宇宙戦艦ヤマト 復活篇
非公式ノベライズ
Resurrection of Space Battleship YAMATO unofficial novelize edition

前編 第三章「脅威の影」


【〈ヤマト〉大会議室】

 地球が遠く輝く青い点になった頃、大会議室に〈ヤマト〉幹部乗員と、護衛艦隊及び船団の指揮官たちが幕僚を連れて集結した。南部、北野、太田は大会議室を見回し、感嘆の溜息をつく。
「懐かしいな。俺たちが乗っていた頃のままだ」
「まるで昨日の事のように思い出されますね……」
「俺たちにとってはまさに青春だったな」
 そんな三人に、古代は苦笑と共に言う。
「懐かしんでばかりもいられないぞ。我々には時間が無い」
 それを聞いて三人が威儀を正したところで、古代は操作席の桜井に声を掛けた。
「では始めよう。桜井、司会を頼む」
「はい」
 桜井は頷くと、会議室中央に銀河系の模式図を立体表示させた。太陽系がオレンジの点で強調表示され、そこへ赤い光点が迫る様子が描き出される。そして、銀河中心に近い位置に、青い点が表示された。桜井が解説を始める。
「現在、カスケードブラックホールは太陽から九光日……約千五百三十天文単位の距離にあり、光速の十分の一の速度で進行しています」
 赤い点にカスケードブラックホールのタグがつけられ、太陽からの距離が表示される。それは恐るべき勢いで減少していた。
「現在の速度を保つ場合、あと八十七日後には冥王星軌道を通過。その際、冥王星系は潮汐力により破砕され、大半がブラックホールに飲み込まれます。そして……そのさらに三日後、地球は飲み込まれます」
 時間が加速表示され、赤い点がオレンジの点に接触。オレンジは消滅し、赤い点だけが勝ち誇ったように残った。
「カスケードブラックホールの影響で、銀河中心方面への直接ワープは現在危険な状態にあり、航路は封鎖されています。そこで、本船団は一時銀河外縁方面へ航行。太陽系外周へ出たところで引き返し、ワープに入ります。アマールへの到着は、ロングワープを五回。約二週間後を予定しています。総行程距離は二万四千光年です」
「戦闘艦艇だけなら五日もかからないのに、歯がゆくはあるな」
 南部が言う。特に戦艦級の大出力波動エンジンならば、銀河系内では恒星などの障害物が多く超ロングワープはできないと言う悪条件があっても、二〜三日でアマールへ到達するだろう。
「問題は、三回目か四回目のワープ後だな」
 太田が言うと、桜井は頷いて航路上の一角を赤く表示させた。説明を古代が引き継ぐ。
「ここ。ほぼ中間地点の一万五千〜七千光年付近。第一次、第二次船団はこの宙域で敵の攻撃を受け、消息を絶っている。俺が大破漂流している〈ブルーノア〉を見つけたのもここだった……上条、詳しく話してくれるか」
「はっ」
 上条が頷いて、話を始める。その顔は苦渋に満ちていた。
「あれは、船団が三度目のロングワープを終了し、機関調整のため七十二時間の通常航行に移った直後でした。航路上に敵艦隊が突如出現し、その数は九百以上……しかも、後方にも挟み撃ちのように六百以上の大艦隊が現れました」
「総数千五百隻か……ガルマン・ガミラスの一方面軍に匹敵しますね。これほどの戦力を擁する未知の国家が存在するのか」
 北野が眉間にしわを寄せて言った。俄かには信じがたい数だが、現実は直視しなければならない。上条は続ける。
「個艦性能では我が方が優越しており、戦闘では相当な数の敵艦を撃破したと思われますが、戦闘艦艇だけなら七倍以上敵の数が勝っていました。我が方は数に押し潰され……私が乗っていた〈ブルーノア〉も大破、戦線離脱を余儀なくされました」
「以後、第一次移民船団からは何の音信も無い。別の連合軍に襲撃された第二次船団も同様だ。このため、我々は第三次移民船団を無事にアマールに送り届けるだけでなく、移民船を地球に連れ帰り、第四次移民船団を組織せねばならない」
 古代が言った。本来、第四次以降の移民船団は任務を完了した第一次、第二次移民船団の船を利用する予定だったが、それができなくなったため、第三次船団の船を使わざるを得ない。現在地球に残存するのは、一般市民一億二千万人に、インフラ維持のための人員や移民計画本部の人員などの公的機関の職員、それに月や火星などの基地残存要員をあわせ、一億三千五百万人。千四百隻ほどの移民船を、アマールで迅速に整備点検し、地球に戻らなくてはならない。カスケードブラックホールの襲来以前にだ。
 タイムスケジュール的に、極めて厳しい綱渡りのような船団運用が要求される。太田が船団長に任命されたのも、そうした経験が豊富なベテランの航法士だからだ。
「全力を尽くしましょう」
 太田が頷く。
「よし。何時敵襲があってもおかしくない。総員、警戒を常に怠らず、いかなる危機の兆候も見逃さない心構えで事に当たってくれ。解散!」
 古代が会議をまとめ、出席者たちが続々と会議室を出て行く。その中で、古代は一人の女性に声を掛けていた。
「あの、佐々木先生」
「ん?」
 振り返ったのは、〈ヤマト〉に艦医として乗り込んできた佐々木美晴だった。防衛軍医官大学校を優秀な成績で卒業し、パラメディック――軍事救命医の資格も有する才媛と古代は聞いていたが、彼女の見た目はあまり医師らしくはなかった。
 なぜか戦闘班の制服を着込み、頭にはゴーグル。羽織っている白衣だけが医者らしさを示してはいたが、どちらかというと普通の軍人のような雰囲気ではある。古代はそう思いながら質問した。
「あの、なぜゴーグルを?」
 彼女のゴーグルはパイロット用のものだった。すると、美晴はおかしそうに笑った。
「あら、御存知ないんですか? こう見えても私、本業はパイロットなんですよ」
「え?」
 予想外の答えに戸惑う古代。艦内にどっしり構えて負傷者の治療をすべき艦医が、パイロット?
 そんな古代の困惑に構わず、美晴は言葉を続けた。
「あと、先生というのはどうも苦手で……美晴で結構ですよ、艦長。敬語も不要です。普通に話してください」
「そ、そうか……」
 古代はまだ呆気にとられながら、立ち去る美晴を見送った。
「……最近の若い者は良く分からないな」
 思わず年寄りくさい感想が漏れる古代であった。
 
