SPACE BATTLESHIP "YAMATO"
EPISODE:1 Hope for tomorrow Part3,Section4


宇宙戦艦ヤマト

第一部 遥かなる星イスカンダル

第二十三話 「火龍の星」

ベテルギウス第一惑星衛星軌道上
 宇宙が赤く燃え立つようだった。目の前の巨大な恒星からはそう思わせるだけの光が放たれている。
 オリオン座アルファ星、ベテルギウスは見る者に荘厳な印象すら与える赤色巨星だ。直径は実に七億キロ。太陽の六百五十倍に達し、仮にこの星が太陽の位置にあったとすると、その表面は木星の公転軌道の辺りになる。放射される光の強度は太陽のほぼ二百万倍。オリオン座の王者に相応しい威容だ。
 今〈ヤマト〉はそのベテルギウスの第一惑星軌道付近にいた。太陽系で言えば冥王星軌道に近い距離なのだが、それでも水星付近で見る太陽のような圧倒的な姿が窓から見える。
「真田技師長、第一惑星の資源分析が終わりました」
「よし、見せてくれ」
 技術班員の一人が持って来たデータに真田は目を通し、目的の資源が見つかったことに満足の表情を浮かべる。
「思った通りだ。この星には有望な資源が一杯あるぞ。金属ならよりどりみどりだ」
 喜ぶ真田に、技術班員が不思議そうな表情を浮かべる。
「しかし、妙ですね。この種の鉱石は超高圧環境下でしか生成されないはずですが、それが地表近くに無尽蔵にあるなんて……」
 すると、真田はおいおいわからんのか、と苦笑しながら技術班員の肩を叩いた。
「この星は、数億年前まではたぶん木星型の巨大ガス惑星だったんだ。ベテルギウスの赤色巨星化による変動でガス成分が蒸発して、中心のコアだけが残ったんだよ」
 あ、と技術班員は声を上げた。ベテルギウスは周期的に膨張と縮小を繰り返し、光度を変化させる脈動変光星である。その変動の雄大なスケールは、木星型のガス惑星すら分厚い大気が引きはがされてしまうほどのものだ。
「なるほど……太陽系のスケールでは計り切れないところですね、ここは」
「そうだな。とりあえず物資の補給計画を急いで練ってしまおう」
 真田はデータを自分の端末に打ち込み、残っている補給物資と突き合わせながら計算を始めた。


コルサック艦隊
「〈ヤマト〉、予測通り第一惑星の衛星軌道上に出現しました。物資補給中と見られます」
 オペレーターの声に、コルサックは頷いた。
「まずは予定通り……か。よし、〈ウディエイド〉に命じろ。退路を塞ぐように“あれ”を散布せよ。慎重に行け。奴に我々の存在を悟られるな」
「了解」
 オペレーターが命令を伝達する。その様子を見ながら、ガンツは歯痒さを感じていた。
 コルサックの率いる艦隊には戦艦がない。最大の艦は高速空母で、しかも一隻しかないので、〈ヤマト〉相手に勝負を挑むには非力すぎる。軽快でも攻撃力に乏しいコルサック艦隊で〈ヤマト〉を倒すには、こうして機雷などのトラップを駆使するしかない。
 ガンツは思う。先日送られて来たデスラー機雷。そして、今度使おうとしている新兵器。あれらよりも、戦艦が一隻でも増援として送られてくる方が、どれだけ有り難いだろう。何も最新鋭の〈ドメラーズ〉級とは言わない。せめてシュルツの旗艦と同じ戦艦があれば……
(戦艦があれば、コルサック閣下なら〈ヤマト〉にも勝てようものを)
 それが無い物ねだりなのはガンツ自身良く理解していた。戦艦は貴重な戦力で、祖国が抱える無数の戦線を支えるために必要だ。この銀河系戦線を優先してくれとは言えない。
「ガンツ大佐、例のものをどう思うかね?」
 コルサックに呼ばれ、ガンツは物思いから我に返った。
「は……防御手段としては非常に有効でしょうが」
