「えーとフロートはOK,ニードルジェットもOKか、あとメインジェットはカーボンが詰まっているな。
あとバルブクリアランスOK、あらら、プラグは全滅かこれは交換しなきゃ駄目ね。
後、吸気系はカーボンで真っ黒かこれは洗い油で洗わないと駄目だね。確かポリ缶の中にまだ灯油が残っていたはず…」
私は停学中の期間を利用し、自宅の格納庫に納められてあるULPのエンジンの分解整備をしていた。
父が残した工具も数年前はもてあましていたが、今ではすっかり私の手に馴染み、問題無く手の延長上として使いこなせるまでになった。
「直子。調子はどう」
後ろから声が聞こえたので、振り返ってみると其処にはツナギ姿の勇希が居た。
「あ、勇希。どうやら修理の目処がついたよ。いやはや、それにしても5日間、バイト以外、篭りっきりで修理していた甲斐があったよ」
私は振り返り、傍らにあったウェスで手についた油をふき取りながら勇希に答えていた。
「そう、良かった〜。所で直子。何か手伝える事あるかな」
「それじゃあ、早速で悪いけれど、ポリ缶に入っている洗浄用の灯油を其処のバットに入れてくれる。
それと、ワイヤーブラシとエアスプレーを用意して欲しい。それが終わったら其処のエアフィルターの掃除を頼むわね」
「判った」
そう言って勇希は頼まれた仕事をしたことを確認し、私は分解したエンジンパーツの洗浄作業を、勇希はエアフィルター内の掃除を行なっていたのであった。
「勇希。そっちはどう、終わったら、持っているエアスプレーこっちに貸して」
「ん。もうすぐ終わるわ、まあトラックに比べれば、こんなエアフィルタはすぐに掃除がすむけれどね。はい終わったわよ」
「ん、ありがとう」
私はエアスプレーを受け取り、分解したキャブレターのパーツをエアで掃除していた。
それから4時間後、私達はオーバーホールを終えたエンジンを再びULPに載せる作業を行なっていた。
「勇希、24ミリのメガネを取ってくれる」
「判ったわ。はい24のメガネ。あと、トルクレンチも要るでしょ」
「ありがとう。これが終わったらエンジンオイルと燃料を入れて、試運転をして異常無く動けば、明日、飛ぶわよ」
「そう、久々に飛ぶのね。ねえ、直子。あたしにULPを操縦させてくれないかな」
その勇希の一言に私は驚きを隠せなかった。
「え!勇希。操縦技能免許が無きゃ操縦できないわよ。もしかして、ULPの操縦技能免許取ったの?」
「もちろん取ったわよ。まあ、教えなかったのは直子を驚かせてあげようと思ったけれど、見事に驚いたわね。はい、これが技能証明書。正真証明の本物だよ」
私は勇希から受け取った技能書を見て絶句していた。私が持っているライセンスと同じ物が其処にあったからである。
そして、私は、あることを思いついた。まあ、恋のキューピットになってやろうと言う訳である。
「ん〜。じゃあ疾風も、明日呼ばなきゃ駄目ね。折角の勇希の晴れ姿だ。あいつにも見せてやらないと拗ねるね。きっと」
私がそう言うと勇希は大いに驚いた表情をしていた。
「え!、疾風も呼ぶの。直子、もしかしてあたしの為に御膳立てしてくれるわけ。でも、良いの久しぶりの飛行なのに、あたしに譲ってしまって」
「勇希が言ってきたんじゃあない。別にかまわないよ。勇希、明日は貴方が主役よ。しっかりやって疾風のハートをがっちりゲットしなさい!」
そんな会話をしつつ、私達は無事にULPにエンジンを載せる作業を終え、プロペラを取りつけて、燃料とオイルの給油を行ない、エンジンの試運転をすることにした。
「さてと、これでエンジンがかかる筈だ。勇希危ないからプロペラから離れて」
「判ったわ」
勇希がプロペラの周りから離れた事を確認した私は、ULPのコックピットに潜り込み、祈るようにエンジンスターターのボタンを押した。
『クキュキュキュキュキュ。バルルルル』
セルモータが数秒間うなりを上げた後、エンジンが軽い排気音を上げて動き出しプロペラもそれに同調するように回転していたのであった。
