SPACE BATTLESHIP "YAMATO"
EPISODE:1 Hope for tomorrow Part3,Section6


宇宙戦艦ヤマト

第一部 遥かなる星イスカンダル

第二十五話 「紅に死す」

〈ヤマト〉艦内

 金属質の足音を立て、サーボモーターの唸りを響かせて廊下を巨体が駆ける。パワードスーツに着替えた〈ヤマト〉陸戦隊の面々だ。本来はレーザーバズーカなどの超重装備を扱えるが、今回は自分たちの艦内での戦闘を想定しているため、通常のアサルトライフルやサブマシンガンを携行している。パワードスーツはあくまでも「鎧」としての運用だ。
「敵は重火器を持ち込んでいる可能性が高い。スーツ着用といっても過信はするな。あくまでも基本を守って、遮蔽物を有効に使え。良いか?」
 隊長の原田中尉が命じると、隊員たちがオウと答えた。その時、びりびりと空気を震わせて爆発音が響き渡った。
「こちらギャンビットリーダー。ロイヤルボックス、今のは何だ?」
『ロイヤルボックスよりギャンビット、敵がハンドミサイルを使用したようだ。負傷者多数。衛生兵が突入するから援護を頼む』
 原田の問いに艦橋の真田が答える。原田は舌打ちを一つした。遮蔽物を利用する前に、こっちが味方の遮蔽物にならなくてはならないようだ。
 言うまでも無く危険な任務だが、原田は躊躇しなかった。それが自分の仕事だと心得ている。
「今のは聞いたな? シールド装備を前に出す。俺たちで通路に壁を作るぞ」
 原田が言うと、電磁コーティングされた強化シールドを持った一個分隊四人が前に出た。高い対レーザー・対ビーム防御力と破片防御を兼ね備えた一品で、パワードスーツのパワーを持ってすれば、至近距離でミサイルが爆発しても、その爆圧に耐える事ができる。
「少し待て」
 原田はカメラを突き出して角の向こうを伺った。廊下に十数人の乗組員が折り重なって倒れている。状況を確認して、原田は後ろを振り返った。
「よし、突撃!」
 号令を受けて、陸戦隊が主戦場になっている廊下に走り出た。まず二人が屈みこんで盾を床に着け、その後ろで二人が盾を胸の高さに掲げる。これでほぼ廊下の幅と高さをフルカバーする臨時の防壁ができた。
 ガミラス兵もそれに気付いたらしく、盛んに撃ってくる。盾がそれをはじき、廊下に虹色のきらめきを残した。
「衛生班、今のうちに負傷者の収容を!」
 原田が盾の隙間からライフルを突き出して牽制射撃を加えながら叫ぶと、数人の衛生班が素早く駆け寄ってきた。銃弾を受け、あるいは爆風に飛ばされて負傷した乗組員たちを抱き上げ、あるいは担架に載せて後方へ運んでいく。が、なにぶん数が多い。安全が確保される前に、ガミラス兵が投げつけてきた手榴弾がころころと軽い音を立てて盾の直前まで転がってきた。
「全員、耐衝撃防御!」
 シールド分隊の分隊長が叫び、次の瞬間爆発が起こった。咄嗟に全関節をロックし、床に付けている靴やニーガードの電磁石を最大出力にするが、火花を散らして引き剥がされ、数十センチ後退する。
 が、陸戦隊はそれだけで耐えた。ガミラス兵が何やら驚いたような声を上げて手を振るのが見え、原田はそれを一撃で撃ち倒した。
「原田中尉、負傷者の収容終わりました!」
 衛生班の一等兵が傍に寄ってきて叫ぶ。原田は頷くと、シールド分隊に命じた。
「逆襲する。通路空けろ!」
 原田の命に、盾の壁がさっと左右に開く。そこを通って原田は突撃を開始した。
「〈ヤマト〉陸戦隊、推参!」
 叫びながらアサルトライフルを連射する原田。ガミラス兵たちがひるんだように後退し、戦線が崩壊したように見えたが、その前にガミラスが撃ち込んだチューブから、巨大な影がぬっと現れた。
「お?」
 原田が立ち止まると、それは彼のほうへ向き直った。無骨なシルエットを持つ、金属の骨組みを組み合わせたような奇怪な影。それは、どうやら艦外工作に使う作業用外骨格……パワーローダーのガミラス版のような存在らしかった。地球のそれより滑らかに動くところを見ると、戦闘用としても考えられているらしい。
「ほほう、良き敵ござんなれ、というところか?」
 原田はにやりと笑った。次の瞬間、ローダーが肩に装備されていたミサイルランチャーを原田たちに向け、ぱしゅ、と言う軽い音と共に弾体を発射する。
「なんの、狙撃班!」
 原田が命じると、後方に控えていた狙撃手が長大な25ミリ対物・対装甲プラズマサボット・ライフルを構えて引き金を引いた。このライフルは小型のレールガンで、銃弾と銃身が接触するのを防ぐサボット・ガスを発射の瞬間にプラズマ化させ、銃弾にまとわりつかせて破壊力を向上させる仕掛けだ。小さいがまばゆく輝く銃弾がミサイルを空中で捉え、爆発するより早く信管ごと蒸発させて破壊する。
 連射は効かず、反動の凄まじさからパワードスーツの助けなしにはとても扱えない火器だったが、艦内で運用し得る歩兵用火器としては、最強の威力を誇っていた。
『……小癪な!』
 無線に割り込むガミラス兵の声。翻訳機を通しても、悔しげな口調がわかる。原田はニヤリと笑うと、パワードスーツの腕部に内蔵された高周波ブレードを展開させた。秒間数千回と言う高速で振動し、ダイヤモンドをも切り裂く武器だ。
「お互い重装備抜き、ガチに行こうじゃないか、ガミラスの旦那!」
 そう叫ぶや原田が跳躍し、ガミラス兵に襲い掛かる。ガミラス兵も原田を粉砕しようとパワーローダーの豪腕を振りかざした。が、原田は壁を蹴って、その反動でパワーローダーの一撃を回避する。剛撃が頑強な艦内の隔壁をひしゃげさせ、手摺として取り付けられたパイプが衝撃で千切れて、大蛇のように宙をのたうつ。
 そのパイプが原田の振るった腕の一閃で真っ二つに断ち斬られ、続いてゴトン、と言う音と共に廊下にガミラスパワーローダーの腕が落ちた。原田の一撃はパイプごと敵を切り裂いていたのだ。
 ニヤリと笑う原田だったが、相手はひるんだ様子も見せず、再び腕を振りかぶっていた。なかなか精神的にタフな奴だ、と感心する原田。そうこなくては。
 
