あゆちゃんの冒険

第18話
なかなおり

作:モーグリさん


 その日、はしかになって熱にうなされていたあゆは夢を見ていた。
 夢の中であゆは水瀬家のテーブルの上にいた。テーブルの上にはいろいろな食事が山と置かれておりとてもおいしそうだった。謎ジャムのせいで体が小さくなったあゆにはそれが小山のように見えた。おなかがすいていたあゆはそれを見ると一目散に料理に向かって走り出した。
 するとあゆの目の前に秋子さんたちが現れた。
「あゆちゃんの席はあっちですよ」
 そう言うと秋子さんは後ろからあゆのセーターの襟をつまみ上げた。縮んだあゆはどうすることも出来ずにそのまま持ち上げられてしまった。
「今日からこれがあなたの食事ですよ」
 秋子さんはあゆをつまむと、そのまま床にある皿の横に連れて行った。そこにはぴろの夕食用のキャットフードが山盛りにおかれていた。
「えーっ!?何でボクだけ食事がキャットフードなのっ!?みんなと一緒に食事したいよっ!」
 あゆがビックリしてみんなのほうを向いて怒鳴った。しかし、あゆがいくら怒っても彼女は手のひらサイズに縮んでしまったので全然迫力がない。
「ダメだよ。あゆちゃんはわたしたちのペットなんだから、食事もぴろと同じ物にするんだよ」
「そうだぞ、お前は愛玩動物なんだからみんなのテーブルで食事をしたらだめだ」
 それを見て名雪と祐一がにやにや笑いながら反論した。
「あゆは今日から食事はぴろと一緒。トイレも寝るところも全部ぴろと一緒。二匹で仲良く暮らしてね。わかった?」
 今度は真琴が出て来た。真琴はそう言うと手に持っていた箱をあゆの元に置いた。そこには猫のトイレ用の砂が盛られていた。
「なあ、俺と一緒に仲良くしようぜ」
 今度はそこで寝転んでいたぴろがにこにこしながら話しかけてきた。そしてにやにや笑うと大きな舌であゆの頬をぺろぺろなめまわした。ぴろになめられてあっという間にあゆの顔は猫の唾液だらけになった。
「うわわわあーっ!ボク、ペットや愛玩動物じゃないよーっ!」
 部屋中にあゆの絶叫がこだました。しかしそれを聞いても誰もリアクションを起こそうとはしなかった。

 そのころあゆが悪夢にうなされていたのは帝劇のアイリスの部屋だった。そこであゆはアイリスが作ったバスケットの中にしつらえたタオルで作られたベッドの上でうなされていた。顔面が蒼白で冷や汗がだらだら出ており、ものすごく悪夢がひどいのが外からもうかがえた。
「あゆさん、なんだかすごくうなされています」
「どんな怖い夢を見てるんだろうね?」
 そんなあゆを横からさくらとアイリスが困惑した表情で見ていた。病気状態の彼女を悪夢から醒ますべきか、そうすべきでないかについて相当悩んでいたのだ。

 さくらとアイリスの二人があゆの寝ているアイリスの部屋から出て来ると、外ではアゼリアや祐一たちが待っていた。みんなあゆの看病をしようと部屋の外に集まっていたのだ。
 そこで二人は彼女たちにあゆの病状について説明した。
「ねえ、アゼリアお姉ちゃん。あゆちゃんどうしたらいいの?」
 アイリスが心配そうな目つきでアゼリアを見て立っていた。手には大好きなクマのジャンポールのぬいぐるみを持っている。
「そうね。とりあえずあゆちゃんのお熱を冷ましましょう。そうしないと彼女の体が持たないわ。まずはタオルを氷水で冷やしてあゆちゃんの頭にのせた方がいいわね」
 アゼリアは今までの病状を聞くとてきぱきと自分の考えを言い始めた。そしていろいろとサジェスチョンを始めた。
「それと、とにかく体が汚れているから一度ぬるま湯で体を拭いた方がいいと思うわ。清潔にしていないと他の病気との合併症も怖いのよ」
「アゼリアさん、それとあゆさんがなかなか薬を飲まないんで困ってるんです。どうしたらいいでしょう?」
 今度はアゼリアの話を聞いていたさくらが困惑して相談してきた。以前からあゆに薬を飲ませているが上手く飲んでくれずに困っていたのだ。
「じかに飲ませたらダメよ。苦いし。そうだ、どこかにスポイトがないかしら?」
「それなら恐らく医務室にあると思います。でも、あそこの道具は整理されていないので探すのが大変です。今すぐというわけには・・・」
 さくらが困った表情を浮かべた。今、アゼリアに言われるまでスポイトを探したことがなく、それをすぐに用意することが出来なかったのだ。
「わかったわ、とりあえずあたしが飲ませてあげる」
 それを聞いてアゼリアはしばらく頭の中でいろいろと考え事をした。そして何かを思いついたらしくいたずらっ子のような表情を浮かべた。
「アゼリアさん、大丈夫なんですか?」
「もちろんよ」
 アゼリアはそう言うとさくらに向かってウインクをして見せた。

