アルバムのページをゆっくりとめくっていく。どのページにも、ここ一ヶ月ほどですっかり見慣れた、リボンをハチマキ風に結んだ少女の姿がある。
初めて店の制服を着た時の記念写真。大胆なミニスカートに少し照れたような表情をしているところが初々しい。
みんなでプールに行った時の写真もある。買った覚えの無い、地味な黒のワンピースだ。これと同じようなデザインのトランクスタイプの水着なら買った覚えがあるが…
さらに、通っていた学校の制服とは違う、ピンクが基調のセーラー服姿の写真もある。これは正体が不明だ。
今見ていたのは、「Piaキャロット」で働き始めてからの1年の間に撮ったものばかりだが、区役所で戸籍謄本を取ってから、実家に行って持ってきた、それ以前のものもある。やはり、そこに写っているのは女の子の「前田治子」だ。かつての自分…「前田耕治」の姿はどこにも無い。
「うーん…やっぱり全部そうか」
治子はため息をついた。一応自分で選んだ道だから納得はできるのだが、一抹の寂しさを覚えずにはいられないのだった。
「まぁ、くよくよしてても仕方ないか…とりあえず、自分がどんな女の子だったのか、それを確認しないと」
治子は今後の予定を決めた。今の自分は記憶喪失症のようなものだ。男としての記憶と、女としての過去のギャップ。それを埋めていかないと、いろいろ困った事になるのは確実だ。
「まずは…店行かないと」
Welcome to Pia Carrot2 And 3 Sidestory
前田治子物語
自爆少女シリーズ 追加オーダー
一品目 記憶に無い過去
店の前まで行くと、不審人物がいた。大通りに面した窓の前に置かれた植え込みの隙間から、店内を熱心に見ている。
「こら」
治子はその人物の尻を蹴り飛ばした。不意を打たれ、彼は思い切り地面に転がる。
「な、何をする! …って、治子?」
「ん、久しぶり」
治子は片手を挙げて挨拶した。彼女を知る不審人物の名は、真士。高校時代からの悪友である…はずだ。
「久しぶりに会った友人にいきなりケリか、治子たんよ…」
真士は転がったまま言った。性別が変わっても、彼と治子の間の関係は、それほど変わっていないらしい。
「たんって言うな。店の前で怪しげな事してるからだよ。他の奴だったら、警察呼ぶぞ」
治子がそう答えると、真士はやはり寝転がったまま腕を組んだ。
「うむむ…この俺の情熱を不審行為と言うのか…俺はただ制服姿の可愛い女の子を見ているだけで幸せなのだが」
「…あっそう」
治子が思い切り呆れたようにそう言ってやると、真士はまだ寝転がったまま言った。
「まったく、お前は女にしては漢のロマンを解する奴だと思っていたのに、ずいぶんつれない態度じゃないか」
「いやまぁ、可愛い女の子を見るのが楽しいのには同意するけど…」
治子が言うと、真士はやはり寝転がったまま大いに頷いた。
「そうだろう、そうだろう。しかし、見ているだけでは満足できない事もある…俺は今日から変わるぜ!」
「なんのこっちゃ」
治子は何やら熱血している真士にそう答えてから、まだ倒れたままの彼を見下ろした。
「ところで…いつまで寝てんの? 立てなくなるほど激しく蹴った覚えは無いんだけど」
治子が言うと、真士はにやりと笑った。
「いや、せっかくだから、目の保養をしているところだ。今日は白のレースか…」
「ん?」
治子は何言ってんだ、と言おうとして、真士がどこを見ているかに気が付いた。途端に顔に血が昇る。
「何見てんだ、コノヤロウっ!!」
げしっ!!
治子必殺のストンピングが真士のみぞおちを直撃した。
「げふっ! お、お前も少しは恥じらいと言うものが身についたのか…?」
真士はそう言い遺して沈黙した。
「全く…余計なお世話だよ」
そう言って、真士の亡骸を見下ろしながら、治子は首をひねった。
「…恥じらいが…ね。やっぱり男に見られても平気だったのかな?」
その辺の過去を聞き出してから仕留めるべきだった、と思いつつ、治子は店の通用口に入った。
店の裏口を開けると、そこには葵がいた。
「あ、おはようございます、葵さん」
「あら、お帰り、治子ちゃん」
葵は治子の姿を見てにっこり微笑んだ。制服は四号店に行く前のスクールタイプからメイドタイプに変わっていた。
(治子ちゃん?)
