オジロワシ血風録

第三章  更迭



11.司令弾劾



 榊原は猿渡と向井から、骨法同好会がスパイ研の衛星サークルとなったという報告を受けた。さすがの榊原も、この報告には衝撃を受け、しばし声を失っていた。
「……そうか」
 長い沈黙の後、榊原は絞り出すような声で答えた。
「三〇分だけ、一人にしてくれ。三〇分経ったら、各番隊隊長と各学部班長をここに呼んでくれ」
 榊原はそれだけを言うと、椅子を回転させて二人に背を向けた。二人は退出しますと声をかけ、司令室から出ていった。
 二人が出ていったことを確認すると、榊原は大きく溜息を吐いた。
「ぬかったか……」
 榊原は頭を抱えながら呻いた。
(俺の判断が甘かった。情報収集がうまくいっていないときに、教授の言うように応援を出すべきだったのかもしれない。それとも、さっさと行動隊をけしかけるべきだったか?
 どちらにしても、教授には責任はない。全ては、決断を下せなかった俺の責任だ)
 榊原は激しい後悔の念に苛まれている。



出処進退
「ん?」
 榊原は顔を上げた。いつもならこの時間に流れているはずのない学内放送が聞こえる。
「何だ?」
 榊原は何を話しているのか聞こうと、窓際に寄った。さすがに窓もカーテンも開けられなかったが、窓辺に行くだけで、ずいぶんはっきりと内容を聞き取ることができた。
『……繰り返します。本日午後四時半頃、骨法同好会の原口良太会長は、FS、〈ファイティングスピリット湘洋〉に対し、無制限戦闘行為を行うことを宣言しました』
 報道部放送課のアナウンサーが、どこかたどたどしい口調でニュースを流していた。
 榊原は今度は顔色を変えなかったが、舌打ちはした。
「念の入ったことだな……」
 榊原は表情を変えずに、どこか他人事のような口調で呟いた。
 彼には、この報道は何を意味しているのかわかっていた。骨法同好会の決意を改めて表明したのだ。最近ではそういうこともなくなったきたが、基本的に日本人には判官贔屓なところがある。強大な敵にあえて挑むという面を強調することにより、学生の同情を買おうというのだろう。
 事実、
『原口会長は声明の中で、「〈FS湘洋〉の挑発的行動に、もはや自重しているわけにはいかなくなった。この上は彼らと一戦交え、我々の意地を見せつけたい」と述べ、あくまでも非はFS側にあるという点を強調しました』
 と言っている。 (一戦交えて意地を見せつけたがために亡国の憂き目にあった国は数多くあるわけだが、連中そのことを知らないのか? っていうか、六〇年ほど前に、同じようなこと言って世界を相手にケンカ売って、ボロボロにされた国がここにあるだろ……)
 榊原は苦笑してしまった。原口の勝手な言い分に、もはや笑うしかなくなったのだ。
(こんな放送を流している理由は、もう一つあるな……)
 榊原は考えながら、表情を消していった。
「本当に、念の入ったことだな……」
 榊原は先ほどと同じ言葉を呟いた。
「そんなに嬉しいかよ、S研のクソ野郎ども」
 彼には、この放送がスパイ研の勝利宣言だということがわかっていた。放送ではスパイ研の名前は全く出てこないが、今まで石川たちが集めた情報だけで、十分のそのことがわかる。
 榊原は窓際を離れ、椅子に座った。内心では、激しい感情が渦巻いている。
(確かに、今回俺たちは負けた。それは認めよう。だが、この借りは必ず返す。何倍もの利子を付けてな。  ……返すのが俺じゃないのは残念だが、仕方ないよな)
 榊原は椅子の背にもたれながら、虚空をじっと見つめていた。