「じゃあとりあえず金だらい二つと沸かしたお湯を入れたやかん、それからタオル数枚を誰か持ってきてくれない?」
 アゼリアはてきぱきとあゆの看病のために助言を始めた。
「はい、私が持っていきます」
「私も手伝いますよ」
 それを聞いたさくらが洗面所にそれらをとりに向かった。その後で秋子さんもそれに続いた。
「その間に祐一さんたちはあたしと一緒に冷蔵庫に行って氷を取ってくるのを手伝ってくれる?あなたがたの協力がないと氷を小さくするのは大変だと思うの」
 アゼリアが祐一たちに助言した。その一方、彼女からそう言われた祐一は心の中で疑問に思った。
(氷を小さくする?氷って冷蔵庫に行けば製氷皿に入っているんじゃないのか?)
 祐一は現代の冷蔵庫の感覚でとらえていたのだ。それが間違いだったことはいずれ分かる。
「うん、わかったよ」
 そんな祐一に対して横にいた名雪と栞は喜んで賛同した。
「じゃあアイリスが案内するね、アイリスもう子供じゃないもん」
 横にいたアイリスが得意げに祐一たちの案内をはじめた。アイリス自身も看病に参加できるとあって張り切っていたのだ。

「みんな、これが冷蔵庫だよ」
 みんなを連れてアイリスが台所にある冷蔵庫に案内した。
 そこには百葉箱くらいの大きさの木製の箱が置かれていた。外には取っ手がついており、中はブリキの板で内張りがしてあった。サイズ、形状、どれをとっても祐一たちのいた現代の冷蔵庫とはあまりにもかけ離れていた。
「これが冷蔵庫なんですか?」
 それを見て祐一がたずねた。
「そうよ、何かおかしい?」
 アゼリアが不思議そうな顔つきで祐一たちを見た。彼女には祐一たちがなぜこれを見て驚いているのか想像がつかないようだった。
「えっ、でもこれはどう見ても金属の内張りがしてあるただの木の箱にしか見えないよ。これが冷蔵庫なんて……」
 名雪がビックリしながら冷蔵庫を眺めていた。名雪は現代にある等身大サイズの巨大な電気式の冷蔵庫を連想していたのだ。それで全然違う冷蔵庫を見て違和感を感じていた。もしここに秋子さんがいたらすぐにこれが冷蔵庫だとわかったかもしれないが、名雪一人では想像もつかなかった。
「私、これ資料館で見たことあります。これって電気で冷やすんじゃなくて中のスペースの上部に巨大な氷の塊を入れて冷やすんですよ。それで氷が溶けるまで冷蔵庫として使うんです」
 それを見ていた栞が話し始めた。栞は以前行ったことがある郷土資料館でこれとよく似た冷蔵庫を見たことがあったのだ。その経験がここで役に立つとは思わなかった。
「うん、そう言えば懐かしい昭和を描いた映画にもこんなのが出てたっけ」
 祐一も思い当たることがあったので納得した。以前あゆと映画館に行った時にあゆがホラー映画が苦手だということで代わりに見た昭和30年代を描いた映画にこんな道具が出ていたことを思い出したのだ。
「へえ、そうなんだ、知らなかったよ」
 二人の話を聞いて名雪が感心した。もっとも、氷を使用しているとはいえこうした冷蔵庫があるのは太正時代でもかなりのお金持ちの家庭だけだった。そういう面では帝国華撃団は進んでいるといえる。

「とりあえず中から氷を出すわね。氷ばさみで出さなきゃいけないから結構大変なのよ。みんな手伝ってちょうだい」
 アゼリアは冷蔵庫の近くにあった大きな氷ばさみを手にした。そして冷蔵庫を開けると一番上の棚にある冷却用の巨大な氷のブロックをそれで引きずり出そうとした。しかし氷が重く、滑りやすいので彼女一人の力ではなかなか引きづり出せなかった。
「せーの」
 それを見ていた名雪と祐一も氷ばさみを手に取った。そして、三人がかりで何とか冷蔵庫から氷のブロックを取り出した。
「よかった、何とか出せたよ」
 それを見て名雪が安心した。一方、アゼリアはようやく取り出した氷を台所のまな板の上に取り出した。そして、おもむろにあたりを見回し始めた。
「じゃあこの氷を細かく砕かないと。この辺にアイスピックか千枚通しはなかったかしら?」
「ここにあります」
 栞はそう言うと台所の戸棚の中にあった千枚通しを取りだした。そしてそれをアゼリアに手渡した。

