皇紀568年、緑葉皇国(通称葉ノ国)北領は〈帝國〉の侵攻を受け、迎え撃った天雫平野の会戦において

〈帝國〉胸甲騎兵の激烈な突撃の前に公爵柏木千鶴陸軍大将率いる北領鎮台は敗北した。





【葉ノ国の守護者】



第1話 



2月10日午後第八刻、北領鎮台転進支援隊本部に伝令が駆け込んできた。
「大変です! 輸送船隆山に向かった運荷艇14号が転覆したそうです!」
報告を受けた転進支援隊司令保科智子水軍中佐は椅子代わりの桶から飛び上がるように立つと叫んだ。
「それはホンマか?」
「はい! 間違いありません!」
「そか・・・・・・中止や! 中止! 全隊に通達、現時刻を以って,輸送作業を中止する。以後、別命あるまで待機。あと、可能な限り、転覆した運荷艇の乗員を救助すべし。以上、各所に伝えェ!」
智子は伝令の返事に頷くと愛用のハリセンを指揮棒替わりに振るって指示を出す。
それを受けて、一斉に伝令や導術士が動き出したのを確認した智子は、ドッカッと椅子代わり桶に座りなおして机の資料を見つめる。
保科智子水軍中佐はその独特な部下の管理方法から『委員長』なる二つ名を同僚たちから付けられていた。その能力は今この場でも遺憾なく発揮されていたが、それでも状況は芳しくなかった。智子は資料から目を離すと、虚空を見つめて呟く。
「全く、今日だけでもう4隻目や・・・・・・このままやと、数日中にフネが無くなってしまうで・・・・・・・・」
天雫会戦の敗北から12日目の夜を迎えたこの日、天候はさらに厳しさを増し、転進作業は思うように進まず、焦燥は募るばかりだった。
 導術士の声が聞こえる。
「発、東海洋艦隊司令部。宛、転進支援隊指揮所。本文、輸送船団第2集団ハ明午前第三刻、泊地投錨ノ予定。・・・・・・・・追伸、北領鎮台司令長官ハ司令部ト共ニ旗艦へ座乗セリ、爾後、旗艦ヨリ全般指揮ヲ行ウ旨、当方ニ連絡アリ。留意サレタシ。尚、追伸部分ハ陸軍諸部隊へ通達スベカラズ、トノ要請アリ」
 智子は声の主の方に向き直って睨みつけた。掛けた眼鏡が角灯の光を受けて怪しく光る。
導術士は瞼を開くと、智子の視線に顔を引きつらせながらも済まなさそうな表情をする。
「旗艦ヨリ全般指揮≠くでもないことを言いやがる」
隣の地図台に屈みこんでいた垣本大尉がそのままの姿勢で罵った。
「そやね、特に通達スベカラズ≠フ部分はろくでもないわ。けど、司令部が安全な所にあるのは必ずしも悪い事じゃない。まあ、噂に聞く柏木大将らしいと言えばらしいとも言えるわな・・・・・・・・」
智子は垣本の罵りに答える。
「司令、これからどうします? このままだと、あと、2、3日で運荷艇は無くなりますよ。まぁ、第2集団がどれだけの運荷艇を持って来てくれるかにもよりますが・・・・・・」
「そやな・・・・・・全艦から救命艇を出してもらおか。」
「マジですか?」
「当然や、と言ってもあと、4刻ばかりは無理やろけど・・・・・・ホラッ、そこッ、眠るんや無い!」
横手の机でウツラウツラとフネを漕いでいた部下をハリセンで殴り飛ばす。
(こりゃあかんわ、少し息抜きでもさせたらな、疲れが溜まっとる・・・・・・・よっしゃ!)
「ちょっと外の様子をみてくる。垣本、あと頼むわ」
そう言い置いて立ち上がり、外套を羽織る。
「お気をつけて」
垣本大尉は資料から顔を上げると答えた。智子の真意を理解した表情だった。多分、煙草か甘い物でも勧めるのだろう。
それに対して頷くと天幕の外に出た。空を見上げる。と、どんよりとした夜空の中、水軍の翼龍が燐光弾を落として救助作業の手助けをしているのが見える。背後を振り返れば、北領鎮台の将兵1万8千余がこの寒さに震えながら転進(救助)の順番を今か今かと待っている。
(北領鎮台の将兵全員を救い出すにはあと20日はかかる・・・・・・・・・全く時間が足りへんやないか、何とかせなあかん・・・・・・・・・・)
 そう、勝ち誇る〈帝國〉軍の先鋒はこの海岸まであと10日の距離にまで迫ってきているのであった。





