鳴美の手を引いて町を行く愛美。もともと、愛美は(外見は)母性的な印象を与える女性なので、その様子は姉妹と言うより母娘に見えなくもない。そうした中で、二人が(血縁関係はないが)姉妹であることを強調しているのが、その髪型だ。二人とも三つ編みにして、お揃いのカエルの髪飾りを付けていたのである。三つ編みの本数は愛美が2本、鳴美が1本だ。
「お姉ちゃん、どこまで行くの?」
どこか不安そうな鳴美に対し、最愛の人を連れていることでご機嫌な愛美は、一軒のビルの前に立ち止まると、それを指差した。
「ここよ」
「へぇ…え?」
鳴美は硬直した。普通のファッションビルみたいなものを期待してやってきたのに、そこには巨大なランジェリーショップがそびえ立っていた。
誰が望む永遠?
第二話:着せ替え人形のキモチ(前編)
「さぁ、入りましょう」
急かす愛美に、鳴美は顔を真っ赤にして首をぷるぷると横に振った。それはもちろん、鳴美とて女の子の下着を見た事がないわけではない。それどころか、かつての恋人たちとはちゃんと愛し合った事があるので、下着を触ったり脱がせたりねぶ(以下略)したことまである。と言うか、今パンツは穿いているし。
しかし、それを売っている現場に突入するとなると、これはもう弾幕射撃の中に飛び込むような覚悟が必要だった。そして、何よりも鳴美を躊躇わせたのは、このビルには知り合いがいるかもしれない、という問題である。が、逡巡を許すような愛美ではない。
「恥ずかしがらなくても、今の鳴美ちゃんはどこから見ても可愛い女の子なんだから、問題なしよ」
そう言うと、鳴美の腕をがっしりと掴み、ずりずりと引きずり始めた。鳴美が愛美の腕力に抗し得ないのは既に証明済み。か細い悲鳴と共に、鳴美は目くるめく世界へと引きずり込まれていった。
その頃、ビルの中では、一人の女性が仕事をしていた。均整の取れた長身に、きりっとした美貌が「やり手のキャリアウーマン」という印象を与える彼女の名前は、速瀬水月。
かつて孝之の恋人だった二人の女性。そのうちの一人である。
「それでは、来週からの新製品のフェアですが、打ち合わせどおりに…はい」
水月は売り場の担当者と打ち合わせの最中だった。彼女の今の職業は、某女性下着メーカーの営業担当である。
もともと水月は高校スポーツ界では将来を嘱望された水泳選手で、卒業後は今勤めているメーカーが持っている実業団チームに入部していた。しかし、孝之との事でいろいろと精神的に疲れていた彼女は、記録が伸びずにチームを退部した。
それでも捨てる神あれば拾う神ありで、一般業務の成績も悪くなかった彼女は、そのまま会社に残ってOLになったのである。孝之のことが絡むとダメ人間になると言われた彼女も、それを吹っ切った今では、優秀なビジネスウーマンとして活躍していた。
さて、そろそろ社に帰るか、と腰を上げた水月だったが、その時彼女は見覚えのある人物を発見した。
(あれは…穂村さん…だっけ?)