「いくわよ、みなさんも手伝ってね」
 アゼリアはそう言うと勢いよく千枚通しを氷に振り下ろした。

 ガリッ、ガリッ

 彼女が氷を砕くのを見て祐一、名雪、栞も氷を砕き始めた。アイリスだけは子供なのでその作業には加わらずに遠くで見ていた。力がある祐一はともかく、他の三人は女性だけあって力仕事は大変だった。それでもあゆのためを思って彼女たちはがんばった。
 しばらくして祐一たちは何とか氷を砕き終わった。
「ふぅ、何とか砕き終えました」
「手が冷たくて大変だったよ」
「氷の塊を作るのってこんなに大変だったんだな、知らなかった」
 祐一たちは疲れた表情で砕き終わった氷を見ていた。

「みなさん、金だらいとお湯を持ってきましたよ」
 その頃になってようやくさくらと秋子さんがやって来た。さくらは金だらいを、秋子さんはお湯を入れたやかんを持ってきていた。遅くなった理由については秋子さんによるとお湯が沸騰するまで時間がかかったらしい。
「ありがとう。じゃあまず片方のたらいに水を入れてその中に先ほど砕いた氷を入れるの。そうすれば冷たい氷水が作れるわ。そこにタオルを浸してあゆちゃんの頭を冷やすのに使うの」
 アゼリアはそれを見ててきぱきと指示をした。
「うわーっ、何だか冷たそうだな」
 それを聞いて祐一が不平をもらした。さっきの氷を砕くので相当冷たかったのにさらに冷たい作業をやらされると知ったからだ。
「文句言ってないで手伝ってよ。これもあゆちゃんのためでしょ?」
「はい」
 祐一はしぶしぶ承諾した。
「それから、もう一つのたらいにはお湯と水道水を混ぜてぬるま湯を作って。それであゆちゃんの体をふくのよ。そうね、お湯の温度は摂氏では40度弱といったところかしら?」
「わかりました」
 それを聞いて秋子さんは持ってきたたらいに水道水を入れた。そしてその中に持ってきたお湯を注いだ。そして手で温度を測りながらお風呂の温度ぐらいの湯加減に調節した。

 それからしばらくたってみんなはアイリスの部屋の中にやって来た。部屋の中ではあゆが悪夢にうなされていた。あゆは相当熱が高いらしく顔が真っ赤だった。
「うーん、うーん……」
 あゆは熱でうなされていた。それを見ていたアゼリアは名雪にタオルを氷水で冷やしてから絞って欲しいとお願いした。早く熱を下げなくてはと思ったのだ。
「アゼリアさん、冷たくしたタオルだよ。ううっ、寒いよ」
 名雪が絞り終えたタオルをアゼリアに手渡した。氷水のせいで名雪の手はかじかんでいた。
「さあ、これで頭を冷やしましょうね」
 アゼリアはそう言いながら冷やしたタオルをあゆの頭に載せた。しばらくすると、タオルが熱を吸収したのか次第にあゆの顔から赤身が取れていった。
「あゆさん、頑張って下さいね」
それを見ていた栞が応援していた。

「う〜ん……ん、あれ、ボク、どうしたんだろう?」
 しばらくしてあゆが目を醒ました。そしてまわりに名雪たちがいるのを見て驚いた。いつの間にいたんだろうと思ったのだ。
「あらあら、ようやくあゆちゃんのお目覚めね」
 それを見て秋子さんがほほえんだ。
「あゆちゃん、大丈夫?なんかすごくうなされていたようだけど?」
「うん、なんかすごい悪夢を見ていたよ……」
 あゆは今までの悪夢を振り返った。そして自分が寝ている間に頭に冷やしたタオルが置かれていることに気付いた。
「あれ、ボクの頭が冷たいけど、誰が冷やしたの?」
「あゆちゃん、それ、アゼリアお姉ちゃんが冷やしてくれたんだよ」
アイリスがにこにこしながら答えた。
「アゼリアさんが?」
「そう、アイリスも誤解してたけど、アゼリアお姉ちゃんは実はすごく優しい人なんんだよ。あゆちゃんのことすごく心配してくれたし」
 アイリスは手短に今までの経緯を話した。それを聞いていたあゆは、次第に自分がアゼリアを嫌っていたことを悔やむようになった。
(アゼリアさんって本当はいい人だったんだ……ボク誤解していたよ……)
 アゼリアは悪人ではない、そして自分のことを必死になって看病してくれた。あゆはそう考えるととてもうれしかった。
「そうだったんだ。どうも、ありがとう」
 あゆはそう言うとアゼリアに心からお礼をした。そして自分が彼女を嫌っていたことを後悔した。

