宇宙戦艦ヤマト 復活篇
非公式ノベライズ
Resurrection of Space Battleship YAMATO unofficial novelize edition
後編 第六章「絆のための戦い」
衛星軌道上に展開したSUS艦隊は、艦載機と空挺戦車を次々に投下し始めた。どうやら強襲揚陸艦部隊だったらしい。その過半が首都ティルキアに向かい、やがてレーダーにV字型の隊型を組んだ空爆隊が映り始めた。しかし、迎撃に上がるアマール側の航空機は見えない。
港湾地区で修理中の地球防衛軍戦闘空母〈イリジスティブル〉では、艦長兼第一次・第二次移民船団護衛艦隊司令代行の加藤大佐が苛立った表情で状況を睨んでいた。
「アマール軍に動きはないのか?」
問われた参謀が答えを返す。
「奇襲を受けたことでまだ混乱が収まっていないようです。組織的な防戦の動きは見られません」
アマールはまだ星間国家どころか、近代国家としての歴史が浅く、現代的な軍制を習得しているとは言い難い部分がある。地球でも暗黒星団帝国やディンギルに奇襲を受けたときは大混乱に陥ったものだが、それでも数時間の内にはそれを収拾して組織的な行動を可能にした。アマールはまだその域まで達していないのかもしれない。
「司令代行、どうしますか?」
参謀に聞かれ、加藤は一瞬考え込んだが、すぐに元艦載機パイロットらしい果断さで命じた。
「今この星に降りている地球市民の身柄保護のためにも、防衛戦闘に加入する。アマール軍が組織的防戦を行えるようになるまで支えるんだ。航行可能な全艦艇は外洋に出ろ。空襲に備えて回避運動準備」
「了解。総員第一級戦闘配備を発令します」
参謀が敬礼して、命令を伝達するために走り出す。加藤はそれを見送ると、航空管制室に通じる直通電話を手に取った。
「こちら艦長だ。エアボス、航空隊制空装備で出せるか?」
「五分戴ければ、全機出して見せますよ」
電話の向こうでエアボス――飛行長が答える。
「ダメだ。三分で出せ。市民たちの無事がかかってる」
加藤は問答無用で命じると、受話器を置いた。そうしてから、俺も無茶を言う上官が板についてきたなと苦笑する。同時に一パイロットだった昔を懐かしく思った。あの頃はミスをしてもせいぜい自分が死ぬだけ。だが、多くの部下の命を預かり、彼らを戦いの場に率いていく艦長には、僅かのミスも許されない。
(古代さんや南部さんの域に達するのはまだまだだなぁ)
加藤がそんな事を考えた時、後部から轟音が響き始めた。生き残りのコスモパルサー隊の発艦が始まったのだ。敵の数分の一という劣勢だが、あの死闘を生き延びた腕利きばかりだ。なんとかアマールを守り抜いてくれると信じたい。
「さて、始まるぞ。全艦戦闘用意。あの外道どもに目にもの見せてやれ」
突如衛星軌道上に出現したSUS艦隊に、アマール軍の中央指揮所は大混乱に陥っていた。
「早期警戒衛星、八号から十七号まで消滅! 敵艦隊に破壊された模様!!」
「敵艦隊より多数の小型飛行体が分離。地上攻撃機および上陸用舟艇と思われます!」
ひっきりなしに飛び込んでくる報告に、当直についていたリバールは半ばどうしていいかわからず、指示を求めてくる部下たちに、逆に質問を投げる始末だった。
「地対空砲台は機能しないのか?」
数は少ないが、アマールにも軌道上の敵を迎撃するための防空施設が存在する。すでに敵艦隊を射界に収めているものもあるはずだが、それらは沈黙を守っていた。
「現在戦闘準備中ですが、照準に狂いが出ていて、敵艦隊を捕捉出来ないと言って来ています」
オペレーターの返答にリバールは絶句する。防空砲台は貧しいアマールが貴重な軍事費をつぎ込んで建造した、虎の子の防衛施設だ。それが全く役に立たないとは……
「無理も無い。あれはSUSからシステムを輸入して作ったものだ。向こうの抜かりが無かったということだろう」
立ち尽くすリバールの背後から、そんな言葉が聞こえた。振り向くと、そこに立っていたのはパスカルだった。
「パスカル将軍……」
位階は同格の将軍だが、リバールから見ると、パスカルは先任であり実戦経験も長い。敬礼しつつ、司令席を譲る。パスカルは無言で司令席に立つと、状況を表示しているパネルを見つめた。それまでSUS軍を示す赤いシンボルばかりが目立っていたパネルに、青いアマール軍のシンボルが湧き始める。砲台が駄目ならと、惑星防空軍の迎撃戦闘機部隊が出撃を開始したのだ。しかし。
「ちくしょう、駄目だ! 追いつけない!」
「後ろに回りこまれた! 誰か支援を……ぐわっ!?」
「振り切れない! 助けてくれ!!」
パイロットたちの交信は、圧倒的な苦戦を示すように悲鳴で満ちた。その度に青いシンボルが一つ、また一つと消滅していく。砲台の兵器同様、戦闘機もSUSからの輸入品……それも性能を落としたモンキー・モデルだ。性能でも数でも勝るSUS航空戦力の前に、アマール空軍は春の淡雪より儚く消えうせようとしている。
(これが、わが国の現実なのだ)
パスカルは思った。所詮、半世紀前まで前近代レベルの惑星国家に過ぎなかったアマールに、本気を出した星間国家の暴虐を止める力などありはしない。
「将軍、指示を……!」
周囲の士官、オペレーターたちが口々にパスカルに指示を求めるが、そんなものは耳に入らないかのように、パスカルは祖国が滅び行く様を見つめ続けていた。
しかし、そんなパスカルを覆う虚無感さえ霧散するような事が、突然起きた。SUSの地上攻撃隊を示すシンボルが、突然消滅したのだ。それも、百ほどまとめて。
「これは……どういうことだ?」
リバールが言うと、オペレーターの一人がそれに答えた。
「少しお待ちください。これは……地球軍機です! ち、地球軍機からミサイル多数……凄い! SUS機が次々に撃墜されていきます!」
「おおっ……!」
オペレーターたちの感嘆の声が響き渡った。地球の戦闘機隊はミサイルの先制攻撃で一瞬にして二百機近いSUS軍機を叩き落し、ドッグファイトに入った。こちらでも数に勝る敵を相手に、互角以上の戦闘を繰り広げている。通信オペレーターがその無線交信を拾った。
『スカル1よりサジタリウス、アンタレス各隊へ! 敵をアマール軍防衛ラインから引き剥がせ!』
『サジタリウス1了解。聞いたな野郎共、俺たちはアマール軍が体勢を立て直すまでの前座だ! 可能な限り敵を引きつけろ。そして死ぬな!』
『アンタレス了解! 敵上陸用舟艇が降下中。攻撃する!!』
その通信での打ち合わせ通り、地球軍機は反撃でじわじわ数を減らしつつも、確かに猛攻を受けていたアマール軍からSUSの鋭鋒を逸らし始めていた。
さらに驚くべき事が起きる。首都上空に接近しつつあった軌道上の敵艦隊のシンボルが、これまた複数まとめて消滅したのである。回避行動をとったのか、慌てたように散開するSUS艦隊のシンボルが、再び複数消滅する。その時、パスカルの耳に、中央指揮所の分厚い壁をも揺るがして聞こえてきたのは、無数の砲声だった。
(まさか?)
