着替えも終わり、朝のミーティングが始まった。鳴美は店長の横に立たされ、他の先輩店員たちに挨拶させられた。
「今日からこちらでお世話になります、穂村鳴美と申します。よろしくお願いします」
 言い終えてぺこりと頭を下げると、店員たちがばらばらと拍手をした。しかし、男の店員たちがひそひそと話しているのを、鳴美のそれなりに高性能な耳は捉えていた。
「うわー……またちっちゃい子だよ」
「玉野ちゃんよりも小さいもんなぁ」
「茜ちゃんがきたときは期待したんだが」
 ぐさぐさぐさぐさ、と言葉のナイフが鳴美を抉る。ちなみに、似たような言葉は、あゆが入って来たときに他ならぬ鳴美本人(当時は孝之)が放っており、まさに因果はめぐる糸車。
(みんな……そう言う事は言わないほうがいいぞ。俺みたいな目に会っても知らんぞ)
 心の中で久々に「俺」という一人称を使いながら、鳴美は思った。その落胆の言葉をあゆに聞かれた事から、二人の果てしない対立の日々が始まったわけで……けっして安易にそう言う事を言うものではない。
 もっとも、鳴美はちっちゃい子扱いされたからと言って、男子店員たちに報復をするつもりは別になかった。それよりも、ちゃんと仕事ができるところを見せる事で、彼らに自分が侮れない存在である事を教えようと考えたのである。
 穂村鳴美、自称18歳。少しは大人になろう努力するお年頃だった。


誰が望む永遠?

第六話:そんな風に呼ばないで



 しかし、それには乗り越えなくてはならない壁、と言うのもあるわけで、鳴美の場合は、態度というパラメータだけ取って見れば、万里の長城よりも巨大な壁だった。
「と言うわけで、あたしがあんたの教育係と言う事になったさ」
 あゆが腕を組み、獲物を狙う肉食獣の笑みで、鳴美を見ながら言った。
「よろしくお願いします」
 素直に頭を下げる鳴美。あゆに逆らってもろくな目には会わない事は、良く理解している。
「よし、じゃあ着いてくんのよ。まずは店の中のものを教えるわ」
 そう言って、返事も待たずにさっさと歩き出すあゆ。鳴美はその後を絶妙の距離を保って進んだ。ちなみに、その距離と言うのは、あゆが気まぐれに蹴りを入れてこようとしても、なんとか回避できる距離だったりする。
 まずあゆが立ち止まったのは、大きなステンレスの扉の前だった。
「ここが冷凍庫。中を見てみる?」
「遠慮します」
 あゆの問いに、すかさず鳴美は首を横に振った。昔、孝之があゆと最初に出会った時、彼女の策略で冷凍庫に閉じ込められた事があるのだ。すぐに脱出はできたが、それも男の腕力あってのこと。今同じ事をされたら、脱出できずに凍死は必至である。
「ちっ、つまんないヤツ」
 あゆは露骨に舌打ちした。お前殺る気まんまんかい、と鳴美は背筋に冷や汗が流れるのを感じた。
 その後も、鳴美はあゆに連れられて店内を見て回ったが、彼女にとっては勝手知ったるかつての職場だ。説明を聞くのにも、いまいち熱が入らないのは否めない。
「なるなる、アンタ人の話聞いてる?」
 気が付くと、あゆが殺気立った顔つきで鳴美を睨んでいた。どうやら、ぼっとしていて彼女の話を聞き逃したらしい。しまった、と思った鳴美だったが、とりあえずその場は誤魔化す事にした。
「はい、大丈夫です。聞いてました」
「そう? だったら、今あたしが何を言ってたか、答えてみなさい」
 顔を引きつらせる鳴美。聞いていなかったのだから、答えられる筈がない。それでも、鳴美は諦めずに、直前の状況を思い出そうとした。また、周囲の状況を確認する。場所は倉庫の前。さらに、漠然とながらも、倉庫の中では云々と言う話が聞こえていたような気がしないでもない。
「えーと、倉庫の中での注意事項について」
 鳴美が言うと、あゆが頷いた。
「そうよ。でも、それだけじゃ不足ね。どんな事に対する注意事項?」
 びき、と音を立てて鳴美は固まった。そこまではさすがに分からない。