 ガンツは答えたが、先程までの思いがつい口をついて出てしまう。
「ですが……このような戦闘では、正直役に立つとはあまり思えません」
「そうだな。それについては同意見だ」
 コルサックはあっさり頷いた。
「しかし、〈ヤマト〉を罠に追い込む勢子の役割は果たせよう。それで十分だ」
 そう言うと、コルサックは席を立った。
「閣下、どちらへ?」
 ガンツの問いに、コルサックは足を止めた。
「少し仮眠をとる。予定通り、〈ヤマト〉が動き出してから作戦開始だ。それまではここを頼む」
「は、承知しました」
 立ち去るコルサックの背中に敬礼するガンツに、士官の一人が言った。
「しかし、解せませんね。補給中の今が、一番隙だらけだと思うのですが……なぜ即座に攻撃しないのでしょうか?」
 まだ若い、攻撃こそ常に最良の判断と信じていそうなその士官に、ガンツは答えた。
「隙だらけに見えるが、敵もそれは理解しているだろう。だから、補給中は警戒を怠っていないはずだ。補給が完了して、敵が安心した時にこそ、本当に隙ができる……というのが、閣下のご判断だ。私も同様に思う」
「そういうものですか……わかりました」
 納得して任務に戻る若手士官。それを見ながら、ガンツは思った。
(とは言え、俺自身、今すぐ攻撃した方が良いようには思うんだがな……)

 その頃、私室に戻ったコルサックは、机の上に置いた弟――シュルツのホロ写真の前にグラスを置き、とっておきの酒を注いでいた。
「飲めよ……お前と飲むのも、これが最期かもしれん」
 そう言って、自分のグラスをシュルツのそれに軽く当てる。そのまま一気に酒を飲み干し、コルサックは息を吐いた。
(お前なら、俺の真意を分かってくれるだろう、弟よ)
 コルサックは思った。ガンツと士官のやり取りは彼の耳にも入っていて、建前としてはガンツにはああ言ったが、実はコルサックの想いはそことは別の場所にある。二杯目を自分のグラスに注ぎながら、コルサックはなお弟に語りかけた。
(お前の仇を討ちたいと思う気持ちに変わりは無い。しかし、もし力及ばず、俺が敗れた時には……)
 そこで、二杯目を飲み干した。グラスを置きながら、コルサックは思いを口にした。
「その時には、〈ヤマト〉には、先に進んで生き延びてもらいたい。こんなことを考える俺を、お前は間違っていると思うか?」
 それが、コルサックの部下には言えない本音だった。
〈ヤマト〉は敵ながら天晴れな相手だ。敬意を表すべき相手と言っても良い。部下達には敵を容赦なく追い詰め、倒せと言ってあるが、コルサックは武人の礼儀として、全力を発揮できる状態の〈ヤマト〉を打ち破る事に拘っていた。
 そして、もし自分が敗れた後は、それがどんなものであれ、〈ヤマト〉がこの航海で目的としていることが達成される事を、コルサックは願っていた。 
 無論、問いかけにシュルツの写真は答えはしない。それでも、コルサックは弟が自分と同じ気持ちでいるだろうことを信じた。
 やがて、アルコールがコルサックを眠りに導いていった。これが最後の眠りになるのか、それとも勝利して枕を高くして眠れる日が来るのか……それは誰にも分からぬ事だった。


〈ヤマト〉
 ほぼ半日を掛けて、真田は惑星上の希少な鉱石類を〈ヤマト〉に積み込ませた。船倉の一画に、鉱石を詰め込んだコンテナが並べられる。
「本格的な試作はこれからになるが、この鉱石から精錬した素材を使えば、強度の高い装甲板や貫通力の高いミサイルの弾頭が効率よく製造できるかもしれん。楽しみだな」
 真田は太陽系では見つからない各種レアマテリアルの山を前に、弾んだ声で言う。科学者冥利に尽きる状況なのだろう、今は。
