オジロワシ血風録

  
第二章  リアルバウト・フットボーラー



3.取材



 五限の講義が終わってから、後藤はサークル棟の一階にある報道部の部室に行った。来週の月曜日に発行される学内新聞の記事の草稿を書くためだ。
 後藤が今担当しているのは、ラグビー部に関しての記事だった。『湘洋ラグビー部はなぜ強いか?』という見出しで書くことが決定している。これまでに書き溜めたメモをまとめて、ワープロで草稿を書き上げる。
 彼は運が良かった。ちょうど〈オジロワシ〉の仕事もラグビー部が関係しているものだ。少し込み入った話を聞いても、「取材で使うんだ」と言い訳ができる。
 しばらくして草稿が仕上がった。味も素気もない、面白みに欠ける文章だ。この文章の内容を変えないで、いかに『面白く』味付けするか、後藤の腕の見せ所だった。とはいえ、本当は後藤はこの作業が好きではない。『事実をそのまま読者に伝える。判断は読者に任せる。』というジャーナリズムの根源にもとる行為だからだ。
「さてと、草稿はできたな。……『味付け』はやりたかねぇけど、やらねぇとボツになるし、文句言われるしな」
 後藤は両手の指を屈伸させながら、ワープロの画面に映っている文章を見つめた。指を屈伸させるのは、文章を練るときの後藤の癖だった。
 後藤がワープロのキーを叩き始めてしばらく経ったとき、コンコンと部室のドアがノックされた。近くにいた一年生部員がドアを開けると、そこには太田が立っていた。
「ラグビー部の太田だ。後藤はいるかい?」
 太田は言った。応対に出た一年生はちょっと待って下さいというと、後藤を大声で呼んだ。
「おお、太田。ちょっと待ってくれ。今行くから」
 後藤は書き始めたばかりの本原稿をディスクにセーブすると、画面上の文書を消去し、電源を落とした。
 後藤のワープロにはレジューム機能がついており、電源を落としても文章は残るようになっている。後藤だけに限ったことではなく、ほとんどの報道部員は書きかけの文章が他人に盗まれないように、このような用心をしている。
 ワープロの電源を落とし、草稿などをおさめたディスクをケースに収めてカバンの中にしまうと、ジャケットをはおりながら、
「じゃあ、一足先に上がります」
 と学内新聞編集長の沢田に声をかけてから部室を出た。取材で早く帰るということは、最初に部室に来たときに言ってあるので、文句は出なかった。じゃあなと挨拶する後藤に、お疲れさまという声がいくつもかけられる。
 部室を出ると、大田の隣に並んで歩き出す。
「しかし、お前から飲みに誘うなんてなんて、どういう風の吹き回しだ? いつも金がねぇって文句言ってるくせに」
 廊下を歩きながら、太田がたずねる。
「文句言ったり、嘆くだけならバカでもできる。さんざん嘆いたあとで、万年金欠病を克服するために、俺だっていろいろ手を打ったのさ」
 後藤はいたずらっぽく笑った。
「今回に関しては取材費も出るし、それにちょっといいバイトをやっててな。その給料が出たんで、パァーッと使おうと思ってね」
 後藤は笑いながら答える。間違っても、「〈オジロワシ〉から機密費をもらった」などとは言えない。
「何のバイトだよ? ホストでもやってるのか?」
「アホ。俺のこの面で、この性格で、ホストなんかできるわけないだろ」
 後藤は笑いながら否定した。
「工事現場での夜間の肉体労働さ。驚くなよ、時給一二〇〇円だぜ」
 後藤はもっともらしく嘘をついた。もっとも、本当のような嘘をつくのは、報道部員の第二の天性と言ってもいいのだが。
「へえ。そいつはいいな。俺にも紹介してくれよ」
 後藤の言った嘘の時給を聞いて、太田は目を輝かせて頼んだ。太田も後藤ほど重症ではないが、金欠病患者である。
「残念だな。しばらくバイトの募集はないってよ。俺が辞めたら空きができるかもしれないけど、当分辞めるつもりはないね。こんなおいしいバイト、そう簡単に辞められるわけないだろ。っていうかお前、部活はどうするんだよ?」
 後藤は軽くいなした。内心では焦っている。話題を早急に変える必要があった。嘘で固めた話は、ちょっとした矛盾から崩れかねない。太田にその「矛盾」を気付かれないように、後藤は強引に話題を変えた。
「ところで後藤、もうじきテストだけど、大丈夫か?」
「……それだけは聞かれたくなかった」
 太田は渋面をつくった。後藤の企みは成功した

