『ジリリリリリリリリリン・パシ』
「うーん。もう朝か…」
私は枕元にあった目覚し時計を手に取り、もぞもぞと布団から起きあがった。
時計の針は0600を示しており、普段通りの時間に目が醒めたことに私は苦笑していた。
それでも、休みだからと言って二度寝する気にはならなかったので、私は寝巻き代わりのTシャツと短パン姿で窓のカーテンを開き、窓から差し込まれる朝日を浴びて思いっきり背伸びをしていた。
空を見ると雲もない快晴であった。そして、私は顔を洗いに洗面所に向かう途中で勇希と出会った。
「おはよう。直子。今日良い天気だね。それと夕べはありがとう。着替えさせてくれたの直子でしょ」
「まあね。でも、勇希を運んだのは疾風だよ」
「そっか。今日こそ、あたし疾風に告白するわよ。例え玉砕することになっても、何もしないで後悔するよりかずっとましだしね」
勇希の決意を見た私は、少し羨ましく感じたが、気を取りなおしてこう言った。
「そう、勇希がそう決めたなら私がとやかく言うことじゃあないね。勇希しっかりやりなさい。例え玉砕しても骨は拾ってあげるから」
「直子。それ励ましているの」
「もちろんよ」
「そう、ありがとう。直子の世話にならないことを祈るわ…」
勇希はそう言って台所の方へと消えていった。その様子を一部始終見ていた私はすぐさま我に帰り本来の目的を果たすことにした。
そして、それから15分後…。
私が台所に行くと勇希がいつも通りの朝食の支度をしていた。
「何時も悪いね。勇希にばかり押し付けてさ」
私がそう言うと勇希は笑って答えていた。
「ん。別に良いわよ。直子って朝は余り強くないからね。まあ、人それぞれだから別にかまわないわよ」
「私になにか手伝えることないかな勇希」
「ん。だったら、其処のお皿並べてくれる」
「了解」
そしてそれから3分後。私たちは食卓についた。そして、黙々と食事をしていた。
まあ、これから空を飛ぶのだ、少しでも腹に入れておいておかないといろいろと危ないのである。
そして、食事が終わった私はULPの飛行前点検を行なうべく、ツナギ姿で格納庫にいた。
「おまたせ直子。あたしもやるわよ」
ふと、後ろから声がしたので振りかえってみると其処にはツナギにフライトジャケット、ヘッドギア、ゴーグルを片手に持った勇希が居た。
私は、勇希に点検をやらせてみることにした。勇希は私が点検を行なうのと遜色が無いくらい手際良く点検を行なっていた。
点検が終わったことを勇希から告げられた私は、勇希と二人でULPを格納庫の外に運び出したのであった。
「これで、エンジンさえかければ何時でも飛べるわよ。勇希しっかりやりなさい。落ち着いてやればできる。
しっかりやりなさい」
私は、震える勇希を落ち着かせるべく彼女の肩を叩いた。それによって勇希は落ち着きを取り戻し、瞳に強気の光が宿っていた。
そして、私はふと格納庫に掛かっている時計を見ると既に10時を回っていた。
それから約10分後…。
「いよう。約束通りにきたぜ」
「始めてだわ、こんなに興奮するなんて。子供の頃のドキドキがまだのこっていたなんて驚きだわ…」
「あ、治子さんに疾風来たわね。こっちは何時でもOKよ。それで、順番をどっちにするかですね…」
私がどちらを先にするか迷っていると、疾風と治子さんがじゃんけんをしていた。
私がふと、見ると悔しそうな表情をした治子さんと逆に喜びを表に表している疾風を見て、勝負がどのように決着したのか、私には容易に想像がついた。
「じゃあ、俺が先に乗らせてもらいますよ。治子さん勝負なんですから恨みっこなしですぜ」
「判っているわよ。あ〜あ。私ってばここ一番のくじ運が悪いわね〜。何かに祟られているのかな」
そんな治子さんのぼやきを聞きながら私は疾風を格納庫の一角に案内した。
「えーと疾風、これを着て」
「ああ、ありがとうな。所で勇希の姿が見えないが、もしかしてパイロットって勇希か…」
「あらら。ばれちゃあしょうがないわね。そうだよ。パイロットは勇希だよ。心配しなくても大丈夫よ。
ちゃんと免許は持っているんだから心配しないでどーんと構えていなさいよ」
私はそう言うと疾風の背中を叩いていた。すると疾風は何かを悟ったような表情をして私に言ってきた。
「そうか。それじゃあ楽しみにしているぜ。おっと、直子。着替えるから一寸、出てくれないか」
