2005年8月15日 1130時 Tactics連邦 首都ファーバンティ 国防総省


「状況を開始します。ここまできたら下手な小細工は無意味、持てる限りの戦力全てを出し尽くさなければ、祖国は勝てません。皆さんの奮起を期待します」
 大陸北西部に広がるゴールドバーグ砂漠。その砂漠の南端、ランバート山脈とアンバー山脈に挟まれた狭い平地は、ウイスキー回廊と呼ばれている。
 この回廊は、防衛拠点としては最高の場所だった。平地の面積が比較的狭いため、大部隊を集中させることができ、密度の高い防衛線が敷ける。逆に攻撃側は、ウイスキー回廊を越えなければファーバンティへの道を開くことはできない。そしてここを強行突破するならば多大な出血を覚悟しなければならないだろう。
 この防衛線こそ、2重の意味で「デッド・ライン(死の線)」と表現できる。ひとつは、破られればTactics連邦の国家としての命運は事実上絶たれる、生と死の境界線。もうひとつは、多くの将兵が命を失い、屍で埋め尽くされるだろう死の満ち溢れる場所。
 現在、この狭いウイスキー回廊の防衛線近辺には、Tactics陸軍本国総軍50万、ISAF大陸西部派遣軍40万、両軍合わせておよそ90万の大軍団が集結している。互いに決戦の火蓋が切られるのを待ち構えていたが、鹿沼葉子大佐(今年5月に昇進)の一言が、クラナド大陸戦争の勝敗を事実上決定づけるウイスキー回廊会戦の始まりとなった。


 
カノンコンバットONE シャッタードエアー 

   
Mission12.5 デッド・ライン



 司令部に張り詰めた空気が、葉子の宣言と共に動き出す。葉子の指令はリアルタイムで最前線にも通達され、その証拠に、ここ地下司令部の中央にある巨大な画面に表示された敵味方の配置図に変化が現れる。
 そのTactics・ISAF両軍の配置は単純である。
 Tactics陸軍は東から第2軍団、第1軍団、第3軍団と、3分割されている。第2軍団は隕石の落下によって廃墟となった旧アンカーポイント市をそのまま防御陣地として利用しており、第1軍団と第3軍団はそれぞれ中央抵抗線、第2抵抗線と名づけられた防御陣地に陣取っている。その少し奥に砲兵陣地、さらにその奥には現地司令部があり、具体的な戦闘に関しては彼らの裁量に任されている。
 Tactics軍の南側に布陣したISAFも全く同じ部隊の分け方をしている。が、多国籍軍であるISAFは指揮系統をできるだけ単純なものにすべく、それぞれの軍団を国ごとに編成していた。東から混成軍集団(イギリス軍を中核とする多国籍部隊)、Kanon陸軍第1軍集団、アメリカ陸軍・海兵隊クラナド展開軍集団である。
 このうち、作戦の開始により威力偵察を目的として動き出したTactics第1軍団の機甲部隊に、ISAF陸軍の砲兵が155ミリ榴弾砲で牽制射撃を開始した様が、電子化され、単純な状況表示図に変えられて葉子たち司令部要員に知らされる。
 すると今度は、Tacticsの砲兵がゆっくりと前進する機甲部隊を支援するため、砲門を開く。こちらは主に152ミリ榴弾砲で、ごくまれに203ミリ榴弾砲がある。ISAFの砲兵陣地を包みこむようにして2種類の砲弾を放つ。
 それを沈黙させる目的で、ISAFの砲兵陣地がさらに砲火の激しさを増す。それだけではなく、ロケット弾を友軍の砲兵陣地へと撃ち始める。恐らく、湾岸戦争でその威力を証明したMLRS227ミリ多連装ロケットだろう。
 砲兵同士の潰し合いが行われる中、Tacticsの威力偵察部隊を迎撃すべく、前面で待機していたISAF機甲部隊が一斉に前進を開始し、戦いはいよいよ全面攻勢の様相を見せ始めた。が、そこでTacticsの威力偵察隊は後退する。
 そうなると、進軍するISAFは突出したTactics軍を追い、さらにウイスキー回廊そのものを蹂躙しようというのか、進撃スピードを増してTacticsの防衛線に迫る。もうこうなると完全な強行である。
 互いが早期の戦闘開始と勝利を望んだ末の、当然の成り行きだった。こうして始まった全面会戦は、さらに大きな渦となり、兵器と人を貪欲に飲み込んでいく……。