「じゃああゆちゃん、次はお体をふきましょうね」
 その発言を聞いて安心したアゼリアはそう言うと、今度はぬるま湯の入ったたらいに新しいタオルを浸した。そしてそれを勢いよく絞った。
「え?」
「『え?』じゃないわよ。だってあなた、病気になってから一回も体を洗っていないでしょ?」
 アゼリアに言われたとおり、あゆは病気になってから一度も体を洗ったことがなかった。そのため体は汚れているといえば汚れていた。
「そうね、あゆちゃんは一度ちゃんと体をふいた方がいいと思うわ」
 秋子さんもその意見に同意した。
「うぐぅ……」
「じゃあセーターを脱ぎましょうね」
 アゼリアはそう言うとポケットに入れていたハンカチを取り出すとあゆの首に巻いて首から下を隠した。服を脱ぐ姿を誰にも見られないようにするためだ。それからやさしくあゆのセーターや半ズボンを脱がせ始めた。それからあゆの下着も脱がせ始めた。

 しばらくしてアゼリアはあゆの服を脱がせ終わった。その姿はまさに「小さくてかわいい天使さん」といった感じだった。すごくかわいいので近くにいた名雪はうっとりとした表情であゆのことを見ていた。
「うわー、あゆちゃんの肌って天使みたいに白くてふわふわしてるのね」
 アゼリアが感心した目つきであゆの体を見た。
「本当、かわいいです」
 それを見ていた栞も納得した。一方、あゆのそう言われて恥ずかしがっているように見えた。

「ほら、ふくわよ」
 アゼリアはそう言うと暖めたタオルで丁寧にあゆの体をふき始めた。あゆの体をふくたび、あゆの体の汚れが汚れた水になってタオルに染み出していった。
「うぐぅ……うふふふふ……なんだかくすぐったいよ」
あゆがくすぐったくて笑った。
「ほうら、笑ってないでガマンするのよ」
 アゼリアはそう言うとにこにこしながらタオルで体をふきつづけた。そして、あっという間にあゆの体を全部ふいていった。

「アイリスちゃん、もしよかったら今度あゆちゃんに着せる服を探してきてくれない?」
 あゆの体をふき終わった後でアゼリアがアイリスに質問した。あゆの服は今着ているセーターと半ズボンしかなかった。それだけでは体が汚くてしかたがないだろうと思ったからだ。
「えっ、そんなものどこにあるの?」
 アイリスが疑問に思った。
「アイリスちゃんが持っているお人形の洋服でいいわ、あれならデザインもサイズもちょうどあゆちゃんにピッタリあるのがあると思うもの」
「うん、わかった、今度用意しとく」
 アイリスがうなずいた。アイリスは人形が大好きで着せかえ用の服も相当持っていた。それを探せばあゆの服になると分かったからだ。
「それは今度見せてね。その中からあたしがいいお洋服を選ぶから」
 アゼリアはそれを聞いてアイリスにウインクして見せた。

「じゃあ今度はお薬飲みましょうね」
 アゼリアはそう言うとコップに入れてある水に薬を入れてかき混ぜた。これをあゆにのませようと考えたのだ。
「うぐぅ。あれ、苦いからイヤだよ……」
「大丈夫、あたしがやさしく飲ましてあげるわ」
 アゼリアはそう言うと薬の入った水を自分の口の中に飲み込んだ。そして、

チュー

 アゼリアはゆっくりとあゆにキスをした。そして口移しで薬をあゆの口へと押し込んだ。「ゴクン」という音と共に薬が勢いよくあゆののどへと入った。
「うぐぅ……」
 突然のキスにあゆが当惑した。
「うふふ、最初からこうすればよかったんだね。ほら、すぐ飲めた」
 アゼリアはそう言うとにっこりとほほえんだ。一方のあゆは突然のキスにどう答えたらいいのか戸惑っていた。
「うぐぅ、なんかヘンな気分だよ……」
(女の子が女の子にキスをするなんてなんかヘンだよ)
 そんなことを考えているうちにあゆの頬が赤くなった。それははしかのせいではなくあゆが恥ずかしいと感じたからだった。
「あれ?顔が赤くなったよ」
 それを見ていた名雪が笑い出だした。
「うぐぅ、女の子が女の子を好きになるなんておかしいもん」
 名雪のその言葉にあゆが必死になって反論した。自分がアゼリアに恋心(恋愛感情)を抱いていると思われたからだ。一方、その周りにいた祐一たちは楽しそうに笑っていた。