遙の入院していた病院に行った時、何度か出会ったことのあるナースだ。買い物に来たのだろうか。なんとなく話を聞きたくなった水月は、愛美に声をかけた。
「こんにちは、穂村さん」
「え? あ、速瀬さん…でしたね。こんにちは」
愛美も朗らかに挨拶を返す。実は水月は恋敵なので、普通なら声を交わすような気分にはならないはずの相手だが、今は別だ。傍に鳴美がいるから。その鳴美は、思い切り嫌な予感が当ったことに頭を抱えていたが。
そんな鳴美の存在に、水月は近づいてからようやく気が付いた。何しろ小さい上に、愛美の背後に隠れるようにしているのだから、なかなか視界に入らない。
「その娘は?」
興味を持った水月の質問に、愛美は悟られぬほどの刹那の一瞬だけ邪悪なニヤリ笑いを浮かべ、それから元の笑顔に戻って言った。
「妹ですよ」
「え? 穂村さん、妹さんがいたの?」
水月は目を丸くした。
彼女が驚くのも道理で、愛美には妹どころか家族そのものがない、天涯孤独の身の上だ。両親は幼い頃に亡くなり、引き取って育ててくれた祖母も、3年前に他界した。その後、愛美は北海道の親戚の家に引き取られたものの、そこもあまり居心地が良いとは言えず、頑張って看護士資格をとると、速攻で飛び出してきてしまった。
そうした愛美の不幸な境涯を、水月が全て知っているわけではないが、家族がいないということは聞いていたので、妹の存在に驚いたのである。愛美はもちろん詳しいことは語らず、いかにも感慨深そうに言った。
「いろいろあって、今度一緒に住むことにしたんです。さ、挨拶なさい、鳴美ちゃん」
愛美がその名を口にしたとたん、水月の目がすうっと細められた。同時にまるで怒れる猫科の肉食獣のような剣呑な雰囲気が、彼女の周りに立ち込める。
「なるみ?」
その名を水月が繰り返した瞬間、それまで黙って成り行きを見守っていた鳴美は「ひうっ…」と小さな悲鳴をあげて、姉の腕にすがりついた。全身をガクガクブルブルと震わせている。
「あ、妹の名前です。美しく鳴ると書いて、鳴美」
愛美が言うと、水月の纏っていた怒りのオーラは霧散した。同時に、ふうっ…とため息をつく。
「そう…ちょっと嫌な事を思い出したものだから。ごめんね」
そう言って、水月は微笑むと、鳴美の顔を覗き込んだ。
「あたしは速瀬水月。よろしくね、鳴美ちゃん」
「は…はい…」
鳴美は蚊の鳴くような声で答えると、水月から視線をそらした。彼女は遙が事故で昏睡状態になった後、落ち込んでいた鳴美(当時は孝之)を親身になって励まし、立ち直らせてくれた恩人だ。それなのに、孝之は結局彼女を傷つけてしまったわけで、いかにダメ人間とは言え、そのことを申し訳なく思う気持ちはある。
だから、鳴美としてはどんな顔をして水月を見たら良いかわからなかったのだが、水月のほうはその鳴美の行動を違う方向に解釈した。
「だ、大丈夫よ、鳴美ちゃん。あたしは怖くないわよ」
さっき、つい怒りのオーラを噴き出してしまったことで、ちっちゃい子を怯えさせてしまったかと思った水月は慌てた。そこへ、愛美がフォローするように言う。
「あ、この子、ちょっと人見知りが激しいんです」
「そう…ごめんね、怖がらせちゃって」
「…そんなこと…ないです」
鳴美は首を横に振った。その言葉に安心したのか、水月がにっこり笑う。
「いや、でも本当に驚いたわ。穂村さんに妹さんがいると言うのもそうだけど、ずいぶん歳が離れているのね。妹さん、お幾つ?」
「18歳ですよ」
愛美がさらっと答えた。それが実に自然な受け答えだったので、水月は一瞬納得しかけた。
「ふぅん、18歳…」
そこまで言って、水月はそのおかしさに気が付いた。
「「ええっ!? 18歳ぃ!?」」
水月だけでなく、当の鳴美も思わず叫んでいた。なんと言っても、外見的にその年齢を自称するのが無理なことは、彼女自身が良く知っている。
「ちょっと、お姉ちゃん…その歳はいくらなんでも無理なんじゃ」
鳴美が小声で言うと、愛美は笑って首を横に振った。
「そんな事ないわよ。鳴美ちゃんは高校をちゃんと出てるんだから、知力のほうは問題ないし、それに、見た目相応の年齢だと、学校に行ってないのを不自然に思われるわ」
