SPACE BATTLESHIP "YAMATO"
EPISODE:1 Hope for tomorrow Part3,Section7
宇宙戦艦ヤマト
第一部 遥かなる星イスカンダル
第二十六話 「埋伏の毒」
ベテルギウス第一惑星 衛星軌道上
死闘を極めたコルサック艦隊との戦いの翌日、〈ヤマト〉は再びベテルギウス第一惑星の軌道上にいた。戦いの被害は大きく、巨星に焼かれた艦体はあちこち熱で劣化し、装甲の隙間にセットする対光学兵器防御用の固体窒素層をはじめとするガス資源も、多くが失われた。
もちろん、修理は急がねばならない。真田は急いで修理計画をまとめていたが、それにかかる前に、儀式をしなくてはならなかった。
戦死者の宇宙葬である。
〈ヤマト〉後部飛行甲板
後部飛行甲板の上に、五十数個の棺が、一つ当たり四人に担がれる形で並んでいる。まず最初に、〈ヤマト〉の長老とも言うべき徳川機関長が進み出て、棺の列に向かって弔いの言葉を述べた。
「戦友たちよ……共に宇宙に生き、宇宙に燃え、今宇宙に散っていった同胞たちよ。その生涯を賭けて挑んできた宇宙の懐に、諸君らを委ねる。君たちの献身、勇気、犠牲を我々は忘れない。さらば戦友よ、永遠に……そしてまたいつか逢おう。遠く時の輪の接するところで」
続けて進み出たのは、地球人ではなかった。最後の戦いを挑み、敗れ去った強襲艦〈アングマール〉で捕虜となったガミラス兵生存者、その中の再上級者だと言う少佐だった。外見的には徳川と変わらないくらいの老境に見えるが、やはり徳川同様、長年軍務に精励してきた人物らしく、きびきびとした動きだった。
「……」
ガミラス語の弔いの言葉が流れ出す。日本語ではだいたい次のような意味だった。
「我らガミラスの戦士を守護したもう軍神よ。今、貴方の元に悲運に倒れた戦士たちを送ります。彼らに一時の安らぎを。そして願わくば、来世においても我ら共に戦列を組まん事を」
祈りの言葉が終わると同時に、第一主砲が弔砲を発射した。赤い宇宙を、青白色の閃光が切り裂くようにして伸びていく。七斉射、二十一発の弔砲が轟き終えると同時に、葬礼指揮官を務める幕の内主計長が命じた。
「葬送! 旅立つ戦士たちに敬礼ッ!!」
地球、ガミラス両国の戦士たちがそれぞれのやり方で最敬礼し、宇宙空間に漂いだしていく棺を見送った。彼らはこの後第一惑星の衛星となり、自分たちの最後の戦場となったこの空間を見つめ続ける事になる。あと数万年のうちに、ベテルギウスは超新星爆発を起こし、その時にはこの第一惑星も、彼らの棺も蒸発するだろうが、やがてその時に飛び散ったガスは再び集まって、新たな星となるだろう。彼らはその時完全に宇宙の一部となるのだ。
やがて、最後の一個の棺が宇宙に流され、見えなくなると、葬列は解散した。弔辞を読んだ捕虜代表のガミラス人少佐が、幕の内主計長のところに言って、頭を下げた。
「我々の死者も弔ってくださった事に感謝する」
幕の内は首を横に振った。
「礼なら艦長に言ってくれ。あんた方の葬儀参加を許可したのは艦長だ」
ぶっきらぼうな口調で答えてから、少し考えて幕の内は自分の考えを付け加えた。
「正直、俺はあんた達の死者も弔うことには反対だった。たぶん、俺と同じ気持ちの連中も多いだろうな。軍人同士の戦いなら、礼儀を尽くすにやぶさかじゃないが、この艦には……いや、今の地球人の大半は、あんた達の無差別な攻撃で、軍人じゃない家族や友人を殺されてる。そんな無慈悲な連中に礼など尽くす必要はない、とな」
ガミラス人少佐は一瞬気圧されたような表情になった。幕の内の言葉に、押し殺されてはいるが、熱く激しい怒りの感情を感じ取ったのだろう。だが、毅然とした態度で彼は答えた。
「弁解はしない……詫びる事も。我々の方にも、そうせねばならぬ事情はあるのでな。だが、そうやって死んでいった人々の存在は、心の中に留めておこう」
幕の内は頷いた。下手に弁解などされるよりは、まだそう言われた方が納得できる。その会話を最後に、捕虜たちは監視の兵に促され、収容場所である艦底近くの船倉に戻された。しかし、そこは本来資材倉庫であり、間もなく補給物資をそこに収めなくてはならない。そのため、〈ヤマト〉の幹部乗員たちは、捕虜を返還する事を決定していた。しかし……