パスカルはオペレーターに命じた。
「海が見える監視カメラの映像を、メインパネルに回せ。急げ!」
「は、はっ!」
オペレーターがシステムを操作し、海を視界に収めるカメラの映像をメインパネルに映し出す。身を乗り出さんばかりにしてアマール軍の士官たちはその映像を見た。そこに映し出されたのは、未だ傷の癒えぬ艦体を、それでも外洋に乗り出して隊列を組んだ地球艦隊の姿だった。パスカルはそこまで艦名を把握していないが、司令官代行の加藤が座乗する戦闘空母〈イリジスティブル〉を隊列の中心においた三列の縦陣を組み、急速に沖合いへ向かっている。その動きには一糸の乱れも無く、損傷艦ばかりの艦隊とは思えない。
「おお……!」
誰かが感に堪えぬ、といううめきを漏らしたその時、地球艦隊が一杯に仰角をかけた主砲を、一斉に轟発させた。眩い青白色の光の槍が天に向けて駆け上り、やがて空の一角に無数の光球が膨れ上がる。それはアマールの母なる太陽、サイラムの光よりも眩く地上を照らし出した。
「凄い……」
リバールが言う。長年、大ウルップ星域を支配してきた傲岸なるSUSの艦が、次々に撃破されていく。
(これが、地球の真の力なのか?)
パスカルは思った。二度にわたる奇襲で大損害を受け、まさに敗残兵の有様でアマールへたどり着いた、傷ついた少数の艦隊。到底イリヤが期待するような、SUSに対抗しうる軸としての役割など果たし得ないようにしか見えなかった。
(陛下はこれを見抜いていたのか。しかし……)
パスカルはさらに思考する。その目の前で、地球艦隊がその姿も見えなくなるほどの無数の白い水柱に包み込まれた。大気圏外のSUS艦隊の反撃だ。巨大な白い檻が崩れ落ちたその向こうから、さらに傷ついた艦隊の姿が見えてくる。巡洋艦の一隻が無残にも真っ二つに折れ、異星の海に沈んでいく。駆逐艦も何隻か、横転したり甲板を波が洗うまでに沈み込み、生き残りの乗員たちが波間に身を投じるのが見える。
航空戦でも、地球の戦闘機部隊は獅子奮迅の働きを見せていたが、キル・レシオは圧倒的ながら、やはり敵の数に飲み込まれていく。そして、ついに上陸用舟艇のシンボルが動きを止め、その周囲に一気に無数のシンボルが現れる。
SUS上陸部隊が、ついに橋頭堡を築くことに成功したのだ。
首都ティルキア郊外に広がる平原地帯。麦に似た作物の畑が広がり、豊かな実りの季節へ向けて緑の葉を恒星サイラムへ向けて伸ばしている。
しかし、その畑は突如サイラムの光を遮って降りてきた影により蹂躙された。垂直着陸する上陸用舟艇の、逆噴射のスラスター炎が作物を焼き払い、艇首のハッチが開かれた。そこから現れた戦車の群れが、未だ燻る畑を踏みにじって進撃を開始する。
SUS軍の地上侵攻部隊だった。アマールと地球の迎撃により若干数を減じてはいるが、それでもその総戦力は二個師団級である。百輌を超える主力戦車と、それを率いる、艦艇のように司令塔を持つ超大型の指揮戦車がアマールの大地を揺るがして進む。
その鋼鉄の巨獣の群れが、ティルキア市街を囲む城壁の数箇所に設けられた見張り塔からも見えた。アマール兵が顔を引きつらせ、恐怖に上ずった声で報告する。
「え、SUS軍戦車部隊を視認! 数は……」
報告より早く、先頭を行く戦車が放った光の砲弾が、一撃でその見張り塔を爆砕した。ティルキアの城壁は耐弾性を備えた高機能建材ではなく、ただの石である。遥かに強靭な軍用車両の装甲板を貫く現代の戦車に攻撃を受けて、耐えられるはずも無い。見張り塔を中心とした幅十メートルほどの城壁が衝撃で倒壊し、熱せられた石材が飛び散って、周辺の家屋を破壊し、火災をも引き起こす。市民たちの悲鳴が湧き、逃げ惑う人波が波紋のように見張り塔跡地を中心に広がった。
その修羅場と化した城壁の破れ目に、中退規模のアマール陸軍の兵士たちが駆けつけてきた。その手には対戦車ロケットランチャーが握られている。
「各員、散開! 敵をひきつけてから一斉に撃て! 奴らを通すな!!」
中隊長が命じ、部下に範を示すように自ら瓦礫の影に身を潜め、ロケットランチャーの安全装置を外す。ロックオンサイトに目を当て、先頭集団の一台に照準を合わせた。
「今だ、撃ていっ!」
距離を示す数字が赤くなり、有効射程に入った事を確認したその瞬間、中隊長は命令と共に引き金を引いた。ボシュッという戦車軍団の立てる轟音にかき消されそうな軽い発射音と共に、数十発のロケット弾が白煙を引いて飛ぶ。数発は狙いが間違っていたのか、手前の地面に落ちて土煙を上げただけだったが、残りのロケット弾は狙いを過たず、戦車の車体を捉えて次々に炸裂した。爆炎が戦車の魁偉な車体を覆いつくす。
「やった!」
アマール兵は歓声を挙げたが、次の瞬間、黒煙に変わった命中の徴が赤く輝き、その向こうから灼熱の閃光が迸った。
「!!」
咄嗟に遮蔽物の陰に身を投げた中隊長だったが、背中を熱波に焼かれ、苦痛の悲鳴を上げた。だが、それでも彼は幸運な方だった。レーザーの直撃を受けた瓦礫に陣取っていた兵士たちは、悲鳴を上げる暇さえ無く、一瞬で炭化した死体となってくずおれた。その近くにいたもっと不運な兵士たちは、火達磨になり死の舞をひとしきり舞った後に、力尽きて倒れ伏す。
「あ、ああ……」
身を起こした中隊長は、部下の多くが物言わぬ屍に変わったのを見て、呆然とうめいた。その視線の先で、さらに数箇所の城壁が貫かれ、倒壊し、その瓦礫の下に部下が、市民たちが消えていく。視線をSUS軍に向ければ、先ほど直撃弾を与えた戦車は、車体の数箇所を軽く焦がしただけで、ほとんど無傷のまま迫ってきていた。砲塔上面の機銃が唸りをあげて弾丸を吐き出し、無抵抗の市民たちを薙ぎ倒す。
(駄目だ……まるで歯が立たない)
絶望が中隊長の心を折った。手から滑り落ちたロケットランチャーが、地面に転がり甲高い金属音を立てる。それに気づいたように、戦車の一台が向きを変えた。そのまま中隊長のほうへ迫ってくる。戦車の乗員が嗜虐的な楽しみを見出したのか、彼をキャタピラで踏みにじって殺害するつもりらしい。
しかし、絶望に支配された中隊長は、ただうつろな目を迫りくる死神に向けるだけで、逃げようともしなかった。だが、次の瞬間、彼を踏み殺そうとしたSUS戦車の車体前面に、鋭い破砕音を立てて穴が開いた。
「!?」
