相沢祐一のパイロット教育は僅か6ヶ月で切り上げられた。逼迫する戦局が余裕のある教育を許さなかったからだ。その代わり、訓練も実戦さながらの厳しいものとなり、祐一の飛行時間はこの6ヶ月で何と300時間以上にも達している。
 祐一が正規の戦闘機パイロットになってから間もない2004年9月19日、追い詰められたISAFの司令部や残存部隊が篭るノースポイントに、ついにTactics軍の空爆作戦が開始された。この後およそ10日間続く熾烈な航空戦「ノースポイントの戦い」、バトル・オブ・ノースポイントの幕開けである。

 カノンコンバットONE シャッタードエアー

Mission1 バトル・オブ・ノースポイント


 
2004年9月19日 1400時 ノースポイント ニューフィールド島沖上空


『当空域のISAF所属全機へ。ボクはみんなの管制を担当する管制機“スカイエンジェル”だよ。よろしくっ!』
(あれ、この声は……)
 敵機襲来により緊急発進の命令が下り、先日までは自分の練習機でもあったF−4EファントムUのコクピットに収まってISAFの空母<イタル・ヒノウエ>から急遽空へ飛び上がった祐一は、AWACS(早期警戒管制機)から届く戦場には相応しくない陽気な音声に思い当たるものがあった。聞き違えるはずがない。
「おい、お前もしかして……あゆか?」
『えっ!? もしかして……祐一君? 何でこんな所に?』
 祐一たちに「スカイエンジェル」と名乗った女性は月宮あゆ。彼とはスノーシティーで顔見知り、いやそれよりも関係は深い――古い友人だった。
「そうだ、相沢祐一だ。『何でこんな所に?』はこっちの台詞だぞ」
『うーん……これが終わったら話すよ。それよりも祐一君のコールサインを決めなきゃ』
(人生が終わっちまう可能性もあるんだけどな)
 などと思う祐一だったが、さすがに洒落にならないので口には出さない。その代わりに、昔のように軽口を叩く。
「なるべくカッコイイのにしてくれ」
『じゃあ“たい焼き1”!』
「却下」
 即答する祐一。
『うぐぅ……おいしそうなのに』
「コールサインが美味しくてたまるか」
『うぐぅ……じゃあ用意されていたコールサインで呼ぶよ』
 心底残念そうなあゆの口調に、祐一は思わず苦笑した。まるで涙ぐんだ幼げな顔(4年間逢っていないので大人びているかもしれないが)が頭の中に浮かぶ。心底懐かしく感じた。
「最初からそうしてくれ」
『祐一君は今日から“メビウス1”だよ』
「メビウス1、了解」
『うんっ!』
 この戦争で伝説となる名が誕生した瞬間だった。

 ノースポイントはクラナド大陸の北西部にある諸島で、大きな本島といくつかの小島によって成り立つ。大部分が凍土で覆われて夏でも気温はさほど上がらず、冬になると氷と雪で閉ざされる。大陸とは海で隔たれているためISAFが逃げ込むには好都合で、それゆえTactics軍の直接的な侵攻を受けずに済んでいたが、9月に入りTactics軍がノースポイントへの侵攻準備を始めると、ISAFもこの最後の拠点を守るべく乏しい航空戦力を集結した。
 制空権さえ維持できればノースポイント防衛は成功するし、攻める側は制空権を奪取しなければ上陸はできない。ゆえにまずは航空戦が展開されると誰もが予想し、その通りになっている。
 だが、ISAFが勝てるかどうかはまた別の問題だった。ノースポイント防衛のため戦力を集中したとはいえ、それは文字通り「寄せ集め」に過ぎない。現に今回迎撃に上がった戦闘機も機種がまちまちで統一が取れていない。アメリカ製のF−8クルセイダーがあればフランス製のダッソー・ミラージュVがあったり、果てはスウェーデン製のサーブJ−37ビゲンもあったりする。まるで戦闘機の博覧会である。