「まだ、ガミラスからの反応はないのか?」
沖田の質問に、相原通信長は頷いた。
「ええ。沈黙を守っています。聞こえていないはずはないのですが」
半日前、捕虜返還を決定した沖田は、通信ブイを放出させた。そのブイは〈ヤマト〉本体の位置が発覚しないように、ベテルギウス星系外縁まで航行した後、地球標準語とガミラス語で捕虜返還に関するメッセージを発信した。
『こちらは地球連邦宇宙軍所属、戦艦〈ヤマト〉。先のベテルギウス上空の戦闘において、貴軍将兵七十二名を捕虜としている。本艦は彼らの身柄を貴軍に返還する用意がある。同意あらば返信されたし』
しかし、十二時間経った今も、同意不同意に関わらず、返信はなかった。捕虜の供述や情報分析からしても、この空域のガミラス軍は完全に壊滅したわけではなく、非戦闘任務艦艇とその護衛が数隻残っているはずなのだが……
「ガミラスは、捕虜を不名誉とする文化だったかね、水島君?」
沖田が聞いたのは、水色を基調とした、連邦宇宙軍の軍服ではない制服を着た人物だった。水島空彦。連邦内務省の治安情報局より中尉待遇の軍属として派遣されている技官で、尋問のエキスパート。また語学に関しても天才的な才能があり、ガミラス語とイスカンダル語を通訳装置無しで話す事ができる。そうした技術を持って、航海中にガミラスと接触した場合の様々な措置を任されている男だった。
「今までの尋問の限りでは、そのような文化ではないようですね。刀折れ矢尽きるまで戦い抜いた勇者として賞賛する文化のようです」
水島は答えた。彼が言うには、ガミラス人は武断的な性格で、軍人たちの意識も地球で理想とされる護民官としての軍人よりは、中世〜近世の騎士や武士の精神に通じるところが多いと言う。
「ですから、捕虜を見殺しにする……と言う事は無いでしょう」
と、水島は締めくくった。
「そうなると、こちらの捕虜送還の申し出に返事がないのは、何故だろうな?」
島が首をひねった。
「向こうは司令官を失っているからな。本国にお伺いを立てているのかもしれない。まぁ、数日はここで修理をせねばならんのだ。もう少し返事を待とう」
沖田はそう言って、一同を解散させた。
ガミラス大帝星
コルサック艦隊壊滅、と言う敗報は、生き残った僅かな艦……機雷敷設艦〈ウディエイド〉艦長からの報知により、まずそれを受け取ったヒス副総統を通じて、既にデスラー総統の知る所となっていた。
「あのコルサックが敗れたか……」
デスラーは執務机に肘を突き、その上に顎を乗せて目を閉じた。コルサックの事を考え、しばし物思いにふける。
(あの老人には悪い事をしてしまったな)
そうデスラーが考えたのは、コルサックから戦艦や空母の増援を求める要望が来ていたのを、戦力に余裕無しとして却下していた事だ。もっとも、そこにはコルサックの謀才を持ってすれば、〈ヤマト〉を討ち取る事ができるだろう、と言う信頼もあったのだが。
しばらくして、デスラーは目を開いた。この件についての指示があると見たヒスは、背筋を伸ばしてそれを待った。
「コルサックには済まぬが、此度は国葬というわけには行くまい。シュルツに続いての敗北。国民に動揺を与えたくはないからな」
「……致し方ありませぬな」
デスラーの言葉にヒスは頷いた。彼としても意見は同じであった。それに、片付けねばならない問題はコルサックの葬儀の事ばかりではない。
「実はもう一つ、〈ヤマト〉に対する懸案がございます」
「何かね?」
ヒスの言葉に、デスラーは顔を上げる。
「コルサック提督と共に、最後の攻撃に参加した将兵の中に、生き残って捕虜となった者がいるそうです。〈ヤマト〉から、その身柄を送還したいとの申し出が出ており、〈ウディエイド〉艦長より、その対処についての指示を求めております」
「捕虜が……? ふむ、そうか……」
デスラーは考え込んだ。願ってもない話だった。捕虜たちは直接〈ヤマト〉を見聞し、乗組員とも話をしただろうから、未知の強敵である〈ヤマト〉に関する重要な情報源である。ぜひとも身柄を返してもらいたいところだ。