「そうか。ところで、艦の修理と整備状況はどうかね?」
 浮かれているだけでは困るぞ、と言いたげな沖田の念押しに、真田は真顔に戻って答えた。
「問題はありません。既に予定の作業はほぼ完了しております。現在残っているのは、新しい波動砲制御システムのインストールとテストですね」
 その言葉に、古代が顔を上げた。
「波動砲ですか? どんなシステムをいれるんです?」
「主に照準機構の精度と、目標捕捉スピードの向上が目的だな。兵器の性質上、抜き撃ちに近いような急速照準、発射はあまり無いと思うが、できるに越したことは無いだろう」
 真田の答えに古代は頷いた。波動砲はやはり急造のシステムだ。工夫を凝らしているとは言え、必ずしも扱いやすい兵器とはいえない。
「具体的には、砲手の照準動作と操艦の連動を、もっと精度の良いシステムにする。そうすれば、いくらかは狙いやすくなるはずだ。浮遊大陸はともかく、敵艦隊は動くしな」
 真田が木星での波動砲発射の記録を検証した際に、照準から発砲までの時間と、平均的なガミラス艦隊の戦闘記録を突き合わせた結果、下手をすると準備時間内に〈ヤマト〉が一方的に攻撃を受け、撃破される可能性のあることが分かっていた。発砲までの時間を縮める事は、訓練も大事だが、ハード自体の改良も欠かせない。
「わかりました。あとで感覚を掴むためにも訓練をやり……」
 古代が言いかけたとき、突然非常電鈴が鳴り響いた。
「何事だ!?」
 古代が顔を上げると、艦橋当直についている雪の声で艦内放送がかかった。
『レーダーに敵性反応。総員戦闘配備』
 古代たちは席を蹴って立ち上がると、艦橋に急行した。その間も報告が続く。
『敵艦数3、推定巡洋艦クラス1、駆逐艦クラス2。本艦後方、約一七光秒の距離を低速航行中』
 報告の「後方」あたりで、古代たちは環境に駆け込んだ。
「状況は!?」
 沖田の言葉に、南部が振り向いて答える。
「約二十秒前に敵性反応が出現しました。こちらを攻撃する態勢は見せていませんが、一応主砲には要員を張り付かせています」
 続いて、放送を切った雪が詳細な報告を始めた。
「敵艦は三隻です。レーダー反応強度から見て、巡洋艦と駆逐艦の可能性が高いですが、ガミラスの標準的な偵察部隊の編成とは異なります」
 沖田は頷き、古代の方を向いた。
「古代、敵の目的は何だと思う?」
 古代はほんの数秒ほど考え、答えを出した。
「常識的には偵察でしょうが、こちらのレーダーレンジに踏み込んできた事や、編成から見てもやはり異なります。ここ数週間の敵の行動パターンから見て、何らかの罠の可能性が高いかと」
「罠か……するとあれは囮か?」
 島が言うと、古代はうむ、と頷いた。
「その可能性が一番高いな。連中を攻撃しようとすると、隠れていた本隊が出てくるって寸法だ」
 それを聞いて、真田が進言する。
「艦長、補給は終了済みです。戦闘、航行とも問題はありませんが、罠と分かっているのなら、ここは逃げてやり過ごすのが賢明かと」
「……うむ。そうだな。ここは交戦を避けて……」
 沖田は一瞬目を閉じて考え込んだが、すぐに決断した……が、すぐにそれを撤回せざるを得なくなった。
「待ってください。レーダーに新しい反応。……これは!?」
 雪が驚愕の声を上げた。何事だと艦橋の全員が彼女を注目する。
「反応が大型化していきます! 現在直径十キロを超えました! なおも巨大化しつつ、本艦に向かってきます!」
「!? 真田君、ビデオパネルに艦後方の映像を出せ!!」
「はっ!」
 沖田の切迫した叫びに、真田も急いでビデオパネルのスイッチを入れる。そこに映し出された光景を見て、全員が息を呑んだ。
