オジロワシ血風録

第四章  拉致



1.傀儡狩り



 七月になり、湘洋学園大学は動乱の気配を濃くしていた。表面上では変わりがないものの、裏では様々な出来事が立て続けに起こっていた。
 まず、骨法同好会とスパイ研の同盟が締結されたこと。これを受け、この同盟締結に向けた動きを察知できなかった学内治安維持組織の司令・榊原治が更迭された。その結果、行動隊総隊長・神崎礼をはじめとする四隊長会議がその権限を代行するようになった。
 このころから〈オジロワシ〉のスパイ研に対する対策が、少しずつ、しかし確実に変わってきている。
 〈オジロワシ〉は今年度に入るまでは、スパイ研に対して穏健路線をとっていた。司令の行動は行動隊総隊長によって監視されているので、司令もハイリスクハイリターンな解決策である強硬路線をとることができず、当たり障りのない対処法をとっていた。
 それが、司令選出選挙の段階から強硬策を主張していた榊原の司令就任とともに、一転して強硬路線に転じた。さらに、四隊長会議が指揮を執るようになると、ますます態度が硬化していった。全面戦争も辞さずというくらい、スパイ研やそれに与する者に対する締め付けを厳しくした。四隊長会議が〈オジロワシ〉の実権を握ってからこれまでの二週間で、三人のスパイ研エージェント、五人の骨法同好会会員が『処分』されていることが、その何よりの証明だ。
 隊員たちの間の噂では、このままスパイ研に宣戦布告して全面対決するのではないかと言われていたが、今のところ四隊長には、そのような様子は見られない。
 対するスパイ研では、権力闘争に敗れた作戦局長・柳澤隆博が脱退した。これにより、外事局長・山本光輝の権力が強大化された。山本は作戦局長をも兼ねるようになっていたからだ。山本は、国家機関でいえば軍と諜報機関の双方を握ったことになる。生半可な権力ではなかった。
 スパイ研会長の関達彦は、このような山本の権力掌握過程を見ながらも、何の手も打たなかった。打てなかったのではない。自分の意志で何もしないことを選んだのだ。関は山本をコントロールできると考えている。コントロールできるのであれば、山本の権限が少しばかり大きくなったところで構わない。関の静観には、会長としての余裕からでている。
 また、〈オジロワシ〉からの圧力が日に日に強まってきているため、その圧力に対抗する意味からも、外事局と作戦局の統合は歓迎すべきものだ。すくなくとも、関と山本の二人はそう考えていた。もっとも、二人の思惑は全く違ったものであり、同床異夢であることは間違いない。

