あゆちゃんの冒険

第17話
アゼリアの秘密

作:モーグリさん


 アゼリアは机に<逆転時計>を置くと、ゆっくりと話をはじめた。一方、祐一、佐祐理、秋子さんはじっとそれを聞いていた。
「あなたたちは『もし時間を戻せたらいいのに?』って考えた事はない?」
「うん、あるな」
「ええ、佐祐理にもあります」
 祐一たちが同意した。佐祐理はふと昔亡くなった弟の一弥の事を考えていた。昔、一弥に強く接してしまったことを後悔しているのだ。また祐一は7年前に親戚の水瀬家に来てからの一連の出来事で栞を除く大半のヒロインの不幸の原因を作ってしまっただけに、身につまされるものがあった。
「うふふ、どうやらみなさんにもそういう考えがあるようね。もちろんあたしにもあるけどね」
 アゼリアはそう言うと横に置いてあった紅茶を軽く口にした。そして話を続けた。

「あなたたちが未来人だから特別に話すけど、この<逆転時計>は時間を戻すことが出来るの」
「時間を戻す?」
 それを聞いて祐一が聞き返した。
「そう、これを使えば自分の選んだ好きな時間に戻ることが出来るのよ。すごいでしょ」
「でもまたアゼリアさんがどうしてそんなものを持ってるんですか?」
 祐一が尋ねた。
「実はあたし、イギリスのサンドハースト王立陸軍士官学校を卒業したのよ。その時校長が上層部に働きかけてこれをあたしに入手してくれたの。あたしが優等生だから、士官学校で勉強以外に絶対これを使わないという約束でね。あたしはこれで時間を戻して、同時にいくつもの授業を受けたのよ。わかった?」
 アゼリアはそう言うと再び紅茶を口にした。そして、にこにこ笑うと机に置かれた<逆転時計>を祐一達の目の前にかざした。
「でも、何であなたがそんな特別な道具を使うことを許されたんですか。士官学校でなぜあなただけそんなに優遇されているんですか?」
 祐一が不思議に思って聞き返した。
「それは、チャーチル将軍おかげよ」
「チャーチル将軍?」
「そう、イギリスではチャーチル将軍の肝いりで帝国華撃団や巴里華撃団に対抗するために霊力を持つメンバーが選抜されたの。あたしはそのなかでも成績が優秀だったから特別扱いで士官学校の入学許可をもらって、<逆転時計>の所持・使用も許可されたの。隊長になるには士官でないといけないからね」
 アゼリアは得意そうに話した。チャーチル将軍は有名なウィンストン・チャーチルのことである。チャーチルはかつて海軍大臣で欧州大戦中に戦車を開発した人物で軍部にコネもきく。彼女はそんな大物に目をかけられたエリートなのだ。
 ちなみに祐一のいた世界ではチャーチルは将軍にはならずにその後首相になっている。

「では、これは一種のタイムマシンなんですか?」
 今度は秋子さんが質問した。
「そう言ってもいいわね。未来で言われている言い方でご自由にどうぞ」
「はえ〜、でも佐祐理には信じられません。これはどう見ても砂時計です。そんなすごい道具には見えません」
「私もにわかには信じられないです」
 佐祐理と秋子さんが明らかに疑問を抱いた様子になった。この時代にタイムマシンがあるといってもにわかには信じられない話だったからだ。また現代で彼女たちは雪の町でさまざま奇跡に遭遇してきたが、そんな時間を戻すアイテムはなかった。
「そうです。アゼリアさん、本当にタイムトラベルができるのか証明してください」
 祐一が催促した。祐一にも半信半疑の話だったからだ。
「いいわよ」
 意外にもアゼリアは一つ返事で了解した。

 アゼリアはさっそく<逆転時計>についていた長い鎖を取り出すと、それをグルッと首に巻いた。そしてそれを<逆転時計>に取り付けた。
「あたしがこの部屋に来たのが1時間半程度前だから、2時間前に戻れば大丈夫ね」
 アゼリアはそう言うと<逆転時計>を2回クルクルと回した。すると、アゼリアの姿はまるでかき消すかのように祐一たちの目の前から消えてしまった。

