目の前には大量の料理が並べられたテーブルが広がっている。そして、膨大としか言いようの無い酒また酒…ここはPiaキャロット二号店寮の食堂に特設された、前田治子復帰記念&矢野真士歓迎パーティー会場である。
 それを見ながら、治子は引きつった笑みを浮かべていた。忘れもしない一月前、こういうシチュエーションで酷い目にあったことを、彼女は忘れてはいない。あの時は散々酔った挙句、葵と涼子に襲われ、もう少しで全裸にされるところだった。あずさの介入のおかげでその運命からは逃れられたが、今度はそのあずさに水の入ったビンをぶつけられて気絶した。
(あのときの事をどう思ってるんだろう?)
 治子は当事者たちの顔を見る。葵は「開会まだー?」と言わんばかりにコップを箸でちんちんと叩き、涼子にその無作法をたしなめられている。あずさはというと、一瞬目が合ったのだが、そっぽを向いてしまった。人前で治子に甘えてくる気はないらしい。治子はため息をついた。
「えー、それでは主賓である治子ちゃんと真士君から一言ずつご挨拶を」
 コップを叩くのを止めさせられた葵が、今度は缶ビールを握り締めて、急かすように言う。男である真士が主賓の一人だというのに、タンクトップ(しかもノーブラ)とホットパンツというだらしない格好だが、まぁこれはいつもの事なので気にしない。治子(耕治)の時もそうだったからだ。
「えー、今日は俺のために盛大な会を開いていただき、ありがとうございます」
 真士がぺこりと頭を下げる。その顔が赤く染まり、鼻の下が伸びているのは、やはりこれだけの美女・美少女に囲まれていては、平静ではいられないという事なのだろう。
(ええい、だらしのない奴めっ!)
 真士のその緩んだ表情に、治子は言いようの無いムカツキを覚えた。真士は普段はクールで落ち着いた、さわやかな性格、と言われることが多い。それは女の子の前だけで、男同士のときは治子(耕治)にも負けないくらいスケベな一面を見せる。治子はそれを知っているだけに、この肝心な場所で演技を続けられなくなった彼を不甲斐なく思ったのだ。
「一刻も早く仕事を覚えて、皆さんの役に立てるように…」
 治子はなおも長広舌を振るう真士を一瞥すると、その足を思い切り踏みつけた。
「と言うわけで、今後・・・うぎゃあああぁぁぁぁぁっっ!?」
 いきなり奇声を発する真士を、一同はあっけに取られた表情で見つめた。その視線に気づいたのか、真士は慌てて体面を取り繕う。
「あ、い、いや・・・なんでもありません。ともかく・・・」
 激痛をこらえ、なんとか挨拶をこなした真士は、安堵の表情で椅子に座ると、横にいる治子の顔を見た。
「な、何すんだお前・・・!?」
「別に…足が滑っただけ」
 真士の問いに済ました顔で答える治子。彼女にしてみれば、真士のやることが昔の自分とダブって見え、ちょっとイライラしたのだ。何しろ、今の彼女のこの姿があるのは、女性関係に対するだらしのない態度が根源にある。真士までそういう風に見える態度を取るのは危なく見えて仕方がない。
 しかし、そんな治子の行動を見る周囲の反応は、彼女の意図したものとはまったく違っていた。
(は、治子ちゃんが男の人にあんな反応を!?)
(う、うそだよね、お姉さん・・・)
 どう見ても、自分以外の女の子に夢中になっている想い人に天誅を加えるような反応を見せた治子に、周りの人々は想像を逞しくし、激痛に苛まれているはずの真士は何故か嬉しそうに笑っていた。

