2004年10月4日 1530時 ノースポイント ニューフィールド島 アレンフォート基地
「あっ、祐一くーんっ!」
命令により空母<イタル・ヒノウエ>からニューフィールド島、アレンフォート基地(初の実戦で守った場所だ)へ移ってから数日後、ブリーフィングが終わってパイロット待機所へと戻ろうとしていた祐一の背中に、何とも懐かしい声が突然かけられた。
振り返り、そして反射的に体を横に反らす。
ミサイルよろしく祐一に駆け寄って来たその小柄な女性は、闘牛士のようにいきなり身を翻した祐一に避けられて近くの自動販売機に顔面から激突した。
「うぐぅ……避けた! 祐一君が避けたっ!」
ぶつけた鼻をさすりながら抗議するその女性――月宮あゆは、身長、顔つき、そして身体のスタイルと、別れた4年前よりも確実に大人になっていた。祐一は一瞬、その変化に驚かされる。
「おい……お前、本当にあゆか?」
「うん。そうだよっ」
だが、その太陽のような笑顔がもたらす明るさは、4年前と寸分たりとも変わっていなかった。
カノンコンバットONE シャッタードエアー
Mission2 ISAF反撃
4年前のいとこの少女との再会に習い、祐一はあゆに自動販売機(先ほどあゆが激突したもの)のホットコーヒーを奢り、また自らもそれを買って乾杯した。本来ならあゆの好物であるたい焼きで再会を祝うところだが、あゆにとって不幸なことに、このアレンフォート基地のPX(売店)にたい焼きは売っていなかった。
だが、それは同時に幸運だったかもしれない。このような所で「食い逃げ」などを働いた場合、憲兵に即座に捕まって営倉入りになってしまう可能性が高いだろう。
祐一とあゆは久しぶりの再会を素直に喜んだ。祐一があゆをからかって面白がる、という図式もあまり変化はなかったが。
「それよりも祐一君。何でパイロットになったの?」
ある程度会話が進んだところで、あゆはそう聞いた。祐一は一瞬悲しげな表情をしたが、ここに至るまでの出来事を彼女に隠す理由もないので淡々と語り始めた。
「そうなんだ……。ごめん、つらいこと聞いちゃったね」
「いや、いいんだ。それに、あゆに聞いてもらったから少しは楽になった気がする」
それよりも、と祐一は言葉を続ける。
「次はこっちの番だ。何でお前はここにいるんだ?」
「話せば長くなるんだけど……」
「『おなかが空いていたから』か?」
「うぐぅ、真面目に聞いてよっ」
「悪い悪い。今度はちゃんと聞くからさ」
笑いながらあゆを促すと、彼女も語り始めた。祐一の知らない4年間のことを。
あゆは11年前に木から落下して大怪我を負い、一命は取りとめたが意識不明に陥っていた。それから7年後、彼女は病院のベッドで意識を取り戻した。「大切なものが見つかった」と言って祐一の前から姿を消したあゆは、病院で眠り続ける彼女の意思(魂とも言える)、それが具現化したものだったのだが、あゆはそこまで祐一に教えなかった。これはあくまでも彼女の胸にとどめておかなければならなかった。
意識を取り戻したあゆはリハビリと勉強の末に通常の生活が営めるまでに回復した。しかし身寄りはなく天涯孤独、Kanon国はいわゆる福祉国家であるため国からの保護を受けて生活するという選択肢もあったが、彼女は自立の道を選んだ。衣食住が保障され、除隊後も再就職先を斡旋してくれる国防軍へ志願したのである。
陸海空軍、どれを選ぶか迷った末にKanon国防空軍軍人となり、そこで航空管制官としての素質を見込まれてAWACSのオペレーターになったのは2003年の初頭。その年の夏にTactics軍の侵攻により戦争が始まり、あゆは戦争と真正面から対峙しなければならなくなった。
戦争は純粋で優しいあゆの心を大きく傷つけた。Tactics軍との戦いで撃墜される友軍機は後を絶たず、パイロットの最期の言葉が彼女の耳に入るのも一度や二度ではなかった。ある者は国を想い、またある者は家族を、恋人を、愛する人を想い空に散った。
あまりにも悲しい現実に、任務中に泣き出したこともあった。しかし、彼女も後戻りなどできなかった。多くのパイロットの死を背負い、任務を全うすることが自分の義務であり、またそれが空に散った人々の霊に応える術だと割り切って自己の精神の防衛を計り、任務に赴いた。あゆは身体だけでなく心も確実に成長していた。
「そうか……。お前も苦労したんだな、あゆ」
「うん……。でも、それは祐一君と同じだよ。よおしっ、ボク決めたよっ!」
「何をだ?」
「ボク、祐一君の力になるよっ。戦争が終われば、名雪さんも秋子さんもきっと目が覚めるよっ」
