2005年 2月28日 旧Air皇国南部地域 スコフィールド高原上空

 眼下を緑の密林が覆っている。そして、その大海に突き出すようにして見えるいくつもの「島」。時おり谷間を横切っていくピンク色の霞のようなものは、このあたりに多く棲息するフラミンゴの群れだろうか。その上空を数十機の航空機の群れが、白い飛行機雲を描いて飛んでいく。
『すげえ…自然の要塞だな。今まで手が出せなかったわけだぜ…』
 誰かが呟いた。はじめて見る者を圧倒するこの風景も、スコフィールド高原のふもとに育った茂美にとっては幼い頃から慣れ親しんだ光景だ。
(帰ってきた…)
 そう思った瞬間、茂美は目尻に熱い物が浮かぶのを感じた。思えば長い戦いだった。ウラハ基地での死闘、ノースポイントへの逃避行、必死の防空戦、無敵艦隊との戦い、大陸反攻の第一波となったシールズブリッジ湾への上陸作戦…それらを潜り抜け、ここまでたどり着いたのが奇跡にさえ思える。
 しかし、茂美は首を軽く振って感傷を追いやった。泣くのはまだ早い。まだ敵はこの地に居座っており、それを叩き出すまでは本当の意味で喜ぶことは出来ない。
『こちらスカイエンジェル。みんなの現在位置より、サイオン飛行場は東北東に12キロ!まずはここを全力で叩いてねっ』
『了解!』
 各パイロットが一斉に唱和する。茂美も精一杯の声を上げて答えていた。そう、これから始まる戦いは、彼女にとって特別な意味を持つ。
 敵に奪われた故郷――サマータウンの町を解放するための戦いなのだから。

カノンコンバットONE シャッタードエアー


外伝 翼の還る処


Mission8.75 故郷奪還


 クラナド大陸南方のシールズブリッジ半島の付け根に広がるスコフィールド高原は、その特異な地形で世界的に名を知られている。
 遡れば、数億年前にはここはサンゴ礁の広がる海だった。やがて、クラナド大陸を形成した造山運動に伴って海底が隆起し、かつてのサンゴ礁の島々は平坦な頂上と、急峻な山腹を持つテーブル・マウンテン…卓状台地へとその姿を変えた。類似の地形としては、南米のギニア高地がある。
 この台地に太平洋からの季節風が当たり、年間6000ミリから8000ミリに達する豊富な雨量をもたらす。雨は山腹を削り、深い峡谷をうがち、豊かな水量を持つ大河を幾本も形成した。中には高原の周縁部まで、海から1万トン級の船舶が百キロ近くも遡って来ることができるような川も存在する。
 また、この高原はAir皇国中心部を窺がうと同時に、クラナド大陸の南方を通過する航路を扼する事の出来る要衝でもある。そのため、Air皇国はこの土地に大規模な飛行場を建設していた。首都カンナを南の空から見守るその基地は、かつてはヤオビクニと呼ばれていた。
 Air皇国の降伏後、この土地を占領したTactics軍は、巨費を投じてさらにこの基地を拡大し、高原全体を巨大な難攻不落の要塞へと変貌させたのである。その名は、タンゴ線。ストーンヘンジがTacticsの槍ならば、まさに盾と言うべき存在であった。
 しかし、この要塞を放置して先へ進めば、当面の目標であるカンナ解放に対する重大な障害となり、また大陸南西岸への制海権拡大も難しい。ISAFは困難な目標であることを承知で、敢えて総攻撃に打って出た。空軍による攻撃はその第一歩である。