 そうした古代のジェネレーションギャップに構わず時間は過ぎ去り、翌日、船団は太陽系外縁を越えて公海に入った。ほぼ半日をかけて大旋回を行い、船団は舳先を銀河中心方向、サイラム恒星系へ向ける。いよいよ、大航海の本番が始まる。
「ピケット艦より入電。ワープアウト予定地点に不審見当たらず」
 中西が報告する。船団のワープに先立ってワープを行い、索敵を終えた護衛艦隊の一個戦隊が、安全を報せて来たのだ。
「よろしい。予定通り全船団はこれより第一回のロングワープを実施する」
 古代が命じると、太田から報告が飛んできた。
『了解。船団はワープ準備に入ります。目標は地球より四千三百光年、ケルシン恒星系外縁部』
 ワープに備え、船団の動きが活発になる。先発の船が放射するプラズマタキオンや重力震の影響を受けないよう、慎重に隊列が整えられたところで、第一陣がワープに入った。全長三キロもある移民船の先端に設けられた航海船橋で、操舵手が慎重に操縦桿を倒しこんでいく。
「ワープ一分前! 波動エンジン同調確認、最大出力!」
「乗客の皆さん、これより本船はロングワープを実施します。シートベルトを着用し、対ショック姿勢をとって待機してください」
 船長が叫ぶ横で、チーフパーサーが船内アナウンスを行っていた。乗客たちは一斉に自分の船室に戻るか、その余裕がない人は船内各所に設けられた耐Gシートに腰掛け、多くが生まれて始めて体験するワープを前に、ある者はじっと目を閉じ、ある者は神に祈り……と、それぞれのやり方で未知の体験に備えていた。
 やがて、それまで森や海などの環境風景を映し出していた船内のスクリーンが全て三十秒前からカウントダウンを映し出し、照明は落とされて、赤い非常灯だけが船内をうすぼんやりと照らし出した。緊張が高まる中、カウントダウンが進み、ゼロ表示になった瞬間。
「第一陣、ワープ開始!」
 太田が叫び、船団の先頭部にいた五百隻ほどが一斉に加速を開始した。その船体はすぐに青白いワープフィールドに包まれ、時空を跳躍に移り視界から消え去っていく。そして、十秒後。
「ピケット艦及び第一陣指揮船、AE30501より報告。ワープ完了。誤差0.02%以内。脱落艦なし。事故報告なし」
 中西が報告する。予定通り、船団は無事にワープアウト地点へ到達したのだ。
「よろしい。全船団はワープを続行せよ」
 古代が頷く。こうして、ほぼ半日をかけて、移民船団は四千光年を跳躍していった。
 旅はまだ始まったばかりだった。
 
 

【ウェスト恒星系】

 それは恒星「系」と呼ぶのもおこがましいような、ささやかな世界だった。暗黒ガスの中心に、直径が太陽の三分の一、放射エネルギーに至っては九千分の一と言う、小さめの赤色矮星がぽつんとあって、僅かな輝きを発しているのみである。長年、周辺の国はここに恒星があることすら気づかなかった。
 しかし、地理的にはこの星系は極めて重要だった。周辺諸国に対してほぼ等距離にあり、暗黒ガスのため守りも固めやすい。従って、この周辺で最大の強国がここを領有し、軍事拠点とした事は特に驚くには当たらない。
 その国の名はSUS。大ウルップと呼ばれるこの宙域において最大の軍事大国であり、指導的立場にある国だ。彼らがこのウェスト恒星系に建設した拠点――巨大要塞は、主星の周囲を公転する軌道を持つ、全長、全高共に地球単位系で三キロと言う一大構造物である。
 逆四角錘形の下部構造物から、全高一・五キロに及ぶ天守閣がそびえ、四角錐の底辺部分には流体状のエネルギーフィールドが満たされており、艦隊泊地兼補給所としての機能を有する。極めて充実した設備を持つ大要塞だ。
 ここにはSUSの軍事拠点としての顔の他にも幾つかの顔があり、今その最も陰惨な面が、要塞の一角で現れていた。
「ドーバル提督。貴様には失望したぞ。千五百隻に及ぶ大戦力を預けられながら、敵を取り逃がし、あまつさえ艦隊の四割近くを失うとは、許し難い失態。その無能、国家反逆罪に値する。よって、貴様は死刑に処する」
 冷酷な宣言と共に、柱に縛り付けられ、反論すら許されない将官の身体に、銃殺隊の放ったビームが次々に突き刺さり、その生命を断ち切った。それを見届けると、死刑宣告を行った男はもはや興味を失ったように踵を返し、処刑場を後にした。
「メッツラー閣下、そろそろ議会の時間です」
 副官が次の予定を伝えるが、メッツラーと呼ばれた男は、やはり興味なさげに答えた。
「ふん……所詮飾りの人形ども。せいぜい待たせておけ」
 その口調と表情には、どこまでも酷薄なものが漂っている。メッツラーはこの要塞を保有するSUSの艦隊総督と言う地位にあり、高位の軍人であると共に、政治家でもあった。しかし、彼は一般的な意味での政治などしたことはない。彼が行うのは命令であり、恫喝であり、強制だった。
 
 メッツラーが歩む廊下とは全く別の区画を、一人の男が歩いていた。ガミラス人に近い青白い皮膚を持つメッツラーとは明らかに異なる人種らしく、外見は地球人に比較的近い。威圧的でない、穏やかな威厳とでも言うべき雰囲気を漂わせる、初老の男だった。
 彼は廊下の向こうから歩いてくる人物に気付き、相好を崩した。
「バラン。バランではないか。聞いたぞ。先日は勇戦したそうだな」
「ゴルイか……」
 向こうから来た男、バランはそう友の名を呼んだ。二人はこの宙域にあり、今だ地球が知らぬ国の一つ、エトスの軍人で、同格の艦隊司令官。年代も同じで、気の置けない友人同士という間柄だった。
 それだけに、ゴルイはバランの様子がおかしい事に気がついた。
「どうした、バラン。損害を気に病んでいるのか? 確かに被害は大きかったそうだが、それも兵家の常だぞ」
 友を励まそうと声を上げるゴルイ。しかし、バランは首を横に振った。
「そうではない。そうではないのだ、ゴルイ……ただ、俺は武人としての誇りに悖る戦いをしてしまったのではないかと……そう思っているだけだ」
「なに?」
 友の思わぬ言葉に訝る様子を見せたゴルイに、バランは言った。
「次は、お前が指揮を執るそうだな……悔やむ事のない戦いをしろよ」
 そう言い残して、バランは去っていく。その背中は明らかに憔悴した様子を見せており、普段は精気にあふれている武人の姿を小さなものに見せていた。
(一体、先の戦いで何があったのだ)
 首を傾げるゴルイ。その時、携帯通信機に着信が入った。
「私だ」
 ゴルイが出ると、彼の乗艦である戦艦〈シーガル〉のコアン艦長の声が聞こえてきた。
『私です、提督。着任報告は済まされましたか?』
「いや、まだだが……」
 ゴルイが答えると、コアンは声を潜めて言った。
『間もなく、連合議会の重大発表があります。急いで用件を済ませ、艦にお戻りください』
「わかった」
 ゴルイは通信を切ると、歩みを再開した。今の通信には、コアンが通信機を指で軽く叩く音が三回入っていた。通信とは別に重大な情報が手に入った時の合図である。どうやら急ぐ必要があるようだった。
 