「うーん…それは確かにそうかもしれないけど」
とは言え、鳴美が保護者なしで出歩いていたら、即座に補導されるだろう外見であることに変わりはない。それを防ぐには何か身分証明書でも欲しいところだが、戸籍もない今の彼女には、そんなものを入手することは不可能な話だ。
姉妹がそんな会話をかわす間、驚きのあまり固まっていた水月だったが、やがて首をふるふると振って気を取り直した。
「あ、ご、ごめんね。大げさに驚いちゃって」
「良いですよ、気にしてないですから」
鳴美はそう言って、謝罪は不要と告げた。
「あ、えっと…それで、今日はお買い物?」
「ええ。鳴美ちゃんの下着をそろえようと思いまして。速瀬さん、確か下着メーカーの方ですよね。良かったら、この娘に似合う品を見立ててもらえませんか?」
「え、私が?」
水月は驚いた。その驚きの中には、話した覚えもないのに愛美が水月の勤め先を知っていたことも入っている。タネを明かせば、愛美が孝之をストーキングする過程で入手した情報だ。
「うーん、悪いけど仕事が…」
水月は断ろうと口を開いた…が、鳴美を見た瞬間、ある事が頭の中を過ぎった。今進めているあるプロジェクトで浮上している問題だ。
「えっと…確認するけど、鳴美ちゃんは本当に18歳なのよね?」
「…? はい、間違いないですけど…?」
姉に言われた通り、当面18歳で押し通すことに決めた鳴美は素直に頷いた。すると、水月は思わぬ事を言い出した。
「もし私の頼みを聞いてくれたら、下着の見立てどころか、選んだもの全部プレゼントにしちゃうんだけど…どうかな?」
その言葉に鳴美だけでなく、愛美も驚いた。下着は決して安いものではない。それを大量にプレゼントにすると言うのは、結構な覚悟抜きにはできないことだ。
「そ、それは嬉しいですけど…頼みって何ですか?」
愛美が聞いた。実を言えば、彼女も決して懐具合が豊かとはいえないので、水月の提案は渡りに船と言って良い。
「あ、それを言うのを忘れてたわね…実は、鳴美ちゃんにモデルになってもらえないかと思って…うちの製品の」
一瞬沈黙が流れ、次の瞬間、鳴美はぼん、と真っ赤になった。
「あ、あの…モデルって…下着の…?」
「ええ、そうだけど…」
質問に水月が頷くと、鳴美は目に涙を浮かべてぷるぷると首を横に振った。
「そんなの…できないです…」
下着のモデル…つまり、下着姿で人前に出たり、写真を撮られたりするわけで、そんな恥ずかしい事は絶対にしたくない。第一、この普通の女の子の服でも、十分恥ずかしいのだ。
これで身体が愛美並みに成熟していれば、また少し自信も持てるかもしれないが、18歳(実態22歳)にしてこの貧弱な身体つきでは、ますます人に見られたくないのも当然である。しかし、水月が言うにはそれが良い、との事である。
「今度、私が担当する事になっているプロジェクトは、ローティーンの女の子向けのブランドを作ることなんだけど、さすがにその年齢の女の子をモデルには使えないでしょう? その点、鳴美ちゃんなら、年齢は問題ないし、すごく可愛いから、理想の人材なんだけど…」
そう言って、水月は鳴美を見た。
「そんな事…言われても…」
自分の事を可愛いと思うより、チンチクリン(瀕死語)だと思っている鳴美は、あくまでも断りたかった。しかし、遺憾ながら彼女の人生の決定権は、彼女自身にはなかった。
「それで…モデル料はいかほどで?」
愛美がどこからともなく取り出した扇子で口元を隠して尋ねる。
「え? そうね…私の自由になる予算の枠内だと…これくらいかしら?」
水月が携帯電話の電卓機能を使って額を表示する。
「もう一声!」
愛美がその額を変更する。
「いや、ちょっとそれは…」
水月が更にそれを変える。そんな攻防が続く事しばし。
「これ以上は譲れないわ」
「…うーん、仕方ないですね。では、その額で」
そう言うと、水月と愛美は固く握手を交わした。そして、愛美は鳴美の肩に手を置いた。
「…と言う訳で、いい条件を勝ち取ったわよ、鳴美ちゃん」
思わず鳴美は叫んだ。
「いい条件じゃないよ、お姉ちゃんっ! 妹を売るのっ!?」
その妹の糾弾の言葉に、愛美は目を伏せ、いかにも悲しげな表情で答えた。