「そう言えば……」
 葉子の次席参謀である天沢郁未大佐(彼女も葉子に少し遅れて昇進している)は、司令部を一通り見渡すと、あることに気づいた。本来ならここにいるべき人物――本当の意味での、ここの「主」である人物が、存在しない。
「ねえ、葉子さん」
「……なんですか?」
 そう言って振り向いた葉子の視線には、僅かながら迷惑だという感情が込められていた。実際、葉子の瞳は「忙しいからくだらない話はやめて下さい」とでも語っているかのような色をしていた。
 だが、それで臆する郁未ではなかった。
「参謀総長閣下がいないみたいだけど……」
「ああ、それですか。閣下は今、大統領府に呼び出されて、そちらにいます」
「大統領に? 何で?」
「私にはわかりません」
 葉子の答えはそっけない。だが本当に知らないのなら、それ以外の回答は有り得ない。
「大統領に……ねぇ……」
 ふたりが考える事柄こそ計らずも共通していたが、詳しい内容となると、実に対称的と言えるだろう。葉子は、この重要な時に陸軍の最高指揮官がここにいないことを重大な問題と捉え、その状況を作り出した大統領に軽い不満を抱いていた。郁未は、なぜ大統領は参謀総長を官邸に呼び出したのか、その理由について希望的観測を――停戦を命じるのではないかと思っていた。
 表面上は協力して任務に専念している。だが、大元の部分でベクトルが180度異なるふたりの間に、目には見えなくとも大きい亀裂がいつの間にか入っていた。しかし、前線では彼女たちの指揮を仰いで兵士たちが戦い、灼熱の砂漠に血を流し、乾いた砂に幾分かの水分を吸わせている。

 軽い問答を終え、郁未が大型ディスプレイに目を戻すと、ISAF側、Tactics側双方から高速で移動するシンボルマークが現れ、画面中央に向かっている。
「空軍、あと5分で交戦開始」
「リボンは? リボン付きはっ!?」
 郁未が突然血相を変えて、問い詰めるように声を荒げた。Tactics軍にとって疫病神以上の存在となった「メビウス1」を気にしてのことだが、あながち過剰反応とは言い切れない。
 口にこそ出さないが、郁未以外の幕僚たちも皆それが気になって仕方がなかった。とりわけ葉子は、自分が自信を持って計画した「タンゴ線」を、メビウス1を始めとするISAFの空爆であっけなく無力化されるという屈辱を味わっている。ジャングルと岩山に覆われ、防御効果の高い地形にあったタンゴ線ですらああもあっさりと抜かれたのだから、ただの砂漠に過ぎないウイスキー回廊に布陣する陸軍の機甲部隊は、制空権を失えば演習の的同然に成り下がってしまう。
「現在、確認できません」
「……そうよね」
 少し冷静さを取り戻した郁未は、自らを納得させるように言った。あいつはステルスに乗ってるみたいだからね、とつけ加える。
「でも、黄色中隊がいてくれれば、少しは気が楽になったんだけど」
「黄色中隊は、首都防空に専念しています」
 無いものねだりは止めましょう、と言わんばかりにピシャリと発言する葉子だが、一方では同意するような口調でもあった。
 ISAFの空軍力は、今やTacticsを完全に上回っていて、戦略爆撃機(米空軍のB−52H、B−1B、B−2)はいつでもファーバンティを攻撃できる状態にあるらしいですから、黄色中隊を首都に置いておかなければならないのも確かに理解できますが……。
 やはり葉子にとっては、大陸戦争の天王山、このウイスキー回廊戦で勝てるのか否か、それが一番の問題だった。
「とにかく、空軍の健闘を期待しましょう」
 どうにもならないことを、ここであれこれ詮索しても意味がない、と葉子は現状に目を戻した。
 地上では砲兵の潰し合いが続いていたが、両軍はついに戦車を前面に押し立てて距離を詰めていた。ISAFは抵抗線を突破して首都への道を開くために。Tacticsはそれを阻止して祖国の崩壊を防ぐために。
「戦車隊、間もなく交戦距離に入ります」
「敵の主力は?」
「中央の敵はレオパルト2A5、右翼はM1A2、左翼がチャレンジャー2など多車種の混成です」
「右からアメリカ軍、Kanon軍、イギリス軍とその他もろもろか」
 郁未は固唾を飲んでディスプレイを見守った。制空権は(今のところは)互角。余計な邪魔は入らない。これまでTactics陸軍が10年以上に渡って図ってきた機甲改革の成果、それが証明される時がやって来たのだ。2年前の開戦時は、(電撃戦の成功により)攻撃の面でその威力を実証して見せたが、今度は防御について試されることになるだろう。
 彼女だけではなく、葉子も、そして司令部の全ての人間がもうすぐ火蓋を切って落とされる第2次世界大戦後最大の(戦力密度から見れば有史以来最大の)戦車戦を待っていた。