どんよりとした寒空の下、すべてを雪に覆われた平原を南北に走る一本の道が見える。その両側、東西にはうっそうと生い茂る針葉樹林が広がっていた。
その東側にある、樹林の外縁その少し内側には2種類の動物からなる集団が息を潜めていた。
雪の中にうずくまっていた剣牙虎がわずかに姿勢を変えた。耳を立て、人の倍ほどもある頭を左右に巡らせた。その動きはある一点を向いた時点で止まり、小さくうなる。くすんだ白銀色と黒毛の縞の冬毛の生えたその姿は一種独特の神聖さをかもし出していた。
剣牙虎の傍らには一人の将校が伏せていた。薄汚れた貫頭衣のような白い布をまとっている。それによって目立つ黒い制服を隠して周囲の風景に溶け込んでいた。彼と剣牙虎の両側には5間ほどの間隔をあけて同じような姿勢の兵士と剣牙虎が配置についている。
彼は剣牙虎が示した方角に懐から取り出した伸縮式望遠鏡を向ける。しばらくして望遠鏡を離した。雪焼けした顔には不満が表れている。
一般的な基準で見れば彼は結構整った顔立ちをしている部類にはいる。黙って微笑んでいれば結構モテるかも知れない。が、目つきの悪さによる近づき難さ、やる気のなさそうなだらけた雰囲気がそれを台無しにしている。
「にゃあ?(大丈夫ですか?)」
 剣牙虎はその顔を見つめると低く啼いた、
「サンキュ、琴音。すまないな」
 浩之は苦笑しながら愛猫の額を撫でる。
すると、意外なことに先ほどの雰囲気から一変して朗らかで包容感のあるモノに変わる。
その笑顔は見た者すべてに安心感と信頼を懐かせる優しさを内包していた。
背後から雪を踏みしめながら近づく気配がする。伝令だった。
「・・・・・中尉殿、藤田中尉殿」
藤田浩之は振り返った。隣の琴音も振り返る。
「なんだ?」
雰囲気に似た、ぶっきらぼうな声だった。
「中隊長殿がお呼びです。」
「OK、すぐ行く。」
浩之は、伝令にうなずき返し、もう一度剣牙虎の示した方角を確認すると愛猫ののどを軽くなでて、小走りに駆け出した。
緑葉皇国(通称葉ノ国)陸軍独立捜索剣虎兵第11大隊、第2中隊、それが藤田浩之の属する部隊の名称であり、浩之はその中隊本部付の将校で、兵站を担当する中隊幕僚でもあり、中隊の主力はこの道の両側に隠れて待機していた。
林の中をぬけて中隊本部に入ると全員が浩之に注目する。
「猫が見つけました。北北西の側道上にいます」
浩之は中隊長の矢島大尉に〈帝國〉軍が接近してきている事を報告した。この男は、幼年学校からの腐れ縁であり、何かと浩之と張り合っては自滅している。
「神岸さん・・・いや、先任曹長、あと、どれくらいで確認できる?」
矢島大尉が神岸曹長に尋ねた。
「う〜ん、半刻ちょっと、くらいですか?」
中隊最先任下士官の神岸あかり曹長は小首をかしげながら答える。彼女が信頼できる女性だと浩之は知っている。
彼女は浩之の幼馴染であり、最近、この中隊で再会したのだ。
「浩之ちゃ・・・・・兵站将校殿はどう思われますか?」
神岸曹長は藤田中尉に尋ねる。
「・・・・・オレも同意見だ。最短でも半刻だろうな」(今何か、引っかかる言葉を聞いた気がしたが?)
「将校斥候を出そう・・・・・・・・そうだな、藤田中尉、君に行ってもらおう」(そう、こいつがいなくなれば、俺は神岸さんと・・・・・・ポッ)
何故か、ニヤついた笑みを浮かべながら矢島大尉は言った。
「危険です。中隊長殿」(何を考えているんだ? こいつは・・・・・・何か悪いものでも食ったか?)
浩之は口を挟む。
「それに無意味です。敵の位置は先程報告したとおりですし、この雪では接触されたら振り切るのは骨です」
その言葉に矢島大尉はあからさまに渋面を作った。(チッ、遠まわしに拒否しやがって、こいつを置き去りにするというすばらしい計画が・・・・・・イヤ、待てよ)
「わかった、俺が行く。神岸さ・・・・先任曹長、同行する兵を3名選んでくれ」(俺がアイツよりカッコいいところを神岸さんに見せれば、彼女は俺のことを・・・・・・ムフッ)
「わかりました」(矢島くん、急にニヤニヤ笑いだして、どうしたのかな? 何か変・・・・・・)
神岸曹長はその場で適当に選らんだ。大尉を含めて剣牙虎を連れているものはいない。
「1刻以内にもどる。その間は藤田中尉が指揮を代行しろ」(神岸さん、俺はやるぜ!)
「幸運を祈ります」(急に張り切りだしておかしなやつだな。まあ、祈るだけなら誰も損はしないし)


