オジロワシ血風録
第一章 三号事件
3.情報収集
湘洋学園大学のキャンパスの北側に、ちょっと見にはアパートのように見える建物がある。ここは学生たちから『サークル棟』と呼ばれており、学園内の各サークルに一つ、もしくは二つ割り当てられている部屋の集合体である。その部屋はそれぞれ物置になっていたり、簡単な応接セットなどが置かれていたりとさまざまである。
そのサークル棟の三階、一番奥に、『自然保護サークル〈オジロワシ愛好会〉』とプレートがつけられたドアがある。中には二、三人の人間がいるようだったが、完全防音になっているため、会話はドアの外からは聞こえない。
室内は、そこそこ片づけられてはいるものの、雑然とした印象を受ける。奥のほうにはテレビやロッカーなどがあり、部屋の中央付近にはテーブル――余った机を二つ組み合わせたものだが――が置かれている。そのテーブルを囲んで、三人の男子学生が話しこんでいた。
三人の名前は、木村泰徳、加納勇、後藤誠。この大学に通う二年生だ。
後藤は薄手のグレーのシャツにチノパンといった、ごく普通の格好だが、後の二人は到底普通の大学生とは思えないものだった。
加納はスキンヘッドにサングラスという、あまりにも怪しい格好をしている。これでアロハシャツなんぞ着ていたら、半径一〇メートル以内には近づきたくなくなるオーラを発するのだが、彼は藍染めの和服らしきものを着ていた。どことなく、修行中の僧侶が着る服に似ている。
一方の木村の格好も、普通の大学生とはかなり異なっている。
普通、大学生は好んで迷彩服など着ない。ファッションのアクセントとして一品くらいなら身につけるだろうが、彼は全身を迷彩服で包んでおり、ご丁寧に同じ柄の帽子までかぶっている。
それだけならまだしも、略綬や徽章など、一般人には意味不明のものまでつけている。迷彩服自体も変わっていて、比較的よく見る米軍の迷彩服――ウッドランドパターンとは違う。細い線が幾重にも重なったような柄だ。見る人が見れば、これはかつてフランス軍が採用していたリザードパターンという迷彩だとわかるだろう。
その右肩に部隊章らしきものもついているが、デザインがどう見ても軍関係のものではない。デフォルメされたザリガニが迷彩服らしきものをまとっており、ザリガニの右のはさみにこれまたデフォルメされたライフルが挟まれている。
これは大学の公認サバイバルゲームチーム〈レッド・ロブスター〉の団章である。
木村はこの「大学最強サークル」といわれる〈レッド・ロブスター〉の団員なのだ。
後藤が二人に対して熱弁を振るっていた。話題は佐々木に関することだった。
「教授から聞いた話だと、遅くとも五月中にけりをつけないと、確実にS研会員が一人増えることになるってさ。なぁ行者、司令は年度始めの訓示で、なんとしてもS研の勢力を殺げって言ってたよな?」
そう言った学生は、同意を求めるかのように残る二人の顔を見回した。寝不足なのだろうか、眼鏡の奥の目が少し充血している。
「確かに言ってたけど」
行者と呼ばれた男――法学部二年の加納が答えた。
「じゃあ、なんで司令は行動隊を投入しないんだ? 一気にぶっ潰すべきだろう!?」
文学部文学科二年の後藤は、興奮を抑えきれない口調を変えずに、加納に詰め寄った。
「司令には司令の考えがあるんだろ。俺たちは司令の判断に従うだけだ」
「……行者、怖いのか?」
適当にあしらおうとしていた加納だったが、後藤の言葉に盛大な溜息を吐いた。
「おいレポーター、あまり俺を見くびるなよ。俺だって、S研の勢力が増えるのは、好ましくないと思ってはいるさ」
その加納が、静かな口調で言った。
「だけど、現状では動きようがない。さっきお前が言った教授情報は俺も聞いたけど、『いまだに不確定要素が多く、展開を完全には予測できない』ってなってたぞ。行動隊を動かすのは時期尚早だ。独断専行も、今の段階じゃあ許されないよ」
その答えを聞いて、後藤がいきり立った。椅子を蹴倒し、加納に詰め寄る。
「おい、ずいぶんと弱気だな? 『〈オジロワシ〉一の無手格闘の達人』とまで言われている加納さんにしては、ずいぶんと弱気ですな。あぁ?」
「そう言われてもな……」
血走った目で睨まれて、加納は困ったように眉をひそめた。
「おい、ガード。おまえも何か言ってくれよ」
加納の煮え切らない態度は、後藤の怒りに拍車をかけた。木村に顔を向ける。
「レポーター、悪いけど、俺も行者と同じ意見だよ」