「い、やったああああ〜。エンジンかかった〜。勇希、明日飛べるわよ!」
私はULPのコックピットで歓喜の雄たけびを上げて思わず立ちあがってガッツポーズをしていた。
その喜びをかみ締める間もなく、入り口の方から声が聞こえてきた。
「こんにちは〜。ごめんください〜。」
「あれ〜。おっかしいな。きっと二人は、ここに居るはずなんですが。おーい直子〜。勇希〜。二人とも居るか〜。二人にお客さんだぜ〜」
エンジンが動いた事に感動していた私はその声に我に帰って入り口の方を覗いてみて大いに驚いた。
其処には一組の男女が立っており、そしてその二人は私達が良く知っている人物であったからだ。
「ん。あー。治子さんに疾風…もしかして今の見ていた」
私が恐る恐る聞くと疾風は無言で大きく肯いたのを見た私は手を顔に当てて天を仰いだ。
そして、気を取りなおした私は即座にエンジンを止め、コックピットから下りて疾風に聞こうとした。
が、その前に勇希が疾風達と会話をしていた。
「治子さん。いらっしゃい。でも、なぜ疾風が治子さんと一緒に居るの?事の次第によっては疾風と言えども許さないわよ」
「ま、まて。早まるな勇希。彼女が困っていたから案内してやっただけだ。それに回りは真っ暗だ。女の子の一人歩きは何かと物騒だからな」
「あ、そうなの。ほらほら。直子もこっちに来なさい」
勇希の声を聞くまでも無く私は既に機体から下りて3人のところに向かっていた。
「あ、疾風。それに治子さんまで。ようこそいらっしゃい。ごめんなさいね。今、ULPの整備していたから汚いけれど其処の椅子に座ってください」
私は二人に格納庫に有るパイプ椅子を指差して座るように勧めた。
そして二人が座ったのを見て私と勇希もオイル缶の上に腰を下ろしたのであった。
「二人ともこんにちは。勇希ちゃん約束通りに来たわよ。へー。これが、貴方が言っていた飛行機ね。
へ〜。それにしても古そうな飛行機ね。私始めてみるわね。もしかしてあれをレストアして再び空に飛ばそうと言う訳」
そう言って治子さんはULPの隣にある複葉機を見て質問していた。
「そうです。私達この複葉機を飛ばすことが夢なんです。その為に今がむしゃらに突き進んでいるところですね。
あ、所で話は変わりますが、治子さん明日は仕事ありませんか、もしよろしければ、明日、私達と一緒に飛びませんか?
疾風も一緒にどう?。いや、疾風にはなんとしても来て欲しいわね」
勇希は二人にこう問いかけていた。そして二人の答えは次の通りであった。
「ええ、良いわよ。明日は仕事も休みだから貴方方に付き合っても良いわよ」
「俺も問題なしだ。どうせ、後一週間は暇だからな。それに、俺も一度、直子の操縦する飛行機から見た風景を見てみたいしな」
二人の答えに勇希は思わず疾風に飛びついていた。よほど嬉しかったのだろう。
私と治子さんは暖かい視線で二人のことを見ていたのであったが、治子さんが私に聞いてきた。
「ねえ、ねえ。直子ちゃんもしかして、勇希ちゃんって疾風君のことが好きなの」
「まあ、そうなりますね。まあ、疾風の奴もそうなのかどうか判りませんが、すくなくとも勇希は疾風の事を好いていますね。
まあ、疾風なら勇希のことを任せても良いかなって思っていますね」
「ふーん。なるほどね〜。直子ちゃんの話を聞くと、まるで妹を思う兄貴っていう感じね」
「まあ、勇希は実の妹ではないけれど、妹みたいなものですから。
まあ、姉としては妹の幸せを願ってやりたいですね。所で治子さん、今何時ですか」
「え、今18時を回ったところかしらね」
「そうですか、そうなると、そろそろ夕食の支度をしないと駄目ね。
勇希。そろそろ食事の支度をするわよ〜」
私はそう言って陶酔していた勇希を引きつれて母屋の方に二人を案内した。そして居間で私は二人に質問していた。
「あ、所で治子さん、疾風も晩御飯ここで食べて行きます」
「ああ、俺は食うぜ。勇希の飯はうまいからな。もちろん直子の飯もおいしいからな」と疾風。