その光景が中隊長の精神活動を再起動させる。クリアになった視界の向こうで、目前の戦車が爆炎を吹き上げて砕け散り、斬首されたように跳ね上げられた砲塔が地面に転がった。それだけでなく、続いて市街地に侵入しようとした戦車が、大気を引き裂く音と共に飛来した砲弾に貫かれ、次々と爆砕された。慌てたようにSUS軍が一時後退していく。
「い、いったい何が……」
精神の平衡を取り戻したとはいえ、思いもかけぬ光景の連続に、中隊長はまだ震える声で呟いた。その時だった。
「アマール軍の士官か?」
背後からの声に、中隊長は振り向く。そこに立っていたのは、歴戦の強者という雰囲気を漂わせた、地球軍の士官だった。さらにその背後に、長大な砲身を市外へ向けた数輌の戦車と、数十名の地球軍兵士がある者は油断無く銃を構え、ある者はそこここに倒れているアマール人の治療を始めている。
「は、はい……アマール陸軍首都防衛師団、第一大隊第十一中隊、ハスキル中尉です。貴方は?」
どうやら相手のほうが階級が上と判断し、中隊長――ハスキルが敬礼すると、相手は答礼しながら答えた。
「地球防衛軍、第七十七空間機甲騎兵旅団長、古野間卓少将だ。我が軍はアマール防衛のため参戦する。ここの防衛は我が方で引き受ける。アマール軍は市民の避難援護を頼みたい」
ハスキルの知らぬ事ではあるが、古野間は今の地球防衛軍には珍しい、実戦経験豊富な陸戦指揮官の一人だ。かつて地球全土が占領下に置かれた暗黒星団帝国戦役では、パルチザンの中核として活躍した。現在では第二次移民船団護衛部隊の陸戦部隊において、最先任として全指揮を執っている。
「し、しかし……」
ハスキルは口ごもった。彼に与えられた命令は、あくまでもSUS軍の阻止だ。例え力量を超えた命令とはいえ、勝手に放棄できるものではない。しかし、古野間には目の前の若い異星の士官を迷わせておくような時間は無かった。奇襲攻撃で敵を一時後退させはしたが、いつ攻勢が再開されるかわからないのだ。
「ハスキル中尉、貴官の任務達成にかける気持ちはわかる。だが、現実問題として、貴官の部隊に敵を阻止する力はあるまい。現実を見ろ」
古野間は穏やかな口調で言った。しかし、ハスキルは背筋に冷たいものが走るのを感じた。彼も士官をやっているだけあって無能ではない。古野間の言葉の奥に秘められた凄みを感じ取ったのだ。もし拒絶しても、古野間はハスキルを排除してでもここの主導権を取るだろう。
古野間も、ハスキルの怯えには気づいていた。一転して、今度は優しげな口調になる。
「それに、何かあっても責任は俺が取る。貴官に迷惑はかけんよ」
「……わかりました。お任せします」
ハスキルは逡巡を断ち切るように言うと、敬礼して走り去っていった。生き残った部下たちをまとめ、市街の方へ引いていく。それを見送る古野間に、戦車の上から声をかけるものがいた。
「あまり若者をいじめるのは歓迎しませんなぁ、師団長閣下」
古野間は声の主を見た。師団の先任戦車隊長である、ジャック・エルンスト・バウアー大尉だった。名前でわかるようにドイツ系だ。
「いじめてなどおらんさ。確実な戦死から救ってやったんだから功徳ってもんだよ」
古野間はそう答えてニヤリと笑う。バウアーも一瞬笑うと、表情を引き締めた。
「どうやら、敵が進撃を再開したようですな」
古野間は首から提げていた野戦双眼鏡を目に当てた。市外の平原で燃えている、先ほど撃破された戦車たちの残骸。それをよけるようにして再び数十輌の戦車が接近してくる。それだけでなく、歩兵部隊も帯同しているようだ。
「よし。〈ヤマト〉率いる本隊が戻るまではこの街を守りきるぞ。やれるな? 大尉」
「ええ、奴らに教育してやりますよ。たとえ24時間戦っても、我らに勝てるはずがないと」
バウアーは答えて戦車の中に身を滑り込ませ、ハッチを閉めた。それを見送った古野間は無線のスイッチを入れ、全軍に呼びかけた。
「さて、紳士淑女諸君。時代錯誤の侵略者どもがお出ましだ。奴らにこの星が奴らのものでない事を教えてやれ!」
「ヤヴォール! ヘル・コマンデル!!」
バウアーが真っ先にドイツ語で応じ、全軍がそれに続く。城壁の破れ目に進出した地球軍戦車は、その長大な主砲の砲口をぴたりと進撃してくるSUS戦車に向けた。このM18A4〈シュワルツコフ〉主力戦車は、暗黒星団帝国戦役で、それまでの戦車が暗黒星団の掃討三脚戦車に全く歯が立たなかった苦い教訓を元に開発された。その主砲は105mmの電磁投射砲で、砲弾の運動エネルギーは二次大戦中の戦艦主砲を軽く凌駕する。
「全車、自由に発砲せよ!」
バウアーが命じる。既に戦術システムは個々の戦車に重複しないように標的を割り振っており、命令と同時に各戦車は一斉に発砲した。
落雷のような凄まじい音響と共に放たれた砲弾は、極超音速で敵戦車に突進し、命中するや否や砲塔だろうと車体だろうと、その装甲を粉砕し抉り抜いて、完膚なきまでに破壊する。再び無数の敵戦車が無残な屍をアマールの大地に晒した。だが、今度は敵も怯まない。二門のレーザー主砲から赤い閃光を矢継ぎ早に放つ。複数のレーザーを受け、表面に塗られた対光学兵器蒸散防御塗料が限界を迎えた一輌の〈シュワルツコフ〉が赤熱し、内部から破裂するように爆発した。
「怯むな。撃ち返せぃ!」
古野間が命じ、歩兵部隊が戦車を援護すべく、対戦車ミサイルや煙幕弾を装填した迫撃砲を放つ。SUS側でも、後方に展開した砲兵やミサイル部隊が市街地への砲撃を開始する。どちらも制空権を掌握できないという状況下で、古典的にして王道を行く陸戦兵力同士の本格的な殴り合いが開始された。
不利を承知で軌道上の艦隊と殴りあう、アマール海上の艦隊。その上空で繰り広げられる激しい制空戦闘。そして、寡兵で異星の街を守ろうとする陸兵。その戦いぶりは、〈シーガル〉のゴルイの元にも届けられていた。
「……提督」
「わかっている、コアン。皆まで言うな」
司令席を見上げる旗艦艦長の眼差しを、ゴルイは受け止めた。コアン艦長だけでなく、今や〈シーガル〉の艦橋に詰める全ての幕僚が、ゴルイを見ていた。彼らは待っていた。ゴルイの決断を。
(地球人よ……やはり、お前たちこそが未来を共にすべき相手のようだ)
ゴルイの視線は、今SUS主力艦隊と対峙する地球艦隊にも向けられている。十倍近い敵に対し、臆することもなく向かっていく勇敢さ。それを実現しているのは、やはり先頭に立つあの艦なのだろう。古代と名乗った若き提督が率いる、優美にして強大なる〈ヤマト〉と言う戦艦だ。あの男が、あの艦が先頭に立つ限り、地球に敗北はない。そう誰もが信じているのだろう。
