宇宙戦艦ヤマト 復活篇
非公式ノベライズ
Resurrection of Space Battleship YAMATO unofficial novelize edition
後編 第七章「同盟軍成立」
ヘリパッドから指揮所へと場を移し、地球、アマール、エトス三国同盟軍の臨時作戦会議が始まった。
「我々がアマール侵攻軍を撃滅し、バルスマンを討ち取ったことは、まだ敵も知ってはいないだろうが」
ゴルイが切り出すと、それに応えて古代が後を続ける。
「とは言え、敵も馬鹿じゃありません。事情を知るのは時間の問題と見ていいでしょう。この際、我々がやることは一つ」
古代が星図上の一点を指差す。ウエスト恒星系。SUSの一大拠点である要塞の所在地だ。
「ここを攻略し、大ウルップ星域におけるSUSのプレゼンスを減退させること。まずはこれが重要でしょう」
星域中央部にあり、全ての連合参加国とほぼ等距離にある、戦略上の要衝。ここを抑えていることがSUSの優位を確固たるものにしている大きな要因である。もしSUSがここを失えば、潜在的に不満を持っている他の国々の中にも、連合離脱・同盟参加を決意するか、あるいはそこまで行かなくとも中立に態度を転じる国が出てくる可能性は高い。うまくいけばSUSを孤立に追い込むことも出来るだろう。
「うむ……私もそれを考えてはいたが」
ゴルイは頷きつつ、視線をパスカルに向けた。
「私はこの要塞にさほど詳しくない。アマール代表として要塞に赴任していた将軍ならば、我らの知らない情報を持っているのではないか?」
ゴルイの期待するところは、パスカルもよく理解していた。頷いて話し始める。
「確かに、私がこの中で一番要塞には詳しいだろうが、それでもあれはSUSのものだ。機密に属するところまではさすがにアクセスできないので、推測が入るところはご容赦願いたい」
パスカルは懐からデータデバイスを取り出し、指揮所のコンピュータにセットすると、要塞の情報を呼び出した。
「これが、私が知っている限りの要塞の全データだ。本体部分はこの中央にある逆三角錐の上に司令塔を乗せた構造物で、司令塔の周囲には艦隊泊地を兼ねた流体エネルギーフィールドが展開されている」
パスカルがポインティングスティックを伸ばし、各部分を指しながら説明を加えていく。
「本体の攻防性能も十分一個艦隊に匹敵するものだが、それより脅威なのはこの周囲に浮遊する、五隻の防御盾艦だ」
パスカルが指したのは、複数の円柱や角柱を束ねた、パイプオルガンを連想させる五つの構造体だった。地球単位系で全高3km。本体のそれに匹敵する規模がある。
「この盾艦が厄介なのは、それ自体が極めて強力な電磁バリア発生装置を備えているだけでなく、中央部の一番巨大な角柱状構造体に、対艦隊規模の巨大砲を搭載している点にある。私見だが――」
パスカルはいったん言葉を切り、緊張の面持ちで言った。
「地球艦隊の主力戦艦群が備える艦首大口径砲……あれの一斉射撃に匹敵する火力があるだろう」
パスカルは要塞の竣工時に、SUSが連合各国への示威を兼ねて行った巨大砲の試射を見たことがある。直径千キロ単位の小惑星を跡形も無く消し去り、ダミーとは言え数百隻の船舶を粉砕したその火力は、それがわが身に向けられたらと考えるパスカルの心胆を絶対零度近くまで冷やすものだった。
「あれが五門か。確かに厄介だな」
地球艦隊の拡散波動砲一斉射撃を目撃したゴルイが、パスカルの見積もりに頷く。
「しかも、おそらく盾艦は自分の射撃に耐える防御力は持たされていよう。真正面からの攻略はきわめて困難だと判断せざるを得ぬ」
ゴルイはさらに困難な見通しを述べた。古代もその見通しには同意だった。戦艦レベルの決戦兵器ならば容易く防ぎきる宇宙要塞の絶大な防御力は、数々の要塞と対峙してきた古代の良く知るところだ。
例えば、ガミラスの宇宙要塞島。そして最強の敵、白色彗星帝国の本体である都市要塞。暗黒星団帝国のゴルバ型浮遊要塞。デスラー砲の一斉射撃にすら余裕で耐えた、ボラー連邦の機動要塞ゼスバーデ。ディンギルの牙城、都市衛星ウルク。いずれも圧倒的な攻防性能を持ち、攻略に甚大な被害と犠牲が必要だった。思い返す度に苦い思い出に捕らわれる敵だ。
デスラーの専用艦に装備されているハイパーデスラー砲なら、要塞を破壊できるだけの威力があるが、デスラー艦は戦艦と言うよりは小型の機動要塞に分類すべき代物だし、そもそも今あれに匹敵する火砲は地球にはない。
かといって、デスラーの出馬を要請するのも考え物だろう。たぶん古代が頼めば来てくれるとは思うが、ガルマン・ガミラスはかつてこの星域を侵略したこともあり、アマールやエトスに好意を抱かれている存在ではない。できれば、最後の手段にとっておきたいところだ。
それに、超強力な火砲などなくとも、それらの要塞を古代が打ち破ってきたのも事実だ。その戦訓を踏まえ、彼は意見を述べた。
「内部からの攻略――陸戦部隊を突入させての占拠、あるいは破壊工作は可能でしょうか?」
要塞を崩すには内部から。これは要塞攻略戦の定石である。しかし、パスカルは首を横に振る。
「難しいでしょうな。バリアを張られた後では、そもそも突入自体が不可能だ」
「それに、要塞の事ばかり気をとられているわけにも行かない。要塞にはバルスマンの主力艦隊には及ばないとは言え、数百隻規模の防衛艦隊も駐留している。おそらく、まだSUSに協力する他国の来援も有りうる。一千隻単位の敵艦隊と交戦する事も考えねばなるまい」
ゴルイが視点が固定される危険を回避するために提言する。これも厄介な問題だ。現在、同盟国各艦隊の戦力は、地球が第三次移民船団護衛艦隊に第一次、第二次の残存艦を足しても、約二百二十隻。エトス軍が約三百隻。アマール軍が百八十隻。合計七百隻であり、しかも連携作戦の訓練をした事があるわけではない。
それぞれの戦力は精鋭と呼ぶにふさわしい実力を備えてはいるが、敵を凌駕するには緻密な連携が必要となる。それには訓練を通じて互いの力量を把握し、かつ背中を預けても構わない、と言う信頼感を醸成しなければならないが、そんな時間は今の同盟軍には無い。
速戦即決こそ最良の戦略であることを知りながら、それを可能とする材料が無い。その事実に古代は思わず唇をかんだ。
その状況を打開したのは、それまで黙って軍人同士の会話を聞いていたイリヤだった。
「ゴルイ提督、お国の大棟梁閣下に連絡を取れますか?」
「は? それは、取れますが……陛下」
ゴルイが唐突なイリヤの申し出に、戸惑いつつも答えると、イリヤは笑顔で頷いた。
「では、連絡をお願いします。私からの用件だと申し上げてください」