 猿渡と向井の報告から三〇分後、礼をはじめとする四人の番隊隊長と、向井をはじめとする四人の学部班長が榊原のもとへと出頭した。全員、受けた衝撃をなんとか隠そうとして、口元やこめかみを小刻みに震わせていた。
 榊原はそんな彼らの顔を、感情を故意に隠したいつもの顔で見据えた。しかし、彼の試みは無駄に終わった。榊原の口元も、神経質そうに震えていた。
 しばらくの間、沈黙が続いた。口を開いても愚痴しか出てこないことを、彼ら全員がよくわかっていた。一分、二分と時間だけが無為に過ぎ去っていく。
「楽にしてくれ」
 沈黙を破ったのは、榊原だった。八人は無言で休めの姿勢をとった。
「いや、そこに座ってくれ」
 榊原は室内にあったソファーを指した。その指先が微かに震えていることに気づいたのは、礼だけだった。
「今回の一件だが……」
 榊原は重い口を開いた。これ以上沈黙を重ねても事態は好転しない。そう悟ったのだろう。
「全責任は私にある。私は何も手を打てなかった。骨法同好会がS研の勢力基盤に取り込まれていくのを、阻むことができなかった。すまなかった」
 榊原は立ち上がり、深々と頭を下げた。そして、次の瞬間、驚くべきことを口にした。
「俺は無能だ。今までは、昨年までの行動隊員としての経験が、俺を支えてくれた。しかし、司令としての素質は、俺には決定的に欠けているようだ。辞任して、責任を取りたい」
 沈黙が再び室内を支配した。榊原の意外な発言に八人とも言葉を失った。彼らは何かを言おうとしたが、互いに顔を見合わせるだけで、言い出せなかった。
「……辞めてはいけません、司令」
 意を決したように、向井が口を開いた。残りの者も頷く。
 彼らがこの言葉を口にするのをためらったのは、それが榊原に対する追従ととられかねないと危ぶんだからだ。榊原があからさまな追従を言う人間を心の底から嫌悪していることは、隊内で知らない者はなかった。
「しかし、これだけの失敗を犯して司令の椅子にしがみつくのは、俺のプライドが許さん」
「司令、考え直してください」
 礼が榊原の顔を見ながら言った。真剣な表情だった。しかし、榊原は顔を伏せ、礼の顔を見ていなかった。
「確かに司令はミスを犯しました。しかし、ミスを犯したのは司令だけではありません。私もそうですし、教授もそうです。いえ、誰がというわけではありません。今回に限っては、我々全員がミスを犯したと言えるかもしれません。  それに、ミスを犯したのは今回が初めてではありません。我々の先輩もミスを犯したのです。ミスを一つ犯したからといって、その度ごとに司令が辞任したのでは、司令候補が何人いても足りません。
 今回のことは将来の反省材料にしましょう。司令が辞任する必要はないと私は思います」
「ある意味では、お前の言うとおりだ、姐御」
 榊原は、礼の言葉を肯定してみせた。
「しかし、我々の先輩が犯したミスと今回のミスとでは、その度合いが違う。先輩たちはミスを犯しても、そのミスによって学園内の治安を徹底的に乱すことはなかった。
 しかし、骨法同好会がS研の勢力基盤に組み込まれるのを阻止できなかったということは、学園全体で戦争が起こりかねない事態になる。この二つを同列に論じることはできまい」
 榊原はそう言うと、一つ咳払いをした。
「姐御。行動隊総隊長として、俺を解任してくれ」
「できません……」
 榊原の言葉を聞いた礼は首を振った。榊原は彼女にとってかけがえのない上司であり、石川を除けばもっとも親しく、尊敬できる異性でもある。その榊原を更迭することなど、礼にはできなかった。
「けじめはつける必要があるだろう? 俺にけじめをつけさせてくれ、姐御」  それを聞いて、礼はうつむいてしまった。もう何を言おうと無駄だと悟ったのだ。
「……わかりました」
 礼はしばらく深呼吸をしながら目を閉じて気持ちを落ち着かせていたが、おもむろに顔を上げた。
「貴官の判断は、司令として不適当なものと判断する。よって本官、行動隊総隊長・神崎礼は、自らに与えられた権限である司令弾劾権を行使する……」
 礼は泣きそうな顔になって司令弾劾の文句を口にした。行動隊総隊長を任されたときに半ば強制的に覚えされられたものだが、まさか自分が『司令弾劾権』を行使することになるとは思わなかった。
「貴官は本日只今をもって更迭され、探索隊別班の監察下に置かれる。
 貴官の職務は停止され、貴官の名において下された命令は以後効力を失う。これより後は、顧問会議において適当であると判断された者が司令権限を行使する。
 貴官はこれより、一切隊の運営に関知してはならない。もしこれを破れば……」
 礼は続きを言うのをためらった。あと一言なのだが、どうしてもそれが言えない。言ってしまえばとんでもないことになるという思いが、礼にこれ以上話させないようにしていた。
「早く言え!」
 榊原が叱咤するように叫んだ。礼はその声に押されるように、口を開いた。
「もしこれを破れば、この学園より、追放する」
 言ってしまうと、礼はうつむいた。涙が出てきた。
「了解した」
 榊原は穏やかな表情で、大川に付き添われて司令室を出ていった。
 その背中は、やるべきことをやれなかったという後悔に満ちているように、礼には思えた。