『敵爆撃隊はニューフィールド島のアレンフォート基地を爆撃する模様だよ。みんなは爆撃機の撃墜を最優先にして。ここで敵の爆撃を止められなかったらISAFは負けちゃうから、頑張ってねっ』
 AWACSの管制官としてこの空域で展開される戦闘、その全てを見通す立場にあるあゆが皆に指示を出す。敵との距離は確実に縮まり、すでにTactics軍爆撃隊に付いていた護衛戦闘機が祐一たちに向かって来ていた。
『アルファ1、了解』
『チャーリー1、了解』
 味方機が次々と応答する中、祐一も応じる。
「メビウス1、了解」
 祐一のF−4Eは複座機で、本来祐一の後ろには航法を担当するナビゲーターが乗っているはずなのだが、今はそれの代わりをコンピューターでまかなっていた。人材の不足はこんな所にも現れていた。
 あゆから続けざまに指示が入る。
『第1小隊と第2小隊は敵戦闘機を駆逐、第3、第4小隊は敵爆撃機を主に狙って。でも臨機応変にねっ』
 そして、ISAF機が編隊を解いた。祐一は第2小隊の所属、基本的に対戦闘機戦闘を担当することになっていた。

 敵も味方も中距離空対空ミサイルを持っていなかった。したがって交戦はパイロットが敵機を視界に収めた時から本格化する。
 祐一も敵の1機を視認した。細い機体に三角翼、尾翼もある。世界中でベストセラーとなった旧ソ連製の戦闘機、Mig−21フィッシュベッドだ。
 どうやらMig−21も祐一を標的として定めたらしい。しきりに旋回して攻撃の機会をうかがっている。
「メビウス1、エンゲージ(交戦開始)」
 と短く報告して、機首を敵機に向ける。とにかくいち早くミサイルを発射できる場所につけないとならない。
 何回かの旋回を繰り返すとHUD(ヘッド・アップ・ディスプレイ、パイロットの視界を妨げずに必要な情報を表示する透明の板)が敵機の捜索モードに入った。敵機も動きを激しくしてロックオンを避けようとしいるようだが、祐一機のロックオンの方が早かった。敵機の姿はHUDの表示する目標コンテナに捉えられ、ミサイル照準マーク(ミサイルシーカー)が重なるとロックオン完了。薄緑のHUD表示が赤に変わる。
 祐一はすかさず発射ボタンを押す。翼下に搭載されたAIM−9Sサイドワインダーが1発、後端からオレンジ色の炎を吐き出して放たれた。
「メビウス1、フォックス2!」
 祐一の台詞「フォックス2」とは「赤外線誘導空対空ミサイル発射」との意味を持つ。
 エンジン排気などの赤外線を感知して追尾する赤外線誘導空対空ミサイルの中でも最も代表的なミサイル、AIM−9サイドワインダーシリーズは改良型や派生型が現在も世界中で使用されている。祐一のF−4Eや友軍機が持つサイドワインダーはAIM−9Sであり、この時点で最新型のサイドワインダーを持っていることは、旧式機揃いのISAF空軍としてはせめてもの救いだった。
 だが、それでも百発百中という訳にはいかない。
 白煙を引き、微妙に方向を変えてMig−21に突進していたAIM−9Sが命中すると思われるまで敵機に近づいた時、Mig21から小さい影が飛び出し、それがまばゆい光の玉になった。赤外線ミサイルを欺瞞するフレアを撒いたのだった。
「くそっ、外した!」
 AIM−9Sはフレアに突っ込んで爆発した。Mig−21は無傷のままで、祐一を墜とそうと機動している。だが、位置的なイニシアティブは未だに祐一が保っていた。とにかく機首を向け続けて追いかける。
 複雑な機動で祐一の追跡を逃れようとするMig−21だったが、それよりも早く祐一機のFCS(火器管制システム)が敵を再びロックオンした。だが今度はまだ撃たない。もっと接近してからでないとさっきのようにフレアでかわされてしまう可能性がある。
 必死に敵機と距離を詰め、1000メートルを切った瞬間、
「逃がすか! メビウス1、フォックス2!」
 祐一の気合と共に、再び翼から放たれるAIM−9S。
 そして数秒後、今度は狙い違わず命中した。Mig−21の細い機体が一瞬折れたかと思うと、それは火球になって本当に折れたのかどうかは確認できなくなった。
「ミサイル命中! 命中!」
 祐一は思わず叫んだ。文字通りの火達磨になって眼下に消えて行くMig−21。憎むべき敵機、それを撃墜したのだ。しかも初めての撃墜。「ナイスキル!」と、その様子を見ていたらしい味方機から祝いの言葉がかけられる。が、祐一には喜んだり、または敵とはいえ人間の命を奪ったことを思い噛み締める機会はまだ与えられなかった。
『祐一君っ、チェック・シックス(後方に注意)!』
 あゆの叫びがレシーバーから聞こえると同時に、後方警戒センサーが耳に障る音を出し始めた。
 キャノピーの枠に付いているバックミラーに反射的に目を向けると、比較的小さな戦闘機が主翼に描かれたTacticsの国籍マークを見せびらかそうと言わんばかりに翼をこちらに向けて映っていた。その機体は、F−5EタイガーUという名を持っている。

