宇宙戦艦ヤマト 復活篇
非公式ノベライズ
Resurrection of Space Battleship YAMATO unofficial novelize edition
前編 第四章「BH−199海戦」
こうして彼我三個ずつ、計六個艦隊がそれぞれの戦策を定めた事により、後世「BH−199沖海戦」と呼称される事になる戦いの火蓋は切って落とされた。まず戦いの開始を告げる号砲を盛大に撃ち鳴らしたのは〈ヤマト〉だった。
「一番、二番主砲、撃てっ!!」
上条の命により、突進してくるフリーデ軍の戦闘を行く戦艦めがけて、六門の主砲が同時に火を噴いた。青白色の光線は数十万キロの交戦距離を一瞬で飛び越え、艦上構造物と船体の接合部付近を直撃した。
「!!」
まるで特大の斧で叩き切ったように、その艦は接合部で分断され、次の瞬間艦上構造物、船体共に誘爆を引き起こして粉微塵に爆散する。戦艦が一撃で轟沈する様に、フリーデ軍の指揮官たちは一斉に驚愕の声を漏らした。
「何と言う火力だ……くそ、怯むな。こちらも撃ち返せっ!!」
驚愕を怒りに変え、フリーデ軍は反撃を開始する。艦上構造物の左右両翼に七門ずつ装備された主砲が、灼熱の光の弾丸を次々に吐き出す。数百万度に達するプラズマを強磁界に封入し、レールガンで射出する電磁熱弾砲だ。さらに中央部に装備されたランチャーから、大型の対艦ミサイルを続けざまに発射する。
「艦首ミサイル発射管、バリアミサイル装填! 撃て!!」
それに対し、上条は即座にミサイルを撃ち返すが、その〈ヤマト〉から発射されたミサイルは途中で炸裂し、爆炎の代わりに氷の円盤か波紋を思わせる、円形のエネルギーフィールドを放射した。新兵器のバリアミサイル。弾頭部に弾薬の代わりに使い捨ての、しかし強力なバリア発生装置を組み込んだものだ。
その円盤が、飛来したフリーデ軍のミサイルや熱弾を受け止め、次々に爆発させる。その時になって、敵艦隊を射程に収めた他の第七艦艇所属の各艦が、次々に発砲を開始した。赤く燃える熱弾と交差するように、数十条の青い光線が敵艦隊に突き刺さり、そこここに爆発の光を咲かせる。
しかし、全く敵の数が減ったように見えない。地球艦隊が一個当たり七十隻前後なのに対し、敵艦隊は三〜四百隻と数では圧倒しているからだ。
これは地球連邦が全銀河レベルで展開能力を持つ艦艇群を有しているにもかかわらず、本質的には太陽系のみで完結している星系国家であり、もともと艦艇数が少ないというのもあるが、技術レベルでは先進的で、七十隻でも他国の百〜百五十隻の艦隊に対抗しうると看做されているからでもある。実際、ガルマン・ガミラス軍は五百メートル級超大型戦艦や同級の空母を有し、それらで構成される千五百隻規模の方面軍を複数運用する超大国であるにもかかわらず、地球防衛軍艦隊を「技術的に極めて洗練され強大な戦闘力を有する、侮りがたい軍」と評している。
それを象徴するような光景が、彼我の艦載機が集中する第八護衛艦隊とベルデル艦隊の前面域で展開されていた。
「全機、長距離ミサイル発射!」
艦載機隊全体の指揮を執る〈インディペンデンス〉飛行隊長の命を受け、コスモパルサー隊が主翼下面のハードポイントに四発ずつ吊るした長距離対空ミサイル、CAMRAAM−Xを発射した。母機を遥かに越える百〜百五十Gでの超大加速で敵艦載機群に突入したミサイルにより、数え切れないほどの爆光が沸き起こり、ベルデル軍艦載機隊に大損害を与えていた。
「なんだと、奴ら実用的な対空ミサイルを実用化したのか!!」
辛うじてCAMRAAMの直撃を免れたベルデル艦載機隊の隊長が叫んだ。
地球でも、かつてコスモタイガーIIが主力だった時代は、空中戦はミサイルの打ち合いではなく、レーザー機銃によるドッグ・ファイトが基本だった。かさばる慣性中和装置を搭載し、パイロットの柔軟な判断で自在に飛ぶ戦闘機に対し、慣性中和装置を積めないミサイルは機動性の面で全く追いつくことができなかった。
しかし、艦載機戦力で敵に対し常に劣勢を強いられる、と言う状況を覚悟していた防衛軍では、実用的な対航宙機用のミサイル開発に取り組み続け、コスモパルサー開発と前後して、長距離用のCAMRAAMと中〜近距離用の〈コブラヘッド〉の二種のミサイル開発に成功したのである。どちらも艦載機に匹敵する機動性を持ち、新開発のAIとセンサーの組み合わせによって、何処までも敵機を追尾し撃墜する、電子の毒蛇だった。
その開発の努力が、今日報われた。CAMRAAMの先制攻撃により、ベルデル軍艦載機隊は一瞬で八百機以上の被撃墜を記録していたのである。戦慄すべき大損害に混乱するベルデル軍に、コスモパルサー隊は猛然と突っ込んだ。
しかし、ベルデル軍も無能ではない。混乱しかけた指揮系統を建て直し、僚機を失った者同士が組んで臨時のチームを編成して、果敢に迎撃してくる。その乱戦の巷の中、〈ヤマト〉の艦載機隊も奮戦していた。
「よっし、これで三機目、いただきだぜぇ!」
小林がガッツポーズしながら戦果を誇る。長距離ミサイルで一機を撃墜し、ドッグファイトに入ってからは二機撃墜と、彼は絶好調だった。初陣とは思えない戦度胸ではある。
彼に限らず、十七年間戦争から遠ざかり、初陣の者がほとんどの地球側パイロットは善戦していた。最初のミサイル攻撃で敵を圧倒する打撃を与えた事が、自らの機体と武装の性能への自信に繋がったのだろう。
しかし、それでもなお、ベルデル軍は地球軍を圧倒する勢力の艦載機隊を擁しており、その自信……というより過信の報いを、若い地球軍パイロットたちに教育しようとしていた。
今また、四機目の獲物を仕留めようとする小林だったが、次の瞬間耳障りな警告音が鳴り響いた。後方に敵機が回り込んだのだ。
「うおっ、いつの間に……ちっ、振り切ってやる!」
一時的に攻撃を諦め、ブレークした小林だったが、敵機はぴったり後ろにつけていた。イカか何かの海棲生物を連想させる形状に、左右三対の姿勢制御用ブレードを持つベルデル戦闘機は、武装と技術レベルではコスモパルサーに劣っているが、機動性は勝る。エンジンポッドの直前、機首コクピットの直下にあるレーザー機銃を連射しつつ、小林機を追い詰めてくる。
「ぐっ……くそっ!?」
着弾の衝撃が何度か機体を揺るがすのを感じ、小林は焦りと怒りの声を上げる。傷一つ無かった愛機のところどころに、レーザーが着弾して塗料が蒸散した跡が残っている。対光学兵器防御用の塗料だが、何度も攻撃を受ければ、そのうち耐え切れなくなる。
「ちくしょう、これならどうだ!?」
小林は激しい旋回を繰り返すが、ベルデル戦闘機は遅れることなく……むしろ小林機を追い詰めるように旋回に追随してきた。その機銃口に光がともる。
(やられるのか!?)
