―す、凄かったよ君の歌!僕、もっと聞きたいなぁ……―

 小さい頃、あの子はそう言ってた。
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 お母さんから教わった大好きな歌……あの日、オーディション会場で歌ったこの旋律を、あの子は素直に褒めてくれた。
同じ椅子を狙うライバルだっていうのに、そんな気持ちはいつしか霧散していたの………………
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 ―せりか……あたし、『いちじょー せりか』。こっちは、『たけし』って言うの。あんたもオーディションなかま?―
ふと気が付くと、私の前に同じ年頃の子が2人来ていた。2人とも胸元にバッジが付いてたから、オーディション受けに来た子だってすぐに分かった。

 栗色の髪のツンとした女の子。それから眼鏡の似合う大人しそうな男の子。
 私の歌を素直に褒めてくれたのは、こっちの男の子だった。
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―わ・わたしは…………れーな!『まつざわ れーな』って言うの!!―
 その子達の笑顔は、まるで太陽みたいに朗らかで……引っ込み思案だった私を、あっさり前に踏み出させてくれたんだ…………――――
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「……んぅ?」
 目覚まし時計の呼び出しが、私を現実へと呼び戻す。
「って……何だ、夢かぁ………………」
 朝の光が差し込む中、私は気怠さを我慢してベッドから抜け出した。
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「そーいえば、あれからもう10年経ったんだね……せりか、流花ちゃん……剛…………」
 ベッドの側に置いてある写真立てには、4人の子の姿がハッキリ刻まれていた。
 私の、掛け替えない人達の姿が…………

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悪夢でも絶望でもない話

外伝 エク女の愉快(?)な日常

T話『十年越しの恋の歌(ラブソング)』前編
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作・ダゴンさん
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「あ……っと。おはようございます、お嬢様」
 夏用の制服に着替えたしのぶ。その姿を見た直人が即座に挨拶をする。
「ん、おはよー」
 そんな彼に、しのぶは簡潔に返した。

 昨夜は小テストのためのヤマ云々で、彩乃に電話越しに泣きつかれたと聞く。その対応云々のせいで、結局丑三つ時まで床に就けなかったそうだが…………
 よく見ると、どことなく気怠そうにしていた。流石に寝不足気味と見える。
「だ・大丈夫ですか?」
 そんな彼女を心配してか、直人は少し狼狽しながら聞いてみた。
「あ〜〜〜……気にするな。たかだか3時間睡眠、どーって事はないさ」
 どこか危なっかしい口調で、しのぶはテーブルに突っ伏していた。
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「………………誰か、目が覚めるダージリンでも入れてやってくれねぇか?」

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「予算審議が紛糾、総理大臣にまたも非難集中……世も末だな」
 朝刊を手にしたしのぶは、政治面を見て辟易した様に呟く。
「まぁ首脳や閣僚がバカなのは今に始まった事じゃないが、そのうち内乱かクーデターでも起きるんじゃないか?」
 にべもなく恐ろしい事を言ってのけるしのぶ。
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「確かにそうですが……しかしまあ、水無瀬代議士母子みたいに裏表のない人間は、今はめっきりいなくなりましたからね…………確かに世知辛い事だ」
 何時の間に姿を見せたのか、横合いから木戸が顔を覗かせた。
(全く、どこを見ても下らん記事ばかり。もう少しマトモな話題はないのか……?)
 言いようのないつまらなさを感じながら、しのぶは何気なく紙面をめくった。
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「…………ん?」

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 ばたばたばたばた――――ガラッ!!

 勢いのある効果音と共に、彩乃が教室に滑り込む。
「しのぶちゃんしのぶちゃん!!これ見た!?」
 よく見ると、彼女の手には女性週刊誌が握られている。
「ああ、朝刊に載ってたな……しかし、これまたどういう事だか」
 複雑と言わんばかりの表情で、しのぶはそれを受け取る。その見出しにはこう書かれていた。
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『Ragnarok(ラグナロク)のVocal藤堂 剛、アイドルと休日の逢い引き!?!?』

 紛れもなく、それは今朝しのぶが目にしたのと同じ内容のスクープだった。
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 普通なら、芸能人のスキャンダルなんて目を通すまでもない。
 あの世界は言ってみれば巨大な伏魔殿。アイドルも人間である以上、程度の低いスキャンダルなんて日常茶飯事である。
 これまで自分達や父がやってきた事に比べたら、取り立てて気にする理由はない筈だ。

