無限に広がる大宇宙……静寂と光に満ちた世界。
 百三十七億年前、巨大な爆発……ビッグバンと共に宇宙は生まれた。最初は物質の根源粒子……クォークの煮えたぎるマグマだけが満たしていた宇宙は、やがて冷えて安定し始め、クォークは結びついて別の粒子に変化し、ついに最初の元素……水素が生まれた。
 宇宙を満たす膨大な水素は、わずかな空間の揺らぎによってその分布が不均衡になり、やがて一箇所にあつまり、それ自体が重力を生み出し、さらに周りの水素をひきつけ、ついには自重の生み出す熱によって、辺りを照らし出した。
 星の誕生である。
 星々は成長し、やがてその体内で別の元素を生み出していった。核融合が進むにつれ、ヘリウム、酸素、炭素、ネオン、珪素、そして鉄やニッケルが生み出され……もはやそれ以上燃えることができなくなった星は、大爆発を起こし、それらの元素を宇宙に撒き散らした。
 そうした重元素もまた、寄り集まって星々を作り出し……そして、硬い岩や金属でできた惑星を持つ、新たな星が誕生した。われらの命の根源たる太陽も、そうした新世代の星の一員である。
 我々を生み、育んだ母なる星、地球。地球は太陽に従い、太陽系もまた、天の川銀河の中心部にある大重力源の支配を受け、宇宙を巡っている。
 銀河系中心核には、太陽の四百万倍と言う質量を持つ超巨大ブラックホールがあり、その強大な重力により、太陽のみならず、銀河を構成する四千億個もの星々を従えている。
 
 ブラックホール……その超重力により、光さえも飲み込む暗黒の天体。その中心部には、質量と重力が無限大になる「特異点」が存在し、その周辺には、光をも吸い込むため、決して内部を見る事ができない暗黒の領域が存在する。その境界線を「事象の水平線」と呼ぶ。
 二十一世紀初め、天才物理学者ホーキンス博士は、ブラックホールがいずれは「蒸発」して消滅する可能性があることを示唆した。この時放射される光を「ホーキング輻射」と呼び、そこにはそれまでブラックホールが吸い込んだ物質の情報が含まれている可能性がある、と言う。
 だが、その天才ホーキング博士も、彼の理論を元に後の物理学を発展させていった二十一世紀後期から二十三世紀の宇宙物理学者たちも、ブラックホールの真の正体を洞察する事はできなかった。
 あらゆる物質を飲み込み、咀嚼するブラックホール。それはいわば、物質が持つ情報を無限に吸収する、ある種の「怪物」と言えよう。その巨大な情報の塊が、我々の眼には見えぬ事象の水平線の向こうで、いったいどのように進化しているのか、それを知る者は、この宇宙の何処にも存在しなかった。
 

宇宙戦艦ヤマト 復活篇
非公式ノベライズ
Resurrection of Space Battleship YAMATO unofficial novelize edition

前編 第一章「伝説の男」
 
 
【大ウルップ星団辺縁空域:地球から一万七千光年】

 それは、見る者全てを驚嘆させずにはおれない、壮大な眺めだった。
 全長三キロに及ぶ巨大な宇宙船が数千隻、寄り添うように隊列を組み、広大無辺の宇宙空間を進んでいく。その周りには羊の群れを守る牧羊犬のように、無数の戦闘艦艇が緊密な連携を保ち航行している。
 守るべき船のあまりの大きさに感覚が狂いそうになるが、護衛の艦艇もまた、全長三百メートルから五百メートルに達する、かつて地球上の海を航行したいかなる船をも凌ぐほどの巨艦ばかりであった。それらの船には一つの共通点がある。艦の側面、あるいは前面に、故郷たる青く美しい星を象った紋章を飾っているのだ。そのマークには次の文字列が記されていた。
 
THE EARTH FEDERATION
AMARE EXPRESS−1
 
 その先頭に立つ一隻の巨艦は、さらに「FLAG SHIP:BLUE NOAH」の一行を、その文字列に加えていた。地球防衛軍第一艦隊旗艦、戦闘空母〈ブルーノア〉。銀河系でも第一級の戦闘力を誇る、地球防衛軍の象徴とも言うべき艦である。
 今数千隻の船団を従え、二百隻に及ぶ護衛艦隊を率いて広大な星海を進む〈ブルーノア〉。しかし、そのブリッジには晴れがましさはなく、重苦しい空気が立ち込めていた。彼らが母なる星、地球を旅立って約一ヶ月。その旅路は、もう二度と故郷へ戻ることのない、片道切符の旅路だった。
 その認識が、全員の気持ちを重くしていたのだろう。通常任務ならば、ある程度は生じるであろう乗組員たちの私語もなく、艦橋は静寂に包まれていた。司令官もまた、目を閉じ、故郷と我が身に降りかかった理不尽な運命への憤りを噛み殺すように沈黙していた。
 その静寂が、突如として破られた。
 艦橋の四面を覆うホロ・スクリーンが突如赤く染まり、その表面に「航路上障害物警報」の文字が明滅する。耳障りな非常電鈴が響き渡り、司令官は目をかっと開いて立ち上がった。
「何事だ!」
 その声に、センサー士官が緊張の面持ちで答える。
「艦隊前方に重力震発生、極めて大規模! 何者かがワープアウトしてきます!」
 同時に、ブリッジ前面の窓に映る宇宙空間に、星々の光を圧して、紫色の不吉な輝きが無数に生じる。ワープアウトに伴う重力震が、星間物質を破砕しエネルギーに変える、その反応が生み出す光だった。
「拡大投影、Aスクリーンに回せ!」
 司令官の命令が直ちに実行に移され、カメラ、センサー、レーダーで捉えた情報を元に解析した、その空間の状況が映し出される。そこに現れたのは、無数の艦艇の群れだった。漆黒の船体の至る所に、不気味な赤い光を明滅させるその影に、司令官は不吉なものを感じた。
「一隊何処の艦だ。見慣れない艦影だが……」
 防衛軍士官の基礎として、司令官は主要な星間国家の艦艇とそのデザインを記憶している。緑色、もしくは赤色を主体とし、葉巻型の船体を持つガルマン・ガミラス軍。青色を主体とし、魚介類を連想させる艦影のボラー連邦軍。
 しかし、今出現した謎の艦隊は、くさびを無数に組み合わせたような、鋭角的なシルエットを持っている。黒い船体に赤い灯火は、十七年前に地球を侵略し、逆に壊滅したディンギル帝国軍のそれを思わせるが、まったく異なる、地球が初めて出会う艦艇だ。
「確認できる未確認艦隊の総数、約九百!」
 レーダー士官の報告に、先任戦術情報士の上条了が、呆れたような声を上げる。
「九百だと!?」
 現在〈ブルーノア〉が率いる艦船は、非武装の船団が三千二百隻、その護衛艦隊が二百十二隻。前方の艦隊が全て戦闘艦艇なら、恐るべき脅威だ。司令官は叫んだ。
「全艦、第一種戦闘配備! しかし、別命あるまで発砲を禁ずる!」
 現在、地球はどこの星間国家とも交戦関係になく、また紛争の兆候も存在しない。この船団の航海も、到着先の国家から許可を得て行っている事だ。武力衝突の理由は何もない。ただ単に、向こうの艦隊がたまたまこちらの航路上に出現しただけだ……
 そうした司令官の願望にも似た思いは、次の瞬間打ち砕かれる。
「前方の艦隊に高エネルギー反応! 発砲の可能性大!!」
 悲鳴のようなセンサー士官の報告に、司令官は咄嗟に命じた。
「前方の未確認艦隊を敵性勢力と認定する! 全艦隊、全兵装使用自由! 船団は直ちに後退し、安全空域へ脱出せよ。護衛艦隊は船団の撤退を援護する。一歩も退いてはならん!」
 今彼らが守る船団には、実に三億二千万人もの非武装の市民が乗っている。彼らに指一本触れさせてはならない。そう決意しつつ、司令官は憤りに唇を噛んだ。
「おのれ……宣戦布告もなしに先制攻撃だと……くそっ!」
 次の瞬間、まるで赤い豪雨のような敵の砲撃が、地球艦隊に襲い掛かった。〈ブルーノア〉の船体にも、被弾を示す衝撃が伝わってくる。しかし、とりあえず〈ブルーノア〉はその強力な防御磁場帯と装甲で、その攻撃に貫通を許さず耐え抜いた。
 しかし、司令席の状況表示盤上では、艦隊に早くも十数隻の喪失艦が出た事を示すサインが現れ、通信士官が悲報を伝える。
「戦艦〈カプリコーン〉〈クレオパトラ〉、轟沈しました!! その他にも損傷艦多数っ!」
「敵艦隊、突撃してきます!」
 レーダー士官も報告する。膨大な赤い点……レーダースクリーンの上で、敵艦隊が、青の点で示される護衛艦隊と、白の棒で示される船団に向かい、先を争うように殺到してくるのが見えた。
「上条っ! 敵の接近を許すな。撃って撃って撃ちまくれ!!」
 司令官が命じ、上条は頷くと各部署に通じるマイクを手に取った。
「各砲塔へ、脅威度の高い順から目標を伝える。各個に砲撃、敵艦を撃破せよ。コスモパルサー隊発進、船団の護衛に当たれ!」
 彼の命を受けて、〈ブルーノア〉の前部甲板に二列に装備された三連装二十インチショックカノン六基、同十二インチ二基が、鎌首をもたげる蛇のように旋回して、目標を見定めるや轟然と発砲した。同時に、艦の左右に巨大なデルタ翼のように装備された艦載機ブロックが左右に展開し、艦載機であるIHI・ロッキードマーチンFA−19〈コスモパルサー〉が次々に射出される。
〈ブルーノア〉の砲撃は、敵の砲撃を赤い豪雨とするなら、その中に差し込む一筋の陽光のように、ひときわ鮮やかな青白色の軌跡を描いて、標的とされた敵艦に突き刺さった。三次元空間そのものを振動させて進む空間衝撃波を束ね、位相を揃えて投射する地球独特の兵器であるショックカノンは、この時もその威力を存分に発揮した。
 敵艦の装甲に僅かな抵抗すら許さずに貫通し、標的の艦を一撃で爆砕する。そればかりか、まだ十分な威力を保っていた衝撃波弾は後続の敵艦にも命中し、これもまた一撃で撃沈に追い込んだ。
 そうした光景が砲塔の数だけ繰り広げられ、わずかな間に〈ブルーノア〉は二十隻以上の敵艦を轟沈に追いやっていた。恐るべき戦闘能力だった。
 これならいける。敵を押し返せる。そう思った時、戦況は暗転した。
「こ、後方六時四十分と四時の方向に、敵の新手出現! 包囲されています!!」
「何だとっ!!」
 レーダー士官の報告に、コンソールを殴りつけるようにして立ち上がる司令官。逃げる船団を待ち構えるように布陣する敵に、司令官は自分たちを一人も逃さず殲滅しようと言う、残酷な意志の力を感じ、戦慄した。
 そして次の瞬間、司令官の動揺からできた隙を突くようにして、コスモパルサーが発進を続ける左舷艦載機ブロックに、敵の砲撃が突き刺さった。発進口から飛び込んできた赤い光線は、発進中、あるいは待機中のコスモパルサーを次々に爆発させ、左舷艦載機ブロックは内側から破裂するように吹き飛んだ。それだけで数万トンの質量を持つ艦載機ブロックの片方を失った事で、〈ブルーノア〉のバランスが崩れ、艦が右舷側に大きく傾斜する。
「くっ、しまった! バランス回復急げ……」
 司令官のその命令は、永遠に発せられる事無く終わった。その時、艦橋構造物に続けざまに三発の命中弾があったのだ。強靭な〈ブルーノア〉の防御力も、短時間に連続して発生した被弾に耐え切れず、艦橋上部が斬首されたように爆散する。
 その爆圧の一部は内部にも向けられ、司令官席を崩壊してきた数百トン、数千トンと言う残骸が埋葬するように埋め尽くした。同時に無数の破片を含む爆風が艦橋を席巻し、戦況を表示していたホロ・スクリーンが明滅して消える。
「ぐわああっ!!」
 戦闘指揮していた上条も、背後から襲ってきた、まるで空気が固体化したかのような爆風に全身を強打され、艦橋の戦闘指揮ブロックから、数階下の航海ブロックに叩き落された。そこも既に被弾によって大破しており、航海班員が折り重なるように倒れていた。その、逝ってしまった戦友たちの死体がクッションになってくれなければ、上条も死者の名簿に名を連ねる事になっただろう。
「ち、畜生……ふざけやがって……」
 全身の骨がバラバラになったような激痛の中、上条は突進してきた敵艦が、守るべき船団に餓狼のごとく襲い掛かるのを見た。だが、今の彼にはそれに対処する何の力もなく……意識を失った。
 