冷たい死の予感が小林の心臓を鷲掴みにしたその時、横合いから飛来したコブラヘッドが小林を追尾していたベルデル戦闘機を直撃、機体をずたずたに引き裂いた。その爆発光に照らし出されるのは、ハートを貫くメスのパーソナル・マーク。
『だらしないね。しっかりしなよ小林』
「美晴! 助かったぜ! 帰ったらお礼に抱きしめてやるよ!」
命が助かったとわかり、何時ものペースを取り戻した小林に、彼を救った美晴は呆れた口調で答えた。
『ばぁか。ヘタレこいたらお仕置きだって言っただろ? でも、追いかけられてるあんたがあんまり惨めだったから、それは勘弁したげる。貸しにしとくから、早く返しなよ』
そう言い残して、美晴機は再び乱戦の只中に飛び込んでいく。
「ちぇっ、言われなくても!」
小林もまた機体を翻し、近くの敵に挑んでいく。激しい空中戦は、なかなか勝敗がつかないまま、その戦闘域を徐々に第八護衛艦隊正面からずらして行った。
艦隊正面がクリアになるのを見て、南部は笑みを見せた。
「よし、艦載機隊の連中は良い仕事をしてるな。次は俺たちの番だ」
艦載機戦で敵を圧倒するのは難しいと判断した航空隊総司令は、ともかく艦載機を艦隊戦に介入させないようにする事を最優先にしていたのである。その狙いが図に当たり、第八護衛艦隊とベルデル艦隊の間に障害物は無くなった。
「全艦、突撃隊形。砲雷撃戦用意!」
南部が命じる。戦艦部隊がお互いの射線を妨害しないよう僅かに斜めにずれた直線陣形を取り、巡洋艦に嚮導された駆逐艦を主力とする空間雷撃戦隊が突撃陣形を形成する。獲物に踊りかかる猟犬のような気合が艦隊に充溢した瞬間、南部は叫んだ。
「全艦隊、撃ち方はじめ!」
彼の旗艦〈秋津島〉が轟然と発砲する。続いて戦艦部隊が次々に射撃を開始し、空間雷撃戦隊が突撃を開始した。もちろんベルデル艦隊も撃ち返す。ベルデルの艦載砲は、楕円体状の上部船体内に装備された加速リング内で陽子と電子を加速し、最終的に砲塔内で二つの粒子を合成して発射する、中性粒子ビーム砲。ショックカノン同様に電磁バリアを貫通する性質を持つ強力な火器である。
しかし、射程、火力、精度の全てで地球艦隊がベルデルを圧倒した。フリーデ艦同様、一発の貫通弾を許しただけで爆沈する味方艦艇を見て、トローレ提督は怒りの余り床を踏み鳴らした。
「くそ、何だこれは! 先日の敵とはまるで違うではないか!!」
第二次船団を攻撃した時の記録映像では、地球艦隊の統率はもっと脆かった筈だ。
「数で押すしかないのか……くそ、無様だな」
トローレは艦隊のフォーメーションを変更し、地球艦隊を半円状に包囲する作戦を取ろうとした。しかし、左右両翼に広がり始めた艦隊の端を、地球の空雷戦隊が強襲した。
「全ミサイル、発射!」
嚮導巡洋艦に続行する駆逐艦が、一隻辺り八発から十二発の波動カートリッジ弾頭対艦ミサイルを投射する。投網を投げかけるように降り注ぐミサイルは、命中するや凄まじい爆発を起こしてベルデル艦を粉砕した。撃墜されるものももちろんあるが、それもまた大爆発と同時に、ベルデル側のセンサーやレーダーを激しく擾乱し、索敵照準を妨害する。
ミサイルまでが連合軍の常識外の威力を叩きだすのを見て、トローレは地球艦隊の実力を過小評価していたことに気付いた。
「おのれ、SUSの奴らめ……正確な情報を寄越さんから、こういう体たらくになるのだ!」
地球艦隊よりも足を引っ張る味方への怒りに歯噛みしつつ、トローレは戦況を立て直すべく指揮を続けた。
「ベルデルとフリーデは苦戦しているようですね」
コアンが戦況をモニターで見ながら言う。
「今度の地球軍は、よほど戦歴豊富な指揮官を選んできたと見える……反応がまるで違うな」
ゴルイも応じた。前の二度の襲撃は、全て奇襲を仕掛け、地球側が混乱を収める前に押し切って撃破しているのだが、今回は奇襲ができなかった事もあり、地球側が素早くこちらの襲撃に対処して、戦局を優位に進めていた。
「地球人も愚かではない。二度も奇襲を許したとは言え、こちらの情報も解析し、対抗策を練っているだろう。それが成功しているのだ」
ゴルイはさらに戦局を論じる。ベルデル、フリーデ共に持ち味を殺され、地球側に翻弄される戦いに終始している。
(だが……目前の敵指揮官は、他の二個艦隊に比べて少々未熟なようだな)
ゴルイは思った。彼の率いるエトス軍は、遠距離では艦首大口径砲、近距離では主砲の連続射撃により敵を圧倒するのが基本戦術だ。目前の敵艦隊は、おそらくどっちに転んでも対応できるようにしているつもりなのだろうが、ゴルイには中途半端なものに見えた。
「我がエトス軍は、一味違う事を教えてやろう……全艦、艦首砲発射。敵を遠戦火力で圧倒するぞ」
ゴルイは命じた。艦首大口径砲は、実は地球の主砲と同じショックカノン。地球防衛軍と異なり、小型化に成功してはいないが、思い切って大型化し火力を強大なものに引き上げている。
「了解しました。艦首砲発射。各艦、旗艦の砲撃に続け!」
コアンの命令一下、旗艦〈シーガル〉が轟然と発砲し、続いてエトス軍戦艦部隊も艦首砲を連射する。豪雨のような光線の嵐が地球艦隊を痛打し、旗艦〈アストレア〉のブリッジには損傷報告が相次いだ。
「駆逐艦〈夕凪〉〈朝風〉撃沈されました!」
「戦艦〈ブルームレイク〉大破! 戦列を離脱します」
それらを聞いて、北野は予想以上の打撃に歯噛みしつつも、次の指示を出す。
「敵は突撃に移るはずだ。応戦しつつ、斜線陣を敷け」
艦隊を斜めに配置する事で敵の勢いを殺し、近距離での火力のぶつけ合いに移行したかった北野だが、ゴルイはその手に乗らない。
「敵艦隊、引き続き遠距離より攻撃してきます!」
「巡洋艦〈遼陽〉大破……いえ、爆散しました!」
「第九十二空雷戦隊の被害が甚大です!」
(くそ、こっちの手を見透かされているのか!? 敵指揮官はかなり老練な奴だな!)
