「皆さん、急ぎましょう! 時間が掛かると、私たちの動きが敵に察知される可能性もあります」
 完全武装のジェネシスを中心に、タスクフォースを組んで前進を続けるみんな。
 メンバーは既に第二エリアを突破して、第三エリア中央に辿り着きつつあった。
 参加神姫の大半が第一〜第二エリアで暴走開始、及び暴走神姫に襲われての戦闘状態になっているため、第三エリアでは其れまでの様な大きな戦闘は発生せず、現れても少数のため簡単に撃退しつつ前進を続けている。
「どうやらこのエリアは難無く突破できそうね。さっさと移動してしまいましょう」
 ねここの背に乗り、障害になりそうな神姫を早期に排除するため狙撃を続けている銃姉さんが呟く。
 レーザーライフルの一撃ごとに、こちらへと襲い掛かろうと動き始めたばかりの暴走神姫が一体、また一体と倒れてゆく。

 そして前方に現れた神姫の影へと向けて、ライフルがまた一閃。
「やったぁ、さすがに銃ねぇは凄いの〜……うにゃ!?」
 ねここが銃姉の能力に歓心していたが、その歓心もすぐに他の感情に取って代わられていた。
 だがその神姫はレーザーライフルの一撃を、持っていた長槍で弾いてしまったのだ。
「……っち。アイツが出てくるとはね」
 渋い表情で呟く銃姉。
 やがてお互いに接近し、他のメンバーにも顔がはっきりと見えるように……

 『エスト!?』

 驚きの叫びが重なる。
 彼女たちの目の前には、長槍を突き立て暗黒のマントを翻し、完全武装したエストが立ちはだかっていたのだ。

「やっと私の下へ辿り着きましたね、皆さん。……残念ですが、ここから先には通しません!」


〜ねここの飼い方・劇場版〜
〜八章〜


 月日は少し遡る。

 その日、とある男は対人リハビリも兼ねて、熱い漢の友情を確かめ合った男の店へと足を伸ばしていた。
「ちわ〜っす。店長おひs……もげがっ!?」
 エルゴ店内に入って声を掛けようとした瞬間、肩で佇んでいた神姫−エストに派手な蹴りを食らい、そのままカウンターの下へ倒れこむ青年−黒須。
「なにすんだてm!?……むぐぐ」
「シッ、黙って下さい師匠」
 抗議の声を上げようとする師匠の口を素早く塞ぎ、続いて聞き耳を立てろとのジェスチャーをする弟子。
(何のつもりだコイツ……まぁいいか)
 と、流れてくる会話に耳を向ける二人。

「そのお話、私にも手伝わせてくれません?」 
「私も…です」 

「この声って……十兵衛ちゃんとリンちゃんだな」
「はい。しかも先ほどのねここちゃん達の会話から察するに、相当深刻な事態のようです」
 屈みこみ丸まってヒソヒソと話をする二人。店内で話してる人々からはカウンターが死角になって見えないが、外からは丸見えである……

「ご挨拶だなぁ、あんなの聞いたら気になっちゃって早々帰れる訳じゃないじゃないか。」 
「そうそう。だから2Fの方で、四人で話してたんだよ。何か俺たちにも出来ることはないのか、ってね」 

 話は更に進められていく。暴走神姫事件の真相を(勝手に)聞いてゆく二人。
「……というかだな、何で隠れる必要があるんだよ。理由聞いちまったなら俺達も参加すればいいじゃないか」
 溜息混じりにそう呟く師匠。全くその通りなのだが
「ダメです。エレガントな悪は時として正義に協力する時もありますが、時期を選ばなければいけません。このような状況下でノコノコ出て行っても、優雅さには程遠いのです」
「……俺が馬鹿だった。お前がそういうヤツなのを忘れてた俺がな」
「判って頂ければいいのです」
 ふふん、と偉そうに腕組みしながら答える弟子。どっちがどっちなのかこれでは判らない。

「いえいえ、どういたしまして。とにかく、これで六人揃ったね」 
「いや、まだ五人です。ジェニーちゃんは別方面から入るそうで」 
「そうなのか。リンが行くならティアも行くって言いそうだが、生憎今はオーバーホールでメンテナンスセンターに入院してるからなぁ」 

 その言葉にキュピーンと反応するエスト。
「さぁ、今がその時です! 颯爽と登場して六人目の名乗りを……」

『六人目は……まぁ一応心当たりが、実力はありますしそこは問題ないのが。……マスターの性格が大問題ですが』

 颯爽と名乗りを上げようと動き出した瞬間、その一言によってエストの刻が止まる。
 やがて、ギギギと師匠の方へゆっくり振り向くと
「……マスターの性格って大問題デスヨネ?」
 などと失礼極まりないことを、明らかに動揺しながら尋ねる。
「……確かに休職中だが、大問題と言われる程堕ちちゃいないと思うぞ。それに俺、美砂ちゃんの連絡先知らないし」
「えー! 師匠の甲斐性なしっ」
 隠れて動けないのを良い事に師匠の鼻をげしげしと足蹴にするエスト。完全に八つ当たりである。