 
一層下の通路

 重量級同士の死闘が始まった頃、古代たちもまた戦いに突入していた。既に艦内に浸透しつつある敵兵が、機関室に接近しているという報告を受け、その阻止に回ったのだ。
 廊下をカンカンという音を立てて走ってくるガミラス兵。その数は十名ほど……一個分隊というところか。古代、太田、南部と途中で合流した五名の乗組員たちは、角に隠れてその接近を待った。
「よし、今だ!」
 古代の号令と共に、後ろに控えていた乗組員たちが、食堂から持ち出してきたテーブルを廊下に押し出した。思わず立ち止まるガミラス兵たちに対し、古代、太田、南部がそれぞれの得物を乱射する。たちまち数名が射抜かれ、蒼に染まって倒れた。
 が、残りのガミラス兵たちは、すばやく伏せるか、あるいは僅かな遮蔽物を取って応射してくる。古代たちはテーブルの陰に隠れた。それを見て、ガミラス兵はテーブルに火線を集中させる。小生意気な地球人をテーブルごと蜂の巣にしてやろうと考えたのだが、しかし全ての銃火がその一見華奢なテーブルによって弾き返された。
「!?」
 驚くガミラス兵たち。そこへ太田が投げ込んだ手榴弾が炸裂し、彼らは自分たちが負けた理由を理解する間も与えられないまま、苛烈な爆風に吹き飛ばされた。
「よし、こいつはやっぱり使えるな」
 古代がテーブルを叩くと、太田がぼやくように答えた。
「ちょっと重いですけどねぇ」
 このテーブル、実はコスモナイトでできている。これに限らず、艦内のロッカーや棚類は可能な限りコスモナイトやその他の希少合金を使用して作られており、普通の銃火器くらいは軽く止める強度があった。
 別に贅沢にしたいわけではなく、資材の予備として使うための処置だが、艦内での白兵戦に役立つとは、世の中何が幸いするかわからないものである。
「ここを抑えておけば、機関室への敵突入は阻止できるはずだ。君たちはここを守れ」
 古代が連れて来た五人に命じ、彼らが配置についたところで、南部が相原に連絡を入れた。
「こちら南部。機関室への出入り口を封鎖した。ここは安心だと思うが、他にまずいところはあるか?」
『今、陸戦隊が敵の突入チューブの封鎖に当たってます。そっちは危ないので陸戦隊に任せた方が良いでしょう。既に突入して封鎖も突破した敵がいくつかいますので、近い方に誘導します』
 相原が答え、古代たちのヘルメットにあるマウントディスプレイに艦内の様子が表示された。陸戦隊がチューブを抑えようとしているが、敵の抵抗でなかなかうまくいかないらしい。チューブを抜けてきた敵が分隊レベルで艦内に拡散し、あちこちで銃撃戦が展開されている。
「乱戦模様だな」
 太田が言った。これを全て制圧するのは、かなり骨が折れそうだ。その時南部が言った。
「甲板上は戦場になってないのか……」
「それはそうだろう。恒星近傍空間で外に出るなんて自殺行為だ」
 古代が答えた。ここはベテルギウスからまだ二千万キロほどしか離れていない。外に出れば、宇宙服はたちまち数百度に加熱されて、中の人間はローストになる。
「いや、先任。今の位置関係なら、敵艦が日差しを遮るようになっています。日陰をたどれば、甲板上を通って安全に敵の後ろに回りこめるルートがあるかもしれません」
 南部の言葉に考え込む古代。危険な賭けだが、やってみる価値があるかもしれない。彼は真田を呼び出した。
「……というわけなんですが、甲板上の熱分布からルートを割り出せませんか?」
 古代が南部のアイデアを説明すると、真田は数秒考えて返答した。
『やれるかもしれん。三分……いや、二分くれ』