北野は対策が後手後手に回っている事を感じる。何とかして、こちらに主導権を取り戻さなくてはならない。
(波動砲……いや、ダメだ。船団ワープ完了後にこちらもワープで離脱する事を考えたら、今は撃てない……ならば、こっちから突撃するか? いや、第七、第八護衛艦隊との連携を乱すな……遠距離戦で対抗するか? いや、陣形を組み替える間に敵に突撃される……!)
迷っている間にも、味方の被害は増えていく。一時的な被害増大を覚悟して、戦局を変える一手を打つべきだが、北野はそのタイミングを見出せなかった。
「くそ、不甲斐ない。古代さんに顔向けできん……!」
北野の苛立ちが頂点に達した時、突然敵の攻撃に乱れが生じた。降り注ぐ砲撃が少なくなり、密度にもばらつきが出る。
「む、何事だ? 敵に何か打撃を与えたのか?」
訝る北野。だが、改めてモニタを確認し、北野はその理由を悟った。
「流石古代さんだ……よし、今のうちに陣形を立て直す!」
北野は偉大な先輩に感謝すると共に、これ以上の敵の跳梁を許さないという決意を新たにした。そして、僅かな隙は彼にその時間を与えるに十分だったのである。
エトス軍に混乱を与え、北野に好機をもたらしたのは、古代が指揮を執る第七護衛艦隊の担当戦域における展開だった。フリーデのロブソー提督は戦局を変えるため、思い切った手に出たのである。
「第二、第三、第五分艦隊は損害に構わず突撃! 敵艦隊を牽制しろ! 第一、第四分艦隊は我に続け。敵巨大船を殲滅するのだ!」
得意の近距離戦に持ち込めない事に苛立ったロブソーは、北野にできなかった決断をした。味方の被害が甚大なものとなっても、遮二無二こちらのペースに持ち込み、その間に逃げていく移民船を叩こうとしたのである。
エンジンを全開にし、猛烈な勢いで進んでくる敵艦隊に、上条が焦りの色を浮かべて叫ぶ。
「艦長、敵の動きが早すぎます! 迎撃が間に合いません!!」
向かってくる三個分艦隊だけでも、総数二百二十隻と第七護衛艦隊の戦力を凌駕する。護衛艦隊側も激しい砲撃を浴びせ次々に敵艦を撃沈に追いやっているが、このままでは敵に切り込みを許すことになる。
「落ち着け、上条。重爆機を用意しておけ」
古代は若い部下に諭すように穏やかな口調で言った。彼は敵艦隊が戦力を二分しつつある事に気づいていた。問題は、その目的だ。こちらを包囲するためなのか、それとも?
「敵艦隊、戦力を分離! 一部が移民船側に向かいます!!」
真帆が報告する。それを聞いて、古代は上条に命じた。
「上条、重爆機を出せ! 移民船に向かう敵の旗艦を叩かせろ!!」
「は、はっ! 了解です。重爆機、出撃!!」
格納庫に残されていた四機の重爆機が、直ちに発進デッキに運ばれる。この機体は複合兵装ポッドが大きすぎて艦底部からの発進は不可能なため、舷側部後方の第二副砲左右にある大型機用発進口から射出されるのだ。
『クラッシャー01、発艦します!』
重爆隊隊長が宣言し、重厚な機体が後方へ向けて弾かれるように打ち出されていく。機体下面に向けて折りたたまれていた追加補助翼が展開し、複合兵装ポッドを機体両脇に持ち上げたようなスタイルになると、四機は機体本体のエンジンと補助翼のブースターを噴射し、重い荷物を抱えているとは思えない軽快さで敵艦隊へ向かった。
『桟敷席よりクラッシャー、警戒しろ! 乱戦域を抜けた敵艦載機接近中!』
航空管制室が注意を促す。レーダーに十数機のベルデルファイターが接近してくるのが映ったのだ。重爆隊長は警告に感謝すると、指揮下の三機に呼びかけた。
「クラッシャー01より各クラッシャー。ボギーはこちらで引き受ける。構わず敵艦に突撃しろ」
命じながら、隊長は後部のFCF(火器管制士官)に軽く頷いた。FCFは即座に隊長の意図を確認し、兵装ポッドの操作コンソールを叩く。
「地球からのプレゼントだ。ありがたく受け取れ!」
FCFはそう言うとボタンを押し込んだ。兵装ポッドの上面に設けられたハッチが開き、VLS式に埋め込まれたミサイルが立て続けに飛び出す。ジュースの缶を拡大したような、短距離専用対空ミサイル〈ダンデライオン〉である。それが左右両方で二十四発。四方八方からベルデルファイターに襲い掛かった。
動きの鈍そうな重装機を潰すつもりが、逆に自分たちが狩られる立場に転落したベルデルファイターの群れは必死に逃走を図ったが、一機辺り二発が飛んできたダンデライオンを回避しきる事はできず、次々に火球となって散華した。経空脅威を排除した重爆隊は、まっしぐらに敵艦隊の只中に突っ込んだ。
「なんだ、敵の艦載機か!? 撃ち落せ!!」
ロブソーが命じる。敵艦隊の目的は巨大揚陸艦(彼は移民船とは知らない)を守る事であり、そちらを叩けば戦略的勝利は連合軍のものだ、と言う事までは正解だったロブソーだったが、それを実行に移した代償は余りに大きかった。
「全対艦ミサイル、発射ぁっ!」
重爆隊長の命令一下、重爆機各機は複合兵装ポッドに内装されていた十六発と、コスモパルサー本体の八発、計二十四発の対艦ミサイルを四方八方に連射した。その全てが波動カートリッジ弾頭である。計九十六発の対艦ミサイルは、凄まじい破壊の嵐を撒き散らした。フリーデ戦艦の巨大な上部構造物が破裂するように弾け飛び、刃物を思わせる船体が文字通りのジャックナイフと化して轟沈する光景が連続して出現する。
「各艦、損害報告を……」
ロブソーが状況を把握しようと口を開いた時、肉薄してきた重爆隊がポッドを切り離した。それ自体巨大な爆弾でもあるポッドは、搭載機の持つ慣性をそのままにロブソーの旗艦、その艦上構造物後端に激突した。
大爆発が起きた。幾重もの隔壁をぶち抜いて、衝撃波と爆風が艦内を席巻する。ロブソーは命令を言い終える間もなく、艦橋に吹き込んできた超高熱の爆風に巻き込まれ、全身を粉砕された。彼の幕僚たちも共に焼き払われ、砕け散って消滅する。
さらに、重爆隊は旗艦の周囲を旋回しながら機体下面の30mmパルスレーザーによる肉薄射撃を見舞って行った。至近距離では戦艦の装甲をも貫く青い光弾が電子熱弾砲やミサイル発射機を粉砕し、移民船に叩きつけられるはずだった破壊力を、母胎の中でぶちまけた。
凄まじい爆発と共に、フリーデ軍司令部は旗艦ごと完全に抹殺された。指揮官戦死の報に、第七護衛艦隊に突撃中の三個分艦隊にも乱れが生じる。その隙を古代は見逃さなかった。