 第2次大戦後、Tacticsはソ連から、Kanonはアメリカから戦車を買い、またはライセンス生産をして、それを改良しながら機甲部隊を編成してきた。このやり方は戦闘機と同じである。
 しかし、ソ連がT64、T72といった(カタログデータ上は)強力な戦車を次々と開発し、Tacticsもそれらを配備するのに対し、Kanonは1970年代に入っても90ミリ砲のM48と105ミリ砲のM60が混在するという状況だった。Kanon国防陸軍はこれに危機感を抱いた。量質ともにTacticsに圧倒されている、と。
 1981年、Kanon陸軍の時期主力戦車として選定されたのは、これまでのアメリカ戦車ではなく、第2次大戦中から有力な戦車を開発し、今もなお戦車王国の地位を失っていない西ドイツ(当時)の戦車、レオパルト2だった。44口径120ミリ滑腔砲に複合装甲、1500馬力のエンジンを持つ、第3世代戦車の先駆けたるこの鉄獣は、Kanon陸軍機甲部隊の戦力を多いに向上させることになった。
 一方、Tactics陸軍はこのようなKanon国防陸軍の動きに、過敏な反応を見せなかった。元々工業技術力の高いTacticsは(工作精度などの理由で)細かい所であまり出来が良いとは言えないソ連製戦車を、本家よりも良質に生産し、弾道計算機や照準器も優秀なものを搭載していたから、特にKanonに対抗して、悪戯に新戦車を求めるようなことはしなかった(それでも80年代にはT80を導入したり、従来戦車も装甲など各部の改良をしたりと、戦力の質的向上努力は怠ってはいなかった)。
 しかし、1991年の湾岸戦争は、両国の陸軍が進んできた路線を大きく狂わせた。ソ連製戦車が西側の最新鋭戦車に全く太刀打ちできなかったのだ。KanonのMBT、レオパルト2こそ湾岸には参戦しなかったが、ソ連戦車は「安かろう悪かろう」という評価を受け、それはTactics陸軍にも響いてきた。もしも今、Kanonと戦争にでもなったら、自分たちのソ連製戦車は一方的に捻られ、骸を大陸の大地に晒すのではないか……。
 いくら改良を重ねていても、素材そのものに疑問を覚えたTacticsは、ついにロシア(91年、ソヴィエト連邦は崩壊した)製戦車一辺倒からの脱却を図ることになる。
 では、時期MBTはどの国の戦車を選ぶのか? 湾岸で株を上げたアメリカのM1A1エイブラムス――確かに良い戦車だが、Tacticsはアメリカとの関係がKanonほど良好ではない。政治的に多少難しい点がある。イギリスのチャレンジャーも湾岸で活躍したが、エンジン出力が第3世代戦車の標準1500馬力よりも若干低い1200馬力。この機動力では神速を要求するTactics陸軍の機甲戦術に対応できない。では、ドイツのレオパルト2は――隣国Kanonと全く同じ戦車では駄目だ。それなら日本の90式――性能は優れているが、高価過ぎて数が揃えられない。しかも日本は基本的に武器輸出を禁じている。
 どこの戦車を導入するか、意見が交わされたが結論はなかなか出ない。いっそのこと国産すれば良いという意見も出たが、強力なMBTの調達は時間との戦いでもあり、国産では間に合わず開発費用もかかるということで却下された。
 そんな中、Tactics陸軍は1両の戦車に注目した。これまで戦車ではあまり目立つ存在ではなかったフランスが、満を持して世に送り出した新型戦車、AMXルクレール。52口径120ミリ滑腔砲、1500馬力エンジン、複合装甲と第3世代戦車の条件を満たすばかりか、ベトロニクス呼ばれる極めて高度なデジタルコンピューターシステムや、破損時または新型装甲が登場した時、新しいものへの交換が容易なモジュラー装甲も多いに魅力だった。その上、これまで運用してきたロシア戦車のように砲弾自動装填装置も搭載し、乗員も同じ3名。これなら戦車人員の改変を行わなくても済む。
 彼らにとって幸運なことに、Tacticsはこのハイテク戦車を運用し得る技術力、工業力を持っていた。1992年から輸入及びライセンス生産が始まったルクレールは、年間100両以上の早いペースで配備され、Tactics機甲師団は急激にリニューアルを果たし、総合戦力では50〜70年代のようにKanon機甲部隊を超えることに成功した(ただし、Kanonのレオパルト2も96年から増加装甲を搭載し、電子装置を強化したA5に順次改造されているから、その差は再び縮まっているが)。