「は、承知しました」
他国の元首からの要請を断るわけにも行かない。ゴルイはイリヤと共に通信室に向かうべく、部屋を退出した。残された古代とパスカルは顔を見合わせた。
「どういう事だろう、将軍」
「さて……しかし、陛下は聡明なお方。何か我々武人には及びもつかない策を思いつかれたのかも知れぬ」
待つことしばし。再び会議室に戻ってきた二人の顔が明るいのを見て、古代とパスカルは何かがうまく行ったらしい事に気がついた。
「古代提督、パスカル将軍、何とかなるかもしれん」
ゴルイがそう言って、イリヤの「策」の説明を始める。それを聞いて、古代もパスカルも喜色を浮かべた。確かに、これなら戦力の差を一気に覆すことが可能かもしれない。
「勝機が見えたか……」
「後は戦うのみですな」
「勝ちましょう、必ず」
祖国の命運を背負った三人の軍人は、そう言って拳を握り合った。
悲報が届いても、要塞の主は顔色一つ変えなかった。
「バルスマン総司令官が敗れたか。わかった。以後、総司令官の席は私が就く」
メッツラー総督はそう言って、知らせを持ってきた通信参謀を退出させた。一人になった彼の目には、特徴的な虹色の輝きが生じ、口元が笑みの形に歪む。
「いい操り人形だったが……所詮は我らが与えた力を己が物と勘違いしている小物。この辺りが潮時だったな」
形の上では上官・主君に当たる人物の死をそう軽く切り捨て、メッツラーは歩き出した。間もなく、バルスマンを討ち取った余勢を駆って、敵が攻めてくるだろう。
だが、その時こそ彼らは思い知ることになる。真の力とは何であるか。そして、自分たちが敵に回した相手が、どれほど恐ろしい相手であったか。
地球、アマール、エトスの者たちが絶望に打ちひしがれ、惨めに死んで行く様を思い描き、メッツラーは昏い笑いを浮かべ続けていた。
第二の地球となったアユーの上では、今まさに建設ラッシュが続いていた。
巨大とは言え、移民船内はやはり閉鎖空間だ。人間には広大な空間や、閉鎖系内で循環する空気や水ではない、新鮮なそれが何よりも必要となる。一刻も早く移民たちを船から降ろし、新たな居住地へ移ってもらうため、大規模な仮設住宅の建設が行われている。
しかし、移民船の役割が終わってしまうわけではない。最終的には船のほとんどは解体され、新都市建設のため資材にされる予定だが、船としての次の役目を負うものもいる。
そうした中の、一千五百隻あまりの移民船が、再び船団を組んで、地球へ向かおうとしていた。まだ故郷の星に残る人々を迎えに行くために。
「では北野、加藤、復路の護衛を頼む」
古代の言葉に、復路護衛艦隊司令に任命された北野と、彼を補佐することになった加藤が敬礼で応えた。
「全力を尽くします」
「一足先に地球に戻っています。古代さんこそ、どうかご武運を」
ゴルイ率いるエトス艦隊の鋭鋒を受け止めたものの、三個護衛艦隊の中で最大の打撃を受けた北野の第九艦隊は、決戦に臨むには荷が重いと判断され、護衛艦隊に回されたのだ。補充は加藤が率いていた第一次・二次移民船団護衛艦隊の残存部隊が担う事になったが、それでも定数の七割を切っている。
往路の三分の一に満たない戦力での護衛作戦となるが、古代は自分たちが要塞攻略戦を開始すれば、敵に船団攻撃の余裕はなくなるだろうと判断し、復路の安全については楽観していた。
「ああ。死ぬ気はないさ。雪を探しに行かにゃならんからな」
加藤の祈りに応える古代の手には、傷つき焼け焦げた制帽が握られていた。
雪のものだった。
第一次移民船団壊滅に際し、最後まで戦場に踏みとどまり防戦に努めた彼女の旗艦、スーパーアンドロメダ級戦艦〈アウストラ〉は、大破した状態でサイラム恒星系内を漂流しているところを発見された。艦内に人の姿はなく、雪のもので残されたのは、この帽子一つ。普通は生存を絶望視される状況だ。
しかし、雪の制帽には一滴の血痕も見当たらず、それが古代に確信を抱かせていた。妻は――雪は、生きている。この宇宙のどこかで、彼が来るのを待っていると。
「そうですね。まぁ、古代さんが負けるわけがない」
加藤の笑いに、古代は苦笑を返す。
「プレッシャーをかけてくれるよ。まぁ、ゴルイ提督やパスカル将軍もいる。何とかなるさ」
古代は言うが、実はその二人も彼に重圧を負わせていた。同盟軍の総司令官に古代を推挙してきたのだ。
年齢から見て、ゴルイやパスカルのほうが先任であり、古代は総司令官の地位を辞退したのだが、二人は頑固だった。
「私は近代的な宇宙海戦については指揮経験がない。シミュレーションで訓練した程度だ。私だけは指揮官には出来んよ」
パスカルの主張に続けてゴルイが言う。
「そうなると、私か古代提督になるわけだが、それなら同盟で最強の戦力を擁する古代提督に、全軍の指揮を執ってもらうのが筋だろうな。嫌とは言わせぬ」
指揮下に入る人間が総司令官に指揮を執れと強要するのは筋なのか、と古代は思ったが、ゴルイは古代の部下と言うわけではない。とりあえず、指揮権を取るにもまずやらねばならない事が、古代にはあった。
アユーの仮設現地本部。ここには、地球とリアルタイムで交信出来る、大容量超光速通信設備が設置されている。古代は復路船団の出立を見送った後、本部で地球の移民事業本部を呼び出した。
『古代! 無事だったか!!』
スクリーンに現れた真田が、心労でかまた一段と痩せた顔に笑みを浮かべる。ここ数日、定時報告すら出来なかった状況だけに、地球ではさぞ気を揉んでいた事だろうと、古代は申し訳なく思った。
「ご心配をおかけしました。まず、船団の状況を報告します。第三次移民船団、全移民船が無事にアマールへ到着。敵襲はありましたが、これを撃退し、護衛艦隊は162隻が健在。現在、一部を割いて第四次移民船団となる復路船団を送り出したところです」
真田の背後から、事業本部要員のものと思しきどっという歓声と、拍手の音が聞こえてきた。真田はうむ、と頷き、古代に労いの言葉をかける。
『そうか……よくやってくれた。さすがは古代だ。我々の期待に応えてくれた……』
古代は軽く頭を下げた。だが、彼の顔に笑顔はない。これからが本番だ。
「その事で真田さん、現地の状況は現在極めて複雑です。状況を説明いたします」
『そうか。敵の正体等は判明したか?』
真田も真剣な表情に戻って言う。古代は敵がSUSを中心とする、星間国家連合である事、その実態がSUSを頂点とする、強権的な支配体制の元にある事を報告した。
「SUSが健在である限り、移民を行っても地球の安全は確保されません。私としては、SUSに対し宣戦を布告し、これを撃滅。連合を解体するか、地球に対し敵対行動を行う意思を放棄するまで打撃を加える事を具申します。政府に計らっていただけますか?」