「今だ上条、畳み掛けろ!」
「了解! 艦首ミサイル、発射! 第一、第二主砲、続けて撃て!」
上条の命を受け、まずミサイルが次々に敵艦隊めがけて発射される。その着弾にタイミングが合うように、主砲が轟発した。ほぼ同時に着弾するミサイルと砲撃の嵐をまともに受けて、フリーデ軍の戦艦が続けざまに轟沈の運命を強いられる。
〈ヤマト〉に合わせて、第七護衛艦隊の全艦艇が火を吐いた。まるでネックレスのように連鎖して生じる爆沈の火球は、百や二百では利かない数だった。フリーデ軍の突撃の勢いが完全に殺され、停滞から敗走に移るまで、それほどの時間はかからなかった。
「何をやっているんだ!」
味方の無様な敗走に、コアン艦長が苛立ちの声を上げる。逆に地球艦隊は勢いを増し、さきほどまでエトス軍に圧倒されていた前面の敵艦隊も息を吹き返した。互角以上の砲撃を叩き込まれ、エトス軍にも撃沈、大破が相次ぐ。
「あの艦だ」
黙って戦況を見守っていたゴルイが口を開き、コアンを初めとする艦橋要員が彼に注目する。
「あの戦艦だ。あの艦の戦いぶりが、敵の全艦隊に波及し、士気を大いに高めているのだ」
ゴルイが注目していたのは〈ヤマト〉だった。モニターの向こうで、壊走するフリーデ軍に対する追撃を早々に打ち切った〈ヤマト〉が回頭するのが見える。その軸線はこちらを向いていた。やや不利な状況にある味方を救援し、エトス軍と対決する気なのだろう。
「確かに、敵ながら天晴れな戦いぶりですな」
コアンもそれは認めざるを得ない。ゴルイは命じた。
「あの艦を叩け。粉微塵になるまで潰すのだ。他の艦はどうでもよい」
「承知しました」
コアンが命令を了解し、エトス軍は〈シーガル〉を中心に一時後退しはじめた。第七、第九護衛艦隊が合流する前に、体勢を整え始めたのだ。北野は追撃しようとしたが、古代に止められた。
「北野、かなりやられたな」
古代の言葉に、力なくうなずく北野。
「申し訳ありません。相手が一枚上手でした」
北野は決して無能な指揮官ではない。むしろ、同世代の防衛軍の指揮官では明らかに有能な方だろう。その北野を見事なまでに翻弄したのだから、“文鎮”の司令官は相当老練な相手なのだろうと古代は踏んだ。
「とにかく、一度後退して艦隊を再編しろ。こっちの敵は俺が引き受ける」
「はい。よろしくお願いします」
北野が敬礼して、パネルから消える。古代は再び操縦桿を握った。
「敵“文鎮”と決戦する。各艦、今のうちに応急修理と補給を済ませて、隊列を整えろ。第八護衛艦隊はどうしている?」
言葉の後半は桜井に向けられたものだ。
「優勢です。敵を完全に敗走させるには至っていませんが、時間の問題でしょう」
桜井が答えた。レーダーパーネル上では、第八護衛艦隊が開戦時の位置より大きく前進し、敵艦隊を分断しつつある様子が映し出されている。
「流石南部だな……移民船団のワープ状況は?」
「現在、八十八パーセントまで完了しています」
木下が答えた。大半の移民船は既にワープを済ませ、現在二グループ二百隻がスイングバイの最中。五百隻程度が待機中で、その中に太田のAE30001も混じっていた。殿を勤める覚悟らしい。
「よし、あと一時間も粘ればこっちの勝ちだな。総員、気を引き締めろ」
「了解!」
古代の言葉に、艦橋要員の了解の声が重なる。再編を終え前進を開始したエトス艦隊に向けて、第七護衛艦隊も迎撃すべく機動を開始した。
ゴルイが最優先攻撃目標に定めた〈ヤマト〉を含む敵艦隊が整然と前進してくる。その後方では、さっきまでエトス艦隊と交戦していた敵艦隊が再編を開始しており、三十分もすれば再度戦闘加入してくるだろう。それまでに敵旗艦を撃破し、地球艦隊の意気を挫く。それがゴルイの目標だった。
「いよいよですね……」
コアンのやや緊張の混じった言葉に肯くゴルイ。
「うむ。前座は終わりだ。いよいよ真打との決戦だな」
そうは言うものの、決して前座(第九護衛艦隊)も侮れる相手ではなかった。ゴルイは敵総旗艦が介入してくるまでに、相手を潰しきってしまうつもりだったのだ。しかし、相手はこちらの猛攻を何とか凌ぎ切って見せた。未熟ではあるが、凡庸な指揮官ではない。
(この本命との一戦で、見極めさせてもらうぞ。地球人よ)
ゴルイは突撃命令を下した。
ほぼ同時に、古代も第七護衛艦隊に攻撃命令を出していた。
「全軍突撃! 我に続け!」
古代の命令が、通信波と後部マストに翻るレーザーホログラフの信号旗によって伝達される。戦艦部隊が砲撃を開始すると同時に、空間雷撃戦隊も一斉に突撃に移った。それを阻止しようと前進するエトス軍両翼の戦艦部隊が主砲を連射する。エトス艦の主力艦載兵器は大出力の硬X線レーザーで、砲身はレーザー収束用の特殊結晶素材でできているため、地球にはミサイルランチャーに見える形状をしている。
その透明な砲身からパルス状に放たれるレーザーが、空間雷撃戦隊を率いる巡洋艦の船体を乱打し、炎を吹き上げさせ脱落に追い込む。それを阻止しようと、第七護衛艦隊側の戦艦部隊が砲撃を集中し、一瞬で数隻の戦艦を葬った。
両軍の撃破され脱落した艦の残骸をかいくぐり、駆逐艦が猟犬のように突進しては、敵に対艦ミサイルという牙を突きたてようと高機動戦を繰り広げるが、互いに決定打を欠きなかなか戦況を押し切る事ができない。
「巡洋艦〈ロシュフォード〉大破! 戦列を離脱!」
「戦艦〈ブランリヴァル〉撃破されました!」
「第三空間雷撃戦隊、攻撃発起点への突入に失敗! 後退して体勢を立て直すとの事です!」
戦果もあがってはいるのだが、被害もまた大きく、撃沈、あるいは撃破され戦闘力を失った艦の名前が呼ばれ続ける。十分ほどで、第七護衛艦隊は既に撃破した最初の敵艦隊との交戦時を上回る損害を被っていた。
「この敵はほかの二個艦隊と比べて、錬度も戦術も優れているな……手強いぞ」
古代は言った。戦況は膠着状態だ。できるだけ早くこの艦隊を殲滅するつもりだったが、なかなか思うようにはさせてくれない。
「もう一度重爆機を出しますか?」
大村が質問の形を借りて進言するが、古代は首を横に振った。
「いえ、あれは複合兵装ポッドが二会戦ぶんしかないんです。ここで使い切ったら後が続かない」
第一次船団を攻撃した楔形の敵艦隊は、まだ姿を見せていない。圧倒的な数を持つその敵を相手にする事を考えれば、切り札は取っておきたい。古代はそう思ったのだが、別の切り札を切ろうとしている男がいた。上条である。