 そこには宇宙の闇より深い黒を持つ、巨大な雲のようなものが見えた。時折その中で巨大な稲光のようなものが走る。まるで夕立の時の雷雲のようだ。
 しかし、ここは雲などない宇宙の直中だ。それに、宇宙船に匹敵する速度で移動する雷雲など、あるわけがない。
「これは……島、全速前進! “雲”の反対方向へ逃げるんだ!!」
「了解!」
 沖田が指示を出し、島が操縦桿を倒すと、〈ヤマト〉は艦尾ノズルから眩いプラズマの噴射炎を吐き出した。その炎の先端が“雲”に触れると、まるで炎を喰っているかのように“雲”が一段と稲光の輝きを増す。
「まるで生き物だ。真田さん、あれは一体!?」
 相原の言葉に、真田は一心不乱にキーボードを叩いて反応を解析していたが、やがて結果が出たらしく、艦長席の方を振り向いた。
「艦長、あれは微生物サイズの太陽電池を大量に含ませた、伝導性・強磁性のガス体です! もしあれに本艦が接触したら、この艦の電子装備はあっという間に焼き尽くされます!!」
 その報告を聞いて、沖田は前方に見えるベテルギウスの真っ赤な光を睨んだ。
「そうか、あの光が……」
 ベテルギウスの放つ、太陽の二百万倍の輝きが、そのガスを活性化しているのだ。いまや、最初は漆黒だったガスはベテルギウスの姿を映したように、真っ赤に輝きだしている。その輝きが強くなるにつれ、雪の目の前にあるレーダーが白いノイズで満たされ始めた。
「艦長、レーダー使用不能。ガス体から全周波数に渡って強力な電磁波が放出されています」
「航法レーダーも機能停止。艦長、これでは!」
 続けて太田が報告する。その顔は青ざめていた。全速航行中にレーダーが使えなくなると言う事は、もしスペースデブリや小惑星が前方にあっても、回避できないということだ。激突したら最悪、〈ヤマト〉はその場で沈没と言う事もありうる。
「これで、進路上に機雷でもあったら、万事休すだ……!」
 うめく古代に、沖田が冷静さを保った声で命じた。
「古代、主砲射撃用レーザー測距儀作動。臨時にレーザーセンサーとして使用する。レーザーを前方に振るようにして、針路上をスキャンせよ」
「は、はい! 了解!!」
 古代が弾かれたようにレーザー測距儀を起動する。それを見て、さらに沖田は命じる。
「島、進路変更。艦をベテルギウスに向けろ」
「ベテルギウスに? それは危険かと思いますが」
 島が珍しく抗弁する。しかし、彼の言うとおり、巨星の周辺を通るのは非常に危険だ。ベテルギウスは太陽の比ではない重力を持っており、それに捕まれば〈ヤマト〉と言えど脱出は困難だ。加えて、その膨大なエネルギーは艦を危険なまでに加熱するだろう。
「やむをえん。おそらく、後方のガスはさっきの小艦隊からの電磁波照射を推進力にして動いているんだろう。だが、ベテルギウスに接近すれば、そのうち艦艇の電磁波よりも、恒星風の圧力の方が高まって、ガスは進めなくなるはずだ。それに……」
 沖田は一度息を継いで、続きを口にした。
「その前にガスのエネルギーが高くなりすぎれば、プラズマ化して機能を保てなくなり、崩壊する。どっちにしても、今のまま追いかけっこをするよりは良い」
「了解しました。針路をベテルギウスに向けます」
 島が納得し、艦を旋回させる。艦尾から吐き出されるプラズマの尾がさらに太くなるが、ガス体はそれを全く気にした様子もなく、ひたひたと〈ヤマト〉を追った。その様はまるで小さな恒星が生命を得て、小さな獲物を追い回しているようにも見える。
 その間に、〈ヤマト〉は星系内最大戦速に達し、ベテルギウスをかすめるコースを取って驀進した。しかし、ガス体は速度を緩めない。