「えっ!?消えた!?」
「まさか、手品でしょうか?」
「はえ〜、ひょっとしてテレポーテーションですか?」
 それを見ていた祐一たちはただただ驚くしかなかった。目の前で人が消えたのを目の当たりにしたからだ。
 それから少しして、

 トントン

 ドアをノックする音が聞こえた。そして……

「ハロー」
「あら、みなさま、はじめまして」
 ドアからさっき消えたアゼリアがすみれと一緒に部屋に入ってきた。アゼリアは両腕を後ろで組んでニヤニヤ笑みを浮かべている。それを見ていた祐一たちはあっけに取られてポカーンとしていた。
「みなさま、わたくしの顔に何かついていますの?」
 そんな祐一たちを見てすみれが言った。
「すみれさん。あなたどうしてアゼリアさんと一緒にいるんですか?」
「あら、アゼリアさんは2時間ほど前にわたくしの部屋にいらっしゃったの。それでイギリスの楽しい話題などを雑談していたのですことよ。紅茶の話題でわたくしがアール・グレイがおいしいと言ったら、彼女はダージリンの方がいいとおっしゃって、楽しい話題でしたわ」
 すみれは楽しそうにアゼリアとの雑談を話し出した。彼女は日本有数の大財閥、神崎重工の御令嬢だけあって、イギリス出身のアゼリアとは気が合うようだ。
一方、祐一は狐につままれたような顔になっていた。
「すみれさん、アゼリアさんと2時間前から話をしていたって本当ですか?」
「おーほほほほ、なぜわたくしがウソを言う必要がありますの?」
 すみれはそう言うとアゼリアにお礼をしてから楽しそうに部屋を後にした。他方、祐一たちはびっくりしていた。

「どう、これでタイムトラベルを納得してくれた?」
 すみれがいなくなってから、アゼリアは軽くウインクをすると笑みを浮かべてつぶやいた。そして、ポケットから<逆転時計>を取り出してそれを誇らしげに見せた。
「秋子さん、本物みたいですね」
「はい、すみれさんがウソを言っているわけじゃないようですしね」
 祐一たちはそれを見て本当に<逆転時計>がタイムトラベル出来る道具だと知って驚いていた。いつもは冷静な秋子さんも驚きの表情を隠し切れない様子だった。そして、三人でしばらく互いに顔を見合わせてからようやくアゼリアのほうを向いた。アゼリアはいたずらっぽい笑みを浮かべていた。

「ねえ、あなた。アゼリアちゃんでしたっけ?それを使って過去へ行って、あゆちゃんが病気に感染する前に私たちに警告することは出来ないかしら?そうすればはしかにならずに済みますし」
 少ししてから、秋子さんが提案した。しかし……
「残念だけど、それは出来ないわ」
「どうしてかしら?」
「あたしが<逆転時計>を使えるのは歴史を変えない範囲でのタイムトラベルだけなの。それはこれを貸してもらった時きつく約束されられたの。実は昔何人もの使用者が、ミスを犯して過去や未来の自分自身を殺してしまったのよ。それ以来<逆転時計>での歴史改変は禁止されているわ」
 アゼリアがきつい調子で説明した。確かにタイムトラベルは乱用すれば大変なことになる。特に自分を殺してしまったりしたら大変だからだ。
「ちょ、ちょっと待って下さい。アゼリアさん、あなたは今『未来』って言いませんでした?」
 それを聞いていた祐一が気になるセリフを聞いて思わず聞き返した。
「言ったわよ。それが何か?」
「<逆転時計>って、未来にも行けるんですか?」
「もちろん行けるわよ。ただあたしは一度もやったことはないけど。誰だって未来の自分や世界を知るのはあまり愉快じゃないもの。いつ自分が死ぬかなんて知りたいと思う?」
 アゼリアはあまり愉快そうではない表情で言った。
「ということは、俺たちも未来に行けるんですね!」
 それを聞いた祐一は急に元気な顔になった。今まで見つからなかった現代への帰還方法を見つけたからだ。横にいた秋子さんや佐祐理も嬉しそうな顔つきになっている。
 他方、祐一たちとは反対にアゼリアはそれを見てきょとんとしている。