 そして今日もまた、一般学生の知らないところで、〈オジロワシ〉とスパイ研・骨法同好会連合との暗闘は続いている。


 湘洋学園大学の構内で、ジャージ姿の男が三人、走っている。息を切らせながらも、懸命に誰かから逃げているようだ。
 男たちの背後から、電動ガンの射撃音が、かすかに響いた。最後尾にいた男が、脚を押さえ、うめき声を上げて倒れた。
「大丈夫か、南川?」
 うめき声を聞いて、前を走っていた男も慌てて戻ってきて、肩を貸して立ちあがらせようとした。
 しかし、一〇人以上が走ってくる足音が聞こえると、大きく身を震わせてその場に立ち尽くしてしまった。
「やっと追いついた」
 手に電動FA‐MASを持ち、リザードパターンの迷彩服を身にまとっている木村泰徳が、走りづめで息を切らせている〈オジロワシ〉隊員の先頭に立って口をひらいた。彼は自分の部下である行動隊1番隊第二小隊の隊員を率いて、この捕り物に参加していた。
「骨法同好会会員・南川敦史、佐倉弘樹、岡本輝也。FS会員・横井典弘拉致疑惑の件で話を聞きたい。出頭してもらいたいが」
「やだね!」
 南川と呼ばれた男は、木村に向かって叫んだ。
「なら、実力行使だ。かかれ!」
 木村の号令で、それまで呼吸を整えていた一二人の〈オジロワシ〉隊員が、一斉に三人に襲いかかった。三人は満足に抵抗もできず、身柄を拘束された。
「陸上部の長距離アスリートを相手に鬼ごっことは、あまり賢くないな」
 木村は南川の顔を、勝ち誇った顔で眺めた。木村は〈レッド・ロブスター〉に在籍しているだけではなく、陸上部にも席を置き、長距離走の選手として練習に励んでいる。専門は五〇〇〇メートルと一〇〇〇〇メートルで、キャプテンやほかの部員たちからも期待されるだけの成績をおさめている。
「もっとも、俺がケツに着いていた男を撃たなかったら、まんまと逃げられてたかもしれないけどな。そんなにいい走りをしてるんだ、お前ら、まとめて陸上部に来ないか? 部では優遇するし、今回の件にしても悪くしないように話をつけてやるぞ」
「ふざけるな!」
 南川は怒りで顔を真っ赤にして怒鳴った。
「残念だよ。いい戦力になると思ったのに。それがお前達の答えなら、仕方がないな」
 木村は肩をすくめて呟くと、
「連れていけ。扱いは『鄭重に』、な」
 と『鄭重に』の部分を不自然なほど強調して、部下の隊員に命じた。
 三人が連行される様子を見ていた木村は、「また骨法の会員か……」と呟いた。
 骨法同好会がスパイ研の衛星サークルと化してから、〈オジロワシ〉が出動した回数は四回を数える。その際に彼らが排除した人間はすべて骨法同好会の会員で、スパイ研会員はいない。
「ったく、少しは自分の手を汚せっての」
 木村はまだ会ったこともない――いや、大学内で顔を合わせているかもしれないが、顔と名前が一致しないスパイ研の幹部たちに向かって悪態を吐いた。
 スパイ研のエージェントが工作を仕掛けるのであれば、まだ話はわかる。彼らはそのためにスパイ研というサークルに入っているのだし、〈オジロワシ〉としても叩き潰し甲斐があるというものだ。しかし、骨法同好会の会員は、自らが望むと望まざるとにかかわらず、スパイ研からの要請――実質的な命令によって、犯罪行為を行わざるを得なくなる。排除する立場にある木村でさえも、彼らの境遇には同情してしまう。
「小隊長、連行終わり。俺達の目の届く範囲ということで、とりあえず旧法学部棟の一室に押し込めてある」
「了解」
 1番隊第一小隊第二分隊長の伊達明人の報告に、木村は右手を軽く挙げて応えた。木村と伊達は同じ二年生で、普段は俺お前と呼び合う仲であるが、任務中はきちんとけじめをつけている。
「手空きの人間には戦場掃除をさせておけ。ダンディはちょっと来てくれ。話したいことがある」
 木村はそう言うと、『ダンディ』というのは伊達のコードネームで、同姓の仙台藩祖・伊達政宗に由来する『伊達男』からとられたものだ。ちなみに伊達は、〈レッド・ロブスター〉でも一二を争う『ダサダサ男』である。皮肉以外の何物でもないが、意外にも本人はこのコードネームを気に入っているらしい。
「なぁ、ダンディ、時々虚しくならないか? 自分たちが追っているのが、真性の悪党じゃないって知っていると」
 木村は伊達に話し掛けた。
「まぁ、虚しいっていうか、悲しくなるな。テメェの陰謀に一般学生を巻き込んで、そいつらにだけ何かさせておいて、自分たちはのほほんとしているっていう現実にはな」
 伊達は答えた。一仕事終えて、伊達もほっとしているのだろう。口調が普段通りになっている。
「そんなに自分たちの手を汚すのが嫌なら、最初から陰謀なんて企むなっていうの」
 木村は唾を吐き捨てた。スパイ研幹部の思考回路を想像して、気分が悪くなったらしい。
「そういえば、前に姐御が言ってたぜ。S研はテロ組織だってね。何でですかって俺が聞いたら、連中は学生を脅迫して、俺たちに弾圧を止めさせるからだって」
「姐御が? お前に?」
「ああ」
 不思議そうな顔をした木村に、伊達は頷いた。
「俺にも似たようなこと話してくれたっけ……。結構みんなに話してるんだな」
 木村は宙を見つめながら呟く。
「で、意味わかるか? 俺にはどうもよくわからないんだよ」
 伊達の言葉に、
「俺だって完全に理解してるわけじゃないけどな」
 木村は困ったような表情になった。
「お前でも完全に理解してないのか? あれだけ姐御に教えられてるのに?」
「無茶言うなよ」
 伊達の追及に、木村は情けない声をあげた。