そう考えたとき、着信を示すアラームが鳴った。通信参謀がコンソールを操作し、発信者を確認してゴルイに向き直る。
「提督、SUSのバルスマン総司令官より入電です」
「……繋げ」
ゴルイが頷くと、正面スクリーンにバルスマンの顔が浮かび上がった。
『エトス艦隊に命じる。お前たちは地球艦隊の側面を突き、我が艦隊の攻撃を援護せよ』
形の上では同盟国の艦隊に対するものとは思えない、高圧的な命令口調だった。〈シーガル〉の艦橋に怒りのどよめきが満ちるが、ゴルイはそれを制して問いかけた。
「その前に、バルスマン総司令官に伺いたい」
『なんだ』
命令を即座に実行しようとしないゴルイに苛立ったのか、顔を歪めつつもバルスマンは質問に応じる姿勢を見せた。ゴルイはアマールの様子を映し出している別のスクリーンに軽く目をやる。戦況はアマール・地球側に不利になりつつあるようで、防空網を突破した攻撃隊が、ティルキア市街への無差別爆撃を開始していた。市街地の至る所で火災が発生し、黒煙が天に立ち昇っている。
「なぜ、アマールを攻撃されるのですかな? 同盟国ではありませんか」
ゴルイが質問の本文を続けると、バルスマンの表情は笑みに変わった。嗜虐の愉悦に歪んだ、邪悪な笑顔でバルスマンは嘲るような声を上げた。
『同盟国? 馬鹿を言うな。奴らは裏切り者だ。我等の敵、地球と結んだ背信者。我らは愚かな裏切り者に制裁を加えているに過ぎん』
そこで、初めてゴルイも口調を変えた。それまでは一応敬語を使っていたバルスマンに対し、嘲笑を交えた言葉を投げつける。
「我等の敵? SUSの敵であろう。その敵に対しても、我らエトスを盾にせねば戦端も開けぬ臆病者に、戦いを語る資格などないわ」
その言葉に、バルスマンは唖然とした表情を浮かべ、次の瞬間それが激怒に変わる。
『貴様、何のつもりだ』
「知れたこと……これまで心ならずも貴様たちSUSに従ってきたが、もはやお前たちは倶に戴天するに値せぬ。いや、もともとそうだったのだ。我らエトスは、ここに正道に立ち戻ることを宣言する!」
ゴルイのSUSへの決別宣言を聞いたその瞬間、〈シーガル〉艦橋に沈黙が落ち、次の瞬間歓声が爆発した。それはたちまちのうちにエトス艦隊の全艦艇に波及していく。誰もが大変なことになった、と思う反面、確かに自分の周りに爽やかな涼風が吹きぬける感覚を味わったのだ。SUSという、自分たちを包み込む澱みを払う風だ。
一方、バルスマンは怒りのあまり言葉も出ない有様だったが、やがてゆっくりと搾り出すようにして声を発した。
『愚か者め……後悔させてくれるぞ。貴様も、貴様の祖国もただでは置かぬ。宇宙から一片の塵も残さず消し去ってくれるわ!』
「そうはならんな」
ゴルイはフッと笑った。彼自身、気持ちが晴れ晴れとするのを感じていた。今ならば何も恐れるものなどない。
「何故なら、今日ここで死ぬのはバルスマン、貴様だからだ。全艦隊戦闘準備。目標はSUS艦隊……バルスマンの首を頂戴する!」
「了解!」
エトス艦隊は動き出した。それに対し、SUS艦隊の右翼部隊が迎撃のために隊形を変える。
「撃て!」
敵の体制が整うのを待つほど、ゴルイは甘くはない。隊形変更中のSUS艦隊に向けてフェーザー砲の乱打を浴びせる。SUS艦隊のそこここに即席の恒星が次々に出現し、少なからぬ艦艇が撃沈されたようだった。
しかし、SUS艦隊は右翼だけでもエトス艦隊を凌駕するほどの数を擁している。数十隻の艦を失いつつも、数を武器にエトス艦隊を包囲する陣形を敷き、激しい砲撃を浴びせかけた。エトス軍の艦艇もまた、一瞬の光芒を放って次々に消えていく。そのペースから見て、先にエトス艦隊が潰えるのは確実だろう。ただでさえ、BH−199沖海戦の損害が癒えている訳ではないのだ。
だが、一気に動き出した情勢に、自らも動く好機を見出したのはゴルイだけではなかった。
エトスとSUSの通信は、地球艦隊でも傍受されていた。そのやり取りを聞いていた古代に、大村が声をかけた。
「ゴルイ提督を……エトス軍を見殺しにするわけには参りませんな」
「ええ。うまく乗せられたと言う気はしますがね」
答えて苦笑する古代。ゴルイがSUSに叛逆の旗を掲げて見せたのも、自分たちが……後のない地球が味方につくことを見越してのものだろう。イリヤと言い、ゴルイと言い、よくそこまで地球の足元を見てくれたものだと思う。
だが、どの道SUSは倒さねばならない相手だ。古代は中西に命じた。
「エトス艦隊に通信を繋げ」
「了解です」
中西が頷いてコンソールを操作し、エトスとの回線を開く。ディスプレイにゴルイの姿が浮かび上がると、古代はまず敬礼した。
「ゴルイ提督……思い切ったことをされましたな」
答礼するゴルイに古代が言うと、ゴルイはやはり晴れやかな笑みを浮かべて頷いた。
『なに。我々エトスの武人が本当にやらねばならぬことをやるだけだ』
古代は頷くと、一つの提案をゴルイに投げた。
「ここは一つ、共同戦線と行きませんか? SUSは我々にとって共通の敵だ」
『うむ、異存はないが……』
ゴルイは頷きつつもわずかに逡巡を見せる。何しろ、数日前には互いに死力を尽くして戦った相手であるし、もちろん共同行動の訓練をした事もない。共同戦線と言っても、緊密な連携など期待しようがない。
「難しい注文はしません。一度でいいので、敵右翼を押し返して、敵全体の隊列を乱していただけませんか」
古代が言うと、ゴルイはむぅ、と唸った。
『十分難しい注文のように聞こえるのだが……それで勝てるならやってみよう』
返事を聞く限り、やはり苦戦であることはゴルイも認識しているのだろう。だが、古代はゴルイなら完全に戦況をひっくり返すことは無理でも、一時的に優勢を奪還する事は出来ると踏んでいた。それを完全な勝利に繋げるのは、自分の仕事だ。
「お願いします、ゴルイ提督」
古代が敬礼すると、ゴルイは頷いて答礼した。スクリーン越しに、二人の視線が交錯する。そこに読み取れたのは、互いに対する敬意と信頼だった。二人は思った。これは、相手を裏切るような無様をさらすわけには行かないと。
通信が切れると、古代はそれまでの戦闘方針を破棄し、新たな局面に備える命令を出した。
「決戦計画をプランDからプランMに変更する!」
「聞いたとおりだ。これより機を見計らい、SUSに逆撃をかける」