「ま、とにかく六人目は私の方でなんとかしますから。お二人は準備の方をお願いします」 

 と、二人が言い争っている間に向こうの話は終了してしまった。
「……なぁ、六人目呼ぶの嫌がってたみたいだったし、さっきだったら入れて貰えたんじゃないのか?」
 ボソリと呟く師匠。
「……ぁ」
 再び刻が止まる弟子。

「………ふふふ、うふふふふふふふふふ」

 やがて突然再起動したかと思うと、いきなり怪しい笑顔と含み笑いをし出すエスト。
「お前、遂にAIのバグが限界に来て故障しちまったか……?」
 エストはギン! と睨み付けたかと思うと、げし! と師匠の顔面にキック。

「こうなったら徹底的に悪の美学を貫くまで! 愚かなる愚民どもに私のエレガントな悪を叩き込んでやるのです」

 どす黒いオーラを出しつつ宣言する。その傍らには頭部に大ダメージを負い、突っ込む気力すら失せた師匠の亡骸が……

「死んでねぇわ!」



「……と、以上が回想です」

「いたんですか、あの時……」
 少し呆れ顔で問いかけるリンちゃん。私もあの時いたなんて思わなかったよ……
「いましたよ……とにかく、そういう訳なのでここから先は通しません。通りたければ実力を持って示しなさい」
 酔ってる……完全に自分に酔ってる。やり場のない感情も色々入ってるみたいだけど。
『でも時間も無いし……一斉に掛かって倒しちゃう?』
「なんと卑怯な! それでも貴方たちは正義の味方なのですか!? そんな事では悪となんら変わりないではありませんかっ」
 力説するエストちゃん。
 一瞬で論理が摩り替わってる……でも正義の味方という言葉は店長さんやジェネシスには特に有効だったみたいで。
『いやだがしかし……うぅん……でも急がないとっ……』
 何か悩みだしちゃった……ここは
『ねここ悪いんだけれど、エストの足止めをお願い。他の皆は先を急いで』
「了解なのっ」
 え? と反応する他のメンバー。一方のエストちゃんは

「ほぅ、ねここ嬢がお相手ですか。無粋な銃など使わない相手の方が倒す価値があるというモノです!」

 と、既に闘志を漲らせている。それにいつの間にか崖の上に移動してるし……
『大丈夫、ねここのシューティングスターならすぐ追いつけるから。それに誰も乗っていない場合なら更に速度が出せる。今は時間が一秒でも惜しいの……先を急いで、お願い』
 この中で一番単純速度が速いのはねここ。
 ジェネシスも速いのだけれど、今回は彼女が目標に辿り着くのが目的なのでそれは出来ない。
 そのため足止めの為に残る役はねここが最適……危険は大きいけれど、やるしかない。
 それもねここはわかってくれているみたいで
「銃ねぇには……ゴメンなの」
 と一言だけ、少しすまなさそうな笑顔で答えてくれた。

「……行きましょう。此処にいても時間の無駄よ」
 銃姉があえて冷酷な言い方で、他のメンバーに移動を促す。
「そんなっ!?……わかりました」
 何か言いたげな雪乃ちゃん。でもねここの表情を見ると、苦虫を噛み締めたような表情で同意する。
 そのままね此処の元へ歩み寄ると
「ねここ、必ず追いついてきて下さい……絶対に」
「うんっ☆ 大丈夫だよっ」
 にぱっと明るい笑顔で答えるねここ。
「それから……これはおまじないです。無事でいるようにと」
「にゃ?……ん……」
 堂々と皆の目の前で、ねここにキスをする雪乃ちゃん。
 周りのメンバーの方まで真っ赤になっている……
「ん……キスすれば勝てるってジンクスをリンさんから聞きましたので……///」
 自らも顔を真っ赤にしながら、柔らかな笑みと共に語る雪乃ちゃん。
「ありがと、ユキにゃん♪……絶対に、勝つから」
 ほにゃっと笑い返したかとおもうと、急に凛とした表情になるねここ。臨戦態勢に切り替わった、かな。


「……はっ。と、とにかく別れの挨拶は終わったようですね。それではそろそろ行かせて貰います!」
 濃厚なキスシーンを目撃して固まってたエストが、ようやく再起動したらしい。
 崖上から飛び上がったと思うと槍を突き出し、メンバー達のいる場所に一気に突っ込んでくる。
 一斉に跳躍して回避する面々。
「みんな、急いでっ!」
 ねここが激を飛ばす。
「ごめんっ!」
 誰かがそう呟くと、一斉に第四エリア目指して駆け抜けて行く。