「ところであなたたち、どうやってこの時代に来たの?あなたたちの態度を見ていると、どうも<逆転時計>を使用したわけじゃなさそうね」
 それを見ていてアゼリアが疑問に思って話しかけた。
「それは……」
「てっきりあたしは未来の日本が<逆転時計>を開発してタイムトラベルをしたと思っていたのよ。だから最初あなたにかなり厳しい口調で詰問したでしょ?未来の日本が<逆転時計>を使用してこの時代に人間を送り込んで、自分たちに都合のいい様に歴史を改変しようとするんじゃないかと危惧したの。そんなことをしたら大変なことになるわ。でもあなたたちはそういう目的で過去へ来たわけじゃないようね?」
 これで昨日彼女が祐一に会った時になぜ彼に強い口調で話しかけたのかわかった。アゼリアは祐一たちを未来から送り込まれたエージェントだと思っていたのだ。
「祐一さん、あの話は正直に言った方がいいと思います。この人なら理解がありそうですし」
 それを聞いていた秋子さんが横から提案した。
「わかりました。実は俺たち、天変地異で唐突にタイムスリップしてしまったんです……」
 そうして祐一はどうして太正時代にタイムスリップしたのか今までの顛末を説明した。ドライブの途中で落雷にあったこと。気がついたら過去へ飛ばされていたこと。そして帝都までやって来たら、突然降魔に襲われてそのあと帝国華撃団に助けられたこと。それから帝劇でお世話になっていること、を一部始終話した。
「そうだったの……わかったわ」
「こういうことってあるんですか?」
 祐一が不思議そうに質問した。
「あたしも物の本で読んだだけだけどごく稀に起こるらしいわ。でも現物を見るのは初めてだけど」
 アゼリアはそう言うと祐一たちの方をジロジロ見た。タイムトラベラーの彼女も天変地異でタイムスリップした人間を見るのは初めてだった。
「いいわ。<逆転時計>であなたたちを未来に帰すわ。これは不可抗力だから今回は使用しても構わないと思うの。ただし一つ条件があるの」
「条件?」
「あゆちゃんの病気はこの時代で治してから未来に帰ってね。もしはしかのまま未来に帰したらこの時代の病気を未来に持ち込むことになるから。歴史を変えないためにそれだけは守ってね。もちろんあたしもはしかの治療に出来るだけの努力をするわ。それから言っとくけど『あたしが未来に行ってはしかの治療薬を持ってくる』というのもダメよ。それも歴史改変にあたるから」
 アゼリアが釘をさした。<逆転時計>は便利な道具だが歴史を変えないように安易に使用してはならないからだ。
「そうですね。もし今、現代に戻ってもあゆちゃんがあの姿だと治療してくれる病院はないでしょうし」
 秋子さんも納得した。言われた通り現代に戻っても今の小さいあゆを受け入れてくれる病院は無さそうだとわかったからだ。

「実はアゼリアさん、この世界は俺たちがいた世界の過去とは似ているけど違う世界なんです」
 今度は祐一が話し始めた。
「違う世界?」
 彼女は首を振りながら不思議そうな表情になった。
「そうなんです。この世界の年号は俺たちの世界の『大正』ではなく『太正』でした。それに俺たちのいた世界に帝国華撃団なんて秘密組織や『霊子甲冑』とか言う人型兵器など存在しませんでした。この世界は俺たち世界の過去と似ているけど、どこか違うんです」
「おそらくそれはパラレルワールド(平行世界)だと思うわ。あたしも士官学校時代に暇つぶしにアメリカのサイエンス・フィクション(SF)を読んでいた事があるの。それにこんな話があったの。この世界以外にも別の世界が存在するかもしれないって」
 アゼリアは意外にもあっさりパラレルワールドの存在を認めた。さすが香里のような優等生タイプの女性らしい。
「やっぱりあなたもそう思うんですか?」
 それを聞いて祐一がうなずいた。祐一もこの世界がパラレルワールドだと考えていたのでアゼリアの一言でそれが信じてもらえたことが嬉しかった。もし帝国華撃団のメンバーに話してもパラレルワールドの存在は信じてもらえなかっただろう。
「そう、あたしたちがいる世界とよく似た、でもどこか違う世界が存在する。そういう話を読んだことがあるの。そこは霊力が存在しない世界かもしれないし、蒸気機関の代わりに錬金術が発達した世界かもしれない。あたしもイギリス人ではなく、日本人であなたの友達かもしれない。うふふ、そう考えたら愉快じゃないかしら?」
 アゼリアはそう言うと楽しそうに笑った。優等生タイプにありがちな生真面目な人かと思ったが、意外にも彼女はそういうことを空想するのが好きな性格らしい。
「ええ、そうですね」
 それを聞いて祐一が同意した。