 こうして、みんなはあゆをからかったりしながらしばらく時間がたった。みんなはあゆを中心にしていろいろと話をしていた。そのうちに次第にあゆのまぶたが重くなって来た。
「ボク、なんだか眠くなっちゃった……」
 そう言うとあゆはゆっくりと眠りについた。

 すーすーすー

「わあ、あゆちゃん眠っちゃったね」
 名雪がそれを見ていてほほえんでいた。
「薬が効いてきたんだな」
 祐一が説明した。さっきアゼリアが飲ませた薬が効いてきたことが分かったからだ。
「みんな、あゆちゃんも眠っちゃったことだし今日はこのくらいにしとこうかしら。大丈夫、きっとあゆちゃん元気になるわ」
 秋子さんはそう言うとこの部屋を使っているアイリス以外の名雪たちみんなを部屋の外へと連れだした。あゆも眠ったことだしあゆのためにもこの部屋を静かにしておこうと思ったのだ。
「はーい」
 名雪たちはそう言うと次々に部屋を後にしたのだった。

 それから一週間がたった。
 あの日を境にあゆの病状はよくなっていった。熱も次第に下がり始め、だるさやはしかの症状も次第に潮が引くように少なくなっていった。どうやらはしかは峠を越えたようだった。

 その日、あゆはアイリスの部屋でアイリスと二人で遊んでいた。テーブルの上でアイリスが膨らました紙風船をあゆがころころ大玉送りのように転がしていた。その光景を見たアイリスはまるで子猫でも見るかのようにうっとりとした表情で喜んでいた。
 そのとき、

 コンコン

 突然ドアをノックする音が聞こえた。そしてそれから部屋の中に名雪たちが入ってきた。みんなあゆの病気の様子を見にきたのだ。彼女たちはここしばらくあゆの病気の看病でつきっきりだったので、あゆの病気がよくなったことはみんなにとってもうれしかった。

「あゆちゃん、こんにちは。病気はよくなったかな?」
 名雪があゆの方を見て微笑んだ。彼女の目からもあゆの病気がだいぶよくなったことがわかったからだ。
「あっ、名雪さんたちだ。こんにちは」
 あゆがそれを見て手をぶんぶん振って答えた。
「あゆちゃん、着替えの時間だよ」
 名雪がそう言うと今度は後ろに控えていたアゼリアが登場した。彼女もあゆの病気がよくなってとてもうれしそうだった。
「さあ、この前お話したようにお着替えしましょうね。あゆちゃんはどんなお洋服が好きかな?」
 アゼリアが先日アイリスからもらった人形用の服を何着も取り出してあゆの前に並べた。これは全部アゼリアが気に入ってあゆに着せることを決定した服だった。しかもアゼリアの服の好みはアイリスと似ておりかわいい服が大好きだった。その結果それ系の服ばかりが並べられていた。
「うん、それはアゼリアさんに全部お任せするよっ」
 目の前に並べられた服を見てあゆが悩んだ。そしてあゆは自分で決めかねたあげくアゼリアにお任せした。
「わかったわ、それじゃ今日はボクにふさわしいかわいらしい服装にしてみようかしら?」
 アゼリアはそう言うと目の前の服から青いデザインのセーラー服と青いズボンを選んだ。それから彼女はポケットからハンカチを取り出した。そして、それであゆの首から下の体をてるてる坊主の様に覆うと、さっそく着替えをはじめた。アゼリアは慣れた手つきですぐにあゆのセーターや半ズボンを脱がした。そしてその代わりに持ってきた青いセーラー服を着せていった。
「はい、着替えが終わったわ」
 アゼリアがハンカチを取ると、すっかりセーラー服に着替え終わったあゆの姿があった。さらにアゼリアはセーラー服の襟のところに赤いリボンを結んでいった。
 ちなみにあゆたちのいた現代ではセーラー服というと女子中高生の制服というイメージが強いが、この時代ではセーラー服は水兵さんをイメージした女性や子供向けのかわいいファッションの定番だった。
「うわぁ、あゆちゃんかわいい〜!」
「本当だね。あゆちゃんを見てると心が癒されるんだよ」
 それを見ていたアイリスや名雪がたまらず歓声を上げた。小さくなったあゆにセーラー服は似合いすぎの服装だった。
「ほら、あゆちゃん、みんなに挨拶してね」
「は、はい…………みなさん、ボクは月宮あゆです」
 アゼリアが合図をしたのであゆが立ち上がって自己紹介した。そして、みんなの前で丁寧にお辞儀をした。その姿も服装とあいまって愛くるしかった。
「はい。よくできました」