【SUS要塞内:星間国家連合議会大議場】

 予定の時刻をかなり過ぎて、他国の代表が焦れてきたところで、メッツラーは悠々とした足取りで議場に入った。周囲の雛壇には数百人の議員が座っている。
 これが、SUS要塞のもう一つの顔だった。SUSを中心とし、この大ウルップ宙域に存在する国家が連合して発足した「星間国家連合」の意思決定機関、連合議会議場。しかし、それがSUSの管理する要塞にあるという事実そのものが、連合の意志が何処にあるかを示す証拠だった。
「SUS国代表、連合議会議長、メッツラー閣下、ご登壇!」
 アナウンスと共に拍手が沸き、メッツラーは機嫌よくそれに応えて手を振りながら、議長席に腰掛けた。彼の種族は雄大な体格を誇り、腰掛けていても頭の高さは地球単位系で二メートルを越える。他国の代表が矮小に見えて、くだらない儀式の中にも僅かに残る楽しみではあった。
「さて、諸君……」
 遅れたことを詫びもせず、メッツラーは手を上げた。空中にホロ・スクリーンが展開される。その尊大な態度にも、代表たちは既に慣れっこなのか何も言わない。満足してメッツラーは言葉を続けた。
「我らを脅かす宇宙の邪悪、地球人どもが懲りもせず再び蠢動し始めた。地球より大艦隊が発進し、我が連合領域へ向かいつつある。その数、およそ六千五百」
 メッツラーの挙げた数に、代表たちの表情に驚きが浮かぶ。
「前回、前々回の二倍……何という国力だ」
「本格的な侵略の始まりか……」
 ざわめく代表たちに、メッツラーは言う。
「先日、我が軍と連合軍は敵の尖兵を撃破したが、損害もまた甚大だった……」
 ホロ・スクリーンに画像が映し出される。もし第一次アマール・エクスプレスの生存者がここにいれば、それは戦艦〈クローソー〉の拡散波動砲による包囲突破の瞬間と分かっただろう。
 しかし、巧妙に編集された画像から受ける地球側の印象は、凶悪な火力を発揮しSUSを蹂躙する、悪鬼の如き軍勢の姿だった。
「諸君らも知ってのとおり、地球はかの侵略者、ガルマン・ガミラスの再恵友好国であり、近年はボラー連邦とも関係がある。未だ銀河交差の傷が癒えぬ二国に代わり、我が大ウルップ宙域を狙ってきたのであろう……あの屈従の歴史を繰り返してはならぬ」
 ここ、大ウルップ宙域はガルマン・ガミラスとボラーの二大強国双方に境を接し、かつては両国の草刈場として侵略を受けた苦しい記憶を持っている。十七年前の大災害――銀河交差に際して、著しく国力を落とした二国に対し、大ウルップ諸国はSUSを中心として団結を図る事により、ようやく侵略の手を免れたのだ。
 そこへ、新たな敵がやってくる。それも、ガルマン・ガミラスの同盟国が。強大な軍事大国、地球が。普段は多少なりとも反抗的な態度も見せる代表たちの顔が真剣になったところで、メッツラーは宣言した。
「地球の滅亡なくして、我が連合の繁栄はない。諸君ら連合諸国各軍にも更なる協力を要請する」
 要請といいながら、事実上命令に等しいメッツラーの言葉である。しかし、ほとんどの諸国はこの「要請」に積極的に応える意志を示していた。一人を除いて。
「どうかしたかな、パスカル将軍。顔色が悪いようだが」
 その一人……パスカルに対し、メッツラーが言う。地球の中東系人種に似た顔立ちを歪め、パスカルは首を振った。
「いえ、何も……」
 口では否定しているが、その表情は明らかに血色が悪く、冷や汗が浮かんでいる。メッツラーは獲物をいたぶる猫のような笑みを浮かべ、言葉を続けた。
「分かっていると思うが、パスカル将軍。地球と手を結べば、それは連合への背信。そのような事が明らかになれば、我が連合は貴国の除名と殲滅を決議せねばならぬであろうな」
「そ、そのような事は……」
「無論、無いと信じておるがね」
 パスカルの身体は小刻みに震えていた。内心には恐怖だけがある。まさか知っているのか、あの事を、という思考だけが頭の中を回転していた。
「では、これにて議会を閉会する」
 メッツラーが宣言し、拍手が始まった時も、パスカルは恐怖に押し潰されそうになったままだった。
 
 

【エトス艦隊旗艦〈シーガル〉司令公室】

 自室で休息していたゴルイの所に、コアン艦長が来訪した。
「提督、連合議会より議決が出されました。我が艦隊を含む連合艦隊は、地球艦隊を捕捉、殲滅せよ、との事です。連合艦隊の指揮は、提督にこれを委ねる、と」
「そうか、わかった」
 ゴルイはソファから身を起こす。彼の艦隊は、先日の戦い――第二次アマール・エクスプレス攻撃に参加したバラン艦隊が、戦力の半分近くを失う大損害を被った事で、その交代として派遣されてきたのである。
「バランをあそこまで痛めつけた強敵……侮りがたいな。あとでベルデル、フリーデの司令官とも協議の場を持たねばなるまい」
 一応の連合艦隊指揮官とはいえ、他国の艦隊を率いるには、綿密な打ち合わせが欠かせない。ゴルイはスケジュールを確認しつつ、コアンに尋ねた。
「さて、本題を聞こうか、艦長」
「はい。まず、掃除は全て済んでおります」
 コアンが答える。この部屋の盗聴器は全て排除してある、という意味だった。ゴルイは頷くと、念のためエトスの民俗音楽を記録したプレイヤーを起動し、ソファを指差した。
「では、お言葉に甘えて……これは、数時間前に『組織』から届いた最新情報です」
「む……」
 ソファに腰掛けたコアンが差し出したもの……何枚かの写真をゴルイは手に取った。そして、呻きを漏らした。
「何だ、これは」
 それは、無数の死体を写し出したものだった。乗っていた宇宙船が撃破され、真空の宇宙に無防備で放り出された者がどうなるか……ゴルイは良く知っている。酸鼻を極める画像ではあったが、それだけではゴルイほどの歴戦の勇者を動揺させはしない。
 問題は、その死体がどう見ても非戦闘員のものである事だった。中には子供のものもある。おそらく生前は愛らしかったであろう少女が、見るも無残に変わり果て、それでも愛用の人形を放さず抱きしめている姿を見て、ゴルイは顔を上げた。
「……撃破した地球の『揚陸艦』から放り出された死体の写真です」
 既にこれを見ているコアンがそう答えた。
「どう見ても、軍人ではないではないか……地球は揚陸艦に一般市民を積み込んで来たのか?」
 ゴルイの問いに、コアンは別の写真を取り出す。
「その、『揚陸艦』の内部写真です」
 ゴルイはそれに目を通す。これも、明らかに戦闘用ではない船舶である事がすぐにわかった。どちらかといえば客船のそれに近い……というよりそのものだ。
 さらに船倉の画像を見て、ゴルイはこの船の目的を察した。客船にしては余りに多すぎる食料などの生活必需品。おそらくはパネル式の組み立て住宅と思われる貨物、それに非武装の車両や軽航空機、そしてやたら数の多い工作機械類。
「これは、移民船だ。地球人は移民のためにこちらへ向かっているのか」
 ゴルイは言い、友の言葉を思い出す。武人の誇りに悖る戦いをしたという、後悔の言葉。あれは……無防備な移民たちを殺戮してしまった事への後悔なのか。
「事情は不明ですが、少なくとも地球の艦隊がSUSが主張するような“侵略者”なのかどうかは、多分に疑わしいところがあると思いますな」
 コアンが答える。ゴルイはしばし考え込んだが、やがて写真を封筒に戻し、自分のデスクにしまいこんだ。
「提督?」
 その行動の意味を問うコアンに、ゴルイは答えた。
「彼らがいかなる事情で来ているのか……それは、戦場で見定めよう。一戦すれば彼らの正体も見えて来るだろう」
 ゴルイの答えに、コアンは爽やかな笑みを浮かべた。
「提督らしいお考えですな。承知しました。出撃準備、急がせましょう」
「頼むぞ」
 ゴルイはコアンの肩を叩いた。