古代が説明と提案を終えると、真田は厳しい表情になった。
『そこまでの状況か……戦いは、避けられんか?』
古代は頷いた。
「おそらく……敵主力艦隊に大打撃を与えたとは言え、敵の本拠は健在ですし、戦闘意欲を挫いたとは思えません。交渉を呼びかける事は出来るでしょうが、まず無益でしょう」
真田はしばし沈思黙考し、やがて頷いた。
『わかった。政府に掛け合ってみる。その間に古代は戦闘準備を進めておいてくれ』
「承知しました。ありがとうございます」
古代が敬礼すると、真田は答礼し、通信を終えた。古代は軽く息を吐いて、シートに身を沈める。これからは政治の時間。再びバトンタッチされるまでは、一休みするとしよう。
メガロポリスから北に10キロほど、関東山地の麓に広がる広大な原野を切り開き、世界のあらゆる地域から生物を集めた、いわゆるサファリパーク形式の動物園。それが、この佐渡フィールドパークである。カスケード・ブラックホール危機が起きるまでは、メガロポリス有数の観光・行楽スポットとして名を馳せていた。
その職員棟の一角、生まれたばかりの動物たちの世話をする施設で、古代美雪はライオンの子供にミルクを与えていた。
「はい、もう終わりですよ。だめよ、他の兄弟たちにもあげなきゃいけないんだから、我慢しなさい」
口から離された哺乳瓶を前足で引き寄せようとする子ライオンをゲージに戻し、まだ順番の来ていない別の子を抱き上げようとしたとき、ノックもなしに扉が開かれた。驚いてゲージの奥に逃げる子ライオンたち。美雪は振り返り、ドアのところに立っている人物を睨んだ。
「佐渡先生、ノックしてくださいって何時も言ってるじゃないですか! この子たちが怖がるでしょう」
「おお、すまんのう」
佐渡フィールドパーク園長、佐渡酒造はもはや一本の髪の毛も残っていない頭を掻き、美雪に謝った。
かつて、艦医として初代〈ヤマト〉の航海を支え続けた、自称「地球一の名医」。名医じゃなく迷医の間違いじゃないのか、などと言われつつも、その人柄を乗組員の誰からも愛された彼は、現在では本業の獣医としてこの施設を運営している。
「それで、何か御用ですか?」
美雪は問いかけた。その顔にもう怒りはない。というより、最初から怒ってなどいなかった。彼女にとって、佐渡は師であり、祖父のような存在だ。何しろ、母が彼女を産むときも、佐渡が分娩に立ち会ったくらいで、文字通り生まれたときからの付き合いである。嫌いになるわけもない。まぁ、彼女のオムツを替えた話はいい加減にやめてほしいと思っているが……
「おお、そうじゃった」
佐渡はぽんと手を打つと、満面の笑顔で言った。
「古代がやってくれたんじゃよ。やっぱりあいつはすごい奴じゃ」
佐渡が「古代」と呼ぶ相手は、もちろん美雪ではなく、父である進の事だ。
「お父さんが……?」
美雪は一瞬何の事かわからずきょとんとしたが、佐渡はそれを違う反応だと思ったようだった。
「あ……す、すまん。お父さんの事は……」
美雪が父の事をあまり良く思っていない事は周知の事実だったはずだが、朗報のあまりつい忘れてしまっていた。しかし、佐渡の予想に反し、美雪は聞いた。
「いえ、聞かせてください」
「そうか? わかった」
佐渡は美雪の反応に戸惑いつつ、第三次移民船団の様子を語って聞かせた。古代が二度の戦闘を勝ち抜き、船団に乗り込んでいた人々には傷一つつけなかった、と言う事を話す時には、佐渡の顔は自慢の息子について語る時のような誇らしさが浮かんでいた。
「あいつは……古代は、たくさんの人を守ってきた。今度もそうじゃ。あいつの事をただの戦闘狂のように言う奴らもいるが……」
「わかっています」
美雪が言うと、佐渡の顔は更なる驚きに彩られた。美雪は続けた。
「わかっているんです……頭では。ただ、心はまだ納得できていないですけど」
自宅での僅かな時の間に、美雪は父が自分たちを見捨てた、身勝手な人間でない事を、かつて確かに家族の情愛で繋がれた時代があった事を思い出してはいた。それでも、母の大事に父がいてくれなかった、という事実を受け入れる事ができない。理屈ではないのだ。
「そうか……」
佐渡は頷き、美雪のいる部屋を後にした。人の心の難しさは、彼も良く知っている。これが相手が男だったり、大人であったりすれば、酒の一つも勧めてやればたいていの事は解決すると佐渡は信じているが、美雪にそれをするわけにもいかない。
「時間だけじゃのう、本当の妙薬というもんは」
いつか、美雪も父を本当に受け入れられるようになる時が来る。それを信じるしか、今の佐渡に出来る事はなかった。
夕暮れが迫り、金に輝く海面をどよめかせて、無数のエンジン音が響き渡る。停泊していた同盟艦隊に、出撃の時が来たのだ。
「古野間少将、後を頼む」
サイラム星系に残留する部隊の指揮権を預けた古野間に、古代が言った。
「お任せを」
頷く古野間。彼の指揮下にある陸戦部隊は、数日前の損害を未だ回復はしていないが、それでも意気は軒昂だ。
「しかし、今回ばかりは政府も腰を上げるのが早かったですな」
古野間の言葉に、苦笑する古代。
「まぁ、全人類の生存権の問題だからな」
真田は仕事を果たした。移民事業本部長として、最大の障害である星間国家連合を撃破するための軍事行動の必要性を説き、政府首脳部を説得したのだ。連邦政府は古代に政府全権の地位を与え、必要に応じて星間国家連合に対して宣戦布告を行う事と、その場合の全地球軍の指揮を執ることを認めた。
のみならず、連合各国に対して反SUS同盟への参加を呼びかける外交権すら与えてきたのだ。文字通り総力戦を行う全権能を古代に付与した事になる。十七年前、煮るべき走狗として追われた男は、今人類史上まれに見る全権の持ち主となったのだ。
もちろん、それを私するような古代ではない。艦橋に戻った古代は、全艦隊に通信を繋がせるとマイクを取り上げた。
「地球艦隊の全宇宙戦士諸君」
出撃に当たっての訓辞。二度目となるそれに、〈ヤマト〉の艦橋要員が威儀をただし、艦隊の全乗員がそれに倣う。
「ならびに、アマール、エトス両軍の勇士たちに告ぐ。私は同盟軍全軍の指揮を執ることになった、地球艦隊の古代だ」
戦艦〈シーガル〉のゴルイとコアン、自らの旗艦〈クイーン・オブ・アマール〉のパスカル、そして彼らに従う全乗員もまた、それぞれの持ち場で姿勢をただし、次の言葉を待った。
「我々はこれよりSUSの牙城である、ウエスト星系の大要塞へ侵攻し、これを攻略する。きわめて困難な闘いとなる事が予想されるが、諸君らの力をもってすれば、これに勝利する事は可能であると本職は確信するものである……諸君、私が乗る艦のマストを見てもらいたい」