「ところでアゼリアさん、この世界と私たちの世界とはどう違うのかしら?私たちにもまだこの世界に来て日が浅いのでまだよくわからない事が多いの。簡単に歴史を教えてくれないかしら?」
 秋子さんがお願いした。三人とも今までこの世界については詳しく教えてもらっていなかったからだ。
「いいわよ」
 アゼリアはそう言うと簡単にこの世界の歴史を三人にレクチャーし始めた。さすが士官学校を出たこともあってこういう話題は得意のようだ。

 アゼリアが説明を始めたが、この世界も祐一たちの世界と歴史ではそれほど差がなかった。ただし、昔から霊力をもった人間の存在が一般的に認知されていた。これは祐一たちの世界では考えられないことだった。またこの世界では蒸気機関が妙に発達していた。そのせいか南北戦争で蒸気駆動の人型兵器「人型蒸気」が登場した。
「というわけで、南北戦争が人型蒸気が使用された最初の戦争になったの。あなたたちの世界では人型蒸気なんてないようね?」
「へえ、19世紀に二足歩行ロボットが作られたのか。進んでるな」
 祐一が感心した。祐一のいた世界では現代でもそんな超兵器は作られていないからだ。イギリスのSF作家アーサー・C・クラークが「極度に発達した科学は魔法と区別がつかない」と言っているように、この世界は蒸気機関が極度に発達しているようだ。

 それから彼女の話題は20世紀初頭に起こった世界規模の大戦争「欧州大戦」になった。欧州大戦は英仏露を中心とする連合国とドイツを中心とする同盟国の戦争だった。この大戦で毒ガス、潜水艦、戦車、飛行機といった新兵器が次々登場した。特に人型蒸気が両軍で使用され初の人型蒸気戦が発生し多数の戦死者を出した。
 結局、欧州大戦は祐一たちのいた世界と同じように連合国の勝利に終わった。ただし、この世界ではアメリカと日本は最後まで参戦しなかった。

「ところでさっきからアゼリアさんが言ってる『欧州大戦』って何だ?俺たちの世界では聞いた事がないけど」
 アゼリアの話を聞いていた祐一が不思議がって質問した。祐一は歴史の授業で「欧州大戦」という言葉を聞いたことがなかったからだ。
「『欧州大戦』なんて私も聞いたことがないですよ」
「ふえ〜、佐祐理も初耳です」
 秋子さんや佐祐理も不思議がった。こんな単語は今まで聞いた事がなかったからだ。
「あら、知らないの?サラエボでオーストリア=ハンガリー帝国の皇太子が暗殺されて1914年から1918年までヨーロッパじゅうが大戦争になった事件よ。あなたも知ってるでしょ?」
「何だ、『第一次世界大戦』のことか。脅かさないで下さい」
 祐一たちは「欧州大戦」の意味がわかって納得した。一方、アゼリアは祐一が話した「第一次世界大戦」という単語を聞いて心の中で驚いた。
(えっ?“第一次”ってことは第二次や第三次があるの?)
 ただ、アゼリアはそのことは質問せず心の中にとどめておいた。しかし、祐一たちがいた世界の歴史に何か自分達とは異質なものを感じ取っていた。