〈ブルーノア〉の大破、戦列離脱と後方への敵艦隊出現が、戦線崩壊のきっかけとなった。
 一隻で十数隻を相手に回して奮戦していた〈ブルーノア〉が袋叩きにされ沈黙すると、その隙間をこじ開けるようにして、敵艦隊は地球防衛艦隊の隊列を分断し、数の優位を生かして次々に防衛軍の戦艦を撃沈して行った。
 もちろん、防衛艦隊も懸命に反撃する。数知れぬ敵艦が、艦隊の放つショックカノンとミサイルの直撃を受けて四散するが、指揮系統を失い組織的な反撃を行えない防衛艦隊には、それ以上の事はできなかった。敵に取り囲まれ、孤立し、そして滅多打ちにされ撃沈されていく。
 そして、恐れていた事態がついに現実のものになる。戦闘艦艇に比べれば遥かに鈍足な船団に襲い掛かった敵艦隊は、非武装のその船を、無差別に攻撃し始めたのだ。
 戦闘が始まると同時に、船団の各船は窓を初めとする開口部の装甲シャッターを閉じ、乗客の避難を急いではいた。
「落ち着いて! 落ち着いて避難してください!! スペースは十分にあります! 押さないで!!」
 船員たちが、声を嗄らして乗客をシェルターに誘導するが、逃げ惑う人々の悲鳴と怒号にかき消されがちだ。それでも、彼らは最後まで義務を遂行した。
 惜しむべきは、そうした努力の多くが無駄になった事だろう。これらの船は急造されたもので、航海性能は十分だったが、戦闘に耐えるほどの強度は最初から持っていなかった。シェルターも、万が一隕石やデブリによって船が損傷した時に備え、一時的に乗客を避難させるためのものでしかなかった。
 何とかシェルターに篭り、護衛艦隊の勝利を信じる乗客たち。だが、そんな彼らの祈りを嘲笑う様に、隕石の数十倍の破壊力と圧倒的な殺意を込めて放たれる敵艦の砲撃が、船の外壁や内部隔壁をやすやすと貫き、シェルターにまで飛び込んで破壊力をぶちまける。
 瞬時に焼き尽くされ、苦痛を感じる間もなく即死した乗客は、まだ幸いだっただろう。しかし、船員や艦隊要員と異なり、宇宙に出る訓練をした事もない多くの乗客たちは、船内を包んだ業火に焼かれ、あるいは亀裂から真空の宇宙に吸い出され、惨たらしい死を遂げる結果になった。
 船団各船一隻辺りの乗客数は、約十万。炎上し、あるいは爆発し、折れて砕け散る船の中で、十万ずつの生命が、理不尽な運命への呪いの声と共に消えていった。
 しかし、それに抗う者は、まだ残っていた。一隻の戦艦を中心に指揮系統を回復した五十隻ほどの艦隊が、船団の逃げる方向から向かってくる敵艦隊に向けて突撃していく。その臨時旗艦を勤める戦艦〈アウストラ〉。暁の女神の名を冠するその戦艦の艦長は、さながら艦名の由来となった女神と見紛う、美しい女性だった。その美貌に凛とした気概を湛え、艦長は通信回線を開かせる。
「こちら〈アウストラ〉。臨編戦隊旗艦! 船団各船、我が隊が道を切り開きます。全船ワープ準備をお願いします!!」
 艦長の指示に、右往左往していた各船の船長や指揮官から、承諾の返答が帰ってくる。
『何をする気かわからないが、頼む! もう限界だ!!』
『こちら移民船AE11087、急いでくれ! もう敵がすぐそこなんだ!!』
 悲痛な声を聞きながら、艦長は矢継ぎ早に指示を出した。
「航海、船団残存数を確認! 通信、地球への報告を急いで!! それと、戦艦〈クローソー〉に下令、拡散波動砲用意! 残る艦は、〈クローソー〉の発砲後、ここに留まって船団の撤退を援護します!!」
「了解!」
 艦橋要員がその指示を的確に具体化していく。臨編戦隊を構成する艦の中から、主砲やミサイルは失ったものの、未だに最大の武器を残している戦艦〈クローソー〉が進み出て、船団に殺到しようとする敵艦隊に、艦の軸線を向けた。
 わずか五十隻ほどの艦隊が、残り千隻余りとなった船団を守るように進んでくるのを見て、敵艦隊は一揉みに揉み潰してやる、と言わんばかりに襲い掛かろうとした。しかし、彼らは痛烈なカウンターパンチを食らう羽目になる。
「拡散波動砲、撃ぇっ!!」
 硝煙漂う〈クローソー〉の艦橋で、煤だらけになった艦長が、それでも裂帛の気合を込めて命ずる。それに応えて、〈クローソー〉は艦首から地球防衛艦隊各艦に装備される必殺の決戦兵器、波動砲を撃ち放った。
 主砲の数十倍の太さを持つ眩い光芒が船団内を駆け抜けて、瞬時に敵艦隊前面に到達するや、さながら花火のごとく四方に向けて弾け飛ぶ。美しい、とさえ言える光景だったが、それはまさに敵にとっては宇宙に咲いた死の花だった。弾け飛んだ数千の光は、その一つ一つが戦艦の全力射撃に匹敵する破壊力を秘めた高エネルギータキオン粒子の弾丸であり、拡散圏内にあった艦艇は、その死の豪雨を一隻辺り五発ないし六発と言う密度で叩き付けられたのである。
 拡散波動砲の爆発よりも小さい、しかし敵艦の最後を意味する閃光が無数に発生した。ただ一撃で、殺到してきた敵艦が百隻以上葬られたのである。慌てたように後退する敵艦隊。船団前面に広大な道が開ける。
 これこそ、〈アウストラ〉艦長の待っていた瞬間だった。
「今です! 全船ワープ!!」
 ここまで辛うじて無傷、あるいは損傷しつつも健在だった船団が、一斉にワープに突入した。巨体を青白い次元シールドの繭に包み、次々に時空の狭間へと跳ぶ船の群れ。波動砲の洗礼から覚醒し、ワープを阻止しようと迫る敵艦隊に、〈アウストラ〉率いる臨編戦隊が立ちはだかる。
「撃て! 一隻たりとも通すな!!」
 艦長の命令一下、戦隊各艦は阿修羅のごとく荒れ狂った。全ての武器を失った〈クローソー〉に至っては、船団を狙う敵艦に体当たりを敢行し、諸共に砕けて散る。
 その僅か五十隻の奮戦が、敵艦隊を怯ませた。その間に船団はワープを続け、ついに最後の一隻が戦場から去った。その時、臨編戦隊は旗艦以下わずか十二隻にまで減っていた。
「艦長、全船団の脱出を確認!」
 通信士官が報告する。既に〈アウストラ〉も相当な被弾を重ね、艦橋にも多くの負傷者が出ていた。
「わかりました。残存全艦、ワープで撤退! 本艦は殿となって味方の撤退を援護します」
 艦長の命令は自殺行為にも等しかったが、異を唱える者は誰もいなかった。
「了解。各艦、損傷の酷い順から順次撤退せよ! 本艦が援護に当たる!」
 副長が命令を復唱し、〈アウストラ〉は押し寄せてくる敵艦に主砲とミサイルを放ち続けた。そして、自艦以外の全ての艦が撤退を終える。艦長は僅かな安堵と共に命じた。
「撤退します。ワープ!」
 だが、その僅かな隙を縫って、敵から放たれた最後の一弾が、〈アウストラ〉の側面を痛撃した。その爆発が艦橋にも押し寄せ、窓が砕け散り無数の破片と共に艦長席に襲い掛かる。破片が彼女の制服を引き裂き、制帽を吹き飛ばした。副長からは、一瞬艦長がその裸身を晒したように見えた。
「艦長! こだい……!!」
 副長の叫び声も爆風にかき消される中、衝撃で〈アウストラ〉の波動エンジンは異常振動を起こし、艦全体が瘧のように震える。機関長が異常を報告する艦橋が機能不全のまま、〈アウストラ〉もまた、ワープの光の中に消えていった。