ゴルイの言葉を受け、艦橋に緊張感が満ちる。その中には、地球軍を信用していいのか、と言う疑惑も感じられる。だが、それを鎮めたのはゴルイではなく、コアン艦長だった。
「提督のお考えに間違いはありますまい。我々はそれを実現するために動くまでです」
それを聞いて、参謀たちは顔を見合わせ、頷いた。確かに異星の指揮官が提案したことだが、承諾したのはゴルイだし、自分たちはゴルイを信じている。それを確認し、安堵したのである。だが、ゴルイは苦笑いを浮かべてコアンに言った。
「重圧をかけてくれるではないか、艦長」
艦隊将兵数万人、そればかりか故郷の数十億と言う人々の運命を左右する決断を、誤りなく下さねばならない。その立場を再確認したゴルイに、コアンは答えた。
「もし提督が誤っておられたとしても、誰も恨みには思いませんよ。思い切って進んでください。そこに道があると、我らは信じます」
「……ありがとう、艦長」
ゴルイは頷くと、敵の動きを見定めた。三日月のような形の陣形を敷いた敵右翼艦隊が、砲火を放ちながら接近してくる。エトス艦隊は劣勢に立ちつつある。それを感じたのか、敵の一部に勝利を逸る心が生まれたのだろう。一部の部隊が突出し、連携に乱れが生じた。
「よし、あそこに砲撃を集中させろ!」
ゴルイは間髪いれず命を下した。エトス艦隊からゴルイの指示した隊列の乱れ部分に対し、集中砲火が放たれる。連携を乱したSUSの戦隊は、その愚かさを自らの死と言う代償で支払った。防御力に数倍する火力の集中にSUS艦が次々に爆砕され、隊列の乱れが誰の目にもはっきりとした隙間に拡大された。
「よし、全軍突撃! あの隙間に押し込め!」
ゴルイが腕を振り下ろす。エトス軍各艦の後部バーニアが眩い光を放ち、猛烈な加速をもってSUS艦隊の裂け目に遮二無二、と言う形容詞がふさわしい勢いで突撃した。つい数瞬前まで自分たちの優勢を確信していたSUS右翼艦隊の対応は遅れた。瞬く間に至近距離に切り込んできたエトス艦隊が、武器を近距離用のガンマ線レーザー副砲に切り替えて猛烈な弾幕を張り巡らせ、硬直したSUS艦を蜂の巣のように撃ち抜いて撃沈に追いやる。
ゴルイの好機を見逃さない戦術眼と、彼の意思を遺漏なく実現するエトス艦隊の錬度が、この瞬間SUS艦隊を圧倒した。右翼艦隊の隊列は乱れ、その一部が中央部隊の隊列にめりこんで、混乱を広げていく。
右翼艦隊の醜態にバルスマンは怒りの声を上げた。
「何をしているのだ、馬鹿者どもが! さっさと裏切者を始末せんかっ!! ボストフに伝えろ。貴様は解任だ。右翼部隊の指揮も私が取るとな!」
ボストフは右翼艦隊の指揮官である。決して無能ではないと評価して起用していたが、数に劣る敵にここまで翻弄されるようでは、使い物にならない。バルスマンは戦闘が終わったら、ボストフを処刑しようと心に決めた。
「右翼部隊、その場に踏みとどまって敵を食い止めろ。中央部隊、戦闘準備だ。エトス軍を血祭りにあげろ!」
バルスマンは続けて命令を出した。ちらりとディスプレイに目をやると、地球軍は若干の隊列変更が行われているようだが、こちらに攻撃を仕掛けてくる気配はない。
(エトスを葬ったら、次は貴様らだ。小細工抜きで叩き潰してやる)
バルスマンは内心でそう呟いた。本来、SUS艦隊の戦力は地球軍の十倍。彼が座乗する〈マヤ〉の戦力を考えれば、それ以上かもしれない。
正面切っての戦いで殲滅してもいいくらいだったが、それをせず地球軍を引きずり回したのは、エトス軍を地球軍にぶつけて、互いに消耗させようと目論んだからだ。にもかかわらず、何を血迷ったのか、ゴルイはこちらへ牙を剥いてきた。おかげで、消耗しているのはSUSとエトスだ。
せっかく考えた策に自分が嵌ったようで、バルスマンとしては大いに不愉快だった。この不愉快さは、エトスと地球を殲滅することで晴らさねばなるまい。
やがて、中央部隊の戦闘準備が整ったと言う報告を受け、バルスマンは命じた。
「中央部隊、全艦前進。エトス軍を一隻残らず宇宙から消し去ってやれ!」
それが、彼の生涯最後の命令となった。
「敵主力艦隊、転進。脇をこちらへ向けてエトス軍に向かいます」
真帆の報告に、上条が唖然とした表情を浮かべた。
「この状況で敵前回頭? 敵の指揮官は馬鹿なのか?」
撃ってくださいと言わんばかりの敵の動きは、上条には自殺行為にしか見えなかった。その時、木下がポンと手を打った。
「SUSは、我々がエトス軍と共同歩調をとっているのに気づいていないんだろう」
それを聞いて、古代はそうか、と頷いた。
「なるほど、我々がエトスとSUSが共倒れするのを待っていると、そう見ているわけか」
「洞ヶ峠の筒井順慶ですな。しかし、実際には関ヶ原の小早川軍というわけだ」
大村の例えに、艦橋に笑いが漏れた。
「なるほど、戦闘の行方を決する存在としてはそうかもしれませんね」
古代は笑いを収めると、中西に命じてゴルイを呼び出した。
「ご苦労様です、ゴルイ提督」
『む? このような感じで良かったのかな?』
「ええ、期待以上でしたよ」
聞き返すゴルイに、古代は笑顔で敬礼した。
「ここから先は我々の仕事です。全力で指定する空域より離脱してください」
そう言って、古代は真帆に計算させていたデータをエトス艦隊へ転送した。それを見て、ゴルイが目を瞠る。
『貴軍はこれほどの事をしてのけるというのか……なるほど、やはり貴軍を敵に回さなくて正解だったようだ』
しばらくは驚きの表情を浮かべていたゴルイは、やがてそう言って頷くと、敬礼して通信を切った。後退のタイミングを見計らうことに専念したいのだろう。古代は着席し、自らも戦場の様子を見守る。やがて、敵に一斉射撃を浴びせて、進撃の出鼻をくじいたエトス艦隊が、開戦当時の七割程度に艦数を減らしつつも、急速に戦場を離脱していく。その瞬間、古代は立ち上がった。
「今だ! 全艦――拡散波動砲、発射!!」
エトス艦隊が撤退を開始したことも、バルスマンには勝利の予兆としか見えていなかった。
「逃げるな、ゴルイ。貴様は私の手で八つ裂きにしてくれる」
雄大な体格を持つSUS人は筋力もそれに比して強く、地球人程度なら素手でバラバラにする事も難しくはない。バルスマンの脳内では、既に追い詰めたゴルイを生きながら引き裂くと言う嗜虐的な楽しみに耽る未来図が描かれていたのだが……
「ち、地球艦隊に高エネルギー反応! まさか、こんな数値が!?」