「そりゃ、姐御には感謝してるよ。いろいろと面白いことを教えてくれるからな。でも、教わったことを俺が整理する前にどんどん詰め込んでくるんだぜ? 頭がパンクしそうだよ」
「……お前も苦労してるんだな」
 伊達は心底哀れんでいるような視線を木村に向けた。
「まぁ、俺の考えでいいなら話すけど」
「頼む」
 木村は腕時計を見て時刻を確認すると、伊達に向かって話し始めた。
「まず、テロリストの定義からだな。
 テロリストっつーのは要するに、恐怖心をあおり立てて自分の意見を通そうとする人間だ。爆弾テロをやらかす奴等なんかがいい例だろうな。現場にいない人間にも、現場の映像を見せただけで恐怖心を起こせる。で、そういった恐怖心を積み重ねていって、我を通そうとする。
 S研の連中はそういったことに近いことをやらかしている、ということらしい。本当かどうかは知らねぇぞ? 姐御が言ったことなんだから」
「そこなんだよ、わかんねぇのは。何でS研はテロリスト呼ばわりされるんだ? 奴等はここで爆弾テロなんかやらかしちゃいないぜ?」
 伊達は首をひねった。
「まぁ、テロっていっても、爆弾テロばかりじゃないしな。あの9.11もテロだし、幕末に京都で流行した天誅もテロと言えるだろうし。
 つまり、手段は問わないんだ。言い換えれば、手段より目的を重視しているんだよ。相手に『こいつはやばい。何しでかすかわからない』って印象づけれれば、それでいいんだ。そういった印象を植え付けられれば、少しは自分たちの目標を達成しやすくなる。そうとでも思ってるんだろ」
「だったら、なおさらおかしくねぇか? S研は今まで犯行声明を出してないぜ? 誰に自分たちの力を誇示するんだよ?」
 伊達は首を傾げた。
 彼の言うとおり、テロが行われた際には、どこの組織がテロを行ったのかを示す犯行声明を発表することが多い。しかし、スパイ研はこれまで犯行声明を出したことがない。〈オジロワシ〉創設のきっかけとなった一三年前の暴動にしても、誰もが黒幕だと疑っていたスパイ研は一切声明を出さなかった。しかし、暴動の首謀者の背後にスパイ研会員の陰がちらついていたのは確かである。
「わざわざ大々的に発表しなくても、ちゃんと反応してくれる格好の相手がいるだろうが」
「だから、誰なんだよ?」
「俺達だよ」
 苛立たしげな声をあげる伊達に、木村ははっきりとした口調で答えた。
「奴等は俺達に自分たちの力を見せつけて討伐を防ごうとしているんだ。まぁ、当然だろうな。兵隊の頭数で言えば、俺達のほうが格段に多いわけだし」
 木村はそう言ったあとで、声を潜めて続けた。
「もっとも、俺達もS研をぶっ潰せない。それだけの力は、まだ持ててないんだ。奴等を根こそぎ壊滅させるには、それこそ年単位での作戦を行わないとならないだろうけど、そんなことできないってのはお前にもわかるだろ?」
「そりゃあな」
 伊達は頷いた。
 木村が言ったように、〈オジロワシ〉行動隊は長期戦ができない。長期戦を戦うのに必要な後方支援体制が未熟だからだ。いや、後方支援体制など全く存在しない、と言ったほうが正確だろう。
 行動隊員は、自前で持ち込んだ物資でしか戦えない。弾薬や予備の武器、被服などといった各種消耗品を後方に蓄えておく集積所や、集積所から前線へ物資を運搬する部隊が存在しないからだ。
 これまではそれでもよかった。行動隊の活動地域は狭く、隊員は自分で持ち運べるだけの装備や物資で戦えた。また作戦を終えるまでの時間も短かったため、補給を受ける必要など無かった。
 しかし、スパイ研を完膚無きまでに叩き潰すための『戦争』をやるためには、多大な時間とともに、膨大な量の物資や弾薬が必要になる。行動隊総隊長の神崎礼は、この対スパイ研戦争の期間を、先制奇襲でスパイ研幹部を全員捕らえることができれば一時間で全てに片が付く、拘束に失敗したり先手を打たれて戦争状態になれば、完全鎮圧までに最低でも二ヶ月、最悪の場合で二年ほどかかるだろう、という考えを例会で発表している。そのような長期戦を行うには、開戦から終戦までの戦争計画と、集積所と補給路の確保が必要になる。
 戦争計画自体は毎年行動隊総隊長が作成しているが、事前集積所の設立や補給路の確保については等閑に付されてきた。それが祟って、今の段階でさえ、行動隊が同一地点に展開できるのは三日が限界と言われている。とても戦争などできる状態ではない。
 つまり、〈オジロワシ〉は本気でスパイ研と『戦争』をしようとは思っていなかったのである。礼や探索隊総隊長の石川信光は、限定的な地上戦を行える程度に行動隊を作り替えようとしているという噂があるが、あくまで噂の域を出るものではない。
「これは俺の想像だけど、S研は俺達の継戦能力がほとんど無いことを知っていて、あれこれちょっかい出してくるのかもしれない。どれほど挑発しても、相手は銃を構えたりしない。せいぜい木刀で殴られるぐらいだ。だったら思う存分引っかき回してやれ。そんなふうに思ってるのかもな」
「それが本当だとしたら、ずいぶんなめられたもんだな」
 木村の想像に、伊達は顔をしかめた。
「その責任の大半は俺達にもあるってことは忘れちゃいけないけどな。
 とにかくそんなわけで、奴等は俺達の裏事情を知ってる。だから俺達の存在を軽く見て、テロにも走れる。対テロ戦争がどれだけ厄介かは、米軍がイラクでいやというほど実証してくれたからな」
「アフガンは?」
「タリバンはテロ集団じゃないだろ。ビン・ラディンの黒幕だったって言われているけど、俺に言わせれば、あれはただのイスラム原理主義集団だ。中にはテロリストもいるかもしれないけど、数自体は全体の人数から見ればかなり少ないと思うぜ。