 二人は連れだって内庭に出た。すでに空には大きな月が出ていた。
「北門から出ようぜ」
 後藤はそう言って、前に立って歩き出した。
「お前、バイクはどうするんだ?」
「明日取りに行くよ」
 後藤はバイク通学をしている。しかし、これから酒を飲むというのに、バイクで行動するのはさすがにまずい。後藤たちは、駐輪場に通じる東門ではなく、バスターミナルのある北門へ向かった。
 茅ヶ崎駅行きのバスを待ちながら、後藤たちは雑談をした。
「どうだい、今度の関東大学対抗、勝てそうかい?」
「うーん、相変わらず関東学院と明治、早稲田は強いからなぁ。慶應のフォワード陣も一頃の強さを取り戻しつつあるし、ちょっと厳しいかも」 
 太田は唸りながらそう言った。
「おい、嘘でもいいから、『優勝はいただきだぜ』って言ってくれよ。そうすれば新聞に、『湘洋ラグビー部に死角なし!』って、でっかく書いてやるのに」
「お前なぁ、うちの新聞にそう書かれても、信じるヤツなんていないって」
 太田は弾けるように笑った。
「うちの新聞は、東○ポや日刊ゲン○イ並みの信頼性しか無いって評判なんだぜ」
「あ、その言い方、傷つくなぁ。俺たちはちょっと話を膨らませて書いてるだけなのに」
 後藤がむくれた。演技のはずなのだが、少し、いやかなり本心が混じっている。
「その『ちょっと』が曲者なんじゃねぇか」
 太田はますます大声で笑った。
「まぁ、いいや。その話は飲みながらじっくりとしようぜ」
 後藤は顔をしかめていた。これはさすがに演技ではなかった。自分も関わっている新聞をここまで悪し様に言われて、それでも笑っていられるほど、後藤は寛容ではないし、報道部に愛想を尽かしているわけではないのだ。
「ところでさ、ちょっと気になる噂を聞いたんだけど」
 後藤は強引に話題を変えた。ここからが本当に知りたいことだ。
「噂? どんなのだ?」
「なんでも、ラグビー部とアメフト部が一触即発の状態にある、っていうんだ。全面戦争一歩手前だっていうんだけど。お前らとアメフト部の仲が悪いっていったって、いくらなんでも、これは嘘だよな?」
「……」
 太田は黙り込んだ。深刻な表情になって目をそらした。先程の爆笑が嘘のようだ。
「……もしかして、本当なのか?」
 後藤は驚いたように言った。もちろん、これも演技だ。
「……その話、後にしようぜ。飲みながら話してやるよ」
「わかった。じゃあ、これ以上はここでは聞かない」
 後藤はとりあえずその場を取り繕った。そのとき、ちょうどいいタイミングでバスが来た。二人は無言のままバスに乗り、空いていた座席に座った。
(教授から聞いた噂、本当だったのか)
 後藤はバスに揺られながら、頭の中にこの情報を入れた。
(太田から詳しく話を聞いて、そっくりそのまま教授に知らせないといけないな)
 後藤は決意を固めた。