 結局、欧州大戦でヨーロッパ全体が疲弊してしまい大戦後の世界はアメリカが一人勝ちしていた。時代は違うが何となく祐一たちがいた世界の現代と似ていた。
「ということで、欧州大戦が終わってから秘密組織『賢人機関』によって世界各地で都市を守るための防衛組織が作られたの。もう二度と大戦を繰り返さないために。日本の帝国華撃団やフランスの巴里華撃団がそうね。あとアメリカも設立するらしいわ。でもわが祖国は英連邦や植民地を含めて霊力を持った人間が多いからこれらには参加しないで自主防衛を貫いているの」
 アゼリアが現在の話まで話し終えた。そして帝国華撃団の活躍を視察するために自分が日本にやってきたことを説明した。
「へえ、大筋では俺たちのいた世界の歴史と同じなんだな。ずいぶんと細かな出来事は違うけど」
 祐一が感心しながら答えた。確かに祐一たちがこの時代に来てからもあまり元いた世界の過去と違和感がなかった。同じ日本で言葉がちゃんと通じたりしていたから、祐一や秋子さんや佐祐理も自分達の世界とあまり差異がないパラレルワールドなのだろうと想像していた。それでアゼリアの話を聞いて、元の世界より蒸気機関や人型ロボが異常に発達している点を除けばあまり大差ない世界だと聞いて安心した。

「ふえ〜、でもここから佐祐理たちの世界とは決定的に違うことがあるんです。レニから聞きましたがこの世界のドイツにはナチスと呼ばれる政党やその党首のアドルフ・ヒトラーはいませんよね?」
 今度は佐祐理が話し始めた。
「ナチス?ヒトラー?何それ?」
 アゼリアが狐につままれたような表情になった。そんな政党も人物も聞いたことがなかったからだ。
「佐祐理たちの世界では1923年にナチスがミュンヘンで武装蜂起を行いました。『ミュンヘン蜂起(ミュンヘン一揆)』と呼ばれる事件です」
「別にそんな事件なかったわよ」
 アゼリアが軽い口調で答えた。
「やっぱり」
 祐一たちはお互いに納得した表情で互いに顔を合わせてうなずきあった。以前舞がレニに聞いた時と同じ答えだったからだ。
「ねえ、それってそんなに重要な事なの?」
 アゼリアが首をかしげて聞いた。
「俺たちの世界ではナチスはやがてドイツを支配します。ヒトラーはドイツの総統となって独裁者になります。そしてナチスドイツは『第三帝国』と名乗り第二次世界大戦を起こします」
 祐一が説明した。
「えっ!?何ですって!?さっきあなたが『第一次世界大戦』って言ってた時からうすうす気になってたけど、あなたたちのいた未来では2度目の世界大戦があるの!?欧州大戦(ザ・グレート・ウォー)は『戦争を終わらせるための戦争』なのよ!」
 それを聞いてアゼリアの表情が一変した。それまでの笑顔が一変し顔面が蒼白になって冷や汗をだらだらかいている。祐一の話が相当ショックだったようだ。
「アゼリアさん。信じられないけど俺たちの歴史はそうなってるんです」
「ええっ、じゃあ未来ではまた大戦が起こるの!?」
「でも、この世界ではナチスもヒトラーも存在しないですから、第二次大戦は起こらないですわね。アゼリアさんも落ち着いて下さい」
 それを見ていた秋子さんがあわててフォローを入れた。そうしないとアゼリアがショックでとんでもないことになりそうだと心配したのだ。
「そうだわ、あなたたちのいた世界はこことは違うのよね。あわてちゃったわ」
 それを聞いてアゼリアがほっと胸をなでおろした。