「くそ……ちょこまかと! 波動砲で残らず吹き飛ばしてやる!!」
強すぎる闘争心が空回りしたのか、上条が波動砲のトリガーを展開させる。もちろん、艦長命令なしで使う事はできない兵器だし、機関長をはじめとする機関科の協力なしでは発射体制すら取れない。しかし、度重なる味方の損害報告に、頭に血を上らせていた上条は、それにすら気付いていなかった。咄嗟に古代は立ち上がると、上条の胸倉を掴んでビンタを浴びせた。
「うっ!?」
痛烈に頬を張り飛ばされ、よろめいてコンソールに手を突く上条。思わず艦橋要員たちが息を呑む中、古代は言った。
「冷静になれ、上条。今波動砲を放てば、乱戦域の味方を巻き込むぞ。すぐに切り札に頼らず、戦況を見極めろ。突破口は必ずある」
言いながら、古代はどこか懐かしい気持ちになっていた。
若かった頃、まだ逸る血気を抑えきる術を持たなかった頃の古代は、何かといえば波動砲やその他の兵器の威力を重んじ、それを使って窮地や危機を逃れよう、と考えがちだった。今の上条のように、有効とは思えない戦況で波動砲に頼ろうとした事も多い。
そんな彼を冷静に諭し、あるいは怒鳴りつけて「戦術」というものの大切さを教え込んでくれたのが、歴代の艦長――沖田や山南であり、信頼すべき上官や先輩――土方や真田だった。地形を生かし、敵の弱点を看破し、自らの長所を徹底的に利用する……そうした戦い方を血肉としてこれたのだ。
今自分がそれを実行する立場になって、ふと古代は(ガラじゃないな……)などと自嘲的な想いにもとらわれたのだが、上条にはそれがしっかり伝わったようだった。
「も、申し訳ありません」
叩かれた頬を自分でもう一回張り、気合を入れた表情で席に座る。この素直さは自分にはなかったな、と思いながら古代も操舵席に座った。前方では双方の軽快艦艇同士の激しい乱戦が展開されている。古代は決断した。
「第七十三戦隊、前方の乱戦域に突入しろ! 戦艦の大火力で敵軽快艦を薙ぎ払え!」
本来は戦隊旗艦として使用するスーパーアンドロメダ級をまとめて一個戦隊とした、別の意味で切り札的な火力をもつ戦隊の投入を、古代は命じた。ここで一挙に乱戦を制し、その勢いを持って戦艦同士の砲撃戦を有利に導く、と考えたのだが、直後に桜井から報告が入る。
「敵戦艦級八隻、乱戦域に介入しつつあり!」
まるで鏡のように、敵司令官は古代と同じ戦法を発想したらしい。
「敵も打つ手が早い……!」
古代はうなった。
「敵も打つ手が早い……!」
古代と一語一句同じ台詞を発したのは、もちろんゴルイだった。両者がほぼ同時に乱戦に戦艦を投入する、という決断をしたため、双方の戦艦一個戦隊が、乱戦域をはさんで激しい殴り合いをするという展開になっている。一瞬増援の投入を考えたゴルイだったが、すぐにその考えを打ち消した。おそらく、それをやれば間髪入れずに敵は全力で押し出してくる、という選択肢を採用するだろう。対抗上自分もそれに応じるを得ず、待っているのは全艦隊が乱戦に突入、という一番望ましくないパターンだ。
そして、既にその望ましくない展開の縮小版というべき戦艦部隊の殴り合いは、短時間で両者KOに近い形で終息する。ゴルイが繰り出した戦艦八隻は、六隻撃沈二隻大破という犠牲を払い、敵の戦艦四隻を全て戦闘不能に追いやっていたが、両軍の数の差を考えれば、ややエトス軍不利の引き分けというレベルだ。
互いに打つ手なしの消耗戦。一番避けたい展開に入っている。そして、ゴルイの最も危惧していた事態が生じようとしていた。
「後退していた敵艦隊、前進を開始しました! 本交戦域に接近中!」
最初にエトス軍と交戦した地球の第九護衛艦隊が、戦力を再編し再度交戦圏内に侵入しつつある。予想以上に早い。やはり、指揮官が優秀なようだ。このままではエトス軍は二個艦隊に包囲され、叩きのめされるという最悪の状況に陥りかねない。
(さて、どうする?)
ゴルイが容易に答えの出ない自問自答をしたその時、予想外の要素が戦場に出現した。
第六十一グループの百隻がワープに突入し、残る移民船は太田が直率する第六十三グループと六十二グループの二百隻になった。
「よし、第六十二グループ、スイングバイ軌道に侵入せよ。戦闘の様子はどうだ?」
太田は命じながらレーダー士官に尋ねた。
「我が方優勢です。敵一個艦隊は既に敗走」
「流石古代さんと南部、北野だな……」
太田は肯いた。今のまま戦況が推移すれば、移民船団は一隻たりとも傷つく事無く、ワープを終えられる。ワープアウトした先は既に目的地であるサイラム恒星系の外縁部だ。一日もすればもう船団はアマールに到着できる。
どうやら危機を乗り切ったようだ、と太田は安堵した。しかし、その瞬間こそもっとも危険な一瞬である事を、歴戦の勇士である彼が忘れていたのは不覚の一言だった。その危険はレーダー士官の緊急報告という形で現れる。
「こ、後方に敵艦隊! 艦数五十!!」
「何だと!? パネルに映せ!」
太田の命令で、後方の敵艦隊が映し出される。ナイフのような船体と巨大なひし形の艦上構造物……“菱餅”だ。
「こいつら……古代さんに蹴散らされた連中じゃないか。戻ってきたのか!?」
うなる太田。だが、唸ってばかりはいられない。即座に対処策を講じ、命令を矢継ぎ早に出す。
「残存船団は即時スイングバイ軌道に入れ! それと、護衛艦隊に連絡! 一個戦隊でもいいから、すぐに救援を寄越してくれと伝えろ!!」
命令の前半に、AE30001の航海長が叫ぶ。
「ぜ、全船スイングバイですか!? 危険です!! 百隻でも接触事故やワープミスの危険があるんですよ!?」
百隻単位でワープをする、というのはBH−199の重力場による影響などを考慮して決められた安全係数だ。二百隻が一度にスイングバイ、ワープを行えば、どんな事故になるかわからない。しかし太田は普段の温厚さをどこかに置き捨て、鬼の形相で叫んだ。
「馬鹿野郎、事故と敵の攻撃どっちが危険だ!! 立ち止まってたら殺されるだけだぞ!!」
「は、はいっ!」
宇宙戦士という前歴を持つ太田の気迫が、他の船団員を圧倒する。船団は全力でエンジンをふかし、スイングバイ軌道に突入した。
船団の、太田の危機は〈ヤマト〉でも察知されていた。
「艦長、船団後方に敵艦隊! 最初に撃退した敵の残存兵力と思われます!!」
「なにっ!?」