【宇宙開拓辺境:地球から約一万六千八百光年】

 まだ名前すらない星系は、しかし活気に満ちていた。木星型の巨大ガス惑星二つと、生物の居住に適さない小さな地球型惑星四つからなる小さな星系ではあるが、資源は豊富で多くの国から出稼ぎの労働者が集まっている。
 ここ、宇宙開拓辺境空域は、銀河周縁部で何処の国にも属さない中立地帯だ。今だ未開発の資源惑星が豊富に存在し、開発を待っている。十数年前ならば銀河の二大強国と言われるガルマンとボラー連邦が熾烈な争奪戦を繰り広げたであろう空域だが、両国の間に平和が結ばれて久しい。
 肌の青いガルマン・ガミラス人、緑色のボラー人が肩を並べて食事をしている風景は、開拓辺境ならではの光景だろう。それを横目に見ながら、その青年は入港したばかりの貨物船からの荷が預けられているクローク・カウンターに立った。
「貨物船〈ゆき〉……あった。これだな」
 ボラー系らしい係員から荷物を受け取り、青年は礼を言った。
「どうも」
 歩き出す青年は、この辺りでは珍しい地球系、それも日本人の特徴を備えていた。多くの船が接舷する宇宙港……無秩序な増設で迷路のようになったその通路を、勝手知ったる我が家のように通り抜け、彼は〈ゆき〉と言う船名がステンシルされた、くたびれた様子の貨物船に乗り込む。
 その機関室では、端末に向かって一人の男が作業をしていた。最後のコマンドを打ち込んでリターンキーを押すと、それまで沈黙していた機関が、低い唸りを上げて動き始め、船内に響き始める。男が満足して端末を閉じた時、青年が機関室へ入ってきた。
「船長、荷物届いてましたよ。例によって三ヶ月遅れですが」
 振り向いた男の顔は、豊かな髭に覆われていた。その髭に隠れた口が笑みの形に開かれ、彼は青年の差し出した荷物を受け取った。
「ありがとう。済まないな、桜井。こんな使い走りを頼んで」
 礼を言いながら、船長と呼ばれた男は差出人を確認する。間違いなく――
「奥さんですよね? うらやましいなぁ」
 桜井が笑う。船長も笑みを返し、桜井の肩をポンと叩いた。
「ここはもう終わってる。そろそろ出航しよう」
 老朽化し、機嫌の悪いエンジンを宥めるのも、この船の日常だ。桜井は頷いた。
「次の港への荷物も、積載終わってます。何時でも行けますよ」
 
 深宇宙貨物船〈ゆき〉。二大強国をはじめとする核恒星系やその周辺部の人種が多い宇宙開拓辺境では珍しくない武装商船。しかし、地球籍というところが珍しかった。
 もともとは、太陽系で系内輸送に使われていた老朽船を、船長が破格の安値で引き取り、防衛軍がスクラップ業者に払い下げた旧式巡洋艦のエンジンと武装の一部をさらに引き取って移植し、外洋航行と自衛戦闘が可能な船に仕上げた。
 オートメーション化が進み、人の手がかからなくても航行可能な新型船と違って、操舵にも航法にも、エンジンの調整にも人の手がかかる厄介な船だが、それでこそ人が動かしている実感がある、と考える船長のこだわりが篭められた、彼自慢の船だった。
 宇宙港を離れ、一回目のワープを終えたところで、船長は自室に引き上げると、ペーパーナイフで荷物の封を切った。中にあるのは、妻からの手紙と、彼女が送ってくれた地球産のウィスキー。ふっと顔をほころばせると、船長は戸棚からグラスを取り出し、氷を入れてウィスキーを注ぐ。その芳醇な香りを楽しみつつ、彼は手紙を開いた。
『あなた、海はいかが?』
 お決まりの質問で始まる、妻からの手紙。心中で最高さ、と応じながら彼は手紙を読み進める。海賊も出没し、航海中に戦闘になることもある危険な空域だが、彼はそうした部分も含め、辺境域の自由な気風を愛していた。
 しばらく続く近況報告。何気ない日常の話や、娘の話を笑顔を浮かべながら読んでいた船長だったが、ふとその顔が曇った。
『わたしも、間もなく再び海に出る事になりそうです。美雪を置いていくのは心配ですが、あの娘には先生もアナライザーも――』
 そこまで読んだ時、非常警報が鳴り響き、天井のスピーカーから桜井の声が聞こえた。
『難破船発見! 船長、至急ブリッジにお戻りください』
 船長はソファから起き上がると、制帽とオフィサーコートをつかんで、小走りに部屋を出た。ラッタルを駆け上がりながらコートを羽織り、制帽を被る。ブリッジに上がると、そこは既に緊迫した空気に包まれていた。
「難破船の位置は?」
 質問する船長に、桜井が振り向いて答える。
「ニ時の方向、約百五十宇宙キロです」
「わかった。直ちに針路変更。生存者の救助に向かう。機関室、全速だ」
 船長が命じると、機関員の慌てたような声が聞こえてきた。
「全速なんて無理ですよ。またエンジンが壊れても知りませんよ!?」
 それを叱責したのは、副長の大村耕作だった。船長と数年来コンビを組み、辺境の海を駆け巡ってきたベテランの船乗りだ。
「つべこべ言わんとやれ! お前も状況は聞いていただろう。何年船乗りをやっとる!」
 難破船を見つけた時、国籍を問わず救助に当たるのは、惑星上と宇宙を問わず、あらゆる船乗りにとっての聖なる義務である。
『は、はいっ!』
 鬼の副長に怒鳴られ、慌てて機関員が出力アップをおこなったらしく、船が加速し始める。難破船を偽装した海賊の襲撃も予測される事から、船長が全員に戦闘準備を命じ、〈ゆき〉は臨戦態勢で進み始めた。
 緊張した航行が続き、やがて難破船が光学的に捕らえられる距離に達すると、船長はカメラの映像を正面のスクリーンに回させた。そこに映る惨状に、全員が息を呑む。
「酷いな、これは……どうやら戦闘で撃破された艦のようだが」
 船長が言う。その艦はもともとは美しかったのだろうが、今は艦体の装甲板はことごとく剥がれてフレームが剥き出しになり、多くの部分が焼け焦げている。よほど激しい艦内火災があったようだ。砲塔はすべて破壊され、脱落してバーベットが黒い穴のように見えている。一基だけ、比較的原形を留めた砲もあるが、砲身は真ん中の一門を除いて、全て折れ曲がっていた。
「確かに戦闘の跡みたいですが……どういう事でしょうな?」
 大村が首を傾げる。現在、銀河系で大規模な戦闘や紛争は行われていない。そして、海賊であれば普通ここまで徹底的な破壊は行わないし、目の前の船は海賊船には見えなかった。明らかに、正規の大型軍艦だ。
「ともかく、内部に入って生存者を捜索しなければ……大村さん、桜井。頼めるか?」
 船長の質問の形をした命令に、大村はお任せを、と敬礼し、桜井も緊張した様子で敬礼する。二人が宇宙服を着込み、武装を整える間に、船長は自ら船を操舵して、慎重に難破船に近づいていった。何しろ、周囲には〈ゆき〉の船体幅近くありそうな大型の破片も漂っており、ぶつかれば損傷は免れないだろう。
 しかし、船長は見事にそれらの障害物を回避し、船をぴったりと難破船に横付けさせた。相対速度を合わせて静止すると、船体下部に取り付けられているエアロック付きクレーンアームの操作レバーを引き寄せる。
「これから、エアロックに接続する。用意はいいか?」
『オーケーです、どうぞ』
 大村が船長の確認に答える。船長はレバーを動かすと、クレーンの先端を難破船のエアロックに接合させた。
 