だが、ガミラス流の美徳として、捕虜送還に対してはこちらも捕虜を返す事で誠意を示さねばならない。しかし、今のガミラスは地球人捕虜を持っていないのだ。
(いや……いる事はいるか。ただ、返すには手間が大きすぎるな。ならば、何か代わりの物を差し出すとしよう)
デスラーは考えを纏め、ヒスに指示した。
「では、そのように」
ヒスは頷き、もう一つの懸案を話した。
「して、コルサックの後任として〈ヤマト〉を討つ任務を誰に与えますか?」
「順当にいけば、ゲール中将だろう」
デスラーは答えた。ゲールは対銀河系侵略の中間補給基地、バラン星で基地および駐留艦隊の司令をしている。現在最も〈ヤマト〉に近い前線の司令官だ。
だが、デスラーは何か物足りないな、と思った。ゲールは決して無能ではないが、いささか自意識過剰で、敵を甘く見る傾向があるようだ。補給などのルーチンワークを任せるには問題ない働きをしているが、戦闘任務でこちらの期待通りの働きをしてくれるかどうか……
とは言え、急に別の司令官を送り込むのも面倒だ。ガミラスの戦場は銀河系だけではなく、人材が余っているわけでもない。やはりゲールに任せるか、とデスラーが考えた時、執務室の扉がノックされた。
「誰か」
デスラーが言うと、返事をしたのは副官のタラン少将だった。
「タランです。総統、オメガ戦線で重大な事態が……」
「わかった、入りたまえ」
許可を受けて入ってきたタランが、オメガ戦線について報告する。それを聞いて、デスラーは笑顔を浮かべた。それに気付いたヒスが尋ねる。
「総統、もしや……?」
デスラーは頷いた。
「そうだ。あの男を〈ヤマト〉に当てる。コルサックまでが敗れた今、〈ヤマト〉を狩るには、我が方も最高の猟犬を出さねばなるまい」
そう言ってから、デスラーはいや、と前置きして言い直した。
「猟犬ではないな。狼……そう、狼だ」
ベテルギウス第一惑星 衛星軌道上
二隻のガミラス艦が接近してくるのを、甲板上に待機していた〈ヤマト〉乗員たちは緊張の面持ちで見つめていた。
一日前、ガミラスより「捕虜の身柄を受け取る」と言う返信があり、二隻の艦を派遣する事が伝えられたのである。その二隻は機雷戦母艦と、ヒトデ型の高速空母。どちらも火力では〈ヤマト〉には遠く及ばない艦であり、万が一撃ち合いになったとしても、〈ヤマト〉の圧勝は揺らがない。
問題は、申し出が嘘で、体当たりや自爆等の手段で〈ヤマト〉を沈めに掛かってきた時で、これは防ぎようがない。しかし、沖田は
「ガミラス人が武人的な名誉を重んじるのなら、そのような手段はとるまい」
として、二隻の来訪を待つことにしたのだった。
果たして、時間通りにやってきた二隻は、〈ヤマト〉から三百メートルほどの距離を置いて停止した。ハッチが開き、有機的なデザインの内火艇が発進する。それは〈ヤマト〉に敬意を表する様に一度旋回すると、後部飛行甲板に降り立った。
先日の葬儀に続いて、再び臨時編成された儀仗隊が捧げ筒の姿勢をとり、それに応えるように、ハッチが開いた。そこから長身のガミラス軍将校が二人の随員を連れて降りてくる。彼は待っていた沖田の前に進み出ると、ガミラス式敬礼をした。
「ガミラス帝国軍、銀河系方面軍オリオン分艦隊所属、機雷戦母艦〈ウディエイド〉艦長、バローマ大佐。捕虜受け取りのため来艦した」
「地球連邦宇宙軍、第一特務艦隊。戦艦〈ヤマト〉艦長の沖田だ。貴官の来訪を歓迎する」
沖田は答礼して言うと、後ろに控えていた古代に合図を送った。古代は沖田の横に立ち、連れてきた捕虜を指した。
「貴軍の勇士、七十二名をお返しする」
「了解した」
バローマは頷いた。既に捕虜の人数は〈ヤマト〉が送った名簿で確認してある。バローマが命じると、捕虜たちはまず沖田に、次いでバローマに敬礼しながら、内火艇に乗り込んでいった。全員が乗り終えると、バローマは再び沖田に敬礼した。
「捕虜の受け取りを確認した。貴軍の彼らに対する寛大なる扱いに感謝する」
沖田が黙って頷く。だが、次のバローマの発言は、沖田をも驚かせるものだった。
「返礼に、本来であれば貴軍の捕虜をお返しするところだが、それができないため、総統閣下は代わりにあの空母を貴軍に進呈する、と仰せられた。どうか受け取られたい」