真帆の報告に古代はレーダースクリーンを睨む。そして、直ちに決断した。
「中西! 北野に伝えろ。第七護衛艦隊の指揮を委任する!」
そう叫ぶや、古代は操縦桿を一気に傾けた。〈ヤマト〉の後部メインノズルがプラズマ・タキオンの猛烈な噴射炎を吐いて猛然と艦を加速させる。同時に姿勢制御スラスターも全力噴射し、艦が慣性制御装置で殺しきれないほどのGと共に旋回した。
「か、艦長!?」
古代の唐突な行動に、上条がパネルにしがみついて椅子から投げ出されるのを防ぎながら声をかける。古代は前方から目を離す事無く答えた。
「船団を救う。現状、船団についていけるほどの加速が可能なのはこの〈ヤマト〉一隻だ!」
波動炉心六基が生み出す膨大な出力により、今の〈ヤマト〉は戦闘機並みの高加速が可能だ。艦内に加速警報が発令され、着席しているクルーは自動的にシートベルトを装着される。
「徳川、通常空間内最大出力だ!」
古代の命令に、徳川がすかさず応じる。
「了解! 機関室、聞こえたな!? 最大出力だ!! 翔、走、炉心の出力同調は任せる!!」
『合点だ!』
機関制御室の天馬兄弟が応え、すばやくコンソールを叩く。エンジンパッケージの中で高速回転しながら出力を生み出す六基の波動炉心がその速度を増し、エンジンの周囲に稲光さえ走るほどの猛烈なパワーを発生させ、〈ヤマト〉はすさまじい加速で船団後尾へ向けてひた走った。
「上手く回りこめたな……」
逃げる移民船団を追いかけながら、フリーデ軍の次席指揮官は呟く様に言った。本来の指揮官であるロブソーが戦死したため、指揮を引き継いだのはいいが、彼の手腕では地球艦隊に一矢を報いる事もできなかった。だが。
「このまま逃してなるものか……!」
数の上で三分の一以下の敵艦隊に叩きのめされ、指揮官は戦死。敵が技術力、戦術で上回っていた、などと言い訳してもどうにもならない、取り返しのつかない恥辱……これを濯ぐには、いくらかなりとも敵が守ろうとしている巨大船を沈めるしかない。たとえ刺し違えてもだ。そして、それはこの場にいる全フリーデ将兵の想いでもあった。
圧倒的国力を持ち、他国を己の駒としてしか考えないSUSという存在。彼らに「役立たず」と思われてしまえば、フリーデは存在意義を失い、難癖をつけられた挙句殲滅対象となるかもしれないのである。死兵、狂兵と化したフリーデ軍は、スイングバイの高加速で逃げようとする敵船に追いすがり、熱弾とミサイルを発射し始める。彼らにとって不幸、移民船団にとっての幸運だったのは、この二種類の兵器が強重力に弱い事だろう。BH−199の重力によって引きずられたミサイルの軌道が捻じ曲がり、熱弾もカーブして敵船をなかなか捕らえられない。
「かまわず撃ち続けろ! 当たりさえすれば!」
次席指揮官が凶相で叫ぶ。そして、彼らの努力が遂に報われるときが来た。微妙な弾道調整をした熱弾が、最後尾の敵船のノズルを捕らえたのだ。四基あるノズルの一つが爆発して噴射を停止し、推力を失ったその船は、ゆっくりとブラックホールの側に引き摺られていく。
「よし、他の船も同じ目にあわせてやれ!」
狙いが当たったことで、ようやく笑みを浮かべる次席指揮官。あれだけの巨船ともなれば、相当乱打しないと完全破壊に持ち込むのは難しいが、ここはブラックホール近傍空間。少し痛めつければ、後は重力が仕上げをしてくれる。
しかし、いったんは重力場にとらわれて墜落するかに見えたその船は、残る三期のノズルを噴射し、じわじわとではあるが重力の罠を抜け出し始めた。舌打ちする次席指揮官。
「しぶといな……まぁいい、もはや助かると思うなよ」
そう言って再度攻撃を命令する。傷ついた移民船の命運は尽きようとしていた。
被弾と重力警報を知らせるアラームランプの光で真っ赤に染まったブリッジの中で、太田は必死の指揮を繰り広げていた。ノズルが一個破壊されたため、AE30001はそのままではスイングバイが不可能となってしまった。
「エンジン、ぶっ壊れてもいいから全力で噴射しろ! それと、余剰の物資はみんな捨てろ! 少しでも船を軽くするんだ」
その命令に応え、エンジンの唸りが高まると共に、船倉のうち宇宙空間に露出できるもののハッチが開かれ、アユー到着後に使用するはずだった建築資材や土木機械が投棄されていく。その重量、実に十万トン。千五百万トンを超える移民船の重量を考えると誤差の範囲ではあるが、多少の効果はあったらしい。船が落下軌道を外れ、BH−199の重力圏から離脱し始める。
「落ちる心配はなくなったか……が」
当面の危機を凌いだ太田の目の前を、いくつもの真紅の光弾が飛び去っていく。敵艦が再びAE30001めがけて射撃を開始したのだ。その内の一発が、まだ捨てきれずに物資の残っていた船倉に飛び込んだ。
「!」
AE30001は激痛に震えるように激しく振動した。街の一ブロックは入りそうな広大な船倉を爆発が席巻し、資材が燃え上がり、粉砕された工作機械類が飛び散って隔壁を貫通する。
太田が応急処置を命じるより早く、さらに数発が船体に命中した。ノズルがさらにもう一基破壊され、船体外周に設けられている展望デッキが砕け散った。爆風と高熱によって至る所に火災が発生する。
「ちくしょうめ! 被害状況は!?」
指揮官席から投げ出され、額を切って流血しつつも、太田はオペレーターに報告を求める。
「は、はい! 左舷第十七展望デッキに被弾し、空気の流出が……」
「馬鹿野郎! 乗客の状況を先に言え!!」
船の被害を先に言おうとしたオペレーターを怒鳴り付ける太田。一瞬びくっと身体を震わせたオペレーターだったが、すぐに言われたとおりに報告する。
「は、はい……申し訳ありません。現在のところ、シェルターに被弾はありません。乗客に死者はいないようです。ただ、乗組員のバイタルサインに消失あり」
「……っ、そうか」
太田は唇をかんだ。ついに犠牲者を出してしまった。船の被害も馬鹿にならない。これ以上被弾が増えれば、撃沈される事もありうる。
しかし、敵もまだ高重力下での戦闘に完全に適応したわけではないらしく、また攻撃の火線が逸れていく。さっきのはまぐれ当たりに近いものだったようだ。だが、敵も無能ではない。遠からず再び命中弾を出してくるだろう。
「今度は……外れは期待できないな」
そう口に出してみて、絶望的だと思う。そこへレーダー士官の緊迫した声が響いた。