確か葵のこちらへの呼びかけは「前田君」だったはず…しかし、葵は女の子は涼子以外「ちゃん」付けで呼んでいたから、こっちのほうが正常なのかもしれない。
「昨日はどうして店に来なかったの? 美奈ちゃんや早苗ちゃんが寂しがってたわよ」
「あ…それは悪い事をしたかな…」
治子は頭を掻いた。美奈はあずさの妹、日野森美奈。早苗はディッシャー(皿洗い)の縁早苗。どっちも大事な仕事仲間だ。今の関係はいまいち不明だが、どうやら仲は悪くないらしい。
「ま、良いわ。早く着替えてらっしゃい。みんな待ってるわよ」
「了解です」
治子は頷いて更衣室へ向かった。たった一ヶ月離れていただけなのに、何故かとても懐かしい。やはり四号店での日々が充実して濃いものだったからだろうか。そんな事を考えつつ、治子は更衣室の扉を開けた。すると、そこには先客がいた。男子用の制服を着ようとして、ズボンに足を通している女の子である。
ちょっと見には線の細い美少年っぽい印象の、その実役者志望の少女であると言う神楽坂潤。やはり大事な仕事仲間で、今は舞台に立ちながらここでのバイトを続けている…はずだ。
「や、神楽坂、お久しぶり」
治子は何気なく挨拶したが、潤の反応は違っていた。
「わ、わわっ!? バカ、見るなっ!!」
言うや否や、そこらのものを手当たり次第に投げ始める。治子は慌ててドアを閉めた。そこにがんがんと物の当たる音がする。
「治子ちゃん…だめじゃない。そこは男子更衣室よ」
そう言ってから、ニヤリと笑う葵。
「それとも〜、神楽坂君の裸を見たかったのかしら〜?」
「…まぁ、そうかもしれません」
しれっと答える治子に、葵は面食らったように黙った。しかし、治子はそんな葵の様子など目に入らないように考えていた。
(…神楽坂がまだ男として扱われてる…? これも記憶とは違うな)
男だった頃、耕治は潤が女の子である事に気がつき、それ以来彼女は普通に女の子として振舞ってきたはずだ。更衣室も女子のものを使っていた。
(あぁ、そっか。女の治子は神楽坂と同じ更衣室を使う事は無いし、風呂に一緒に入る事も無い。だから、気づかなかったんだ)
治子はそう気がついた。この分だと、他にも相当に関係の変わった相手がいる、と見なければなるまい。
「治子ちゃん、早く着替えないと遅れるわよ?」
治子ははっと我に帰った。つい長い間考え事にふけってしまったらしい。
「あ、は、はい。すぐ着替えます」
治子は改めて女子更衣室の扉を開ける。中にはもう誰もいなかった。ロッカーを開けると、洗いたてのメイドタイプの制服がかけてあった。
「…着方が良くわからないな。まぁ、なんとかなるか」
治子はそう言いながら上着を脱いだ。続いてスカートに手を掛けたとき、突然更衣室のドアが開いた。
「おーい、治子ちゃんー」
葵だった。治子は慌てて脱いだばかりの服で胸元を隠した。
「な、なんですかっ!?」
「いやぁ…久しぶりだから二号店の制服の着かた忘れてるんじゃないかと思って、手伝ってあげようかなーっと」
葵が手をいやらしく動かしながら近づいてくる。
「は? あ、あの、結構ですっ!!」
治子は後ずさった…が、そこはすぐに壁。逃げ場は無い。そこへ目を輝かせた葵が一気に襲い掛かった。
「いやーっ!?」
どさくさに紛れて、身体の発育具合やら水着の日焼け跡やらを調べられる治子の悲鳴が更衣室に響き渡った。
「…というわけで、一ヶ月間留守にしましたが、今日から二号店に復帰します。よろしくお願いします」
少し赤い顔をした治子が頭を下げると、スタッフから拍手が湧いた。ちなみに、今朝来ているのは葵、潤、涼子、美奈、早苗、それにあずさとつかさだった。
「治子さん、お帰りなさい」
「お帰り、治子ちゃん」
一行が口々に歓迎の挨拶をしてくる。その声に、自分への呼び方は違うとは言え、治子は懐かしい思いでいっぱいになった。四号店も良い職場だったが、やはり治子にとってのホームグラウンドはこの二号店に違いない。
ふと、治子はあずさとつかさの顔を見た。つかさの表情は懐かしさと親しみに溢れたものだが、あずさは何かを押し隠したような無表情である。
(やっぱり、怒ってるのかな…?)