「私も頂くわ。勇希ちゃんとの約束ですし、それにこんな機会なんてめったにないからね」
「判ったわ、では着替えてから食事の支度をするので、其処で少し待っていてください。勇希行くよ」
そう言って私と勇希は油まみれのツナギから着替えるべく、脱衣所に消えていったのである。
そして、一時間後…
「治子さーん。疾風〜。ご飯出来たからこっちに来て〜」
勇希が台所から声を張り上げて二人を呼んでいた。
私は、コンロの前で中華鍋を振っていた。
そして二人は驚いていたが、すぐさま我に返ったのは疾風であった。
「な、なあ。勇希。もしかして俺達をもてなそうと思って作ったのか。これだけの数をそれもこの短時間にか」
「凄いわ…。貴方を正式に迎え入れたくなったわね」
「そうよ疾風。まあ、前もって下拵えをあらかたやっていたからなんだけどね」
「おーい勇希〜。回鍋肉。上がったから皿出して〜」
「はいはい。これで全部ね。直子」
「そうだよ。それじゃあ冷めない内に食べよう。腹へって死にそうだよ。治子さんもそうでしょ」
「ええ、そうね。実は昼から何にも食べていないからお腹ぺこぺこ」
「そうですか。それでは多めに作ってしまいましたから一杯食べてください」
私がそう言って治子さんたちを席に座らせていたのであった。
そして、皆が席に座ったことを確認するや勇希が音頭を取った。
「えーと。それでは頂きます」
「「「頂きます」」」
私達は勇希の音頭が終わると同時にそれぞれ食事に手をつけた。
そして、治子さん、疾風が大いに感動の雄たけびを上げていた。
「お、おいしい。本当においしい」治子。
「う、うめえ。なあ、この味付け勇希がやったのか。マジにうめえぞ」
疾風が私達に向けて感動の言葉を上げていた。
その光景を見て私は心の中で思いっきり手応えを感じていたのであった。
「ん、今日の味付けは直子がやったわ。あたしは下拵えをしただけよ」
勇希がこともなげに爆弾発言をしたものだから二人はさらに驚いていた。
「うーん。勇希のおかずもおいしかったけれど、直子の作る飯もなかなかうまいな。なんか迷うな」
と疾風が冗談半分に言っていた。
「本当においしいわね。ねえ、直子ちゃん。今度、私にも料理のこつ教えて欲しいわね」
「ええ、今週中は学校も無いですから、治子さんの都合の良い日で良ければかまいませんよ」
私は治子さんの質問に答えていたのであった。
そして、楽しい食事の時間が終わり、勇希達は居間でくつろいでおり、私は台所で夕食の後片付けをしていた。
「へえ〜。疾風君って桜花ちゃんのお兄さんなのね」
「ええ、そうです。所で、治子さんでしたね。どうです桜花の奴、失敗しないで仕事をしていますか」
「ええ、桜花ちゃんならちゃんと仕事をこなしているから、心配しなくても良いわよ。
ところで、疾風君も直子ちゃん達と同じ学年なら今年受験だけれど、大学へ進学?それとも就職?」
「え、俺も勇希たちと同じ道に進もうと思っていますね。
まあ、夢に共感したというか、俺も空に憧れを持っているのでね。もっとも、
直子達のように直接飛ぶことはないかもしれないけれど、それでも飛行機に関わる仕事に就きたいとは思いますね」
「そうなの、まあ私も貴方ぐらいの頃はいろいろと悩んだり、落ち込んだりもしたわね。まあ、そうやって人は成長していくものよ」
「なるほど。何と言うか治子さんの言葉ってとっても身に染み入ります。
非常に参考になりました。ん。あれ、どうやら勇希の奴、寝ちまったみたいだな。
しょうがないなこの場所で寝たら風邪を引いちまうから、ベットに運んでやるか。おーい直子〜。勇希の部屋は何処だ〜」
疾風と治子さんが、意気投合して楽しく会話している中で勇希はいつのまにか夢の世界の住人になっていた。
そして、疾風に呼ばれた私はエプロンを就けたままで疾風達の元にやってきた。
「ねえ直子ちゃん。ここは私がやっておきますから、貴方は勇希ちゃんのことお願いね」