「敵、ふたたび斉射! 命中来ます!!」
思ったより早く、敵はこの環境での振る舞いを覚えたらしい。確実に照準を修正し、命中弾を出しに来ていた。
(ここまでか……)
太田が観念したとき、唐突に彼の船の周囲を蒼い光の円盤が取り囲んだ。飛来した熱弾とミサイルがそれに阻まれ、船に届く事無く次々に爆発四散する。
「こ、これはバリアミサイル!? という事は……」
太田が顔を上げたとき、レーダー士官が歓喜の叫びを上げた。
「船団長! 来援です! 〈ヤマト〉が助けに来たんです!!」
わあっ、とブリッジを喜びの声が満たす。正面スクリーンには間断なく砲火を放ちながら、彗星のように突撃してくる〈ヤマト〉が映し出されていた。
「上条、あの艦隊に向かって撃ちまくれ!」
「了解です!」
古代に命じられるまでも無く、上条は激しい砲撃を残存フリーデ艦隊に向けていた。一方で、バリアミサイルを艦首・艦尾発射管だけでなく舷側八連装発射機からも発射し、傷ついたAE30001を守るようにバリアを展開させていく。何度か攻撃を防がれ、〈ヤマト〉を沈めないとどうにもならない事を悟ったか、敵艦の半分は砲撃の矛先を〈ヤマト〉に向ける。
「艦長!」
上条が叫ぶように古代に顔を向けるが、古代はその意味を悟って承諾を与えない。
「駄目だ! バリアミサイルは移民船の護衛にだけ使え! 敵の攻撃は直接防御だけで持ちこたえるんだ!」
そう言いながら、応急処置を指揮する大村に顔を向ける。大村は肯くとマイクを手に取った。
「副長より各部署応急班、および医療班! まもなく出番が増えるぞ。用意しておけ! 具体的指示はこちらから順次伝える!!」
『了解!』
力強い返答。これから修羅場に突入するというのに、その声には怯みも脅えもない。
そうしたやり取りの間に、〈ヤマト〉から放たれた青白い光条と、フリーデ艦隊から放たれた真紅の光弾が交錯し、ほぼ同時に互いの目標に着弾する。まず、フリーデ戦艦の一隻が艦首から艦尾のメインノズルまで串刺しにされ、大爆発を起こして轟沈する。それを成し遂げた〈ヤマト〉に襲い掛かった報復の熱弾は激しい爆発を続けざまに起こした。その爆炎が収まらない内に、ミサイルが数十発単位で襲い掛かる。
これは撃沈した、一隻でのこのこと出てくるからだ……と思ったフリーデ軍だったが、次の瞬間驚愕の表情を一様に顔に貼り付かせた。爆煙の中から青い光弾が豪雨のように吐き出され、ミサイルを次々に爆砕したからである。そして、薄れ行く煙の中から、さして損傷を受けたようにも見えない〈ヤマト〉が出現するのを見て、その驚愕が恐慌に変わった。
一方、古代は新型装甲の強靭極まりない防御力に驚嘆していた。
「これが新生〈ヤマト〉の防御力か……凄いものだな」
今の〈ヤマト〉の装甲は、次期主力艦用に試作が進められている波動エネルギー伝導素材と、エネルギー転換素材を従来のコスモナイト合金製装甲版の上に重ねる形を取っている。波動エネルギー伝導素材はその名の通り、波動エンジンからのエネルギーを電流のように流す事のできる素材であり、通常時の物理的強度はさほどでもないが、波動エネルギーを伝導する事で、表面に他のエネルギー兵器による攻撃を反射、減衰する効果を発揮する。
エネルギー転換素材は外部から加えられる熱や衝撃などのエネルギーを電流に変換する素材だ。太陽電池や熱電体などの進化系に当たる存在だと考えれば良い。レーザーや荷電粒子砲などの光学兵器はもちろん、ミサイルが直撃、爆発したときの熱や衝撃も三割から七割ほどを吸収し、無効化するという恐るべき防御力を有している。
これらの素材は未だ開発途上で、〈ヤマト〉のようにコストを度外視している艦以外には採用されていない。しかし、今ここで真価を発揮した装甲は、十数隻の艦艇からの集中砲火の中ですら、〈ヤマト〉に目立った損傷を与える事を防いでいた。
「第三パルスレーザー銃座、損傷。旋回不能です」
「煙突ミサイルランチャー四番、ガントリー損傷。開閉、射撃不能」
「左舷カタパルトも損傷しました」
木下が報告する。流石に無傷とは行かず、何箇所か赤い要修理マークがついているが、まだ小破判定にすらなっていない。古代は肯いた。
「よし……中西、太田を呼んでくれ」
「はっ!」
中西がすかさず回線を開き、メインスクリーンに額の傷を治療中の太田の姿が映し出される。
「太田、大丈夫か?」
『ええ、船もだいぶやられましたが、市民たちは無事です。援護に感謝します』
太田が敬礼し、勢い余って傷の部分に手を当ててしまい、痛みに顔をしかめる。古代は肯くと、操縦桿を倒しながら言った。
「敵は〈ヤマト〉で引き付ける。お前は船の保存と脱出に専念しろ。これ以上は傷つけさせん」
『了解。信頼してますよ、古代さん』
太田が敬礼し直して、通信が切れる。古代は艦を操って、敵艦隊とAE30001の間に割り込んだ。
「さぁ来い。何発でも撃って来い。ここは通さんぞ!」
ゴルイはその〈ヤマト〉の戦いをじっと見ていた。やはり観戦していたコアン艦長が、感に堪えないと言う口調で言う。
「敵ながら、胸のすくような戦いぶりですなぁ」
「うむ……守るべき者を絶対に傷つけさせない、と言う判断の、なんと気高い事か……」
ゴルイは答え、そして思う。自分たちはどうなのか、と。
彼らの星、エトスは武人的精神を重んじる文化を持つ国だ。かつて初めて惑星を統一した最初の政権が、地球では武士、騎士に当たる階層の人々からなっていたためである。以来、エトスの武人たる者は民を守り、弱者を助け、強大な敵に立ち向かう事を美徳としてきた。
だが、そんなエトスの武人たちにもどうにもならない、強大な嵐が来襲した。はじめはガルマン・ガミラス。そしてSUS。特にガミラスとの戦争で多くのベテラン軍人を失ったエトス軍は、SUSにも対抗できなかった。
以来、エトス軍は「エトスの民を守る」と言う建前の元、星間国家連合……実質的にはSUSの命令に従ってきた。時には連合決議により反逆者とされた国家の殲滅戦にも駆り出された事がある。それは軍人も銃後の民も一緒くたにして蹂躙し、叩き潰し、抹殺する無残な戦いだった――いや、戦いではない。
「虐殺だな。我らは虐殺に加担してきたのだ」
ゴルイはそう呟く。そして、その罪深さを思う。強者に屈従し、罪無き者を殺戮し、祖先から積み上げられてきた誇りと伝統を破壊し、それでエトスの武人として我が身を誇る事ができるだろうか?