 その間、古代たちは戦況を把握することに努めた。やはり、敵艦との間の突入チューブをどうしても抑える必要がある、と判断する。その近くで陸戦隊が交戦しているが、敵の果敢な防御戦闘によってチューブ確保に至っていない。その間にも敵の増援がそこを通って出現してくる。
 約束の二分が過ぎ、真田が通信を送ってきた。
『済まん、遅くなった。今データを送る。現状で、甲板上で歩けそうな部分を表示した。今お前たちがいるところの近くのエアロックからも出られる』
 真田の声とともに、ディスプレイに甲板上の熱状態を強調したマップが表示され、歩ける部分が青で表示される。が、ただし、と真田が前置きした。
『さっきの恒星面通過のときの熱はまだ冷めていない。日陰でも甲板の装甲板は、場所によっては八百度から千度になると思う。歩くだけならいいが、転んだりするなよ。死ぬぞ』
「うへぇ、おっかない話ですね」
 太田が嫌そうな表情になるが、一発逆転可能な秘策だ。古代たちは実行に移すことにした。手近なエアロックをあける。


甲板上

「う……」
 その途端に、今もベテルギウスに炙られる日向の装甲板が赤熱して輝く光が、古代たちの目を射した。間接光でもかなり強烈で暑さを感じる。
「水星での行軍訓練を思い出すな」
 古代は言った。訓練生時代、古代は水星で一週間ほど極限環境下戦闘訓練を受けたことがある。日向では四百度に達する水星の平原を進む時、宇宙服内部は時に五十度から六十度にも達し、多くの訓練生を苦しめたものだった。
 今彼らを照らしている光は、その水星の灼熱よりもさらに強烈だ。しかし、古代はためらいなく艦外に一歩を踏み出した。
「む……こりゃ立ち止まったら危ないな」
 それだけで、宇宙服の装甲ブーツを通してじわっと温度が高くなるのが感じられた。あまり長く立ち止まっていると、足の裏を火傷しかねない。古代に続いて南部と太田も外に出ると、突入チューブに向けて歩き始める。が、その危険があるにもかかわらず、古代は思わず立ち止まった。
「どうしたんですか、古代さん……って、これは……」
 南部が絶句する。そこは二十メートルほど日陰が途切れて、そこに敵艦のアンテナマストが作る、幅一メートルほどの影だけが一本橋のように続く場所だった。
「真田さん、ほかに道はないんですか?」
 太田が聞くと、真田が申し訳なさそうな口調で答えた。
『生憎そこしかない。何とか進んでくれ』
「うぇ、俺平均台とか苦手なんですよ」
 太田が情けない声を出した。太田は単純な腕力と瞬発力はなかなかだが、バランス感覚には自信がないようだ。仕方なく古代が言った。
「行くしかないか……俺が先に行ってワイヤーを張る。もしミスったら引き返して別の方法を考えてくれ」
「了解」
 南部が頷き、古代はワイヤーガンを持って影の細道を渡り始めた。十分な幅はあるが、踏み外したら死ぬかもしれない、という緊張が足をすくませる。それでも古代は細道を渡り終えると、ワイヤーガンを最弱装で発射する。そのワイヤーを南部が掴み取った。
「太田、俺と古代さんで支えるから、先に行ってくれ」
「わかった」
 太田がワイヤーをつかみ、慎重な足取りで細道を渡り終える。その後を南部が軽快な足取りで渡る。
「おい南部、あまり調子に乗るなよ」
 その踊るような足取りに古代が危惧の声をあげると、南部が手を振った。
「大丈夫ですよ……うわっ!?」
 予想どおり、足を滑らせる南部。古代が咄嗟にワイヤーガンを発射し、その宇宙服に電磁石を吸着させる。すかさずワイヤーを巻き戻す事で、辛うじて南部は日向への転落を免れた。
「す、すいません。古代さん」
 安全地帯に来て冷や汗と共に言う南部の肩を古代は叩いた。
「まぁいいさ。次は気をつけてくれ」
 そう言って三人は再び歩きだす。百メートルほど向こうに突入チューブが見えていた。