治子の視線に気づくと、あずさはぷいっと向こうを向いてしまった。早めに関係を修復する必要があるな、と治子は少し憂鬱になった。
「さて、もう一つ…今日から新しいバイトの人が入る事になりました」
涼子が言う。その言葉に、一同は顔を見合わせた。治子復帰の話は知っていたが、バイトに関しては情報が無かった。
「では、どうぞ」
涼子が言うと、バックヤードへのドアを開けて、一人の青年が姿をあらわした。その瞬間、治子とあずさは唖然とした顔つきになった。
「真士です。どうもよろしく」
「あ…か、変わるってこういう事?」
治子が言うと、真士は白い歯を見せて頷いた。
「そう言う事。これからもよろしく頼むぜ、治子たん」
「たんって言うな! 全く不純な奴…」
治子は怒鳴りかけて、胸がちくっと痛むのを感じた。思えば、彼女だって耕治の時は「可愛い制服を着た女の子と一夏の恋を…」などと言う動機で「Piaキャロット」でのバイトに応募したのだ。真士を責められる立場ではない。
「そんな言い方無いじゃない。前田さんだって、可愛い制服を着たい、なんて理由で応募してきたんでしょ」
あずさがキツい口調で治子に言った。しかし、治子の方は反論するよりも、「え、そんな理由で応募してたのか」、と男の頃とのギャップを発見して戸惑っていた。そんな彼女をからかうように、真士があずさの情報をフォローする。
「そうそう。お前ならPiaキャロの制服が似合うんじゃないか、って薦めたっけな。まぁ、治子は黙ってれば完璧な美少女で通るからなぁ」
「…おまいはケンカ売ってるんかい」
治子が剣呑な口調で言った時、涼子がパンパンと手を叩いた。
「はい、そこまでにしてくださいね。特に真士、前田さんは幾ら貴方のもと同級生と言っても、ここでは社員で貴方の先輩よ。ちゃんとそれにふさわしい態度で接しなさい」
「はい」
叱られた真士が返事をする。涼子は彼の従姉にあたるだけに、叱り方も上司としてよりは、やんちゃな弟をたしなめるお姉さん、と言う感じだ。
「まぁ、前田さんは四号店で学んだ事も多いと思うし、それを真士君だけでなく、皆にも伝えてあげてくれないかな」
祐介店長がそうまとめ、治子が頷いて朝のミーティングは終わった。早速開店準備を終えて仕事に入る…が。
(ヒマだ。うちの店って、こんなヒマだったっけ?)