 茅ヶ崎駅で降りた後藤たちは、そのまま駅の南側にある「飲み屋横町」と称されている通りへ向かった。
「メシ、まだなんだろ。何、食う?」
 と後藤はバスを降りて初めての言葉をかけた。
「焼肉がいいな。カルビとタン塩を、思う存分食いたい」
 太田は快活に答えた。バスターミナルでの重苦しい沈黙が嘘のようだった。
「よし、わかった。うまい焼肉屋を知ってるんだ。そこに行こう」
 後藤も明るい声で応じた。
 以前、報道部の取材で「飲み屋横町」の全店・全メニューを制覇したことがある後藤は、どの店の何がおいしいのか、すべて把握していた。
 その取材が終わった後、彼の体重は激増し、元に戻すのに涙ぐましい努力をしなくてはならなかったが……

 一〇分後、二人の姿は、焼肉屋「豊笠亭」の奥座敷にあった。肉を焼き、ビールを飲みながら、二人は談笑していた。
「どうだい、フォワード陣は? 他の大学と比べて、何か気付く点はないかい?」
 後藤はメモを取りながらたずねた。酔いつぶれる前に、何としても取材はしておかねばならない。〈オジロワシ〉の『仕事』も大事だが、かといって、部の仕事もおろそかにはできないし、したくもない。
「そうだな……」
 太田はよく焼けたカルビを口に運び、よくかみしめながら、何かを思い出すそぶりをしていた。
「俺も含めてだけど、うちのフォワードはスクラムやモールでは強い。キックの精度もかなりいい感じだ。けど、足がなぁ、ちょっと遅くてよ、突破力や展開力が売りのチーム相手だと走り負けちまう」
 太田はカルビを口に運びながら、質問に答える。
「これはフォワードだけじゃなくて、バックスにも言えることなんだ。いや、バックスの脚が遅いっていうほうが致命的かもしれない。トライを狙えないってことだからな。唯一走り負けない人っていえば、スタンドオフの佐伯さんくらいだろうな。あとはもう、ほとんど絶望的だよ」
 太田が出した佐伯という名前は、後藤もよく知っていた。何しろ彼は〈オジロワシ〉の隊員なのだから。
 ラグビー部副キャプテンの佐伯幸平は〈オジロワシ〉行動隊3番隊の第二小隊長で、隊内でも俊足と独特の統率方法で知られている。今頃は石川の事情聴取を受けているだろう。
「ちょっと待てよ。じゃあ、何か? 一度ラインを突破されたら、早めのチェックで数的優位に持ち込んでつぶさないと、独走を食らってトライを決められるってことか?」
 後藤はあわてたようにたずねた。
「残念だが、そうなるな」
 その言葉を聞き、後藤は困ったように顔をしかめた。心の中で「おいおい」と呟く。これではとてもではないが、『湘洋ラグビー部に死角なし!』という論調の記事など書けない。
「なあ、明るい材料はないのか?」
「とは言ってもなぁ、いくらキックで点が取れても、トライを取られる危険性がでかいってのはなぁ……」
 太田は考え込んだ。後藤はビールを太田に注ぎながら、すがるような目で彼を見た。しかし太田の様子を見ている限りでは、希望はなさそうだった。
(やっぱり、記事を『面白く』編集するしかないのか)
 太田がすっかり黙り込んでしまったのを見て、後藤は覚悟を決めた。できればこれは最後の手段にしたかったが、楽観できる情報が入ってこない以上、彼の独断で記事を『面白く』するしかない。
 そう決めてしまうと、気が楽になる。後藤は残っていたビールを一口で空けると、
「まあいいや。この話はここまでにしよう」
 と明るく言った。
「ところで、さっき言ったことなんだけど」
「何のことだ?」
「ほら、バスターミナルで話した、ラグビー部とアメフト部の確執の話だよ」
「ああ、あれか……話してもいいけど、この話は新聞には書くなよ」
「俺の記者生命にかけて、約束しよう」
 後藤の返事に、太田は焼けたカルビ肉を口に運ぶと、ビールを一口飲んだ。肉を咀嚼して飲み込むと、太田は口を開いた。
「元から、俺たちと連中は仲が良くなかったんだけどな、最近になってさらに悪化してよ。先週、アメフトの連中が俺たちの新入部員に因縁を付けて、フクロにしたのがきっかけだよ」
 ここでまたビールを一口飲む。半分近くが空いたコップに、後藤は気を利かせてビールを注いでやった。太田はありがとうと応じた。
「ただ、そんなことは今までに数え切れないくらいあったし、俺たちも全面的にアメフトの連中とコトを構えようとは思ってなかったんだけど、梶川が妙に煽るんだよ。それでキャプテン以下、お偉いさんたちは、アメフト部と決着をつけようって思い始めたらしい。ああ、でも、佐伯さんはそんなこと言ってなかったっけ」
「梶川? 誰だ、それ?」
 後藤は、聞いたことのない人名に顔を曇らせた。半年前の取材のときには、そんな人間はいなかったはずだ。
「今年入った、二年の新入部員だよ」
 太田が答えた。