『エア・リードより全機へ。まずはヤオビクニ…今はサイオンか、の航空基地を全力で叩く。抜かるなよ』
 無線に攻撃隊の総指揮を取る佐久間中佐の声が流れる。1年前は少佐だった佐久間も、それまでの総隊長だったKanonの石橋中佐が大佐へ昇進し、海軍へ移籍したことを受け、その後を襲う形で昇進していた。同時に茂美も中尉に昇進している。
「こちらシャーマン、了解」
 茂美が答えると、佐久間の笑い声が聞こえてきた。
『良し。特にシャーマン、お前さんの機体は基地攻撃の要だからな。余り無理はするなよ』
「心得ています」
 茂美は笑った。<ミラージュV>から<クフィル>へと乗り継いできた彼女の現在の乗機は、一見F-16<ファイティング・ファルコン>に見える。しかし、良く見ると機体が一回り大きく、水平尾翼の形状も変化していることがわかる。日本の三菱F-2支援戦闘機。それが彼女の今の機体である。
 本来ならこの機体が日本以外の場所を飛んでいるはずはないのだが、元を正せば日米共同開発機として作られた機体であり、アメリカも試験用に5機ほどを所有していたのである。それが全ての試験を終えて不要になったため、ISAFに供与されて、女性ナンバー1エースである茂美の機体として与えられたのだ。また、セントアーク撤退戦以降、良く茂美と同じチームで組む事の多かった「バッドガイ」こと岡崎朋也少尉もやはりF-2を与えられている。
 このきわめて高い戦闘力と電子能力を持つ戦闘機を、茂美はコモナ諸島大空中戦の時から使っている。その後のバンカーショット作戦では後方の山中に潜んだ重砲陣地やロケット砲を制圧して、味方の勝利に貢献することができた。今回は要塞攻撃と言うことで、その能力に一段と期待が掛かっていた。
(本当は対地攻撃って苦手なんだけどな)
 茂美は思った。元が迎撃を主任務とするAir空防隊の出身なのだから仕方がない。しかし、任務を選り好みできないのも確かだ。一時に比べれば楽になったとは言え、ISAFもまだまだ余裕たっぷりと言うわけには行かない。一人が何役もこなさなければ勝利はおぼつかないのだ。
(やるしかないよね…とりあえず)
 茂美はウェポン・セレクターを主翼の下に4発抱いている長距離対地ミサイル、ハープーンAGM-84E SLAMに合わせた。迎撃機が本格的に上がってくる前に、これで飛行場に先制攻撃を加えるのである。
『スカイエンジェルよりシャーマン、バッドガイ、用意はいい?』
「こちらシャーマン、いつでも準備OK」
『バッドガイ。いつでもやれるぜ』
 茂美に続き、岡崎もぶっきらぼうな口調で答えた。準備が整った事を確認し、スカイエンジェルが合図を発した。
『今だよ、発射!!』
 スカイエンジェルの合図と共に、茂美と岡崎は立て続けに4発づつのハープーンSLAMを発射した。8発のミサイルが白煙を引いて前方に向かって飛んでいく。
「こちらシャーマン。ミサイル発射完了」
『了解。戦果確認は任せてね』
 スカイエンジェルの返事を聞きながら、茂美はウェポン・セレクターを主翼の端に一発ずつ装備されたサイドワインダーに合わせた。