「ガード!」
「ただし」
文句を言おうとした後藤を視線だけで黙らせて、ガード――経済学部経営学科二年の木村泰徳は続けた。
「永久に黙っているつもりなんて無い。いずれたっぷりと思い知らせてやる。ただ、その時期が今じゃないってだけだよ」
木村の口調からは、激しい怒りが伝わってくる。
「強制入会なんて非人道的なことをやってる奴に鉄槌を食らわしたいのは、多分教授も姐御も、番長もそうだろう。司令だってそう思っているだろうさ。
だけど今は動けない。誰を殴ればいいのかわからないんじゃどうしようもない。レポーター、歯がゆいけど、今は黙ってるしかないんだよ。
とにかく、司令の耳に重要な情報が入るまで、じっくりと待とうじゃないか。あの司令のことだ。状況がわかったら、すぐにでも召集かけてくるぜ。それまで、気持ちだけは盛り上げておこう」
そう言うと、木村は口を閉じた。あまり多弁なほうではない木村が珍しく熱弁を振るったため、他の二人は驚きの視線で彼を見ている。
この三人はいずれも〈オジロワシ〉隊員で、木村と加納は行動隊、後藤は探索隊に属している。いずれも実際に任務についており、現場における実質的な主力として将来を嘱望されている。
もともとこの三人は高校時代から交流があった。三人が高校二年の頃、インターハイに木村が出場した際、あまり品性のよくない学生に因縁を付けられた後藤を、木村と加納が二人で追い払ったのが縁となり、メールで連絡を取り、夏と冬の休みには都合をつけて会い、親交を深めていった。
この湘洋学園大学を選んだのも、木村の言葉がきっかけだった。木村はスポーツ推薦で、駒沢や順天堂といった、駅伝競技で有名な大学に行くこともできたのだが、あえてこの大学を選んだ。その理由は、「まだ無名だから」ということだった。
「これから俺の力で有名にしてやる」
入学試験の際、木村はそう言い放ったものだ。
木村は、これから陸上部のほうに顔を出してくるからと言って出ていった。まだ二年ながら、駅伝チームのエース格にある木村は、練習を休むことはできない
木村が去って、〈オジロワシ〉の部室には、加納と後藤が残った。
「とはいえ、大丈夫かなぁ……」
加納が呟いた。
「何だよ、突然」
「いや、さっきはああ言ったけど、司令の腰が重いのが不思議でさ」
加納は後藤に向き直った。
「今の司令のやり方は、これまでの司令のものとはちょっと違う……らしい。姐御や教授に話を聞くと、今までの司令は噂程度の情報で行動隊を送り込む事がよくあったらしい。
でも、総理が司令になってからは、情報を重視するようになった」
『総理』というのは、榊原の司令に就任するまでのコードネームである。司令に就任して以来、このコードネームが使われる事はなくなった。加納は、歴代の司令と榊原を区別するために、あえて榊原のコードネームを使ったのだ。
「指揮官としては、総理のほうが断然いい。情報を無視しちゃ、どんな勝負事にも勝てないからな」
「彼を知り、己を知らば、百戦して殆からず……か」
後藤は『孫子』の有名な一節をつぶやいた。
「そういうことだ。だからさ、司令が情報を検討して、その結果俺たちに動員がかかるんなら、間違いなくS研のヤツらを叩き潰せる。
だからさ、黙って見てようぜ。司令が決断を下すのをさ」
情報収集を命じた探索隊の隊員からの最初の報告が入ったのは、石川たちが榊原の下へ報告に行ってから二日後のことだった。
学園内のありとあらゆるところにアンテナをたてている〈オジロワシ〉探索隊は、石川の命令を忠実に実行に移し、情報を集め、それを石川に送り出している。石川はそれを基にして、榊原に提出するレポートをまとめている。
情報収集開始から四日目、石川がオジロワシ〉の活動拠点である旧法学部棟の講堂で、ラッキーストライクを吸いながら報告書の文案を練っていると、携帯電話の呼び出し音が鳴った。石川はポケットから電話をとりだし、誰からの電話かをディスプレイで確認すると通話ボタンを押した。
「俺だ」
『こちら兜。教授に緊急報告』
受話器から声が聞こえてきた。『兜』上島規恭は建築学科に所属する二年生の探索隊員だ。
石川はそれを聞くと、ちょっと待てと上島に言い、タバコの火をもみ消すと、隠し扉を開けて隣の部屋へ行くと、専用の受話器を取った。
「こちら教授。何かつかめたのか?」
『ええ。ばっちりです』
上島は自信満々の口調で言った。