 F−4とF−5は共に1960年代末期にアメリカで開発され、ベトナム戦争で活躍したのも共通している。が、前者は自重14.7トンの重戦闘機、後者は僅か4.4トンの軽戦闘機という決定的な違いが存在する。
 F−4の方が機体が大きく発展の余裕があるため、旧式化の著しい今でも戦闘爆撃機として運用されることが多く、また偵察機や電子作戦機に改造されたものもある。軍用機としての総合性能では明らかにF−4が上である。
 しかし、現在祐一が置かれた立場はその優位が全く通用しなかった。F−5は軽く小さく、レーダーの性能も低かったが、機動性という1点のみはF−4を完全に凌駕していた。そして祐一のF−4Eは、そのF−5Eにぴったりと追跡されているのだ。
 
 祐一のF−4Eは追い詰められつつあった。これまでの訓練で学んだ空中機動法を使って離脱を試みるが、敵機は離れるどころかますます接近する。操縦桿を引いて急降下から一気に急上昇へと移った。
(ぐっ……ぐうっ……!)
 強烈なGが祐一の全身を締めつける。あまりGがきついと気絶することがざらにある。空中戦の最中にそうなっては死は確実である。
 歯を食いしばって機体を操り、後方を確認する。バックミラー越しに映る敵機のキャノピー、その中に見えるパイロットはヘルメットとマスクで覆われていて表情を窺い知ることはできない。しかし、祐一には相手が笑っている気がした。
「くそっ! 離れろ……離れろよっ!」
 そんな祈りにも似た叫びとは裏腹に、後方警戒センサーはしきりに甲高い警報を響かせていたが、ついにそれが1つの長音となった。機銃の有効射程内に踏み込まれた。
 殺られる!――そう思った瞬間、背後のF−5Eが翼を翻し、直後に爆発した。
 片翼をもぎ取られて、錐揉み状態で落ちて行くF−5E。ミサイルが直撃したのは明白である。
『メビウス1、大丈夫か?』
「教官!」
 祐一の窮地を救ったのは、先日まで彼の教官としてパイロットに必要な技量、そして精神を叩き込んだ石橋中佐だった。パイロットしてはベテラン、いやもはやロートルとも表現し得る石橋が第1線の戦闘機乗りに復帰しているのが、この時期のISAFの現状を表現していた。
『まだ訓練の気分が抜けてないのか? 今の私は“トレイナー1”だ』
「トレイナー1、ありがとうございます」
『まぁどうでもいい。だがさっきの場合はフルスロットルで逃げるんだ。ファントムは推力とスピードでタイガーUに勝るから振りきれる。それにさっきの奴はミサイルを切らしていたから確実に逃げられた。そういうのにも気付かなきゃいかんぞ』
「は、はい」
 まだ初陣の祐一にはそのようなことに気付く余裕などなかった。つまり、今回やられなかったのは運が良かったに過ぎない。
『せっかく生き残ったんだ。次からは気をつけろよ』
 そこにあゆの声が割って入った。
『スカイエンジェルより全機へ。爆撃機は全て撃墜または撃破、戦闘機の残存は撤退しつつあるよ。ボクたちの勝ちだよっ!』
『イヤッホーッ!』
『イェーイッ!』
 航空無線に多数の歓声が飛び込む。祐一はそれを聞くと、どっと疲れが押し寄せて来た。
『さっ、お仕事はこれで終わり。みんなおうちに帰るよっ』
(俺は生きてるんだ……)
 あゆの明るい声が、祐一にそう実感させた。

 この日、Tactics空軍はノースポイント北部・中部・南部の3方面から飛来したが、いずれもISAF空軍に撃退された。爆撃を許してしまった基地もあったが、損害は軽微で基地機能は速やかに復旧されている。
 しかし、1回きりの失敗でTactics軍がノースポイントを諦める訳がなく、ISAFの正念場はまだ始まったばかりだった。