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 しかし……今回は流石にそうもいかなかった。
 何故なら、そのVocalの男とやらと一緒にいるのが自分や彩乃のよ〜〜〜く知ってる人間だったからである。

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「今朝も思ったんだが…………なぁ彩乃、何でせりかが一緒にいるんだ????」
「あの筋金入りの男嫌いさんがね……こりゃ少し怪しい匂いがしなくない?」
 改めて記事を吟味したしのぶは、訝る様に彩乃に聞いてみる。彩乃は、少し興奮しながらそれに応えていた。

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 何と、その記事で一緒に写っていたのは一条 せりかだったからである!!!
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 ちなみに、この時2人は気付かなかったのだが……それを耳にした1人のクラスメートが、微かに眉をひそめていた………………

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 ガラガラッ!
 小テストが終わった後、不意に教室の扉が開かれる。
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「失礼します……ちょっと仕事が立て込んで、遅れました」
 入ってきたのは、ウェーブがかった黄金色の長髪。その頭頂部に纏うリボンが似合う長身の美少女。
 この学校において知らない者はいないであろう、人気アイドル……松澤 礼菜その人だった。
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 しかし、どうしたものか……
 今朝は明らかな仏頂面をして、ドッカと席に着く。誰がどう見ても、普段のフランクな雰囲気からは掛け離れていた。
「あらあら……今日は随分と機嫌が悪いですわねぇ、松澤さん。何かありまして??」
 様子を見かねたのか、紫音が振り返って呟く。
「そっ・そんなんじゃないよ。別に―――みんなが気にする事じゃないから」
 しかし、問い質されると顔を赤くしながら否定する。

『絶対、何かあったな…………??』
 この瞬間、クラスの大半の思考は完全と言って良いほど一致していた。

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(礼菜の奴、挙動不審も良い所だな。何でまた…………)

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 昼休み―――

「―――っはぁ〜〜〜〜〜〜〜〜」
 アイドルらしからぬ盛大な溜息が礼菜の耳朶を打つ。
(……何よ、せりかってば見せつけちゃって。ついでに剛のアンポンタン)

 自分にとっても旧知の仲である2人の事。多分邪(よこしま)な下心など無いのだろう。
 そういう意味では、あの2人は『お似合い』なのかもしれない。

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 しかし…………
(んぁ〜〜〜〜……何だっていうのよ、さっきからフツフツ沸いて来るのは―――)

 今朝からどうも苛立ちが募ってしょうがない。友人の恋は祝福すべきなのだが、今は何故かそんな余裕が見出だせなかった。

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 ギィ……
「…………礼菜ちゃん?」
 屋上に闖入者が現れるまで、礼菜は1人で悶々とした思いに捕われていた。

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「なぁ、この藤堂 剛って何者なんだ?Ragnarokってのも説明してくれたら有り難いんだが」
 学食からの帰り道、しのぶは同席していた彩乃、帆之香、ひなにさりげなく聞いてみる。
「しのぶちゃん知らないの?Ragnarok(ラグナロク)って、今人気上昇中のアーティストユニットだよ」
 彩乃は意外そうな顔をするが、少し自慢っぽく言った。
「確か、2年くらい前にデビューしたJ−POPアーティストのグループね。そのメインヴォーカルが、せりかちゃんと一緒に写ってた藤堂 剛君です。確かまだ17、私達と1歳しか違わないって話ですが…………」
 続いて、帆之香が眼鏡を光らせながら説明する。御丁寧に携帯で検索まで行っていた。
「それでも知名度は結構なもの。最近はオリコンも上がってますし……あ、しのぶちゃんも一回聞いてみてはどうかしら??」
 ついでにさりげなくプレイヤーを操作して差し出してくる。
「あ、いや……そいつはまたの機会にする。今はその藤堂 剛の事だ」

 しのぶは即座に断り、今度は彩乃に向き直る。
「あ、そうだね……この剛君って、本業は歌手だけどチャラチャラしたところが無い――まぁ今時珍しい清純派なんだ。あ、出た出た」
 彩乃は、すかさず携帯でホームページを検索。出てきたのを確認して、しのぶに見せた。

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「へぇ……」
 そこに写ってるのは……短く切られた黒髪と朗らかな笑みを浮かべた少年だ。新聞で見た眼鏡姿ではないが、同一人物に間違いない。
(確かにチャラチャラした感じは無いな……直人とは違うが美男子って言われても納得だ)