「ふう〜、行っちゃったね・・・・・・・・。ねえ、浩之ちゃん、これからどうするの? あれ?」
矢島大尉が去ってしまうと、一転してあかりは砕けた口調で浩之に話しかける。すると、彼は頭を抱えて座り込んでいた。(ううむ、まだその癖が直ってないとは思わなかった・・・・・)
「浩之ちゃん! どうしたの? 頭が痛いの?」
あかりは慌てて浩之を介抱しようと腰を落とす。
「おまえなあ・・・・・」
それを制してよろめくように立ち上がると、ポンッと両手をあかりの肩にのせ、疲れた表情で注意する。
「なあ、あかり、今更、浩之ちゃんは無いだろう浩之ちゃんは・・・・・・もうお互いいい歳なんだし、いい加減ちゃん付けは止めろと前に言わなかったか?」
「けど・・・・・浩之ちゃんは小さい頃からずっと浩之ちゃんだったし、これからもあたしにとってはやっぱり浩之ちゃんは浩之ちゃんだから、これからもいつまでも浩之ちゃんは浩之ちゃんのままがいいかなって・・・・・・」
「だあぁ〜! 連呼するんじゃなぁい〜!」
「で、でもぉ、浩之ちゃん・・・・・・」
「はぁ〜、もうしょうがないなぁ、あかりは。分かったよ、もういいから、泣くな。」(こいつが泣き出すと、なだめるのが大変なんだよな)
あかりが、涙を浮かべつつ、なおも続けようとするのを見て、浩之は大きなため息を一つ吐くとあかりの頭を優しく撫で付けた。
「ひ、浩之ちゃん・・・・・・・うん! ありがとう、浩之ちゃん」
あかりは唐突に頭を撫でられて驚いた顔をするが、すぐに嬉しそうに返事をする。
「さてと、これからだが、全隊後退の準備を済ます。ただし、1刻だけ待つ、そのつもりで準備してくれ」
あかりの機嫌が直るのを感じたところで、本来の問題に取り掛かる。
「でも、それじゃ・・・・・・」
「判っている。だがな、矢島の奴の命令がある」
「1刻も待っていること? 半刻以内に敵が来ちゃうと言うのに? 」
「ああ、それが矢島の命令だからな。だが、その後は代理指揮官としての権限の範疇だから、自分の責任で行動する。オレはアイツの命令をそう受け取ったつもりだ」
「うん、わかった・・・・・・。じゃあ、皆に伝えて来るね」
あかりはため息混じりに返答して、本部を出た。