 その日の帰宅途中、礼は石川が入院している病院に寄り、彼を見舞った。
 礼は石川の枕元に椅子を引き寄せて座り、榊原の更迭のことを若干言葉を変えて話した。別に隠すことではないのだが、秘密は守らねばならない。病室には今のところ石川と礼の二人しかいないが、いつ誰が入ってくるかわからない。こういう所でさえも、秘密保持は厳守されなければならない。礼も石川も、たまにそういう決まりが鬱陶しくなる。
「そうか、榊原さんはそこまで思い詰めていたのか……」
 それを聞いた石川は、病室のベッドに横になりながら嘆息した。
「だとすれば、俺にも責任はあるな。俺は榊原さんの期待に応えられなかった」
「そう思い詰めなくていいじゃない。榊原さんもあなたを責めてなかったわよ。今は何も考えないで、療養に専念して」
 礼は石川の額に手を当てた。大喧嘩して以来、二人の間にはわだかまりがあった。しかし、二人とも根に持つタイプではなく、石川が倒れた翌日に礼が見舞いに行ったときに仲直りしていた。
 石川は微笑した。
「そうだな。一日も早く大学に戻りたいよ。そろそろテストもあるし……」
「そうよ。はやく身体を元通りにして、デートでもしましょう」
 礼は優しい言葉をかけた。彼女を知っている人間でも、彼女にこんな優しい声が出せたのかと驚くほど、優しい声だった。
「それはいいな。あと、君の手作りの弁当が懐かしいよ。病院食は、もう飽きた」
 石川は顔をしかめた。
「飽きるようなものかしら?」
「飽きるって。栄養学的には申し分無いんだろうけど、味付けにものすごく問題がある。二日も経つと、自分で作ったメシでも懐かしく感じるよ」
 石川は低く笑った。
「それじゃあ、退院したらとびきりのディナーをごちそうするわ」
「それはありがたい。じゃあ、それを楽しみにして、しばらく病院食に耐えるか」
 二人は顔を見合わせて、笑い出した。笑いが収まると、礼は時計を見て、
「そろそろ帰るわ。明日も朝早いし」
 と席を立った。
「気を付けろよ。今のお前は大学内のVIPだ。お前まで倒れたら、残された連中は苦労するからな」
「あなたもVIPでしょ。倒れたVIPに言われるなんて、なんか変ね」
 礼はくすくすと笑った。

