オジロワシ血風録

  
第二章  リアルバウト・フットボーラー



7.Mision Uncomplete



 五月三一日、午後九時。学生の多くは早々と帰宅し、学園内に残っているのは大学の職員か、夜遅くまで残って部活動を行っている学生、そして――神崎礼が率いる〈オジロワシ〉行動隊だけになっていた。
 作戦案はすでに各小隊長に伝達してある。梶川を発見したら、まず2番隊のスナイパーが狙撃を行い足を止めて、その後1、4番隊から抽出した戦力で間髪を入れずに一気に拘束する。狙撃が不調に終わるようなら、1番隊の支援射撃下で4番隊の一個小隊のみが突撃する。この作戦案はすでに各小隊長に話してはいるが、礼は案に欠点がないのかどうかを検証していた。
(一応穴はないと思うけど、実際の戦場だと何が起こるかわからない。ダメだったときに備えて、イメージトレーニングでもしておこうかしら?)
 礼は先日の戦闘の失敗を繰り返すつもりはなかった。もちろん梶川を『狩る』ことについての葛藤はあるが、とりあえず今はそれを考えないようにする。彼女は指揮官なのだ。個人的な葛藤で任務を失敗させることはできない。それに、彼女の精神的動揺は部下にも波及する。自分で作戦を失敗させる要素を作り出してしまっては、なんの意味もない。
「将軍、こちら姐御、そちらの状況知らせ」
 北門へ通じる通路沿いの植え込みに身を潜めている礼は、無線のマイクに向かって小声で問いかけた。すでに彼女は、ナイトパターンのBDUを着込み、準備を整えている。
『……こちら将軍、付近に人影なし。作戦実行に問題なし。どうぞ』
 しばらくの空電の後、2番隊第二小隊長・『将軍』石崎哲平が答えた。礼や猿渡のような派手な戦果はないが、堅実な指揮ぶりは榊原にも認められている。
「了解。警戒を怠らないように」
 そう言い含めて、礼は植え込みの影から身を乗り出して、あたりの様子を探った。今までつけていた暗視ゴーグルをはずす。三、四回まばたきをして、それから目の周りを軽く右手でもんだ。そして無線の周波数を変えて、彼女が直率している1番隊第一小隊の部下に対して話しかけた。
「こちら姐御。全員、まだ梶川は来ないけど、警戒は続けるように。テンションは上げておいてね」
 そして、今まで身を潜めていた植え込みへと隠れる。その間にも無線を通じて、部下から報告が入る。今のところ異常はないようだ。
 しかし礼は不安を感じていた。
(おかしいわ。こんなに遅くなるはずがない)
 すでにラグビー部の活動は終わっている。この襲撃にラグビー部員の佐伯が参加しているのだから、その点については間違いが無い。しかし、梶川はまだ来ない。
 礼は妙な胸騒ぎを覚えて、今度は植え込みの影から様子をうかがった。辺りは暗く、様子がよくわからない。礼は溜息を吐くと、元のブッシュに戻った。まだ誰からも『梶川発見』という報告があがってこない。梶川はいないのか、いたとしても視界の外にいるのか。それすらもわからない。
 暗視ゴーグルの数をそろえて、より広い範囲を同時に見張るようにしたほうがいい。暗がりを見つめながら、礼は次の隊長級会議でこのことを提案する気持ちを固めた。
『こちら行者。人影発見。一人の様子』
 加納から連絡があった。加納はこの前の作戦に参加しているので、本来ならこの作戦には出られない。しかし、彼は礼に直訴して、この作戦に参加していた。礼が加納の直訴を認めたのは、加納の接近戦能力と、敵味方を即座に識別する鋭い視力を買ったからだ。当然彼には、暗視ゴーグルが与えられている。
 礼はまた周波数を変えて、加納に直接話しかけた。
「姐御より行者、その人影の周囲に、他の人影はないか?」
『……見あたらない』
 先程より長い間の後、加納はそう言ってきた。
 礼は、決断を下した。原案どおりで行こう。
 礼は加納にその人影が梶川であるか確認するように指示すると、今度は全員に向かって、
「姐御より総員。変声器着用。戦闘準備」
 と短く命じた。そして自らも、フェイスマスクの口の部分にマッチ箱大の変声器をつけた。
 しばらくの間、物音一つしない闇の中で、礼は加納の報告を待った。
 礼は、自分が落ち着いていることを自覚して、思わず苦笑した。まだ入隊して間もないころは、作戦開始を待っている間は過剰に緊張していたものだが、今ではそれほどでもなくなってきている。慣れっていうのはすごいと、礼はふと思った。
『こちら行者。目標を確認。梶川です。間違いなし』
 無線機から、変声器を通しているために、別人のように声が低くなった加納からの報告が入った。
「こちら姐御。了解した。行者は原隊に復帰せよ」
 礼は加納に命令する。今の状況をおさらいする。敵は一人、伏撃は十分に可能、突風が吹くような天気でもない。原案通りに進めても、何の問題もないだろう。
 そうこうするうちに、礼の視界に人影が入った。加納の報告と方角はあっている。あれが梶川だろう。礼は作戦発動を決断した。
「将軍、ビール、原案通りで行く。状況始め」
 礼はこれまた別人のように高くなった声で、石崎と佐伯に戦闘開始を命じた。そして彼女は、周囲に人影がないことを確かめて、八九式カスタムを構えた。そのころには、彼女も人影を視認していた。
 礼が見ている前で、突然梶川が肩を押さえて、その場にうずくまった。2番隊のスナイパーの弾が当たったようだ。
「姐御より総員。1、4番隊は目標を確保せよ。2番隊は周囲の警戒にあたれ」
 そう命じると、礼は引き金から指を離して、銃を背中に回し、植え込みから出て梶川へと走り寄った。その間にも、2番隊員が放っていると思われるBB弾が梶川の体に命中する。
 礼が梶川の元へと駆けつけたときには、梶川の周囲を〈オジロワシ〉の隊員が囲んで逃げられないようにしていた。
「梶川拓真だな?」
 礼は変声器を調節して低い声にすると、梶川に向かって問いかけた。
「法学部二年、梶川拓真。ラグビー部とアメフト部との対立を煽り、学園内部を混乱させようとした容疑により逮捕する」
 そう聞かされた梶川は、礼を見あげた。
「何のことだ?」
「とぼけるな!」
 隊員の一人が怒鳴りつけるやいなや、梶川の腕を取って逆向きに捻りあげた。梶川は苦痛に顔を歪める。
「証拠はある。なんだったら、電話を傍受した記録を聞かせようか?」
 礼はBDUの胸ポケットから、MDを取り出した。そして、ひらひらと梶川の目の前で振ってみせた。
 これはブラフだった。このMDは空のMDである。
 通信電波の傍受は決して違法ではない。しかし、それを録音し利用するのは盗聴になり、犯罪となる。石川は情報を得るための努力は惜しまない人間だが、犯罪行為に手を染めることは(よほど他に手段がない場合以外は)許可していない。
 それに、いくら〈オジロワシ〉といえども、学生のかける電話の全てを傍受しているわけではない。それをやろうとすれば、一日二四時間態勢で傍受しなければならず、予算も、必要とされる人数も、莫大なものとなる。とてもではないが、学生である〈オジロワシ〉隊員にできることではない。
 ただ、梶川が最近頻繁に携帯を使って、電話をかけていることはわかっていた。その端末がどこから流れてきたのかも後藤らが掴んでいた。その携帯はプリペイド式で、スパイ研会員が入手してきたものが、梶川に貸与されたのだ。
 礼の言葉を聞いて、梶川は観念したようにうなだれた。礼は周りの隊員に梶川を秘密部屋に送るように命じて、無線で2番隊隊員に解散するように言った。
(番長の思い過ごしだったようね)
 礼は秘密部屋へ戻る途中で思った。
(ただ、これにはS研の上層部は絡んでない。おそらく、この男の独断。目的は、自分の力を上層部に認めさせ、S研内での地位を確立するため。
 ま、どう転んでも、梶川の除籍処分は回避できないわね)
 礼は、これまでの経験から、今回の事件の背景を推理していた。