Welcome to Pia Carrot2 And 3 Sidestory

前田治子物語

自爆少女シリーズ 追加オーダー


二品目 治子、暴走


「それでは、前田さんの復帰と矢野君の加入を祝して…乾杯!」
『かんぱーい!!』
 治子の挨拶も終わり、祐介店長の音頭で宴は始まった。その数秒後、テーブルの一角に人だかりができた。言わずと知れた治子の周囲である。
「さ、治子ちゃん、ぐぐっと」
 ビールの入ったコップを押し付けてくる葵。
「お姉さん、どうぞ」
 チューハイを注いだコップを差し出してくるともみ。
「治子ちゃんの好みと言えばこれよね」
 そう言いながら留美が目の前に置くのは、治子の好物であるジンジャエールを使ったカクテル、モスコミュール。
「いや、私お酒はちょっと・・・」
 治子は悪いと思いつつも首を横に降った。どうも彼女は酒に呑まれる傾向があるのだが、今ここで呑まれたら、多分明日と言う日を爽やかに迎えることはできない。ここにいるのは、みんな彼女の貞操を狙う敵とみなすのが、生きるための術であった。
「あれ? 治子ちゃんってお酒弱かったっけ?」
 つかさが首を傾げる。
「結構喜んで飲んでたわよね?」
 相槌を打つのは涼子だ。
「・・・まぁ、いろいろありまして」
 治子はそう言って飲まない理由をごまかした。すると、真士がとんでもないことを言い出した。
「そういえば、卒業コンパの時に酔ったお前に押し倒されたことがあったなぁ」
『ええっ!?』
 一同が驚愕の表情を浮かべ、続いて治子のほうを見る。彼女は慌てて叫んだ。
「ば、ばかっ! 誤解されるような事言うなあっ!!」
 それは、高校の卒業コンパをした時の話だ。その時はまだ耕治だったが、確かに真士とさんざん飲んだ挙句、酔いつぶれて朝までザコ寝していた事はある。ただそれだけのことで、何も無かったはずだ。
 と言うか、あったら怖い。
(し、しかし・・・)
 治子は怖い想像をしてしまった。今の彼女は生まれた時から女だった事になっており、真士との一夜も男と女としてのもの。ひょっとしたら、そこで何かの過ちが・・・と想像したところで、真士がニヤリと笑って言った。
「まぁ、酔った女の子に何かするほど俺はケダモノじゃないからな」
 治子はほっと胸をなでおろした。そう言えば、真士は女の子に対しては潔癖と言うか、紳士的な男だった。治子が酔っているのを良い事に、何か良からぬことをしてくるような奴ではない。立場が逆だったらわからないが。
「そ、そうだよな・・・」
 安心したように言う治子に、真士が追い討ちをかけた。
「ああ、一晩中お前に抱きつかれていたおかげで、理性を保つのが大変だったけど」
 その言葉に、治子は顔を真っ赤にした。いったい何を考えて真士に抱きついたんだ、女の子の俺、と頭を抱えたい気分になる。その一方で、女性陣は真士に羨ましさと敵意の混じった視線を向けていた。
「お、お姉さんと一晩中・・・」
「治子ちゃんに抱き枕代わり・・・」
 しかし、真士はそんな呟きが聞こえていないかのように、言葉を続ける。
「まさかとは思うけど、お前俺を誘ってたわけじゃないよな?」
「いや、それは無いから」
 治子は即答した。すると、真士はちょっとだけ落ち込んだような表情になった。
「・・・そこまではっきり言われるのも悲しいものがあるなぁ」
 そう言ってコップのビールを口に運ぶ真士。なんとなく気まずい雰囲気になり、治子はその気まずさから逃れるため、何の疑問もなしに、留美から差し出されたコップに口を付けた。
 そして、コップを渡した留美とともみ、葵らがニヤリと笑う。治子が口にした飲み物には、わずかではあるがアルコールが混ぜてあるのだ。これを繰り返せば、さぞかし楽しい状態が出現するだろう。