治子さんの提案に私は素直に肯いて、来ていたエプロンを治子さんに渡してこう言った。
「そうですか。それじゃあ、お願いします。私、勇希を寝かせてきますから。それまでお願いしますね」
私は治子さんに変わってもらうことにし、勇希を負ぶさった疾風と共に勇希の部屋へと案内していた。
「いやはやそれにしても勇希の奴、意外と軽いな。やっぱりああ見えても女の子なんだな」
「そりゃそうよ。それよりも疾風、この前は助けてくれてありがとう。遅くなっちゃったけれど礼を言わせてもらうわ」
「別にかまわないぜ。それにしても改めて見ると二人とも似ているな」
「まあ、半分血のつながりのある姉妹だから似ているのも当然よ。明日、晴れる事を祈るよ」
「そうだな。折角の飛行だからな。頼むぜパイロット」
「そうね。でも疾風。明日、私は裏方に徹するつもりだから、多分貴方を乗せては飛ばないと思う。
その代わり貴方のことを心底惚れている娘が操縦するわ」
「なんだと。俺を乗せてくれる約束だろ。って、代わりの人が飛ぶのか一体そいつは誰だ」
「それは明日までの秘密。さてついたわね。疾風。
勇希をベットに下ろしてくれるだけで良いわよ。後は私がやっておくから」
「なんでえ。俺も手伝うぜ…。痛ててて。何するんだよ」
私は疾風の腕を思いっきり抓り、少々ドスの聞いた声を出していた。
「は〜や〜て〜。私を怒らせたいの…」
「わ、判った。それじゃあ、後頼むな…」
疾風は、勇希をベットの上に下ろすと、脱兎の如く部屋から出ていった。
そして私は、勇希の服を脱がせ、それから寝巻きに着替えさせて、ベットに寝かせたのであった。
そして、台所に戻ってみて私は大いに驚いていた。なんと、台所が綺麗になっており、光り輝いていたのであった。
「も、もしかして治子さん。これ一人でやったの」
「ええ、そうよ。それにしても貴方達って結構、整然としていたわね。まるでPiaの厨房のように機能的な配置だったけれど、
いくつか汚れがあったわね」
「すいません。其処まで手がまわらなかったものですから。
でも、ありがとうございます。治子さんとても助かりました」
私がそう言うと治子さんは笑顔で答えた。
「そう、それは良かった」
「あ、治子さんコーヒー飲みますか。それと、疾風を見ませんでした」
「ええ、頂くわ。白菊君なら居間にいるんじゃあないかしら」
「そうですか。じゃあ三つ用意しておきますね」
私はマグを三つ用意し、コーヒーを作り治子さんにマグを渡したのであった。
「えーと、熱いから気をつけて。それと砂糖とミルクいります」
「どちらも要らないわ。それじゃあ頂きますね」
「おお、ありがとうな。直子頂くぜ」
「ええ、どうぞ遠慮無く」
私達三人は居間でのんびりとコーヒーを飲んでいた。
そして私はふと立ち上がり、傍らにあった掃晴娘人形(そうちんにゃんにんぎょう)を持って人形を軒先に吊るしたのであった。
「あした、晴れますように。晴れたら金色の鈴や甘いお酒を奉げます。もしも願い事叶わねばテルテル坊主の歌の通りになるから」
私は願いを込めつつ掃晴娘人形をつるしたのであった。そしてそれを傍で見ていた治子さんは関心したような視線を送っていた。
「へー。やっぱり直子ちゃんも信じるのね」
「ええ。明日はなんとしても晴れて欲しいですから…」
「そうね。明日はなんとしても晴れて欲しいわね」
私と治子さんの二人でしみじみと祈っていたところで突然疾風が声をあげていた。
「いけね。桜花の奴を迎えに行かないと、あいつ遅れるとカンカンに怒るからな。じゃあな。直子。
明日、誰が飛ぶのか判らないが楽しみしているぜ」
「じゃあ、私もそろそろお邪魔しますね」
「はーい。疾風くれぐれも治子さんの護衛頼むわよ」
「判った。女性を守るのが男の役目だからな。男子の本懐遂げさせてもらうぜ」
私は二人が去った玄関を見て少しさびしさを感じたが、明日のことを考えて戸締りと火の始末を確認し、明日に備え、早々と
夢の世界の住人になるにした。そう、明日晴れることを祈りつつ。