カノンコンバットONE シャッタードエアー

プロローグ

作:U−2Kさん


 幸せだった。

 この上なく幸せだった。

 あの日、空から翼が降って来るまでは……。



 総合病院の待合室に3人の人影があった。
「相沢……本当に行くのか?」
「ああ……」
 相沢祐一は、親友の北川潤の問いに語尾を曖昧にしながら答えた。
「相沢君が行ってしまったら、名雪と秋子さんはどうなるの? まだ希望は……」
 祐一のもうひとりの親友である美坂香里も彼を引きとめようとするが、祐一の決意は揺るがない。
「だからお前たちに頼んでるんだ。勝手だとは思うけど。それに、お別れはさっき済ませた」
「決心は堅い、か。わかったよ、相沢。こっちのことは万事任せろ」
「すまない……」
 祐一は僅かに頭を下げた。
「でもね、絶対に帰ってくるのよ。ふたりが目覚めても相沢君がいなかったらかわいそうだから」
「わかってる。それじゃあな、北川、香里」
 そう言い残して祐一は踵を返した。親友たちが別れの言葉をかけても、彼は振り返ろうとはしなかった。


 2003年の春、クラナド大陸の全土を巻き込む戦争が始まった。
 そもそもの始まりは1994年までさかのぼる。
 この年、1つの小惑星が観測された。そしてそれは1999年7月に地球に最接近、地球のロシュ限界(衛星が存在できる限界の距離。これを越えると潮汐力により衛星は破砕する)を突破して大小合わせて1000以上の隕石に分裂し、クラナド大陸を中心として地表へ降り注ぐという恐るべき予測が導き出された。
 発見者の名前から「コーヤサン」と名づけられた(当初はXF04と呼ばれていた)この小惑星を迎撃するために世界はNMD(国家ミサイル防衛構想)を推進すると共に、国際連合の管理下でクラナド大陸のほぼ中央に位置する中立国家、Air皇国に隕石迎撃用の巨大レールガンを建造した。これは8門の砲が円周上に配置され、イギリスの有名な遺跡を彷彿とさせる外見から「ストーンヘンジ」と呼ばれた。
 そして運命の1999年7月、コーヤサンは予測通り地表に隕石を撒き散らした。この宇宙からの災厄で世界は大きな被害を受けたが、各国のNMDやストーンヘンジの活躍により、被害は当初予想されたよりもずいぶん少なかった。衛星軌道上にはまだ多数の隕石が残されてはいたが、人類の危機はとりあえず回避されたのである。

 クラナド大陸の西部に、Tactics連邦という大陸1の大国がある。99年の災害において世界で最も大きな被害を受けたこの軍事大国は、災害後の不況によって復興も思うように進まず、経済の停滞が深刻化していた。また、大量に発生した難民の処遇を巡り、大陸各国との関係が悪化するなど、この国を迷わす諸問題は経済だけにとどまらなかった。
 Tactics連邦はそれらを禁断の方法で打開しようとした。隣国への侵攻である。
 かくしてコーヤサン飛来から4年後の2003年8月、ストーンヘンジを奪取すべく電撃的にAir皇国への侵攻を開始した。Tactics連邦軍は目論み通りストーンヘンジを接収、さらに侵攻の手を大陸第2の大国、Kanon国やその他の国々へと広めたのだった。

 2003年秋、相沢祐一はKanon国の北方に位置する地方都市、スノーシティーで幸せに満たされた生活を送っていた。だが、両親の海外転勤に伴い、親戚の水瀬家へ居候していた彼にも戦争の暴力は容赦しなかった。
 その日、秋晴れの空を突いて、敵味方入り乱れての大空中戦が祐一たちの住む街の上空で展開された。
 その時、偶然商店街にいた祐一はこの光景を、まるで別世界の出来事のように眺めていた。真っ青な空を切り裂くように描かれる白い飛行機雲、真っ赤な火を吹いて墜ちる飛行機、脱出したパイロットたちが咲かせる落下傘の花々……。
 しかし、1機の戦闘機がとある方向へ落下していったことが、祐一を現実に引き戻した。
 水瀬家へ急ぎ走って戻る祐一。そして、彼を出迎えたものは過酷な情景だった。
 撃墜された戦闘機の破片――主翼の一部が直撃し、半壊した水瀬家。その瓦礫の中で倒れている叔母の水瀬秋子、そして彼のいとこでもあり恋人でもある水瀬名雪……。
 不幸中の幸い、ふたりは一命を取りとめた。怪我も順調に回復した。しかし、意識だけは戻らなかった。
 祐一はふたりが目覚めるのを看病しながら待った。だが、ストーンヘンジを手中に収め、それを巨大な砲兵として、また対空砲として扱うTactics軍の勢いは止まらず、祐一たちの街は占領されて戦争もKanon国にとって絶望的な情勢となっていった。
 やがて祐一は、自分から大切な人たちの笑顔を奪った者を知ることになる。
 Tactics連邦空軍第156戦術戦闘航空団。通称黄色中隊。Tactics空軍の最精鋭戦闘機部隊である。その中隊があの日、水瀬家に飛行機を落としたことをTactics軍の軍政下で、厳しい検閲下の元唯一許された新聞で知ったのだった。
 戦争が始まった翌年の早春、彼はこれまで密かに考えていたことを実行に移す。「俺が戦争を終わらせてやる」と。
 かくして彼は、レジスタンスの手引きで占領下のスノーシティーを脱出、Kanon軍とAir国防隊、その他の小国の残存勢力によって編成されたISAF(独立国家連合軍)の立て篭ったノースポイント――Kanon国に残されたごく僅かな領土の1つへ辿り着き、そこで戦闘機パイロットに志願したのだった……。


 カノンコンバットONE シャッタードエアー


「Mission1 バトル・オブ・ノースポイント」につづく




管理人さたびーのコメント

 今回のお話は「AC4」ではアニメパートの主人公である「少年」の回想の始まりですが、この作品では祐一が戦う事を決意するまでの物語ですね。

>主翼の一部が直撃し、半壊した水瀬家。その瓦礫の中で倒れている叔母の水瀬秋子、そして彼のいとこでもあり恋人でもある水瀬名雪……。

 いきなり秋子さんと名雪が酷いことになっていますね…だからこそ祐一は戦う事を決意したのでしょうが。

>Tactics連邦空軍第156戦術戦闘航空団

 はたして、この部隊のメンバー…とりわけ「AC4」でも最強のパイロットといわれている「黄色の14番」は誰になるのでしょうか?今から楽しみです。


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