「あれを……かね?」
沖田は〈ウディエイド〉の後方に控えるヒトデ型空母を見た。特に損傷した様子もなく、完全に整備された状態の様子に見える。
「いかにも。既に乗組員は退艦しており、艦載機及び武装の類は全て撤去済みである。また、罠の類がないことは、我が偉大なるガミラス帝国及び小職の名誉にかけてお約束する」
沖田は立ち会っていた真田の方を見た。真田は黙って頷いた。何か使い道を考えようというポーズである。沖田はバローマに向き直った。
「了解した。受け取ろう」
「引渡しを確認した」
相変わらず固い口調でバローマは答え、そしてふと笑みを浮かべた。
「我が軍に多大な損害を与えた戦艦と、その勇敢なる乗員たちに出会えて光栄でした。次なる戦場では今回のようには参りませんぞ」
沖田も笑った。
「貴官は機雷戦母艦の艦長だったな? 君の艦には今回大いに苦しめられた。だが、次も我々は勝利するつもりだ」
「楽しみです。では、これにて」
バローマは総統に対するように敬礼し、踵を返して内火艇に乗り込んだ。それを収容した〈ウディエイド〉が空母を残して去っていく。それを見送り、沖田は言った。
「地球に容赦なく遊星爆弾を撃ち込み、一般市民も纏めて虐殺する残虐性と、強敵を尊ぶ高潔な武人の精神。どっちが彼らの本性なんだろうな?」
「……どちらも彼らの本性なんでしょう」
古代は言った。
「我々が弱いうちは、敬意を示す必要のない相手だと捉えていた……〈ヤマト〉が出てきて、初めて彼らは我々を本当の意味で敵と看做した。そう言う事なのだと思います」
「……そうだな」
沖田は頷いた。
「彼らが弱者を容赦なく踏みにじる者たちであるならば、今後も我らは勝ち続けねばならん。勝ち抜いて、彼らに見せ付けるのだ。我らの気概を。生存への意思を。総員、肝に銘じておけ」
『はっ!』
儀式に立ち会った乗員全員が気合を入れて敬礼した。
ガミラス空母を得たことで、〈ヤマト〉の修理は大きく進んだ。装甲板はちょっとした加工でほぼ流用できたし、兵器以外の資材は十分積載されていたため、特にガス資源の補給が最低限で済んだ。第一惑星は大気がなく、岩盤を加熱してガスを分離するしか補給の方法がなかったので、これは大きな助けになった。
そして、もう一つの大きな収穫があった。
ガミラス空母艦内
「これが、この艦の推進エンジン? そうは見えませんが……」
島が言った。解体が進む空母の中で、真田が幹部乗員を呼び集めたのである。
「まぁ、〈ヤマト〉にもついている核融合バースト推進エンジンとは、全く違う原理の機関だからな」
真田は言った。彼が叩いているのは、直径五メートル、長さニ十メートルほどの筒状のものを、回転する台座に載せた機械だった。全体的な印象は、留め金を上にしておいたカフスボタン、といった感じである。
「これは……重力場ミラーエンジンか」
沖田も来ていた。流石に彼は宇宙物理学者でもあるだけに、エンジンの正体にすぐ気がついた。
「その通りです、艦長」
真田は頷いた。
「このエンジンは前後に重力制御装置を付けており、鏡に映したような正負の二つの重力場を発生させます。艦の進みたい方向に正の重力場を形成し、反対方向に負の重力場を作るわけです。そうすると、艦は後方の負の重力場……斥力に押され、前方の正の重力場に向けて“落下”し続けます」
「なるほど。ガミラスの円盤型艦艇に、推進用ノズルらしいものが見当たらないのは、そういう理由でしたか」
太田が納得した表情を浮かべた。確かにその方法なら、推進剤を積み込む必要がない。エンジンが稼動している限り、艦は正の重力場の方向へ進むからだ。エンジン自体の向きを変えれば重力場の方向も変わるため、転舵も敏速にできる。
「ただ、スピードや加速という点では疑問がつくな」
島が言った。
「うむ、その通り。加減速や最大速度の面では、我々も使っている、推進剤を核融合炉の熱でプラズマ化して噴射する核融合バースト推進には叶わない。しかし、コイツには良い使い道があるんだ」
真田が笑みを浮かべて言うと、先ほどからいまいち飲み込めていない様子の古代が聞いた。