 なでなで

 それを見てアゼリアがうれしそうにあゆの頭をなでなでした。そして、
「はい、あゆちゃん。ごほうびにお口をあーんしてね」
「あーん」

 アゼリアはそう言うと帝国華撃団の医務室に保管されていたスポイトを取り出した。これは、先日アゼリアが口移しであゆに薬を飲ませた後で、気を利かせたさくらが医務室から持ってきたものだ。アゼリアはこのスポイトで手に持っていたコップからミルクを吸い出した。そしてそれを口を開けているあゆの口の中に流し込んだ。

 ごくごくごく

 スポイトから出て来たミルクがあゆの口の中に入った。あゆはうれしそうにミルクをほお張るとそれを一息に飲み込んだ。
「わあ、あゆちゃんはミルクを飲んだら、頬が『もぐもぐ』動くよ。まるでねずみみたい。かわいいね」
 それを見ていたアイリスがうれしそうな表情になった。
「みんな笑ってね。カメラを撮るんだよ」
 名雪はそれを見ていてポケットに入れてあった携帯を取り出した。そして楽しそうに携帯であゆのかわいい姿を次々に写していった。
 一方、あゆはみんなが喜んでくれたのでとても上機嫌だった。
(うんっ、みんなボクの病気が治ってからボクのことを誉めてくれる。みんなボクのおかげで喜んでくれる。そうだ、ボクは手の平サイズで小さくてもみんなの役に立てるのなら、このままでもいいのかもしれない。みんな優しく面倒を見てくれるし……)
 そのうちあゆは次第にとんでもないことを考えるようになった。そして今度は服を着替えさせてもらったアゼリアの方を見るとうれしそうににこにこ微笑んだ。
(アゼリアさんも本当はいい人だったんだね。前にアゼリアさんがボクを頬ずりしすぎて窒息させそうになったのは、単にボクがかわいすぎて頬ずりをやりすぎたからなんだ)

 そんなことを考えていると、ふとあゆの頭の中に誘惑が沸いてきた。今のかわいい姿でみんなにおねだりすればたちどころにみんなOKしてくれると思ったのだ。
(よし、ボクもっともっとみんなに甘えて、みんなにおねだりしてもらおう。まずはアイリスちゃんに甘えようかな?)
「ねえ、アイリスちゃん」
 あゆはそう言うとゆっくりアイリスの右手に近づいた。そして右手の人差し指をつかむとその指にすりすり頬ずりを始めた。
「なーに」
「ボク、病気がよくなってきたんで外に出たいな」
「うん、いいよ」
 あゆのお願いにアイリスは一つ返事で承諾した。
「よかったらわたしも一緒についていってあげるよ」
 横でその光景を見ていた名雪が助け舟を出した。あゆはまだ病気が治りかけだし、年齢が低いアイリス一人ではあゆの面倒を見ながらの外出は大変だろうと思ったのだ。
「それと、ボクまたたい焼きが食べたいな。アイリスちゃん、おごってくれる?」
「うん、あゆちゃんの頼みなら何でも聞いてあげる」
 アイリスは嬉しそうに答えた。大好きなあゆの願いだけあって自分にできることなら何でもかなえてあげるつもりだった。
(うふふ、たい焼きおごってもらっちゃった。おねだりした甲斐があったよ)
 あゆはその答えを聞いて心の中に「にやっ」とほくそ笑んだ。

 こうした部屋の片隅で行われていたあゆたちの光景を名雪たちと一緒に部屋に入ってきた祐一と栞が彼女たちの近くで見ていた。
「それにしてもあゆさん、病気が治ってよかったですね」
 栞がつぶやいた。右手にはかりんとうの入った袋を持ってそれをパクパク口にしながら話していた。彼女も名雪と同じように太正時代に来てからかりんとうを食べるようになったのだ。アイスクリームが自由に手の入らないこの時代で甘いスナック菓子といったらこれくらいしかない。
「いや、まだ治りかけだ。だから、また病気がぶり返さないように気をつけなくてはいけないって秋子さんが言ってた」
 祐一が栞の話に相づちを打っていた。祐一も子供の頃にはしかにかかったことがあるのではしかの症状については一応知っていたのだ。それにはしかは年齢が高いほど病気が重くなることも知っていた。
「それでもよかったです。一時はどうなるかと思いました」
「それにしてもあの香里そっくりで真面目なアゼリアさんがあゆの前ではふにゃふにゃになってる。すごいな」
 祐一がアゼリアの様子を見て驚いてつぶやいた。祐一は前にアゼリアと逆転時計のことで話をした様子から彼女を香里みたいな優等生だと思っていたからだ。そんな彼女があゆとすんなりなかなおりできたのは意外だった。
「それだけあゆさんがかわいくてみんなから愛されているってことです」
 その言葉を聞いて栞が笑いながら返答した。そしてまたかりんとうを口にしはじめた。