 今や参謀総長の名代となった鹿沼葉子大佐の指示は、即座に現地へ伝わり、実行に移される。
「第1軍団の1個戦車連隊を新たに投入させてください。畳みかけます」
「了解。伝達します……戦闘準備は既に完了しているとのことです」
「第1砲兵陣地、MLRSの攻撃により重砲の3割を喪失しました」
「自走可能な車両は陣地を変更させましょう。10分以内に場所を移すように。アンカーポイントはどうなっていますか?」
「市街地で敵を食い止めています。第3軍団の損害は軽微です」
「しばらく耐久するように、と伝えてください」
 焼けた砂の上では、鉄の猛獣同士がひたすら狩り合っている。情報を集中させ、戦況全体の把握を――引いては統合指揮を容易ならしめる指揮所からでは、兵士たちは記号と数字に変えられる。が、記号が消え、数字が減ると現場では確実に命が散っている。この時のウイスキー回廊は、過去に行われた有名な戦車戦――第2時大戦における北アフリカの戦いや、東部戦線のクルスクに勝るとも劣らない光景が広がっていた。
 敵味方それぞれの戦車砲弾が飛び交い、T80の125ミリ弾をレオパルト2A5が楔形の増加装甲で受け止める。逆にレオパルトの放った120ミリ弾がT80の車体を射貫き、砲弾の誘爆で半球形の鋳造砲塔が空飛ぶ円盤となり、数秒後には砂地にめり込む。
 今度はT80を屠ったレオパルトが、僚友の仇と言わんばかりに発砲炎を煌かせるルクレールの120ミリ弾を浴びる。1790メートル/秒の高初速徹甲弾に、さしもの増加装甲も耐えられずに砲塔本体の装甲もろとも貫通を許し、内部の乗員も荒れ狂う運動エネルギーに切り刻まれ、肉片と肉隗に変化させられた。
 そこから西に離れた第2抵抗線では、米軍のM1A2が湾岸戦争の時のように、数に勝るT72をアウトレンジで撃破した。と思いきや、直後に真上から降り注いだTacticsの対戦車ミサイルのトップ・アタックを受けて、先ほどまでの強さが嘘のように炎上する。
 戦車がほぼ互角に渡り合う中、歩兵も太陽の熱線に晒されながら、ろくに遮蔽物のない砂の地面にしゃがみ込み、歩兵戦闘車をなけなしの盾にして銃火を交えている。旧アンカーポイント市内で、廃屋に隠れていたTactics兵から狙撃されたイギリス兵がもんどりうって倒れ、事切れる。その死に顔は、この世の不条理を全て集めたのではないかと思えるほど苦悶に歪んでいた。
 だが、砂の中に可能な限りの地雷原や防御陣地を造って待っていたTacticsが、攻めるISAFよりも有利に戦いを進めている。この現状を理解するには、現場よりも司令部からの方が簡単である。
 その時、変化は空の方で始まった。
「敵空軍の第2派を補足、接近中……あっ、2手に分かれました」
「敵第1梯団、高度そのままで空戦エリアに向かう。中距離AAM、発射されました……我が空軍が押されつつあります」
「敵第2梯団、高度を下げています。地上攻撃に向かう模様です」
 今回の戦争は、陸海空であらゆる死闘が繰り広げられた。が、その帰趨は半分以上が空で決定づけられている。ISAFが命長らえたノースポイントの空、シーパワーが逆転したコンベース港の空、大陸の巨人――ストーンヘンジも空からの鉄槌で死した。そして、このウイスキー回廊でも、空からTactics軍にとって悲運の存在がもたらされた。
「敵空軍第2派に、例の“リボン付き”を確認しました」
「……」
「来たわね……」
「映像とかは出せますか?」
「それはありません。ですが、無線なら傍受可能です」
「繋いで下さい」
 数刻の後、戦場から司令部のスピーカーに音声が届くが、それは主に2種類に分けられる。一方は絶望、もう一方は希望に満ちた、全く対称的な内容だった。
『くそっ! リボン付きだ。誰でも良いからあいつをやっつけてくれ!』
『無理だ……空軍もあいつに墜とされちまった。SAMも高射砲も当たらないんだ!』
『……メビウス1が、俺たちの上にいるぞ。俺たちを助けてくれた……』
『嘘でも良い、メビウス1が来ていると言ってやれ! え? 本当に来ている? やった! 万歳!』
 その後も敵味方の色々な通信が飛び込むが、司令部の誰もがその内容を聞いてはいなかった。これらが示す意味はもう痛いほどにわかる。制空権が、そして陸戦の模様も豹変を遂げたということだった。

