オジロワシ血風録

第三章  更迭



3.提案



 その日の四限終了後、サークル棟から程近い場所に建てられているプレハブ小屋で、スパイ研究会の秘密会合が行われていた。
「……以上。何か質問は?」
 スパイ研究会外事局長・山本光輝は、レポート用紙に書かれた内容を平板な声で朗読し終わったところだった。五分ほど彼は話していたが、内容は簡単に要約できる。要するに、骨法同好会と〈ファイティングスピリット湘洋〉の間を、これまで以上に疎遠なものにする計画であった。
 山本の質問に答えて、手が二、三本挙がった。議長をつとめているスパイ研究会会長・関達彦がその中から一人を指名した。会長に指名された二年生は、起立して質問を始めた。
「外事局長に質問です。その計画が成功したとして、本当に骨法同好会は我々の側につくのですか? これまでの経験から判断して、いずれ狗どもにかぎつけられ、妨害されるのではないでしょうか?」
 スパイ研会員は、若干の例外はあるものの、彼らの敵である〈オジロワシ〉のことを『狗ども』などといった蔑称で呼ぶ。何度も煮え湯を飲まされた相手だけに、恨み辛みのこもった呼び名である。
「外事局長、説明を」
 関が山本を促す。山本はそれを受けて立ち上がり、軽く咳払いした。
「結論から言おう。勝算は十分にある」
 答えを先に、簡潔に言うのが、山本のやり方だった。先に理由を述べて最後に結論を出す人間が多い中で、これは異色といえた。理由を述べているうちに、相手の集中力はわずかずつだが殺がれていく。最後のほうになると、質問した相手は話を聞くのに疲れてしまい、こちらの本当に言いたいことが伝わらないことが多い。もう一度説明をすることもあり得るため、時間の無駄になる。くだらない質疑だけで時間を潰すわけにはいかない、という山本の思考がよくわかる話し方である。
「お前の心配もわからなくもない。今までの事例が事例だからな。
 だが、連中が介入してくる前に片を付ければいい。ここが今回の計画の要点だ。そのために、一応の保険として、何らかの工作を連中に仕掛け、動きを封じることも考えている。
 連中が我々の妨害に引っかかり、手をこまねいている間に、我々は集中的に骨法同好会に離間工作を仕掛けることできる。そうなれば、骨法同好会をこちらに取り込むことは充分に可能だ。そうなれば連中とも互角にやり合える。人数が少ないとはいえ、武闘派のサークルだ。そのくらいの期待はしてもいいだろう」
 山本はそう言ってのけ、わずかに口元をゆがめた。彼は〈オジロワシ〉のことを『連中』、もしくは『あの連中』と呼ぶ。
 山本の言葉を聞いて、驚いたように目を見張る人間が多い。慌てたように手が挙がり、質問した会員が立ち上がる。先ほどとは別の会員だった。
「外事局長は、狗どもと正面からやり合うことを考えているんですか?」
「最終的には、な」
 山本は否定しなかった。
「ただし、骨法同好会だけの戦力では、あまりにも頼りない。俺が期待しているのは、骨法同好会だけではなく、これまで冷や飯を食わされていた部やサークルだ。具体的に言うと、バレーボール部とか、オカ研とかな」
 山本は、二つの集団の名を挙げた。  バレーボール部は『体育会唯一の弱小部』として有名だった。公式試合では負け続きであり、部員数も頭打ちになっている。
 そもそも、バレー部員に限らず、優秀なアスリートは有名な私立大学にスカウトされてしまい、この湘洋学園大学に入ってくるのは高校時代は補欠だった人間や素人同然の人間ばかりである。
 それでもラグビー部やアメフト部、野球部など他の部はそれなりの成績を収めているが、これは指導者の手腕によるところが大きい。部員の質も、指導者の力量も一流とは言い難いバレーボール部が試合で活躍するには、それこそ奇跡が必要だろう。