 果たして1時間後、留美たちの予想通り・・・いや、それ以上に治子の状態は悪化していた。
「にゃはははははは〜」
 治子がだらしない笑顔を浮かべて酒を飲んでいた。差し出される、次第にアルコール濃度を増していく飲み物に気づかないまま、完全に酔っ払っていたのだった。
 間の悪いことに、彼女は四号店に行っていた頃からほとんど断酒していたので、酔いの回りはかつてよりも早く激しいものになっていた。
「・・・治子ちゃんって、あんなに弱かったっけ?」
「記憶に無いですねぇ」
 留美とともみは首を傾げつつも、酔っ払っている治子も可愛いから、まぁ良いか、などと考えていた。
「ちょっと…治子、大丈夫なの?」
 見かねたあずさがそっと耳打ちしてきたが、既に治子に理性は無かった。
「ん〜? だいじょうびゅ〜」
「おぉ、これしきで参るお前さんじゃないよなぁ」
 それを煽るように真士が治子のコップにビールを注ぐ。
「おぉ〜、真士も飲め〜」
 治子が真士にお酌を返し、二人は軽くコップを合わせて乾杯した。付き合いが長いだけに息が合っている。その様子を見て、一同は猛烈な嫉妬に駆られた。
(ああっ、治子お姉ちゃんが男の人とっ!?)
(ゆ、許すまぢ…)
 美奈やつかさが歯噛みして悔しがるが、二人は気づいた様子もなく杯を重ねる。そして、治子の様子が次第に変わってきた。
「んふ…」
 目つきがとろんとなり、酔いに赤くなった彼女は妙に艶っぽい雰囲気を漂わせるようになっていた。その色香に、周囲の人間が思わずたじろぐ。普段の彼女は決して色気が売りのキャラではない…と言うか、見た目によらず男っぽい言動だけに尚更である。
「お姉さん、大丈夫ですか?」
 ともみが心配そうに尋ねると、治子はともみに流し目一つくれて答えた。
「ん? 大丈夫よ?」
 何時の間にか、何故か舌のもつれも治っていた。その表情と口調に、ともみが彼女の理想とする大人の女性像を見て陶然とした表情になる。
「はぅ〜…やっぱりお姉さん素敵です…」
 そのまま、精神だけがどこかに行ってしまったように動きを止めるともみ。他の人が声をかけても、夢見る表情のまま動かない。
「こ、これは…」
 あずさが困惑した表情になった。治子は酔うとふにゃふにゃになるはずだったのだが、酒量が限界を超えた結果、何か変な方向にスイッチが入ったとしか思えない。

「あらぁ、盛り上がって来たわねぇ」
 そして、こういう時に事態をさらに混沌とさせる役目を担うのは、宴会の女帝、皆瀬葵だった。
「ここは一つ、何かゲームでもやって、もっと盛り上げようじゃない」
「ええ、良いですね。でも、何をやるんですか?」
 治子の色気に当てられて赤くなっていたあずさが尋ねると、葵はとんでもない提案を出した。
「野球拳なんてどぉ?」
「…は?」
 あずさの目が点になる。野球拳というのは、言ってみれば掛け声が野球っぽいだけのジャンケンである。ただし、何が由来なのかは不明だが、負けたほうは一枚脱ぐというのが罰ゲームのお約束であった。
「ちょ、ちょっと葵さん、それはまずいですよ! 店長や矢野君もいるのに」
 あずさが言うと、空気を察したのか、祐介店長が立ち上がった。
「はっはっは、矢野君、ここは一つ、男同士さしで二次会と行こうじゃないか」
「ええ、お供しましょう」
 真士も素直に頷く。
「では、明日の仕事に差し支えないようほどほどにするように」
 そう言い残し、祐介と真士は去っていった。残されたのは女性陣だけである。
「問題はなくなったようね」
 ニヤリと笑う葵。あずさは助けを求めるように治子の方を見た。基本的に照れ屋である彼女なら反対意見を述べてくれるだろうと期待してのことだ。
「良いですね、やりましょう」
 ところが、治子の返事は意外な…意外すぎるものだった。あずさは思わず治子の顔を見つめる。酔って分別を失ったのかと思ったのだ。しかし、それは失敗だった。
「…はい」
 治子の蕩かすような視線に当てられた瞬間、あずさは治子に逆らえなくなってしまっていた。まるで洗脳である。あずさが何も言わなくなったのを見て、葵が大いに頷く。
「話がわかるわねぇ、治子ちゃん。涼子も問題ないわよね?」
 葵に話を振られた涼子が水割りのグラスを持ったままこくんと頷く。その目は半開きで、既にかなり酔っているのが見え見えだった。おそらく、野球拳などやらせなくても、ほうって置けば勝手に脱ぐだろう。
 治子、葵、涼子、あずさのお姉さん系4人がうんと言ってしまっては、他の面子にも否応はない。いや、留美は明らかに乗り気だったし、つかさ、ともみ、美奈も逃げようとはしなかった。
「じゃあ、組み合わせを決めるわよ」
 葵の提案により、割った割り箸に組になる番号を書いたもので組み合わせが決定された。その結果、最初の対戦カードは葵VS涼子、つかさVSともみ、留美VS美奈、あずさVS治子、と決定した。ちなみに、早苗は既に酔いつぶれているので参加しない。