その夢想は、唐突な索敵オペレータの叫びによって打ち破られた。いったい何事かと艦橋の窓を通して地球艦隊のいる方向を見たバルスマンは、そこに無数の彗星のような輝きを認めた。次の瞬間、彗星――地球艦隊のドレッドノート級主力戦艦、スーパーアンドロメダ級戦艦各艦から放たれた、五十発以上の拡散波動砲のプラズマ・タキオンエネルギー流はその破壊力を解放した。
千四百隻あまりのSUS艦隊、その至近で大輪の花が咲くように、無数の光の散弾が弾け飛ぶ。バルスマンが彗星の正体を悟るより早く、そこから迸る波動散弾の一発が彼のいる〈マヤ〉の艦橋を直撃。バルスマンはもとより、彼を補佐する全艦橋要員ごと素粒子レベルに至るまで分解・消滅させて駆け抜け、その巨体を斜めに刺し貫いた。
その破壊のプロセスが完了するよりも早く、さらに五十発以上の波動散弾が〈マヤ〉を銃殺刑にかけられた囚人のように撃ち抜き、そのエネルギーを艦内で縦横無尽に解放させる。一瞬、その艦体に開いた無数の穴から、貫通口の反対側の宇宙が見えたと思いきや、その全てから波動散弾にも負けない正視に耐えない純白の閃光を発して、〈マヤ〉は粉微塵に砕け散った。
そして、旗艦が最後を迎えるその前に、それよりも劣る防御力しか持たないSUS艦隊のほとんどの艦が、〈マヤ〉を襲ったのと同様のプロセスを経て、宇宙に散華していた。一千隻を超える宇宙艦隊が一瞬で粉砕されるその爆発の光は、至近距離にあった第五惑星を母恒星サイラムの数倍も強く照らし出し、しばしこの惑星から夜を奪い去った。
数分に渡る光の乱舞が収まった時、地球艦隊とエトス艦隊の間には、そこに艦隊が存在したと言う物証を何一つ残さない、虚無の空間しか存在しなかった。
あまりにも凄まじい大破壊の光景に、豪胆なエトス軍人たちでさえも、まるで魂を抜かれたように虚無の空間と化したSUS艦隊の存在した場所を見つめていた。
「これは……何と言う……」
永遠にも感じられた沈黙を破って声を発したのは、コアン艦長だった。かつてエトスをして抵抗を断念せしめたSUSの大無敵艦隊を一瞬にして掃滅してしまった波動砲の破壊力は、この有能な軍人からも、それを語る語彙を奪っていた。
「これが、地球の真の力……どうやら、最初の二度の襲撃での勝利は薄氷だったようだな」
ゴルイが言った。奇襲がうまくいったからこそ、大ウルップ星間国家連合軍は地球相手に勝利を収めることが出来たのだ。もし堂々と正面攻撃をかけていたら、最初の一戦で連合軍は完膚なきまでに叩きのめされていただろう。
(しかし、地球軍はどうしてこれを先の戦いで使わなかったのだろう?)
ゴルイは疑問に思った。ブラックホールの戦いで今の超兵器を使われていたら、今頃ゴルイはここにいなかったはずだ。
その疑問に答えたのは、エトス艦隊の索敵オペレーターだった。
「おや? これは……地球艦隊のエネルギーゲイン、きわめて低下。現在位置にて漂泊状態です」
「なに? そうか……今の兵器を使用するのに、一時的に艦隊が行動不能になってしまうのだな」
ゴルイは波動砲の弱点をそう見切った。しかし、その中で一隻、急速にアマールへ向かう艦がいる。あの〈ヤマト〉だった。ゴルイは通信を入れさせた。スクリーンに古代が映し出されると、ゴルイは自分が先任であるにもかかわらず、先に敬礼した。
「見事でした、古代提督」
ゴルイが言うと、古代は少し驚いた表情をしていたが、ややぎこちなく答礼し、頷いた。
『ありがとうございます、ゴルイ提督。挨拶もせず転進する無礼をお許しください。これより、アマール上空の敵を撃退せねばなりませんので』
「なるほど」
ゴルイは頷いた。確かに、アマールにSUSの強襲揚陸部隊と思われる艦隊がとりついている。アマールの防備状況はゴルイも知っているが、そのままではSUS軍を押し返す事は出来ないだろう。
「では、ここは一つご一緒させていただこう。まだ、SUSを討ち足りないのでね」
ゴルイは言った。画面の向こうで、古代はまた一瞬驚いたようだが、すぐに笑顔を見せて頷いた。
『感謝します、ゴルイ提督』
「では参ろうか」
ゴルイは艦隊に〈ヤマト〉に続くよう命じた。その命令を、一瞬の遅滞もなく実行に移す幕僚たち。
地球とエトスの間の隔意は、既に存在していなかった。
古野間は最初にSUSと交戦した城壁付近から、二キロほど下がった通りの一角にいた。
「これ以上下がるなよ。大通りに敵の侵入を許すわけにはいかん」
古野間はそう言って、抗戦を続ける部下たちを鼓舞していた。ここから数ブロック先に、港から城へ続く、ティルキア市街で一番大きな通りがある。そこは今城へ避難する市民たちで溢れていた。もしそこにSUS軍が突入したら、酸鼻を極める事態になることは疑いない。
(いや、既に酷い事にはなっているのだが……)
無念の思いと共に古野間は呟いた。アマール軍の現地指揮官たちに協力を取り付け、避難誘導はアマール軍、戦闘は地球軍で分担する体制をとり、最初のうちはこの体制が上手く機能した。
しかし、古野間の率いる部隊は、せいぜい一個戦車大隊を含む増強旅団――歩兵五千名と戦車四十輌ほどに過ぎない。それに対し、敵は先鋒だけで二個師団であり、橋頭堡には今も敵の上陸用舟艇が降りてきていて、その戦力は推定五個師団程度に膨れ上がっていると見られる。地球軍の十倍だ。
その数の圧力にじわじわと押され、防衛線はここまで下がってきていた。避難が間に合わず、敵の蹂躙を許した街区も出てきており、偵察隊の報告ではおそらく全市で二万人近い民間人死傷者が出ていると思われた。地球軍の損害も死傷八百名に達している。敵にはその数倍の損害を与えてはいるが、あまり慰めにはならない。
アマール軍の損害はもっと大きく、首都防衛兵団のうち、既に一個師団が壊滅的な状態にあり、残りの部隊も組織的な秩序を保っているのが大隊レベルになっているようだ。敵の通信妨害により、上位レベルの情報統制システムが機能不全を起こしている。
古野間は臨時にそうしたアマール軍部隊に使者を送り、ハスキル中隊同様、市民の避難誘導を依頼していた。
(戦後に集団的自衛権やら統帥権やらの問題で、クビが飛ぶかも知れんなぁ)
古野間はそんな事を考えたが、それ以前に彼を取り巻く戦況は、物理的な意味で彼の首を飛ばしそうな雰囲気が濃厚になっていた。
「旅団長、第三中隊から後退許可を求める通信が入っています」