 一方、『オカ研』ことオカルト研究会は、『科学では解明できないことを、科学以外の手段を使って解明することを活動内容としている』と学友会には報告しているが、実際にはそのような活動はほとんど行っていない。それどころか、『オカルト』という響きに学生が気味悪がってしまい、会員数が減少の一途をたどっており、存続すら怪しくなっている。今では、学園祭の時に流行らない占いをやるくらいで、表だった活動はほとんどしていない。
「お前に心配される筋合いはないぞ、外事局長」
 その二つの部を代表して、オカルト研究会前会長の関が山本を睨む。口にこそ出さなかったが、『大きなお世話だ』とその目が言っている。
「お気に障ったのでしたら、謝ります」
 山本は軽く頭を下げた。
「しかし、このままオカ研が消滅してしまうのは、会長にとっても残念なのではないですか? そうならないためにも、大同団結して冷や飯ぐらいの地位から脱却する必要があるでしょう。我々がそれを後押しすれば、彼らだって多少は恩に着るでしょう。
 そこで彼らに援助の手をさしのべ、その見返りとして我々が行動を起こす際に彼らの力を貸してもらえるようにすれば、現状のままであの連中と対決するよりも、状況はマシになります」
 山本の構想を聞いた関は、開いた口がふさがらない。そこまで壮大なことを考えていたとは思わなかったのだ。
(こいつ……危険だ)
 関の目の色が変わった。これまでは山本のことを『傲岸不遜でアル中の、精神破綻一歩手前の人間』として見なしていたが、『とてつもない野望を持った危険な人間』に見方を変える必要がありそうだ。
 関が内心で山本への危険度評価を修正していると、作戦局長・柳澤隆博が発言を求めて手を挙げた。関はとりあえず考え事をやめることにした。評価を修正するのは後でもできるのだから。
「大見得を切ったが、本当にうまくいくのか?」
 柳澤が疑わしげな目で山本を見た。彼は以前から山本とは対立していたが、作戦局員・梶川拓真の自殺(表向きはそうなっている)以来、さらに二人の間の溝は深くなったようだ。
「えらく大きな風呂敷を広げていたが、今問題にするべきなのは骨法同好会じゃねぇのか? 他のことは、また後で考えてもいいだろ?」
 柳澤の言葉に、山本の視線が険悪なものになる。柳澤はその視線を無視した。山本に非友好的な視線を向けられるのは、今に始まったことではない。今更怖じ気づいたりするはずがなかった。
「骨法同好会はたった二〇人ほどの小規模なサークルに過ぎない。どう頑張ったって、奴等の行動隊と張り合えるだけの戦力にはならないぞ。それをわかっているのか?」
 柳澤は机に両手をついて山本を見据えた。山本の険悪な視線に対抗するため、柳澤も殺気すらこめて山本を睨み付ける。
「お前、俺の話を何も聞いてねぇな? あの連中と対決するのは、まだまだ先の話だ。その手始めに、骨法同好会を取り込んで手なずける。そのための工作を行うと言ってるんだ」
 山本が心底呆れた表情になって柳澤を一瞥した。
「どうだか。端から見てると、お前は今すぐにでもあいつらと一戦交えたがってるように見えるぜ」
「そこまで馬鹿だと思わないで欲しいな。自分がそうだからって、他人もそうだと思うのは、タチの悪い邪推だぞ」
「あいにくだが、これでも俺は作戦局長だ。情報を分析した結果、絶対に勝てるという確信が持てない限り、後先かまわず攻撃するなんてことはしねぇんだよ」
 柳澤はそう言うと、軽く首を振った。
「話をもどそうか。今は骨法同好会をどうするかの協議だったっけ」
 柳澤は改めて彼の政敵の顔を見据えた。