【アマールへの航路上:地球より一万三千五百光年】

 地球出発より一週間が過ぎ、〈ヤマト〉率いる第三次アマール・エクスプレスは三度のロングワープを終えて、ほぼ中間地点の一万三千光年過ぎを航行していた。
「今のところは順調ですな」
 副長席の大村が言う。しかし、ここから千五百光年先には、第二次船団が攻撃を受けて消息を絶った空域が存在する。ここもいつ敵の攻撃を受けるか分からない。
「そろそろ、一度航路上の完全警戒を実施しておこう。おりは……真帆、探査プローブを撃て」
 古代が「折原君」と言いかけて、訂正して真帆に命じる。真帆ははい、と頷いてコンソールを操作した。第三艦橋上部のハッチが開き、ミサイルを二周りほど大型化したような探査プローブが顔を覗かせる。
「探査プローブ、一番から六番まで発射」
 真帆が発射ボタンを次々に押し込む。ズシン、と艦内に響く重低音を残して、六機の探査プローブが扇状に発射された。それは百G加速を行って見る間に〈ヤマト〉の視界から消えると、短距離ワープを行い千二百光年先に出現する。
 その加速を維持したまま、プローブは先端部の折りたたんだ骨組みだけの傘のようなアンテナを解放し、前方に障害物や敵性レーダー波等が無いかどうか、全センサーを起動して探査を開始する。
 やがて、その情報が〈ヤマト〉に送られ、ECIで解析が始まった。すると、意外なものがその輪郭を現し始めた。
「これは……なんだ?」
 桜井がディスプレイに表示される無数の光点を見て声を上げる。ほぼ五百光年の距離を置いて、宇宙を区切るように規則正しく配置された光の点は、やがて赤い線で結ばれて美しいハニカム模様を形成する。
「センサー衛星による早期警戒網だ。真帆、距離は?」
 古代が尋ねると、真帆はプローブの情報を読み取って答えた。
「船団前方、約四千光年の位置……地球から一万七千光年の空域です」
「一万七千光年? 艦長、という事は第一次、第二次船団はこれに探知されて……」
 大村の言葉に古代は頷いた。
「待ち伏せを受けた、という事でしょうね。真帆、相手の探知距離は?」
「推定ですが、約三千光年。一万四千光年前後から探知されると思われます」
 真帆が答える。プローブが受信したセンサー波の強度から、その能力を割り出したのだ。
「現状の位置を保つ限り、探知はされんか……よし。中西、全船団に指令。現位置を維持し待機せよ。護衛艦隊は第二種警戒態勢。また、直ちに幹部会議を招集する」
「了解!」
 中西が電文を送る中、古代は立ち上がった。
 
 

【大会議室】

 敵性早期警戒網の推定規模が表示されると、集まった船団幹部の間に溜息が漏れた。
「直径三万光年の早期警戒網だと……ちょっと偏執的なものを感じるな」
 北野が言う。彼の言うとおり、早期警戒網は銀河平面を垂直に貫くようにして、ハロー(銀河を包む星間物質の濃い領域)にまで伸びていた。
「問題は、こいつを迂回するわけには行かない、という事だな。六万光年も寄り道していたら、地球帰還に間に合わなくなるかもしれない」
 太田があごに手を当てて考える。
「艦隊だけなら強引に突破できるだろうが、船団を連れていては不可能だな」
 南部もこれは難題だ、とばかりに言った。護衛艦隊はこちらの探知領域外から反対側の探知領域外までワープで移動できるため、ワープによる突破自体は探知されても、何処へ行ったかまでは相手に悟らせずに済む。しかし、船団のワープ性能は五千光年。六千光年に及ぶ早期警戒網の探知領域を踏まずに移動できないのだ。
 その時、沈思黙考していた木下が手を挙げた。
「何とかできるかもしれません」
「何かアイデアがあるのか?」
 古代に問われ、木下は航路情報のファイルのうち、警戒情報に関するものを検索した。
「ご覧ください。ここから六百光年ほど先……地球から一万四千百光年の辺りに、BH−199というブラックホールが存在します」
 星空をバックに、巨大な黒い球体のようなものが表示された。その周縁部では背景の星々が歪み、引き伸ばされて見える。ブラックホール、BH−199だ。
「こいつは太陽の三十倍という質量を持つ大物です。これを利用し、船団をスイングバイで加速させることでワープの初速を稼げば、通常の倍――一万光年以上の超ロングワープが可能になると考えます」
 木下は言った。スイングバイとは天体の重力を利用して、燃料を使うことなく加速を行う宇宙船独特の航法だ。ほぼ無限の航続力と強大な加速力を持つ波動エンジンの登場によって過去のものとなったが、かつては燃料節約の常套手段としてごく一般的に行われてきた。
「なるほど、これなら行けるかもしれません」
 真っ先に賛同したのは桜井だった。彼が卒業した商船学校では、緊急時の航法としてスイングバイの基礎についても教えている。その知識から見て、この木下の提案は十分理に適ったものに見えた……が、これに小林が反対意見を唱えた。
「待てよ、商船学校。そいつは余りにも危険すぎる。もし事象の水平線を越えたら、どうなるか分かってるのか?」
「二度と抜け出せない超重力の中に捕われて、あとは素粒子よりも細かく分解されて、絶対に助からない」
 桜井の答えに、上条がさらに言う。
「その事象の水平線にしたって、ここから先がそうです、って看板が立ってるわけじゃないんだぞ? 木下もそんな極限環境でまともな操船が可能だと思うのか?」
 木下が冷静に答える。
「確かに私は操船の専門家ではないが、船の強度と出力はわかる。船が損傷せず、ブラックホールに落ち込む事も無く、超ロングワープが可能な航路の割り出しは可能だと思う」
 そこに護衛艦隊や船団の若手幕僚、士官も加わって激しい論争が巻き起こった。指揮官たちは一歩引いたところからそれに耳を傾けていたが、少し待って古代は、まず大村に意見を求めた。
「大村さん、どう思う?」
「確かに、難しい判断ですな。民間船がブラックホールぎりぎりに近づく事など、まずありませんから」
 大村が言葉を選びながら答える。古代は太田にも視線を向けた。
「太田、船団指揮官としてどう判断する?」
「困難な操船、航法が要求されますが、船団乗員にはその技量が備わっていると、私は考えております」
 太田がはっきり答えた。続いて南部が言った。
「護衛艦隊側としては、船団の決断を尊重します。最も危険なのは彼らですからね」
「ですが、私には別の意味で懸念があります」
 北野が言うと、航路図に歩み寄る。
「件のBH−199ですが、敵早期警戒網の探知圏内にあります。通常時でも船団全船のワープには六時間前後かかっています。このような前例の無いワープとなると、実行可能であったとしてもより慎重な実行が求められるでしょう。もしかしたら、十二時間……あるいはそれ以上に時間がかかるかも知れません」
「その間に、敵の襲来も有りうるということか」
 古代の確認に北野は頷いた。
「ふむ……」
 古代は目を閉じ、腕を組んで沈思黙考する。いつしか喧々諤々の議論を戦わせていた若手幕僚たちも、口を閉じて最高指揮官の去就に注目していた。既に議論は尽くされた。あとは、古代の決断一つにかかっている。
 数分、沈黙が大会議室を覆い、そして古代は目を開いた。全員が次の言葉を待つ中、古代は口を開いた。
「全てのリスクを恐れていては、この状況を打破する事はできない。ブラックホールに接近するリスクは、敵襲の予想される宙域を横断するよりも、まだ許容し得るレベルだと考える」
「では……?」
 大村の確認の言葉に、古代は頷いた。
「スイングバイによる超ロングワープを決行する。木下、桜井、真帆!」
「はっ!」
 名を呼ばれた若手三人が敬礼する。
「君たちは船団の幕僚と協力し、超ロングワープに関する計画を練り上げてもらいたい。電算室の全能力を活用してくれ。次に、太田!」
「は、なんでしょう」
 太田も威儀をただし、敬礼で答える。
「君は全船団にこの計画を徹底周知してもらいたい。それと、若手が詰まっているようなら助言してやってくれ。それから、南部、北野」
「ははっ!」
 二人の艦隊司令官も直立不動の姿勢をとって答えた。
「計画発動次第、全護衛艦隊にワープ完了まで第一級戦闘配備を敷く。いかなる敵襲の兆候も見逃さず、総力を挙げて船団を守れ。以上、解散。ただちにかかれ!」
『了解!!』
 それぞれに役目を負った者たちが、一斉に動き出す。第三次船団の航海は、ここに来て大きくその航路を変え始めた。
 