古代が言うと、各艦に送られている古代の映像が、〈ヤマト〉のマストのそれに切り替わった。レーザーホログラフが起動し、一琉の旗を表示させる。それを見て、日本人を中心に、戦史に詳しい地球艦隊乗員の間にどよめきが上がる。それは、旗を対角線をもって四分割し、黒、赤、青、黄の四色を持って塗り分けた、地球の国際信号旗――Z旗。
「かつて、地球の海戦においてこの旗を掲揚し、勝利した二人の偉大な提督は、この旗に次のような意味を持たせていた。祖国は各人がその義務を果たす事を期待する、祖国の興廃はこの一戦にあり、総員奮励し努力せねばならぬ、と」
古代は言葉を続けた。
「祖国の運命を担い、勝利した偉大な先達に倣い、私もこの旗を掲げよう。そして、諸君らにこう申し上げる」
古代は一度言葉を切り、そして、多くの人間が想像していたのとは違う一言を発した。
「生きよう」
艦隊に再びどよめきが満ちる。
「生きて帰り、再びこの風景を見よう。今手を振り見送ってくれている人々に、もう一度再会しよう。これは命令ではない。私の――切なる願いである」
古代は再び言葉を切り、そして最後の一言を発した。
「死ぬな、諸君。――以上」
放送が終わった時、一瞬全艦隊に流れたのは沈黙だった。だが、すぐに全員が理解した。義務を果たすのは当たり前、努力するのも当たり前。その先にある本当の目標が、勝利し、何よりも生きて帰ることなのだ。
「フッ……なんとも厳しい男だ。この上なく難しい事を要求しおる」
ゴルイが苦笑し、パスカルもまた緊張を解いて言った。
「その難しい要求に応えて見せようではないか。全艦、発進準備」
先陣を切るアマール軍の、ガレオン船を思わせる優美なスタイルを持つ戦艦が、続々と宇宙へ向けて舞い上がる。続いてエトス軍。殿に地球艦隊が、湾の海面を切って飛翔し、逆向きの流星雨を思わせる角度を取って上昇していく。数百隻の大艦隊が飛び去っていくその様子を、王宮のテラスでイリヤが祈りをこめて見つめていた。
「神よ……どうか、勇者たちに武運を」
そう神に願い、そしてきびすを返すイリヤ。ただ祈りながら待っているだけが彼女の役目ではない。イリヤにとっても、本当の戦いはこれからだった。
敵襲を前に、要塞前面では艦隊の集結と布陣が急がれていた。BH−199海戦で損害を受けたベルデル、フリーデ両軍も本国からの増援と補充を受け、ほぼ定数を回復していたが、回復しきれないものが彼らにはあった。
「……そちらの調子はどうだ?」
『良いとは言えませんな』
ベルデル艦隊司令官のトローレ中将に答えたのは、戦死したロブソーに代わってフリーデ艦隊の指揮を代行している、次席指揮官のアンブル少将だった。
『先の戦いで生き延びたものは、低下した士気を回復できておりません。そればかりか、増援としてやってきた部隊も、損害と敵の強さを聞いて、怖気ついている者が多い』
頭痛を抑えるような仕草を見せたアンブルに、トローレも禿頭を撫でつつ答える。
「貴官もか……我が軍は艦載機の補充が間に合わん。まさか一戦で二千機も落とされるとは思わんからな……全く何という状況だ」
BH−199海戦では、艦隊戦力の八割を損失し事実上壊滅したフリーデに比べればマシとは言え、ベルデル艦隊も艦隊の五割を損耗した他、艦載機にいたっては未帰還率七割という戦慄すべき損害を受けた。
さらに地球、アマール、エトスが要塞に侵攻してくるという事から、トローレもアンブルも、アマールへ侵攻したバルスマンの主力艦隊がどうなったか、容易に想像がついた。もちろん、これらの状況は本国には伝えてある。
本国としては、連合最強のSUS艦隊を叩きのめした上、連合最精鋭のエトスまで加えた敵の強さを見て、対応に迷っているらしい。今ここで敵を迎え撃つ事になった二人の元に送られてきたのは、はっきり言えば失っても惜しくない二線級の戦力――形ばかりのものでしかなかった。つまり――ここで連合が敗れた後、敵が自分たちを許してくれなかった場合の保険がほしいのだろう。戦力を本国に温存しているのだ。
(そんな事をするなら、いっそエトスのように完全に寝返ってしまうほうが、後腐れがないんじゃないのか?)
トローレは思ったが、それができる度胸が本国に無いことも理解していた。
(まぁ、俺にもないがな……なんだかんだ言って、SUSに逆らって勝てるとは思えん)
それなら、ここで少しでもSUSに対して、自分たちは役に立っているのだと見せるしかないだろう。SUSにそれを評価するような度量がない事は、この際忘れておく。
その時、オペレーターが緊迫した声を上げた。
「前方に大規模な重力震! 敵艦隊がワープアウトしてきます」
トローレは窓の外を見た。暗黒ガスに囲まれているため、星の見えないはずのウエスト恒星系に、無数の青い星のような輝きが生まれてきている。敵が来る。
「全艦隊戦闘準備。艦載機部隊、即時発進だ。もうこれ以上負けるわけにはいかん」
トローレは命じたが、最後に付け加えた一言に、既に怯みがあることは自覚していなかった。
ワープアウト直後から、既に艦橋には無数の情報が飛び込んできていた。
「前方、七十五宇宙キロに敵要塞を確認」
「その周囲に敵艦隊の展開を確認。艦籍はSUS、ベルデル、フリーデと認む」
古代は立ち上がり、窓の外と敵の様子を詳細表示したメインパネルを交互に見据える。やはり、気になるのは敵の要塞だ。既に五隻の防御盾艦が要塞本隊を隠すように布陣し、ゆらゆらと動く陽炎のようなバリアを纏っている。
「真帆、敵バリアの能力は計測できているか?」
古代に問われた真帆がすぐさま答えた。
「電磁バリアなのは確かですが、艦船用のそれとは出力が段違いです。磁場強度、2.4×10^9テスラ。中性子星級です。磁場表面に展開されているのは、エネルギー散乱ガスと思われます」
「……厄介だな。波動砲でも貫通できそうも無いぞ」
上条が言う。それほどの極超強磁場に束縛された物質は、ガス体と言えどもはや固体も同様であり、しかも破壊はきわめて困難だ。ミサイルもはね返すし、そもそも接近につれて異常な強磁場によって弾頭の機能が狂い、破壊されてしまう。
光学兵器でも、ショックカノンや中性粒子ビームならば磁場に影響されず貫通はするが、エネルギー散乱ガスによって容易に威力を減衰されてしまう。そして、波動砲はプラズマ化したタキオンのビームであるため、電磁気力による防御が可能――すなわち、このバリアを貫通する事はできず、軌道を曲げられてしまう。
「木下、真帆の観測データを元に、バリアの弱点を探れ。何かあるはずだ」