天候は徐々に悪化し、雪の降りが激しくなる。
中隊はすでに側道の両側に臨戦態勢で待機していた。少しして、雪の向こうから馬の嘶きが聞こえてきた。琴音が首をもたげる。浩之は琴音の頭を押さえると刻時器を見る。矢島を待つ時間はまだ小半刻余りもあった。望遠鏡を構える。200騎程の騎馬の集団が見えた。
服装からしてあの胸甲騎兵(オフトフッサール)で無く、驃騎兵(ライトキャヴァルリー)である事に安堵する。
「捜索騎兵だね」
隣に来たあかりが言う。
「強襲を掛けようか?」
「いや、だめだ、それじゃ逃げられる。それに火力が足りない。だから、ギリギリまで引きつけて一気に叩こう」
「うん、了解したよ」
「じゃあ、すぐにかかってくれ」
中隊は小銃の装填を行い、浩之からの指示を待つ。
あと少しで、間合という所で、遠くで銃声が響く。浩之は慌てて周囲を見回す。中隊は誰も打ってはいない。とすれば、誰が打ったのか?
決まっている。矢島大尉だ。
敵の後方を確認する。信じられない事に矢島大尉は樹林から出てたった4人の隊列で射撃を始めていた。
(あの、目立ちたがりが! これじゃ、敵を殲滅できないじゃないか!)
一方、矢島大尉は・・・・・・(ふっ、味方の危機を救う英雄ってとこか・・・・・・神岸さん、見ててくれるかな?)と、背後からの射撃で混乱した敵の姿を見てひとり悦に入っていた。
「猫は出すんじゃない!」(せめて、こちらがどんな部隊か知られないようにしなくては・・・・・・全く、奴のせいで貴重なチャンスを・・・・・・クソッ!)
浩之は銃口を敵に向けた、すかさず打つ。それに合わせて中隊は一斉に射撃を開始した。
「・・・・・・第2射撃用意・・・・・・打て!」
敵騎兵は大混乱に陥った。しかし、敵騎兵指揮官は戦なれしていた、すぐさま隊を掌握すると撤退を開始する。
「射撃中止! 射撃中止!」
「浩之ちゃん、あれ・・・・・・」
あかりが雪原の1点を指す。
後退中の敵から一団が分離し、矢島大尉たちに向かって突撃をかける。
浩之はそれを無視する。遠くから銃声と悲鳴が聞こえてきた。
「後退する。雪が降っているうちに距離を稼ぐ、うまくすれば敵に捕まる前に大隊と合流できるだろう」
中隊主力の損害は皆無だった。


第2中隊は雪の降る樹林の中を後退して行った。
 どうにか〈帝國〉騎兵から十分に距離を稼いだと判断した浩之は中隊に大休止を命じた。
誰も彼もが、倒れるように雪の中に転がった。
浩之もそうしたかったが、指揮官である以上、だらけた姿を部下に見せることは出来なかった。(畜生、羨ましいぜ、オレもそうしてぇ・・・・・・)
 琴音が寄ってきた。ジィッと見つめてくる。どうやら心配してくれているようだ。
 浩之は冷たくなっている額を優しく揉んでやる。
「琴音、すまないが、後方を見張っていてくれないか?」
「にゃあ〜(わかりました)」
琴音は低く啼くと中隊がやってきた方角に歩きだした。
「あかり」
「なに? 浩之ちゃん」
「猫に引かせる橇を作ろう。背嚢を載せればかなり楽になるはずだ。各小隊から元気のある者を選んで作業にかからせてくれ。数は・・・・・・そうだな、予備も含めて12、3個ってとこかな? 猫も交代させてやらないとな」
「猫に引かせるの?」
「他にいい考えでもあればそれにするが、あるのか?」
「ううん、思いつかないよ。それじゃ、首あても作らないといけないね」
「首あて?・・・・・・ああ、農耕馬の首につける木の枠みたいのものか」
「そうだよ、それがあるのとないのとじゃ疲れ方がかなり違うんだよ」
「サンキュ、教えてくれて、助かったよ。じゃあ、直ぐにでも作業を始めてくれ」
半刻後、出来上がった橇に背嚢を載せ、中隊は後退を再開した。 





いつの間にか雪がやんでいた。
「浩之ちゃん!」
最後尾についていたあかりが近づいて来る。
「敵か?」
「ううん、違うよ。龍だよ。」
「龍? 水軍の翼龍か?」
「そうじゃないよ,天龍なんだよ。しかも、怪我をしているみたい」
(ああ、面倒くせぇ、一刻も早く後退しないといけないのに、よりにもよって怪我をした龍だってぇ?)
「亜龍じゃないのか?」
浩之はあからさまに嫌そうな表情で尋ね返す。
「だから、違うの。あたしが見る限りでも混じりっけ無しの天龍だよ。まだ若いようにも見えたよ」
(逃げ道なしか。《大協約》に違反する訳にはいかないしな)
《大協約》とは、この世界における最も古くからの基本的な律法であり、それには人と龍の相互扶助も定めている。天龍は、その中でも最上の扱いをしなければならないとされている。もし違反すれば、罰則としての死刑が待っている。
「ったく、しょうがないな、分かった、挨拶してこよう.あかり、衛生兵を連れてきてくれ」
「はい!」
浩之は天龍が臥している林へ歩き出す。琴音は当然のようについてきた。