「え、えと……」
「やっぱり聞いてないんじゃないの、このぼけーっ!」
 あゆのキックが鳴美に炸裂した。間合いを遠く取る隙もない早業だった。鳴美は吹っ飛んで倉庫のドアに激突し、その勢いで倉庫の中に転がり込んだ。
「にゃ、にゃうううぅぅぅ……」
 体中が痛い。目が回る。確かに話を聞いていなかったのは悪かったが、だからってここまで痛い目に合わされるのが正しいものだろうか。鳴美は痛みと理不尽さに涙した。
 とは言え、何時までも泣いていてはいられない。いつあゆの追い討ちが飛んでくるかもしれないのだ。鳴美は涙を拭って、立ち上がろうとした……が、そこに誰かが立っているのに気が付いた。
「ん?」
 良く見ると、それは朝見た男子店員たちだった。どうやら倉庫の整理をしていたらしい。
「えーと、鳴美ちゃんだっけ? 大丈夫か?」
 一人が話し掛けてきた。なんだか顔が赤い。
「ん、大丈夫」
 鳴美は頷いて、上体を起こした。そして、自分の格好に気が付いた。倉庫に転がり込んできたとき、彼女は大股開きの状態で倒れていた。そして、フレアタイプのスカートは衝撃でまくれあがり、パンツが思い切り男子店員たちの眼に……
「う、う、うにゃあああああぁぁぁぁぁっ!?」
 鳴美は慌てて捲れあがっているスカートの裾を掴むと、勢い良く引き降ろして、パンツを彼らの眼から隠した。悲鳴が妙なのは、驚きのあまり舌がもつれているからのようだ。
「……」
「……」
 気まずそうにあさっての方向を向く男子店員たち。鳴美は真っ赤な顔で立ち上がると、呆れたような表情で成り行きを見守っていたあゆの方へ歩いていった。
「うう、ひどい……」
「何がひどいのさ。あんたのお子様パンツなんか見て嬉しい男なんていないわよ」
 あゆは鳴美に容赦なく追加ダメージを入れると、フロアに引きずっていった。男子店員たちは顔を見合わせると、誰からともなく頷いた。
「……なかなかおいしい娘だな」
 嬉しかったらしい。良いのか、それで……

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 精神的に消耗しつつも、鳴美はフロアでの業務に就く事になった。
「そういえば、アンタ経験者とか履歴書に書いてたわよね」
 あゆの言葉に鳴美は頷いた。
「それじゃあ、ここで見といてやるから、アンタがどれくらい出来るのかやって見せなさい」
 横柄な口調で言うあゆ。実力を見極めると言えば聞こえはいいが、要は自分が楽したいだけの話らしい。
「わかりました」
 しかし、鳴美に拒否権はない。トレイとメニューを持ち、エプロンのポケットにPOSを突っ込んで準備を整える。こうなったら、実力であゆを見返すだけだ。
「いらっしゃいませ、すかいてんぷるへようこそ」
 ちょうど入ってきたカップルらしい二人連れを笑顔で出迎え、席に案内し、メニューを渡す。お冷やを持っていき、ついでに注文を聞く。それをミスなくPOSに打ち込み、ギャレーに持っていく。そこで別のテーブル向けに出来上がってきた料理を受け取り、運んでいく。
「おお、やるなぁ、あの娘」
「もうテーブル番号を覚えているのか。たいしたもんだ」
 見ていたほかの店員たちが、鳴美の鮮やかな仕事振りに感心する。しばらく働いて、客が途切れたところで、鳴美はあゆの方へ戻ってきた。
「どうでしょうか、大空寺先輩?」
 これなら文句ないだろう、とばかりに鳴美は言った。ところが、あゆは眉間にしわを寄せたかと思うと、鳴美のおでこに激しくチョップをぶちかました。
「ひゃうっ!? な、なんでですか!?」
 涙目になった鳴美に、あゆは理不尽な答えを返した。
「出来すぎて可愛げないんじゃぼけーっ! まゆまゆを見習いなさい!!」
 鳴美はあゆの指差す方向を見た。そこでは、まゆが苦心惨憺お皿を運んでいるところだった。そして。
 
 がっしゃーん!!