「ん。判った。じゃあ、準備できたら呼んでね」
私はそう言って、衝立のカーテンを閉めてしばらく待つことにした。
そしてそれから3分も経たないうちにカーテンが開いて疾風が出てきた。
その姿をみて私は思わず見惚れていた。
「なかなか。凛々しい姿じゃあない。飛行服姿も似合うわよ」
「そうか。まあ、なんだな直子の親父サンって結構大柄な人だったんだな。ブカブカだぜ」
「そうなの。それじゃあ、ついてきて」
「お、おうよ」
私はそう言うと、すぐさまULPの元に疾風を案内してやった。
既に勇希は飛行前点検を済ませ、ULPの前席に座って舵面のチェックを行なっていた。
それを見た疾風は何かを言いかけたが、思いなおし無言でステップに足を掛けて後部座席に潜り込んでいた。
私は疾風の座席ベルトを締めるのを手伝い、しっかり固定されていることを確認した後、勇希にエンジン始動OKのサインを送った。
そして、ULPのエンジンが動き、プロペラが回転したことを確認した私は、車輪止めを勇希に見せて滑走路へと誘導した。
その後すぐに格納庫にの隅にある無線機へと駆け足で向かった。
一方ULPでは…。
車輪止めが外されたことを確認したあたしは、スロットルを少し開き、ブレーキを解除し、ゆっくりと滑走路へとタキシングを開始し、滑走路手前で一時停止を行ない、吹流しを見て風を確認すると、すぐにスロットルを全開にして離陸滑走を始めた。そして機体が浮き上がる感覚を感じたところで操縦桿を引き離陸した。
そして、そのまま機を上昇限度高度である150Mまで上昇した所で水平飛行に入った段階で、あたしは無線機のスイッチを入れて直子と連絡を取ることにした。
「直子、こちら勇希。聞こえる」
「ええ、良く聞こえるよ。ところで、勇希。エンジンの調子はどう?」
「油圧、油温、吸気圧ともに正常。しばらく遊覧飛行をするわ」
「ん。じゃあくれぐれも注意してね。それから、無事に戻ってくるのよ」
あたしは交信が終わると後ろを振り返ってみた。すると疾風は驚いているように見えた。
それを見たあたしは無言で機を緩やかに旋回していた。そしてふと空を見上げると其処に天使の姿が一瞬であるがみえた。
あたしは咄嗟に、ゴーグルを上げて再び空を見上げて見てもその姿は無く、あたしは不思議に思いながらも
今は飛行に集中することを心がけたのであった。
そして30分ほど、飛行場の周りで遊覧飛行を行なったあと、あたしは着陸体制に移り、無事に機を滑走路に着陸させた。
そして、機を格納庫まで滑走した後、エンジンを停止させて完全に全工程が終了したことを確認してから、ULPから降りた
私は開放感からゴーグルと飛行帽を脱いだ。そして、そのとき既にULPから降りていた疾風は、その姿をみて感嘆の声を上げていた。
「勇希か。それにしても、随分と大胆なことをやるな…」
「疾風、貴方を驚かそうとおもって考えたことよ。疾風がどう思っているか判らないけれど、あたしは疾風。貴方のことが好きよ」
あたしは疾風に思いの丈を思いきりぶつけていた。
そう、彼がどう返事をしようとも後悔はしないとあたしは決めていた。
「参ったね…まさかお前から言われるとはな。ああ。俺は勇希のことを前々から好意に思っていたのだが、確信が湧かなかったが今なら言えるぜ。勇希。俺は勇希。お前のことが好きだ。それが証拠に…」
「は。疾風うれし…ムグ」
あたしは疾風に抱きしめられそして情熱的な口付けを交わしていた。
一方、傍で見ていた私と治子さんは…。
「いやはや、白昼堂々と見せ付けてくれる。まあ、恋のキューピットも楽じゃあないよ。それにしても疾風の奴がああ言う行動を取るとは思いもしなかったよ。それだけ情熱的に好意をもっていたのでしょうね…」
「お疲れサン。それにしても、勇希ちゃんも大胆ね。まさに恋は盲目とはよく言ったものね」
「そうですね。所で、話は変わりますが治子さんが、次にULPに乗る番ですが勇希がああ言う状態なので、危ないですから私が操縦しますね」
「そう。まあ見たところ操縦の腕は勇希ちゃんよりも良さそうだし、お相手をお願いしようかしら」
「そうですか。ではこれを着てください」
私は治子さんに、飛行服一式を渡すとすぐさまULPの燃料補給、エンジン、舵面のチェックを行なっていた。