浩之は臥している天龍の頭の正面に立ち、敬礼をした.龍は首を動かした。答礼したのだ。
「〈葉ノ国〉陸軍中尉、藤田浩之です。お困りのようであれば《大協約》に基づき、可能な限りお助けいたします」
「僕の姓は長瀬。名は祐介。貴方達が天龍と呼ぶものです。よって《大協約》の定めた義務の履行を求めます」
天龍は実際には喋っているわけではない。導術(即ち電波≠ナある)で語りかけているのだ。
「分かりました。直ちに怪我の手当てを。直ぐに衛生兵が参ります」
「ありがとう。中尉」
衛生兵が来た。浩之は手当てを命じる。
「ところで、出来れば事情を話してくれませんか? 自分は上官に行動の遅延の理由を報告しなければいけないので」
「僕の落ち度です。妙な電波≠感じてそれを追っていたのですが、風に流され、戦場の上空に迷い込みました。位置の確認のため高度を落とした所を撃たれたのです。多分、急に現れた僕に驚いたのでしょう。よって、《大協約》違反は多分ありません。」
「なるほど、人にしてみれば龍の見分けがつきがたいですから、しかも、契約を結んでいるかどうかは見ただけでは分かりませんからね」
「その通りです。僕にしてみれば自分の過失に腹が立っているだけです。」
衛生兵が手当てをしている間、人と龍はのんびりと会話をつづけた。
琴音は最初の内、警戒したものの、直ぐに打ち解けて子猫のような鳴き声を上げ、怪我のしてない方の胴に体を摺り寄せた。
その様子をみた龍(祐介)は浩之の方に首を向けた。
「良い猫をつれていますね。」
「迷惑ではありませんか?」
「いえ、可愛いものですよ」
「そう言ってくれるとうれしく思います」
衛生兵は手当てが終わった事を報告する。
「さて、自分と部下達はそろそろ、行かないとなりません。長瀬殿、ほかに何か困っていることは」
「いえ、特に・・・・・・出来れば、もう少し貴方との会話を楽しみたいのですが」
「すいません。知っているかもしれませんが、現在、我が軍は余りかんばしい状況ではありません。自分は軍人としての義務を果たさないといけないのです。あっと、今言ったことはどうか内緒にして下さい」
「はい、分かりました。かなうならば、貴方とまたお会いできると良いですね。その時には此度のお礼をしたいと思います」
「それなら、いつか、自分の家に来て下さい。無事、生還できたら、皇都にもどります。そこの千堂家下屋敷で自分の名を出して下さい。まずまずのおもてなしができると思いますよ」
「なるほど。それでは、近いうちに伺わせて頂きましょう」
天龍はゆっくりと宙に浮かび上がる。
「それでは。これで失礼します。貴方に竜神の御加護があらんことを!」 
「お気をつけて」
浩之は敬礼をして見送る。天龍は浩之たちの上空で一度旋回すると南へ去って行った。
結局、大隊との合流は一刻余り遅れてしまった。