同日 サイオン(旧ヤオビクニ)飛行場

 スコフィールド高原の南部にあるサイオン飛行場は、旧Air皇国空防軍のヤオビクニ基地を接収し、規模を拡大したタンゴ線における要衝の一つである。一つのテーブル・マウンテンの頂上平原を丸ごと使ったその姿は、山麓の熱帯雨林の海に浮かぶ巨大な空母を思わせる。文字通り、大陸南部最大最強の不沈空母であった。
 今、サイオン基地には敵機の接近を告げるサイレンが鳴り響いている。電子戦機が侵攻しているらしく、レーダーが不調で敵機が映りにくいが、その事自体が敵襲を告げていた。滑走路を蹴り、配備されているSu-35が舞い上がる。いずれ近隣の航空基地からの増援も駆けつけてくるだろうが、まずはそれまで彼らだけでISAF軍の攻撃を食い止めねばならない。
 異変は、10機目のSu-35が離陸し、タキシングしていた11機目が滑走路の端へ進入した時だった。突然、駐機場の端に止めてあったCH-47<チヌーク>輸送ヘリの只中で大爆発が起きた。前後にローターを持つ特徴的な機体が無意味なジュラルミンの塊となって飛び散り、爆風が近くのC-130<ハーキュリーズ>輸送機の主翼を叩き折って横転させる。それを皮切りに、基地内の各所で次々に爆発が起こった。格納庫が空気を入れすぎた風船のように弾け、監視塔が朽木のように根元から切り倒される。
 茂美たちの放ったハープーンAGM-84E SLAMの着弾だった。攻撃を支援するために先行していた海軍のEA-6B<プラウラー>電子戦機が放つ強力な妨害電波が基地のレーダーを撹乱したことが功を奏し、全弾が命中したのである。
「滑走路の様子はどうだ!?」
 基地の司令が爆風で割れた管制塔の窓から身を乗り出す。煙が晴れてくると、先ほどまで不沈空母の偉容をたたえていた基地の様相は一変していた。駐機場に置かれていた輸送部隊の機体は、ヘリも輸送機も全て破壊され、無残な残骸と化している。格納庫も4つのうち3つが破壊され、激しく炎上していた。しかし、幸いにも滑走路には深刻なダメージがない。
「全機離陸を急げ!」
 司令が自らマイクを取って叫んだ。その声に促されたように茫然自失していた滑走路の機体が、蹴られたように動き出す。しかし、彼らは爆発の間に何より貴重な時間を失っていた。順調に行っていれば、余裕を持って全機が離陸に成功し、統制の取れた迎撃戦闘に入れるだけの時間だった。だが、ISAF軍機が殺到してきた時、彼らの3分の1近くはまだ地上にあったのである。