「作戦局の案どおり、当面はFSと骨法同好会の間を離間するだけにとどめ、そのあと機を見てどちらかを、できればFSを取りこむほうが、長期的に見た場合メリットが大きいと思うんだが、それについてはどう考えてるのか聞かせてくれるか、外事局長さんよ?」
 正式名称が長いので『FS』と略する学生が多い〈ファイティングスピリット湘洋〉は、公認されているサークルの中でもっとも構成する学生の数が多い。会員数が一八〇人を超える大組織で、空手・柔道・レスリング・ボクシングのインターハイ経験者が多く在籍している。直接戦闘能力では骨法同好会よりもはるかに上で、〈レッド・ロブスター〉と『学園最強サークル』の座を争うだけのことはあった。
 もっとも、両者の関係は決して険悪なものではなく、二つのサークルが協力することもある(第二章第九話参照)。二つのサークルの関係を一言で言い表すなら、『強敵と書いて「とも」と読む』というのが一番ふさわしいだろう。
 山本はふんと鼻で笑い、
「そんなアホくさい、悠長な計画よりは、俺の計画のほうが成功する確率は高いと思うがな」
 と馬鹿にしたような口振りで言い放った。
 山本は明らかに、作戦局長である柳澤と作戦局を侮辱している。その山本の言葉に柳澤は激昂した。
「アホくさいだと!? 貴様!」
 柳澤が怒りで顔を真っ赤にして、山本につかみかかろうとしたとき、
「外事局長! 言い過ぎだぞ! 今すぐ訂正しろ!」
 関が山本に指を突きつけて迫った。山本は軽く息を吐くと、
「悪い。言い過ぎた」
 と、軽く頭を下げた。柳澤はしばらくの間山本を睨み付けていたが、やがて静かに席に着いた。これで、その場は収まったように見えた。
「他に質問は?」
 手があがった。今度はスパイ研内務局長の定岡文敏だった。
 スパイ研内務局は会の内部の風紀取り締まりを職掌にしているが、最近ではそのようなことは会長が取り扱っているので影が薄い部局だった。おまけに、定岡は局の実務まで部下の進藤英輔に丸投げしてしまっているため、会員達からは半ば侮蔑的に『会長の一の子分』と呼ばれ、山本には『毒にも薬にもなれない、究極の馬鹿』と見なされている始末だ。
「なぜ骨法同好会なんだ? どうせ工作を行うなら、FSをこちらに抱き込んだほうがいいだろう。頭数が多いからな」
 山本の眉がわずかにあがった。
(アホの定岡でも、疑問を持つことができるんだな。こいつは新しい発見だ。……質問自体は、さすがアホの定岡の聞くことだ、と思わざるを得ないけどな)
「今回の対象に骨法同好会を選んだ理由は二つある」
 山本は定岡に向き直った。内心の侮蔑は顔にも出さない。まるで幼児に向かって説明するかのような口調で説明を始める。
「第一に、骨法同好会のほうが組織が小さく、工作が容易であること。骨法同好会は会長を抱き込めば吸収できるが、FSはそう簡単にはいかない。早期に実現する必要がある今回の作戦では、FSを相手にするのは不適当だと言わざるを得ない。
 理由の第二は、FS会長の三品威はあの連中の親玉と同じゼミに属しており、しかも思想的には連中に近い。一方、骨法同好会の会長、原口良太は思想的に我々に近い。その点でも工作が容易である。何よりも、原口はFSを憎みきっており、こちらから誘いをかければ、乗ってくる公算は高い。
 以上の観点から、今回の主対象は骨法同好会にするべきだと決定づけたんだ」
 納得できたかと言いたそうな山本の視線を受け、定岡は納得したように頷き、席に着いた。
 それから質問はなく、会議は終わった。会議の最後で関は山本の案を了承することを宣言し、山本に工作の正式な開始命令を下した。柳澤が提出した案は叩き台にされるどころか、議題に上ることすらなかった。