突入チューブ周辺

 原田たち陸戦隊とガミラスパワーローダーの戦いはまだ続いていた。ローダーの腕を飛ばされたガミラス兵だが、それで慎重になったのか、隙の無い戦い方に転じ、原田の攻撃をいなす。その間に周辺のガミラス兵達は陸戦隊を弾幕射撃で牽制し、増援の迎え入れに徹する。
 苛立つ原田がブレードを繰り出すたびにローダーの装甲表面に傷が付くが、先程腕を飛ばしたようなクリーンヒットを与えられない。その間にも艦内に侵攻する敵が増えて行く。
「くそっ! 敵をなめ過ぎた」
 原田が歯噛みした時、突然チューブから爆音が轟き、火の粉交じりの煙がどっと吹き寄せて来た。衝撃を食らって揺らぐローダー。何が起きたのかは不明だが、好機なのは間違いなかった。突き出したブレードがローダーのキャノピーを割り、敵兵の腹を抉る。崩れるようにローダーが倒れたのと同時に、陸戦隊がやはり爆発にひるんだガミラス兵たちを撃ち倒していた。
「助かったが、一体何事だ?」
 敵兵を踏み越えるようにしてチューブの入り口に原田が立つと、そこには三つの人影があった。
「古代大尉! 何でそこに?」
 問いかけつつ、原田は状況を確認した。チューブの天井に大穴が開いている。そこを爆破して侵入したのだろう。
「事情は後だ。それより」
 古代は無線のスイッチを入れた。
「こちらタイガー・リーダー。敵突入チューブを確保! もう増援はこない。侵入した敵兵を包囲殲滅せよ」
 古代は丁寧にもガミラス側の周波数に合わせて翻訳した内容を流していた。艦内の空気が変わる。〈ヤマト〉側は奮起し、ガミラス側は動揺している。戦いの流れもまた変わろうとしていた。
「結局古代大尉に美味しい所を持ってかれたか」
 ぼやくように原田が言うと、古代は苦笑を浮かべた。
「何言ってるんだ。これから敵艦を占拠するぞ。そっちの主役はお前さんに任せる」
「なるほど。ではせいぜい暴れるとしますか!」 
 原田がにやりと笑い、バックパックから大型レーザーライフルを取り出して握る。陸戦隊員たちも、自分たちの艦内では禁じ手の重装備を、ようやく封印を解いて手にしていた。
「よぉし、突撃だ! やつらの根城をぶっ潰せ!!」
 陸戦隊が蛮声をあげて突入チューブを駆け抜ける。古代たちもまた、その勢いに押されるようにして一緒になって敵艦に突入していった。
 