「こりゃ酷いな……」
 船内に入った大村は顔をしかめた。通路はどれも瓦礫の山で埋まっており、さっきまで火災が続いていたのか、猛烈な熱気が篭っている。
 そのあちこちに、黒焦げになった死体が転がっているのを見て、桜井は思わず吐き気がこみ上げるのを感じた。外部とは完全に遮断された宇宙服を着込み、循環している空気を吸っているはずだが、死臭がするような気がした。
「桜井、とにかく生存者を探すぞ」
 そんな彼の様子に気づいたのか、大村が声を掛けてくる。とにかくできる事をさせて、それに没頭させる事で気を紛らわすのが一番だと、彼は知っていた。
「り、了解……大村さんはよく平気ですね」
 桜井が何とか吐き気をこらえて言う。彼――桜井洋一は商船学校を出て、しばらくは大手の海運会社に勤めていたが、船長のヘッドハントに応じてこの〈ゆき〉に移ってきた。海賊相手の戦闘は何度か経験し、難破船で犠牲者を見たこともあったが、死体を間近で見るのにはまだ慣れそうもない。
「まぁ、昔取ったなんとやらだ」
 大村が答える。彼は退役して貨物船乗りになる前は、防衛軍の軍人だったと言うが、どんな戦場でどんな戦いを経験してきたのか、については何も語らない。ただ、凄惨な経験も多かったのだろうな、と若い桜井は思うだけだ。彼が物心付いたころ、既に地球は長い平和な時代を迎えていた。
 だが、その前の数年間は毎年のように大規模な戦争や危機があり、その度に地球は大きな被害を受けてきた。人口が半減するほどの被害を受けた事もある。それらは歴史の教科書で必ず触れられる問題だった。
 ともかく、二人は瓦礫を乗り越え、死体に頭を下げながら先へ進んだ。
「どうやら、地球の艦艇みたいですね」
 桜井が言う。通路の構造や部品の規格が、商船と軍艦の違いがあるとはいえ、〈ゆき〉と同じなのだ。大村が首をひねる。
「そのようだが、これほど大型の戦艦となると……〈ブルーノア〉くらいしかないと思うんだが、それが何故こんなところで……」
 そんな会話をしている間に、二人は隔壁間のハッチを見つけた。
「ここの隔壁は破られていないようですね」
 桜井が言う。ハッチのランプは、その向こうが呼吸可能な空気で満たされている事を示す青に輝いていた。
「生存者がいるかもしれんな」
 大村はそう言って、ハッチの周りに簡易エアロックを取り付けた。ビニールテントのような外見だが、これで向こうの空気がこちらに流出するのを防ぐ事ができる。中に入ってファスナーを閉じると、スイッチを入れてハッチのロックを解除した。
 しかし、そこを開けた二人は失望を味わう事になった。火災こそ起こった形跡はなかったが、おそらく一時的に爆風か衝撃波が入ったのだろう。隔壁の向こうの区画も、めちゃくちゃに壊れていたのである。床に倒れている乗員たちは、やはり既にこの世の人ではなくなっていた。
 ただ、艦の正体はやはり〈ブルーノア〉である事が分かった。辛うじて機能していたスクリーンの一つに、「EDF FLAGSHIP BLUE NOAH」の文字が表示されていたのだ。
「ここは艦橋ブロックのようだな。桜井、システムが生きてるか見てくれないか」
「了解です」
 大村に言われ、桜井が生きていた画面の前の端末を立ち上げると、システム初期化中のメッセージが表示される。
「これだけ損傷した艦なのに、中枢システムは生きてるのか……凄いな」
 桜井は感嘆すると、端末のキーボードを叩く。まだ生きているシステムのうち、艦乗員のバイタルサイン識別システムを起動させる。これが使えれば、生存者捜索の手間が大幅に省けるはずだ。
「……よし、動くぞ……生存者は……」
 桜井がシステム画面を覗き込んだ時、その近くでぴくりと動く者がいた。それに大村が気づく。
「桜井、生存者だ!」
「え?」
 桜井が大村の指す方向を見ると、死体の山の頂上に倒れていた男が、必死に起き上がろうとしていた。そいつは意識がまだ朦朧としているのか、腰のブラスターを抜き、桜井に向けようとする。慌てた桜井は叫んだ。
「待て! 俺たちは仲間だ!!」
「なか……ま……?」
 男は繰り返すように呟くと、銃を取り落とし、死体の山から転げ落ちる。駆け寄る桜井。大村は通信機のスイッチを入れた。
「こちら大村。生存者一名発見。ちょっと動かせそうにありません。救護を願います」
 
 