 石川と猿渡が、いつもは石川だけが詰めている隠し部屋に連行された梶川を尋問しようとしていたところ、秘密部屋に通じるドアがノックされた。誰かと思いつつ石川がドアを開けると、榊原が立っていた。手に茶封筒を持っている。
「司令……」
 石川は驚いて立ちすくんだ。猿渡も、ギョッとした表情になっている。司令が尋問に同席するということは、これまでに例がなかったのだから、石川が硬直してしまうのも仕方がないだろう。
 榊原は呆然として立っている石川と猿渡を無視して、室内に入ってきた。そして、椅子に座らされている梶川の隣をすり抜けると、窓際にもたれかかり、冷たい目で梶川を見た。
「俺に構うな。始めろ」
 榊原の言葉で呪縛が解けたように、石川が梶川の前に立つ。そして、
「さぁ、洗いざらいしゃべってもらおうか」
 と胸倉を掴んだ。いつもの彼らしくないほど狼狽しているのが、そばで見ていた猿渡にはわかった。司令に見られているとわかって緊張しているらしい。
 梶川は諦めきっていて、全てを自供した。今度の件はスパイ研会長に命じられたものではなく、自分の独断で行ったこと。目的がスパイ研内部での自分の地位を確立するためであること。スパイ研の上層部――会長の関だけではなく、外事局長の山本、作戦局長の柳澤にさえも、この計画は危険な割に効果が認められないと反対されたこと。
 すべて石川の、礼の予想どおりだった。
 ただし、一つだけ聞き捨てならない情報があった。ラグビー部に対する工作は順調に進捗しており、何かのきっかけさえあればラグビー部が暴発しかねない。この点だけは、梶川は若干誇らしげに語った。……直後に石川と猿渡にものすごい形相で睨まれ、あっという間に萎縮してしまったが。
「ご苦労」
 尋問が終わって、榊原は体を起こして石川をねぎらうと、石川に手に持っていた茶封筒を渡した。封筒には湘洋学園大学の校章と校名が印刷されていた。そして、ジャケットの胸ポケットから学園規則手帳を取り出した。
「学園規則第三六条第二項にこうある。『学園内で騒擾行為を企んだ者は、理事長の権限で無期停学、もしくは退学、除籍処分とする』とな。理事長から通知が来たぜ。貴様は除籍だ」
 榊原が手帳を見ながら冷たく言い、石川に向けて顎をしゃくった。石川はそれを受けて、学園名が印刷された茶封筒を差し出した。梶川が恐る恐る封筒を開くと、中から一枚の紙が出てきた。そこには梶川を除籍処分にすることを味も素気もない活字で書いてあり、末尾に理事長の署名と印があった。その素気なさが、かえって無言の意志を示していた。
「いやだ! 除籍だなんて、いやだ!」
 梶川は書面を握りつぶすと、激しく首を振った。そして、すがるような目で榊原を見て、
「頼む。俺を仲間に入れてくれ。これでもスパイ研の実情は知ってるつもりだ。二重スパイになってもいい。だから、だから除籍にはしないでくれ!」
 しかし、榊原は冷たい目で梶原を見ると、
「一応、考えておこう」
 と、応じた。しかしそのすぐあとで、
「ただ、爆弾は抱え込みたくない。使えない二重スパイは、かえってこちらを危機に陥れる。そんなのは御免だ」
 と冷たく言い放った。暗に梶川を無能と非難している。梶川の希望は容れられそうになかった。
 絶望に打ちひしがれている梶川を残して、榊原が隠し部屋から出ていった。それからしばらくしてから石川と猿渡が隠し部屋から去っていった。秘密部屋の入口には、二年生の隊員が二人立哨していた。完全武装で、「立て銃」の状態でドアの両端に立っている。
「俺の許可がない限り、誰も通すなよ」
「ヤツがおかしなことをしでかさないように、この扉は開けておけ」
「了解しました」
 石川と猿渡に命じられた行動隊員は、「立て銃」の姿勢のままで敬礼した。