「了解です」
古代の命を受け、木下が早速分析にかかる。それまでに、古代にはやっておくべき事があった。
「中西、全周波数帯に対して回線を開け」
古代は次の命令を出した。中西が早速通信制御コンソールを操作し、古代に頷いてみせる。
「準備完了です!」
「よし」
古代はマイクを手に取った。
「星間国家連合として参陣している艦隊の諸氏に告ぐ。私は地球政府全権代理、古代進だ」
トローレはBH−199でも交戦した敵艦隊の司令官が発する言葉に耳を傾けていた。
『我々地球の目的は侵略ではない。我々は母なる星を災害によって失う事が確実となり、新たな天地を求めてやってきた。幸い、アマール女王イリヤ陛下は、長年の友誼に鑑み、我々の受け入れを快く許して下った』
古代は一息入れ、言葉を続ける。
『……以後、我々はアマールの隣星、アユーを新たなる故郷とし、国家再建に力を尽くす事になる。それがなった暁には、我々はあなた方の新たなる隣人として、共に歩んでいく所存である。繰り返す。我らが目的は侵略ではない! 共存であり、共生である』
次に発せられた言葉には怒りが篭っていた。
『不幸にして……誤解から我々は戦火を交える事となり、互いに多くの犠牲を出した。しかし、我々はこれに対し、あなた方に報復しようとは考えていない。事態の解決は、双方の代表により交渉して決める事となるだろう。だが、その対象とならない者がいる』
古代が要塞に指を向けた。
『不必要な対立を煽り、膨大な悲劇を引き起こした者がいる。彼らはただ単に自分たちがこの星域の覇者として、身勝手に振舞い続けたいと言う理由から、そのような暴挙に及んだ。それが誰か、あなた方はご存知であろう。そう、この大ウルップ星域を力で支配する強権国家、SUSである』
古代は指を下ろした。
『地球連邦全権として本職に与えられた権限に基づき、私はSUSに対し次のごとく要求する。即ち、今回の一方的な軍事行動を謝罪し、地球連邦に与えた一切の損害を賠償する事。軍事力による他国への強権的な支配を停止し、友好的な関係の再構築を約すること。これが受け入れられない場合、地球連邦はSUSに対し宣戦し、先の要求が完遂されるまで戦い抜く事を布告する』
次に画面にパスカルが現れる。
『私パスカルは、アマール女王イリヤ三世陛下の陣代として、星間国家連合の友邦諸氏に申し上げる。先に地球の古代全権が言われた事は事実である。私は地球に侵略的意図が無く、良き友人、良き隣人として共存しうると言う陛下のご判断を支持する。従って、SUSが愚かにも先の要求を拒否した場合、我が国は地球と共同歩調をとり、SUSの現体制打倒まで戦う事をここに宣言する』
さらに、ゴルイが現れる。
『我々エトス国はアマール国同様、地球連邦に侵略的意図が無く、誠意ある行動をとってきた事を確認した。地球連邦はSUSと異なり、信頼に値し共に歩むに足る友邦である。我々はSUSの絶対支配と言う歪んだ現状を打破し、諸国の水平的かつ平等な連合体と言う、星間国家連合のあるべき姿を取り戻すため、地球と共同歩調をとる。加えて――』
再び古代に画面が切り替わる。
『独裁と強権を排除し、大ウルップ星団の諸国が真の自由と独立を回復するために、全ての諸国に対し、我々と共に立ち上がっていただける事を期待したい。志ある人々に対し、我々は決して握手を拒むことなく、いつでも援助を行う用意がある事を申し上げておく』
通信が切れた。トローレは組んでいた腕を解き、ふっと笑みを浮かべた。
「SUSに宣戦を布告する、か。それはつまり――我々とは戦わないと言う事だ」
トローレは古代たちの共同宣言をそう解釈した。加えて、祖国ベルデルを含め、SUS以外の全ての国に対し、決起を呼びかけている。彼らは呼びかけているのだ。我々と共に来い、と。
逆に考えれば、SUSに従い続ける者には容赦はしない、と言う事でもあるだろう。共同宣言をどう受け止めるか、自分たちでは考えあぐねている幕僚たちが、トローレの方を見ている。自分たちの司令官がどう決断するか、それを待っているのだ。
「魅力的な誘いだな。だが……我々は軍人だ。本国の指示無く、勝手に行動する事は許されん」
この点、トローレはごく常識的な軍人だった。立場を超えて独立を画策していたゴルイとは異なるし、その事を当然だとも思っている。だから、彼にできることは、次の指示が精一杯だった。
「従って、我々はSUSと共同宣戦を張り、敵同盟軍と戦う」
艦橋内に、失望の雰囲気が漂う。トローレは苦笑した。全く不甲斐ない部下たちだ。そこまで、期待しているものがあるならば、それを自分たちの手で実現してみたらどうか。例えば、まずはこの自分を幽閉するとか。
もちろん、トローレは幽閉などされたくは無い。そこで一言付け加える。
「別命があるまではだ。それまでは、せいぜい手を抜いておけ」
腹芸ができる指揮官が向こうにいれば、これで済むだろう。どこか艦橋に安堵の空気が漂う中、トローレは難しい表情を崩さず、画面をにらむ。だが、そこに先程までの怯えはなかった。
「敵艦隊、動き出しました。こちらに向けて突撃の構えです」
真帆が報告する。
「やはり、そう簡単にはいきませんかな」
ベルデル、フリーデの艦隊も向かって来ているのを見て、大村が言う。
「まぁ、旗を巻きかえると言う行為は、誰にとっても重い決断ですからね」
古代は答えた。それに、前線の軍人が今ので簡単に揺らいでしまうようでは、それはそれで困るだろう。今の宣言は後方の政治家たちにも向けられており、そちらに対しては仕掛けがまだいろいろとあるのだ。
「まずは、目の前の敵を撃破することに専念しよう。全軍に通達。主目標をSUS艦隊に置き、集中攻撃を加える。ベルデルおよびフリーデ艦隊の攻撃に対しては積極的に応戦せず、防戦に徹する事。ただし、敵の攻勢が激しく対応が難しいと判断した場合、全面的応戦に移ることを各艦隊司令官の裁量において決定してよろしい」
『了解』
指揮下の南部、ゴルイ、パスカルの各司令官が応答する。布陣を見ると、先鋒にアマール軍を置き、その後方に第八護衛艦隊、第七護衛艦隊、エトス艦隊が横陣を敷く、凸型の隊形となる。
一方、連合軍はベルデル、SUS、フリーデの三部隊が横陣を敷いて並んでいる。アマール軍がまずSUS軍と激突する事になるが、パスカルはあまり心配していなかった。アマールに上陸した敵に対して陸空軍は苦戦したが、それは武器の質が劣っていたのが最大の原因だ。
一方、宇宙艦隊に関しては、建設に当たってSUSではなくエトスの技術が導入されており、エトス軍の最新鋭に対してはやや型落ち感があるものの、SUSの供与してくるモンキーモデルほど低質な武装ではない。