【〈ブルーノア〉艦橋ブロック】

 数分後、応援に駆けつけた船長の手で、男は手当てを受けていた。身体中に酷い打撲を負い、破片による切り傷や火傷などもあったものの、生命に別状はなく、簡易輸血と止血処置を行い、栄養剤を打つ事で、どうにか意識もはっきりと戻ってきていた。辛うじて動く右手を額に当て、彼は敬礼した。
「私は地球防衛軍少佐、上条了。戦闘空母〈ブルーノア〉先任戦術情報士。救援に感謝いたします」
 船長は答礼すると、上条に尋ねた。
「酷い目に会ったようだが……一体何が起きたんだ? 確か〈ブルーノア〉と言えば、アマール・エクスプレスの……」
 船長の質問に、上条はうつむいて答えた。
「はい……第一次移民船団の護衛艦隊旗艦です……」
 それから、上条は事情を……つい数時間前に自分が体験した戦闘の話を始めた。唐突な、しかし周到に用意されたと思われる敵の伏撃。自らの乗艦の被弾と、戦闘からの脱落……
「私の指揮の過ちです……航空隊の発進を焦るのではなかった」
 悔し涙にくれる上条の肩を、船長が優しく叩く。
「ミスは何にでも付き物だ。君は生き延びて、その教訓を今後に生かす機会を得た。倒れた多くの仲間たちのためにも、今は身体を治す事を考えろ」
 上条ははっと顔を上げた。
「そうだ……生存者は他にいないんですか? 司令は? 戦闘ブリッジの仲間たちは……ハリントンやラシードは?」
 その質問に、桜井が首を横に振った。バイタルサイン識別システムをチェックした結果、上条以外の全員戦死が確認されたのだ。
「馬鹿な……二千人ですよ。それだけいた乗員が全滅なんて……!!」
 上条は床を殴りつける。その拳の周りに、ぽたぽたと涙が落ちた。
「ともかく、ここを離れよう。大村さん、補給物資は地球まで十分ですか?」
 船長が大村に尋ねた。
「十分ですが、今請けている仕事は……聞くまでもありませんな」
 大村の答えに、船長は頷いた。
「キャンセルするしかない。何か重大な事態が進行しつつある気配がする。急ぎ、地球へ帰還しよう」
 大村が頷いた時、突然窓の外に閃光が走り、傷ついた〈ブルーノア〉の船体が、更なる被弾に苦悶の軋みを挙げた。再起動していたシステム画面が赤く明滅し、「敵襲」と「INTRUDE ARERT」の表示を交互に描画する。
「桜井! 中央画面に状況を表示させろ! 大村さん、機関をチェック! 上条、戦闘指揮席に座れ!!」
 船長が咄嗟に命じた。三人の男が弾かれたように、それぞれ指示された持ち場に座る。桜井が端末を操作すると、パネルに三隻の戦闘艦が映し出された。
「奴らだ! くそ、とどめを刺す気だな」
 上条が主砲発射のトリガーに手をかける。主砲はただ一門だけだが使用可能になっていた。それを、自らは操舵席に座った船長が鋭い声で制した。
「上条、まだ撃つな! 桜井、敵との距離を測れ。正確にな」
「は、はい!」
 上条は返事をしながら、何故自分はこの民間船船長に従ったのか、と思った。船長にはかつて軍人だった気配があるように思えた。それも、戦闘指揮に慣れた高位の軍人だ。
(何者だ、この人は……)
 上条が注ぐ視線を無視して、操舵システムをチェックした船長は、操縦桿を引いて手ごたえを確かめた。
「動力系は使えそうです。艦がボロボロなので、長時間の戦闘機動は無理でしょうが」
 大村が報告する。船長は頷くと、スロットルレバーを引いて動力をオンラインにし、続いて操縦桿を倒した。
 それまで沈黙の残骸だった〈ブルーノア〉。その後部ノズルが生き返ったようにプラズマ化したタキオンの噴射炎を吐き出す。震えながら動き出した〈ブルーノア〉に驚いたのか、敵艦は激しく発砲を再開した。
「敵との距離、三千!」
 桜井が報告する。ほとんど瞬時に、敵艦の放つ火線が〈ブルーノア〉の両側を流れていくが、船長は小刻みに操縦桿を操作し、艦をスライドさせ、あるいはロールさせてその砲撃を回避する。
(凄い……!)
 上条は驚いた。この船長は正規の操舵員に匹敵するか、それ以上の繰艦の腕を持っている!
「距離、二千二百、二千百……船長、無茶です! ぶつかりますよ!!」
 桜井が悲鳴のような声を上げるが、船長は動じない。やがて発砲しながら接近してくる敵艦が、手を伸ばせば届きそうな近さに見えた時、船長は艦を九十度横倒しにして、〈ブルーノア〉に残された右舷艦載機ブロック……数箇所で撃ち抜かれて中は廃墟だったが……を、すれ違いざまに敵艦に叩き付けた。
「!!」
 桜井、上条が悲鳴……上条の場合は、ショックで傷が痛んだからだが……を挙げる中、艦載機ブロックに叩き斬られてほとんど真っ二つになった敵艦が、轟然と爆発する。ショックで艦載機ブロックも船体からもぎ取られていたが、船長はやはり動じなかった。それどころか。
「軽くなったな。好都合だ!」
 そう言うや、操縦桿を倒し、制動をかけつつ艦前部上面スラスターと、後部下面スラスターを同時に噴射し、後部ノズルの噴射を切った。それによって、〈ブルーノア〉の二十万トン近い巨体が、まるで二十一世紀にロシアの代表的戦闘機だったSu−37〈フランカー〉が得意としていた空戦機動「クルビット」のように、艦中心部を軸にして縦に回転する。先ほどとは上下逆に見える残り二隻の敵艦が、一直線上に並んで見える。船長の神業的な操艦が、三隻を直線状に並べたのだ。
「今だ上条、撃て!」
「はっ! 主砲、発射!!」
 上条はトリガーを引いた。残された最後の一門の主砲が轟と咆哮する。撃ちだされた衝撃波は狙いを過たず、二隻の敵艦を串刺しにし、同時に爆散させた。
「いやったぁ!」
 桜井がガッツポーズをする。その横で、上条は呆然としていた。二十万トンの巨艦をまるで戦闘機のように操り、三対一、それもこちらは大破したった一門の主砲が生きているだけ、と言う圧倒的劣勢を、苦も無くひっくり返してのけた船長の手並みに圧倒され、声も出なかった。
 そんな彼の肩を、再び船長がポンと叩いた。
「良くやった、上条。いい腕だ」
「はっ……ありがとうございます」
 上ずった声で返事をする上条。その彼を助けて抱き起こしてやりながら、大村が言った。
「流石ですな、古代艦長」
 その言葉に、上条の脳裏を過ぎるものがあった。
 
――かつて、ただ一隻であらゆる劣勢をひっくり返し、人類の危機を幾度となく解決してきた艦があった。
――かつて、常に人類の盾として敵に立ち向かい、その暴威を防ぎ切ってきた一隻の戦艦が存在した。
――かつて、いかなる苦境をも乗り越え、その名が人類の希望と同義で呼ばれる事になった、伝説の艦がいた。
――そして、その艦と常に共にあり、地球の敵と戦い続けた、一人の戦士がいた。彼の名は――
 
「古代……古代進? あの伝説の宇宙戦艦〈ヤマト〉艦長の?」
 上条の呟きのような言葉に、船長――古代進は、ふっと淋しげに笑った。
「昔の……そう、遠い昔の話だよ」
 
 

【地球:中央科学局情報センター、移民計画本部】

 スクリーンに酸鼻極まりない光景が映し出されている。
『メーデー、メーデー! 畜生、奴らなんで攻撃してくる……うわあっ!』
『こちらAE10897、船内気圧低下! 多数のブロックで火災発生中……』
 謎の艦隊による、船団攻撃事件。その一報が一万七千光年の距離を隔て、地球に到達していたのだ。画面の中で繰り広げられる惨劇に、計画本部の要員たちは一様に青ざめ、中には嘔吐をこらえきれず、トイレに駆け込む者もいた。
 その中で、ただ一人、顔色一つ変えず超然とした表情の男がいた。秀でた知性を示すような広い額。全てを見通すような、鋭い眼光。
 かつて、伝説の宇宙戦艦〈ヤマト〉において、技師長としてその持てる知性と技術を存分に振るい、幾多の戦いを勝利に導いた男……真田志郎。地球のみならず、銀河中心領域の諸国にも、銀河最高の知性の一人として名を轟かせている彼は、今中央科学局長官として、地球の直面する難局に立ち向かっていた。
「これは、何時の映像だ?」
 真田は冷静に傍に控えていた青年に問いかけた。
「幾つかの中継ブースターを経由してきておりますので……三日前の映像です」
 答えたのは、中央科学局と共同で今回のプロジェクトを推し進める移民計画本部航海計画主任、島次郎。船団運行の事実上の総責任者だ。彼にしても三億もの同胞を失った、この恐るべき惨劇に対する動揺は隠し切れなかったが、その責任感が、彼にほかの要員たちよりも冷静さを保たせていた。
「攻撃を受けたのは、アマール・エクスプレスだけか?」
 真田がさらに問いかける。
「はい。他の船団は、現在までに攻撃を受けたとの報告は受けていません。ただし、現時点で航行を停止し、現地点に留まるよう命令を出しています。軍も、全護衛艦隊に最大警戒態勢を命じたほか、ガルマン・ガミラス軍などに協力を要請しました」
 島の答えに、真田は頷くと画面に再び目をやる。
「……なぜ、こんな攻撃を。これでは虐殺ではないか」
 冷静さの中にも、隠しきれない憤りが滲む。元軍人であり、戦士としても決して侮れない技量を持つ真田としては、できるならばこの現場へ駆けつけて、敵を倒したい気持ちなのかもしれない。もちろん島も同じ気持ちだが、現実問題として、総計千以上という大艦隊を運用する敵の勢力は侮りがたい。
「長官、第三次以降のアマール・エクスプレス出航は見合わせるべきです。攻撃されると分かっていて、船団を出す事はできません」
 真田は首を横に振った。
「いや、第三次以降の船団も出航させる。地球に留まっていては、破滅が待っているだけだ」
「長官!」
 抗議するように声を上げる島に、真田は問いかけた。
「地球に残って、どうなる? この星の未来は、もう無いのだぞ」
 島は言葉に詰まった。真田の言うとおりだ。あと三ヶ月以内に地球を離れる事ができなければ、人類は……その時、何気ない口調で真田が言った。
「古代は、まだ戻らんかな」
「……古代さん、ですか?」
 問い返す島に、真田は頷いた。
「そうだ。この危機的状況に、地球を背負って戦えるのは、あいつしかいない。そして」
 真田は確信を篭めた口調で言った。
「あいつなら、この地球の危機に、必ず帰ってくるはずだ」
 確かに古代なら、と島も思う。その姓が示すように、彼はかつての〈ヤマト〉航海長だった故・島大介の弟である。兄の親友である古代は、次郎にとってはもう一人の兄と言うべき人物であり、幼い頃から親しくしてきた。
 だが、それだけに島は思う。古代が難局を任せるにふさわしい人物である事は、彼は良く知っている。真田もそうだろう。だが、そうではない人間の方が多いのだ。
 