 
 予想通り、躓いた拍子に皿がこぼれ落ち、大音響と共に砕け散った。
「あああああ、またやってしまいましたっ! これで今月も早くも二桁の大台に……拙者はどうしたら良いんでしょうかっ! かくなるうえは、腹を切ってお詫びを……!」
 混乱しているまゆ。あゆはそこへ歩いていくと、まゆの肩を優しく叩いて言った。
「いいから落ち着きなさい、まゆまゆ。早く掃除道具を持ってくんのよ」
「ぎ、御意っ!」
 あゆに落ち着かされ、駆け出していくまゆ。それを見ながら鳴美は思った。
(玉野さん……まだああなのか)
 鳴美が昔孝之としてこの店にいた頃から、まゆのドジっ娘ぶりは壮絶なものだった。一生懸命で、真面目で、仕事に穴をあけないことが評価されて残ってはいるが、普通はあれだけ食器を破壊したら、クビになってもおかしくはない。
 一方、茜の方を見ると、こちらは優等生らしく、そつのない仕事振りだった。ふと目が合うと、茜はにっこり笑った。鳴美もつられて笑い返すと、茜が向かってきた。
「鳴美ちゃん、すごく手馴れてるのね。むしろ、私のほうが仕事の事を教えて欲しいくらいだわ」
「あはは……一応経験者だしね」
 鳴美は苦笑した。その時、茜が不思議そうな顔をした。
「あのね、鳴美ちゃん。経験って、どこで? どう見ても……」
 茜が何かを言いかけている最中に、客が来たことを告げる電子ベルが鳴った。
「はい、いらっしゃいませー……って、あっ!?」
 質問を打ち切って挨拶をしようとした茜が明るい顔になる。鳴美も来た客のほうを見ると、三つ編みに眼鏡のまじめそうな少女が立っていた。
「やっほー、茜。バイトの様子を見に来たわよ?」
「いらっしゃい、千鶴!」
 手を握り合う茜と、千鶴と呼ばれた少女。鳴美は傍によって行って尋ねた。
「だれ?」
 すると、茜は千鶴の手を離して答えた。
「榊千鶴。私の学校の友達なの」
 紹介された千鶴も、鳴美の存在には興味を持ったようだった。茜に紹介を促す。
「榊千鶴よ。よろしく。茜、この子は?」
「えっと、今日からバイト仲間になった穂村鳴美ちゃんよ」
 鳴美は千鶴に頭を下げた。
「穂村鳴美です。えっと、『この子』って言うのはやめて欲しいなぁ。こう見えても」
 鳴美が言い終えるより早く、千鶴の後ろから少年が二人と、少女が一人、店に入ってきた。
「うー、あっちぃ。たまんねぇなぁ」
「本当だね。かき氷でも食べようか?」
「あたしアイスー」
 店内の涼気に当たってホッとしたのか、騒がしく声を上げる生徒たち。茜の表情を見るに、彼らも友人らしい。
「いらっしゃいませ。全部で四名様ですか?」
 鳴美が挨拶をする。すると、千鶴は辺りを見回し、ついで後から来た三人に聞いた。
「四人で良いのよね? アイツは撒いてきたわよね?」
 すると、背の高い方の男子が頷いた。
「アイツ? あぁ。多分大丈夫だと思うが」
 もうひとりの、背が低くて女の子のような顔立ちの男子が相槌を打つ。
「うん、大丈夫だとは思うけど……でも、彼の野生の勘も結構侮れないからね」
 それを聞いて、千鶴は少し表情を緩めたが、声は厳しい調子で茜に言った。
「念のため、外からは見えないところに席を取ったほうが良いわね。茜、お願い」
「うん、わかった。こっちよ」
 どうした訳か、茜までが緊張の表情で千鶴たちを案内しようとしている。いったいナニが? と鳴美が首を傾げた時、そいつは現れた。