(先代王には感謝せねばな)
パスカルは思う。イリヤの父に当たる先代王は武器の供給を全てSUSに頼る事が安全保障上の問題になると考え、エトスに艦隊建設の技術支援を依頼したが、実に先見の明があったと言わざるを得ない。
(……先代王の頃から、王家の方々はいつか真の独立をアマールにもたらそうと考えてこられたのであろうな。やはり、私などまだまだ視野が狭いと言う事だ……)
それなのに、SUSを良く知る自分がアマールの運命を背負っていると気負い、陛下を蔑ろにするかのような行動をとった。何たる思い上がりか、とパスカルは自嘲する。しかし、それで終わってしまうほど、彼は器の小さい人間ではなかった。
「陛下に楯突いた罪、この一線に勝利する事でお詫びとする。盾艦前へ! 砲艦は敵旗艦に集中砲火を浴びせ、これを討ち取れ! SUSの指揮系統を破壊するのだ!!」
汚名を晴らそうと意気込むパスカルの命を受け、艦隊が動き出す。アマールの戦艦は基本構造と武装は同じだが、主要装備が異なる二種類が存在する。盾艦と砲艦だ。
パスカルの旗艦〈クイーン・オブ・アマール〉も含まれる盾艦は、艦首に巨大なマスト状構造物を備えている。これは光子シールド発生装置で、艦前方に光子シールドを展開することにより、自艦のみならず後方の味方をも守るようになっている。
一方、数の上で主力をなす砲艦は、大口径・大出力のフェーザー砲を一門備えており、盾艦の後方から敵艦隊への砲撃に専念するのが目的だ。諸外国から「アマーリアン・ファランクス」と呼ばれる陣形で、その戦闘力は決して侮れないと評価されている。
この時も、ファランクスはその威力を存分に発揮した。SUS艦隊の砲撃が盾艦に受け止められる中、砲艦がその隙間からフェーザー砲を連射する。それがSUS艦隊の陣形に突き刺さり、爆炎の花を咲かせる。圧倒的とまでは言わないが、アマール軍の損害はSUSよりもかなり少ない。
「アマール軍もやるな。しかし、あの戦法は機動戦には弱い事だが……」
ゴルイがアマールの戦いぶりを評する。堅固な防御力で知られるファランクスだが、弱点もある。それは艦隊機動の柔軟性にかけていることで、特に艦載機による空襲を受けると、容易に防御力に劣る砲艦が蹂躙されてしまう事も少なくない。
SUSもそれは承知しており、ただちに艦載機を発進させる。だが、この日のアマール軍には、心強い守護天使が付いていた。
「全機交戦開始。アマール軍に敵機を近づけるな!」
総指揮を取る空母〈インヴィンシブル〉飛行隊長の命令一下、コスモパルサー隊がSUS軍機阻止のために挑みかかる。たちまち激しい空戦が展開される中に、小林の姿もあった。
「へ……やっぱ気合が入るな、これ」
自分の胸を……性格には、パイロットスーツの胸部分に描かれた、黄色の矢印を叩いて小林が言う。今彼が着ているのは、他のパイロットとは異なり、十七年前に先代〈ヤマト〉が活躍していた頃の、旧デザインのパイロットスーツだった。
「小林淳、入ります」
自艦では副長の大村にさえ平然と逆らってみせる傲岸不羈の小林だが、さすがにこの時は声に緊張があった。
「よく来てくれたな。まぁ、楽にしてくれ」
彼を呼んだ相手――〈イリジスティブル〉艦長、加藤四郎は笑いながら椅子を指差す。
「は、ではお言葉に甘えさせていただきます」
上条や桜井辺りが見たら、吹き出しそうな神妙な表情で腰掛ける小林。だが無理もない。防衛軍でパイロットを志願する人間にとって、目の前の人物は古代をも凌駕する「生きている伝説」である。
加藤四郎――白色彗星帝国戦で戦死した、初代ヤマト艦載機隊長、加藤三郎の弟。兄の後を継いで〈ヤマト〉に赴任し暗黒星団帝国戦役で初陣を飾った後、一貫して隊長職にあり続け、数多の激戦を潜り抜けてきた名パイロット。その生涯戦績は撃墜五百機以上、撃沈三十隻以上にも及び、いまだこれを凌駕する記録の持ち主は現れていない。
肉体的にはパイロットとしての絶頂期は通り過ぎ、いまや空母艦長として空戦には出ない加藤だが、それでもパイロット資格を維持するための飛行訓練は欠かしておらず、時には自艦のパイロットたちと模擬空戦をする事もある。しかし、現役パイロットたちをして、加藤を「撃墜」することのできる人間はほとんどいないと言うから、今なおその空戦技術は地球でも第一級のものを維持しているのだろう。
その、駆け出しの小林から見れば「神様」と言えるエース・オブ・エースに呼び出されたのだ。さすがの彼も借りてきた猫のようにしおらしくならざるを得なかった。
「そう固くなるな。別にとって食おうってわけじゃない」
加藤はそう言うと、小林の対面に座って、話を切り出した。
「さて、小林だったな……今の〈ヤマト〉のエース。訓練学校での成績や先の戦いを見せてもらったが、なかなかやるな。さすが、〈ヤマト〉に配属されただけの事はある」
「あ、ありがとうございます!」
憧れのスーパーエースに褒められ、小林は天にも昇るような気持ちになった。まだまだ駆け出しの自分が、ここまで高く評価してもらえるとは思わなかった。
「とはいえ、だ」
その有頂天を、一気に引き摺り下ろすように加藤が言葉を続けた。
「まだまだ未熟。それも確かだ。先の戦いでもいろいろと言いたい事はある」
一転して、小林は意気消沈した。だが、同時に持ち前の反骨も心の中で頭をもたげる。何かを言い返そうと頭を上げた時、その気持ちが視線に込められているのに気づいたか、加藤は満足そうに笑みを浮かべた。パイロットはこうでなくてはならない。
「俺は、その辺を言葉でくどくど言うのは得意じゃない。パイロットってのは操縦桿を握れば、それが全てを物語るもんだ……お前もそうだろう? だから、お前がもっと成長して俺を見返したいと思うのなら、これを持っていけ」
加藤はそう言うと紙袋から「それ」を取り出し、小林の前に置く。
「旧デザインの……パイロットスーツ?」
小林は首を傾げた。防衛軍の制服は専門とする兵科によって色調は違うとは言え、デザイン自体は共通で、現在は曲線を主体とした、錨とも矢印とも見える左右非対称の意匠を採用している。
一方、旧デザインではシンプルな左右対称の矢印・錨模様が採用されている。どちらも意味は同じで、矢印は人類の先導者として、宇宙の彼方へも進む意志を、錨は人類の守り手として、いかなる敵に対しても踏み止まるという意味が込められている。
どちらのデザインを使うかは、実は個人の自由裁量に任されており、古代や真帆のように旧デザイン制服を愛用する者もいるが、小林は新デザイン派だった。特に理由があるわけではないが、新デザインのほうがいかにも先進的な感じがしたからである。