二分後

 眼下でサイオン基地が幾筋もの煙を上げて燃え続けている。その煙の筋の数が増えていく。撃墜されたお互いの戦闘機が地上に落下して立てる煙である。しかし、墜ちていく機体の数は、圧倒的にTactics軍機が多かった。今も、無線にはひっきりなしに撃墜を宣言するISAFパイロットの勝利の雄たけびが入ってくる。
『メビウス1、スプラッシュ!』
『アクトレス、スプラッシュ』
 特に凄まじいのはやはり、ISAF最高のエースと言われる「メビウス1」こと相沢祐一中尉と、相棒の「アクトレス」斉藤中尉の二人である。既にメビウス1は4機、アクトレスも3機の撃墜を記録しており、空中の敵機の数が見る間に減っていくような錯覚すら覚えた。
「凄い…信じられないわね」
 茂美は敵のSu-35を追いかけながら呟いた。彼女のこの日の撃墜機数はまだ1機である。しかし、敵を追いまわしながら味方の無線に耳を傾け、かつ内容を分析する余裕があるあたりは、彼女自身どこの空軍に行っても上級者として認められる技量に達している証拠だった。
「…っと、もらった!」
 無線を聞きながらも、茂美は敵の動きを見逃さずに<サイドワインダー>を放つ。絶妙のタイミングで放たれたそれは、敵機のまいたフレアのめくらましにも引っかからず、エンジンノズルに吸い込まれるようにして爆発した。敵機の後半が砕け散り、落ちていく前半部からパイロットが射出される。落ちていく先は崖の下になりそうだが、敵の陸軍部隊も展開している事だし、おそらく救出されるだろう。
「シャーマン、スプラッシュ」
 茂美が宣言した時、緊急事態を示すブザーが無線に鳴り響いた。
『こちらスカイエンジェル!ストーンヘンジからの砲撃を確認! 弾数4、弾着まであと90秒!!』
「…!とうとう来たわね」
 スカイエンジェルの報告に、茂美は緊張した。かつて、ヤオビクニと呼ばれていたこの基地が落ちたのも、ストーンヘンジの砲撃により大打撃を受けたためだ。また、昨年の12月16日、彼女も参加したフェイスパーク高原の太陽光発電所空爆で、ISAF軍機はストーンヘンジの砲撃により戦力の5割近くを失っている。その時の恐怖は忘れがたい思い出だ。
『各機、落ち着いて行動せよ!メビウス1方式で砲撃からの回避をはかれ!』
 攻撃隊総指揮官である佐久間の声が無線に響き渡る。その瞬間、ISAF機は弾かれたように散開し、続いてダイブに移った。メビウス1式回避法…要するに、峡谷に潜み砲撃を回避する方法である。フェイスパーク峡谷より広いとはいえ、卓上台地の間の幅3キロほどの谷間を時速700キロ以上で飛ぶのはきわめて高い飛行技術を要する。しかし、茂美も含めて、それが出来ないパイロットは攻撃隊の中にはいなかった。たちまちのうちに高度が600メートル以下に落ちる。その時だった。
「きゃっ!?」
言葉には出来ない「何か」を感じ、とっさに茂美は操縦桿を倒した。その瞬間、それまで彼女がいた空間を黄色い光の筋が切り裂いた。対空機関砲のストロンシャン曳光弾だ。高度を下げた事で、陸軍部隊の高射部隊が戦闘に参入してきたのである。眼下のジャングルがいっせいに爆発したように光の粒を弾かせ、彼女の機体へ向かって無数の弾丸が殺到する。
「こ、これはっ…くぅっ!」
 茂美は必死に操縦桿を操った。機体を小刻みに揺らし、敵に的を絞らせない。それでも、まるで全ての攻撃が自分に向かってくるかのような錯覚に彼女は陥った。今までにない濃密な対空砲火だった。ビシビシと音を立てて機体に弾丸が食い込む音がする。
『ストーンヘンジの弾着まであと10秒8、7、6、5、4、3、2弾着、今っ!』
 そうした中で、上空で閃光が走った。安全圏内にいるとは言え、凄まじい衝撃波が彼女を襲う。機体が大地震のように揺れ、操縦桿を操る事すらままならなくなる。
(くっ…も、もうだめっ!)
 茂美は一瞬やられる事を覚悟した。しかし、その衝撃波は地上の高射機関砲にも影響を与えるには十分だった。何しろ、Tactics軍にはストーンヘンジで撃たれた経験を持つ兵士などいないからだ。驚いたように一瞬対空砲火がやむ。
「…!今なら…!」
 茂美はスロットルをミリタリーマキシマムへ、さらにアフターバーナーを点火して一気に機体を加速させる。傷ついた彼女の機体だったが、幸い致命的な打撃はなかった。衝撃波でジャングルの梢を揺らしつつ、峡谷の出口から味方基地の方向へ飛び出していく。もう対空砲火が追いかけてくる事はなかった。しかし、計器の赤ランプの一つが点灯していた。燃料計だ。どうやら、敵弾の一発が燃料系に傷をつけていたらしい。首を回して機体の様子を見ると、胴体の右から白い煙が一筋伸びていた。
「こ、こちらシャーマン…ビンゴ・フュエル。RTB」
 あえぐように報告すると、佐久間の声が無線の向こうから聞こえてきた。
『大丈夫か、シャーマン。まぁ心配するな。間もなく第二次攻撃隊が到着する。全機、後退して帰投するぞ』
『了解!』
 他のパイロットたちが唱和した。どうやら、ストーンヘンジとあの猛烈な対空砲火の双方を避けて全員生き残ったようだ。やがて、佐久間の<グリペン>と岡崎のF-2が茂美の横に並ぶ。万一に備えてバックアップに回ってきてくれたのだ。茂美は二人に感謝しつつ、無事にシールズブリッジ湾岸の基地へ戻る事が出来た。
 その後、第二次攻撃隊の絨毯爆撃により、サイオン基地は完全にその息の根を止められた。Tactics軍はタンゴ線における制空権を失いつつあった。