「何々……藤堂 剛。SNOWプロダクション所属のアーティスト、17歳。同プロの沢木 春彦と共にアーティストグループ『Ragnarok』のヴォーカルとして活躍中。趣味は竹刀の素振りで、自ら剣道を日課にしている。今年2段取得……現在の出演は『週間MUSIC・LIBRARY』の司会進行役、他数点。フムフム―――」

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「ん……これ貰うね」
 目の前に出されたおむすびを取ると、礼菜は側に座る幼馴染みに会釈する。

 礼菜に比べて頭2つ分は小柄な少女は、遅めの昼食を頬張る彼女を少し心配そうに見上げた。

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 水無瀬 流花。
 祖母と父親が代議士をしている令嬢で、しのぶや礼菜達のクラスメートでもある女の子だ。
「礼菜ちゃん、その…………」
 何やら言いにくそうに口をモゴモゴする流花。

「せりかと剛の事?」
 しかし、礼菜の発した言葉に息を呑む。

「……いいのよ、あんなの気にしてないから」
「そうかな…………」
 礼菜は何ともない風に意見するが、聞いている流花は釈然としない表情になっていった。

「たっくん、本当にせりかちゃんと付き合っちゃうのかな……礼菜ちゃんとの約束、もう忘れちゃったのかなぁ…………?」
「さぁね……でも、剛とせりかがお互いに望んだ結果なら何も言わない。約束って言っても昔の話だし………………それにさ、人の心なんて時が経てば変わってくものよ」
 やがて、流花が寂しそうに呟き、礼菜はそれに応える様に口を紡いでいた。

「私や流花ちゃんがいくら幼馴染みでも、これに踏み込むなんて……ね………………」

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「ぶっふぉーーーーーーーっ!?!?」

 階段の入口から素っ頓狂な奇声(?)が聞こえてきたのは、まさにその時だった。
(ばっ、バカ!見つかるぞ!!)
(何てリアクションしてるんですか!?)
(彩乃ちゃん、ブーッてしちゃダメだよぅ〜〜)
 その後で、しのぶ、帆之香、ひなの咎める様な声が聞こえてきた…………

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 数分後……

「別にここ(エク女)で隠す事じゃないんだけど…………そ。この記事の剛って、私とせりかと流花ちゃんの幼馴染みなの」
 礼菜から秘密を明かされた少女達は、思い思いの反応を見せていた。

「うーむ……世間は狭いんだな」
 しのぶは、屋上に佇みながら憂鬱そうに息を吐いた。
「私もびっくりです。まさか、礼菜さん達があの剛君と幼馴染みだなんて……(こりゃ耳寄り情報です♪)」
 帆之香は、興味津々で礼菜に取り付いていた。影になっている位置にも関わらず、何故か眼鏡がキラリと光ってるのが見える。

「別にやましい事じゃないけど……人の目もあるし、あんまり口外しないでね。本当は私と流花ちゃんとせりかとママ達の秘密なんだから」
 一方、礼菜は怪訝そうな顔で一行を眺めてそう言っていた。
「……特に彩乃ちゃん、調子に乗って言い触らさないでよ」
 1番心配な人物に、しっかり釘を刺すのも忘れてはいけない。

「やだなぁ、ボクそんなに信用無い?」
「信用云々より、うっかり口を滑らせないかどうか心配なんだけどね……」
「そこはかとなく同感だ……こいつの場合、誘導尋問に引っ掛かって、洗いざらい自白しそうな気がする」
 礼菜が苦い表情で呟き、しのぶが同調する様に溜息を尽いた。

 確かに酷い言い草だが、致し方ない。
 元々は大悪党だったしのぶや芸能人である礼菜、事情を熟知している(ついでに親の仕事柄)流花は、マスコミやパパラッチの恐ろしさをよく知っている。ひなの方も、恐らく帆之香が口止めしてくれるだろう。
 しかし、彩乃に関しては何故か一抹の不安が拭えない。
「ぶ〜〜、2人とも酷いなぁ。ボクだってそんな友達の不利益になる事なんてしないよ〜〜〜」
 流石にこれは頂けないらしい。口を尖らせて彩乃は抗議する。