「姐御の予想通りだったよ」
 猿渡は尋問から帰ってくると、秘密部屋でコーヒーを飲みながら待っていた礼に言った。帰還してきたときに、礼は自分の予想を彼に告げていた。
「どうしてわかったんだ?」
「勘よ、勘」
 礼は軽く笑った。
「この仕事を二年もやってると、少しは物事が見えてくるわ」
 礼はコーヒーを一口すすった。インスタントではない。〈オジロワシ〉きってのコーヒー党、榊原自らが豆を煎ってそれを挽き、サイフォンでいれたコーヒーだった。苦味よりも酸味を感じるが、不快なほどではなかった。ちなみに榊原は、コーヒーを煎れ終わると、そそくさと帰っていった。
「今回の事件は、S研がらみの事件にしては余りにも杜撰なもの。計画は練り上げられてないし、関係者があの梶川だけっていうのも不自然だわ。
 何より、工作の対象がラグビー部だけっていうのが決定的ね。事前に綿密な計画を立てているなら、複数のエージェントを使って同時に工作を実施するのが当たり前なのに、片方にしか工作を行ってないなんておかしいじゃない」
「それで、梶川の暴走だと結論づけたわけか」
 石川は感心して、口笛を吹いた。
「姐御は猪突猛進だけが取り柄だと思っていたけど、案外知恵の回る人間だったんだなぁ」
「……それ、褒めてるの?」
「もちろん」
 礼の責める視線を、猿渡は平然と受け流した。
「頭の悪い人間に、部下を預けるような真似はしないさ」
 石川は礼を弁護した。
「ただ猛進するならバカでもできる。だが、状況を的確に把握し、部下をちゃんと掌握して、冷静な判断を下せないと、とてもじゃないけど番隊隊長にはなれないって。その点では、番長、お前も頭がいいってことだな」
「俺はテストの点は悪いぞ」
「……ああもう、そういうことを言ってるんじゃないってのに」
 石川が顔をしかめた。せっかく褒めているのに、猿渡はそれに気付いているのか、いないのか。
「そういえば、ラグビー部とアメフト部の手打ち式はどうするの?」
 礼が話題を変えた。
「さて、どうだろうね」
 石川が溜め息を吐きながら、肩をすくめた。
「司令に提出したレポートには案をいくつか書いておいたが、机上の空論も何個かある。何より、司令がどう考えるかさっぱりわからない」
「教授としては、どうしたいんだ?」
 猿渡の問いに、石川は肩をすくめてみせた。
「触らぬ神に祟りなし。何か問題を起こすまで、傍観する事を勧めるよ」
 それを聞いて、礼と猿渡は顔を見合わせて溜息を吐いた。その溜息が安堵の溜息なのか、落胆の溜息なのか、当人以外にはわからないだろう。
「それにしても、梶川のあの台詞が気になるな……」
「え? どんな台詞?」
 礼の質問に、石川は梶川の供述内容を簡単に説明した。
「なんか不気味ね……」
「ああ。時限爆弾抱えてるようなもんだからな」
 礼が眉をひそめ、石川は頭を抱えて嘆息する。
「爆発が一日でも遅いことを祈るしかないな」
「祈るだけじゃダメだ。カウンターで工作しかけてみるかな。司令の許可がいるけど」
「別班を使うの?」
「ああ。たぶん司令は許可しないと思うけど、一応意見具申だけはしてみる。
 ……そうだ。ラグビー部が敵に回った後のことも考えないとな」
「おいおい、ラグビー部を敵に回すのか?」
 石川の言葉に、猿渡が顔をしかめた。体育会系部活の中でも、ラグビー部は規模が大きい方に属する部活で、部員数は六〇人を超える。〈オジロワシ〉の敵に回ると、相当に厄介である。
「勘違いするな。俺だって、好きこのんで敵を増やしたくねぇよ」
 石川は頭を抱えたまま答えた。
「ただ、常に最悪の状況を考えていた方が、対処しやすいからな」
「そうね。気を引き締めておくのは、悪くないと思うわ」
 礼も石川に同調する。
 三人がそんな会話を続けていると、突然ドアがノックされた。〈オジロワシ〉隊員にしか知らされていないノックのリズムだった。石川が出ると、大川が立っていた。
「おう、与作。なんだ、一体?」
「なんだじゃねぇよ。事件は解決したんだ。打ち上げに行かねぇのかよ?」
 大川は心外そうに言った。
「ああ、そうだったな」
 石川は始めて気がついたというような口調で言った。
 〈オジロワシ〉では、一つの事件を処理し終わると、打ち上げと称して、参加した隊員が集まって、簡単な宴会を行なう。だいたいは居酒屋で飲んで、カラオケに行って、それでも遊び足りないものは方々へ行って遊ぶ、というのがパターンだった。
「でも、酒もタバコもやらないお前さんから打ち上げに誘われるなんて、明日は雨でも降るんじゃないか?」
 石川はからかった。ヘビースモーカーでなおかつ酒豪という石川にとって、大川のように酒もタバコもたしなまない人間というものは理解の埒外にある。
「酒を飲まなくても宴会はできる。飲みたい奴だけ飲めばいい。俺はアルコール抜きでも酔っぱらってやるよ」
 大川は朗らかに笑った。
 礼も猿渡も、苦笑しながら席を立った。この様子では、また明け方までどんちゃん騒ぎが続きそうだ。別に宴会は嫌いだというわけではないが、明日の講義に差し支えないか、少し不安だった。