3月2日 タンゴ線上空

 タンゴ線に対する全面攻勢作戦…<ウッドキーパー>は、発動から三日目を迎えていた。
 タンゴ線は陸海空3軍の戦力がすべて駐留する巨大要塞である。昨日の二日目はそのうちの海軍部隊が攻撃目標となった。その拠点となるのは、高原北西部にある物資集積所とさらにその北にある潜水艦の基地である。いずれも海から遡って来られる大河の河畔に建設された施設だ。
 Tactics軍は近隣の基地からの航空戦力を集め、さらに基地からも激しい対空砲火を撃ち上げたが、サイオン基地壊滅に伴う制空権の劣勢は覆うべくもなかった。物資集積所は相沢中尉をリーダーとする部隊が急襲して徹甲爆弾を浴びせ、集積所のあった中州の形が変わるほどの大爆発の中に葬り去っていた。
 茂美たちは潜水艦基地攻撃に参加し、対地ミサイルを徹底して浴びせて破壊していた。川に面した断崖を掘り抜いて作られたブンカー(潜水艦用掩体壕)は崩落して埋まり、川面に停泊していた潜水艦も、このような場所では潜航する余地もなく、司令塔を吹き飛ばされて航行不能に陥っている。
 空・海の戦力が撃破されたことにより、攻撃の重点はタンゴ線北部に展開している陸軍部隊に対するものがメインとなる。彼らを撃破しない限り、橋頭堡のあるシールズブリッジ湾からカンナへ通じる主要国道の安全は完全に確保されない。徹底的に叩かねばならなかった。
『スカイエンジェルより各機へ。第一波攻撃隊が敵の迎撃機により被害多数!気をつけてねっ』
 第二波攻撃隊として行動中の茂美たちに、スカイエンジェルからのそんな報告が入ったのは、破壊されたサイオン基地のやや西側を飛行中の事だった。
『リサイクルよりスカイエンジェル。迎撃機ってどういうことだ?奴等、この近くにまだそんなに航空戦力を持っていやがったのか?』
 佐久間が皆を代表して疑問点を尋ねた。この二日間の航空撃滅戦で、タンゴ線の制空権はほぼISAFの手に握られたはずだ。それほどの戦力をTactics軍が隠し持っているとは思えなかったのだが…
『うぐぅ…ボクにも良くわからないよ。第一波の人たちはかなり混乱してるし…まとまった数の迎撃機が出現したのはこっちのレーダー記録を見ても明らかなんだけど…』
 スカイエンジェルが答える。どうやら、第一波は奇襲攻撃を受けたようだ。茂美はそこを疑問に思った。こちらにはAWACSがついている。その監視網をくぐって奇襲を加える事が出来たとなると、相手はステルス機か。しかし、Tactics軍機で一番ステルス性の高いダッソー<ラファール>のような機体でも、AWACSの目を逃れる事は出来ないはずだ。
(…何かが…引っかかるような?)
 茂美は首をひねった。この高原にはそうした奇襲攻撃を可能にする何かがあったような気がしてならない。
「…そうか、グレートピットだわ!」
 突然、脳裏にその言葉が浮かびあがり、茂美は叫んだ。佐久間が不審そうな声で尋ねてくる。
『どうした、シャーマン。何かわかったのか?』
「わかりませんか?あの山頂の大穴ですよ!あれだったら、底をきれいにならすだけでVTOL機ぐらい隠しておけます!Tactics陸軍は<ハリアー>を装備してたはずです」
 茂美の答えに、佐久間は「そうか!」と叫んだ。それから、事情のわからない他のパイロットたちに説明が始まった。
 テーブル・マウンテンの中には、内部を走る水脈の侵食によって、直径100〜300メートル、深さ200メートルほどの巨大な穴…グレートピットが開いているものがある。茂美が思いついたのは、その内部になら垂直離着陸機を隠して迎撃の隠し球に使えるのではないか、と言うことだった。
『…よし、そうなると対地ミサイルは役に立たんな。制空隊に回れ。爆装機を主力に攻撃をかける』
『了解!』
佐久間は素早く判断して部隊の編成を変更した。そして、予想通りグレートピット内で待ち受けていた<ハリアー>や攻撃ヘリ部隊を急降下爆撃で撃破し、タンゴ線の抵抗能力を文字通り根こそぎに破壊したのである。