「それにしてもどうしてパラレルワールドの過去に来てしまったのかしら?この私にもさっぱりわからないの。あなたならわかるかしら」
 秋子さんが困った表情で質問した。これだけはさすがの秋子さんも分からなかったからだ。
「それはおそらく時間の自己防御機能のせいだと思うわ」
「時間の自己防御機能?」
「そう、もし自分たちのいた世界の直接の過去に行ったら、そこで歴史を変えるとそれがそのままダイレクトに現在に影響するでしょ。だからそれを防ぐ目的で時間の慣性バランスが働いてあなたたちをこの世界に呼び寄せたのだと思うわ」
 アゼリアが説明した。確かにアゼリアの言うようにパラレルワールドの過去ならいくら歴史を変えてもタイムパラドックスは発生しない。
「それだと、私たちの元いた世界の未来に帰れるのかしら?」
 秋子さんが不安げに質問した。<逆転時計>はタイムトラベルの機能しかなく、パラレルワールドの未来からだと<逆転時計>の効果がないのではないかと心配したからだ。
「大丈夫よ。さっきの話であなたたちのいた世界とここはかなり近いパラレルワールドだとわかったから。この程度の近さなら<逆転時計>の機能をいじればバッチリ戻れるわ」
「あははーっ、現代に戻れるんですねーっ」
 それを聞いて佐祐理が喜んだ。この時代にタイムスリップしてようやく確実に未来に戻れる方法が見つかったからだ。
「ただし<逆転時計>の調節に数日間かかるけど待ってね。すぐモード変更できると思うけど」
「ええ、数日くらいなら待ちます。これで戻れるのなら佐祐理も満足です。そうですよね祐一さん、秋子さん?」
「「はい」」
 佐祐理の言葉に祐一や秋子さんが同意した。

「それからあなたたちに一つだけお願いがあるの。この<逆転時計>は帝国華撃団や他の未来人には言わないであなたたちだけ三人だけの秘密にしておいて欲しいのよ。もしこのことがばれると誰か悪用する人が出て大変なことになるわ。さっきも言ったけど、もし善意でも歴史を変えるのは禁止されているの」
 アゼリアがそう口止めした。彼女の言うように<逆転時計>はもし兵器として使用すればとんでもない危険な代物になるからだ。
「わかりました。俺たちだけの秘密にしておきます」
 それを聞いて祐一が約束した。
「それから私からもお願いがあります。私たちがパラレルワールドの未来から来たことを帝国華撃団の人には一切言わないで下さい。あの人たちは私たちが自分たちの世界の未来から来たと思っているから」
 今度は秋子さんがお願いをした。今までパラレルワールドのことは話が厄介になるので帝国華撃団には一切触れていなかったからだ。
「わかったわ。これでお互いに秘密が出来たわね。プラスマイナスゼロって訳ね」
 アゼリアはそう言うとにこっと笑った。

「それじゃアゼリアさん、どうもありがとうございました」
「こちらこそタイムスリップした未来人と色々面白い会話できていい勉強になったわ」
 祐一たちはそう言うとニコニコと手を振ってその部屋を後にした。アゼリアもそれにつられて手を振っていた。やがて扉が閉まるとしばらくしてアゼリアは<逆転時計>を手にとって首をひねった。
(これがこんなところで役に立つとはね。まあいいわ)
 心の中でそう思うと彼女は<逆転時計>を小さな箱に閉まった。そしてポケットから鍵を出してふたをロックした。

 それから3日たった。
 祐一たち三人はアゼリアに言われたとおり<逆転時計>の件はみんなに秘密にしておいた。その方が色々と面倒が起こらずに済むからだ。その一方、みんなの必死の看病にもかかわらず、あゆのはしかは一向に良くならなかった。むしろどんどん重くなっていった。