 戦闘機が破れると、今度は地上の対空兵器が標的となる。それがほぼ駆逐されてしまうと、今度は野戦砲やロケット発射機が爆弾の雨に晒され、さらに戦場より後方の現地司令部や防御陣地へと広がる。
 この「破壊のドミノ倒し」の先にあったものは、現在ISAF陸軍を若干押している、世界でも屈指の戦力を誇るTacticsの機甲部隊だった。陸戦には強くとも、空からの攻撃には全く対処のしようがない。ウイスキー回廊での戦いは、実質的にこの時点で勝敗が決定した。
 しかし、制空権を失い、一方的に爆撃を受けながらもTactics機甲部隊は良く戦った。その勇気と祖国への献身は賞賛に値するだろう。そんな悲惨な状況下でも、彼らは3日間回廊を塞ぎ、ISAFに決して無視できないほどの損害を与えたのだから。
 だが、4日目――8月18日、Tacticsの防衛線はついに突破された。今度はISAF陸軍が戦車学校の教科書に記載されているような機甲突破を成し遂げ、ファーバンティへの道を――勝利への道を開拓した。逆にTactics陸軍は敵の後方に取り残され、本国総軍50万のうち5万を(戦死・行方不明・負傷で)喪失、20万が降伏、首都方面に撤退できたのはおよそ半分の25万人だけだった。しかも彼らは撤退の際、重装備の大半を捨てていたので、敗北で低下した士気も加味すると、戦力としては10万人分もあれば良い方だろう。

 場面を元に戻すと、ISAFの空爆は現在進行形で司令部に伝わっている。オペレーターの報告も、もう未来に希望を見出せるものなどひとつもなかった。
「第1軍団、空爆により動きが取れません」
「第2軍団の対空兵器、5割以下に低下しました」
「第3軍団前線司令部の通信途絶……壊滅したものと思われます」
 精強の機甲戦力が、敵のエア・パワーに成す術もなく削り取られる様を、郁未はディスプレイを通じて眺めていた。彼女の双眸は、まるで人形の眼としてはめ込まれたガラス玉のように、内心の感情を全く反映させていない。
 しかし、陸軍参謀としての頭脳はフル回転している。その頭脳は、とある可能性の成功率を必死に演算していた。
 ほどなく、演算の結果が導き出させる。
(これは、もうあれを実行するしかないわね)
 天沢郁未は、これまでほとんど思いもよらなかった行為を実行に移すことを、ついに決意した。


 「Mission13 連邦の落日」につづく




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