大隊と合流を果たした浩之たち第2中隊はしばしの休息の後、追撃してくる〈帝國〉軍を牽制するために行う夜襲に参加することになった。
結果から言うと、夜襲は成功を収めた。敵に約3個大隊相当の損害を与えたが、変わりに独立捜索剣虎兵第11大隊は2個中隊相当の損害を受け、大隊長を始めて多くの将校、下士官を喪った。
大隊残余は生き残った中で最上位の将校である浩之の指揮の下、撤退し、再編を行うこととなった。
 トントントン・・・・・コトコトコトコト・・・・・・・・タッタッタッタッ・・・・・・
浩之は目を覚ました。しばし、起き上がった姿勢のまま、ボ〜ッとしている。まだ、寝惚けているようだ。
(何か、懐かしくて温かい夢を見ていたような気がする・・・・・・あれ? ここは何処だ? それにこのニオイ・・・・・・)
そこは、小さな天幕の中だった。見回せば、あかりがこちらに背にして何かを机の上に並べている。そして、何処からとも無く食欲を刺激するいいニオイが漂って来る。視線を感じたのかあかりが振り返るとニッコリと微笑む。
「アッ、目が覚めた? おはよう、浩之ちゃん。良かったぁ、ちょうど起こそうとかと思ってたところだったの。ホラ、朝ごはんが出来てるよ」
「・・・・・・ああ、おはよう・・・・・・・・・・なあ、あかり、オマエ、何でここにいるんだ?」
まだ寝惚けているらしくあかりに疑問を投げかける。
「エッ? どう言う事?」
あかりは、何を聞かれているのか分からないと言うように小首を傾げる。
「だから、何でオマエがい・・・・・・あれ?」
やっと、目が覚めたようだ。もう一度、今度はしっかりと周りを見る。
(エート、ここは俺が寝ていた天幕で、今日は2月の13日、あの夜襲から確か3日目で・・・・・・ああ!)
「思い出した・・・・・・あかり、おはようさん。もう、飯か?」
「・・・・・・おはよう、浩之ちゃん。もしかして寝惚けてたの?」
「ああ、そうみたいだな。さてと、起きるか」
浩之は寝床から起きると、あかりが用意してくれた朝食を片付けた。
「ご馳走さん。美味かったよ」
「お粗末さまでした」
あかりは食後の珈琲を淹れながら嬉しそうに答える。
「琴音は?」
「あの子なら、散歩に出かけたみたいだよ」
「飯は食べたのか?」
「うん、浩之ちゃんが寝てる間にね」
「そうか」
「にゃぁ?(どうしたの?)」
噂をすれば陰と云った感じでその琴音が入ってきた。嬉しげに浩之に身を摺り寄せて、どっかりと傍らに寝そべった。
浩之は優しげに微笑むと空いてた方の手で額を撫でてやる。琴音はゴロゴロと喉を鳴らして頭をすりよせてきた。
珈琲を飲み終えた浩之は大隊本部に向かう。あかりと琴音は後に続いた。
大隊本部は林の中に造られた宿営地のほぼ中央にある大天幕にあった。これは大隊の物ではなく、撤退した友軍が残した物を利用しているに過ぎない。
「おはようございます! 先輩!」
設置された机の上の地図をにらんでいた松原葵少尉が入って来た浩之たちに気づいて声を掛けた。
「ああ、おはよう。何か連絡は?」
「部隊に関しては特に何も。あと、先輩・・・大隊長の野戦昇進が正式に認可されました。おめでとうございます。大尉殿」
「そうなの? 浩之ちゃん、おめでとう!」
「にゃあん!(おめでとうございます!)」
それを聞いたあかり、琴音は浩之に祝い事を述べる。
しかし、浩之は昇進と聞いても余り嬉しそうな顔をしなかった。
「嬉しくない訳じゃないが、そんな事より撤退命令の方が良かったな。このままじゃ、一戦しただけで終わりだ。昇進と引き換えに名誉の戦死じゃやってられん」
「それはそうだけど・・・・・・・」
「にゃあ・・・・・・」
あかりたちは、気分をスカされて気を落とす。
「まあ、その気持ち(だけ)はありがたく受け取っとくよ。サンキュ、あかり、琴音」
と、言ってそれぞれの頭を撫でる。松原少尉はその雰囲気に少し顔を赤らめてあさっての方向を見ていた。
和やかな雰囲気の中、大隊の状況やこれからの方針を話し合っていると、外が騒がしくなる。
浩之は急いで外に出た。周囲を見回す。これといった異常は見られない。ただ、兵士や猫は空を見上げていた。
「にゃ!にゃにゃ!」(浩之さん、上です!)
琴音の声に促されて上空を見る。(そういや、空を見上げるなんて久しぶりだな・・・・・・)
上空には、龍が飛んでいた。天龍では無く、翼に白い線が描かれているところから友軍の翼龍であると判った。それがゆっくりと降下して来る。翼龍には二人の人間が乗っていた。一人は龍士、もう一人は防寒着を厚く着込んだ水軍の女性士官で中佐の階級章を付けていた。
水軍の中佐は値踏みでもするように浩之を見つめ、訊ねる。
「あんたが藤田大尉か?」
「・・・・・・いかにも、藤田浩之大尉ですが、自分の名を知る貴女は?」
「保科智子中佐や。水軍のな。転進支援隊本部司令をやっとる」
「転進支援隊・・・ですか? 撤退じゃなくて? なんとまあ、姑息な命名だな」
「はっきり言いよんな・・・・・・けど軍事的表現とでも、しとこやないか?」
二人はしばし見つめ合った後、どちらともなく笑いだした。
ひとしきり笑ったあと、浩之は謝罪し、改めて敬礼を交わして中佐を大隊本部に案内した。
智子中佐はあかりの淹れてくれた珈琲を両手で包むように持つと一口飲む。
「うわ、苦ぁ〜。ブラックかいな。コレ。悪いけど、砂糖とミルク淹れてくれへんか? すまんな・・・・・」
「はい、じゃあ、淹れなおすね」
あかりは珈琲を淹れなおすと、再び手渡す。智子は受け取ると口をつける。人心地ついたところで、話を切り出した。
「・・・・・・さてと、ちょっと人払いしてくれへんか? あんたとサシで話したい事があるんや」
浩之は、あかりと葵に外に出てるよう示唆する。
「で、用件は何です? 中佐殿」
智子はそれに答えず、珈琲を一口飲む。(さてと、どう切り出そ……)
「殿はいらんて、智子で良いわ。で、部隊の現状はどうなってるん? 戦闘は出来るんか?」
「投入される状況にもよりますが・・・・・・一概には言えません」(何を聞きたいんだ? なんか嫌な予感が・・・・・・)
やや険のある口調で答える。
「アッ、そっか、悪い。うちは水軍やさかい陸式の正確な表現は知らんのや」
「・・・・・・殿軍なら、5日や6日は続けられます」
浩之は智子がした質問の意味を理解すると返答した
「攻撃は? そやな、〈帝國〉軍への逆襲は可能かいな? 例えば、後方へ侵入しての待ち伏せや、敵の重要拠点の攻略とか」
「前者は、情報さえあれば何とか、後者は現状では厳しいですね。例え猫がいるとしても戦力が少なすぎます」
「猫? もしかしてあんたの後ろで寝転んでいる剣歯虎の事かいな?」
「剣歯虎? 娑婆の言葉ですね。あ、学者言葉だったかな? 陸軍では、正式には剣牙虎と言います。兵科としては剣虎もしくは剣虎兵。オレたちは猫と呼んでます。けっこうかわいいですよ。」
浩之は丁寧に説明する。莫迦にしている口調ではない。
「かわいい? ホンマかいな?」
智子は呆れたような、疑うような顔をして、琴音の方を見る。
「何にしても、頼りになりそうやな」
「船乗りにとっての船みたいなものです。信頼しなければつきあえません」
「ほうか・・・・・・」
智子は納得したのか頷いて見せる。そして、表情を引き締めると本題を切り出した。
「あんたに頼みたい事があるんや。」
「嫌ですね。ったく、嫌だイヤだ。マジで嫌だ。英雄なんて願い下げだ。冗談じゃない」
浩之は独り言のように呟くと首を振る。
「まるで、何を頼むか分かっとるようやな」
憮然とした表情で智子は尋ねる。
「オレでも我軍のおかれた現状は知っている。撤退命令じゃありえない。とすればその逆しかない」
浩之は先程と打って変わって醒めた声で答える
「10日や。大尉。予定が遅れとってな、残兵を救い出すのには、あと、10日は要る。そんであんたがこの半島でその時間を稼いでくれたなら何とかなる。皆を救い出せるんや」
「オレの大隊を除いて? ったく、面倒くせぇ。」
「どうしても受けてくれへんのか?」
「お、今度は脅迫かよ」
「ああ、そのとおりや、正直1万2千名の脱出と残兵300の剣虎兵大隊の全滅。軍事的に見らんでもどちらが得か分かるやろ。必要ならあんたをクビにして誰か替わりをみつくろうだけや。兵士やかわいい猫はあんたのこと恨むやろな。」
智子は真剣な表情でまくし立てた。
浩之は腕を組むと目を閉じる。静寂が周りを包んだ。2分程して口を開いた。
「まず、ある程度の増援が要るな。せめてあと200から300の銃兵、騎兵砲、馬車、それに糧秣。無理をするんだからもう少し真っ当な部隊にしないと」
「まかせとき」
「あと、後方に補給拠点を設営してくれ。人員は配置しなくていい、場所はこことここ・・・・・・・最後のは、小苗の南岸に頼む」
浩之は地図を持ち出すと場所を指定していく。
「分かったわ。けど、小苗に独立砲兵第7旅団の砲全てを残させろとどういうことや?」
「ああ、そこが多分最終防衛線になる。兵力じゃ比べ物にならないから、火力で補う。それにそうすりゃ、その旅団は身軽になるから速く撤退出来るだろ」
「呆れたやっちゃな。普通、こんなこと考えへんで・・・・・・何とかしてみるわ」