「ごめんね、鳴美ちゃん…今月はちょっと苦しいの。あなたの分の生活費もあるし…」
自業自得とはいえ、いきなり扶養家族を抱え込んだ愛美の負担は重い。扶養される側である鳴美は言葉に詰まった。すると、水月が手を合わせて頼んできた。
「あ、も、もちろん鳴美ちゃんがどうしても嫌だって言うなら、無理強いはしないけど…でも、助けると思って、頼まれてくれないかな?」
男だった頃、これは断れなかった、と言う水月のお願い攻撃を受け、鳴美は動揺した。さらに、そこへ止めを刺すように、愛美が囁いてきた。
「昔お世話になったんでしょう? 良い恩返しになるんじゃないかしら? 鳴美ちゃん」
その言葉を聞いた瞬間、鳴美の脳裏に、昔の記憶がフラッシュバックした。遙が昏睡状態に陥り、絶望のふちに陥った自分を、立ち直らせてくれた水月。その彼女の好意に甘えながら、結局裏切ってしまった自分。去っていく彼女を見送りながら、何も言えなかった時の、苦い記憶…
「ちょ、ちょっと、鳴美ちゃん!?」
水月の慌てたような言葉に、鳴美はわれに返った。その視界が、妙にぼやけていて、頬が冷たい。
「あれ…泣いてる…?」
自分の意外な行動に驚く鳴美に、水月は頭を下げてきた。
「ご、ごめんね。そんなに泣くほど嫌なら、もう言わないから」
その言葉に、鳴美は首を横に振ると、水月に聞いた。
「わたしで…本当に役に立てますか?」
「え? う、うん…鳴美ちゃんなら間違いないと思うけど」
水月が答えると、鳴美はぺこりと頭を下げた。
「お話、受けても良いです」
「そう、それは残念…え?」
断ってくると思った水月は驚いて鳴美の顔を見た。
「本当に良いのね?」
「はい、わたしで良ければ」
水月の念押しに、鳴美はキッパリと答えた。もう自分はこんな姿だし、水月に対してできる償いと言えば、こうして何かの形で彼女の役に立つ事しかないだろう、と思ったのである。
が、鳴美がその決断を後悔するまで、五分も掛からなかった。現在彼女は試着室の中で、水月が持って来た大量の下着を前に途方にくれていた。
「お姉さんから聞いたけど、鳴美ちゃんはブラ付けた事がないんだって?」
「…ええ、必要なかったですから」
あったら変態…いや、大変である。まぁ、少女化した後の話だとしても、鳴美のバストサイズはブラの必要性が疑われる大きさではあったが。
「必要ないように見えても、やっぱり付けておいた方が良いわよ。身体のラインをきれいに見せる効果もあるしね」
しかし、そこはさすがに水月はプロである。鳴美のサイズに合っていて、かつそれなりに貧弱な彼女の身体を、少しは見られるものにするチョイスをしていた。具体的に言うと、「寄せて上げる(以下略)」などを謳い文句にした、補正機能付きのものだ。
(こんな身体でも効くのかな?)
鳴美の知っている女性は、水月にしても遙にしてもスタイルが良かっただけに、効果のほどはどうしても疑問だったが、水月は自社製品に自信があるようだった。
「それじゃあ、さっそくだけど脱いで」
「はい」
鳴美は赤くなって頷いた。水月とは何度もお互いの裸を見た仲だが、こうして貧弱な少女の身体を見られるのは、かなり恥ずかしい。たとえ、水月にそうだとわからなかったとしても。
「それじゃあ、私の言う通りにしてみてね」
「はい」
鳴美は水月の指導に従って、ブラを身につけ始めた。肩紐に腕を通し、背中のホックをとめる。見えない部分なので少してこずったが、幸い鳴美は身体がかなり柔らかかった。特に腕や背中が痛くなる事もなく、無事に試着を終えた。
「えと、こんな感じですか?」
鏡に映る自分の下着姿に赤面しつつ、鳴美は水月に尋ねた。さすがにジュニア用ではないが、ビギナー向けのシンプルなデザインのものだ。パットが厚めに入っているので、鳴美でもちょっとだけ胸にボリュームが出ているように見える。
しかし、水月は首を横に振ると、鳴美の背中に回りこんだ。不審に思った鳴美が振り向こうとすると、すかさず肩を抑えて、その動きを止めさせる。
「あの、何か?」
不安に思った鳴美が聞くと、水月はまるで鳴美を抱きしめるように、腕を回してきた。鳴美の心臓の鼓動が、一気に1オクターブ跳ね上がる。
「あ、あの、水月…さん?」