「やぁきゅうぅ〜すぅ〜るぅならぁ〜こういう具合にしやしゃんせぇ〜 アウト! セーフ! よよいのよい!!」
 熱戦が展開されている。既に最初の二戦は消化されていた。葵VS涼子は、途中で脱ぎ癖が発動して勝手に脱いでしまった涼子の不戦敗。つかさVSともみはともみが勝利していた。つかさは着ぐるみ型パジャマと下着の組み合わせだったので、脱げるものが3枚しかなく、服と下着の上下、左右の靴下、リボンと8枚を有するともみに対して圧倒的に不利だったのである。
 そして、留美VS美奈は、ある意味妥当というかなんと言うか、留美がストレートで圧勝していた。
 現在、敗者となった三人はどうなっているかと言うと、涼子は一糸まとわぬあられもない姿で爆睡しており、美奈とつかさは部屋の隅で泣いていた。
 そして…一回戦のある意味メインイベントとでも言うべきあずさVS治子の一戦が始まろうとしていた。共に服と下着の上下、靴下、リボンの七枚の組み合わせと言う好カードでもある。
 最初は乗り気でなかったあずさだったが、今は気合が充実していた。幸いにも治子と一回目で当たることができた。彼女を脱がすのは自分だけでいい…と言うのがあずさの考えである。
「そう言えば、ミス美崎コンテスト以来ね、あずさと勝負するのは」
 組んだ手をひねって覗き込むおまじないをしているあずさに、治子が声をかけた。
「え? そ、そうね」
 いきなり声をかけられて、あずさは動揺した。治子の口調がいつもと違って、妙に女性らしいのが気になる。
「あの時は、私が勝ったけど、あずさに水着を脱がされちゃったっけ…ふふ、でも今度は負けないわよ」
 そう言って治子がウインクする。あずさの動揺はますます激しくなった。あのミスコンでの激闘から、まだ一月も経っていない。衆人環視の中で治子を脱がしてしまった事への負い目は、あずさの中で抜きがたく残っていた。
(は、治子…やっぱり怒ってるの? で、でも私責任取るって言ったし、ああでもでもっ!)
 あずさの心は乱れていた。既に、この時点で彼女は治子の仕掛けた心理作戦に嵌っていたとしか言いようがない。気が付いてみると、あずさはショーツ一枚を残して全て脱がされていた。治子には何のダメージも与えていない。
「まだやる?」
 小首を傾げながら、治子がとろけそうな笑顔で聞く。その瞬間、あずさの抵抗の意志は費えた。
「ご、ごめんなさい…」
「勝者、治子ちゃん〜」
 あずさが頭を下げると同時に、待ち構えていたように宣言する葵。予想もつかなかった治子の一方的勝利に、やはりたっぷりと次の余力を残していた次の対戦者、留美が舌なめずりをする。
(うふふ…これは脱がしがいがあるわね)
 留美が心の中で既に治子をひんむいて楽しむことを規定路線にしている一方で、敗北者となったあずさは、半泣きになりながらも、今の治子が常態ではないことを正確に見抜いていた。
(留美さん・・・甘く見ると大変なことになりますよ)
 そのあずさの予測を裏付ける治子VS留美の一戦は、葵があっさりともみを蹴散らした後に行われた。
「やぁきゅうぅ〜すぅ〜るぅならぁ〜こういう具合にしやしゃんせぇ〜」
 みんなが手を打ってリズムを取る中、まだ一枚も脱いでいない治子と留美が手を振りかざす。
「アウト! セーフ! よよいのよい!!」
 振り出された手の形は、治子がパー、留美がチョキ。留美の勝ちだった。どよめきが起こる。
「それじゃあ、治子ちゃん、テイクオーフ!」
 葵が囃したてる中、治子がことさらゆっくりと右の靴下を脱いだ。その余裕たっぷりの態度は、常の彼女には見られないものだ。
(…なんか、いつもと違うわね?)
 留美も微かに違和感を覚えた。それを宿したまま、二回戦。それもまた留美の勝ちだった。治子が左の靴下を投げ捨てる。まだ余裕の様子だ。