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 ドアが荒々しく開かれ、熱い風……いや、暑苦しい風が「すかいてんぷる」の中に吹き込んできた。その瞬間、千鶴はしまったと言う表情になり、茜の顔がこわばった。スカートをなびかせる暑苦しい風に立ち向かいつつ、鳴美はそいつの顔を見た。
(……何というか、島本○彦風なやつだな)
 長身の屈強そうな身体。太い眉に浅黒い肌。ぼさぼさの髪を無造作に赤いハチマキでまとめている。いかにも熱血そうな印象の男だった。
 ところが、その鳴美の第一印象は、わずか数秒で粉砕された。男は茜を見た瞬間、ふにゃら、という擬音が聞こえそうな勢いで顔をだらしなくとろけさせたのである。彼は踊りだしそうな足取りで茜の元に近づくと、その手を有無を言わせず取った。
「茜さん。やはり貴女は素晴らしい人だ。水着姿で部活に励む貴女も美しいが、制服を着てバイトに励む貴女もまた美しい……」
 男はいきなり茜の美しさを褒め称えだしたが、茜はもちろん迷惑顔だ。ちなみに、千鶴とその友人一行は「空気読め」と言いたげな顔をしている。
「ちょっと、剛田君! 今仕事中なんだからそういうことはやめてよ!」
 茜が手を振りほどこうとするが、剛田というらしい男は手を離さない。かなり強引な性格のようだ。鳴美は間に割って入った。
「すいません、お客様。業務の妨げになりますので……」
 やめてください、と続けようとして、鳴美は剛田の異様な雰囲気に気がついた。茜からは手を離している。それは良いのだが、鳴美を見る視線が妙に熱い。さっき茜を見ていたのとはまた違った質のものだが、とにかく熱い。
「あ、あの、なにか?」
 鳴美が首を傾げつつ聞くと、突然剛田は咆哮した。
「う、う、う、うおおおおぉぉぉぉぉぉぉっ!!」
 店内の全員が、驚いて振り向く。しかし、鳴美が驚くのはまだ早かった。彼女は突然剛田に抱っこされたのである。
「にゃあああぁぁぁぁぁぁぁっっ!?」
 悲鳴を上げる鳴美を、剛田が頬擦りせんばかりの勢いで抱きしめる。
「おおおお……まさに俺の理想の妹像だ! 君、俺の事をお兄ちゃんと呼んで……」
 剛田は最後まで言い終える事ができなかった。それより早く、千鶴がラクロスのラケットで彼の後頭部に痛恨の一撃を入れたからである。
「ナニを世迷い事を言ってるのよアンタはぁっ!!」
「ぐはっ!?」
 衝撃で、軽い鳴美の身体は剛田の腕の中から吹き飛んだ。それを、千鶴の連れのうち、普通の少年の方がぽふん、とキャッチする。
「君、大丈夫?」
 今度は少年にちょうどお姫様抱っこされる形になった鳴美は、こくこくと頷いた。
「ん、大丈夫。ありがとう。えっと……床に降ろしてくれる?」
「え? あ、ごめんごめん」
 少年はそっと鳴美を床に降ろした。もう一度彼に礼を言うと、鳴美はまだ後頭部を抑えてうめいている剛田を指さして茜に聞いた。
「茜ちゃん、コイツ何?」
 茜は首を軽く振ってため息をつくと、剛田について語った。
「彼は剛田城二君。私の……クラスメイトよ」
「はぁ、クラスメイト」
 鳴美は剛田と茜を交互に見ると、ボソッと言った。
「それはなんと言って良いか」
「……悪い人ではないんだけどね」
 茜がまたため息をつく。それに頷くように、小柄な少年が笑った。
「うん、悪い人じゃないというか……見てて楽しくはあるんだけどね」