 

【三十六時間後:BH−199】

 船団の行く手に、直径が百キロほどの大きさを持つ「巨大な黒い球体に見えるもの」が浮かんでいる。その縁では背後の景色が重力レンズ効果によって歪んでいた。
 ブラックホール、BH−199。その起源は不明だが、元となった恒星――おそらく太陽の百倍から百五十倍はあったと推測されるそれが超新星爆発を起こしたのは、少なく見積もって八十〜九十億年以上前だろうと推測されている。
 宇宙が誕生し、星々が生み出され始めた頃、宇宙は太陽より巨大で、猛烈な勢いでエネルギーを放射する恒星で満ちていた。彼らは数百万年ほどでその命数を使い果たし、次々に爆発しては、命の源となる炭素や酸素といった物質を放出して消えていった。
 BH−199はそうした宇宙初期の巨星の亡骸だ。爆発で生じたガスはとうに拡散して消え去り、今は事象の地平面の屍衣にくるまれ、眠りに就くだけの孤独な天体。
 その静かな墓所に、今第三次アマール・エクスプレスの船列が近づいていた。
「意外と小さいものだな」
 カメラの最大望遠で捉えられたBH−199を見て、小林が言った。もっと巨大なものを想定していたのだが、拍子抜けするような存在だった。
「それでも、太陽の三十倍の質量があの中に詰まっているんだ……木下、ワープ開始前に再度説明を頼む」
「承知しました」
 古代の求めに応じて、木下が計画の詳細を正面スクリーンに表示させた。彼と桜井、真帆は十二時間で計画を練り上げ、それは既に古代と太田の承認を受けている。しかし、本番を前に予習をしてし過ぎないと言う事はない。
「BH−199自体のシュヴァルツシルト半径、つまり光が脱出できない超重力圏は百キロ程度です。しかし、移民船のエンジン出力で脱出不能になる圏内を仮想球体として表示すると、こうなります」
 最初に表示されたBH−199を覆うように、はるかに巨大な球体が表示される。その直径は火星に近い六千キロに達していた。船団の長さは千キロで、それよりも雄大な存在となる。
「こんなにでかいのか」
 上条が唸る中、木下の説明は続く。
「船団はこの仮想球体の表面をなぞるようにしてスイングバイを行い、本来の最高速力である22宇宙ノットをはるかに超え、最大で120宇宙ノットに達します。真帆、表示させてくれ」
「はい」
 木下の要求に真帆がパネルを操作すると、移民船を表す点が仮想球体に近づいていく。その速度がぐんぐん増して行き、仮想球体の表面を掠めて向きを変える放物線のような軌道を描いた。それが途中で消えていく。ワープに入ったのだ。
「これにより、船団は一万七百光年に達する超ロングワープを可能にするわけです……計算の結果、一度にワープ可能なのは百隻。これを一グループとして、十分おきにワープを行います」
 桜井が言うと、大村が軽く暗算した。
「移民船は六千三百隻だから、六十三グループ……全てがワープするまで六百三十分。十時間半か。思ったよりは短いな」
 しかし、古代は楽観していなかった。
「だが、この宙域へワープしてから、既に十二時間経っている。ワープ開始は一時間半後。我々はここに二十四時間留まる事になる計算だ。いつ敵襲があってもおかしくない。総員、警戒を怠るな」
「はっ!」
 第一艦橋の全員が緊張の面持ちで返答するが、それを和らげたのは、やはり中西だった。
「いよいよ本番か……俺がワープするわけじゃないけど、緊張して腹が減るなぁ」
 隣の席に座る郷田が苦笑する。
「本当にお前はそればっかりだな……お、着信だぞ」
「おっといけねぇ……艦長、ピケット艦より定時連絡。ワープアウト予定空域に異常及び敵影なし」
 そのやり取りにやはり笑みを浮かべていた古代が頷いた。
「よろしい。ワープは予定通り開始する。全船団に伝えてくれ」
 
 

【移民船団】

 古代からのゴーサインを受けて、太田は船団指揮船AE30001の船橋で命じた。
「第一グループ、スイングバイ開始」
 それに従い、第一グループに選ばれた百隻の移民船が加速を開始した。後部の四基のノズルから長大なプラズマ・タキオンを噴出し、見る間に遠ざかっていく。
「頼む、うまく行ってくれよ……」
 太田は指揮官席の肘掛を握り締め、成功を祈った。一方第一グループの指揮船であるAE30122では、船長が細かく軌道修正の指示を出していた。
「見た目に騙されるなよ。相手の重力はもうこっちを捕捉しているんだ」
 船長は宇宙開発局の探査船に乗っていた事があり、カスケードブラックホールの第一回探査航海にも参加したベテランの船乗りだ。その経験を買われ、全船団の先陣を切る大役を命じられた。
「機関部、もう少し出力を上げろ。まだ余剰出力が出せるはずだ」
 船長はさらに指示を出し、グループの他の船にもそれを伝える。船は加速し、最高速度の22宇宙ノットを越えて30宇宙ノットに達しつつあった。高加速警報が響き渡り、ブリッジが赤い光に照らし出される。
「チーフ、乗客の様子は?」
 船長は待機していたチーフ・パーサーに話しかけた。
「全乗客、待機場所で耐加速体勢を取っていただいています。今のところ問題はありません」
「よし……間もなく加速度がさらに増えるはずだ。全員、事故や怪我人の発生に備えてくれ」
 チーフ・パーサーの答えに頷き、船長はさらに指示を出す。船はさらに加速し、標準速度の倍以上、48宇宙ノットに達していた。加速と最大出力で運転される波動エンジンの振動が合わさって、船がまるで嵐の海を行くかのように振動し始める。
 船室ではその振動の発生に怯えた人々が、非常灯の赤い光の中、必死に祈りを捧げ、あるいは家族や恋人同士抱き合い、恐怖を紛らわそうとしていた。ワープはここまで三回経験して慣れたが、今回はそれ以上。しかも地球を飲み込もうとしているのと同じ、ブラックホールを利用したワープだけに、多くの乗客が「ここで自分たちは死ぬのではないか。船はブラックホールに飲み込まれるのではないか」と言う危惧を抱いていた。
 それは、船員たちも同じだった。ともすれば重力波に引き寄せられ、脱出限界圏に落ち込みそうな船を必死に操りながら、操舵手が悪態をつく。
「ちくしょう、お偉いさん方、とんでもない作戦を立てやがって! 命がいくつあってもたりねぇよ!!」
 他の船室の窓と異なり、ブリッジの窓には重なるようにしてホロ・スクリーンが展開され、脱出限界圏を示す球状の空間が、ブラックホールと同じ漆黒の表面処理をかけられて表示されている。そこを越えれば、事象の地平に落ち込むのと同義の、生と死の境界面だ。
 それに船が近づくたびに罵声を放ち、立て直しを図る乗員たちに平静さを保つよう命じながら、船長は言った。
「怖いのは分かるが、考えても見ろ諸君。ブラックホールに追われて故郷を捨てた我々が、同じブラックホールを利用して危地を脱する事ができたら、それはそれでいい厄落としになると思わんか?」
 それを聞いて、一等航海士がそれは良い、と笑った。
「船長の仰る通りですね。今後の人類の行方を占うためにも、この賭けは絶対に成功させましょう」
 そのやり取りを聞いて、他の船員たちの不満の声が収まって行く。危険極まりない航海をさせられる事に苛立っていたのが、自分たちの使命を思い出して気合を入れ直したのだろう。船長は士気の回復に満足した。心なしか、船の振動も収まった様な気がする。
 それは船長の気のせいではなかった。船は最も危険な放物線軌道の頂点部分を折り返し、ワープ予定空域への航路に乗っていたのだ。速度は予定最高速度の120宇宙ノットをやや超える、122宇宙ノット。ここから先は後方に遠ざかって行くBH−199の重力が船を減速させるブレーキとして作用するが、ワープ予定地点で100宇宙ノットを維持していれば問題ない。そして。
「よし、第一グループ全船、波動エンジン噴射停止。ワープに入る!」
 AE30122の船長が命じた。それまで船を加速させていた波動エンジンがプラズマ・タキオンの噴射をやめ、時空操作に全ての動力を振り向ける。
 波動エンジンは通常空間の航行時には発生したエネルギーをプラズマ・タキオン化して噴射し船を加速させるが、ワープ時には全エネルギーで時空を歪曲させる働きをする。この時空の壁を飛び越える際には船の推進力はゼロになっており、ワープできる距離はそれ以前の「助走」に左右される。高加速が可能な軍用艦艇が一万光年以上のロングワープをこなし、移民船が四千光年程度しかワープできない理由はこれだ。
 今、移民船はBH−199の重力を利用し、軍艦以上の加速でワープに入った。全長3キロの巨体が、眩いワープフィールドの青い光に包まれて、次々に時空の壁を越えていく。
「第一グループ、ワープに入りました」
「ここまでは順調だ。問題はワープアウトに成功したかどうかだが……」
 太田が呟くように言う。影響は無いと計算では示されているが、この周辺の空間はBH−199の強大な重力の影響を受けている。もし、それがワープに計算外の致命的な影響を与えていれば……
 その時、通信士が喜色に溢れた表情で太田の方を振り返った。
「先遣のピケット艦、及びAE30122より入電です! 予定通りのポイントにワープアウト完了、全船異常なし!」
「そうか!」
 太田は満面の笑みを浮かべて頷いた。指の跡が付くほどに強く握り締めていた肘掛から手を離し、ガッツポーズをして見せる。計算に加わった航海士たちも拍手し、あるいはハイタッチをして作戦の第一段階成功を祝った。
「よーし、続けて各グループ、スイングバイに入れ!」
 太田は本当に喜ぶのは全船がワープに成功してからだと、喜びを抑えて命じた。第二グループの百隻がエンジンを全開にし、続けて第三グループが待機位置に前進する。
 流れるように、移民船団は超ロングワープに突入して行った。
 