「第三中隊? 駄目だ。いま後退されたら、この防衛線全体が崩れる」
古野間は答えた。第三中隊は防衛線右翼部の要に位置しており、現状最も敵の圧迫を受けている部隊だ。「もう少し粘れと伝え……いや、俺が直接言おう。中隊長を出せ」
古野間は通信兵から端末を受け取った。
「こちら旅団長だ。現状を報告しろ」
端末の向こうから、中隊長の声が聞こえてきた。
『こちら第三中隊です。正面に敵戦車複数出現。三輌までは撃破しましたが、対戦車兵器が不足です』
「……不足だな? 補給があれば戦闘継続は可能か?」
『補給ですか? それなら……』
中隊長が答える最中に、突然耳が痛くなるような高音が端末から響き渡り、突如沈黙する。数秒後、別の士官が通信に出た。
『……こちら、第三中隊第二小隊長のイサーク・ラヴィン中尉であります』
「中隊長はどうした?」
何が起きたかは古野間も正確に理解していたが、念のため確認する。
『中隊長は戦死されました。中隊の指揮は小官が引き継いでおります』
「そうか。中尉、対戦車兵器の補給を届けさせる。抗戦を継続せよ」
古野間はあえて平板な口調で命じた。中隊長すら戦死する状況で、後退を許さず抗戦させれば、中隊全滅もあり得る戦況だ。
『了解。何とかしのぎます』
だが、その無理がどうしても必要な状況だと言うことは、ラヴィンも理解していた。無理に明るい口調で答える中尉に、古野間は内心で済まんと詫びる。もちろん、彼が戦死者に詫びるのは、それが最後ではなかった。
状況は、押し寄せる洪水を土嚢を積んで食い止めようとするのに似ていた。辛うじて全体の破綻を食い止めるのに精一杯で、しかもどこか一箇所でも破綻すれば、全体が一瞬で崩れてしまうのは明らかだった。
古野間の必死の指揮も、また外洋で軌道上の敵艦隊と撃ち合っている加藤の努力も、ついにその破綻を食い止められないときが来ようとしていた。
まず破綻が起きたのは制空権だった。この時点で、地球軍の戦闘機部隊は戦力半減と言う損害を受けており、アマール空軍に至っては七割を超える損耗を出していた。辛うじてティルキア上空を守るだけの戦力しかなく、郊外の橋頭堡に、妨害されることなく数十隻の揚陸艇が降下する。
「旅団長! 敵が橋頭堡にさらに一個師団を揚陸させてきました!」
「敵大型指揮戦車、市街地に侵入してきます!」
各部隊の状況を表示させたディスプレイに目を落としていた古野間が顔を上げる。数キロ先に、高い艦橋を持つ指揮戦車の姿が見えた。本質的には移動司令部であるため、直接戦闘に参加することは少ない車輌ではあるが、攻城用と思われる大口径主砲を含む多数の火砲を備えており、これ一輌で戦車中隊程度なら軽く粉砕できるほどの戦力である。
「ちっ、向こうも本気出してきやがったか」
古野間は毒づいた。敵は増援の到着を待って、一気に攻勢に出てくる腹積もりらしい。それを裏付けるように、指揮戦車が主砲を放つ。それは狙撃兵や観測班を配置していた、市内では比較的高い五階建ての建物を直撃した。爆発と共に建物の半分が一瞬で吹き飛ばされ、残る半分も爆煙と粉塵の混じった灰色の向こうに崩れ落ちていく。
「敵、全面攻勢に出ました! これ以上は支えきれません、旅団長!」
新手の一個師団を後詰として、既に侵攻してきている敵部隊が、全戦線で攻勢に出た。指揮下部隊の損害を示すグラフが真っ赤に染まり、見る見る死傷者を示す数字が増えていく。
(ああ、不味いな。これは詰んだか?)
指揮を執りつつ、古野間は脳のどこかでそう呟いた。先ほどまではベニヤ板程度には頼りがいのあった防衛線は、もはやティッシュ一枚程度の厚みになっている。特に、重圧に耐え続けた第三中隊がまずい。先ほど通信したときには、中隊長代理のラヴィンも負傷して指揮が取れなくなり、既に第一小隊長が戦死していたため、第三小隊長が指揮を代行していると報告があった。
「仕方ないな。予備を出して第三中隊を援護する」
古野間が言うと、参謀たちが不思議そうな表情を浮かべた。
「旅団長、予備とは何のことですか?」
既に旅団は全戦力を前線に投入しており、予備戦力などどこにもいない。しかし、古野間はニヤリと笑ってライフルを手に取った。そのまま旅団本部の要員を見渡す。
「もちろん、俺とお前たちだ。何か質問があるか?」
古野間の言葉に、参謀たちは顔を見合わせたが、すぐに笑みを浮かべ、銃を手に取った。
「いえ、了解です」
人数から言えば小隊程度のものだが、確かに「戦力」には違いない。しかし、この戦力がカードとして切られることは、ついになかった。突然、敵の攻勢が弱まったのだ。
(なんだ?)
古野間が被ったヘルメットのバイザーに表示される戦況、それが大きく変化していた。敵の秩序だった動きが乱れ、統制の取れないものになっている。まるで、何者かに攻撃を受けたかのようだ。
(……まさか?)
古野間がこの状況をもたらした可能性に思い当たったとき、通信に正解が飛び込んできた。
『古野間閣下、アマール陸軍首都防衛師団、第一大隊第十一中隊、ハスキル中尉です。市民の避難誘導がほぼ完了しました。これより我が軍も戦闘に参入します』
先ほど、敵の猛攻によって多くの部下を失い、震えていた士官の声だった。だが、今彼の声は歴戦の強者のように落ち着いたものだった。
「ハスキル中尉……助かる! この側面援護は貴官か」
古野間の質問に、ハスキルはわずかに笑いの成分を声に含ませて答えた。
『我が中隊だけではありません。アマール軍の全てがそうです。この星は我が故郷。貴方方だけに血を流させはしません!!』
その答えと同時に、周囲からわあっという声が上がる。何時の間にか、アマール軍の兵士たちが続々と戦場に向かいつつあった。その表情に怯えは見られない。
地球軍の奮戦が彼らを変えた。アマール人は知ったのだ。SUSとて不死身の巨人ではない。戦って倒せる相手なのだと。それを証明するように、市街地に侵入した指揮戦車が、至るところに爆発をまとわりつかせ、火を吹き上げて停止した。接近したアマール軍から、無数のロケットランチャーを至近距離から叩き込まれ、ついに防御力の限界を超えたのだった。
「やってくれる……」
古野間は笑った。同時に、自分がアマール軍を見くびっていたことを悟り、それを恥じていた。自分はアマール軍を、その兵士たちを表面的にしか見ていなかった。確かに彼らは地球軍よりずっと後進的な軍隊かもしれない。しかし、勇敢さ、義務感は劣ってはいない!
