ネオン煌めく繁華街、その禍々しい光の届かない片隅、雑踏の一角にソレはいた。
 いや、それらと言うべきだろう。ソレは何体となく群集している。
 それらは武装神姫なのだが、其のどれもに表情が無く、虚ろな目で佇んでいる。
 ある者は完全武装、ある者は私服姿、またある者は……半壊していて。
 腕が無かったり、頭部外装が剥げていたり、それは見るものに嫌悪感を与える。
 ソレは神姫であるという以外に統一感のない群集。その姿はゾンビの群れを連想させる。

 そして、ソレをビルの屋上から見下ろす、二つの影。

「大量ですね……報酬タップリと貰えそうです」
 それは少女と、武装神姫。
「お気楽だね。アレ全部相手にしなきゃいけないんだよ?」
 少女は髪型をツインテールにしており、それが月明かりの下、夜風に流される姿は神秘的とも言える。
 キリっと美しい顔立ちと相まって、ソレが少女に幻想的なイメージを浮かび上がらせる。
「マルコなら出来ます。私が保証しますから」
 肩に座る神姫にそう言われた少女が切り返す。
「ふぅ、これもお仕事だもんね。……それじゃいきますかっ!」
 そう言うが早いか、少女の肩よりマルコと呼ばれた神姫が跳躍する。
 アーンヴァル型だが、身に付けているのは通常のウィングではなく、4枚の真っ白な翼。

 不浄なる穢れを滅するため、天使が舞い降りる……


〜ねここの飼い方・劇場版〜
〜二章〜


「……と云う訳で各地で続発している武装神姫暴走事件についてお伝えしました」
 居間のTVから映し出されるワイドショーが、淡々と例の出来事を伝えている。
「いや大変ですね、花野さん。しかしまだ事故が発生しているのは電脳空間だけで、直接暴走していないのは幸いと申しましょうか」
 コメンテーターがいかにもとって付けたような知識で語ってる……ああいうのみてると無性にツッコミたくてたまらなく。
「そうですね、武装神姫は15cmサイズとはいえ武装した場合は大変強力です。特にリアルリーグ用などはその際たる物でしょう。万一そのような事があった場合、死傷者が出る可能性がありますからね。
 電脳空間だけで事故が発生するのは、ある意味不幸中の幸いと言えるでしょう」
 私はリモコンでピッとTVの電源を落とす。
「何が不幸中の幸いなのよ……」
 この間のエルゴの一件でも一歩間違えば二人の神姫の意識が消えていたところなのに。
 各地で発生している暴走事件の中には筐体の電源を抜いて強制リセットを掛けた結果、神姫のデータが破損し修復不能になった例もある、と聞いている。
 所詮玩具だから壊れても……などという考え方があるのが私には苛立たしい。
「みさにゃん、なでなで」
 と、いつの間にかねここが私の目の前にいて私の頭をナデナデしてくれている。
「ん、ありがとねここ。でもどうしたの急に?」
 ねここは珍しく目線をキョロキョロさせると、きゅっと口を噤むようにして
「だって……みさにゃん怖い顔してるの、それに悲しそう……」
「大丈夫よねここ、ねここが居れば私は幸せだから、ね?」
 ねここの髪をくしゃっと撫で返してあげる。ねここはほにゃ〜っと柔らかい笑顔を作ってくれて。

「姉さん、ねここ、話が付きました。直ぐに迎えが来るそうです……って何してるんですかっ」
「いや、あはははは……」


 雪乃ちゃんに話をつけてもらったと言うのは、彼女の実家の黒姫家との間の事。
 曲がりなりにも当事者の端くれになってしまっている私たち。
 そのためこのまま見知らぬフリを決め込むのは三人にとって不本意だった。
 でも私たち自身で出来ることはあまりに少ない、それで雪乃ちゃんの実家である黒姫家の助力を乞おうと思ったのだ。
 と言う訳で、現在彦左衛門のおじいさんと、孫娘の鈴乃さんと対面中、と言う事に。
「それで、我々にも真相究明のための助力をして欲しい、という訳か」
 重々しく彦左衛門氏が語る。
「はい、このまま放置しておく事なんて出来ません。私達に出来ることは微々たる物かもしれませんが、それでも」
 しばしの沈黙の後
「……一部情報筋から流れてきた話なんじゃがな、鶴畑家で爆発事故があったらしいんじゃ」
「? それと何の関係が……まさか」
 貫禄たっぷりに頷き
「そうじゃ、事故があったと言うのは武装神姫専用棟。何やら試験を行っていたらしいが、暴走の原因はいまだ不明。機体が跡形も無くなっているのでな、真相究明は困難らしい。」
「でも偶然の可能性というのは……?」
「そうかもしれん。だが時期を考えると何らかの関係がある可能性も高かろう。それに鶴畑が己のメンツのために実機の暴走事故を隠蔽しているのだとすれば、マスコミの報道にも筋が通る」
 その言葉に私は違和感を感じる、マスコミの報道では、現実空間では暴走事故は起きていないんじゃ……まさか。
「そう、そのまさかじゃよ。他にも現実空間での暴走事故や、命令不服従になっての失踪が出ておる。特に失踪は多いらしいがな。ユーザー側の勝手なプログラム改造が原因になっての行方不明、と処理しておるから殆ど表立たん。
 それらを隠蔽してるのはイメージダウンを防ぎたいのと、芋蔓式に自己の醜態を暴かれるのを避けたいためじゃろう」
「そんな事が……」
 そこまで事情が深いとは思いもしなかった訳で。
「いずれにせよ他ならぬ貴方たちの頼みだ。無碍には出来まい、全力で協力させて頂く。其れに我々の事業にも少なからぬ影響があるようでな、どの道避けられんよ。
 ……鈴乃、お前が指揮を執って真相究明に当たれ。月組を使って構わん」
「御意に……それでは」
 一礼すると流れるような動きで退室していく鈴乃さん。軽く微笑んでいた気もするけれど、トラブル好きなのかしらね……