 居酒屋での酒宴を終えて、各人は思い思い散っていった。猿渡と何人かの2番隊隊員はまだ飲み足りないらしく、居酒屋のカウンターに席を移していた。唯一酒を飲まなかった大川は自分の車で酔いつぶれた隊員を送っていった。
 そして、石川と礼、そして1番隊の隊員の数名は、湘洋市駅前のカラオケボックスに入った。運良く一〇人入りの部屋が空いており、そこへ全員がなだれ込んだ。
「じゃあ、まずは私から」
 礼は全員が腰を下ろしたのを確認すると、リモコンを取って曲の番号を入力した。程無くして、礼の好きなロックバンドの曲の激しいイントロが流れ出す。礼の声は、その曲によくマッチしていた。
 続けて三人ほどが歌ったあとで、
「このへんで、信光さんの歌を聞きたいな」
 と礼が言った。
「そうか。じゃあ、アレをいこうか」
 石川はマイクを持つと、曲のリストを見ずに番号を入力した。
 とたんに隊員がざわめく。石川といえば〈オジロワシ〉の中でも堅物で通っている。趣味について話をしたことがないし、遊びなどには詳しくないと思われている石川が、カラオケに行くことがあるとは思わなかったのだ。
「持ち歌が一つしかないっていうのは、こういうときに楽だな」
 石川はそう言って、笑った。やがてイントロが流れ始める。
「あ、これ……」
 隊員の一人が呟いた。
 石川の持ち歌は、かつてハリウッドで一斉を風靡した女優をイギリス人のシンガーが歌にしたもので、イギリスの皇太子妃が事故で死んだときに、歌詞の一部をアレンジして再販された曲である。石川はこの曲のオリジナル版が好きで、カラオケに行くと好んで歌う。
 石川は静かな声で歌い始めた。少し癖のある声だったが、聞き取れないほどではない。英語の発音も完璧に近い。
 期せずして、複数の隊員の口から、感嘆のうめき声が漏れた。石川がここまで歌えるとは誰も予想していなかった。選んだ曲も、物静かな石川らしい歌だった。
「信光さん、レパートリー、増やしたら?」
 礼が石川のほうを向いて言った。彼女は一年のころ、石川とのデートでこの曲を聞き、そのうまさに驚いたことがある。
「そうしようかな。曲を見繕ってくれないか?」
 石川は礼に向かって微笑んだ。
「じゃあ、これなんてどうかな?」
「うーん、俺のキャラに合わないだろ、これは」
 二人は談笑しながら曲を選んでいく。その様子を見た1番隊隊員――全員が男、しかも彼女無し――は、
(俺にもあんな彼女がほしい……)
 と思ったという。