まさか自分の正体がばれたんじゃ、とますます不安になる鳴美。すると、水月は不安を和らげるような優しい声で、しかしとんでもない事を口にした。
「ただ付けただけじゃだめよ。こうして、しっかりカップがホールドするように、手を入れて整えないと」
え? と鳴美が思うより早く、水月の手がブラのカップの中に滑り込んだ。
「ひゃああああぁぁぁぁぁうっ!?」
いきなりの事に飛び上がりそうになる鳴美。しかし、軽量のその身体は、水泳で鍛えた水月の腕の中では、ヒグマにつかまったサケ同然の無力な存在だった。
「じっとして。こうやって、かき寄せて…もうちょっと」
水月が鳴美の身体を抑えたまま、形を整えていく。と言っても、鳴美にとっては胸を鷲掴みにされて、揉みしだかれているのと変わりない…実際にはそんな事ができるほどボリュームはないのだが。
数分たって、ようやく鳴美は開放されたが、水月が腕を放した瞬間、真っ赤な顔のまま、試着室の床にぺたんと座り込んでしまった。
「は、はうう…」
荒い息をつく鳴美に、水月が微笑みながら言う。
「ほら、鏡で見てごらん」
「…ふぇ?」
力の抜けた声で返事をして、鳴美が顔を上げると、そこにはさっきとはぜんぜん違う自分の姿が映っていた。「心なしかあるような気がする」レベルだった胸が大きくボリュームアップし、僅かではあるが谷間も形成されている。
「え…あ、ええっ!? す、すごい…」
さっきとは違う意味でドキドキしてくる鳴美。もちろん、彼女とて補正下着の存在を知らないわけではないが、自分で体験して、初めてわかることというのは存在する。
(ん…待てよ? 昔水月を脱がした時になんか違和感があったのは、これのせいか…?)
過去の出来事を思い出し、そこにあった秘密に思い至って愕然とする鳴美。別に騙されたと怒りたいわけではなく、女の子が…それこそ水月のような美少女でさえ、涙ぐましい努力を重ねていたのだと言うことを知り、思わずもらい泣きしそうになった。
一方、水月はそうした鳴美の思いを知る由もなく、さらに講義を続けようとしていた。
「ブラの方は良いとして、次はパンツの穿き方ね」
「え、そんなのにもコツがあるんですかっ!?」
驚く鳴美に、水月はもちろん、と大きく頷く。
「もちろん。身体のラインを整えるのにも、蒸れたりしない快適さを保つにも、ちゃんとした穿き方は重要よ。さぁ、早速行ってみましょう」
「いやーっ!? 自分で脱ぐから良いですよぉーっ!!」
そんな試着室の様子を、外で待っている愛美は羨ましそうに見ていた。
「良いなぁ…楽しそうだなぁ。私も鳴美ちゃんに着せ替えをしてみたいのに」
これが終われば、服を買う時に鳴美を独占できるはずだ、と言い聞かせて待つ愛美だった。
30分ほどかけて試着は終わり、鳴美は安いパステルカラーのビギナー用をいくつかと、同じサイズでもちょっとだけ大人っぽいレースやフリルの使われた品を買った。いや、買ってもらった。約束どおり、水月がお金を出してくれたのだ。
「ありがとうございます、水月さん」
鳴美は紙袋を手に頭を下げた。
「気にしないで。あ、そうだ」
水月はポケットから携帯を取り出すと、カメラモードで鳴美の写真を何枚か撮った。
「モデルの件、上司と相談しなくちゃいけないからわからないけど、もし決まったらよろしくね」
「あ、はい…よろしくお願いします」
鳴美はちょっとだけ顔を曇らせた。水月一人に見られるのだけでも恥ずかしかったのに、大勢に見られるとなると、余計に恥ずかしい。
しかし、もう一度決めてしまった事を覆すわけにはいかなかった。昔の自分は、そればかりしていたから、ヘタレだのダメ人間だのと言われてしまったのである。せめて、今度は自分の言う事に責任を持ちたい。
だから、鳴美は無理にでも笑って見せた。水月は笑い返すと、会社に戻るからと手を振って去っていった。
「ずいぶん資金が助かったわ。じゃあ、次は服ね」
ホクホク顔の愛美に、鳴美は苦笑すると「はい、お姉ちゃん」と頷き、二人で店を後にした。行き先は、駅前の商店街だ。
神ならぬ身の鳴美には、そこでまた別の再会があることを、知る由もなかった。
(つづく)
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