『佐々木和孝の身辺を洗ってみました。現在の友達づきあいから、出身高校のOB・OGの構成、今住んでいる近所の面々など、それはもう苦労しました……』
「ほう、そうか。そいつはご苦労だったが、今の俺には時間がないんだ。要点だけを言ってくれ」
石川は、軽い口調で上島の自慢話の腰を折った。長々とした自慢話は、上島の欠点の一つだった。このまま放っておくと、いつまでも「活躍」について話しかねない。
『あ、はい。えっとですね、佐々木の周りに、三週間ほど前から二人組の男がまとわりついています。工学部の新入生に聞いたところ、なんで情報工学科の先輩が、建築学科の佐々木にまとわりつくんだろうって言ってました』
「三週間ほど前っていうと……入学早々ってことだな」
石川は呟いた。
同じ工学部とはいえ、建築学科と情報工学科は共通の講義が少なく、あまり接点はない。上島が話を聞いた学生の疑問も、あながち的外れなものではない。
『そうですね。それと、アパートの隣人の話によると、佐々木の部屋に電話攻勢をかけているようです。ひどいときには、真夜中にまで電話をかけてきているそうです。おそらく連中のしわざでしょう』
「真夜中に電話なんて、人の迷惑をかえりみないヤツらだ。ったく、S研の連中らしいな」
舌打ちして、石川は口を尖らせた。
「で、その二人組の名前は?」
石川は話しながら、机の上に無造作に置かれていたペンを取り、メモ帳の上で構える。
『工学部情報工学科二年の杉本春憲、同じく二年の矢沢賢次郎です。二人ともS研会員です。このうち杉本は、二年後にはS研の会長になるのではないかと言われているほどの大物です。矢沢も当然、それなりの地位に就くものと思われます』
「ふんふん……」
上島が言ったその情報を、石川は素早く要点だけ抜き出してメモする。
『これは蛇足ですが、連中、いつも連れだって歩いているので、ホモじゃないかっていう噂もあります。まぁ、これは事実無根でしょうが』
「う……」
石川は絶句した。ペンの動きが止まる。猛烈な偏頭痛が襲いかかってきて、思わず頭を抱えた。
あまりと言えばあまりな情報だった。情報収集を続けていれば、この種の愚にもつかない情報も入ってくる。いや、むしろ下らない情報のほうが圧倒的に多いだろう。数多い情報の中から、いかに真実を発見するか。それがアナリストである石川の仕事だ。
しかし、だからといって、無駄な情報が入ってくることが好きだというわけではない。
「確かに年中連れだって歩いてたら、『あいつらはホモだ』と邪推する奴もいるかもな」
石川は頭痛をこらえながら言った。
「俺と、博士やコンピュータの間にも、一時期そういう噂が流れたし……」
『え?』
上島が受話器の向こうで凍りついたようだ。絶句したまま、固まっている。
『きょ、教授、まさか……』
「バカっ! 俺にはそんな趣味はないっ! それに、俺には姐御がいる!」
石川は思わず大声で叫んでいた。直後に、
(まずい。声が大きかった)
と後悔する。声が外に漏れてないか、心配になった。この部屋は防音壁で囲まれており、内からも外からも声が漏れることはないと知りつつも、そういう心配をしてしまうほど彼は焦っていた。
『……そうですよね。姐御と付き合ってるんですよね、教授……』
「ふん、羨ましいか?」
石川は照れを隠すため、ことさらに勝ち誇るように言った。
石川と行動隊総隊長の礼とは、充分以上に親密な仲だ。一般の隊員も知っている事実で、今更隠すことはない。
『まぁ、羨ましくないと言えば嘘になりますね……姐御、美人だし、きついけど優しいし……』
上島の口調は、明らかに石川を羨ましがっている。石川は石川で、付き合っている女性がほめられたので、機嫌がよくなっていた。
『あ、話がそれましたね』
「まぁ、いいさ。で? 他には?」
『他にはありません。何かわかり次第、また連絡を入れますので』
「ふむ……もしかしたら、もうその必要はないかもしれない。そのときは、こちらから連絡する」
石川は、少し考えてから言った。上島の今の報告で、大体の事情がのみこめた。これから情報の収集ではなく、情報および状況の分析が主になる。これ以上、上島に危ない橋を渡らせるわけにはいかない。
『できれば、そのほうがいいですね。結構危ない橋を渡ったもんで、冷却期間が欲しいです、正直な話』
その言葉で、上島からの報告は終わった。
石川は受話器を置くと、早速レポートの草案作りを始めた。メモを見ながら情報の整理に入っていく。重要な部分は別に抜き出して、足りないところはこれまでの経験からわかっているスパイ研の行動原理から割り出していく。