 そして家に戻ったわけなのだけれども、家のPCには引っ切り無しに鈴乃さんからの最新情報が送られてくる。
 被害者の神姫の種類から暴走時の装備、マスターの住所録なんかまで……相変わらず凄いと言うかなんというか。
 ざっと流し読みしていく私だけれども、解析は向こうの方でやってくれているらしいので私は助言程度の事しか現状やることがない。
 ねここたちの方は、何かあった場合の実戦要員として待機してて欲しいとの事。
 二人の実力はファーストの下位ランカー辺りならば比べても然程見劣りしないし、
 黒姫家は切り札的な武装神姫が鈴乃さんのアガサ位しかいないらしく、強い神姫の助力は必須だとの事らしい。
 でも現実で暴走する神姫をどうやって止めるかが問題よね。
 電脳空間の時は頭を粉砕すればよかった。でも現実の場合そんな事をしたらその神姫を『殺して』しまう。
 バックアップから復元は出来るかもしれないが、それは同じようで違う。
 データを丸ごと新規ボディに移設するだけならともかく、バックアップはデータを取った時点での人格であり、それ以上でもそれ以下でもない。
 其れは確かに、他人から見れば同じと言えるかもしれない。でも神姫自身にとっては?
 そう思いつつ、私も二人のバックアップはきっちり取っているわけだけど……そこまで完全に割り切れるほど私は達観していない。
 と、思考が逸れちゃったね。とにかくそっちは何かしらの対処法を考えておく事にしよう。

「……そういえば、エルゴの方はどうなってるかしら」
 ふと思い出す。現状も気になるし、あそこはセカンド級の常連も数多く、何か面白い情報が掴めるかもしれない。
 まだ時間もあるし、行ってみる事にしてみようかな。

「………うわぁ」
 思わず声を出してしまう私。
 エルゴはすっかり寂れていた。
 事件があった場所だから当然なのかもしれないが、対戦筐体は全て封印され、2Fの人影はあまり無い。
 1Fの方もそれに影響されてか、週末の午後だと言うのにガラガラで、ジェニーが何時ものクレードル姿で暇そうにしていました。
「こんにちわ、ジェニーちゃん。マスターは?」
「あ、こんにちはです風見さん。店長は今奥に……呼びます?」
「うん、お願い。ちょっと話したい事もあるし……」
 私が少し申し訳なさそうに言うと、察してくれたのかな。直ぐ来てもらうよう連絡していた。
 やがて奥から店長さんが姿を現す。
「やぁ風見さん、いらっしゃい」
……無精髭が伸びて、しかもちょっと憔悴気味で。目にもクマが出来てて……ま、しょうがないよね。
「こんにちわマスター。早速なんですが、ちょっとお時間頂けますか?」
 と私が切り出すと、店長さんも察した様で
「……わかった、それじゃ奥で話を聞こうか。コーヒー位ご馳走するよ」