 悪人でないとしても変態ではなかろうか、と鳴美がかなり酷い事を考えた時、城二が立ち上がった。ダメージは回復したらしく、鳴美の方に向き直って来る。思わず身構える鳴美に、城二は頭を下げた。
「いや、ごめん。お兄ちゃんが悪かった。つい興奮してしまった。何しろ、君があまりにも俺の理想の妹像に一致してたので」
「……なに? その理想の妹像って」
 鳴美は言った。そんな物、聞かなければ良いのに、ついつい聞いてしまうところが「好奇心を持つサル」と言われるヒトの悲しい性だった。
「良くぞ聞いてくれました」
 城二はそう言うと、独演モードに入った。
「それはもう、小さくて、華奢で、はにかみ屋で、でもお兄ちゃんが大好きで……」
 余りにもアホらしい話は、それから数分間続いた。あゆが途中から何事かと見に来たが、流石の彼女もツッコミを入れない。いや、入れるとプライドに関わるとでも思ったのか。
「それで、病弱な妹は、高原のサナトリウムで東京にいるお兄ちゃんの事を想って……」
「あー、ちょい待ちちょい待ち」
 立て板に水、と言った感じで熱く語る城二に、鳴美は少し強引に話を断ち切りに行った。すでに、鳴美は彼の頭の中で、「高原の病院で療養生活を送る病弱な妹で、それでも遠くから健気に兄の事を思いつつ、日々を懸命に生きているはかなげ系少女」と言う事になっているらしい。そんな妄想をこれ以上聞いていたら、脳が致命的に死ぬか、人として大事な何かを失いそうだった。
「ん? なんだい?」
 話の腰を折られても、相手が脳内理想妹だからなのか、気を悪くした様子も無い城二に、鳴美は言った。
「いやね、君の気持ちは良くわかったけど」
「おお、わかってくれたのかい!? まだ話の五分の一も終わっていないのに、流石は我が理想の妹!!」
「あれで五分の一かいっ! って、そうじゃなぁい!!」
 相手のペースに巻き込まれそうになる気持ちを落ち着けつつ、鳴美は言った。
「ともかくっ! 君の理想の妹像については良くわかったけど、わたしじゃ絶対に君の妹にはなれないよ」
 その言葉に、城二はうろたえた表情になった。
「な、何故!? お兄ちゃんの何が不足なんだ!?」
 全部だ、と言いたかったがぐっとこらえて、鳴美は言った。
「君、茜ちゃんのクラスメイトって事は、今年十八歳だよね?」
 城二は頷いた。それを確かめて、彼女はとどめの一言を口にした。
「わたし、今年で十九歳だもの。君より年上なんだよ。だから、妹にはなれませんっ」
 一瞬、静寂が訪れた。そして次の瞬間。
「えええええええええええええぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇっっっっ!!??」
 城二の咆哮の時を遥かに上回る驚愕の嵐が、すかいてんぷる全店を襲った。よく見ると、当事者以外の他の客まで、驚きに口をポカーンとあけている。
「し、失礼な反応だなぁ……」
 鳴美はちょっと涙した。
「ま、まことか?」
 何時の間にか近くで成り行きを見守っていたまゆが、信じられない、と言った口調で言う。
「まことだって。店長さんに聞いてみてくださいよ」
 鳴美の言葉に、まゆは店長(これまた何時の間にかいた)の方を振り向く。すると、店長は本当ですよ、とばかりに力強く首を縦に振った。
「えええええええええええええぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇっっっっ!!??」
 またしても、驚愕の嵐が、すかいてんぷる全店を襲った。