【深宇宙貨物船〈ゆき〉】

 古代進という男は、伝説的存在として地球防衛軍内部で語られ続けている男である。
 天才的な戦術センス、卓越した戦闘指揮能力。加えて、一人の戦士としても圧倒的という他無い技量の持ち主だ。自ら操縦桿を握り百機を越える敵機を葬り去ってきた、防衛軍でも数少ないトリプル・エース。白兵戦では、あまりにも困難な白色彗星帝国やディンギル帝国中枢への侵攻を成功させ、なおかつ生還している。
 今や地球防衛軍にとって欠かせない決戦兵器である波動砲を、初めて実戦で使用し、その後も幾多の戦いにおいて使いこなす事で、数百隻に及ぶ敵艦を撃沈してきた、防衛軍最高の個人戦績を今なお保持する最強の宇宙戦士。それが古代進だ。
 戦功だけならば、二十代のうちに将官に任ぜられてもおかしくないほどの凄まじい戦歴を有する彼は、しかしその反面、ある意味「軍人」としては最低の人物でもあった。
 己の技量と信念を恃み、上官の命令を平然と無視する。前線では呼吸するように独断専行を繰り返し、政府の命令さえ聞かない事があった。
 初陣となったイスカンダルへの大航海では命令違反を繰り返し、続く白色彗星帝国との戦いでは、独断で乗艦を持ち出すと言う反乱紛いの行動を取り、戦争末期に政府が無条件降伏を決意したときも、ただ一隻戦闘を続行すると言う信じがたい行為を行った。
 暗黒星団帝国、ボラー連邦との初遭遇では政府に図る事もなく独断で戦端を開き、挙句の果てに敵艦隊を一隻残らず殲滅して和平の道を閉ざした上、暗黒星団帝国に至っては、それが存在する銀河ごと、この宇宙から抹殺すると言う途方もない結末を迎えている。
 結果的にはそれらの行為は追認され、古代が軍から追放されたり、あるいは軍規に則り処罰される、と言う事はなかったが、この男を前線に出すたびに、いかなる悲惨な結果がもたらされるか、と多くの軍上層部や政府要人の胃を痛めつけた。彼を御する事ができたのは、数年前に亡くなった元防衛軍司令長官、藤堂平九郎ただ一人だったとも言われる。
 とかく、古代という男は、暴れ馬……それも乗り手を食い殺しかねない恐るべき妖馬のごとき男であった、とそう語られている。
 上条が士官候補生として学んでいた時も、教官は軍人としての反面教師として、必ずと言っていいほど古代の名を上げ、決してこのような人物になってはならない、ときつく戒めるのが常だった。
 しかし、今こうして地球へ向かう〈ゆき〉の船内で見る古代は、上条が噂に聞いた事のある「伝説の男」としての姿からは、かなり離れた存在に見えた。
 物事には常に冷静沈着に対処し、船内の諸事に公明正大な態度で臨む。若い桜井や機関員だけでなく、古代より年上の大村副長も、船長としてだけでなく、私人・古代進を尊敬し、心服しているように見える。
 上条も、与えられた一室で傷を癒しながら、時折訪れる古代との何気ない世間話や、彼が軍を去って以降の防衛軍の変化についての話などを聞くうちに、心中
「この人を上官として仰いで見たい」
 と言う思いが芽生えるのを感じていた。
 だが、それは適わない思いであろう、とも上条は思っていた。教官たちの話を聞いても分かるように、古代と言う男は防衛軍において異端の存在である。彼の最大の理解者にして庇護者でもあった藤堂長官が高齢から軍を退き引退した時に、即座に排斥運動が起きている。
 ちょうど時期的には十五年ほど前で、銀河中心部ではガルマン・ガミラスとボラーの和平が成立し、それまで毎年のように起きていた侵略も途絶え、地球が長い平和の時期を過ごし始めた頃である。古代は主流派からは「煮るべき走狗」と見なされたのだ。
 しかし、この運動は対立に至ることなく終わる。己の半身とも思っていた〈ヤマト〉を失い、平和な時代に自分のような男が軍にいるのは望ましくない、と考えた古代が、自ら軍服を脱いだからである。彼は自ら会社を興して輸送船乗りになり、次第にその活動拠点を地球から離していった。
 
 そんな古代が、いまさら軍に受け入れられたり、自ら戻ることは無いだろう、と上条は思った。しかし、古代は輸送船の船長としても卓越した手腕の持ち主だ。一人でも多くの船員を欲している今の地球にとって、古代は喉から手が出るほど欲しい存在だろう。
 自分が再び船団護衛の任に就く時、古代が指揮する輸送船や船団を護衛する事になるかもしれない……そう思った時、船内アナウンスから桜井の声が聞こえた。
『間もなく最後のワープに入ります。全員対ワープ姿勢。次はいよいよ地球ですよ!』
 最新の艦船と違い、このボロ船の〈ゆき〉は、ワープ時の衝撃も格段に大きい。上条は痛めた腕をかばうようにベッドに横になりながら、もう二度と見ることが無いと思っていた故郷に近づいてきた事を実感していた。
 
 

【地球:中央科学局情報センター、移民計画本部】

 突発事態を知らせるブザーが鳴り、画面に注目した真田に、一段下のオペレータ席から声が掛けられた。
「長官が消息を依頼していた貨物船が地球圏に戻ってきたと、太陽系航路管制局から報告がありました。Bスクリーンに展開します」
 真田が向かって右の大スクリーンに目をやると、月を背に航行する船影が映し出され、船籍番号と共に「深宇宙貨物船〈ゆき〉」の名が添付された。それまで険しかった真田の顔が、笑みで彩られた。
「やはり帰ってきたか、古代……!」
 
 

【深宇宙貨物船〈ゆき〉】

 一度冥王星軌道上にワープアウトし、太陽系航路管制局に報告を終えた〈ゆき〉は、月から約十二万キロ、地球まで二十六万キロの位置に最後のワープを行い、通常空間をゆっくりと航行していた。
 その月と地球の中間に、かつては存在しなかった地球の二番目の月が、月光を浴びて輝いているのが見える。古代、大村、桜井、それに防衛軍本部への報告のためブリッジに上がってきた上条も、手を伸ばし敬礼と黙祷をささげる。
 第二の月、アクエリアス。かつて十七年前、宇宙戦艦〈ヤマト〉が終焉を迎え、地球の生んだ偉大な戦士、沖田十三が永久の眠りについた、聖地とも呼べる場所だった。
 十七年前に起きた、異次元から突如出現した銀河と天の川銀河の衝突、それをきっかけにして起きた地球とディンギル帝国の戦いは、ディンギルが回遊水惑星、アクエリアスを操り、地球を水没させて人類を抹殺しようとした戦いだった。
〈ヤマト〉はディンギルの本拠地こそ撃破したものの、アクエリアスの地球回遊阻止には失敗し、数百兆トンと言う膨大な海水が地球を水没させるのは、もはや避けられないかに見えた。
 最後の手段として、〈ヤマト〉は艦内にアクエリアスで採取したトリチウムと重水を満載し、アクエリアスから地球へ伸びる海水の柱を自爆する事で断ち切った。伝説の艦は自らを贄に捧げる事で、故郷を守り抜いたのだった。
 今のアクエリアスは、その源となった同名の回遊惑星からの海水が〈ヤマト〉自爆後に地球の衛星軌道上に滞留し、凍りついた巨大な氷塊だ。不定形で全長は最大百九十キロ、幅百二十キロほどもある、ちょっとした島くらいの天体である。
 古代はこのアクエリアスの海が凍りつく直前、自爆し完全に消滅したはずの〈ヤマト〉が、一旦浮上し、それから再びゆっくりと沈んでいくのを見た覚えがある。もちろん、幻影である。一年後の防衛軍の調査でも、〈ヤマト〉の破片はまったく発見されなかった。
 だが、同じ幻を見た元〈ヤマト〉乗員は多かった。古代は、あれは〈ヤマト〉と沖田の霊が、自分たちに別れを告げに来たのだろうと思っていた。
 アクエリアスを通り過ぎたところで、上条は無線を借りた。指定の周波数を入力し、防衛軍本部を呼び出す。
「こちら、〈ブルーノア〉先任戦術情報士、上条了。深宇宙貨物船〈ゆき〉に救助され、報告のため帰還いたしました……はっ、上陸後、直ちに出頭します」
 上条が無線を置くと、古代が声をかけてきた。
「証言が必要なら、俺も出向くよ。いつでも声を掛けてくれ」
 既に互いのアドレスは交換してある。
「はい、お世話になりました。ところで船長、その顔は?」
 上条は礼を言いつつ、首を傾げた。古代は初めて会ったときの豊かな髭をそり落とし、さっぱりした顔になっていた。こうして見ると、三十八という年齢にしては意外と若造りな顔立ちだと言う事が分かる。あの髭は、貫禄付けのためのものだったのだろうか?
「まぁ、久々の帰宅だからな。あまり、家族にむさくるしい顔を見せるわけにもいかんさ。特に娘には」
 古代が苦笑する。どうやら、上条の想像とは異なり、ただ単に剃るのが面倒だっただけらしい。
「美雪ちゃん、もう十六でしたか。大きくなっているでしょうなぁ」
 大村が笑う。古代の私室には、常に彼が妻、娘との三人で撮った記念写真が飾ってある事を、大村は知っている。独身の大村には、眩しいほど幸せそうな家族の肖像だった。
 大村の言葉に、古代は照れたように笑い「そうですね」と答える。桜井と上条もつられて笑った時、大気圏突入警報が響いた。一行はシートに座り、やがて船外が大気との摩擦で真っ赤に燃え上がる光景を見ながら、地上へ降りていった。
 