「それはいったい?」
真田はニヤリと笑った。
「ワープのアシストだ。現在、我々は波動エンジンを利用して〈ヤマト〉とその周囲の空間を超光速が可能な状態に変換することで、ワープを行っている。しかし、ワープ中は全エネルギーを波動エンジンに回さねばならないので、プラズマ推進ができない。つまり、ワープ前の“助走”がワープ中の推進力となる」
ワープは「跳躍」という意味だが、人間の走り幅跳びに例えると、ジャンプしている間が文字通りワープを行っている最中、着地した瞬間がワープアウト……超光速が維持できなくなった状態である。ワープ距離を伸ばすためには、十分な助走……一定時間の全力航行が不可欠だ。人間同様、〈ヤマト〉も跳躍中は推力を持たないからである。
「このエンジンは、ワープ中の推力になるんだ。核融合バースト推進機関ほどのエネルギーは食わないからな。計算では、このエンジンを〈ヤマト〉に組み込み、ワープ中にコンデンサーに貯めておいた電力を供給するように改造してやる事で、二割はワープ距離を伸ばせる。調整次第で三割も行けるかも知れない。ここの戦闘での日程の遅れを、十分取り戻せるはずだ」
「それは凄いじゃないですか!」
南部が興奮気味に言った。
波動エンジン……特にワープに関する機能は、これまでの航海中にも微妙な小改造を加えられ、性能と信頼度が上がってきてはいる。しかし、二割〜三割と言う性能向上はこれまでに無い飛躍的なものだった。
「すぐに改造にかかってくれたまえ、真田君」
普段は冷静な沖田も、流石にこの知らせには興奮を隠せない様子で命じた。
「了解です。三日以内には仕上げて見せましょう。それまでには他の部分も修理が完了するはずです」
真田はここまでの疲労の欠片も見せず、力強く頷いた。
ガミラス大帝星
執務中のデスラーの元に、タランが報告を持ってやってきた。
「総統、例の〈ヤマト〉からの捕虜返還ですが、無事に完了しました。廃空母の引渡しも終了したそうです。捕虜の事情聴取については、終わり次第詳細なレポートとして提出いたします」
「そうか。バローマ大佐にはご苦労と伝えてくれたまえ。また、バラン星基地に向かい、その指揮下に入るように、とも」
「承知しました」
タランは頷き、そして苦笑に近いものを浮かべた。
「どうしたかね?」
その様子に気付いたデスラーに問われ、タランは答えた。
「前回は祝電、今回は空母一隻。そのような豪華な祝いの品を貰った者は、ガミラス軍にも多くはありません。それほどまでに〈ヤマト〉が気になりますかな?」
今度はデスラーが苦笑した。
「気になる、か……そうかもしれぬ。あの艦はたった一隻で無数に張り巡らせた包囲網や罠をかみ破り、我が軍の有能な将を二人も死に至らしめた。憎むべき敵よ。しかし……それだけに尊敬に値する。私の配下に欲しいくらいだ。地球人がかくも強者と知っていれば、もう少し対処の仕方も変わっただろうな」
タランは頷いた。ガミラスは武勇を尊び、強者は敵であろうと尊敬する。デスラーはそうしたガミラス人気風を誰よりも強く体現する人物だ。〈ヤマト〉に……地球人に尊敬を抱くのも当然といえよう。
「だが、いまさら倶に天を戴く、というわけにもいくまい。次は必ず〈ヤマト〉を倒す。あの艦を容赦なく宇宙の塵とし、地球人たちを葬るのだ。そのための戦力は、いまや我が手に揃いつつある」
デスラーはそう言って、宇宙の一点を見つめた。その方向にはオメガと呼ばれる戦線が存在している。いや、存在していた。
「それに、私も全く手を打っていないわけではないのだよ、タラン。彼らへの贈り物には埋伏の毒がある」
「なんと……」
タランは驚いた。常に強大な敵を正面から堂々と打ち破る事を喜びとするデスラーが、そのような策略を用いる事があるとは。
「と言っても、そのままでは致命的な毒ではないがな。彼らがそれに気づく事ができるかどうか。それを試すのも一興だ。私の期待に背かぬ器量を見せてもらいたいものだな」
デスラーはそう言って笑った。
ベテルギウス星系外縁
修理と改造を完了した〈ヤマト〉は、速力を上げてベテルギウスの重力圏を離脱しようとしていた。ワープの邪魔になる星系内の小天体群……オールトの雲が後方に遠ざかっていき、ほとんど何もない外洋が目の前に広がる。