そして、全てのチェックが終わる頃、飛行服に身を包んだ治子さんがやって来た。
「お待たせ。まるであつらえたようにぴったりだったわね。一体誰の服なの」
「それ、勇希のです。さて、こっちは何時でもOKですよ」
「それじゃあ、お願いね直子ちゃん」
「はい。喜んで…。それじゃあ景色が良く見える前席へどうぞ。後席でも操縦出来ますから」
「悪いわね。えーと、これどうやって締めれば良いのかな…」
「ああ、このバックルに嵌めれば良いですよ。あと、このヘッドフォンを付けてください。
今は無理ですがエンジンを始動して、スイッチを入れれば後席の私と会話が出来ます」
私はそう言って治子さんの座席ベルトの固定を手伝った。
そしてベルトがしっかり固定されている事を確認した私は後席に潜り込み、ベルトを締め、ヘッドフォンを掛け、バッテリーの電圧を確認後、スターターボタンを押してエンジンを始動させた。
『クキュキュキュ。バルルン、バラララララララ』
私は計器を見てエンジンに異常が無いことを確認した後、機を滑走路端までゆっくりと移動し、吹流しを見て風向き風力ともに問題が無いことを確認して、スロットルを全開の位置にし滑走を開始した。
速度計の針が時速40kmを越えたところで素早く操縦桿を引いて機を上昇させ、法定限度高度150Mまで一気に上昇した私は機を水平に保ちながら回りの風景を見ていた。
そして私はふと上空を仰ぎ見ると、天使の姿が一瞬現れていた。
「しずく。なのね…。そう、私達のことを空から見守っていてくれるわけ。でも、今はまだ夢を果たしたわけじゃあないわ。今はまだ夢に向かっての第一歩を踏み出したばかりよ。だからしずく、何時かきっと私の夢を叶えて見せるわね。来てくれてありがとう…」
私はそう言うと天使は微笑んで消えていった。
ふと、気がついて見ると、機内通話装置のスイッチが入っていた事に気がついて、私は大いに驚いた。
そして、レシーバーから治子さんの声が入っていた。
「綺麗な人だったね。私にも見えたわ。きっとあの娘は貴方達二人のことを見守ってくれるのでしょうね。
所で、話は変わるけれど、直子ちゃん、私の為に気を使って飛んでいるみたいだけど、私は大丈夫だから貴方の好きなように飛べば良いわよ」
「そうですか、じゃあ一寸、曲芸飛行を行ないますね。Gが来るので、歯をかみ締めていてください」
私はそう言うや否や操縦桿を右に倒したまま機をロールさせた後に、スプリットS、インメルマルターン、シザーズ、バレルロール、ロウヨーヨー、アップアンドアンダー等のアクロバット飛行をしていた。
そして、一通り挙動を終えたあと、機を水平に戻すとヘッドフォンから声が聞こえていた。
「うーん。良いわね〜。生のアクロバットGを体感するなんて滅多に無いことを経験できたよ。
貴重な体験をありがとう。もう少し空の風景を見ていたいものね」
治子さんの嬉しそうな声がヘッドフォンから流れるのを聞いて思わす私も笑っていた。
そして、ふと燃料計を見ると、残り残量が5分の1を切っている事を確認した私は申し訳無いように
機内通話のマイクを取った。
「治子さん。飛びたいのは山々ですが、燃料が残り少ないので戻ります」
私はそう言って、機を着陸コースに乗せた。
そしてそれから5分後…。私は無事に機を着陸させて、格納庫前で機体を停止させ、エンジンを止めて座席のベルトを外して飛行行程を終えた。
そして、私は機を降りて前席を見るとベルトを外そうと四苦八苦している治子さんの姿を見て、私は治子さんのベルトを外してあげた。そして機体から降りた治子さんは私に礼を言った。
「直子ちゃんありがとう。私も飛行機は乗ったこと有ったけれどこんなに開放された上空からの風景は始めてだったよ。貴重な経験をありがとう楽しかったわ」
治子さんから感謝の言葉を聞いた私は冷静に返事をしていた。
「そうですか。楽しんでくれて良かったです。それじゃあ私は、機を格納庫に収めるので治子さんは着替えていてください」
私はそう言ってULPの胴体を持って、格納庫にULPの格納作業を始めようとしたところで、治子さんに話し掛けられていた。
「まって、私も手伝うよ。一人でやるより二人の方が早く済むでしょ」
「そうですか。それじゃあ、私が機首の方を持つので治子さんは尾翼側のところをお願いします。それじゃ行きますよ」