 

【地球:関東メトロポリス宇宙港】

 地球連邦の行政首都、関東メトロポリスはかつて群馬県や栃木県と言われた自治体があった、北関東の一角にある。
 二十二世紀末のガミラスとの戦争で、この地域には三つの遊星爆弾が落下し、地上で爆発した。その爆心地はそれぞれ直径が十キロもある巨大なクレーターと化し、北関東は不毛の荒野になった。
 イスカンダルから持ち帰ったコスモクリーナーDによって放射能が除去された後も、関東地方では東京など南部の再建が優先され、北関東地区は未開発エリアとして長く放置され、ある時は暗黒星団帝国が送り込んできた重核子爆弾が降下して、地球上最大の激戦区となった事もある。
 ディンギル戦後、北関東地区はようやく再開発の対象となった。クレーターは水を張って巨大な湖となり、防衛軍の艦隊や民間船の泊地として利用され、その周囲に科学局、防衛軍司令部などの公的機関が移転。水の豊かな、美しい景観を持つ大都市へと生まれ変わったのである。
〈ゆき〉はそうした湖には降りず、古代運輸のドライ・ドックに降り立った。古代が貨物船を動かすために設立した、自らの会社であるが、普段は無人状態だ。社員のほとんどは古代と共に〈ゆき〉に乗り組んでいる。
 数年ぶりの帰宅を果たすべく解散した乗員と、便乗者である上条が去った後、駐船処置を全て終えた上で、古代は最後に船から降りた。三つのクレーター湖からの、適度な湿気と緑の匂い、土の匂いを含む爽やかな風が、古代の髪を靡かせた。
「地球か……何もかも皆懐かしい、か」
 そう呟いたとき、古代はふとある事に気がついた。ドックの横に、見慣れない大型リムジンが停車している。ボンネットに地球連邦のエンブレムとF.C.S.A(連邦中央科学局)のロゴが描かれているところを見ると……
「久しぶりだな、古代」
「やはり真田さんでしたか。お久しぶりです」
 予想通りの、そして良く見知った人物が現れた事に、古代は顔をほころばせる。真田と堅く握手を交わした後、古代は尋ねた。
「どうしたんです、真田さん。今忙しい時期じゃありませんか?」
 その質問に、真田は半身を開けて古代に車への道を示す事で答えた。
「詳しい事は、これから話すよ。家に戻る前に少し付き合ってくれ」
 古代は頷いた。


【中央科学局情報センター、移民計画本部】

 その悪夢のような光景に、古代は息を呑んだ。
 渦を巻き、時折稲光を放ち荒れ狂う高速プラズマガスの乱雲。その中心部には底知れぬ深淵を思わせる真っ黒な「穴」がある。
 その進路上にある小さな……と言っても、直径千キロを越える準惑星級の天体が、超重力と潮汐力に揺さぶられ、たちまち破砕されて、無数の破片となってプラズマの雲に飲み込まれる。それはさらに素粒子レベルで磨り潰されて、雲の一部へ変わり、やがて、その雲は中心の「穴」に吸い込まれていく。
 その直前の速度は、光速の五十%にも達しており、わずかにその運動量が「穴」から逸れた幸運な一部の物質が、波動砲にも匹敵する威力の相対論的ジェットとなって、渦の中心から飛び出していく。
「話には聞いていたが、これほどとは……!」
 古代が唸るように言うと、映像を再生していた島が振り返った。
「今のは、目標をX線領域で撮影し、画像処理した上で、わかりやすいように経過時間も速めてあります」
 無言でスクリーンを見る古代に、真田が言った。
「初めて観測された、移動性ブラックホール……我々はあれを初めて観測に成功した天文台の名を取って、カスケードブラックホールと呼んでいる」
「カスケード……滝という意味でしたか。確かに、落ちれば決して助からない宇宙の滝壺のような代物ですね」
 古代が応じる。地球を襲う、史上最大の危機……彼が始めて目の当たりにしたその脅威が、歴戦の戦士の心をも震わせていた。
 
 ブラックホールは、かつては超新星爆発の後も、元の星があった位置に留まると考えられていた。しかし、二十一世紀初頭、超新星爆発は均等に爆発の威力が拡散するのではなく、ある程度偏りを持って拡散する可能性がある事がわかった。
 爆発の衝撃に偏りがある場合、ブラックホールもその衝撃によって元の位置から外れ、銀河系内を放浪する移動性ブラックホールになる可能性がある。
 だが、あくまでも「そう言うものがあると言う可能性」が示唆されたと言うだけのレベルであり、実際にそうした移動性ブラックホールが見つかるかどうかはわかっていなかったのだが……
「それが太陽系から僅か0.3光年の位置に発見された時には、全世界がパニックになったよ」
 真田は当時を思い出して言った。
 太陽系の直径は、太陽の重力が他の天体のそれに優越する範囲をそれと定義して、約1.6光年の広がりを持っている。その外周部は「オールトの雲」と呼ばれる、彗星や惑星になれなかった微小天体が無数に漂う空域だ。
 そのオールトの雲の中で、突然強力なX線が放出されるようになり、その頻度が時間と共に増えていった。急遽その放出源がある方向を探査した結果、発見されたのがカスケードブラックホールだった。オールトの雲を構成する小天体が吸い込まれる前に潮汐力で破壊され放出するX線が、ブラックホール接近を示すサインだったのである。
 驚くべきは、それが太陽の三百倍と言う大質量を持っていたこと、そして移動速度が実に光速の約十分の一、秒速二万九千キロにも及んでいた事である。いずれもブラックホールの常識を覆す値だった。
 ブラックホールになる星は太陽質量の三十倍程度からであり、またその全質量がブラックホール化するわけではない。超新星爆発によって質量の大半は星間物質として飛散するため、多くのブラックホールは太陽と同程度から十倍程度の間に収まる質量しか持たない。
 三百倍と言うのは破格の数値であり、その移動速度も桁外れだった。高速度星と呼ばれる、銀河系内を高速で運動している星でさえ、カスケードブラックホールの千分の一程度の速度しか出していないのだ。
 この異常な天体に対し、新たな侵略ではないのか……という危惧が軍を中心に起きたのも当然の事だった。何しろ、かつて太陽系に侵攻してきた白色彗星帝国は、移動性中性子星のような姿をしていたのだから、ブラックホールに身をやつした侵略者がいてもおかしくはない。
 しかし、万が一に備えて一個艦隊を護衛につけた調査船が派遣され、あらゆる角度から調査が行われた結果は、間違いなくブラックホールであり人工物ではない、と言うものだった。だが、それはある意味侵略者と断定されるよりも始末に負えない結論でもあった。
 このカスケードブラックホールは、三年後に地球を直撃する軌道を進んでいることが明らかになったからである。しかも、途中で冥王星、土星を破壊することも判明していた。
 加えて言えば、これほどの質量を持った天体が太陽系を横切ると言う事は、僅か数日であっても、太陽系の全天体に致命的な影響を与える事になる。火星や水星などの小型の惑星は軌道をはずれ、永遠に宇宙の果てに飛んでいってしまう事になるし、それどころか太陽系自体が今まで銀河系内で取っていた軌道を外れ、銀河中心核方向に漂っていくと計算された。この大変動は生き残る惑星にも凄まじい大変動をもたらし、金星などは破砕されて新たな小惑星帯に変わってしまう。
 仮に地球が飲み込まれなくても、この大変動はおそらく地球上に人類の生存を許さないほどの酷烈な影響を与えるだろう。急遽召集された天文学会はそう結論付けた。そして、直ちに人類生存のためあらゆる方策が検討される事となった。
「有力なアイデアとしては、別の天体を地球化改造して移住する、ブラックホールを破壊する、果ては地球そのものを移動させて、ブラックホールをやり過ごそう、と言うものまで存在しました」
 島が言うと、真田がその先を続けた。
「だが、どれも理論的には可能だが、技術的物理的に、今の人類には不可能だと結論された……」
 地球化改造は、どれほど急いでも百年近い作業期間が必要となり、現実的には不可能。ブラックホールの破壊は、例え全地球艦隊の波動砲一斉射撃を持ってしても不可能で、現在の百倍近い艦隊が必要だと計算された。
 地球移動に関しても、例えば地球を取り巻くように波動エンジンを取り付けたリング状構造体を構築し、地球全体をワープフィールドに包んでワープする事は可能だが、そのリング建設には地球化改造ほどではないにしろ、十年単位の時間がかかる。だが、カスケードブラックホールの襲来は三年後なのだ。
「つまり、我々人類が生存するには、地球を離れ、別の新天地へ移民するしかない。そう結論された」
 真田が言うと、古代は首を傾げた。
「それがアマールと言う事ですか、真田さん」
「ああ、地球を中心とする一万五千光年の圏内には、有望な移住先は無かったからな」
 真田が頷く。二人が言うのは、かつて十八年前、太陽の核融合異常増進が起こり、太陽があと三年で超新星爆発を起こすと予測された、いわゆる「太陽クライシス」事件の事である。
 この時、古代は初めて艦長として〈ヤマト〉の指揮を執り、全人類の移住先となりうる惑星を探査する航海に旅立った。真田も技師長兼副艦長として、探査計画全般の指揮監督を担った。
 幸い、太陽の異常は航海途上で救助したシャルバート星のルダ王女から贈られたハイドロコスモジェン砲によって解決できたが、この時判明したのは、地球から一万五千光年の圏内には、人類の移住先に相応しい、第二の地球と呼べる星が無かったという事である。
「アマールは地球から約二万四千光年。移住先は、アマールの月です」
 島がコンソールを操作すると、スクリーンに二つの星が浮かび上がった。地球に酷似した二連惑星系。主星のアマールと、その月で現地語では「アユー」と呼ばれる天体。
「月と言っても、環境は地球に酷似しており、大気は無改造で呼吸可能。人類にとって致命的な病原体の蔓延なども確認されておりません」
 島の言葉に、古代は頷いた。
「うちの船のクルーに、アマールへ行った事のある者がいて、噂には聞いていたが……これがアマール。第二の地球が、できるのか……」
 
