
 だから、結局彼はゲールに何も言おうとはしなかった。上官の楽観が正しい事を祈る事にしたのだ。その楽観的な上官は命じた。
「全艦隊、バラン星系離脱と同時にワープ。目標、銀河門球状星団」
「復唱。全艦隊、バラン星系離脱と同時にワープ。目標、銀河門球状星団!」


同時刻〈ヤマト〉
「ワープ一分前。各自ベルト着用」
 当直を太田と代わった島が、自分もシートベルトを着用しながら指示する。
「重力エンジン異常なし。ハイブリッドワープ準備完了」
 答える真田。最近の彼の課題は、重力エンジンを島の操作に合わせて自動的にワープに同調させるシステムの開発だが、まだ完成を見ていない。こうして島と呼吸を合わせて操作するしかなかった。
「全艦ワープ準備完了。跳躍予定距離、四百三十四光年」
 島の声を聞きながら、沖田は目を閉じ、沈思黙考していた。
(いよいよ間もなく銀河系離脱……その先は観測データが全く無い空白の海だ。天気晴朗にして波穏やかと行きたいものだが……そうは行くまいな)
 沖田はまだ知らない。前方の目印に、既に敵意が向かいつつある事を。だが、歴戦の将としての勘が、迫りくる脅威の存在を感じ取っていた。
 お互いにその接近を知らぬまま、宇宙開闢以来の星々を舞台に、慎重と楽観が交錯しようとしていた。

 
 地球滅亡の日まで、あと279日。

(つづく)


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