「艦長、艦内外の温度が上昇しています。冷却機構が過負荷になって、機能が低下しています」
 真田が焦りの見える表情で言う。言われてみれば、心なしか空気が熱く感じられる。
「む……総員、交代で宇宙服を着用しろ。少しは凌げるだろう」
「了解」
 相原が艦内放送のスイッチを入れて、宇宙服着用を命じる。たちまち艦内がざわつき出したが、その間に目に見えて気温が上昇してきた。
「艦長、艦長も宇宙服を」
「うむ」
 古代に言われた沖田が一時艦長室に引く。真田はその間に少しでも艦を冷やそうと手を打ち始めた。まず、艦の重力圏に充填されたエネルギー吸収ガスを放棄する。
「これで少しは時間が稼げるな……しかし、焼け石に水だな。太田、ベテルギウス直近の通過まで後どれくらいだ?」
 問われた太田がコンソールをにらむ。航法レーダーは作動しなくなっているが、事前の観測データからベテルギウス星系のマップは作ってあり、時間は計算できる。
「あと四時間と三十二分。誤差は三分以内です」
 それを聞いて、真田が呻いた。
「マズイな。今の割合で温度が上がると、その頃には艦内温度が四百度を超えるぞ」
 艦橋にざわめきが満ちた。地球連邦宇宙軍の制式宇宙服は簡易防弾機能を持ち、焦点温度二千度のレーザー射撃にも数秒は耐える。しかし、四百度の高温環境で数時間耐えるほどの耐熱機能はない。
 それ以前に、艦内には人間以外にも熱から守らなければならないものが山ほどある。特に弾薬の類はすぐに爆発するほど不安定ではないにしても、高熱に長時間さらせば変質・劣化して危険だ。食料も危ない。
 そこへ、宇宙服を着た沖田が戻ってきた。真田に気温上昇の危機を聞いた沖田は、しばし考え込んだ後で命じた。
「艦内の空気を全て抜け。真空なら熱伝導は起きない」
 思い切った手に、真田が感嘆とも驚愕とも付かない声を上げる。確かに、それがベストの手に見えた。それでも艦の外板が加熱され、内側に熱を伝導してくるはずだが、空気さえ熱せられなければ宇宙服を着た人間は十分耐えられる。
「わかりました。艦内総員へ、技師長より達する。これより艦の与圧を解除する。全員五分以内にエアロックから離れた場所に移動し、強風に耐える姿勢をとれ。繰り返す……」
 真田が艦内放送で命じると、艦内のざわめきがますます大きくなったが、それでもさすがに精鋭の乗員たちだけあって、三分以内に退避が完了した。
「よし、エアロック開放!」
 真田がボタンを押すと、艦のあちこちにあるエアロックが一斉に開放され、既に七十度近くに熱せられていた空気が一斉に放出され始めた。通路を強風が吹きぬけ、固定されていなかったり、固定が弱かった備品がそれにさらわれて、艦外へ放り出される。
 その喧騒も、空気が抜けるにしたがって放出の勢いがやんだ事と、音を伝えるものが無くなった事で収まっていき、真田はもう一度ボタンを押してエアロックを閉じた。
「艦内気圧ゼロ。装甲板の温度は現在三百九十度ですが、艦内に深刻な影響はありません」
 真田が報告し、沖田は頷いた。一瞬安堵の溜息が漏れたその瞬間、今度は古代が新たなる危機を告げる。
「レーザー測距儀に反応! 艦前方、四十五光秒に小型の浮遊物が多数存在! 機雷か微惑星群と思われます!!」
「古代、艦に当たりそうなものだけ破壊しろ。ただし主砲は航行用のエネルギーに回すから使うな。ミサイルで対処しろ」
「はっ! 直ちにかかります」
 古代がコンソールを叩き、艦首ランチャーの対艦ミサイルと、VLS内の対空ミサイルが連続して発射された。超高速で突進する〈ヤマト〉を凌駕する勢いでミサイルが飛び去り、やがて艦の前方にいくつもの光の玉が弾けた。その光が連鎖的に広がっていく。