「・・・・・・ところで、オレと同じ不幸に見舞われる友軍はいるのか?」
浩之はさっきから気になっていた事を尋ねる。
「あ? ああ、近衛第5衆兵旅団も後衛戦闘を続けるで。」
「近衛? 確か親王殿下が率いてる部隊だと聞いたが」
「そや、殿下・・・・・・理奈准将はな『こんなときこそ先頭に立たないで何時たつのか?』と言って撤退命令を拒否したそうや。ホンマやったら軍人の鑑と言ってもおかしゅうないわな」 
「本当なら。だが、つき合わされる兵士は堪らんな」
「あんた、言い過ぎやで、まあ、あんたもその内の一人かも知れんな」
智子は苦笑して、まぜっかえす。
「ところで、1つ約束してもらえるか? 個人的で良いから」
「なんや? 改まって?」
「この戦闘のち、兵と猫とオレが生き残って捕虜になったならば、先に言った順に最優先でオレの大隊を捕虜返還名簿に付けて欲しい」
「分かった。名簿作成はうちらの仕事の1つやし、どうとでもなるから任しといてや。他には?」
「兵たちには規定外の慰労金を。負傷や戦死の場合はさらに増額をお願いしたい」
「ほぅ〜、以外と無欲なんやな」
「皇都一の美人小町にさぁどうぞと口説かれてる気分でね」
「そりゃ、おもろいな。よっしゃ、ついでに水軍の名誉階級と勲章も付けたるわ。あんたが望むんなら、うちの陸兵隊に来てもエエで・・・・・・どや?」
「それも良いかもな」
顔を見合わせると二人はひとしきり笑い合った後、智子は真剣な表情を浮かべて言った。
「大尉、あんたらが生き残ったら、何としてでも約束は守ったる。絶対に助けたる。これは保科智子としての確約や」
浩之はそれに応じるように背筋を伸ばし、敬礼をして答える。
「了解しました。これより独立捜索剣虎兵第11大隊は北領鎮台の後衛戦闘を承ります」