 その翌日、礼は緊急の小隊長級会議を開き、『司令弾劾権』を発動させて榊原を更迭させたことを報告した。そして、以後四隊長会議が司令の権限を代行する旨を告げた。
 これを聞いて驚く者はいなかった。行動隊総隊長がそう決断したのには、何か理由がある。皆がそう思っていた。顧問会議議長の『軍師』工藤修一も礼の判断を追認し、それ以上は何も言わなかった。
 礼は続いて後藤の隊務復帰を提案し、全会一致で認められた。後藤に謹慎処分が言い渡されてからすでに一ヶ月近くが経っている。そろそろ潮時だろうということだった。それに、後藤が復帰することにより、探索隊は『クリーン』な人材を得られることになり、より強化される。
「今回、我々は敗北した。その事実は直視しなければいけない。しかし、だからといって、我々が全面的にS研に負けたというわけではない。失地挽回の機会はまだある。その機会を逃すことなく、今度は我々がS研を大いに破ればいいのだ」
 礼の演説が続く。毅然とした声で隊員を奮い立たせようとしているようだ。その試みはどうやら成功しているらしい。会議室に集まった隊員は、熱心に礼の話を聞いている。
「それで、骨法同好会はどうします? 我々の側に引き戻すことは可能でしょうか?」
 由香の質問に、礼はゆっくりと頭を振った。
「S研もバカじゃない。今頃は手を打っているはずよ。一つの目標に目を奪われ、他をないがしろにしてたら、今回と同じ失敗を繰り返すことになりかねない。ここは、骨法同好会も敵だという認識でこれからの事態に対処したほうがいいと思う。
 探索隊総隊長代理、情報収集をこまめにやって、向こうの手の内をしっかりと読んでちょうだい」
「了解。今回の轍を踏まないように、探索隊員に檄を飛ばす」
 探索隊総隊長代理・向井一也は頷いた。親友の石川ほど目に見える成果を上げているわけではないが、堅実な勤務姿勢で隊員の信頼を集めていた彼は、石川が帰ってくるまでの間とはいえ、ようやく日の当たるポストに就けた。
「では、解散。家に帰ってゆっくりと休み、来るべき戦いに備えるように」
 礼の言葉で、定例会議は終わった。
 隊員が雑談に興じながら退出していく中、礼はわき目もふらずに駐輪場へ行き、バイクの暖気運転を行った。一刻も早くアパートに帰り、何も考えずに眠りたかった。
 バイクのエンジン音の変化で暖気が充分に行われたことを悟ると、礼はフルスロットルで駐輪場からバイクを出した。そのまま、アパートにアクセル全開で向かう。いつもの慎重な運転とは違い、荒っぽい運転だった。
(もう迷わない。絶対に司令と信光さんの仇を討ってやる。それまでは絶対に泣き言は言わない。言うもんですか!)
 高速で疾走するバイクを操りながら、礼はそう誓った。
 行動隊総隊長になってから抱いてきた迷いは、もうどこにもなかった。今回の一件で、スパイ研は完全に彼女の敵になった。尊敬できる司令を奪い、自分の恋人を入院に追い込んだスパイ研に対し、手加減する義理はどこにもない。
 タコメーターの針が、レッドゾーンに入る。それは、万難を排して誓いを果たそうとする礼の内心をあらわしているようだった。