 
ガミラス強襲艦〈アングマール〉艦橋

〈ヤマト〉側が逆襲に転じてきたらしいことは、コルサックも悟っていた。
「戦闘要員をチューブ周辺に集中させろ。連中の動きを抑え込め。それと、敵艦に乗り込んでいる部隊を一部呼び戻せ。敵を挟撃させるのだ」
 矢継ぎ早に命令を下す。突入してきた敵兵は五十名ほどらしい。それなら艦内に残っている戦闘要員で撃破できるはずだ。
 そう、相手が普通なら。
 しかし、入ってくる戦況報告は、不利なものばかりだった。
「こちら第七強襲小隊……敵を止め切れません! 突破される!!」
「だめだ、火力が違いすぎる!!」
 悲鳴のような報告を聞いて、コルサックは呻いた。
「地球の白兵戦部隊……それほどまでに強力なのか!」
 ガミラスには地球軍のようなパワードスーツは無い。これは、ガミラス人が高い環境適応性を持つことに由来する。快適に過ごせる環境自体は地球人と大差ないが、その気になれば宇宙空間で直接放射線を浴びるような環境にも耐えられるし、酸素が薄くても支障は無い体質を持っている。
 そのため、ガミラス人は宇宙服に安全性よりも動きやすさを求め、それが戦闘時にも強固に防御されたパワードスーツのような存在を持とうとしなかった原因だ。先ほどのパワーローダーも、戦闘用というよりは破壊工作用である。
 この点、地球から一歩出ればすぐに死んでしまう地球人は、宇宙服に安全性を求め続け、ついにはあらゆる環境で戦える強力なパワードスーツの開発に繋がった。
 その差が今現れていた。〈ヤマト〉艦内の乗組員とガミラス強襲兵は大差ない装備で戦っているが、〈アングマール〉に突入した陸戦隊員たちは、人間サイズの戦車という方が正しいような、強力な武装と装甲で暴れまわっていた。一発や二発の被弾を無視し、大出力レーザー銃やグレネードランチャーで辺りをなぎ払う陸戦隊に、ガミラス兵は文字通り蹴散らされた。
 艦内の青い点……強襲兵が次々に消えて行き、比例するように銃声と爆音が近づいてくる中、コルサックはホルスターに収めていた連装銃を抜いた。その直後、扉が無数の白銀のきらめきとなって崩壊する。〈ヤマト〉陸戦隊が数千発の微細な針を発射するフレシェットガンで扉を破砕したのだ。そのきらめきをまともに受けた参謀が文字通り血風となって砕け散るのを横目に見ながら、コルサックは銃を放った。その一撃は一発がパワードスーツの膝関節部分を捉え、二発目が頭部のゴーグル部分を砕き、赤い血飛沫が飛び散る。老齢とは思えない、正確無比の銃撃だった。
 しかし、それがコルサックの抗戦の限界だった。崩れ落ちるパワードスーツを飛び越えるようにして艦橋内に転がり込んできた兵士が、サブマシンガンを連射して辺りをなぎ払う。そのうちの二発がコルサックの腹部と右の大腿を貫通し、衝撃でコルサックはコンソールに叩きつけられた。
「ぐ……ぶっ!」
 激痛と共に口内に血があふれ、コルサックは軍服を蒼に染めて崩れ落ちた。それでもまだ銃を離さない彼に、無数の銃口が突きつけられる。
「待て!」
 コルサックのかすみ始めた視界に、指揮官らしい青年が部下たちを制するのが見えた。
「もう抵抗力は無いだろう。それに指揮官のようだ。衛生兵、手当てを」
 耳につけた翻訳機から、青年の声が聞こえた。コルサックは銃を持っていない左手を上げ、近づいてきた衛生兵を制した。
「無用だ。この傷では私は長くない。それよりも部下たちを頼む」
 毅然とした態度に、向こうもコルサックが最上級者だと気づいたらしく、敬礼をした。
「指揮官とお見受けします。私は地球連邦宇宙軍大尉、古代進。降伏を宣言していただきたい」
 コルサックは頷いた。
「よかろう……勇敢なるわが将兵たちよ。戦いは決した。銃を捨て、降伏せよ。勇者に負けたのだ。恥じることは無い」
 途中から無線に切り替えて放送すると、まだ散発的に響いていた銃声が止んでいった。それを確認し、古代はコルサックにもう一度敬礼した。
「貴方の決断に敬意を表します」
 コルサックは笑みを浮かべた。自分たちと彼らは、お互いの民族の存亡をかけて戦っている間柄だ。それでもこうして、礼儀に適ったやり取りができる。そう、この戦いは勇者と勇者の決闘。負けたことは残念だが、悔いは無い。
「この戦闘に参加しなかった別働隊がいる……捕虜となった部下たちは、彼らに預けてもらいたい。諸君らにとってもその方が良かろう」
「承知しました」
 古代は頷いた。こうしてガミラスの将に見えるのは、彼にとっても初めてのことだ。正直、家族を失った事への怒り、憎悪はある。しかし、コルサックの毅然とした態度は、そうした個人的感情を押し殺させるに足る何かを持っていた。
 その敵将が、降伏したガミラス兵の扱いについて連絡しようとしている古代に向かって質問してきた。
「古代……と言ったな。地球の若者よ。ひとつ聞かせてほしい」
「……なんでしょうか?」
 古代はコルサックに向き直った。
「シュルツは……お前たちが倒した冥王星の指揮官は、勇敢だったか?」
 何故そんな質問をするのか、古代はわからなかった。しかし、答えは決まっていた。
「はい。憎むべき敵ではありますが、勇者でした。貴方と同じように」
 その答えに、コルサックは心からの笑顔を浮かべた。
「そうか。ならば、良い。もう行きたまえ。いずれこの艦はベテルギウスに落下する」
「……はっ」
 古代、そして他の地球軍兵士たちも、敬礼を残して〈ヤマト〉に撤収していく。やがて、〈ヤマト〉は微かにふらつきながらも、しかし力強い駆動音と共に〈アングマール〉を残して去っていった。
 動かす者も無くなった〈アングマール〉は、ベテルギウスの重力に引かれ、落ちていく。次第に灼熱化する艦橋の中で、コルサックは懐からシュルツのホロ写真を取り出した。
「弟よ……お前たちを倒した相手は、素晴らしい勇者だったぞ。敵を討てなくて済まんが、お前も許してくれるだろう?」
 写真は何も答えなかった。しかし、一瞬シュルツの顔がほころび、笑顔を浮かべたように見えた。それはコルサックの錯覚だったのかもしれない。しかし、彼は弟が自分に賛同してくれるのだろうと思った。
 それを最後に、コルサックは満足げな笑みを浮かべ、事切れた。やがて、ベテルギウスの炎が〈アングマール〉を包み込み、ガミラスの宿将は壮大な赤色巨星を墓標として、弟の待つ世界へと旅立っていった。
 