「全軍、持ちこたえろ。アマールの仲間たちに恥じる戦いはするなよ!」
古野間の新たな命令に、全軍が答える。先ほどまでの、追い詰められ絶望に瀕した声ではない。力強い、戦意に満ちた声だった。この瞬間、地球とアマールの二つの軍は、お互いを戦友として認め合ったのだ。
それを祝うように、天空に巨大な光が出現した。恒星サイラムの光よりも強く輝く、白い閃光。地球艦隊がSUS艦隊を殲滅したときの光が、ここアマールにも届いたのである。
その光の中から湧き出すように、無数のV型編隊を組んだ飛行機の影が現れた。それは見る間にコスモパルサーの形をとる。光に負けない速度で駆けつけた〈ヤマト〉から発進した艦載航空団だった。それは、主力艦隊を失って動揺するSUS軍に容赦なく襲い掛かる。戦闘機が砕け散り、爆撃機がへし折れ、戦車が叩き潰された。
指揮戦車は対空砲台を振り上げ、新手の敵に対処しようとしたが、コスモパルサー隊のさらに上空から飛来したミサイルに貫かれ、微塵に爆散して果てる。それが立ちのぼらせる煙をかいくぐって突進したコスモパルサーは、慌てて飛び立とうとした揚陸艇に懲罰の銃弾を叩き込んだ。標的がバランスを崩して墜落し、友軍を巻き添えにして砕け散るその上空で、コスモパルサーがビクトリー・ロールを決める。
その先頭を行く、一際鮮やかな機動を見せるコスモパルサーに目を留めたのは、戦闘空母〈イリジスティブル〉の加藤だった。
「ほう、あれが今のヤマトのエースか……」
たちどころに敵上陸軍を叩き潰していく味方の姿を見ながら、加藤は敬礼する。時を同じくして、市街地の古野間も、そして二人のもとティルキアを守り続けた将兵たち、そしてアマール軍までが敬礼する。
その先には、大気圏に突入してきた〈ヤマト〉と〈シーガル〉の姿があった。
古代とゴルイを乗せた〈ヤマト〉の艦載ヘリが着陸すると、ダウンウォッシュでドレスが乱れるのもかまわず駆け寄ってきたのは、イリヤ女王だった。二人の提督がそれに気づき、機外に出る。しかし、敬礼するより早く、イリヤが二人の手を握っていた。
「古代提督、ゴルイ提督、感謝いたします」
その感謝の言葉に、先に答えたのはゴルイだった。
「気にされるな、陛下。私は祖国エトスとその人民のために、この道を選んだまでのこと」
アマールを救ったのはあくまでもついで、と言うことのようだ。古代も続けて答えた。
「アマールは今後最も親しい隣人となるべき国ですし、我が地球連邦市民も多く滞在しております。それを守るために戦うのは当然の義務。大仰な感謝など不要です」
イリヤは頷き、それでも二人の手を握る自分の手に力をこめた。
「それでも……やはり感謝いたします」
その時、厳しい声が飛んできた。
「そのような事をしている場合ではありますまい」
三人が顔を上げ、声の主を見る。そこにいたのは、つかつかと歩み寄ってくるパスカルの姿だった。その顔は硬く、目には強い怒りの色が浮かんでいる。三人のそばまで来て足を止めると、パスカルは古代とゴルイのほうを向いて言った。
「まったく、とんでもない事をしでかしてくれたな、古代提督、ゴルイ提督。SUSとの関係を何とか穏便に保とうとしてきた私の努力も、一瞬にして台無しだ」
それを聞いたイリヤが、パスカルに負けない怒りの色を浮かべて、叱責の言葉を発する。
「パスカル! まだ貴方は……」
「陛下は黙っていてください。これからは武人の問題です」
しかし、パスカルは彼を知るものなら信じられないような、無礼な振る舞いに出た。イリヤの言葉を遮ったのだ。言葉自体も非礼極まりないもので、イリヤは怒るよりも先に唖然とする。
もちろん、古代とゴルイも戸惑っていた。付き合いは短いが、この異星の武将がこのような行動に出る人間とは全く思っていなかったからだ。そんな、困惑の中にいる二人に、パスカルは言った。
「古代提督、ゴルイ提督。何をぼっとしている? 時間はいくらあっても足りないのだぞ。いつSUSが復讐に出ないとも限らんのだ。急ぎ対応を協議せねばなるまい」
その言葉の意味を最初に理解したのは、イリヤだった。
「パスカル、貴方は……」
彼女は悟ったのだ。SUSを誰よりも知り、それ故に最も恐れてきたこの男が、主君の意思を排してまでSUSとの融和を考えてきたこの将軍が、戦う決意を固めたことに。
「皆まで仰いますな、陛下」
パスカルは笑みを浮かべた。
「私は……本当はずっとこうしたかったのです。ですが、それを押し通せば亡国であることも知っていた。だから、己の真情をずっと封じてきました」
それに、と言って彼は振り向く。その方向には、避難してきた市民たちが詰め掛けている王宮前広場があり、民衆の声が聞こえてきた。
「陛下、戦いましょう! SUSを倒しましょう!」
「戦いましょう! 地球と、エトスと共に!!」
「アマールの真の独立のために!!」
パスカルはしばらくその声を聞いていたが、再び決意を秘めた表情でイリヤの方に向き直った。
「聞いてください。民も、同じ事を望んでおります。陛下と共に、苦難の闘いの道を歩むと。ならば、もはや私に否やはありませぬ。お命じください、陛下。SUSと戦え、そして勝て、と」
イリヤは頷き、すっと姿勢を正す。パスカルがその前に跪くと、彼女は王錫で肩に触れ、威厳に満ちた声で命じた。
「パスカル将軍、貴方にアマールの全軍権を与えます。怨敵SUSを討ち平らげ、我が国に真の独立と平和をもたらしなさい」
パスカルは頭を上げ、その命に応えた。
「臣パスカル、謹んで陛下の軍権をお預かりいたします。捷報をお待ちください」
パスカルが立ち上がると、彼とイリヤは視線を交わし、微笑を浮かべた。いまや、二人の意思は一つだった。パスカルはその様子を見守っていた古代とゴルイに歩み寄り、手を差し伸べた。
「聞いてのとおりだ、古代提督、ゴルイ提督。我が軍も戦列に加えていただきたい」
古代とゴルイは顔を見合わせ、笑顔を浮かべるとパスカルの手を握った。
「歓迎します、パスカル将軍。共に平和な未来を勝ち取りましょう」
「では、早速軍議を開こうではないか。貴官の言う通り、時間はないのだからな」
三人の指揮官は固い握手を交わし、歩き出した。その行く先にまだ勝利は見えない。だが、この信頼できる同胞たちが、戦友がいる限り、決して負けることはない。彼らは今心からそう確信していた。
後にこの戦いはSUSの絶対支配崩壊の第一歩として記録されるようになる。しかし、参戦した多くの将兵たちにとって、この戦いの意味は――
絆を結び、心の壁を崩すための戦いだった。そう語り継がれることになる。
続く
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