 小隊長級会議が終わった後の会議室には、二人の〈オジロワシ〉隊員が残っていた。
 一人は『お嬢』酒井由香。もう一人は『レポーター』後藤誠だった。後藤は小隊長級会議には参加していないが、由香に呼ばれたのだ。
「何の用だ?」
 後藤の視線は厳しいものだった。今までは顔を合わせれば口喧嘩をしていた相手なのだ。警戒するのも当然だろう。
「ちょっと、話があって」
 しかし、由香はどことなく弱々しい声で話すだけだった。その様子に後藤が、さらに不信感をあらわにする。
「だから、話って何なんだよ。こっちは報道部の仕事を放り投げてきたんだぞ」
 後藤はあからさまに舌打ちした。〈オジロワシ〉探索隊では文学部班文学科分遣隊長の職に就いているが、報道部新聞課では文芸班長兼整理班長を、それぞれつとめる彼は多忙なのだ。
「あ、謝りたいと思って……」
 由香の言葉に、後藤の眉がかすかにあがる。
「何? 謝りたい?」
「ええ……」
 由香はそう言うと、
「今までごめんなさい。今まで  本当にごめんなさい」
「……何でだ?」
「え?」
 由香が驚いて顔を上げると、表情というものが完全に消えてしまった後藤の顔が見えた。
「どういう風の吹き回して、俺に謝る気になったんだ?」
 後藤はたずねた。口調は静かなものだったが、感情をうかがい知ることはできなかった。
「考え違いをしていたってことに気がついたの」
 由香の言葉を聞いて、後藤はかすかに眉を上げた。黙って頷き、続きを促す。
「変な先入観持って、それで、つい、言葉を荒げて、顔を見るたびにあなたを不快にさせた……」
 由香の言葉を、後藤は黙って聞いていた。
「それで? 今まで何の根拠もなしに俺を疑って、それで俺の顔を見るたびに因縁つけてきたってわけか?」
 後藤の声は低くなっていた。由香はその声を聞いて、後藤の感情がわかった。
 後藤は激怒している。それも、これまでにないくらい。伊達に口論を何度もしていない。
「そんなくだらない理由で、俺は榊原さんに殴られて、一ヶ月も謹慎喰らったっていうのか?」
 後藤は由香に近寄ると、彼女の肩を思い切り小突いた。
「おい、そんなふざけた理由で俺の経歴に傷つけておいて、言いたいことはそれだけなのか?」
 後藤の目に感情が戻った。由香に対する激しい怒りが、後藤の目からは感じられた。
「俺も舐められたもんだ。そんな言葉だけの謝罪で、これまでの経緯を簡単に水に流す様な人間に見られてたってわけか」
「そんなこと……」
「無いって言い切れるのか?」
 後藤に睨み付けられて、由香は何も言えなくなった。
「結論から言ってやる」
 後藤は改めて由香の顔を睨んだ。
「俺は、この先、たとえ何があろうと、お前を許すつもりはない」
 後藤は激情を抑えるように、文節ごとに区切って話した。
「今までお前は、さんざっぱら俺に因縁つけてくれたよな? それだけじゃない。俺が梶川のことを探っている間のこと、忘れたとは言わせないぞ。お前は俺だけじゃなく、報道部も馬鹿にしていたよな。『ジャーナリストごっこをして喜んでる馬鹿の集団』って言ったよな?」
「そんなこと言ってない!」
「口に出して言ってなくても、お前の態度からはわかるんだよ!」
 後藤の叩きつける口調に、由香の反論は遮られた。
 由香はうつむいた。後藤の言葉を反射的に否定したが、心のどこかにそういう偏見があったことは間違いない。後藤は敏感にそれを察したのだろう。
「まぁ、俺を馬鹿にするのは、百歩、いや、百億歩譲って許してやらんでもない。入隊のきっかけがきっかけだからな。俺のことをそういう目で見るヤツもいるってことはわかってはいたさ」
 後藤が〈オジロワシ〉に入隊したきっかけは、報道部員として〈オジロワシ〉のことを探っているのを当時探索隊総隊長だった工藤に察知され、去年の一一月某日に探索隊別班に予防拘禁されたことだ。当時の司令は、後藤の取材を妨害するのではなく、後藤を体制の中に取り込んでしまうことで機密を守ろうと判断したのだ。
 入隊した後藤は〈オジロワシ〉の対抗すべき敵を知り、秘密を暴露するのは危険と判断した。それからの後藤は自分の行動から〈オジロワシ〉の秘密が知られないように、普段の言動にも細心の注意を払っている。
 しかし、この時すでに入隊していた由香は後藤の入隊経緯を知り、後藤を危険人物としてとらえ、たびたび攻撃を加えてきた。そして、今に至る。
「俺個人に対する今までの態度については、まぁ、酌量の余地はあるかもしれないな。
 だがな、報道部を馬鹿にしたことは許せない。俺が、自分が報道部員であることを誇りに思っていることを承知の上で、報道部を馬鹿にしやがって!」
 後藤は由香の胸ぐらをつかむと、激しく揺さぶった。由香は顔を蒼くしながら、なすがままにされていた。
「新聞を読んだこともないくせに、その記事を書いたのがどんな人間なのか知りもしないくせに、噂だけで自分勝手に判断して、自分の都合のいいように全てを解釈して、それで変なレッテル貼って見下しやがって。たとえ部長が許すって言っても、俺は絶対にお前を許さんからな!」
 後藤はそう言うと、由香の胸倉をつかんでいた手を離した。
「もう二度と俺に話しかけるな。いや、俺の視界に入るな。お前の顔を見かけたら、今度は何しでかすかわからんからな」
 後藤は由香に指を突きつけると、足早に会議室から出ていった。
 大きな音を立ててドアが閉まると、由香は会議室の床にへたり込んだ。
 こんなはずじゃなかった。由香の心の中は、この言葉でいっぱいだった。
 誠心誠意謝れば、きっと後藤は許してくれる。そんな淡い希望は無惨にも打ち砕かれた。しかも、その原因を作ったのは、ほかならぬ自分なのだ。自分の過去の言動が後藤を傷つけ、あれほど頑なな人間にしてしまったのだ。
 由香の目から涙がこぼれ落ちた。一粒こぼれたあとは、とめどなく涙が落ちてきた。会議室の床に、由香の涙が次々と落ちていき、小さな水たまりを作った。
「ごめんなさい……」
 由香は一人泣きじゃくった。榊原に謹慎を命じられても、礼に絶縁宣言をされても泣かなかった由香だが、後藤に絶縁宣言をされた今は自然に涙がこぼれてくる。
「ごめんなさい……本当に、ごめんなさい……」
 後悔の言葉だけが、由香の唇からあふれてくる。
 その声を聞いている者は、会議室内には誰もいなかった。