 

【星間国家連合艦隊:エトス軍旗艦〈シーガル〉】

 地球艦隊が早期警戒網に探知された、という報告を受け直ちに出動した星間国家連合軍だが、その後の地球艦隊の不審な動きに、戸惑いの声が上がっていた。
「早期警戒エリア端の、ブラックホール付近? 連中、何故そんなところに留まっているのだ」
 フリーデ軍艦隊司令官、ロブソー中将が首をひねる。甲冑のようなデザインの、独特の軍服を着込むフリーデ軍は、伝統的に接近戦を得意とし、艦隊戦でも巨大なナイフのような衝角により敵に止めを刺す戦術を多用する。
「ブラックホール付近は重力の影響でセンサーの効きも甘い。そこを付いて進入する狙いだろうか」
 緑がかった肌のスキンヘッドの巨漢、ベルデル艦隊司令のトローレ中将が推測を口にする。航空戦艦を主体とする艦隊編成を行っているベルデル軍は、この作戦にも三千機に達する航空戦力を擁している。
「詳細は不明だ。実際に当たってみるしか無さそうだな」
 そんな彼らを一応の指揮下においているゴルイ提督はそう答えた。
「早期警戒網の情報を、もっと詳細に入手できればな」
 ロブソーが言うと、トローレが苦笑交じりに答えた。
「仕方あるまいよ。情報に関してもSUSの連中がケチなのは、今に始まったことじゃない」
 星間国家連合の総力を挙げて建造された早期警戒網だが、その管理と情報管制はSUSが一手に握っており、同盟諸国の軍は限定的な形でしか情報を入手できなかった。
「嘆いても始まらん。ともかく、一次、二次の戦訓から、連中が侮りがたい敵なのはわかっている。慎重に攻めるとしよう」
 そう言ってゴルイは会議を締めくくり、三カ国連合艦隊は地球がBH−199と呼ぶブラックホールまでやってきたのである。そこでゴルイが見たのは、予想外の驚くべき光景だった。
 巨大な移民船が緊密な隊列を組み、ブラックホールの重力を利用したスイングバイを敢行、そのままワープして行く。ゴルイはすぐにこれが連合の早期警戒網を突破するための、地球人の作戦だと気がついた。
「なんと大胆不敵なワープだ……」
 ゴルイは思わずそう呟いた。彼は心底このような作戦をやってのける地球人に感服していたのである。壮大な規模の警戒網に対し、諦める事も強引に突破する事もせず、知恵をめぐらせ、地形を利用して先へ進もうとする強い意志力にも。
「提督、感服している場合ではありませんぞ」
 コアンが注意を促す。
「わかっている。面白い敵のようだ。見逃すわけにはいかんな」
 ゴルイは頷くと、ロブソー、トローレの二人を呼び出した。
「敵はブラックホール付近に布陣している。三方から敵を圧迫し、ブラックホールに追い落とす方向で戦闘を進めたいと思うが……」
 ゴルイが切り出すと、二人の同盟軍提督は頷いた。
「問題はないと思う」
「堅実に行くべきだな」
 二人も、今の両軍の位置からほぼ同じ戦法を取るべきだと考えていたのである。
「よろしい。では、全軍突撃だ」
 ゴルイの命を受け、まずエトス軍が、続いてベルデル、フリーデの二軍が進撃を開始する。
 第三次移民船団は、その最初の試練を迎えようとしていた。
 