それだけに、旧デザイン制服を持って行けと言う加藤の言葉の意味がわかりかねたのだが、その意味は加藤がちゃんと教えてくれた。
「これは、俺が現役時代に使っていたものだ」
「加藤大佐が?」
聞き返す小林に、加藤は頷いて続ける。
「いつか、〈ヤマト〉が再建される時、俺たちの意志を受け継ぎ〈ヤマト〉の翼となる連中が出てくるだろう。その時に、こいつを託そうと思っていた。これを着て、〈ヤマト〉の艦載機隊を率いると言う事は、どんな意味があるのか、って事を考えて欲しい。そして、どんな戦いぶりを持ってその問いに応えるのかを見せて欲しいんだ」
それから、ずっと小林は加藤の言葉の意味を考えてきた。自分に求められているのは何なのか。他人は何を俺に期待しているのか。そして、一つの答えを見出そうとしていた。
そのヒントは、BH−199沖海戦の時にあった。あの時、小林は美晴によって撃墜の危機から救われた。だが、あれは本来自分の役割ではないだろうか。
敵機を撃墜する事に夢中になり、背中をおろそかにする。それは訓練学校では絶対にやってはいけない、と教えられた事だ。パイロットは背中にも目がなくてはならない、と。だが、自分は初陣でいくらか戦果を上げたことで増長し、美晴に借りを作る事になった。
それでは駄目なのだ。部隊を率いると言う事は、ただ自分の個人戦果を上げる事に夢中になっていては勤まらない。部下たちに目を配り、危地にあるものがいればこれを助ける。皆を守り導く。それが隊長職の意味だ。
(やっぱり、美晴は年上だって事だな)
機体を操りながら、小林は思う。彼女が医者である事も関係があるのかもしれないが、自分のためでだけでなく、他者のために飛ぶ、と言う姿勢を、彼女はあの時手本として見せてくれたような気がする。
(なら、俺もそれに応える。人類の守護神たる艦の一員として、それに相応しくなって見せる)
その思考は、小林が戦士として一段上の段階に進んだ事を表していた。そして、彼の意識の変革は戦いぶりにも現れていた。
常に仲間たちに呼びかけ、その動きに目を配る。目の前の敵に捉われるのではなく、全身で戦場を感じ、自分を必要としている場所に飛び込む。そう簡単にできることではない。完全にできるとも思えない。だが、そうしようと決めた時、小林の飛び方は隙のない、研ぎ澄まされた刃物のようなスタイルに変化していた。
そして、そうしたパイロットに率いられる〈ヤマト〉艦載戦闘機隊の動きもまた、引っ張られるようにして高いレベルへと進化していく。初陣では機材のレベルに頼り、力任せな戦い方しかできなかった個人が、己の実力と仲間のそれを把握し、統率の取れた集団として機能し始めたのだ。
こうなった戦闘機部隊を相手する羽目になったSUS軍にとっては、この日は厄日以外の何者でもなかった。数では圧倒的に勝っているはずなのに、少数の相手に翻弄され、次々に撃墜されていく。
「くそっ、何なんだ、こいつらは!」
「なんで押し潰せない!?」
SUSパイロットの苛立った声が無線を飛び交う。強大な国力に物言わせて相手を叩き潰してきた彼らにとって、地球軍機はあまりにも異質な敵だった。
「うろたえるな! 数では我々の方が上なのだ。一機に対して三機、四機でかかれ!」
さすがに冷静な隊長が、そう部下たちを叱咤する。それができないからこその戦況なのだが、それでも、局地的にはその指示を実行に移せた者たちがいた。一機のコスモパルサーを三機がかりで追撃する態勢に持ち込んだのだ。
「くっ……!」
三機の敵に包囲されたのは美晴だった。入れ代わり立ち代わり、波状的に襲い掛かってくる敵機の前に、攻撃を回避するだけで精一杯になる。
(こいつら、腕がいい!)
自機を取り囲むように、回避の隙間を与えず飛んでくる無数の光弾。その何発かが機体をかすり、対レーザー蒸散塗装に焦げ目を作る。キャノピーのすぐ下に描かれたパーソナル・マークに斜め一線の傷がつけられたとき、美晴は撃墜の恐怖に始めて心臓が凍る思いに捕らわれた。
(やられる? あたしが?)
その冷気が身体全体を凍らせ、生命までも縛ろうかと思われたその瞬間、追撃の敵機三機が立て続けに爆発した。
「!?」
驚愕しつつ、それでも態勢を立て直した美晴の横に並んだのは、小林の機体だった。
「……借りだなんて、思わないからね」
思わず強がりを言ってから、命の恩人に対し我ながら酷くないか、と美晴は後悔しかけたが、小林から返ってきたのは思わぬ一言だった。
「やるべきことをやっただけだ。貸し借りなんて思わないさ。それより、まだみんなが戦ってる。行くぞ!」
翼を翻し、再び乱戦に飛び込んでいく小林。美晴は何故か顔面が熱くなるのを感じながら、無線を切って呟いた。
「なによ、いい男になっちゃってさ……」
しかし、次の瞬間彼女は冷徹なパイロットの表情に戻り、小林を追って戦場へ舞い戻っていった。
地球防衛軍の艦載戦闘飛行隊による制空戦闘は、迎撃のSUS軍戦闘機部隊を追い散らし、戦域中央部の制空権を確保しつつあった。丸裸の敵艦隊を見据え、パスカルが命じる。
「中央突破だ。盾艦を左右に展開。乱戦に持ち込むぞ」
一方、古代も新たな命令を出していた。
「アマール軍の露払いだ。重爆隊、突撃せよ!」
隊列を整えつつ前進するアマール軍を追い抜いて、重爆機が複合兵装ポッドをSUS艦隊の只中へ投げ込んだ。眩い爆光の花が乱舞し、SUS艦隊の隊列を引き裂くと、そこへアマール軍が押し込んでいく。
防御に固いアマール艦隊の特性を活かし、乱戦に持ち込む事で、SUSの要塞砲を封じる。これが事前に同盟軍幹部が立てた作戦だった。今のところ、作戦は図に当たっており、ベルデル、フリーデの戦い方が消極的なこともあって、SUSに対して優位に戦いを進めている。
だが、古代も、ゴルイも、そしてパスカルも知っていた。戦いにおいて、事が思い通りに進むことなど滅多にない。もしそういう事があれば、得てしてそこに何かの落とし穴があるものだと。
同盟軍が危機を回避しえたのは、三人の指揮官が持つ優れた軍人としての勘……実戦経験に裏付けられた洞察力のおかげだった。まず、それに気づいたのは真帆だった。
「敵要塞に異変! シールドCのエネルギーゲインが急激に上昇中!」
同盟軍は向かって左からシールドA〜Eという符号を防御盾艦に割り振っていたが、そのうち戦場中央域を射界に収める一隻が活性化を始めたのだ。咄嗟に各指揮官たちは命じた。
「全艦、急速回避! 予想される敵火砲の制圧域より離脱せよ!」
命じた上で、古代はドンと艦長指揮卓を殴りつけた。
「奴ら、平然と味方撃ちをする気か! くそ、読みが甘かった!!」