祐一は少し驚いたような表情で彼女をまじまじと見つめた。それにかまわずあゆは続ける。
「ボクが空で祐一君の眼となり耳となるよ。ボクはそれができる。だってボクはAWACS管制官“スカイエンジェル”だから」
4年の歳月は、人を成長させるには十分な期間らしい。祐一はそう思わずにはいられなかった。
(あゆ、お前は大人になったな……俺よりも立派だよ……)
そして久しぶりに心からの笑みを浮かべてあゆに言った。
「そうだな……じゃあ、よろしく頼むよ。“スカイエンジェル”」
直立不動で挙手の礼をした後、右手を差し出す。
「うん! がんばろっ!」
あゆも祐一の右手をしっかりと握り返した。
祐一があゆとの再会を果たした翌日、ISAFは限定的な反撃に打って出た。
9月までの航空戦でISAF空軍は健闘、ノースポイントの制空権を守り抜いてTactics軍を撃退した。しかし、大陸の東北部にはノースポイント空爆のため、急造の基地も含めた飛行場に多数のTactics空軍機が集結していた。
10月に入るとTactics軍は攻撃を停止した。だが、これでTactics軍がノースポイント攻略を諦めたなどと考える者はなく、これまでになかった大規模な戦力を一度に投入してたたみかけるための準備をしているのだと考える方が自然だった。
そこでISAF司令部は防御的反撃を行うことを決定した。このまま黙って敵の出方をうかがっていても圧倒的な戦力を集結して、それを一気に投入してくる敵にすり潰されてしまうことは明白である。ならばいっそのこと「殺られる前に殺る」を実践してみたらどうだろう?
Tactics軍の最前線基地の1つに、リグリー飛行場がある。ここには爆撃機が多数集結しているのがスパイの情報収集で判明している。ノースポイントに対する脅威度は最も高い基地であるが、逆にこの基地とそこにある爆撃機を破壊してしまえばノースポイント防衛に成功する可能性は著しく高まる。ISAFはこの可能性に賭けたのである。
2004年10月5日 1335時 クラナド大陸東北部 リグリー飛行場近郊
「こちらメビウス1、目標までおよそ15km」
垂直尾翼にメビウスの輪をあしらったエンブレムのあるF−4Eは地上を這うような低空で飛行している。祐一のコールサイン「メビウス1」にちなんだマークである。その下には「MOBIUS−118」という文字があり、「118」の数字が祐一の機番号となる。
現在の高度は50メートルもない。レーダー波を避けて発見されにくくするための常套手段だ。これまでは地形が比較的平坦だったので地形追従装置がない彼の機体でも自動操縦装置でここまでは来られたが、戦闘に入らんとする今は操縦桿を握る祐一の腕に全てがかかっている。少し操縦桿を倒しただけでも機体は敏感に反応して地面に激突するだろう。ましてや、今の祐一機は重荷を抱えているからその危険はなおさらだ。
彼の愛機の主翼、その下面には片側4発づつ、計8発の1000ポンド(約454kg)爆弾がぶら下がっている。対地攻撃においては極めてメジャーな兵器だ。誘導装置を持たない自由落下の爆弾なので、祐一は攻撃目標の上に愛機を運ばなければならない。
F−4Eは本来戦闘機なのだが、機体やエンジン出力が大きいので兵器搭載量にも余裕がある。そのため戦闘機としてはいいかげん旧式なのだが、(空戦もある程度こなせる)対地攻撃機として未だに本機を運用する国も多い。祐一の属するISAFも(機体の不足という切実な理由もあるが)例外ではなかった。
『第1中隊より第2中隊へ。敵の防空火器は潰した。思う存分バラ撒け!』
先発した第1中隊は爆撃に先立ち、基地周辺に配置されている対空機銃やSAM(地対空ミサイル)発射機を破壊する任務を帯びていた。まずは邪魔者を叩かないと肝心の爆撃がそれらに妨害されて思うような効果を上げられない。
「目標まで2km! 爆撃態勢に……」
そう叫んだ所で、祐一の視界の片隅で何かが光った。
「!!」
反射的に操縦桿を倒す。爆弾を搭載していて重いために一瞬反応が遅れて機体が横転、旋回した。そしてその脇を対空機銃の弾幕がかすめた。
爆撃コースから外れて低空旋回する祐一のF−4E。すると彼の眼前に滑走路が広がり、HADの中央部に今まさに緊急離陸しようとする戦闘機――9月19日の空戦で祐一を窮地に追いやった敵と同機種のF−5EタイガーUが入った。HUDに投影されている機銃の照準レティクルの中央に敵機の影が重なる。偶然の出来事だった。
(しめたっ!)