 とにかく、イラクで米軍が苦戦しているという事実だけを見て、『テロ戦術を使えば俺達でも奴等に対抗できる』とか考えたんじゃねぇか?」
 木村は咳払いして、脱線した話題を元に戻した。
「……すまん、やっぱりよくわかんねぇや」
 伊達はお手上げといったように肩をすくめた。木村の説明を聞いて、かえって頭が混乱してしまったらしい。
 一方の木村も頭を抱えてしまった。まだ自分でも十分に理解できていないことを他人に説明するのは非常に難しい。どうしてもあやふやなことを言ったり、辻褄の合わないことを言ったりして、かえって相手を混乱させてしまう。まさに、木村が伊達に話したように。
「ぶっちゃけた話、テロリストはヤクザみたいなもんだって思えばいい。因縁つけて脅して、自分の言うことを聞かせようとする困ったちゃんって事だよ」
「なるほど。そう言われるとわかりやすいな」
「もっとも、連中は困ったちゃんって言うほどかわいげのある連中じゃないけどな」
 木村の言葉に、伊達は苦笑を漏らした。
「ところで、S研の目標って一体何だ?」
「そんなの知らねぇよ。直接S研の幹部にでも聞いてくれ」
 木村は顔をしかめた。
「知らねぇ、わかんねぇばっかりじゃねぇか。使えねぇな……」
「悪かったよ。俺の中でまとめ終わったら、また話してやるから、今日は勘弁してくれ」
 木村はそう言って顔をしかめた。
「ところで、なんでS研は骨法の奴等をこう簡単に捨て駒にできるんだろ?」
 木村が首を傾げた。その言葉に、伊達が興味深げな視線を向ける。
「教授に聞いた話だけど、今のS研を仕切ってるのは山本とかいう奴らしい。骨法をS研に取り込むように進言したのも山本だって話だし、骨法はそのまま山本の指揮下に入ったんだってよ。それを聞いて、俺はてっきり、山本がS研内での権力を固めるための手駒として、骨法の連中は使われると思ってたんだ」
「どういうこった?」
「ナチの突撃隊とか親衛隊のことは知ってるだろ? ヒトラーが権力を掌握するために突撃隊や親衛隊を使ったように、そういった目的で骨法の連中が使われると思ったんだけどな。
 でも、現実はこうだ。おかしいと思わないか?」
「さてなぁ。奴等の思考回路は、常人には理解できねぇものだからなぁ」
 伊達は舌打ちを繰り返しながら応じた。と、何かを思いついたように、虚空に目を向ける。
「あ、もしかして、骨法の連中ははじめから捨て駒として使われるためにS研に入れられたのかもしれねぇな」
「何だって?」
 木村は伊達の言葉を聞いて、目を微かに見開く。
「S研にしてみれば、ただで兵隊を手に入れたわけだ。でも、いまいち信用できない。だから、その信用できない兵隊を最前線に放り込む。もし連中に相応の忠誠心があれば期待通りに働いてくれるだろうし、そうじゃないとしたら信用できない兵隊を使い潰すことができて、自分たちの戦力は温存できる。そう思ってるんじゃねぇのか?」
「……それがホントだとしたら、絶対に許せねぇな。外様を使い潰す、か。徳川家康だってそこまでやらなかったぞ」
 木村は露骨に顔をしかめた。
「家康はやらなかったにしても、徳川幕府はやったけどな。明治維新でものの見事にしっぺ返しを食らったけど。
 まぁ、それはそれとして、こう考えると、謎は解けないか?」
「解けたような気はするけど、正解かどうかはわからねぇからな。まだ何か裏がありそうな気もする……」
 木村はあれこれ考えているようだ。礼の薫陶を受けているからか、このごろ考え込むことが多くなっている。
「どっちみち正解はS研のクソ野郎どもしか知らないんだ。結構単純な理由かもしれねぇぞ」
「それも……そうだな」
 伊達の言葉に、木村は頷いた。
「小隊長、戦場掃除、終わりました」
「んっ、ご苦労さん」
 第三分隊の隊員の報告に、木村は片手を挙げて答えた。
「さて、点呼して帰るか。もうすぐ日付が変わるしな」
 木村は腕時計を見ながら言った。彼の言うとおり、あと数分で日付が変わる。点呼を終えて帰宅したら、午前一時近くなるのは間違いないだろう。
「マジかよ? 明日は一限から必修科目が目白押しなんだぞ? 寝れねぇよ」
 伊達は天を仰いで嘆いた。
「だったら仮眠していけよ。たしか、今日の当直は将軍の小隊のはずだ。ベッドはあいてるだろ」
 木村は伊達に言った。
 〈オジロワシ〉行動隊には夜間に大学構内にとどまって警備を行う当直勤務があり、毎日入れ替わりで一個小隊が、旧経済学部棟やサークル棟などに分散して宿直している。宿直中に仮眠するための仮眠室もあり、五〇人前後が寝られるだけのベッドや毛布、寝袋などが旧経済学部棟には常備されている。
 今日の当直員は『将軍』石崎哲平を長とする2番隊第二小隊だけである。ベッドには空きが多くあるはずだ。
「そうさせてもらうか……あっ、そういえば、姐御に報告しとかないと」
 伊達が大事なことに気づいたというように顔を上げた。作戦終了後には行動隊総隊長に報告する義務がある。その報告が終わらない限り、作戦完了とはならないのだ。
「ああ、それなら俺がやっておく。だからお前らは来なくていいぞ」
「いいのか?」
「別にいいよ。全員でないといけないってもんでもないし、それにこれも小隊長の仕事だからな。だからこそ小隊長手当ももらえるってわけだ」
 木村は何でもないような顔で伊達に答えた。彼の言うとおり、報告は出動部隊の全員が出頭して行うものではない。
「とはいえ、一日あたり一五〇円しかつかないから、得と言えるのかどうか微妙だけどな」
 木村のおどけたような声に、第二小隊の隊員達の間から小さな笑いが漏れた。