この部分で、いかに無駄な情報を捨てるかが、情報分析家としての腕の見せ所だった。この作業はまだ二年生の頃から彼が独りで行うことが多かったため、手際がいい。
草案をまとめているうちに、今度は『影法師』こと美濃彰から連絡が入った。内容は、先程上島が報告したものとほとんど同じだった。ただ、追加情報として、二人がゴールデンウイーク明けに伊豆旅行に出かけること、旅行が終わって帰ったころには佐々木はスパイ研入りしている可能性が高いことがわかった。
「ご苦労。もういいぞ。怪しまれないうちに通常生活に復帰しろ」
と言って、石川は会話を終わらせた。そして、折り返し上島に連絡を入れ、これ以上の情報収集は必要ない、ただし引き続き佐々木を見張るように、と伝えた。上島も美濃はかなり危ない橋を渡っている。これ以上情報収集を続けさせるのは危険だ。
しかし、これですべての情報収集を終えるわけではない。石川はさらに情報を求めた。上島と美濃の情報で、今回の事件の内幕についてはあらかたわかった。しかし、何かが引っかかる。うまく言葉にできないが、何か重大な見落としをしているような漠然とした不安を感じる。
石川はペンを置いた。さっきから感じる不安と焦燥感。それが気になって、とても作業を続けられそうになかった。
石川の元に追加の情報が入ったのは、美濃の連絡があってから一時間ほどしてからだった。
石川の携帯にメールが届いた。発信者は探索隊がスパイ研内部に放っている『スリーパー』からだった。早速開封してみる。
メールの内容は簡潔なものだった。
『桂は今回の件に反対。関も命令を出していない』
この二人についてはスパイ研の最高幹部であるから、石川も当然名前を知っている。桂というのはスパイ研外事局長の桂良樹、関というのはスパイ研会長の関達彦のことである。
石川は思わず「あっ!」と声を上げた。先ほどまで感じていた不安感が消えていく。
(そうか、これはS研の組織だった工作じゃないんだ)
石川は何度も頷いた。彼は無意識のうちに、スパイ研が組織だった工作を行うことを恐れていたのだ。スパイ研が組織だった工作を行うこととは、〈オジロワシ〉とスパイ研の全面抗争につながりかねない。石川は探索隊総隊長に就任したばかりで、まだ完全に探索隊を掌握できていない。そんな状況下でスパイ研と諜報合戦を繰り広げることに、自分でも気づかないまま、不安を抱いていたのだ。
しかし『スリーパー』の情報で、スパイ研は全面的な行動に出ているわけではないと確信できた。組織だった工作なら、当然エージェントを統括している桂が明確な命令を下すし、関もその前後に何らかの形で指示を出すはずだからだ。そのどちらもないということは、今回の事件は、杉本と矢沢のスタンドプレーということになる。
(だったら、強硬姿勢で臨んで、何ら問題はないな)
石川は決意した。これまでに書き散らしたメモをかき集め、レポートの作成に取り掛かった。
重要な部分だけを抜き出したメモをもう一回見直し、報告書の書式に従って清書する。途中で自分の推測も書き加えていくと、時間はどんどん過ぎていった。
石川が探索隊総隊長に就任してはじめて書き上げた報告書が出来上がったのは、上島からの連絡があってから六時間後のことだった。あたりはすでに暗くなっている。遠くで、軽音部の学生が演奏しているのが聞こえてきた。
「こりゃ、今日中の会議招集は無理かな」
石川は腕時計を見ながら、独り言を言った。
時間が遅い。隊員の中には、すでに寝ている者もいるかもしれない。
いったん家に帰って、レポートの提出は明日にしようかとも思ったが、やめにした。一刻も早く榊原にこのレポートを提出して、手を打ってもらおう。彼はそう判断した。
石川は書き上がったばかりのレポートを持って、司令室へと向かった。
石川が司令室に入ると、そこには榊原と工藤の二人がいた。
「軍師、遅くまでお疲れ様です」
石川は工藤に会釈した。入隊当初からいろいろと指導してもらっているため、工藤に対しては石川の腰も自然と低くなる。
「おう、お疲れさん」
工藤は愛弟子ともいえる石川に、軽く声をかけた。ふと、その目が石川の手元でとまる。
「お、レポートだな? 俺も去年はよく書いたもんだ」
工藤が石川の手にあるレポートに目を止めた。
「ええ。うまくまとめるのに苦労しました」
石川は笑った。