「あの野郎、俺だけならまだしも、俺たち作戦局までバカにしやがって……」
 柳澤は、この場にいない山本を罵りながら、休憩室でセブンスターを吸っている。なんとか苛立ちを抑えようとしているが、その試みは成功しているとは言いがたい。タバコを『吸う』のではなく『ふかす』という行為を行っていることからも、柳澤の苛立ちが伝わってくる。
 一本を吸い終わり、もう一本を取り出して火をつけたとき、後ろで彼を呼ぶ声がした。振り返ってみると、関が彼を手招きしている。柳澤はタバコの火を消すと、
「何ですか、いったい?」
「さっきの外事局長の発言、よくこらえてくれた。礼を言う」
 関は頭を下げた。外事局長という言葉を聞いたとき、柳澤の目に怒りの感情が戻ったようだが、それも一瞬のことで、
「向こうから謝ってきたんです。あれ以上強くは出られません」
 と、柳澤は感情を露わにすることもなく答えた。もっとも、内心では腸の煮えくりかえる思いをしている。
「ところで、用件はそれだけですか?」
「いや。……実は、お前に頼みがあってな」
 関は背筋を伸ばすと、柳澤の目を見据えて言った。
「今度の外事局長の計画、あれに俺は関与していない。計画の続行を命じたはしたが、本当のところを言うと、納得できていない」
 と柳澤の耳元で囁く。
「なので、もし奴の計画が失敗した場合、お前に弾劾役を買って出てもらいたい」
 突然の言葉に驚く柳澤に、覆い被せるように関は続けた。
「外事局長は切れ者だ。それは認めるだろう?」
「ええ、まぁ……悔しいですが」
 山本を毛嫌いしている柳澤だが、山本の手腕は認めざるをえない。入会してすぐに〈オジロワシ〉内部に浸透工作を仕掛け、〈オジロワシ〉司令と行動隊総隊長の仲を裂いたことに始まり、〈オジロワシ〉内部に協力者を作ることに成功する――もっとも、その協力者は一月も経たないうちに、当時探索隊の一班長だった工藤の手で粛清されたが――など、これまでにも山本が手がけた工作の成功率はずば抜けた高さを誇っているのだ。
「切れることは切れるが、奴は切れすぎる。手駒としては無敵に近いが、使ったが最後、こちらまで破滅させられかねない」
 関の言葉に、柳澤は黙って頷いた。
「同じことが奴の計画についても言える。確かに効果は大きいだろう。だが、骨法同好会は狗どもにぶつけるにしては戦力が小さい。
 これは俺の想像だが、奴は自分の権力を固めるために骨法同好会を使うつもりなんじゃないか?」
「……つまり、俺たちに圧力をかけるための道具として、骨法同好会の人間を使うと?」
 柳澤の言葉に、関は頷いた。
「奴は、よっぽど会長の椅子が欲しいらしい」
 関は吐き捨てるかのように言った。
「奴の手腕をもってすれば、来年には黙っていても会長職に就けるだろう。何しろ奴には実績があるからな。それなのに、小賢しい策を労して俺を追い落とそうとしている。俺が引退する前に、会の実権を握ろうとしている」
 関は山本に対する嫌悪感を隠そうとしなかった。
「もし奴が実権を握ったら、それこそこの会を博打の担保にしかねない。それも、勝てる可能性の非常に低い博打の担保にだ。
 そこでお前に、山本に対抗してもらおうと思う。俺の見た限り、奴に対抗できそうなのは貴様しかいない」」
「定岡はどうです?」  一応柳澤は聞いてみたが、柳澤も定岡を決して高く評価しているわけではない。ただ、関に『金魚の糞』よろしくくっついているので、一応たずねてみたのだ。
「定岡じゃダメだ。山本にのらりくらりと逃げられたら、いいように煙に巻かれて、追求を中止しかねない。あいつはよく言えばおおらか、悪く言えば単純だからな」
 関は顔をしかめて頭を振った。
(可哀想な奴だ。あれほど会長にこき使われてるのに、ひどい言われようじゃないか)
 柳澤は心の中で定岡に同情した。しかし、次の瞬間には気持ちを切り替えている。彼にとって重要なのは定岡などではなく、いかに山本を失脚させるかということなのだ。
「お前じゃなきゃダメなんだ。お前はまさに、俺にとっての切り札なんだ」
 切り札とまで言われて、柳澤の目は爛々と輝きだした。関の掌の上で踊らされているということはわかっていても、虫の好かない山本を排除できるチャンスを掴んだのだ。
「わかりました。私におまかせを」
 柳澤は深々と頭を下げた。
「山本の追い落としに成功した暁には、来年度の人事で貴様にそれなりの地位を贈ろう」
 関は、なおも餌を柳澤の目の前にちらつかせた。
「それはどうでもいいです。私は、外事局長を排除できればそれでいいんですから」
 しかし、柳澤は関の差し出した餌に飛びついたりはしなかった。実際、彼ほど無欲な人間はスパイ研内にはいない。
「……では、頼むぞ」
 肩すかしをくらった関は、白けた顔でそう言い残して、休憩室から姿を消した。
 関が出ていったドアを見ながら、柳澤は口元を歪めながら、低く呟いた。
「これで、公然とあのクソ野郎を始末できる。このチャンス、最大限に生かさないとな」
 柳澤は、惨めな様になりはてた山本を見おろす姿を想像していた。思わず口元に笑みが浮かぶのを止められなかった。