管理人のコメント

 骨法同好会事件で司令・榊原を失ったオジロワシ。そのショックを癒す間もなく、彼らは強大化した敵に立ち向かいます。

>「また骨法の会員か……」

 決して多いとはいえない骨法同好会の会員を使い潰すかのような動き。確かに不可解ではありますね。


>〈オジロワシ〉行動隊は長期戦ができない。長期戦を戦うのに必要な後方支援体制が未熟だからだ。

 圧倒的に見えるオジロワシの正面戦力にも、こんな弱点がありました。軍隊ではないので普通はそこまでしないんでしょうが。


>「ぶっちゃけた話、テロリストはヤクザみたいなもんだって思えばいい。因縁つけて脅して、自分の言うことを聞かせようとする困ったちゃんって事だよ」
>「なるほど。そう言われるとわかりやすいな」

 ぶっちゃけ過ぎです(笑)。まぁ、確かに判りやすいですが。


>「S研にしてみれば、ただで兵隊を手に入れたわけだ。でも、いまいち信用できない。だから、その信用できない兵隊を最前線に放り込む。もし連中に相応の忠誠心があれば期待通りに働いてくれるだろうし、そうじゃないとしたら信用できない兵隊を使い潰すことができて、自分たちの戦力は温存できる。そう思ってるんじゃねぇのか?」

 確かにありそうな話ではありますが、そんな単純な話でもないように思えます。


 さて、今回の章題は「拉致」と言う事で、序盤で逮捕された骨法同好会員も「横井典弘拉致疑惑」で捕まっていました。
 事件の真相はいかに?


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