「ところで、軍師はなんでまた、こんな時間に?」
石川は質問した。四年生になると、たいていの学生は講義の時間しか大学に来なくなってしまう。工藤が夜遅くまで構内にいるのは、石川にとって妙なことだった。
「実はS研の中のある人物について、顧問会議の方で洗っていたんだ。その報告に、ね」
「……まさか、杉本と矢沢ですか?」
今ひとつ歯切れの悪い工藤の回答に、石川の目が厳しくなり、声のトーンが落ちる。いくら前職の探索隊総隊長とはいえ、自分の職域を荒らされるのは許せない。そういう内心が表に出てきている。
「いいや、違うよ。山本光輝っていう男だが、知っているか?」
「ええ、Sリストで名前は見ましたが、詳しいことまでは、ちょっと……」
石川は答えた。
『Sリスト』というのは、スパイ研究会の全会員のデータを収めたリストで、隠し部屋にあるパソコンのハードディスクの中に収められている。そこには『スパイ研究会主任外事員』ということだけは記載されている。詳しいことは『調査中』というだけで、何もないに等しかった。
「じゃあ、まだ詳しいことは、探索隊の方でもつかんでいないんだな?」
「はい。今年度のS研幹部についてはそれなりに情報を集めていますが、まだそこまで手が回っていません」
「その山本について、ちょっと調べていたんだよ」
「何かわかりましたか?」
石川はたずねた。新たな情報が入ってくるのは大歓迎だった。自分が指示した人物について、別ルートで情報が入るのには言いようのない苛立ちを覚えるのだが。
「まぁ、それなりに、ね。あとで『Sリスト』に付け加えておこう」
「お願いします」
石川は頭を下げた。
「教授、俺にレポートを提出しに来たんじゃないのか?」
これまで蚊帳の外に置かれていた榊原が、ちょっと怒ったような口調で言った。
「あ、すいません。ご覧下さい」
石川は慌てて、持参したレポートを榊原に差し出した。榊原はそれを受け取って、黙読し始めた。石川は緊張した面持ちで、榊原の前に立っている。
やがて、榊原はレポートを読み終わった。レポートを机の上に置くと、石川を見上げる。
「教授、これの内容について、自分で納得しているな?」
榊原は机の上のレポートを指差しながら、石川にたずねた。
「はい。これまでに集まった情報を、私なりに吟味して、ここに盛り込みました」
「それならいい」
榊原は工藤の方を見た。その仕草だけで工藤は何かを察したようだ。
「隊長級会議を開くのか?」
「ああ」
工藤の問いに榊原は頷いた。
隊長級会議とは、行動隊の各番隊隊長、探索隊の各学部班長、会計局局長と兵器局局長、顧問会議の議長と副議長が出席する会議で、〈オジロワシ〉の最高意志決定会議である。隊長級会議を開催できるのは司令のみである。
「教授、連絡網で隊長級会議を開くと伝えろ。今すぐに、だ」
「え? 今すぐですか?」
石川が反問したのも当然だった。もう午後一一時をまわっている、疲れている学生ならもう寝ていてもおかしくない時刻なのである。
「ああ。善は急げって言うだろう?」
榊原はさらりと言ってのけた。
「……わかりました。すぐにかかります」
石川は反論できなかった。榊原の頑固さは定評があり、一度決めたことを覆すのは難しいということはわかっている。
管理人のコメント
「オジロワシ」側に続々と新キャラが登場中。ですがこれがまた濃い面子ばかりのようで…
>スキンヘッドにサングラスという、あまりにも怪しい格好をしている。
…亀仙人?(爆)
>「大学最強サークル」といわれる〈レッド・ロブスター〉
他にもサバイバルゲームのサークルがあるんですか(笑)。それ以前にロブスターとザリガニは違うものでは…
>「いや、さっきはああ言ったけど、司令の腰が重いのが不思議でさ」
> でも、総理が司令になってからは、情報を重視するようになった
慎重派というのは理解されにくいところがありますね。しかし、この司令はしっかりと部下には信頼されているようです。
>発信者は探索隊がスパイ研内部に放っている『スリーパー』からだった。
逆に「オジロワシ」側にもS研の手は伸びているんでしょうね。
>「教授、連絡網で隊長級会議を開くと伝えろ。今すぐに、だ」
いよいよ「オジロワシ」の意思も統一されそうです。ここから戦いはさらに激しさを増すのでしょうか。次回が楽しみです。
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