【〈ヤマト〉:第一艦橋】

 移民船団のワープ完了率が50%を超えた時、それは起こった。
「四時十七分の方向に反応あり! 艦隊規模です!」
 レーダーを睨んでいた桜井が報告した。
「正面スクリーンに解析画像を出せ」
 古代が命じる。それを真帆がすばやく実行し、数秒で迫り来る何者かの画像が表示された。ナイフのような船体と、ひし餅のような上部構造物――
「これは、第二次船団を襲撃した敵の一部ですな」
 大村が冷静に判断する。一方、上条は苛立ったように言った。
「くそっ、こんな時に!」
 ワープ中の船団は今すぐには動けない。しかし、古代に焦りは無かった。
「落ち着け。この距離なら、交戦可能になるまでかなり時間がある。中西、各指揮官を呼び出せ」
「はいっ!」
 中西が回線を操作し、正面スクリーンに太田、南部、北野が映し出される。
「状況はそちらでも理解していると思うが、敵が出現した」
 古代の言葉に頷く三人。古代はそれぞれに指示を与えた。
「太田、船団はそのままワープを続けろ。南部と北野は船団を挟んでブラックホールと対称になる位置へ移動。現在確認されている敵は一勢力だけだが、連合を組む他の艦隊が出現する可能性が高い。それに備えろ」
「はっ!」
 三人が気合の入った敬礼を決める。古代は答礼すると自ら直卒する第七護衛艦隊への通信回線を開いた。
「旗艦より第七護衛艦隊全艦に達する。全艦、現位置を離脱。船団後尾を固めよ。艦載機部隊は即時発進準備」
 各戦隊司令、艦長たちの「了解!」という返答と共に、第七護衛艦隊に所属する艦艇が一斉回頭した。速度を上げて船団後尾へ向かっていく。
「小林、四時十七分方向へ旋回。全速力。艦隊の先頭に立て」
「了解っ!」
 小林が素早く艦を旋回させると共に、増速をかける。長大なプラズマの尾を引き、〈ヤマト〉は第七護衛艦隊の戦列に達した。その時、桜井が新たな敵の襲来を報告した。
「一時十五分、七時四十二分の方向にも敵出現!」
 ブラックホールを金床にして、艦隊と言うハンマーで地球艦隊を滅多打ちにしようという布陣だ。情勢は不利だが、やはり古代に焦りはない。敵襲に備えていたおかげで、対応の時間は十分ある。奇襲を受け、体勢を立て直す間もなく殲滅された第一次、第二次船団の轍は踏まない。
「新手は第八、第九護衛艦隊各司令官の裁量で迎撃せよ。中央の敵は〈ヤマト〉以下第七護衛艦隊が引き受ける」
 古代の命を受け、第八、第九護衛艦隊も増速し、迎撃の布陣を整えた。三つの敵艦隊に対し、こちらも三個護衛艦隊がそれぞれがっぷり四つに組んでの戦いだ。
「こっちの敵は“ひし餅”だな。接近戦を仕掛けられると厄介だ。艦載機部隊発進急げ。重爆機も用意せよ」
 古代が命じる。その外見から“ひし餅”と命名された敵艦は、最後には体当たりを仕掛けてくる危険な敵だ。航空戦力によるアウトレンジで数を削り、その後遠距離砲戦で殲滅するという戦闘プランを、古代は咄嗟に組み立てていた。
「了解。全コスモパルサー隊、発艦準備」
 上条が格納庫への直通電話を取って命じると、突然小林が立ち上がった。
「俺も行くぜ! 艦載機は一機でも多い方が良い!」
 それを聞いて、上条は戸惑った表情を見せた。確かに小林は操縦資格を持っているが……
「行くぜって……お前、艦の操舵はどうする気だ」
 それに、意外な人物が答えた。
「俺が代わろう」
 古代だった。
「小林は飛行機の方が性に合っていそうだからな……コスモパルサーの指揮は、お前が執れ」
 そう言うと、古代は小林の尻をパンと叩いた。一瞬呆気に取られたような表情の小林だったが、見る間にその顔に喜色を浮かべた。
「ありがてぇ! 小林、コスモパルサーで出撃します!」
 駆け出した小林だったが、何を思ったか突然中西のいる通信席の前で立ち止まると、ECIへの直通電話を手に取った。
「よぉ、みんな。俺だよ俺。小林。外から守ってやるからな!!」
『え? ええ!?』
 真帆を筆頭に、ECIの女性オペレーターたちの戸惑ったような声が聞こえてくる。小林は受話器を戻すと、中西ににへらっ、と笑って見せた。そして、今度こそ艦橋を駆け出していく。
「……あいつは、いつもああなのか?」
 古代の質問に、付き合いの長い徳川は溜息で答えた。つまりはそういうことだった。
「ま、いいさ。あれくらい図太い奴の方が戦闘機には向いている」
 古代は言った。戦闘機パイロットに必要なのは、自分は絶対に死なない、と言う確信にも似た楽観性と向こう気の強さだ。三郎、四郎の加藤兄弟や山本明、坂本茂と言った歴代の〈ヤマト〉艦載機隊エースも皆そうだった。
「ところで艦長、艦隊指揮を執られるのなら、操艦は私がやりましょうか?」
 副長席の大村が聞いてくるが、古代は首を横に振った。
「心配ありませんよ。一個艦隊くらいなら、指揮官先頭の原則を示せば、皆付いてきます。戦隊指揮官たちも皆優秀な人材ばかりですからね」
 古代はそう言って、キャプテンズ・コートを脱いで背もたれにかけると、操舵席に座った。
(島、今お前が生きていたら、どんなに心強いだろうな)
 操縦桿を握り、在りし日の親友に……今はこの世にいない男に語りかける。
(だが、お前はもういない。せめて、お前の代わりが何とか勤まるようにと思って、俺は腕を磨いてきた。いつかあの世で再会したら、容赦なく評論してくれ)
 古代には一つの悔恨がある。ディンギルとの戦争で、敵の本拠地ウルクに殴りこみをかけた時の事だ。戦いの最終段階、自爆し崩壊していくウルクから〈ヤマト〉を脱出させると言う困難な操縦を、島は重体の身でこなし、やってのけた。彼にしかできない神業的な操艦だった。
 その代償として、島は治療が手遅れとなり、息を引き取った。もし、あの時自分に島と同じことができれば……友は助かったのではないか。その想いが、古代に操艦の技量を磨かせるきっかけとなった。
 束の間、亡き親友への想いに身を委ねた古代だったが、気を引き締め、二百五十二隻の艦隊と六億三千万の同胞の生命を預かる艦隊指揮官の顔に戻って言った。
「上条、戦闘指揮は任せる。頼むぞ」
「はい、お任せください!」
 上条は頷き、戦闘指揮コンソールの全情報に神経を注いだ。
 
 