「八方美人で、いけ好かないヤツさ。レギュラーを取ろうって考えてるのかどうか知らんが、とにかくキャプテンにお世辞を言うんだ。キャプテンもそれを喜んで聞くから、困ったもんだよ。そのくせ、走っても遅いし、運動量は壊滅的にないし、スクラムやラインアウトの時にどこにいればいいのかすら把握していないヤツなんだぜ? あんなヤツ、まかり間違ってもレギュラーになんてなれねぇよ。
 それでいて、俺たちにはまるで見下すように話すんで、ほとんどの部員から嫌われてる。今度の騒ぎも、あいつがつくったようなもんだ」
「ひでぇな、そりゃ」
 後藤は顔をしかめた。これは演技ではない。梶川という男がチームの和を乱す人間だということがよくわかったのだ。そして後藤はそのような人間を嫌っている。
「そいつのフルネームは?」
 後藤は追及した。記事にしないと言ったのでメモはとれないが、肝心なことは頭の中におさめておく。
「梶川拓真。開拓の拓に、真実の真だ。何かと存在感のある奴だからな。よく覚えてるぜ」
「梶川拓真、ね。わかった。」
 後藤はその名前を記憶した。すぐにでも石川に電話したいところだが、名前を聞いてすぐ席を立つというのは、余りにも不自然だ。しばらく雑談をするしかあるまい。
「それにしても、梶川って奴、許せんな。俺が新聞で糾弾してやる」
「いや、新聞に載せるのはやめてくれ。部の恥をさらしたくないんだ」
 太田は手を合わせた。確かに、部の恥をさらすことになるのを避けたいというのは、後藤にもよくわかる。
「まぁ、お前がそう言うなら……」
 後藤は渋々といった感じで、自分の言葉を撤回した。気を取り直して、ジョッキを傾ける。ジョッキの中身を半分ほど残して一息ついた。
「しかし、ラグビー部も大変だな。そんな騒ぎに巻き込まれて。
 その点、報道部はいいぜ。騒ぎに巻き込まれるようなことはないからな」
「お前さんたちが巻き込まれることはないだろうさ。なにせ、お前たちがその騒ぎをつくってるんだからな」
 太田が冗談めかしていった言葉に、後藤は反応した。顔から笑いが消え、目が細くすぼまる。
「てめぇ!」
 後藤は太田の頭を、空のままテーブル上に放置されていたジョッキで殴った。アルコールの勢いも手伝っていたのかもしれないが、たとえ冗談ではあっても、自分の所属する部を貶されたのだ。怒るのは当然だろう。
「痛ぇ……何すんだよ!?」
「うるせぇ! テメェ、報道部を侮辱したな! 俺が報道部員だってわかった上で侮辱しやがって! 俺が持ってるジョッキで殴られないだけ、ありがたく思え!」
 後藤の持っているジョッキには、まだ半分以上ビールが残っている。
 後藤は目つきを険しくして、
「気が変わった。ここはテメェが払えよ」
 と言った。演技ではない。後藤は本当にそう思っていた。たとえ報道部についてよろしくない噂が流れていようとも、たとえその噂が八割方真実であろうとも、後藤は報道部員であること、ジャーナリストの端くれであることを誇りに思っていた。世界を股にかけるジャーナリストになり、ピューリッツァー賞をとることは、中学で新聞部に入って以来の夢だった。
 だが、太田からかけられた言葉はその誇りを傷つけるものだった。誇りを傷つける人間に対して寛容にふるまえるほど、後藤は懐の大きい人間ではない。
「ちょ、ちょっと待て。俺はお前がおごるって言うから、ここに来たんだぞ。今更それはないだろう?」
 後藤の言葉に、太田は慌てた。
「黙れ、このハゲ! 余計なことを言ったテメェが悪い。そんなことを言わなけりゃ、気分良くおごってやったのによ!」
 後藤は不機嫌そうにビールを飲んだ。
「ハゲだと? 俺はハゲじゃねぇ! ただ髪を短くしてるだけだ!」
「はん! その割にはずいぶんとデコが広いな、おい? 今から一〇年後にはてっぺんまでハゲてんじゃねぇのか、このデコ助が!」
 後藤は一気にビールをあおると、ジョッキを勢いよくテーブルに叩きつけた。
「俺が報道部員だからって、舐めた口きいてんじゃねぇぞ、このクソ野郎」
 殺気を込めた目で、後藤は太田をにらみつけた。そして、
「おばちゃん、上ロースと上カルビ三人前ずつ! 払いはこちらさんね!」
 と奥に向けて怒鳴った。指は太田に突きつけられている。
「ま、待て、おい!」
 太田はうろたえて、大声を出した。客も従業員も、店中の人間が、何事かと太田に注目する。
「……わかった。俺が悪かったよ。さっきの言葉は取り消すよ。だから、頭割りの件は勘弁してくれよ!」
 店中の人間が寄せてくる好奇の視線に耐えきれず、太田は頭を下げた。それを見た後藤は、気分良さそうに笑って、
「始めからそう言えばいいんだよ あ、おばちゃん、さっきの上ロースと上カルビ、やっぱ勘定は一緒にしてよ!」
 と言い、ポンポンと太田の肩を叩いた。
「おっ、石焼きビビンパがあるぞ。締めはこれにしよっと。お前もどうだ? 俺、これが好きなんだよね」
 後藤の声に、太田は力無く頷いただけだった。
(こいつ、飲むとこんな風に壊れるのか。気をつけよ……)
 太田は脳みそにしっかりと後藤の酒癖と『NGワード』をたたき込んだ。