 その日の朝、みんなは大広間で朝食をとりながらあゆのはしかの話をしていた。そこには、あゆが近くにいないということで真琴の姿もあった。みんな心配そうな顔をしていた。
「名雪、あゆの様子どうなんだ?良くならないのか」
「だめだよ。必死に看病しているけど日に日にどんどん体温が上がっていくよ。それにこの時代の薬じゃあまり効果がないみたいだよ」
 名雪がおろおろした口調で答えた。本人にもどうしたらいいのかさっぱらわからないようだった。
「そうですね。あゆちゃんは大きくなってからはしかにかかったから、これから症状がまだ悪化すると思うの。名雪にはかわいそうだけど、治るまで相当時間がかかるわね」
「そうなの……」
 秋子さんの説明を聞いて名雪ががっかりした表情になった。
「おそらくここ数日間が山だと思うわ。だから頑張ってね。私も出来るだけ看病するから」
「名雪、あゆのはしかには俺も責任を感じている。俺が7年前の事件さえ起こさなければあゆもこんな事にはならなかったんだ。俺も手伝うから頑張ってくれ」
「私もあゆさんのことが心配です。私も昔病気でしたから気持ちはよく分かるんです」
 秋子さんに加えて祐一や栞もあゆの看病を手伝いたいと言い出した。
「名雪さん、私も手伝います。だから頑張って下さい」
「アイリスも手伝うよ。なんか役にたてる事があったら言ってね」
 さらに花組の中からもさくらとアイリスが名雪の力になりたいと申し出た。みんなあゆのはしかを心配しているのだ。それを聞いて名雪は嬉しかった。

「あうー、真琴はどうしたらいいの?」
 横から今まで話を聞いていた真琴が話し出した。真琴は「はしかの感染する危険性があるから」ということで今まで隔離されていたため欲求不満がたまっていたのだ。
「うーん、あゆのそばに行くとはしかに感染するし、しばらく他の人と遊んでいてくれないか?」
「えーっ、ずるい」
 祐一の一言を聞いて真琴が不満そうな声をあげた。そして、次にさくらの方をむいてとんでもないことを言い始めた。
「そうだ。真琴、帝国華撃団が乗ってる<光武>に乗りたい。あれって霊力があれば運転できるんでしょ?」
 真琴が駄々をこねた。真琴は以前帝劇の格納庫で<光武>を見て以来あれに乗りたくて仕方がなかったのだ。
「それはできません」
 真琴の提案をさくらが拒否した。
「何でー」
「<光武>は量産機だけど、それぞれのパイロットの霊力に合わせてカスタマイズされているんですよ。私達は個人個人で霊力の特性が違うから、それにあわせて改造されているんです。だからパイロットの互換性はないし、霊力があるからといってそのままでは操縦できません」
 さくらが説明した。霊子甲冑は操縦にかなりの練度が要求される兵器で、霊力の強いさくらでさえ花組配属後数ヶ月間は慣れずにドジばかりしていた。いくら何でも素人同然の真琴に気安く扱える代物ではない。
「それに<光武>にはそれぞれのパイロット専用の武器が装備されておりますから、素人には扱えないですわね。わたくしの場合長刀ですけど」
 すみれも説明した。すみれは大財閥の出身とはいえかなりの長刀の使い手で白兵戦のエキスパートだ。
「そうなの、がっかり」
 それを聞いて真琴がうなだれた。さすがの真琴もパイロットから否定されると言う事を受け入れるしかなかった。

「そうだ、うちの部屋に来たらどうや?うちが花札教えたるさかい、面白いで」
 それを見ていて紅蘭が助け舟を出した。真琴を見ていてかわいそうだと思ったのだ。
「でもやり方わかんなーい」
「ていねいに教えてやるさかい、初心者でも大丈夫や」
「わーい」
 それを聞いて真琴が大はしゃぎした。今までのやりとりのことをすっかり忘れてすごく楽しそうだ。
「紅蘭、くれぐれも真琴に『賭けマージャン』とか教えるんじゃねえぞ」
 それを見ていたカンナが横から冷やかした。
「教えんわい!」
 紅蘭がツッコんだ。