 関はたった今閉めたばかりのドアを見ながら、口元を醜く歪めていた。
「ふん。使いっ走りとしては、まだまだ利用価値がありそうだな。それ以上のことには使えそうにないが」
 関にとって、柳澤を含めたスパイ研の全会員は単なる手駒の一つに過ぎない。せいぜい利用して、用が済んだあとに適当な理由をつけて切り捨てればいい。このような考えを抱くことについて、全く良心の呵責を覚えなかった。もっとも、この程度のことで良心が刺激されるようであれば、スパイ研にはいられない。
 そして、だからこそ関は、山本が自分の思惑とは違った行動を取り、それによって功績を挙げてゆくのを苦々しく思うのだ。
(二人とも思う存分対立するがいい。その間に定岡を使って権力基盤を固めて、絶対権力者としてこの会に君臨してやる。
 柳澤には、お情けで副会長職でもあてがってやるか。名誉職だから実権はないが、席次だけは高いからな)
 関は会議室へと戻った。その足どりは、いつになく軽いものであった。


 山本は、関と柳澤の間に交わされた密約も知らず、いつものように別室でウィスキーを飲んでいた。脇には腹心である藤田智行がひかえている。
「まぁ、あれだけ言っておけば、当分会長は文句をつけねぇだろ」
 山本はすでに酔いが回った目で藤田を見た。口元を嘲笑するかのようにゆがめている。
「外事局長、本当に〈オジロワシ〉のほうにも工作を仕掛けるのですか?」
 いつもなら山本の決定に疑いを持たない藤田が、珍しく不安そうな顔をしている。彼は〈オジロワシ〉のことは蔑称では呼ばない。
「私が提出した作戦案には、そのようなことを書いていませんでしたが」
 藤田の言うとおり、今回の工作案の基本的な部分を作り上げたのは、この藤田自身である。実行するのも彼である。
 その彼にとって、自分の知らない間に追加された面倒は、非常に迷惑だった。追加された事項によって行動が制約されるおそれがあるし、最悪の場合、全体の工作が失敗に終わる危険すらある。『二兎を追う者は一兎をも得ず』という言葉があるとおり、いったんこれと定めた目標に、人も物も金も集中するべきなのだ。藤田はそう考えていた。
 そもそも、〈オジロワシ〉に工作を行っている余裕がない。今回の工作は、基本的には彼が一人で行わなければならないのだ。山本からは「人も金も、必要なだけ使え」と言われていたが、関に「そんな余裕はない」と却下されてしまい、藤田は同じ二年生の二人を預けられたのだ。この二人はそれほど当てにできるわけではないので、藤田はよほどのことがない限り、全てを自分だけでやり遂げなくてはならないのだ。
「誰があそこに工作を仕掛けると言った?」
 山本は意地の悪い目をして、藤田に向き直った。
「確かに、『工作を仕掛けておくべきだ』とは言ったが、『何が何でも工作を仕掛けろ』とは言ってないし、言われてもいない。
 なに、いざとなったら、『工作は行ったが、効果はあがらなかった』とでも言えばいい。あの会長は陰険なだけのボンクラだからな。そのあたりの言い抜けはいくらでもできる。もちろん、お前の評価を下げさせるようなことはさせないから、安心しな」
「外事局長、こう言っちゃ何ですけど……鬼ですね」
 藤田は呆れたように言う。
「誉め言葉と受け取っておこう」
 山本は笑うと、ウィスキーをラッパ飲みして、空になったボトルをごみ箱に投げ捨てた。


管理人のコメント

 バカップルがいちゃついていた頃、スパイ研では新たな陰謀が巡らされていました。

>サークル棟から程近い場所に建てられているプレハブ小屋で、スパイ研究会の秘密会合が行われていた。

 そんな怪しげな場所なのに、チェックされていないんでしょうか? それともここもただの一時的な拠点に過ぎないとか?


>「ただし、骨法同好会だけの戦力では、あまりにも頼りない。俺が期待しているのは、骨法同好会だけではなく、これまで冷や飯を食わされていた部やサークルだ。具体的に言うと、バレーボール部とか、オカ研とかな」

 すこしづつ、山本の野望の一端が見えてきた模様。結構大それた事を考えてますね。


>(アホの定岡でも、疑問を持つことができるんだな。こいつは新しい発見だ。……質問自体は、さすがアホの定岡の聞くことだ、と思わざるを得ないけどな)

 読者にとってはこういう人は貴重だったりしますが(笑)。


>「……つまり、俺たちに圧力をかけるための道具として、骨法同好会の人間を使うと?」

 あるいは粛清要員でしょうか。古来から独裁者を志す人間は子飼いの戦力を必ず持つものです。


>彼は〈オジロワシ〉のことは蔑称では呼ばない。

 こういう人は手ごわいです。苦労させられているようですが(笑)。


 明らかになっていく山本の危険な動きと、それに対するスパイ研内の権力闘争。このまま山本が抜け出すような事があれば、オジロワシにとっても最強の敵となるのでしょうが、さてどうなりますか……


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