「機雷源だ! 今の衝撃で誘爆したな。好都合だ」
 島がそう言うと、既に爆発の収まった空間に艦を乗り入れる。その後から追ってきたガス体がさらに複数の機雷を爆発させ、眩く輝いた。
 次の瞬間、沖田が待ち望んでいた瞬間が訪れた。
「ガス体、白熱化! 動きを止めて崩壊していきます!!」
 観測していた後部艦橋から報告が入る。機雷の爆発が、限界に達していたガス体に止めをさしたらしい。高熱によって伝導性が失われ、蓄えられていた膨大な電気エネルギーが抵抗によって一瞬で熱エネルギーに転換。ガス体を焼き尽くしたのだ。にわかに輝くガス星雲が出現し、ベテルギウスの光圧によって吹き散らされていく。
「後門の狼はなんとかなったが……」
「前門の虎は健在だ。こっちの方が手ごわいぞ」
 真田の言葉に沖田が応える。既に〈ヤマト〉は星系内限界速度を超えて、星系外航行速度に突入している。今からコースを変えてベテルギウスを避けるのは無理だ。真っ赤に燃える光体上空わずか十万キロほどの超至近距離を駆け抜けていく〈ヤマト〉。
「すげぇ。まるで炎の海だ……」
 古代が感嘆の声を上げる。直径七億キロのベテルギウス表面は、ここでは宇宙の半分を埋め尽くして広がっていた。
「艦外温度、一千五百八十度。艦内にダメージはありませんが、装甲内の固体窒素は全て蒸発。耐弾性が低下しています」
 真田が言った。安全地帯まで、あと一時間半。
「太田、ベテルギウス表面の動きに注意。異常があったらすぐ知らせろ」
「はっ!」
 その返事を最後に、艦内に静寂が満ちた。時折真田が艦内の状況を知らせる。艦の装甲板温度がじりじり上がり、二千度を超える。今外から〈ヤマト〉を見ることができれば、さながら白熱する彗星の核のように見えるだろう。
 そして、これほどの熱はさすがの〈ヤマト〉にじわじわとダメージを与えつつあった。
「第七高射パルスレーザー砲、損傷! 銃身が融解して脱落しました!」
「右舷後部姿勢制御ロケット群、ノズルの変形が目立ちます。推力効率が70パーセントに低下」
「レーダーアンテナも加熱により変形」
 その度に真田が声を嗄らして対処を指示するが、その程度なら強固な外板が融解したり破壊される事はない。これならいけるか、と誰もが思い始めたときだった。
「艦長、ベテルギウス表面に異常! プロミネンスが吹き上げてきます!!」
「何っ! 回避できそうか!?」
 太田の報告に顔色を変える沖田。プロミネンスは恒星表面から噴出する、巨大な炎の湧昇流だ。太陽でさえ、大きいものは地球を一呑みにするほどの規模を持つ。もし巻き込まれれば、〈ヤマト〉など一瞬で吹き飛ばされ、焼き尽くされるだろう。
「駄目です! 回避するには大き過ぎる!!」
 太田がパネルにプロミネンスの模式図を表示させる。直径千キロほどの炎の流れが、〈ヤマト〉の行く手をふさぐように駆け上ってくる。まるで炎の竜が獲物に喰らい付こうとしているようだ。
(今度こそ万事休すだ)
 誰もが最後を覚悟したその時、沖田が言った。
「古代、波動砲発射用意!」
「えっ!?」
 意外な命令に、思わず振り向く古代。沖田はコンソールをガンと叩くようにして立ち上がり、怒鳴りつけた。
「説明しているヒマはない! 目標、前方のプロミネンス! 波動砲発射だ!!」
「りょ、了解! 波動砲発射します。目標、前方のプロミネンス! ターゲット・スコープオープン!!」
 古代が発射シークエンスに入り、徳川がエネルギー回路を切り替える。
「波動砲へのエネルギー注入開始。回路正常。現在充填三十パーセント」
 一方で、島は沖田の意図を悟っていた。
(波動砲でプロミネンスを吹き飛ばすのか……できるか?)