 一方そのころ、みんなたのしそうなあゆたちの輪の中に佐祐理と舞が入ってきた。
「佐祐理たちも混ぜてください」
「うん、いいよ」
 佐祐理の口から出た頼みにあゆが笑いながら喜んで返事をした。あゆにとってはみんなが喜んでくれることがとても嬉しかったからだ。
「私もなでなでしたい」
 佐祐理の横に立っていた舞も佐祐理の言葉につられて話しかけてきた。
「舞もかわいいのが大好きですものね」
「かわいいのは嫌いじゃないから」
 舞はそう言うといつもは無表情の顔の頬を薄いピンク色に染めた。舞もかわいいものが好きであゆを触りたくて仕方がない様子だった。
「うわーっ、今日はセーラー服姿でとてもかわいいですね。佐祐理からなでなでしちゃいます」

 なでなで

 佐祐理は右手をあゆの頭にかざすと何度もあゆの頭をなでなでした。あゆの頭は真綿のようにふかふかで、なでた佐祐理にはとっても気持ちがよかった。あゆもなでられてとても気分がいいように見えた。

「私も」

なでなで

 今度は舞があゆの頭をなでなでした。舞はあゆがかわいいのが大好きらしくそのまま無言で一心不乱に一分間くらいなでなでしていた。あゆも長時間なでられても舞が喜んでくれたのを知ってにこにこしていた。

コンコン

 しばらくしてドアをノックする音が聞こえた。そしてその後で秋子さんと真琴がドアを開けて部屋の中に入ってきた。秋子さんはともかく真琴が入ってきたのでみんな驚いた。真琴にははしかの免疫がないのでこれまであゆのそばから離れていたからだ。
「こんにちは」
「こんにちは。どこにあゆちゃんいるのかな?真琴が来たよ」
 二人が挨拶をした。
「あれ、秋子さんはいいとして何で真琴がいるんだ?」
 部屋の中に真琴が入ってきたので祐一が不思議に思って二人に尋ねた。
「わたしが連れてきました」
 祐一の疑問に秋子さんが丁寧な口調で答えた。
「秋子さん?」
「真琴はあゆちゃんが病気だったときいつもずっと心配してくれていたんですよ。それにあゆちゃんがはしかだったせいで免疫のない真琴はずっとあゆちゃんから離れていなくてはならなくて、ここ最近ずっと会っていなかったものですから。それで連れて来ました」
「そうだったんだ」
 秋子さんの話を聞いてあゆがうれしそうな表情になった。自分が見ていないところで真琴も自分のことを心配してくれていたのだとわかってとてもうれしかったからだ。
「あゆちゃんがはしかから回復してきたので、真琴が会ってももう大丈夫だと思いますよ」
 秋子さんはそう言うと真琴を部屋の前に連れて行った。
「真琴も心配したもん」
 一方、真琴はそう言うとはしゃぎながら前に走り出していった。そしてテーブルのあゆの前に来ると指を突き出してあゆのほっぺたをくりくりいじり始めた。真琴があゆのほっぺたを押すとまるでゴム風船のようにふわふわほっぺたがゆれた。
「あゆちゃん元気になってよかったね。ほーら、ほっぺたが昔みたいに赤くなってふーにふに」
「うぐぅ、くすぐったいから止めてよ〜」
 真琴に行動にあゆがたまらずに声をあげた。しかし、あゆの表情はとてもうれしそうだった。病気になってからはじめて真琴に会えてかまってもらえたことがうれしかったのだ。

 そんなこんなでみんなが楽しそうにしていたとき突然ドアを開けてさくらが入ってきた。みんなは突然のさくらの来訪に驚いた様子だった。
「みなさん、すみません」
「あっ、さくらさんだ。どうしたの?」
 あゆがさくらの方を振り向いた。
「みなさんに伝えたいことがあって来ました。じつはあゆさんの頭を冷やすのに使っていた氷がもうなくなってしまったんです」
 さくらは困惑した表情で話し始めた。この間アゼリアたちが使った冷蔵庫の冷却用の氷がなくなってしまったのである。もちろん太正時代には現代のような冷凍室も製氷皿もないので氷がなくなってしまうと冷蔵庫も使用できなくなって一大事となる。
「それ、予備もないの?」
 それを横で聞いていたアゼリアが質問した。
「それがないんです。そこで近所の氷屋さんに冷蔵庫用の氷を買ってこようと思ったんです。でも私一人ではちょっと重くて運べないので誰か一緒に来てくれませんか?」
 さくらはそう言うとみんなのほうを向いてお願いをした。
「さっき話してたけど、アイリスちゃんとわたしが一緒にいくつもりだよ。それにわたしは力仕事に向いているから大丈夫だよ」
 名雪がさくらを助けようと名乗りをあげた。名雪は先ほどアイリスがあゆと二人で一緒に外に行こうと約束した時に、自分も二人についていこうと提案したことを思い出したのだ。それに名雪は陸上部員なので力仕事にも自信があった。
「そうだよ、アイリスもあゆちゃんと外にいきたいもん」
 アイリスもそのことを思い出して賛同した。
「二人が一緒に来てくれてうれしいです。でも、あゆさんは誰がどうやって連れて行くんですが。 普通の人があゆさんを見たらビックリしてしまいます」
 さくらがあゆのことを心配して忠告した。確かに今のあゆは手のひらサイズで小さいので一般人がそれを見たら驚くだろう。
「アイリスがお洋服のポケットに入れて外まで連れて行くもん。ここなら誰にも気付かれずに連れて行けるよ。あゆちゃんもいいでしょ?」
「うんっ、いいよっ」
 アイリスの提案にあゆがこくりとうなずいた。