「了解」
そして、それから15分後…。
「チョーク良し、燃料、バッテリーもOKっと。これで格納作業は終わったね。ありがとう治子さん助かりましたよ。とにかく着替えてから母屋のほうで一服してからこれからのことを考えましょう」
私はそう言って更衣室代わりに使っている格納庫内の衝立の中に入り、装備を元の場所に片付けていた。
治子さんも遅れて入って飛行服を脱いでいた。
「直子ちゃんこのジャケット暖かくて気に入ったわ。ねえ、このジャケット何処に行けば売っているのか知らない?」
「ん。ジャケットですか。結構、判りにくいところにありますから、治子さん一人で行ったとしても判らないと思います。
もし、治子さんさえ良ければ私がその店に案内しますよ」
私は治子さんの問いに笑顔で答えていた。
その答えを聞いた治子さんはいそいそと着替えていた。私はそれを見てジャケットやゴーグルなどの装備を元の場所に片付け、私も着替えていた。
そして5分後…
着替えを終えた私達二人は母屋の居間でコーヒーを飲みながら小休止していた。
「どうぞ。えーとこの前と同じく砂糖とミルクはいらなくて良かったですね」
「ありがとう。いらないわよ。あれ、所で勇希ちゃんと疾風君の二人は何処にいったのかしらね」
「まあ、二人の靴がありましたから、多分家の何処かにいるのでしょうね。一寸見てきますからここで待っていて下さい」
私はそう言って勇希の部屋に入ろうとしたが其処から、艶めかしい声を聞いた私は、部屋で何が起こっているのかを悟り無言で引き返していた。
「あれ、直子ちゃん顔真っ赤よ…」
「あ、ああ。治子さんでしたか。私にとってはかなり刺激の強いものを聞いてしまったものですから…。まあ、二人とも今までの思いを込めた逢瀬をしているとしか言えないですね…」
私は苦笑しつつ治子さんの問いかけに答えていた。
そして、私は勇希が見る可能性は低いであろうが、書き置きを残し、私と治子さんは家を出ていた。
「ねえ。治子さん。もしかして昨日の夜、疾風に何か吹き込みましたか。そりゃ。私も勇希に気合を持てと、言ったけれど。あの奥手な疾風がものすごく大胆な行動に出るとはね…」
私は町に向かって歩いている道すがら治子さんにカマを掛けてみた。
「あらら、バレちゃったね。そうね。まあ私も、疾風に『男ならば一気に告白しちゃって、そして押し倒すくらいの気合を見せなさい』って吹き込んだけれど。まさか本当にそうするとは思っても居なかったわね」
そう言って治子さんは、驚きを隠せない表情で答えていたのを見て、私はあっけに取られた返事をしていた。
「そうですか。やっぱり治子さんが焚きつけていましたか。勇希に彼氏か…。まあ、疾風なら大丈夫だろうな。勇希とタメはって遣り合える奴なんか疾風位しか居ませんから。それにもし、疾風が勇希をなかすようならばこの私がボコるよ」
「ふふ。直子ちゃんのその口ぶりだとまるで、妹を心配する姉貴のようね」
「まあ、誕生日も私のほうが早いですしね。勇希は表面は気丈そうに見えますが、内面は大分参っていますよ。まあ、これがキッカケで立ち直ると良いですがね」
「え、それじゃあ直子ちゃんと勇希ちゃんって姉妹じゃあなかった訳」
治子さんは私の言葉を聞いて驚愕の表情をしていた。
「ええ。私の父と勇希の父が兄弟でして、私と勇希は従姉妹の関係ですね。もっとも私の方は母は私が物心つく前に死にました。それに父も私が小学生の頃に行方不明になってからは勇希の両親に引き取られましたが、その両親も去年事故で…」
「ごめんなさい。貴方達の古傷に触れるようなことを言ってしまったようね」
「いえ、すくなくても私はもう、両親がいないという事実を受け入れていますから大丈夫ですが…」
「わかったわ。もうこの話はやめるわね」
「そうですね」
私達は無言で街へと歩いていたのであった。そして20分ほど歩いた頃、商店街についた私達は治子さんを案内していた。
「えーとここが、治子さんが飛んでいた時に着用していたジャケットを売っている店です」
「随分、小さい店ね。大丈夫なのかしら」
「店は小さいですが、モノは良いものが揃っていますし、安いですよ」
そう言って私は治子さんの手を握ってその店に入っていた。
そう、その後、あんな事になろうとは、そのときの私にはわからなかった。