こうして、後に長瀬川防衛戦と呼ばれる戦いはこうして始まった。実際には長瀬川以南の半島部を舞台とした凄惨な遊撃戦の幕が開いたのである


第2話に続く


浩之たち独立捜索剣虎兵第11大隊は持てる総てを駆使し、尋常ならざる遊撃戦を展開する。

対する〈帝國〉軍は異常な戦い方をする敵部隊の対応に苦慮する。そして・・・・・・・・

予断の許さない状況での第2話はどうなるのか?



管理人のコメント

 雑貨屋さんから佐藤大輔著「皇国の守護者」とLeaf諸作品のコラボレーション作品を頂きました。

 実は私は同じような企画である「SaTo Heart」からSS書きの道に入ったので、こういうノリの作品が非常に懐かしく思えます(笑)。

>智子は伝令の返事に頷くと愛用のハリセンを指揮棒替わりに振るって

 ハマり過ぎです、その光景(笑)

>一般的な基準で見れば彼は結構整った顔立ちをしている部類にはいる。黙って微笑んでいれば結構モテるかも知れない。が、目つきの悪さによる近づき難さ、やる気のなさそうなだらけた雰囲気がそれを台無しにしている。

 あぁ、そう言えば浩之ってこういうキャラなんですよね、本来は(笑)。
 ひろのばかり書いていると忘れそうになります…と言うか忘れてました(殴)。

>矢島大尉

 やはり矢島はヤラレ役が似合います。すると、佐脇少佐役はやはり橋本先輩でしょうか。

>僕の姓は長瀬。名は祐介。

「雫」より長瀬君が天龍役で登場。なるほど、導術=電波とすれば納得のいく配役です。

>千堂家下屋敷で

 すると浩之の義理の家族はこみパのあの人ですね。

>「うわ、苦ぁ〜。ブラックかいな。コレ。悪いけど、砂糖とミルク淹れてくれへんか? すまんな・・・・・」

 委員長のお約束の台詞を入れてくれた雑貨屋さんに乾杯♪

 さて、原作に従えばこの後過酷な撤退戦を戦っていく浩之たちですが…果たして彼らの運命はいかに?


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