「それで、アレから何か判りましたか?」
 私たちは店の奥で向かい合って話していた。私の頭と肩にはねここと雪乃ちゃんが静かに話を傍聴している。
「うん、まぁ多少はね……でもこれを聞いたら君達は後戻りできなくなるかもしれないよ、それでもいいのかい?」
 店長の声は優しく、説得というより教え子を心配する教師の雰囲気を思わせて。
「えぇ……既に覚悟は出来ています。それに知った以上何もせず傍観なんてしてられません」
 私の言葉に同調して頷く、ねここと雪乃ちゃん。その瞳は真っ直ぐ前を見据えていて。
「……それに、幾つか独自のルートで掴んだ話があります。聞いて貰えますか?」
 その言葉に反応するかのように、眼つきが鋭くなる店長。何時もの人当たりの良い笑顔ではなく、猛禽類を思わせる鋭い目だ。
「わかった、情報交換と行こう。じゃあ風見さんの話を聞こうか」
 私は彦左衛門氏から聞いた鶴畑家に纏わる顛末を、店長さんに公開した。
 店長さんは熱心に聞き入っていて、私の話が終わると
「そうか、そんな裏の理由が。だから一般には伏せられてたのか……」
「知ってたんですか、神姫の現実空間での暴走事故?」
 店長さんは、話すかどうか迷う感じでちょっと困った表情をした後
「まぁね。詳細は企業秘密だけど、こっちも何かと色々顔が利くものでね。ある程度は知ってたよ。それに、異常を起こした神姫を運び込んでくるお客さんも結構いるからね。でもそうか、メーカーに報告しても揉み消されてたのか」
「えぇ……私の今掴んでいる情報はこんな所です。マスターの方はどんな感じですか?」
 店長は指をアゴにかけるようにして少し考えた後
「そうだね、俺の掴んでる情報も似たようなモンだったな。マスコミの方はアレだったが……」
 そうですか、とちょっとがっくりする私、と更に
「いや、これは俺の予測なんだが……HOSが一枚絡んでるんじゃないかと思う」
「HOSがですか?」
「ああ、少なくとも俺の所に運び込まれた神姫は全員がHOSを使用していた。今じゃ使ってるユーザーは膨大だからな、偶然の可能性もあるが。
 それにHOSの発売と、暴走が報告されるようになった時期が符合している。状況証拠としては悪くないじゃないか?」
「……そうですね、それについては参考データがあるので、後で調査してみます。でもHOSからはウィルスは検出されてませんよね?」
「確かに今の所はな。だが従来のスキャンに引っ掛からないタイプのかもしれないし、トロイ型で一定条件下でのみ発生するタイプかもしれん。両者の混合型だった場合コイツは厄介だぞ。例えHOSをデリートしても残ってる可能性が高い」
 そこまで話して思い当たった。
「ちょっと待って下さい。もしHOSがそうだった場合、開発元が絡んでる可能性はありませんか?」
「そりゃそうだな。偶然未知のウィルスが混入した可能性も捨てきれないが、可能性は五分五分だろうな」
 私はかぶりを振って
「だから開発元が絡んでいた場合、その開発の大元である鶴畑まで被害に遭うというのはどういう事なのか、という事です」
 店長さんはあ、と思わず声を荒げて。
「つまりその場合、開発者自らの利益のためにソレを仕掛けた、ってことになるか。鶴畑の為ではなく。でもわからんなぁ、何で傘下の者が自分トコの首を絞めるんだ?」
「何らかの怨み……でしょうかね? 何にせよ其処を当たってみる価値はありそうですね。私の方で探ってみます」
「わかった、俺の方でも出来る限り調べておくよ……何にせよ無理しちゃだめだからな。か弱い女の子なんだし」
 ポリポリと鼻をかきながらそう心配してくれる店長さん。結構シャイなのかな。
「大丈夫ですよ。私空手の有段者ですから」
「……へー……」
 ……なんですかその目は。


管理人のコメント

 目の前で起きた神姫暴走事件を解決した美砂とねここたち。しかし、真相は全く明らかになっておらず、不気味な動きも水面下で起きつつあります。
 
 
>ソレは神姫であるという以外に統一感のない群集。その姿はゾンビの群れを連想させる。

 リアル世界でも何やら起きているようです。
 
 
>不浄なる穢れを滅するため、天使が舞い降りる……

 その場に居合わせた謎の神姫とそのマスター。彼女たちは一体?
 
 
>所詮玩具だから壊れても……などという考え方があるのが私には苛立たしい。

 まぁ、マスコミなんて所詮そんなものでしょう。
 
 
>「……一部情報筋から流れてきた話なんじゃがな、鶴畑家で爆発事故があったらしいんじゃ」

 プロローグの出来事ですね。一応秘密になってたのか。まぁ、プライド高そうな家ですしね。
 
 
>一礼すると流れるような動きで退室していく鈴乃さん。軽く微笑んでいた気もするけれど、トラブル好きなのかしらね……

 トラブルの渦中でこそイキイキしてくる人がたまにいますが、そういう感じなのかも。やっぱ面白いな鈴乃。
 
 
>「うん、まぁ多少はね……でもこれを聞いたら君達は後戻りできなくなるかもしれないよ、それでもいいのかい?」

 店長、いきなり危険な匂いを漂わせています。出来れば美砂たちを止めたほうがいいんじゃないかと思いますが。
 
 
>「大丈夫ですよ。私空手の有段者ですから」

 おや? これは意外な。美砂は頭脳派なイメージがありましたが、そんな特技があったんですね……
 しかし、有段者といっても過信は禁物で、あまり無茶しなければ良いんですけどね。
 
 
 と言う事で、本格的に事件の捜査に乗り出した美砂たち。しかし、陰謀の匂いがぷんぷんする状況で、彼女たちは無事真相に迫る事ができるでしょうか?
 
 

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