〈ヤマト〉の数万倍も巨大な炎の竜を見ていると、いかに波動砲といえども通用しないのではないか、という恐れが沸いてくる。しかし、沖田は宇宙物理学者でもあり、宇宙の自然に精通した人物だ。きっと成算があるのだろう。
(後は古代、お前次第だ。頼むぜ)
 島が覚悟を決めたとき、エネルギー充填が臨界に達した。その直後、プロミネンスの上端部が〈ヤマト〉の前を駆け抜けた。炎の濁流は上昇の限界に達し、〈ヤマト〉めがけて崩れ落ちてくる。
「電影クロスゲージ、明度14。総員、対ショック、対閃光防御。発射十秒前……」
 トリガーを握り締め、古代が発射までのカウントダウンを開始する。全員が固唾を呑んで見守る中、古代はトリガーを引いた。
「ゼロ! 波動砲、発射!!」
 次の瞬間、眩い閃光が艦首から迸る。波動砲の威力は周辺のプラズマ化したベテルギウスの大気を打ち据え、強烈な衝撃波を発生させた。無数の稲妻をまといつかせた波動砲の閃光はプロミネンスを撃ち抜き、まるで竜退治の聖人セント・ジョージが振るう大剣がドラゴンの首を刎ねるように、その身体を中途から叩き斬った。
「やったぞ!」
 喚声が上がったが、次の瞬間それが悲鳴に変わる。上層部が吹き飛ばされたにも関わらず、未だエネルギーを残しているプロミネンスの炎は再び立ち昇り、〈ヤマト〉の前を遮ったのだ。
「うわあ、も、もう駄目だ!!」
 相原が悲鳴を上げ、雪が両手で顔を覆いかけたその時、さらに異変が起きた。
 波動砲の衝撃波に叩かれたベテルギウスの光球の表面が揺らめき、脈動したかと思うと、さらに巨大なプロミネンスが吹き上げたのだ。今まさに〈ヤマト〉を飲み込もうとしているそれがミミズにしか見えないほどの、恐ろしく巨大な炎。地球どころか木星すら飲み込みかねないほどの炎竜は、しかし〈ヤマト〉を直撃せず、その脇を猛速で天に向かう。
 そして、〈ヤマト〉直撃コースを通っていたプロミネンスは、その炎に吸い込まれるようにして消えて行き、〈ヤマト〉の前方から離れていく。それと同時に巨大な竜は身をくねらせ、再び自らを生み出したベテルギウスの表面へ帰っていく。
「こ、これは……」
 南部が感嘆の声を上げた。プロミネンスは巨大なアーチ状になり、全ての危機を掻い潜った〈ヤマト〉を祝福する凱旋門のように、ベテルギウスの上に聳え立っていた。〈ヤマト〉はその門を潜り抜け、ベテルギウスの表面を離れていく。
「最危険ゾーンを突破。艦外温度、低下しています」
 真田が報告すると、艦内に今度こそ安堵の息が漏れた。
「艦長、予測していたんですか? あの大プロミネンスを」
 古代が振り返ると、沖田は頭を掻いた。
「まぁ……半々というところだな。光体表面を擾乱してやれば、プロミネンスの根元を断てるかと期待はしていたが、あそこまで上手くいくとは思わなかったよ」
 その言葉に、思わず絶句する艦橋一同。あの沖田がまさか賭けとは、とあまりの意外さに声も出ない。すると、徳川機関長が笑い始めた。
「はっはっはっは、さすが艦長じゃな。賭け方もワシら凡人とはスケールが違うわい。おかげで寿命が十年は縮みましたぞ!」
「まぁ、そう言わんでくれ機関長。お前さんの寿命を十年も縮めたら、私は殺人罪で捕まってしまうよ」
 沖田が笑い返すと、徳川は憤慨したように言った。
「なんと! ワシは老けていてもまだまだあと二十年は現役で行くつもりですぞ! 十年くらい、どうって事はありませんわい!」
 そのやり取りに、まず南部がぶっと噴き出し、太田や相原もこらえきれずに笑い出した。古代、島、真田もその輪に加わり、艦橋に和やかな空気が広がる。
 
 しかし、まだ安心するのは早かった。
「艦長、前方に敵艦隊です!」
 雪の声に、一同は笑いを収めてきっとそれぞれの情報端末を睨んだ。
「巡洋艦クラス1、駆逐艦クラス7。戦艦、空母等は見られませんが、本艦の針路を塞ぐように展開中」
 沖田は頷き、命じた。
「罠を突破されて、遂に敵将自ら出てきたか……全艦戦闘配備! これが最後の関門だ。一気に越えていくぞ!」
 沖田の心眼は、目の前の艦隊に一歩も引かない決死の心構えを見て取っていた。
〈ヤマト〉と謀将コルサック、最後の戦いが始まろうとしていた。

 人類滅亡の日まで、あと308日。

(つづく)


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