治子は首を傾げた。すると、気が抜けていると見たのか、あずさが厳しい声で言ってきた。
「ちょっと、前田さん。もう少ししっかり仕事してよね。6番テーブルのオーダーと11番テーブルの片付けは終わったの?」
「あぁ、どっちも終わってるよ」
治子は答えた。その途中で、あずさの自分への呼びかけが「前田さん」になっているのに気づく。付き合い始めてからは「耕治」だったので、今も「治子」と呼ばれる事を期待していたのだが、残念ながらそうではなかったようだ。その残念な気持ちを隠すように、治子は言葉を続けた。
「5番テーブルのほうも真士に任せてるし、9番テーブルはそろそろ食べ終わるころだから、食後のデザートを準備して…14番テーブルは空きそうだから、4人グループのお客さんを案内するようにして」
治子が次々に指示を出すと、あずさは目を丸くした。一見何もしていないように見えた治子が、実は素早く問題を解決しつづけている事に気づいたのだ。
治子にしてみれば何でもないことだったが、四号店が忙し過ぎたために、二号店では考えられないほど経験をつんでいた事に、彼女は気づいていなかった。
しかも、向こうではどっちかと言うと指導する側だっただけに、店全体を見渡して行動する癖がついている。これをフロアの隅で見ていた祐介店長は、治子の動きに満足げな笑みを浮かべていた。
夕方、仕事が終わり、治子は更衣室に引き上げてきた。
「うーん…メイドタイプって結構着替えるの面倒くさいな」
治子は呟いた。一見、着慣れた四号店のフローラルミントよりも単純な服に見えるが、やたらとリボンが多用されていて、これを解かないと着脱できないのが難点だった。
それでも全てのリボンを解いて制服を脱ぎ、ハンガーに掛けようとした時、更衣室のドアを開く音がした。治子が振り向くと、そこにはあずさが立っていた。
「日野森…日野森も今日はあがりか…っ!?」
言いかけた治子の言葉は、全身を襲った柔らかい衝撃に封じ込められた。あずさが思い切り抱きついてきたのだ。
「ひ、日野森…?」
思いも寄らない彼女の行動に戸惑う治子を、あずさが少し潤んだ目で見つめかえしてきた。
「どうして…そんな他人行儀な呼び方をするの? 二人っきりの時はあずさって呼んで…」
(え?)
治子は固まった。確かに、二人っきりの時は彼女を名前で呼んでいたが…浮気の事で仲に亀裂が入っている今、その呼び方ができるとは思っていなかった。そんな治子の戸惑いを知る由もなく、あずさは言葉を続ける。
「それとも、その…コンテストの時の事を怒ってるの?」
コンテストの時の事…目に砂の入ったあずさが、間違えて治子の水着を解いてしまい、衆人環視の中で胸を晒すと言う大恥をかいたあの事件だ。記憶が蘇り、思わず顔を赤らめた治子だったが、あずさはその紅潮を誤解したようだった。
「やっぱり、コンテストの時の事なんだ…そうよね、あんな事されたら怒るわよね」
「い、いや…あの事はもういいんだけど」
治子は慌ててあずさをなだめた。しかし、あずさは憑かれたように言葉を続ける。
「本当は…もっと素直に謝りたかったの。でも、あの場じゃ素直になれなくて…ごめんね」
「いや、本当に良いって、あずさ…気にしてないから」
治子は思わず感動しながら言った。ここまで素直なあずさを見るのは初めてだった。しかし、次の瞬間、事態は一変する。あずさが突然、治子の胸に顔を擦り付けてきたのだ。
「ひゃんっ!?」
思わず甘い悲鳴をあげる治子。それに構わずあずさはブラの上から柔らかな感触を楽しむように顔を埋めて来た。
「あ、あの、あずさ…さん?」
あずさの行為の意図がわからず、問い掛ける治子。しかし、あずさはその声が聞こえているのかいないのか、治子の胸に顔を埋めたまま、うっとりした口調で言う。
「もう、誰にも見せたりさせない…治子は私の物だもの」
「…あんですとっ!?」
治子は驚愕した。同時に、やっぱりそういう関係だったのか、と言う諦観に似た気持ちもあった。が、その気持ちに流されている場合ではなかった。あずさが体重をかけてきて、治子はソファの上に押し倒されていた。
「ちょっ…あず…!?」
治子が抗議の声をあげるより早く、その口をあずさが塞いでいた。それも、自分の唇で。
「…!!」
のしかかられている治子には、あずさの身体を跳ね除けるような力はない。たっぷり数分間濃厚なキスをした後、ようやくあずさは身を起こした。
「ふふっ。人に見られるといけないから、今はここまでね」
あずさはそう言ったが、治子の耳にはその言葉は入っていなかった。ショックで真っ白になっていたのである。
「じゃ、また後でね」
あずさが着替えて出て行った後も、治子は下着姿のままそこでぼうっとしていた。すると、また誰かが入ってきた。
「あっ、治子ちゃん」
その明るい声に、焦点の合っていなかった治子の目に光が戻ってきた。
「つかさちゃん?」
その声を聞いたつかさは、ニコニコと笑いながら治子の方に近づいてきた。その様子に何故か危険なものを感じ、治子は後ずさった…が、背後はすぐに壁だ。逃げ場はどこにもない。
「今年のコミケは治子ちゃんが一緒じゃなくてつまんなかったなぁ〜。せっかくいろいろコスチュームを用意してたのに」
「え?」
治子は首を傾げた。つかさがいわゆるコスプレイヤーで、いろいろなアニメやらゲームのキャラの格好をしていたのは知っているが…
その瞬間、治子はあることを思い出した。アルバムの中に入っていた、見覚えのないセーラー服姿の写真。あれはもしかして…自分がコスプレをした時の写真ではないのだろうか。
(ちょっと待て! そんな事までしてたのか、俺は!?)