 その場に残されたのは、ねこことエストただ二人。
「ふふふ……私はこういう時を待っていたんです。主人公の前に立ち塞がる優雅な悪。これこそ待ち望んだ瞬間っ」
 その言葉と共にねここへ向かって突撃してくるエスト。
 リーチの差を生かし、ねここに手出しをさせないよう自らの得意距離を堅持している。
 比較的細かい突きを繰り出してくるため、大きなダメージにはならないが手数が多いため回避に専念せざるを得ない。
『ねここ、左右に揺さぶってっ』
「りょーかいっ」
 鋭く大地を踏みしめたかと思うと、急ターンするようにダッシュをかける。相手の側面へと急速移動を行い、そのまま揺さぶりを……

”ADVENT” 

「っ!?」
 逸早く察知して急回避するねここ。
 エストがベルトから引き抜いたカードを腕のシールドに通した途端、急に後方から現れたサポートメカに体当たりを受けそうになったのだ。
「フフフ、アンの存在を忘れてもらっては困りますね」
 そう言っている間にアンは変形、飛行パーツとなってエストの背中に装着される。
「その位じゃ、負けないもんっ」
 お返しとばかりにシューティングスターを吹かし、一気に飛び込むねここ。
 強靭な足腰を最大限に利用、ドリフトの要領で機体を滑らし、本来直進専用のシューティングスターで鮮やかな撹乱運動を行う。
 エストの全周囲に渡って高速機動を繰り返し、擦れ違い様に研爪の一撃でダメージを与えてゆく。
「さすがねここ嬢ですね。……しかしっ!」
”GUARD VENT” 
 再びカードを盾に通すエスト。同時に背部が変形、アクティブクロークのようになり防御体制に入る。
 これだと擦れ違い様の一撃では致命傷を中々与えられない、しかし
「それだと……身動き出来ないのっ!」
 狭くなった可動範囲の死角を突くように懐に潜り込むねここ。
「だからお前は阿呆なのだァ!」

「……っく」
 バックステップして大きく間合いを取り直すねここ、その肩にはリボルケインが突き刺さっている。
 奥深くまでは達していないようだけど、左肩のジャマーシステムはダメになったみたい。
 彼女がしたのはあえて死角を作る事でそこに敵を誘導し、かつ完全に死角に入りきられる前に鋭く逆撃を行ったのだ。
 伊達に自ら悪役と言ってないわね、でも
「ち……」
 ねここの研爪の一撃はガードユニットを切り裂き、エストの素体に傷を負わせている。
 素体へのダメージはそれほど大きいものではないけれど、今の一撃で左翼ガードユニットの機能は奪ったはず。
 でもこれでは消耗戦。普通のバトルなら勝てれば良いのだけれどもこの状況下での消耗は致命的だ。
 でも目的達成の為にはここで踏ん張らないと……
「勝てるよ」
『……え?』
「みさにゃんが応援してくれるから、ねここは全力全開で戦えるんだもん!」
『そうだ、ね。よぉし、ねここ一気に決めちゃおうっ』
「うんっ☆」
 腕部の超電磁チャージャーを起動、一気に勝負を決める為に突撃姿勢を取るねここ。

「ふふ、其れでこそ我が宿敵。受けてたちましょう!」

”FINAL VENT” 

 エストは長槍の穂先を地面に突き刺すと、一気にねここ目掛けて突撃を掛ける。
 穂先が振動し、その熱量で陽炎が立ち……

「「はぁぁぁぁぁっ!」」

 二人が渾身のパワーを持って激突しようとした瞬間。
『オーッホッホッホッホ!』
「にゃぁっ!?」 「な、なんですかっ!?」
 二人に雨あられと降り注ぐミサイル砲弾。二人は慌てて回避シークエンスを取る。
『なんだか判らない事になってるようだけど、ココであったが100年忌。
 このワタクシ鶴畑和美とジャンヌがココを貴方達の墓場にしてなさいますのよ!』
「イェス、マスター」
……何か出た。
 その姿は最早騎士の面影が欠片も無いほど重装備になり、歩く砲台……いや要塞としか見えない。
「うー、何か変なの出たよぅ」
 困惑しながら回避を続けるねここ。
 と、ジャマーが片方破損していたせいでミサイルの妨害がしきれなかったんだろう。
「に゛ゃっ!」
 一発のミサイルが至近で爆発、破片がシューティングスターに降り注ぎ左翼のプロペラント兼用ブースターが損傷、爆発してしまった。
 以前の二の舞を避ける為に燃料緊急遮断装置を設置していたので、全体が誘爆するのは防げたけど……