3月6日 サマータウン
 
 Air皇国最南端の町、サマータウンは人口5000人ほどの静かな田舎町だ。数日前まで町のほうにまで響いてきた戦闘の音も途絶え、今は戦争前のような静けさが戻っている。
 その静けさを破り、町外れの神社の境内に一機の軍用輸送ヘリが降りて来たのは、その日の夕方になってからだった。
「こりゃあっ!静かにせんか、この罰当たりめが!」
 ヘリのローターが巻き起こす猛烈なダウンウォッシュに煽られつつ、神主が社務所から出てきて怒鳴る。しかし、ヘリから現れた懐かしい顔を見た瞬間、その怒りはどこかに飛んでいった。
「お父さん、ただいま!!」
「…し、茂美!本当に茂美か!?」
 ヘリから飛び降り、駆け寄ってきた娘を抱きとめつつ、神主は信じられない、と言う表情で叫んだ。
「ええ…いろいろあったけど、ようやく帰ってこれました…心配かけてごめんなさい」
 1年半ぶりに再会した父の温もりを感じながら、茂美は言った。タンゴ線陥落によってようやく戦線が安定し、パイロットたちも交代で休暇がもらえることになったのである。茂美はもちろん故郷に帰ることを選んだ。この国を脱出した時は家族に別れを言う暇もなかったし、レジスタンス活動がそれほど激しくないこの辺りでは、手紙などを届ける手立てもなかった。さぞかし心配をかけただろうと思うと、申し訳なさで胸がいっぱいだった。
「いや、無事だっただけでなによりだ。これも神奈備命様のご加護だな…いろいろ積もる話もあるだろう。今日は家でゆっくりしていきなさい。」
 父は微笑むと、娘を促して家への道を歩き始めた。
 川口茂美にとっての故郷奪還は成った。しかし、戦争はその激しさを増しつつ続き、彼女自身もまた次なる戦場へ向かう事になる。

(つづく)

原作者U−2Kのコメント


 前回――セントアーク撤退戦から随分と時間が経過しましたが、その間の詳細は本編Mission1から8を参照していただくとして(笑)、ISAFの大陸反攻作戦は、ついにTacticsの要塞地帯、タンゴ線まで達しました。
 当然、Air亡命組にとっては祖国を取り戻すための重大な戦闘です。我らが茂美もタンゴ線の空を舞台に、今日も戦います。

>(帰ってきた…)
>そう思った瞬間、茂美は目尻に熱い物が浮かぶのを感じた。

 愛する祖国へ戻ってきたこと、やはり感慨深いものがあるのでしょうね。
 祐一がこの4ヵ月後に、水瀬名雪の眠るスノーシティーの空を飛んだ時も、やはり似たような感情を抱いてますし。
 大切な場所へ戻ってきたときの気持ちは、やはりみんな同じなのですね。

>日本の三菱F-2支援戦闘機。それが彼女の今の機体である。
 茂美たちに渡ったと言うことは……試験後も保有するだけの価値があるとは判断しませんでしたか、米空軍よ(汗)。
 でもまぁ、茂美のようなエースに使ってもらえればF−2も本望でしょう。日本航空自衛隊も実戦での性能がわかるでしょうし(笑)。

>『メビウス1、スプラッシュ!』
>『アクトレス、スプラッシュ』

 本編での主役コンビが登場。
 Mission0.75で大切な人たちを失った青年も、この時には立派なパイロットに成長していたようで。

>『各機、落ち着いて行動せよ!メビウス1方式で砲撃からの回避をはかれ!』
 なるほど……祐一が太陽光発電所からの逃避行で見せたアクロバットは、こんな呼ばれ方をされてましたか……。

>「お父さん、ただいま!!」
>「…し、茂美!本当に茂美か!?」

 実に感動的な光景です。茂美の輝くような笑顔が目に浮かぶようです。萌え〜(爆死)。

 こうして念願の故郷への帰還を果たしたAir空防隊の面々。
 しかし、戦争はまだ終わった訳ではなく、ISAFのヴィクトリー・ロードはこれからさらに険しくなっていきます。
 そういう中、茂美はどういう修羅場を潜り抜けるのか……。


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