「ベテルギウス星系を離脱。速力、外洋最高巡航速度に上げます」
島が操縦桿に手をかけ、徳川機関長が自席から機関室に声を掛けた。
「機関室、外洋巡航最大出力。調子はどうだ?」
マイクの向こうから山崎機関副長の声が返ってきた。
『極めて順調。現在外洋巡航最大出力に上昇していますが、異常振動等なし。いつでもワープ試験を始められます』
徳川が頷き、島と真田に状況を伝える。真田は新しく設置したパネルを見ながら報告した。
「重力場ミラーエンジン、アイドリング状態。重力強度は定格の0.2パーセントを維持して待機。コンデンサ内電圧最大」
そこまで報告してから、真田は沖田のほうを向いた。
「艦長、新型ハイブリッドワープ機関のテスト準備、完了しました」
真田が重力場ミラーエンジンを組み込んで改良した新型は、正式には「真田型重力場ミラー・波動制御ハイブリッド式ワープエンジン」なのだが、長すぎるのでハイブリッドと呼ばれていた。重力場ミラーエンジンは波動機関の直上、機関室の最上部天井部分に、半分近く埋め込む形で纏めてあり、核融合炉からのエネルギーを一旦蓄えておくコンデンサと共に繋がれている。回転させる事で艦の進行方向を変える機能は、必要ないのでオミットされていた。
「うむ」
沖田は頷き、雪の方を向いた。
「森君、周囲に敵影は?」
「半径一光時以内に反応ありません」
雪が答え、続けて太田が報告する。
「航海レーダーにも異常なコンタクトはありません。進路クリア」
「よろしい」
沖田は頷いた。
「ワープテストを行う。島、真田君、頼むぞ」
「はっ!」
「了解!」
島と真田はそれぞれに答え、機器の操作に入った。一応シミュレーションレベルでは何度もテストをして操作を飲み込んではいるが、実際に操作するのはこれが始めてだ。不測の事態が起こらないとは限らない。
「島、そう固くなるなよ」
古代がリラックスさせようと声を掛け、島はそれに汗を浮かべつつも笑顔で答える。
「ワープ一分前。各自ベルト着用。速度最大戦速」
「核融合炉、出力最大へ」
島と徳川の声が交互に響くのはいつものことだが、今回は真田もその中に加わっていた。
「重力場ミラーエンジン、アイドリングより即応待機状態へ。重力場、定格の1パーセントで安定」
「重力場ミラーエンジンへの出力バイパス開放、準備良し」
「ワープ三十秒前。速度、現在最大戦速。オーバーブースト作動」
後方のノズルから噴出するプラズマの轟きが一層強まり、一瞬慣性制御でも消しきれなかった加速度が乗員たちを襲った。それが普段より強い事に、重力場ミラーエンジンの効果を全員が実感する。そして。
「ワープ五秒前! ……ワープ!」
「重力場ミラーエンジン、全力稼動開始!」
ワープに入る直前、艦の前方に見える星空が、目に見えないレンズを置いたように歪んだ。
(いつもと違う……!)
誰もがそう思った。先ほどまでとは逆に、進行方向に向けて身体が落下するような感覚と共に、〈ヤマト〉は初めてのハイブリッド・ワープに突入した。
〈ヤマト〉がワープし、余韻の空間の歪みが消えた後、その場にすっと一隻のガミラス艦が出現した。艦全体に迷彩をかけて、宇宙空間に潜んでいた偵察艦だった。
「こちら偵察艦〈メーヴィル〉。〈ヤマト〉はワープで赤色巨星27874号重力圏を離脱。変異グラビトンを観測。複合型ワープに成功したものと認む。推定ワープアウト点は……」
ガミラスも、重力場ミラーエンジンと波動エンジンのハイブリッドの可能性には気づいていたが、その際に僅かながら波動エンジンの影響で特殊な変異を起こしたグラビトン……重力子が放出される。
それが格好のマーキングとなり、敵に行動を察知される事から、ガミラスはハイブリッドエンジンを実用化はしたものの、採用しなかった。その事に、真田ほどの男が気づいていなかった。
目印を付けられ、隠密行動を封じられた〈ヤマト〉。その事を彼らはまだ知らない。
地球滅亡の日まで、あと296日。
(つづく)
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