F−4Eの機首にはアメリカ製の戦闘機にお馴染みのM61A1多銃身回転機関砲、いわゆるバルカン砲が搭載されている。1秒間に最大で100発の20ミリ砲弾を吐き出すこの機関砲の発射ボタンを、祐一は反射的に押した。獰猛な肉食獣の雄叫びを連想させる発射音が轟き、機首から飛び出した砲弾が敵機に吸い込まれるのが祐一にもわかった。
「やったか!? いや……まだか!」
離陸直後のF−5Eは、祐一機の弾が何発か命中したであろうにもかかわらず、脚を収納して高度を上げようとしていた。
(命中しなかったのか?)
だがそう考えた直後、F−5Eの機体尾部、ちょうどエンジンのあるあたりから黒煙が吹き出し、機体が失速した。祐一の射撃はやはり命中していたのである。
滑走路を少し越えた所に機首から墜落するF−5E。激突の寸前にその機のキャノピーが吹き飛んで黒い影が空に飛び出し、白いパラシュートが開いた。祐一は敵機のパイロットが脱出に成功したのを横目で見ながら、敵が脱出できたことを良かったと素直に思った。
「こちらメビウス1、話が違うぞ! まだ機銃があったじゃないか!」
敵機を撃墜し、爆撃態勢を取り直すため一度リグリー飛行場から離れた祐一は思わず抗議していた。
『ああ、まぁ実戦だからな。何事も完璧というのは難しいさ』
と誰かが返した。それに対して祐一はなにも言い返せなかった。確かに言われる通り、これは実戦なのだった。こういう場所、状況には物事を狂わせる要素が無数に存在する。だからこそ成功すると判断して決行された作戦でも無残な失敗に終わることもある。
そんなことをしているうちに祐一のF−4Eは再び爆撃態勢に入った。先ほど彼を狙った対空機銃はすでに友軍機によって復讐がなされている。もう地上にはISAFの爆撃を妨げるものは存在しなかった。現に、飛行場のあちこちからはすでに煙が上がり始めている。上空を飛ぶ友軍機の中には爆弾を投下し終えた機もあることだろう。かろうじてリグリー飛行場から飛び立った敵戦闘機と空中戦を繰り広げている味方もいた。
祐一は機体を真っ直ぐに飛ばす。目標に爆弾を正確に命中させるには機体を安定させなければいけないからだ。しかし、ただ真っ直ぐに飛ぶことは空戦において極めて危険な行為でもあった。
『メビウス1、後方に敵機!』
「くそっ!」
現に、まだ生き残っていた敵戦闘機の目標となって、祐一は悪態をつく。あと少しで標的に500ポンドを叩きつけることができるというのに、それを妨げられるのだからある意味当然の感情である。だからといって回避しなければ敵に撃墜マークを1つ献上するだけだった。
だが、そうはならなかった。
『俺に任せろ!』
祐一の無線に突如飛び込んだ威勢の良い声。そして数秒後には祐一を狙っていた敵機に、その後ろ上方から光のつぶてが降り注いだ。そのつぶてを機体全体にまんべんなく浴びた敵機は大きく機首を下げ、高度が低いためすぐに地面に激突した。友軍機が機関砲で撃墜したのである。バックミラー越しに敵機爆発の火柱が上がるのが見て取れた。
(誰だか知らないけど、サンキュー)
そう呟くと、HUDに映っている爆撃照準用のピパーに、目標の爆撃機が重なった。
「メビウス1、投下!」
瞬間、機体がガクンという振動と共に浮き上がる。これまで大事に抱えていた重量物――8発の500ポンド爆弾が切り離されたのだから、機体は急激に軽くなる。そしてその勢いに乗じて祐一は操縦桿を引いて急上昇に移った。そうしないと自分が落とした爆弾の爆発に巻き込まないとも限らない。
いったん高度を上げ、ある程度まで昇った所で反転する。すると祐一の眼下にはある意味爽快な、そして地上にいるTactics軍将兵にとっては悪夢のごとき光景があった。
最重要攻撃目標だった爆撃機、旧ソ連製のTu−95ベアとTu−26バックファイアはその全てが無残な骸を晒していた。駐機場にあったTu−95は、ある機は爆弾が直撃したのか胴体の中央部がすっかり消え去り、またある機は燃料に火がついて松明のように燃え盛っている。搭載していた爆弾の誘爆が未だに続き、連続して爆炎を発生させている機もある。格納庫内にあったはずのTu−26は格納庫の残骸と交じり合って、もはやどれがどれだか見分けがつかない。もしも仮に原型を留めているTu−26があったとしても、修理して実戦に復帰できるとは考え難かった。