つかさのコスプレは可愛いが、自分までそれをやらされていたのは悪夢だ。愕然とする治子をよそに、つかさは実に楽しそうに言葉を続ける。
「でも、今度はコスプレダンパもあるし、また一緒に出ようねー、治子ちゃん。そうだ、ちょうど着替え中だし、ちょっと衣装あわせしない?」
そう言うなり、つかさはロッカーから「どこにしまってたんだ?」と言いたくなるような大量のコスプレ衣装を引っ張り出した。
「ちょ、ちょっと待った! 今ここでやるのっ!?」
治子が驚くと、つかさは満面の笑みを浮かべ、一着の衣装を手に取った。さっきまで着ていたメイドタイプの制服ではない、正統派メイド服…と思いきや、猫耳+猫尻尾のオプション付きという逸品である。
「これ、治子ちゃんにぴったりだと思って一生懸命縫ったんだよね〜 えへへへへ…」
とても楽しそうだ。しかし、治子にとっては悪魔の笑みである。
「つ、つかさちゃん…やめ…んきゃああああぁぁぁぁぁぁっっ!?」
再び更衣室に治子の絶叫が木霊した。
「うぅ…疲れた」
いささかやつれた顔で治子が更衣室を出たのは、それから1時間後だった。さんざん彼女を着せ替え人形にして満足したのか、つかさは10分ほど前に先に帰って行き、残された治子は少し休憩してからようやく出てきたのである。
「なんか…二人とも元気だな…心配して損した」
浮気のことで二人にとことん責められるのではないか、と言う恐れを抱いていた治子にとっては、拍子抜けするほどのあっけなさだった。もっとも、この分だとあずさは人前では素直に振舞いそうもないが…
ともかく、精神的には少し楽になった治子だったが、そんな彼女を葵が呼び止めた。
「あら、治子ちゃん。まだ残ってたの?」
「えぇ、ちょっといろいろありまして…」
治子はあいまいに答えた。更衣室での事はとても話せそうもない。不思議そうな表情になった葵だったが、すぐに用事を思い出して言葉を続けた。
「そうそう、今日は治子ちゃんの凱旋記念パーティーをするわよ」
「え?」
治子は一瞬たじろいだ。前回、歓送会の時に葵と飲んだ時の一夜の体験は、未だに忘れようとしても忘れられない恐怖の記憶である。
「声かけたら、留美ちゃんとともみちゃん、それに美奈ちゃんも来るって言ってたわよ」
「ええっ!?」
治子はさらにたじろいだ。美奈はわからないが、駅で会った時の反応から見て、留美とともみも危険な存在なのは間違いない。治子の背中を冷たい汗がつうっと流れる。
「もちろん、あたしと涼子も参戦するわよ。いやぁ、夜が楽しみねぇ。じゃ、また後でね〜」
そう言うと、うきうきとした足取りで葵はフロアに戻って行った。おそらく、彼女の心は既に今夜のビールに飛んでいるのだろう。
しかし、残された治子は人生最悪のピンチの到来に、全身をがくがくと震わせていたのだった…
(つづく)
あとがき
と言うわけで始まりました、治子の物語の第二章です。
このシリーズは特にオチが決まっていないので不定期連載になりますが、女難の呪いに取り付かれた治子がいろいろとヒドい目に会う話になる予定です(笑)。
次回は飲み会の話ですので、酔った他のヒロインたちがさぞかし治子を大変な目にあわせてくれることでしょう、たぶん。
ではでは次回にて。
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