「……邪魔しましたね。私の優雅な悪の美学の時間を」
『はん、それがどうしましたのよ? アナタもとっとと鉄クズにおなりなさいな!』
「許しません!」
 再び長槍の穂先を地面に突き刺し、一気にスピードを上げるエスト。
 陽炎を発生させている長槍を中心にした回転運動に、重力とブースターによる加速が上乗せされて攻撃力となる。
そしてジャンヌ目掛けて一直線、まるで稲妻の如く突き抜ける!
「迎撃……火力集中、そんな馬鹿なっ。有効打が与えられない!?」
全ての攻撃が捻じ曲げられ、対処不能に陥るジャンヌ。

「……これで、終わりですっ!」 

 エストがジャンヌを撃ち貫いた後。
 そこにはハリネズミの様な外装の中、中央にポッカリと巨大な穴が開いた今はただの無機物が存在するだけとなっていた。


 ジャンヌを打ち倒し、再び対峙する二人。
「……さて、勝負の続き。と行きたい所でしたが」
 くい、と明後日の方角を向くエスト。その目線の先には大量の暴走神姫が迫りつつあった。
「無粋な乱入者が多いようで、この勝負は次回に持ち越しで。ねここ嬢は先へお行きなさい」
「エストさんは、どうするの?」
「私は……此処であの無粋な乱入者どもにお灸を据えなければなりません。だから勝負は御預けです」
 達観したような微笑を浮かべるエスト。それは死を覚悟したかのような何処と無く影のある、でも信念を感じさせる瞳と共に。
「わかったの……無事でいてね。あ、ブースターが……」
 ねここのブースターは破損してたんだ。
 もう片方のプロペラントブースターも外せばバランスが取れて飛べるようになるとは思うけど、到着時間が遅れてしまうかな。
「ならば、私の飛行パーツを使ってください。片方しかありませんがバランス調整の応急用なら十分なはずです」
「ありがとうなのっ☆」
 にぱっと満面の笑みを返すねここ。先刻まで死闘を演じていた相手へ向けているとは思えない程の笑み。
「……いえ。では装着しましたので、先をお急ぎなさい」
「うんっ♪ それじゃ、いってきますっ!」
 シューティングスターを全開にして、あっという間に地平線へと消え行くねここ。その先で待っているであろう、仲間と共に戦う為に。


 崖下には既に無数の暴走神姫達が集結。
 今にも襲い掛かってきそうな雰囲気を漂わせている。
『お前、ホントは彼女たちの手伝いしたかったんだろう? 結局一人残るだなんて、優しい所もあるもんだな』
「煩いですよ、師匠。彼女たちと戦ってみたかったのは本当です。それに無粋な奴等に邪魔をされたのも」
『はいはい、素直じゃないんだからなぁ』
「……まぁ、行くとしましょうか師匠。次回戦う為に。その明日を守る為に」
『お前ソレ悪役っぽくないぞ』
「いいんですよ、エレガントな悪は時として正義のように見えるものなのです」

 彼女は翔る、彼女の悪を守る為に。


管理人のコメント

 ねここたちと暴走神姫の激闘は続きます。今回の参戦者は……
 
>彼女たちの目の前には、長槍を突き立て暗黒のマントを翻し、完全武装したエストが立ちはだかっていたのだ。
>「やっと私の下へ辿り着きましたね、皆さん。……残念ですが、ここから先には通しません!」

 カッコいい事はカッコいいんですが、何してるんですか、エストさん。
 
 
>屈みこみ丸まってヒソヒソと話をする二人。店内で話してる人々からはカウンターが死角になって見えないが、外からは丸見えである……

 通報しました。
 
 
>「こうなったら徹底的に悪の美学を貫くまで! 愚かなる愚民どもに私のエレガントな悪を叩き込んでやるのです」

 思考暴走した挙句、敵対宣言。こう言う空回り型のキャラは嫌いじゃありません(笑)。
 

>「にゃ?……ん……」
>堂々と皆の目の前で、ねここにキスをする雪乃ちゃん。

 何と言う百合……!

 
>バックステップして大きく間合いを取り直すねここ、その肩にはリボルケインが突き刺さっている。

 バカですが、実力は確かです。高速機動中のねここに見事一発入れました。
 
 
>……何か出た。

 鶴畑登場の瞬間、同じ事を思いました(爆)。
 
 
>達観したような微笑を浮かべるエスト。それは死を覚悟したかのような何処と無く影のある、でも信念を感じさせる瞳と共に。

 カッコいいんですが……何かが違う……
 
 エスト参戦で有利になったんだかなってないんだか、よくわからない混迷した状況ですが、話も佳境に入ってきました。さらに先へ進むねここ達を一体何が待ち受けているのでしょうか。
 

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