「いや、どーだかな?お前にその気はないだろーが、最近じゃ盗聴器やカメラの技術も発展してる。引っ付けられても気付かないんじゃないか?」
 だが、今度はしのぶが真剣な口調で呟いた。
「写真週刊誌にパパラッチ、特に悪質なのは数字の為なら何だってするからな……盗聴や盗撮、ついでに捏造なんて、その気になったら朝飯前だと思うぞ」

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 しのぶが言っている事は比喩や冗談ではない。
 実際、彼女も『紳一』だった頃、気に入らない企業や商売敵の弱みを握るために幾度となく使っていたもの……だからこそ、今回の事では情報漏洩について強く警戒していた。
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「まぁ良い。とりあえずこの件は、ここにいる6人だけの秘密として……で、礼菜。その剛って奴は一体何やらかしたんだ?今朝からお前が不機嫌なのは十中八九そのせいなんだろ?」
 暫くして、しのぶはゆっくりと礼菜に向き直った。
 例のせりかと剛のツーショット写真。それが原因なのは恐らく間違いない。しかし、幼馴染みの礼菜が何故こうも不機嫌なのか……それを紐解くには、色々聞かなければいけない。
 悪い事に、せりかは長期の仕事のせいで欠席している。電話して問い質すにしても番号を知らないし、仮に連絡出来ても話してくれるとは限らない。

「ま、私は知ったこっちゃ無いんだが……その……お前を心配するのが何人かいるんでな。お節介って奴だ」

 やがて、ふうっと息を吐いたしのぶは、礼菜の隣に腰を下ろした。

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 暫くして、礼菜は神妙な表情でしのぶ達を見渡して言った。

「ねぇ、みんな…………結婚の約束って、した事ある?」

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『おい剛、随分派手に載ってんじゃねーか。お前、松澤 礼菜が好きなんじゃねーのか?』
 少年は、電話越しに響く友人の声を苦笑しながら聞いていた。
「春彦……真生(まお)さんは何て言ってる?」
『もうカンカンだ、バカ野郎。いくら幼馴染みだからって、ちぃーっと無防備過ぎだぞ』
 春彦と呼ばれた声は、うんざりした口調で少年に文句を述べていく。

「ご、ごめん……でも大丈夫だよ。礼菜の事は心配ない…………明後日には全部片付くから。じゃ、切るよ」
『あっ、おぃ――』
 プツン

 やがて、少年は一段落ついた様に電話を切ってしまう。そして、空間に沈黙が戻ってきた。


「そうだよ、忘れるもんか……礼菜………………」
 宛がわれた控室で、微かに……しかし、強い声が木霊した。

「剛くーーん、そろそろ時間だよ〜〜〜」
 その時、調子良い声と共に扉が叩かれる。
「あっ……はい、すぐ行きます!」


 少年……藤堂 剛は、拭っていた眼鏡をかけ直すと急ぎ足で部屋を後にした。

続く

管理人のコメント

 ダゴンさんから「悪夢でも絶望でもない話」の外伝作品をいただいてしまいました!
 これもうちのHPではだいぶ古い作品なのですが、未だにこうして三次創作をいただけるとは、ありがたい話です。
 では早速見て行きましょう。
 
>昨夜は小テストのためのヤマ云々で、彩乃に電話越しに泣きつかれたと聞く。

 ここで放置しないでちゃんと付き合うのがしのぶお嬢様らしいところです。
 
 
>今朝も思ったんだが…………なぁ彩乃、何でせりかが一緒にいるんだ????

 本編は男性と絡むシーンがほとんど無いので忘れがちですが、実はせりかは男嫌いなんですよね。
 
 
>この藤堂 剛って何者なんだ?

 原作には出てきませんが、設定上礼菜の恋人として存在するキャラですね。本編のしのぶはコイバナとかしそうも無いキャラなので、出せませんでしたが。
 
 
>「ぶっふぉーーーーーーーっ!?!?」

 この辺の彩乃のアホの子っぷりが素敵です(笑)。


>「ま、私は知ったこっちゃ無いんだが……その……お前を心配するのが何人かいるんでな。お節介って奴だ」

 はい、お嬢様のツンデレいただきましたー。
 
 
>「ねぇ、みんな…………結婚の約束って、した事ある?」

 古風なお嬢様学校だけに、婚約者のいる生徒も多そうですが……しのぶはないだろうなぁ。男時代から通算しても。


 スキャンダルのほうは空騒ぎっぽいですが、果たしてこの話どこへ転がるのでしょうか。後半が楽しみです。


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