圧倒的なSUSに対し、勝ち目の無い戦いをしてエトスの民を苦しめてはならない……そう言い訳して、己の罪から眼を逸らし続けてきた事に、ゴルイは初めて向き合っていた。
「艦長、停戦信号を発せよ。全艦砲撃停止」
気がつくと、ゴルイはそう言っていた。
「は、何と仰いましたか? 提督?」
ゴルイの思わぬ命令に、コアンは念のため確認を求めた。ゴルイはそれに対しきっぱりと答えた。
「敵船団はほぼ全てが離脱した。もはやこの戦いに意味は無い。停戦信号を発し、全艦隊の砲撃を停止せよ」
「……了解しました!」
コアンはゴルイの今までとは違う目の輝きに、何事かを感じ取って命令を履行した。〈シーガル〉から数発の信号弾が発射され、停戦を求める信号を発信し始める。
まずそれに答えたのは、第七、第九の両護衛艦隊を率いる事になった北野だった。最攻勢を命じる直前に信号を見たため、急いで命令する。
「停戦だ! 全艦砲撃を停止し、現在位置を維持! 旗艦の指示を待て!!」
続いて、ベルデル艦隊を圧倒し半壊状態に追いやっていた南部も、それを受信して戦闘停止を命じた。
「砲撃止め。十宇宙キロ後退し、敵の出方を待つ。艦載機隊は今の内に各自の母艦に戻り、補給を済ませておけ」
念のため艦載機隊を再出撃させる可能性に備えるあたり、南部は北野よりも老練だった。敵も停戦信号を受け取ったらしく、艦載機隊が潮が引くように引き上げつつある。後一押しで敵を殲滅できたと南部は思ったが、特に感慨は無かった。
「ま、戦争なんて終わればそれに越したことはないさ」
そう言って、彼は制帽を直して椅子に深々と身を預けるのだった。
ゴルイの発した停戦信号は〈ヤマト〉でも受信していた。前面の敵(フリーデ軍)も攻撃を止めている。
「砲撃がやんだ……」
上条が言う。流石に強靭極まりない〈ヤマト〉の装甲も、十数分にわたって五十隻近い敵から乱打された結果、中破寄りの小破と言うレベルに損傷が拡大している。砲撃を受けないのは助かるが、一体敵の狙いが何なのかがわからない。その時だった。
「敵大型戦艦、接近してきます」
「艦長、敵より入電。接近中の大型戦艦からです」
真帆、中西が続けて報告する。古代は肯くと、操舵席を立って、艦橋中央部でスクリーンを見上げた。
「中西、繋げ」
命じると、スクリーンに中年の男性が映し出された。黒い軍服をまとった、威厳ある人物だった。おそらく向こうが先任だろうと考えた古代が敬礼すると、向こうは丁寧に答礼し、口を開いた。
『私は連合艦隊司令官、エトス軍艦隊司令のゴルイ提督。貴方がたの勇猛にして見事な戦いぶりに敬服いたした。司令官と旗艦の名をお伺いしたい』
「地球防衛軍、第三次移民船団護衛艦隊司令長官、古代進です。旗艦〈ヤマト〉艦長を兼任しております」
どこかで聞いたような声だな、と思いながら古代が答えると、ゴルイはほう、と感嘆の声を漏らした。
『まだ若いとお見受けするが……大したものだ。古代艦長、戦艦〈ヤマト〉。心に留めておきましょう』
そんなに自分は若く見えるのか? と思いつつ、古代は気になった事を尋ねた。
「ゴルイ提督、お聞きしたい。なぜ貴方がたは我が船団を攻撃するのです。我々は貴方がたの国を知らず、従って侵略の意図も無い。なぜ、このような無法な殺戮を行ったのですか。なぜ!」
非礼かと思いつつも、古代は声が激してくるのを抑え切れなかった。ゴルイの紳士的な態度を見ていると、ますます暴虐な敵とのギャップがわからなくなる。
『わが国も属する大ウルップ星間国家連合の議決だ。星間国家連合は貴国を侵略者とみなし、これを殲滅せよと決議している……古代艦長、私からも聞こう。なぜ貴国は大船団を持って我が連合領域に近づくのか?』
ゴルイの問いに、古代は答えた。
「我々の母なる星は、災害によりあと数ヶ月の内に滅亡を迎えると……そう結論されました。故に我々は移民先を求め、これから向かうアマール星の衛星に受け入れ先を得ました。我々は貴方がたを侵略しに来たのではありません。むしろ、今後は隣人として親しく交わる事になるでしょう」
古代が答えると、ゴルイは驚きの表情を見せた。
『アマールだと……? 古代艦長、貴方たち地球人は知らないのか? アマールも我が星間国家連合の一員だと』
「何ですって……?」
古代は驚愕した。そのような事はどこからも聞いていない。古代は一瞬顔を逸らし、大村と中西に目配せする。そのサインに気付いて、大村が地球への問い合わせ電文を作り始めた。古代はそれを確認し、顔をあげた。
「我々はそれを確認していません。移民受け入れはアマール政府に許可された事項です。そちらこそ……連合はアマールから何の報告も受けていないのですか?」
ゴルイは首を横に振った。
『承知していない。もっとも、移民受け入れの決定は連合各国の独自判断で決めうる事項だ。連合の許可を得る必要は無かったはずだ』
ゴルイは答えながら、「組織」からの情報で連合議会に出席していたアマール代表のパスカル将軍の挙動に不審あり、とあったことを思い出した。なるほど、板挟みは辛いものだな、と内心でパスカルに同情する。アマールと言えば……
『どうやら、お互いに知るべき事が多そうだ……古代艦長、ここは道を開けよう。アマールへ行き、事態をその目で確認される事だ』
「ありがとうございます、ゴルイ提督。感謝します」
古代は再び敬礼した。彼の英断で、無用の流血をこれ以上拡大させずに済んだのだ。だが、ゴルイは首を振った。
『感謝するのはまだ早いぞ、古代艦長。わが星間国家連合の主導権を握るのは、強国SUS。彼らの意思が星間国家連合の意思となる。アマールに着いても決して警戒を怠らぬ事だ』
「SUS……わかりました。ゴルイ提督、いずれまた」
古代が言うと、ゴルイは古武士のような顔に笑みを浮かべ、答礼した。
『さらばだ、古代艦長。再建の日まで壮健なれ』
通信は途切れた。同時にゴルイの艦が回頭し去っていく。他の敵艦隊も一斉に撤収に移った。古代はそれを確認し、太田を呼び出した。
「太田、ワープは可能か?」
『なんとか。応急修理は完了しています。アマールまでは持つでしょう』
太田の答えを聞いて、古代は頷くと命令を出した。
「全艦隊、ワープ準備。船団指揮船のワープに続いて、アマールまでのロングワープを実施する。念のため警戒態勢を維持する」
『了解!』
各指揮官の返答を聞きながら、古代は再び操舵席に腰を下ろし、ゆっくりと身を椅子に預けた。緊張が解けると共に、疲労が押し寄せてくる。古代にしても、これほどの規模の戦闘を指揮したのは初めての経験だったのだ。
(とにもかくにも……最初の難局を乗り切ったか。しかし、この先どれほどの試練が待っているか……)
ゴルイからの情報には、それだけの重みがあった。古代が、そして人類が直面する危機は、まだその全貌を見せていない。むしろ、これからが本番だとさえ言えた。
「大村さん、地球への問い合わせは済みましたか?」
古代は気合を入れ直し、大村の方を向いて問いかけた。
「はい、星間国家連合の存在とSUS、アマールについての情報収集を依頼してあります」
大村が答える。古代は頷くと、操縦桿を握り直した。
「ともかく、アマールに一刻も早く到着することが重要だな。この状況を読み解く何かが、必ずあるはずだ」
古代の心眼は、アマールとアユー……人類の移住先になるはずだった星を見据えていた。だが今、その姿は不確かな未来のようにぼやけていた。
(前編終了。後編に続く)
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