 アマールとアユーが巡るサイラム恒星系は、地球から二万四千光年。地球との関わりは、意外に古い。
 太陽クライシスに伴う新惑星探査航海は、地球に銀河中心方面の詳細な海図と、そこで覇を競う国家との接触をもたらした。特に、かつての地球の宿敵だったデスラー総統率いるガルマン・ガミラス帝国は、地球の貴重な同盟国として交流が深い。
 2203年、そのガルマン・ガミラスと敵対関係にあったボラー連邦の二つの超大国は、異次元から出現した銀河と天の川銀河の交差と言う異変により、一時は国家の存続すら危ういほどの大災害を被った。太陽クライシス時に死亡したベムラーゼ首相の後任者が穏健派だった事もあり、両国はもう一つの大国、ゼニー合衆国の仲介によって和平条約を締結し、それぞれ国の再建に尽くす事となった。
 この和平により、銀河中心方面の国際貿易が活発化したことで、地球も銀河中心方面に交易船をしばしば派遣する事になったが、そのうちの一船団がアマールと接触したのである。
 アマール人はほとんど地球人と同じ、と言うくらい生物的に近い存在で、おそらくアクエリアスから生命の芽を分け与えられた星の一つであろうと考えられた。そんな事もあって、両国は互いに親近感を抱き、最初から友好的な接触が図られる事となったのである。以来十有余年。二万四千光年と言う距離の隔たりから、接触は年一回程度に過ぎなかったが、地球とアマールは友好国として歩んできたのだった。
「アユーへの移住は、アマールのイリヤ女王陛下のご好意により、実現しました。アマール人は宗教上の問題でアユーには住む事はないが、地球人ならば問題ないだろうと」
 島が説明する。アマールとアユーはほぼ同じ大きさの連星で、潮汐力により互いの自転と公転の速度が一致し、お互いに常に同じ面を向けて共通重心を巡る軌道を描いている。ちょうど、月が常に同じ面を地球に向けているのと同じ効果が、この星系では両方の星に発生しているのだ。
 そのため、アマールでは常にアユーは天上の一点にあって動かず、アマールを見下ろしている。そんな環境で進化し、文明を発達させてきたアマール人は、アユーを空にあってアマールを映し出す鏡と考え、聖なる存在として崇めてきた。その徹底振りは、アマール人が宇宙に進出した後も、ごく短期間だけ調査員を滞在させたのみで、まったく移住対象とはしなかったほどである。
「アマール……というかアユーは、現在最終的な全人類の受け入れ先になっています。これまでに地球を離れた五十億人以上は、ガルマン・ガミラスやボラーの好意で領内への一時滞在が認められていますが、アユーの受け入れ準備が整い次第、そちらへ向かう事になっております。その、インフラ整備などの人材を乗せていたのが……」
「攻撃を受けた第一次船団ということか」
 島の言葉に古代が頷くと、真田は移民船の画像をスクリーンに表示させた。
「アマールへの移民船団、アマール・エクスプレス専用の超大型移民船だ。本当は全人類を乗せるだけの数を確保したかったが、三年間地球の造船力をフル回転させても、一万二千隻……十二億人分しか建造できなかった。後の人類は保有する商船や軍用輸送艦をフル回転させて、一時滞在地に送るしかなかったよ」
 現在、人類の一時滞在地は太陽系の近隣にあるアルファ・ケンタウリ星系、バーナード星系の諸惑星の他、友好関係にある国の辺境地域にある星系の惑星に点在しているが、これらの星々の環境は、必ずしも地球人向けではなく、恒久的移住地としては不適とされている。
「ですから、アマールへの移民は絶対に失敗するわけには行かないのです。これが成し遂げられなければ、人類は故郷を失い、銀河を放浪する難民に成り果てるしかありません」
 島が拳を握り締めて言う。
「状況は把握しました。しかし、これを聞かせるためだけに俺を呼んだわけではないんでしょう、真田さん?」
 古代が言うと、真田は頷き、手で出口の方を示した。
「ああ。ちょっと場所を変えて話そう。ここでは聞かれたくないのでね」
 古代は頷き、真田の後について部屋を出た。案内されたのは、科学局のベランダ部分だった。ちょうど三つのクレーター湖を見下ろす、眺望のいい場所だった。時間は既に夕暮れ時になっており、山の向こうに沈む夕日が、湖面を赤と金に染めている。
 地球を離れ、五年以上宇宙を旅してきた古代にとって、それは忘れかけていた故郷――地球との紐帯を思い出させてくれる、美しい光景だった。だが、この光景は三ヵ月後には……
「無くなるのか。地球が。俺が……俺たちが、〈ヤマト〉が守り抜いて来た、この地球が」
 搾り出すように言う古代に、真田が言う。
「ああ。何度計算しても結果は変わらなかった。地球は消える。跡形も無く……」
 冷静なようでいて、激情をはらむ真田の言葉。二人はしばらく無言で夕暮れの湖面を見下ろしていた。その一角に夜の藍色が混じり始めたその時、真田はようやく言葉の先を続けた。
「だが、人類は生き残らねばならん。例え、夜の闇より深い苦難が待ち受けていようとも。古代」
「はい」
 古代は真田と向き合った。
「お前に、第三次移民船団護衛艦隊司令の任に就いてほしい」
「……え?」
 思いもかけぬ言葉に、古代は戸惑った。それを無視して真田は続ける。
「今人類を救えるのは、お前しかいない」
 それを聞いて、古代は苦笑と共に、再び湖面を見た。
「買い被りですよ、真田さん……俺は、地球を捨てて何年も宇宙を彷徨っていたような男ですよ。あの頃とは……違います」
 まだ若かった頃。自分の信念と正義を、疑うことなく信じていられた頃。情熱のままに、どんな向こう見ずな事でもやれた頃。そうした若さは、長年の宇宙暮らしの間に擦り切れてしまった。だが、真田はその古代の自嘲に答えた。
「だが、雪はお前ならこうすると信じて、第一次移民船団に乗ったぞ」
 その言葉の意味が古代の脳に浸透するまで、しばしの時間があった。古代は微かに震えながら、オフィサー・コートのポケットから、雪の手紙を取り出す。
「また海に出るとは、そういう事だったのか……? 真田さん、雪は……!」
 問いかける古代に、真田は頷いた。
「もしあの人が地球にいれば、きっとそうしたに違いないと言って……第一次移民船団の団長職と、護衛艦隊の一個戦隊司令の役を引き受けてくれたんだ……消息は分かっていない。すまない」
 古代は首を横に振りながら、手紙を折りたたみ、ポケットにしまった。
「真田さんを責める気はありません。雪が自分で決めた事です。それより、娘は……美雪は、この事を知っているんですか?」
 母親が遠い宇宙で行方不明になった、と言う残酷な事実を。真田は頷いた。
「隠し通せるものじゃない。佐渡先生を通じて、美雪ちゃんに伝わるよう手配はした」
 古代は既に完全に夜の帳に包まれつつある湖の方を一度見て、それから真田に言った。
「さっきの件、少し考えさせてください。今日は一度家に帰ります」
「……そうだな。そうした方がいいだろう」
 古代は頭を下げ、科学局を辞した。遠ざかっていく車のライトを見ながら、真田は呟いた。
「私も信じているぞ、古代……!」

続く
戻る