 後藤と太田は、ほろ酔い気分で「豊笠亭」を出た。
「あ〜、久しぶりに飲んだなぁ」
 すっかり機嫌を直した後藤は酔いで顔を赤くしながら、太田に笑いかけた。
「まったく。これだけ食えば、この先一ヶ月は粗末な食い物でもいいよ」
 太田も酔いのために多少ふらふらしながら、大声で喚いた。
「お前、情けないぞ」
「いいじゃねぇかよ。俺みたいな貧乏学生は、こういう機会でもないと、腹一杯食えないんだからよ」
「……情けねぇなぁ、おい」
 後藤は苦笑した。
 二人はこの日、焼肉をそれぞれ五人前平らげ、ビールを六本空けている。そのほかにもあれやこれやと注文し、しめて三万円。払いは後藤が報道部のツケで払っている。石川からもらった経費を使わないのは、さすがにケチな後藤らしい。
「日本の将来を担うべき俺たち大学生が、こんな生活してていいと思ってんのかぁ、総理大臣さんよ!」
「物価を下げろぉ! 食い物の値段を、徹底的に下げやがれ、畜生!」
 後藤と太田は、駅前を歩きながら、現状に対する不満をぶつけあった。これが三〇年ほど前なら、彼らのような学生は、ヘルメットをかぶり、タオルで顔を隠して、『ゲバ棒』と称する角材を持って、大学内で気炎をあげていただろう。
 だが、今は大学闘争などという言葉は死語となっている。酒に酔って怪気炎をあげるのが関の山だ。
「あ〜、酔った酔った。じゃあな」
「おぅ、気ぃつけて帰れよ」
 駅まで大声で喚きながら歩いてきた二人は、湘洋市駅の改札で分かれた。改札を通り、太田はJR東海道線上りのホームに入った。それを見送った後で、後藤は同じく東海道線の下りのホームへと向かった。彼のアパートは平塚区にあり、一駅過ぎた平塚駅から歩いて一五分ほどのところにある。
 アナウンスがあり、オレンジと緑で塗装された列車がホームに入ってくる。列車は会社帰りのサラリーマンで混んでいた。後藤は列車に乗ると、ドア付近の手すりにつかまり、ぼんやりとした目で景色を眺めていた。
 列車を降りると、後藤は家に向かって歩いた。途中で裏道に入ると、後藤は調子外れの鼻歌を歌い、石を蹴りながら家へと向かった。
 歩いているうちに、背後から妙な気配が感じられた。後藤とはつかず離れずの距離をたもって、彼を尾行している。
 それに気がついたとき、後藤の酔いが覚めた。後藤は礼から借り受け、ジャケットの胸ポケットに忍ばせておいたP230にそっと手を伸ばした。そして、さらに人通りの少ない道へと入っていく。妙な気配は、さらに彼を追ってくる。
 あたりに誰もいないのを見計らって、後藤は立ち止まった。気配は相変わらず一定の距離をたもっている。
「誰だ?」
 後藤は急に振り返った。右手を相変わらず胸の内ポケットに入れ、注意深くあたりに目を配る。
 妙な気配はしばらく後藤の近くにあったが、やがてふっと消えた。
 気配が完全に消えたのを確認してから、後藤は胸ポケットから手を抜いた。銃のグリップを握っていた掌が、べっとりと汗で濡れている。恐怖と緊張のために、文字どおり、手に汗を握っていたのだ。
 濡れた掌をズボンで拭いながら、後藤は必死に脚の震えを止めようとした。対峙していたときは気がつかなかったが、得体のしれないものに対する恐怖感が、緊張の解けた今になって襲いかかってきたのだ。
「何なんだ、今のは」
 後藤は虚ろな声で呟いた。今の彼は、精神的な虚脱状態にあった。
(何にせよ、今のことは教授に知らせないといけないな)
 後藤は手の震えを押さえながら、携帯電話を取り出した。