「さ、次の勝負」
 治子がにっこりと笑う。留美の違和感は当惑に変わり始めた。
(は、治子ちゃんってこんなキャラだったっけ…? で、でも、留美は負けないわよ)
 治子の笑顔に惑わされつつも留美が余裕を維持していられるのは、彼女には必殺技があるからだった。コンマ1秒以下で相手の手を見切り、常人にはわからない速度で繰り出される後だし。木ノ下一族にしかできない必殺技である。
 そして、その自信を裏付けるように、三回戦も留美が勝利する。
「うーん…また負けちゃったかぁ」
 あまり困ってなさそうな声で言った治子は、大方の予想を裏切って、リボンを解くのではなく、スカートのホックを外した。レッグラインにレースをあしらった白のショーツが一瞬見え、全員の視線がそこに集中する…と思いきや、治子は着ていたTシャツの裾を下げてそれを隠した。
「えへへ…まだお預けだよ」
 いたずらっぽい治子の微笑みに、つかさやともみが心臓を打ち抜かれたようにもだえ苦しんだ。
「は、治子ちゃん…それ最強…」
「お姉さん…ステキです〜」
 ある程度心の準備をしていたあずさでさえ激しい動悸に息を切らす中、直撃を受けた留美は半ばトリップしかけていた。
(あ、あはは…可愛い…可愛すぎるわよ治子ちゃん! 勝負が終わったあとは、そのままベッドに雪崩れ込んで朝までたっぷり…)
 その幸せな妄想を断ち切るように、治子が「やぁきゅうぅ〜すぅ〜るぅならぁ〜」とかけ声を歌い始める。留美は慌てて我に返り、手を繰り出した。
 治子はグー、留美はチョキ。
「…あれ?」
 信じられないものを見たようにきょとん、とする留美。彼女の無敗記録が止まったことに歓声が湧く。
「さ、留美ちゃん、テイクオーフ!」
 葵の煽りに、仕方なく留美は右の靴下を脱いだ。妄想にふけっていて少し油断しただけだと自分に言い聞かせる。
(ダメよ、留美。勝つまで気を抜いちゃダメ)
 しかし、それからの展開は、留美には信じられないものだった。5連敗で靴下も服の上下も髪留めも持っていかれ、あっという間に残るはブラとショーツだけにされてしまう。そして、その次の勝負でも…
「う、嘘…見切られてる?」
 治子のパーと自分の握られた拳を見つめ、愕然とする留美に、治子が無邪気な笑みを浮かべて言う。
「後出しはダメだよ、留美さん」
 その瞬間、留美は己の敗北を悟った。
「参りました…」
 留美はブラを外し、それを白旗代わりに振った。その瞬間、最後の決戦は治子VS葵と決まったのである。
「留美ちゃんに勝つとは…やるわね、治子ちゃん」
 ニコニコ笑っている治子を見ながら葵は呟いた。彼女には留美のような早業はないが、宴会の女帝としての経験と、野生の勘では右に出るものはない。服の残りは彼女が3枚(タンクトップ、ホットパンツ、ショーツ)で、治子の4枚(Tシャツ、下着の上下、リボン)に比べると不利だが、勝つ自信は充分にあった。
「それじゃ行くわよ、治子ちゃん」
「はい、いつでもどうぞ」
 葵の気合の入った言葉に笑顔で応じる治子。二人は同時に手を振りかぶった。
「やぁきゅうぅ〜すぅ〜るぅならぁ〜こういう具合にしやしゃんせぇ〜 アウト! セーフ! よよいのよい!!」
 繰り出された手は、治子がグー、葵がパー。
「あれ…仕方ないなぁ」
 治子はやっぱり困ってなさそうな表情で自分の手を見つめると、葵の煽りを待つまでもなく、Tシャツをためらいなく脱ぎ捨てた。肩の辺りが日に焼けているため、胸から下の真っ白い肌がまぶしい。
(治子…やっぱり。最後まで今の調子が持てばいいけど)
 心配するあずさをよそに、他のメンバーたちは大いに盛り上がっていた。
(うっわぁ、今日の治子ちゃんだいた〜ん)