 そんな朝のほのぼのとしたやりとりから少しして、今度は二階からアゼリアがやって来た。今日の彼女は襟元にリボンのついたブラウスに朱色のカーディガンを着ている。そしてミニスカートが流行の最先端だったこの時代にしてはややフォーマルなロングスカートをはいていた。
「あら、おはようございます」
 アゼリアがみんなに声をかけた。
「アゼリアさんだ、おはよう」
「どうしたんですか、今まで朝食中に来るなんて事は全然なかったのに」
 さくらがアゼリアの態度を変に思って尋ねた。
「実は、あたしもあゆちゃんの看病を手伝いたくてやってきたのよ」
「えっ!?」
 それを聞いて名雪たちが驚いた。まさかアゼリアまで看病に来てくれるとは思っても見なかったからだ。
「いやだよ。アイリスこのお姉ちゃんがあゆちゃんをいじめるのを見たもん」
 アイリスがつむじを曲げた。以前アゼリアが初対面のあゆに無理やり頬ずりをしてあゆを苦しめたことを思い出したのだ。
「あの時はまずかったと思っているわ。だから反省の意味をこめてあゆちゃんの面倒を見たいと思ってやってきたのよ」
 アゼリアはそう言うとやさしくアイリスの頭をなでなでした。
「アゼリアお姉ちゃん、本当に本当?」
「約束するわ」
 アゼリアはそう言うと軽くウインクをして笑みを浮かべた。


 つづく


あとがき
 今回はあゆは登場しませんでした。題名と矛盾してますね。
<逆転時計>は「ハリー・ポッターとアズカバンの囚人」に登場した魔法のアイテムです。原作では過去にしかタイムトラベルしていませんが、ハーマイオニーがはっきり未来にも行けると言っているので、未来にも行ける事にしてあります。なお映画版ではこのセリフがカットされているので、映画しか知らない人は「<逆転時計>って未来には行けないのでは?」と思った人もいるかもしれません。このSSでは原作版に準拠しています。
 サクラ大戦世界の歴史設定はコミケの同人誌を参考にしました。今までの話でも伏線で出しましたが「サクラ大戦世界では第二次大戦は存在しない」という裏設定があるそうです。
 アゼリアを陸軍士官にしたのは、「サクラ大戦」シリーズでは主人公がどれも海軍出身なので、コントラストをつけたかったからです。時代的にはRAF(英国空軍)も可能ですが、空軍士官では無理が多いので陸軍にしてあります。


管理人のコメント

 あゆがはしかに罹る中、未来へ戻るヒントを得た水瀬家一行。アゼリアの「逆転時計」とは一体?


>また祐一は7年前に親戚の水瀬家に来てからの一連の出来事で栞を除く大半のヒロインの不幸の原因を作ってしまっただけに、身につまされるものがあった。

 そういえばそうなんですよね。酷い奴ですね、祐一(笑)。

>「実はあたし、イギリスのサンドハースト王立陸軍士官学校を卒業したのよ。その時校長が上層部に働きかけてこれをあたしに入手してくれたの。あたしが優等生だから、士官学校で勉強以外に絶対これを使わないという約束でね。あたしはこれで時間を戻して、同時にいくつもの授業を受けたのよ。わかった?」

 こうやって複数の兵科を取得したりしたわけでしょうか。だとしたらアゼリアは非常に優秀で何でも出来る士官ということになりそうですね。


>アゼリアがきつい調子で説明した。確かにタイムトラベルは乱用すれば大変なことになる。特に自分を殺してしまったりしたら大変だからだ。

 確かにそれは取り返しが利きません。


>「おそらくそれはパラレルワールド(平行世界)だと思うわ。あたしも士官学校時代に暇つぶしにアメリカのサイエンス・フィクション(SF)を読んでいた事があるの。それにこんな話があったの。この世界以外にも別の世界が存在するかもしれないって」

 やはりSFの本場はこの時代と世界でもアメリカのようです。


>日本の帝国華撃団やフランスの巴里華撃団がそうね。あとアメリカも設立するらしいわ。でもわが祖国は英連邦や植民地を含めて霊力を持った人間が多いからこれらには参加しないで自主防衛を貫いているの

 帝国華撃団がやたら多国籍なのは、自国で霊力の持ち主をまかなえないからだったのか……はじめて知りました。


>あゆのはしかは一向に良くならなかった。むしろどんどん重くなっていった。

 はしかは年齢が上がるほど、罹った時の症状が重篤になる傾向があるので、あゆの年代ではかなり危ないですね。


 未来へ戻る方法は見つかったものの、あゆが治らなければ戻ることが出来ません。みんなの看病は無事実を結ぶでしょうか? そして次回にあゆの出番はちゃんとあるのでしょうか(爆)。


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