#人物紹介では佐伯のポジションを「フランカー」としていましたが、
#話の都合上「スタンドオフ」になってもらいました。ご了承下さい。


管理人のコメント

 いよいよ後藤君の情報収集活動開始…はたして有望な情報は手に入るでしょうか?


>「うちの新聞は、東○ポや日刊ゲン○イ並みの信頼性しか無いって評判なんだぜ」

 だめじゃん(笑)


>「あ、その言い方、傷つくなぁ。俺たちはちょっと話を膨らませて書いてるだけなのに」

 いや、だからそれが(以下略)


>アメフトの連中が俺たちの新入部員に因縁を付けて、フクロにした
>そんなことは今までに数え切れないくらいあったし

 学内の事だから良いけど、普通大問題になるんじゃ…
 
 
>二人はこの日、焼肉をそれぞれ五人前平らげ、ビールを六本空けている。そのほかにもあれやこれやと注文し、しめて三万円。

 ラグビー部はともかく、報道部の人が良く食うなぁ(笑)
 
 
>歩いているうちに、背後から妙な気配が感じられた。後藤とはつかず離れずの距離をたもって、彼を尾行している。

 後藤君ピンチ。相手にその気があったら、やられてましたね。
 それにしても酔った彼は怖いというか…まぁ、それだけ自分の仕事に誇りがあるんでしょうけど。

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