爆撃機だけでなく、リグリー飛行場そのものもまた爆撃機群に負けず劣らずの状況を呈していた。管制塔とおぼしき建物は根元の部分から倒れ、ただのコンクリートの破片(人の残骸も確実に混じっているだろう)になっている。格納庫は先に述べた通り、Tu−26と共に全てが全壊し、兵舎らしき建物もまた他の建造物と似たり寄ったりな状態だ。そして滑走路にはクレーターのような穴がいくつか空いている。攻撃隊の数が少なかったため滑走路は攻撃対象には入っていなかったので、これはおそらく外れた爆弾によるものだろう。
祐一の目標は主に爆撃機だった。自分が狙ったであろう場所からも、もうもうと黒煙が噴き出している。大型機らしい残骸もちらちらと見える。戦果としては上々と言えた。
「こりゃあ……ひどいな。もうここはしばらく使いものにならないだろうな」
祐一は眼下の光景を生み出したのが自分たちであるにも関わらず、まるで他人事のように呟いた。今回が初めての爆撃ミッションとなる祐一が見ても、リグリー飛行場が文字通り壊滅したのは簡単に理解できた。ISAFの剣は、首を締めんとしていたTactics軍の手を見事に切り落としたのである。
リグリー飛行場への攻撃を成功させたISAFの攻撃隊はノースポイントへの帰路についていた。出撃時よりも数機足りない。いくら奇襲が成功したとはいえ、さすがに損害が皆無とはいかなかった。
いくらか数を減じた編隊の速度は音速を超えている。巡航速度で帰ると敵の追手が懸念されたからだ。ミサイルも少なく被弾機もある中で、リグリー救援のため緊急出撃をかけてきた敵と一戦交えるにはあまりにも不利過ぎる。音速飛行は巡航速度で飛ぶよりも燃料の消費は激しいが、海に出れば空中給油機が待っている手筈なので、途中で燃料が切れて救助が来るまで海を漂う心配もなかった。
「こちらメビウス1。さっき俺を助けてくれたのは誰だ?」
『ああ、それは俺だよ。メビウス1』
祐一の呼びかけに対しての返答は即座に帰ってきた。
「さっきはありがとう。ええと……」
『俺は“アクトレス”だよ』
「アクトレスか。とにかく助かった。ありがとう」
もう一度礼を言う祐一。危うく墜とされる所を助けられたのだから、何度言っても不足することはないと祐一は思った。
だが、アクトレスと名乗る相手は祐一の礼を素直に受け取らなかった。
『礼を言う必要はないよ。さっきお前さんを狙った対空機銃を撃ちもらしたのは多分俺だからな』
そう言ったアクトレスが苦笑するのが祐一にもわかった。
「なんだ……」
『という訳で、貸し借りはチャラということだ。基地に帰ったら飲もうぜ』
「そうだな。割り勘でな」
航空無線にひとしきり笑いが溢れた。
なお、基地に無事帰還した祐一は、その後コールサイン「アクトレス」こと斎藤少尉と意気統合することになる。
この10月5日は祐一たちの部隊とはまた別の部隊が、クラナド大陸東北部に点在するTactics軍の航空基地のいくつかに奇襲を加えた。祐一たちほどの大成功をおさめた部隊はなかったがそれでもある程度の戦果を得ることができ、ISAF司令部はこの攻撃は7割がた成功したと自己評価した。そしてそれは正しかった。
現にこの日以降、ノースポイントへの爆撃は目に見えて衰え始めた。幾度も空中戦が起こったがTactics軍機はノースポイントのISAF地上施設にダメージを与えらえず、Tactics軍もISAFへの嫌がらせ程度になれば良いと考えて攻撃していたようなものだった。
10月15日、Tactics軍はついにノースポイントへの空爆作戦を中止した。これによって大陸からノースポイントへ脱出したISAF陸軍の再編成は比較的スムーズに行われることになる。だが、ISAFの大陸反攻までの道のりはまだまだ遠かった。
「Mission3 空飛ぶ乙女」につづく
管理人のコメント
U−2KさんよりKCOの続きを頂きました。有難うございます、U−2Kさん。
今回は前回では声だけの出演だったあゆが登場してますが…
>別れた4年前よりも確実に大人になっていた。
大人っぽいあゆが想像できない私は逝ってヨシでしょうか?(爆)
言動の方もしっかりしていて、彼女の今後の活躍が楽しみですね。
>「アクトレス」こと斎藤少尉
なんと、顔すらなく多くのSSでは酷い扱いを受けている斎藤君も重要そうなキャラとして登場っ!
なぜコールサインが「アクトレス(女優)」なのかと小一時間(以下略)ですが、彼の今後の活躍にも期待したいですね。
さて、タイトルから察するに次回は「あの人」が登場でしょうか?私がONEで一番好きなキャラだけに実に楽しみです。
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