【〈ヤマト〉:格納庫】

 先代と同じく、今の〈ヤマト〉の艦載機格納庫も、艦底部後方にあって、六十機のコスモパルサーを搭載している。壁に埋め込まれた格納スペースから、天井のマジックアームを使って機体が引き出され、整備員の手でミサイルが取り付けられていた。
 コスモパルサーは名機として知られるグラマンF2201〈コスモタイガーII〉の後継機である。メインスラスターを左右で挟むように延びる、二本のロング・テイルブームはコスモタイガーとの関連性を感じさせるが、実は機体はやや小さく、軽量に作られている。主翼も折りたたみ機構を持ち、格納時のコンパクトさを重視した設計だ。
 これにより、コスモパルサーはコスモタイガーと比べると二割は搭載機数を増やす事ができ、艦隊航空戦力の大幅な向上に寄与している。
 また、コスモパルサーは武装搭載量もコスモタイガーより大幅に強化されている。主翼には上下にハードポイントがあり、標準で十八発までの多用途ミサイルを搭載できる。これはコスモタイガーの倍以上だ。
 固定武装としては、機首上面に二十ミリパルスレーザーを二門、下面には実に四門の三十ミリパルスレーザーを備える。特に後者は至近距離では艦艇の装甲をも貫く火力を持つ。
 ほとんどのコスモパルサーが対空ミサイル十八発装備の制空装備で準備される中、六機の副座型は全く異なる装備を施していた。大型の対艦ミサイルを両翼に四発ずつ、計八発搭載しているが、その主翼は折りたたみ状態のままだ。
 代わって、機体にブースターポッドを兼ねた短い補助翼が接合され、その下に機体そのものの倍はありそうなコンテナ状の物体が左右に一機ずつ取り付けられる。対空・対艦ミサイルを合計百発近く内装し、それ自体が巨大な爆弾ともなる複合兵装ポッドだ。
 この状態を重爆撃機仕様と言い、対艦・対地攻撃で絶大な威力を発揮する。航空隊の切り札的な存在である。
 その出撃準備を急ぐ格納庫に、パイロットたちが足音も荒く駆け込んでくると、それぞれの機体に乗り込み始めた。その中に、艦医の佐々木美晴もしっかり混じっていた。古代に宣言した通り、彼女にとっては本職はパイロットのつもりなのだ。
 しかし、それでは困るのが他の医務スタッフである。副艦医が彼女にすがるようにして格納庫まで付いてきていた。
「ちょっと困りますよ、先生!」
「お黙り」
 美晴は副艦医の鼻に指をつきつけ、彼を黙らせた。
「あたしはこれが好きで〈ヤマト〉に乗ったんだ。艦長も了解済み。邪魔はさせないよ」
 古代は困惑しただけで、美晴の出撃を了解してはいないのだが、彼女の中では了解をもらった事になっていた。
「し、しかし負傷者が出たら……?」
 なおも食い下がる副艦医に、操縦席への梯子に足をかけながら、美晴は呆れたように言った。
「あんたも医者だろ。あたしに頼ってないで応急処置くらいやって見せな」
 肩を落とす副艦医。その背後を、パイロットスーツに着替えた小林が通り過ぎようとして、美晴に顔を向けた。
「よぉ美晴、宇宙デートと行こうぜ?」
 五歳も年上の彼女を臆面も無く呼び捨てにする小林。一方美晴は冷たい顔だった。
「何言ってんのよ。聞こえたわよ、ECIのコたちにもコナかけてるでしょアンタは」
「コナかけてるんじゃない。俺は愛の量が多いのさ」
 臆面も無く言う小林に、美晴は呆れた表情でコクピットに入る。
「まぁ、別にいいけどさ。戦闘中でもその調子でヘタレこいたら、お仕置きにあたしが撃ち落すからね」
 美晴の言葉に、小林は笑顔でサムズアップした拳を向けた。
「キスしてくれたら、いくらでも撃ち落されてやるぜぇ」
「馬鹿」
 冷たく一言で言い捨てると、美晴は発艦エリアに機体を進めた。先代の〈ヤマト〉では、格納庫内は真空になっていて直接宇宙と繋がっていたが、新生〈ヤマト〉はエアロックで格納庫と宇宙が遮られ、艦載機はカタパルトの装備されたランプ(傾斜路)から射出される形式に変更された。
 美晴、小林両機を含む四機が発艦エリアに移動を終えると、自動的に主翼が展開され、同時にエリア自体が傾斜しつつ下降して、発艦口へのランプに変わる。エアロックの蓋が閉められ、四機はいつでも発進可能な状態になった。
『こちら桟敷席。パルサー01より04、発進よろしいか?』
 格納庫の天井付近にある航空管制室から確認を求めてきた。小林は素早く計器を点検し、全て問題ないことを確認する。
「パルサー01、オールグリーン。いつでも発艦よろしい」
 他の三機も出撃準備OKの答えを返した。
『了解。射出する。グッドラック!』
 次の瞬間、四機は僅かに時間差をつけて、次々に発進口から射出されて行った。小林は機体をロールさせつつ上昇し、艦橋をかすめるようにして敵に向かった。美晴ほかの三機もすぐに追いついてくる。さらに、〈ヤマト〉からは十五秒に一回のペースで四機ずつコスモパルサーが発進し、総計五十六機が発進するまでに要した時間は、僅か四分ほどだった。
 一方、第七護衛艦隊に属する他の艦載機を有する艦からの発進は、さらに過激だった。
 まず、正規空母は二隻所属している。主力戦艦を改造して船体後半を艦載機の搭載ブロックに改造した〈インディペンデンス〉〈伊勢〉である。かつて白色彗星帝国との戦いに投入された戦艦改造空母の流れを汲む新鋭艦だった。
 その艦橋から後ろの、一見広大な飛行甲板に見える船体上面部が、まるでミサイルのVLS――垂直発射機のようにハッチを開き、翼をたたんだ状態のコスモパルサーを次々に打ち上げる。艦載機が打ち出されたハッチの向こうには、機体の固定や整備をこなすためのマジックアームが何本も見えた。
 艦載機の運用を効率化するため、半自動整備機構と格納庫、カタパルトを一体化した、コンテナ式格納庫だ。同じものは戦隊旗艦として配備されているスーパーアンドロメダ級戦艦の艦底部に設置された艦載機搭載用ポッドにも装備されており、空母は百二十機、スーパーアンドロメダ級は五十六機の艦載機を搭載、運用できる。
 主力空母二隻とスーパーアンドロメダ級八隻、それに〈ヤマト〉からのものを合わせ、総計六百機に達するコスモパルサーが、制空権を死守すべく宇宙を駆ける。同じ光景は他の二個護衛艦隊でも見られた。

 

【第八護衛艦隊旗艦:戦艦〈秋津島〉】

 迫り来る敵を前に、南部は落ち着いた表情で言った。
「俺の相手は“アイスクリーム”か……こういうのの相手は北野の方が上手そうだけどな」
 地球側は名を知らないが、“アイスクリーム”はベルデル艦隊の主力をなす航空戦艦のニックネームだ。丸い船体に円錐状の艦載機デッキを持つ形状からそう呼ばれている。
 砲術の専門家である南部としては、これよりも“文鎮”と呼ばれている敵――エトス軍と雌雄を決したかったが、こればかりは戦場の成り行きだ。第九護衛艦隊に相手を取り替えろとも言い辛い。
「仕方ないな。ここは手堅く行くか。艦載機部隊の主力を我が艦隊の前面に展開するよう、総司令部に要請しろ。制空権を取ったら遠距離砲戦で一気に敵を殲滅するぞ」
 既に“アイスクリーム”からは続々と艦載機が発進しつつあり、雲霞の如き大軍になりはじめている。南部はコスモパルサー隊の勝利を願いつつ、全艦隊に防空戦闘警報を発令した。
 
 

【第九護衛艦隊旗艦:戦艦〈アストレア〉】

“文鎮”ことエトス軍を相手にする事になった北野は、旗艦の司令官席でしばし思索を巡らせた。
「敵は大口径砲でこちらを牽制しつつ、速射力の高い主砲を活かした近距離戦に持ち込むのが得意か……過去の敵で言うと、比較的近いのはガトランティス軍だな」
 白色彗星帝国こと、ガトランティス帝国は艦隊の主力を空母機動部隊で構成していたが、戦艦等の空間打撃艦艇の戦闘力も決して侮れなかった。旗艦〈メダルーザ〉の決戦兵器、火炎直撃砲や艦橋部の衝撃砲などの長距離砲に加え、主砲の回転式速射砲は近距離砲戦では凄まじい制圧力を誇り、駆逐艦でさえ戦艦を瞬時に大破に追い込む火力を有していた。
 自国技術に自信を持つガルマン・ガミラスでさえ、回転式速射砲を多くの艦艇に採用している事が、その高い評価を物語っている。
「……ここは、一つ相手の手に乗ってみるか」
 北野は決断した。遠距離砲戦に徹するのも手だが、相手は機動力が高い。回避され、懐に飛び込まれる可能性は高い。それに、こちらは火力と防御力に勝っているのだから、相手の土俵に乗ってもそうそう撃ち負ける事は無い、と北野は判断したのだ。
「全軍、まずは遠距離戦闘用意。敵が突撃したら、前面圧迫戦法に切り替えて、船団への突破を許さず殲滅する!」
 北野は命じ、時計を見る。全船団ワープ完了まで、あと二時間。長い二時間になるな、と北野は思った。
 

続く
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