「あゆちゃん、よかったね。これでアイリスと一緒に外にお出かけできるよ」
 アイリスは今までの会話を聞いてはしゃいでいた。そしてあゆの方を見るとにこにこして話しかけていた。
「そうだね、ありがとう」
 一方のあゆはさっきからずっとアイリスと約束したたい焼きのことで頭の中が一杯だった。
(わーい、たい焼き、たい焼き。おごってもらうんだもん)

 十数分後、帝劇のドアのところにさくら、名雪、アイリスが立って氷屋に行く準備をしていた。あゆはアイリスが自分の洋服のポケットの中に忍ばせていた。それ以外のみんなは帝劇のフロアで彼女たちを見送っていた。
「それじゃみなさん、行ってきます」
「みんな、さっきはありがとう。ボクはこれから外に行ってくるよ」
 あゆがポケットの中から頭を出してみんなに手を振っていた。
「じゃあ、気を付けてね、そこのボク。帰ってきたらまた遊んであげるわ。それからアイリスちゃんも迷子にならないように気をつけてね」
 アゼリアはそう言うと優しくあゆとアイリスの頭をなでてやった。
「うん、気をつけるよ」
 アイリスはそう言うとお辞儀をした。そしてさくらたちの後ろについていった。
「それじゃお母さん、わたしも行くからね」
 さくらたちと一緒にいた名雪はそう言うと祐一や秋子さんに向かって元気に手を振っていた。

 みんなの見送りを受けながらさくらたちはドアを開けると外の大通りに出て行った。そしてみんなで仲良く近所の氷屋に向かって歩き出した。外はだいぶ桜が散っていたが、春爛漫の陽気で、大通りにはあちこちに和服姿や洋服姿の人が出歩いていた。その中を時おり路面電車やT型フォード蒸気自動車が通り過ぎていた。
 そのときあゆはまだ知らなかったが、このあと、あゆが太正時代で経験する最後の冒険が待ち受けていったのであった。


つづく


あとがき
 前作から相当時間が経過しましたが何とか本作を書きました。
前回はあゆがほとんど登場しなかったので、今回はあゆがかなり重要なポディションにいます。あゆのかわいさを前面に出してみました。それでも本作は残りの作品の全体構成を考えて3回くらい書き直しました。
「ラバ空」のあとがきみたいですが、「あゆちゃんの冒険」はこのあと3話で終わらせるつもりです。それからエピローグを書いて完結しようと思っています。書き終わるまで時間がかかるとは思いますが何とか終わらせるために努力していきたいと思います。


管理人のコメント
 モーグリさんから久々に「あゆちゃんの冒険」新作が届きました。はしかになってしまったあゆは一体どうなったのでしょうか?

>「うわわわあーっ!ボク、ペットや愛玩動物じゃないよーっ!」

 うーむ、これは怖い夢ですね。あゆ的に。


>もっとも、氷を使用しているとはいえこうした冷蔵庫があるのは太正時代でもかなりのお金持ちの家庭だけだった。

 二足歩行兵器や飛行戦艦が実用化されていても、冷蔵庫はこんな調子なんですね……サクラ大戦世界は進んでいるのかどうなのか良くわかりません。


>祐一が説明した。

 ん……? ひょっとして身体拭いてる間とかもずっと見てたのか、祐一よ。


>「はい、あゆちゃん。ごほうびにお口をあーんしてね」

 なんか、愛玩動物扱いなのは夢と変わらない気がしてきました(笑)。


>「それと、ボクまたたい焼きが食べたいな。アイリスちゃん、おごってくれる?」

 年下にたかるんじゃありません。


>このあと、あゆが太正時代で経験する最後の冒険が待ち受けていったのであった。

 おや、一体何が起きるんでしょうか?
 それにしても、この話も後三話で完結ですか……長かったですが、こうして終わりが近づいてくるのは、大団円を期待する半面しんみりしますね。



戻る