次回予告

 榊原が更迭され、四隊長会議が〈オジロワシ〉を主導する。〈オジロワシ〉はスパイ研だけではなく、骨法同好会にも弾圧の手を広げた。
 そんな中、探索隊員が行方不明になる。石川はその調査を、『デルタ』堀内率いる別班に依頼した。
 一方、新たなメンバーが〈オジロワシ〉に加入を申請するが、その入隊を巡って四隊長は激論を戦わせる。

 次回、〈オジロワシ〉血風録 第四章 『拉致』


あとがき

 ごきげんよう、皆様。片岡でございます。

 この第三章は絶対に外せないと、ストーリーを練り始めた頃から決めていました。〈オジロワシ〉の上層が切れ者揃いでも、人間である以上完全無欠ではないですから、必ず失敗をすることがある。これを書きたかったんです。
 事実彼らは失敗を重ねています。〈オジロワシ〉がすべての作戦を成功させているのなら、スパイ研はとっくの昔に壊滅してます。
 しかし彼らは、未だにしっかりと存在しています。石川や榊原などが知らないうちに学生を勧誘して(もしくは『一本釣り』して)、規模を維持しているんですね。
 ……ただ、その点をうまく書けたかどうか、非常に不安なのですが(ォィ

 何はともあれ、榊原君は退陣しました。次回は四隊長主導の話です。今まで名前しか登場していなかった会計部部長と兵器局局長のアクの強さにご期待ください(ォィ
 え? 榊原君の今後?
 ……さて、一応考えてはいます、どうしましょうかねぇ(ニヤソ

 では、また次回お会いしましょう。


管理人のコメント
骨法同好会の一件はオジロワシ全体に大きな衝撃を与えたわけですが、思わぬ大きな影響を彼らに与える事になります。

>『……繰り返します。本日午後四時半頃、骨法同好会の原口良太会長は、FS、〈ファイティングスピリット湘洋〉に対し、無制限戦闘行為を行うことを宣言しました』

榊原君も「念の行った事だ」と舌打ちしてますが、確かにこれはオジロワシ側にとってはイヤミ以外の何者でもありません。


>……返すのが俺じゃないのは残念だが、仕方ないよな

この時、榊原は重大な決意をしたわけですね。


>俺は無能だ。
>「姐御。行動隊総隊長として、俺を解任してくれ」

それがこの発言に通じているわけですが、決して権力に恋々とする人間ではないとは言え、司令にまで上り詰めた人間がこの一言を口にするのは、どれだけ勇気のいる事でしょうか。


>榊原は穏やかな表情で、大川に付き添われて司令室を出ていった。

こうして、今回までオジロワシを率いてきた榊原君は退場しました。彼の復活は今後あるのでしょうか?


>今度は我々がS研を大いに破ればいいのだ

榊原やいまだ復帰しない恋人に代わり、オジロワシの志気を高めようと頑張る礼。彼女が総隊長という枠を越えて活躍する日も、そう遠くないかもしれません。


>もう二度と俺に話しかけるな。

そして、復帰した後藤は由香に対して決定的な言葉を投げつけます。和解するのかな、と思っていたのでこれは結構意外でした。


新たな体制のもと、S研との新たな戦いに乗り出すオジロワシ。次章ではどのような反撃が展開されるのでしょうか?



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