 前略
 名雪と秋子さんの具合はどうだ? まぁ連絡がないから変化もないことはわかるが……。
 そっちでは情報統制がしつこいらしいから戦況はわからないと思う。
 今、俺はノースポイントの付近(海の上――空母にいるから「付近」としか言えないんだ)にいる。こっちはTactics軍の戦闘機や爆撃機を迎撃するという日々が続いているけど、全く忙しいぜ。昨日は敵を2機撃墜したから、これまでに撃墜した4機と合わせて俺のスコアは6機。5機撃墜でエースと呼ばれる資格があるので、俺はそのエースの仲間入りをしたことになるな。ついこの間、初めて実戦を経験した新米だから未だに信じられないけど。
 そんな訳だから、俺は敵を殺したことにもなる。偽善かもしれないが、その敵には申し訳ないと思う。命の重さなんて、俺は秋子さんが事故にあった時に思い知ったはずなんだけどな……。しかし、それに関して後悔はしていないしもう後戻りなんてできない。この戦争が終わるまで戦い続けることが今の俺にできる唯一のことだと信じている。
 ま、辛気臭い話は置いといて、敵は毎回大損害を出して俺たちに決定的な打撃を与えられない。このままの状態で戦闘が続けば、敵はいずれ消耗してノースポイントを諦めるだろう。そうしたらいずれ反撃の時が来る。ようやくこの薄寒い海ともお別れできるというもんだ。まだ9月だというのに、ノースポイントではもうすぐ雪が降るという。寒いのにはスノーシティーで慣れたつもりだけど、ここはそれ以上らしいからな。
 あんまり長く書くと、危険を犯してこのメールを受信してくれるレジスタンスに申し訳ないからこの辺で終わりにするよ。
 それじゃ、名雪と秋子さんをよろしく頼む。

 追伸
 結婚おめでとう。式に出られなくて悪かったけど、まぁこういう事情だから勘弁してくれ。末永く幸せにな。

 親愛なる北川潤・香里夫妻へ
                           
メビウス1こと相沢祐一より
                           
                           2004・9・26



 「Mission2 ISAF反撃」につづく


 
後書き

 ほとんどの方が「はじめまして」になるかと思いますが、U−2Kと申します。
 
 完結の見込みもないままシリーズを立ち上げ、公開のあてもないまま書いていましたが、以前(去年の年末頃に)さたびーさんが自サイトで公開してくださると仰ったので、今回こうして投稿させて頂きました(遅過ぎる)。
 本作を読まれて、色々と違和感や疑問を持たれた方もいるでしょう。6ヶ月でジェット戦闘機のパイロットになれるはずないとか、現代空戦では有視界戦闘は稀だとか……。
 しかし、本作の元ネタのひとつとなったゲーム「エースコンバット04 シャッタードエアー」(ナムコ)が、フライトシミュレーターと言うよりはシューティングと表現した方が近い(と思ってます)ので、戦闘場面に関しては今後も変な感じになると思います。
 設定や文章、それ以外に変と感じられた部分は、ひとえに私の未熟、もしくは趣味(笑)が全ての原因です。 

 それでも、今後よろしくお付き合いいただければ、執筆者としてこれに勝る喜びはありません。


管理人さたびーのコメント

>ISAFの空母<イタル・ヒノウエ>

 個人的にはこの艦名を見て爆笑しました。

>『じゃあ“たい焼き1”!』
>「却下」


 まぁ、あゆらしいともいえますが…こんなコールサインでは速攻で食われてしまいそうです(笑)。祐一君が却下したのも無理はありません。

>先日まで彼の教官としてパイロットに必要な技量、そして精神を叩き込んだ石橋中佐
>『まだ訓練の気分が抜けてないのか? 今の私は“トレイナー1”だ』


 おおっ、先生がかっこよくなっているではありませんか。こういう渋いキャラは私は非常に好きです。

>親愛なる北川潤・香里夫妻へ

 この世界では北川君は無事香里をゲットできたようですね(笑)。

 さて、順調にエースとなった祐一ですが、次回は戦況もピンチのようですね。果たして彼が黄色中隊とあいまみえる日はいつなのでしょうか?次回がとても楽しみです。



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