(治子お姉ちゃん、また胸が大きくなったみたい…うらやましいですぅ)
 熱気と煩悩が溢れ、治子の裸身が晒されることに期待が高まったが、治子はその後続けざまに二連勝した。葵はあっというまにショーツ一枚の姿にされてしまったが、自慢の92センチのバストを堂々と張って立っていた。他の娘たちはいざ知らず、この程度で恐れ入る「宴会の女帝」ではない。
「やるわね、治子ちゃん…でも、勝負はここからが本番よ」
 治子は言葉では答えず、笑顔のままかわいらしい仕草で頷いた。一瞬動揺しかけた葵だったが、留美もこれでやられたのだと自分に言い聞かせ、平静を保つ。そして、運命の一戦の手が繰り出された。
「アウト! セーフ! よよいのよい!!」
 繰り出された手は、葵がチョキ、治子がパー。
「…!」
 思わずガッツポーズを取る葵。治子は困ったような笑顔を浮かべると、背中に手を回した。ブラを外す気のようだ。やっぱり、リボンの事は忘れているらしい。
「さぁ、テイクオーフ!」
 みんなが唱和する中、ブラのストラップが治子の肩をそっと滑り落ちていき…止まった。全員が不審に思ったその瞬間、治子は膝を付き、そのままばったりと床に倒れる。
「は、治子ちゃん!?」
「お姉さん!」
「治子!?」
 驚愕した一同が慌てて治子の元に駆け寄る。しかし、彼女はなにやら幸せそうな笑顔を浮かべたまま、安らかな寝息を立てていた。
「…ね、寝てる?」
 拍子抜けしたような表情で呟く留美に、あずさが声をかけた。
「やっぱり…治子、酔っ払ってたんですよ」
「え?」
 みんなが治子の顔を見る。ピンク色に染まった頬は確かにそれらしく見えるが…
「あの、ふにゃふにゃになっている所しか見たことがなかったんですけど、たぶん、酔い過ぎて、逆にしっかりしてるように見えてたのかなって…それに羞恥心がなくなってましたし」
「た、確かに」
 葵が頷く。治子が下着姿になっても余裕があるように見えたのは、ただ単に恥ずかしくなかっただけなのだ。
「変わった酔い方ね。それにしても・・・」
 留美が治子を見下ろして生つばを飲み込む。無防備な姿で横たわる治子は、今なら間違いなく手篭めにできるだろう。しかし、それにはライバル全員を出し抜くことが必要だった。この状況でそれは無理だ。
「…やめときましょ。治子ちゃんは、こんどしっかりしてる時に攻めてみるわ。やっぱり、恥ずかしがってる治子ちゃんが一番可愛いし」
「そうですね」
 留美のとんでもない発言に、なぜか真っ先に賛同する美奈。
「主賓も寝ちゃったし、今日はお開きにしますか」
 葵が宣言する。幸せそうな治子の寝姿が、全員の毒気を抜いてしまったのかもしれない。協力して治子を部屋に運んだ後、一同は思い思いに解散して行ったのだった。

 その頃、とっくに帰ったはずの祐介と真士は、寮の近くの屋台で一杯やっていた。
「いやぁ、絶景でしたね、店長」
「はっはっは、そうだろう」
 真士の言葉に鷹揚に頷く祐介。なんと、二人は帰ったフリしてベランダに回り、こっそり覗いていたのだ。それを肴にしての二次会である。今回の隠れた勝者は、実はこの二人だった。
「それにしても治子の奴…すっかり可愛くなりやがって…」
 真士が火照った顔で呟く。それを聞いた祐介が頷いた。
「うん、それに随分落ち着きも出たようだ。四号店に彼女を行かせて正解だったな。いい経験を積んだに違いない。これなら、前田君をあの計画に推薦しても大丈夫だな」
「ん? なんですか、あの計画って」
 きょとんとする真士に、祐介は「計画」のことを話し始めた。それは、治子の将来に大きく関わってくる内容を持っていた。

 (つづく)


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