 
ガミラス軍巡洋艦〈ニズベルグ〉

「……大佐、大佐!! 気がつかれましたか!!」
 暗い闇の底から目覚めたとき、最初に感じたのは全身を走る激痛だった。
「ぐうっ……こ、ここはどこだ……俺は、俺は生きているのか?」
 覚醒した男……元ガミラス太陽系方面軍参謀長にして、オリオン軍高級参謀たるガンツは言った。顔に巻かれた包帯のためか狭くなった視界に、全身傷と血に塗れた男が頷くのが見えた。ガンツも顔見知りの軍医だった。
「無理しないでください、大佐。貴方はもう五日間も意識が無かったんです」
 自分自身も負傷者でありながら、不眠不休で治療に当たっていた軍医が答える。それを聞いて、ガンツは思い出した。そうだ、俺はコルサック閣下の作戦を成功させるため、陽動を……そこで、意識がはっきりし、同時により強烈な激痛が体を引き裂かんばかりに疼く。しかし、ガンツはそんなことには斟酌せず、身体を起こし、軍医の肩をつかんだ。
「閣下は……コルサック閣下はどうした!? 勝ったのか!? 〈ヤマト〉を仕留めたのか!?」
 答えは無かった。軍医は顔をガンツから背け、目を伏せる。ガンツはその仕草に、戦いの結末を悟った。
「う……うおおおぉぉぉぉぉぉっっ!!」
 ガンツは吼えた。言葉にできない無念と怒りが、叫び声となって迸る。
 また、生き残ってしまった。
 また、尊敬すべき上官を失ってしまった。
 また、上官を補佐し切れなかった。
 その屈辱が、刃のようにガンツの魂を抉る。その痛み……身体のそれよりも耐えがたい痛みを力に変え、ガンツは言葉を搾り出した。
「おのれ……おのれ〈ヤマト〉! この恥辱……死よりも耐え難い。だが、今はまだ死ねん。生きて、生き抜いて、貴様を冥府に送り込むまではこのガンツ、幽鬼となっても貴様を倒さずにはおかぬぞ!!」
 唇を噛み破らんばかりにして復仇を誓うガンツ。ただ一艦生き残り、後方へ向かう巡洋艦の艦内に、復讐鬼の悲しい慟哭が、いつまでも木霊していた……
 
 地球滅亡の日まで、あと301日。

(つづく)


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