管理人のコメント


 いよいよ、元凶である梶川への襲撃作戦が決行されます。

>「法学部二年、梶川拓真。ラグビー部とアメフト部との対立を煽り、学園内部を混乱させようとした容疑により逮捕する」

 なんか、やっぱり学生らしくない厳しさが良いですね(笑)。


>一日二四時間態勢で傍受しなければならず、予算も、必要とされる人数も、莫大なものとなる。とてもではないが、学生である〈オジロワシ〉隊員にできることではない。

 普段の活動だけでも、十分学生離れしているような気もしますが、まぁこれで全部傍受までしていたら逆に怖いですね。


>「ただ猛進するならバカでもできる。だが、状況を的確に把握し、部下をちゃんと掌握して、冷静な判断を下せないと、とてもじゃないけど番隊隊長にはなれないって。その点では、番長、お前も頭がいいってことだな」
>「俺はテストの点は悪いぞ」

 お約束な受け答えに笑いました。


>「でも、酒もタバコもやらないお前さんから打ち上げに誘われるなんて、明日は雨でも降るんじゃないか?」
>「酒を飲まなくても宴会はできる。飲みたい奴だけ飲めばいい。俺はアルコール抜きでも酔っぱらってやるよ」

 こういう付き合いの良い人は貴重です。実は作者の片岡さんが……(笑)


>(俺にもあんな彼女がほしい……)

 魂の叫びですねぇ(笑)。

 梶川は倒したものの、まだ事件は尾を引く様子。はたしてどんな風にケリがつくのでしょうか?


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