実のところ、同盟軍指揮官たちはSUSの性格から考えて、味方ごと敵を攻撃するような非道の戦法を取る事も警戒はしていた。それを防ぐために、敵を圧倒して殲滅するのではなく、乱戦に持ち込み味方撃ちの可能性を極大化することを目論んだのだが、敵司令官は百隻単位で味方を撃つ事を躊躇しない非情の輩だったらしい。さすがの古代もそこまで敵が非情とは考えなかった。
そうしている間に、桜井が操縦桿を倒し、〈ヤマト〉は急速上昇を開始する。艦隊各艦もそれに続く。一方、アマールとSUSの乱戦域では、パスカルが血相を変えて命じていた。
「回避、離脱急げ! 多少の衝突事故は構わん!」
アマール艦がてんでに乱戦域からの離脱を図り、これが却ってSUS艦隊の混乱を招いたのは、不幸中の幸いだった。勢いあまって敵艦に衝突するアマール艦もいたが、アマール艦は体当たりに備えた衝角を持っていたため、大損害を蒙ったのはSUS艦の方だった。
しかし、古代たちの対処の速さをもってしても、敵の砲撃前に全ての艦を脱出させる事はできなかった。シールドCの中央部角柱型モジュールがゆっくりと回転して艦隊のほうを向く。〈ヤマト〉が縦に収まりそうな巨大さを持つその砲口の中にぼんやりとした赤い光がともったと見るや、それは瞬時にして数千万倍の輝きと化し、赤い光の奔流となって迸る。
まず、逃げ遅れたSUS艦隊の百隻ほどが、一瞬にしてその光に飲み込まれた。続いて、脱出し損ねたアマール艦が、そして要塞に近づきすぎていた地球艦隊の先頭に位置する艦が、次々とその光に飲み込まれ、爆発するよりもはやく砕け散る。
赤い光の勢いが弱まり、やがて消えた時には、その射線上にあった彼我二百隻ほどの艦船は、跡形もなく消滅していた。
静寂に包まれている要塞司令室。その中で、高らかな哄笑をあげたのは、メッツラーだった。
「フハハハハ……! 見たか愚か者どもが。これが力だ!」
彼にとって、今の砲撃で撃沈したのは自らの部下のほうが圧倒的に多い、と言うような事は問題にもならない些細な事だった。そもそも、彼は部下たちの事などいくらでも替えの効く消耗品だとしか考えていない。
そんな彼の笑いに、控えめな追従の笑いが続く。参謀やその他の士官たちだった。他国人に対してならいくらでも残虐になれるSUS人であるが、流石に味方ごと敵を薙ぎ払えと言うメッツラーの命令には付いていけないものがあったのだ。それでも、いまや最高権力者であり、前任者バルスマンをも上回る「暴君」として星域に君臨してきたメッツラーに逆らうような度胸は、彼らにはない。
それだけに、次の作戦や行動について、メッツラーに助言したり進言するものもいなくなっているのだが、トローレと違って、メッツラーはそれを不満になど思わない。思考し、決断するのは自分だけでよく、参謀やその他の部下たちは、自分の命令を機械的に実行するだけの木偶人形でいい。それがメッツラーの考え方だった。
「次は奴らをまとめて消し去ってくれよう。ハイパーニュートロンビーム、第二射用意。五門全てを使用する」
ひとしきり笑った後、メッツラーは新たな命令を下した。ハイパーニュートロンビーム。それが、この要塞の決戦兵器である。名前の通り、中性子を利用する超高エネルギービーム砲であり、電磁気力に影響されないがゆえに、バリアを張ったまま一方的に敵を砲撃、殲滅できる。矛盾と言う言葉があるが、この要塞こそはそれに捉われることなく最強の矛と盾を兼備した、無敵の存在であった。
しかし、その発射命令に対しては、さすがに一人の参謀が恐る恐る、と言う様子ではあったが、意見を述べた。
「しかし総司令官、今撃てばベルデル、フリーデの艦隊も巻き込みますが……」
それに対し、メッツラーは参謀を虫けらでも見るかのような、侮蔑に満ちた視線で睨む。震え上がったその参謀に、メッツラーは冷酷な口調で言った。
「下らん事を言うな。宇宙に放り出されたいか、貴様」
いいえ、と必死に謝罪する参謀を無視し、メッツラーは続ける。
「あのベルデルとフリーデの消極的な戦い、十分懲罰に値するわ。構わぬ、諸共に薙ぎ払え」
メッツラーは同盟軍の声明によって、ベルデルとフリーデが動揺している事を見抜いていた。それですらSUSへの背信行為であり、万死に値する事を解せぬ者に明日を与える気はない。この場の敵味方全ての生死を握っていると言うその立場にメッツラーが大いに満足したとき、オペレーターが報告の声を上げた。
「ベルデル、フリーデ両軍、持ち場を離脱。要塞から離れていきます」
「む?」
メッツラーはレーダー情報を表示したパネルを見た。確かに、ベルデルもフリーデも、事前に命じていた艦隊配備空域から急速に離れつつある。
「……ふん。我らに撃たれるのを忌避したか」
メッツラーは鼻を鳴らした。両艦隊の動きは、要塞の射線から離れる物だった。メッツラーが次は自分たちごと敵を撃つつもりである事を勘付いたのだろう。
「いかがしましょう?」
先程とは別の参謀が聞いてくる。
「捨て置け。いずれ敵前逃亡の罪で奴らの祖国ごと滅してやろう。だが、今は地球人どもを滅ぼすのが先決だ」
メッツラーは答えた。それより、次の要塞からの砲撃を確実に当てるため、残っている艦隊に敵の牽制を命じる。要塞からの砲撃で敵ごと死ねという過酷と言う言葉すら生ぬるい命令だ。しかし、SUS軍にはそれを遂行する以外の道はなかった。
だが、彼らは味方に殺される事だけはされずに済んだ。逃げたと思ったベルデル、フリーデ両軍が突然艦首を返すや、凄まじい砲撃をSUS艦隊に叩きつけたのである。
「なに……?」
流石のメッツラーも一瞬思考が停止する。一体何が起きた?
突然のベルデルとフリーデの背信。だが、その背後にあるものを、同盟軍の指揮官たちは知っていた。
「やったか……!」
古代が拳を握る。
「これでよい」
ゴルイが満足そうに頷く。
「事は成りましたぞ、陛下!」
パスカルが歓喜の叫びを上げる。三者三様の喜びの中、SUS艦隊を殲滅したベルデル、フリーデ両軍は同盟軍の両翼に展開しつつあった。
『こちらベルデル艦隊司令官、トローレ中将。本国の命令により、これより貴軍と共闘する』
『フリーデ軍司令官代理、アンブル少将。同じく本国総司令部の命令により、これより貴軍の指揮下に入る』
通信スクリーンに現れ敬礼を見せた、先程まで敵だった二人の指揮官に、古代、ゴルイ、パスカルはそれぞれ答礼した。
「調子に乗りすぎたな。SUS。今度はお前たちが追い詰められる番だ」
古代は言った。それは、決戦が新たな局面を迎えたことの証だった。
続く
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