「と、とことん失礼な反応だなぁ……」
 鳴美は大いに涙した。
「な、鳴美ちゃん……お姉さんだったんだ」
 茜が驚きを隠せない表情で言う。
「それなら、ちゃん付けで呼ぶのは失礼かなぁ」
「いや、それは良いよ。親しみを持ってくれてるんだろうし」
 茜の生真面目な意見に、鳴美は苦笑する。いまさらこんな姿で「さん」付けで呼ばれたり、先輩扱いされるのも、なんだか変な感じである。
 そんな事を思いながら、鳴美は城二を見た。
「あ、石化してる……」
 ショックの余り、城二は真っ白になったまま、完全に凝固していた。どれくらい「理想の妹」が欲しかったのか不明だが、せっかく見つかったそれが自分より年上だったと知れば確かにショックだろう。と、思いきや。
「ふぅ、驚いた」
「あ、復活した」
 不死鳥のごとく蘇った城二に、周囲から感嘆の声が上がる。
「なるほど、実はお姉さんでしたか……まぁ、そんな事は大したことじゃない。理想の妹がたまたま年上だった! ただそれだけじゃあないか」
「ぽ、ポジティブだな……」
 鳴美は感心した。同時に思う。この城二のポジティブさが、かつての自分に百分の一でも良いからあれば良かったのに、と。そう考えると、鳴美はちょっとだけこの妄想暴走男に好意を持った。
 ……のは一瞬だった。
「そんなわけで、鳴美ちゃん! 俺のことを遠慮なくお兄ちゃんと……」
「それはもう良いんじゃー!!」
 鳴美は持っていたお盆を、フリスビーのように城二の顔面に炸裂させた。非力極まりない鳴美の細腕から繰り出された一撃だったが、どうやら城二のツボを的確に捉えていたらしく、巨体は朽木のように崩れ落ちた。
「ふ……萌えるぜ。素直じゃないツンデレ妹というのも……」
「そっちのツボかよ」
 普通の少年が呆れたような口調で言った。そして、鳴美に向かって頭を下げる。
「まぁ、友人が迷惑掛けてすいません」
 鳴美は首を横に振った。
「いやまぁ……気にはしてないけどね」
 鳴美がそう答えた時、後ろに気配を感じた。振り返ると、そこにはあゆが仁王立ちしていた。
「なるなる、話は終わった?」
「ええ、たぶん……」
 城二が倒れたまま起きて来ないのを確認して、鳴美がそう返事をすると、あゆはおもむろに鳴美のほっぺたをつまんで、うにーんと横に引っ張った。
「にゃうううぅぅぅぅぅっっ!?」
 鳴美は情けない悲鳴をあげた。あゆはさらに引っ張りながら、聞く限りではまともなお説教を始めた。
「どんな事情があれ、客に暴力を振るうんじゃないわよ、このぼけーっ!!」
「ほはへひいえはひひはーっ(お前に言えた義理かーっ)!!
 鳴美は怒鳴った。彼女がまだ孝之だったころ、客とすぐ喧嘩沙汰を起こすあゆに対して、同じ事を言いながら罰を加えていたのだ。またしても立場逆転である。
「あーん? 何言ってっかわかんないわよ?」
 まだ鳴美が反抗的と見てか、さらに引っ張る力を強くするあゆ。鳴美が涙目で詫びを入れるまで、それほど時間はかからなかった。
「うんうん、大空寺さんも教育係になって、先輩の自覚が出てきましたね」
 満足そうに頷く店長。そうした様子を見ながら、千鶴の連れはのんびりと会話していた。
「なんだか、賑やかで楽しそうな職場だねぇ」
「私もバイトするならここにしようかな?」
「しかし、名前出せなかったな、俺たち……」
 
(つづく)



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