学園の片隅にある用務員室。「室」と名が付いてはいても、実質はプレハブとはいえ一軒家で、住み込みで働く用務員にとっての家である。
 現在の主……つまり用務員のおねいさんであるところの伊頭さくらは、仕事も終わってぼんやりとテレビを見ていた。
「ヒマだな……」
 思えば、昔は仕事が終わってもやる事はいろいろあった。女子生徒をストーキングしたり、女子生徒を盗撮したり、それをネタに脅迫して(以下略)。
 しかし、同じ女の身体になった今では、そんな事をしてもただただ空しいだけで、何も楽しい事はない。
 勢いまじめに仕事する以外にする事はなく、さくらは期せずして妹の愁が持ち込んできた余計な厄介ごと……天罰に対して真摯に向き合わざるを得ないのだった。
(まじめに生きても元に戻れるわけじゃないしな……美咲のアフォはまだあきらめてないみたいだけど)
 三女、つまり一番下の妹である美咲は、今も元に戻るのを諦めていないらしいが、さくらから見れば無駄な努力以外の何者でもない。
 現状を諦めているように見えるさくらだが、実は一番現状に適応して上手く生きているのは、彼女かもしれない。さすがは長子というべきか。まぁ、下の二人が上手く言ってなさ過ぎると言う気もする。特に愁はダメだ。身内の目から見ても、完全な別人である。別人になるまで心を壊したのは、他でもないさくらの仕業なのではあるけども。
 まぁ、そんな彼女の想いとは別に、周囲は彼女の存在を大歓迎していた。キモい、ウザいと悪評高かったオヤヂがいなくなり、垂れ目でナイスバディの美人のおねいさんが代わりにやってきたのだから、よほどの変人でなければ、歓迎して当然だろう。
 最近ではさくら自身
「ああ、自分がこんなに慕われたことってあったっけなぁ。こういうのも悪くないな、と言うかとても良い」
 と思っているくらいなので、元に戻ることにあまり価値を見出さなくなってきている。
 しかし、歓迎されすぎなのも問題である。

 ドンドンとノックの音が聞こえたので、さくらは「今出ますよー」と声をかけながら玄関に出た。ドアを開けてみると、学園の男子生徒だった。
「ん? 何か用?」
 問うさくらに、生徒Aが言った。
「さくらさん、麻雀できる?」
「え? まぁ、出来る事は出来るけど?」
 意外な質問に戸惑いつつ答えるさくら。昔はよくやったものである。この姿になってからは、雀荘にも足が遠のいているが。
「よし! じつはメンツが足りなくて困ってるんですよ。で、さくらさんはどうかなと」
 生徒Bが言う。話によると、彼らはゲーム同好会の会員で、麻雀をやる事になったのだが、一人ドタキャンが出たのだと言う。
「……一応、私も学校の職員なんだけどね。フツー誘うか?」
 思わず良識的な事を言ってしまうさくらに、生徒たちはにやっと笑う。
「良いじゃないですか。先生じゃないんだし。硬い事言いっこなしですよ」
「……ま、嫌いじゃないからいいけどね。レートは?」
 聞くさくらに、生徒たちがレートを告げる。安いが、学生ならそんなモンだろう。
「で、場所はここを借りていいですか?」
「ん、まぁ良いよ。あがりなさい」
 さくらは頷いた。やっぱり、生粋の女性と違って、ここは彼女も警戒心が足りなさ杉だと言うべきだろうが、責めるのも酷な話ではあった。
 
「あ、それロン」
 開始から一時間後、さくらは一人勝ちしていた。
「うぇ、またさくらさんかよー。強いなぁ」
 渋々点棒を投げる生徒Cに、さくらはほくそ笑んでみせる。
「ふっふっふ、年季が違うよ、年季が」
 それで喰っていくのは無理でも、目の前のガキんちょどもと比較すれば、十年以上も麻雀暦では上回っているのだ。勝って当然。
 さらにもう一回やって、負けた生徒Bが空になった点棒箱をひっくり返す。
「うーん、もう賭けるものがないな」
 生徒Bの声に、さくらは微笑んだ。
「じゃあ、もうお開きにする?」
 良い退屈しのぎになったことだし、金を取るのは勘弁してやるか、と珍しく気のいいところを見せようと思ったさくらだったが、生徒たちはまだやる気だった。
「いや、勝ち逃げは許さないっスよ、さくらさん」
「勝負はこれからです!」
「俺たちの本気を見せてやりますよ!」
 賭けるものもないくせに無茶を言うガキんちょたちに、呆れつつもさくらは答えた。
「あのね……勝負するのは良いとして、何を賭ける気よ?」
 すると、生徒Bはいきなり学生服の上着を脱いだ。
「ここはもちろん……脱衣麻雀! 負けたら一枚服をぬぐって事で」
「ハァ?」
 あまりにアフォな提案に、さくらは呆れた声をあげた。しかし、生徒たちの目が本気である事に気づき、ちょっと背中に寒気が走った。
「バカいってないで、さっさと片す」
 問答無用で場を収めようとしたさくらだったが、生徒Aの声に手を止めた。
「ほう、逃げるんですか、さくらさん」
「良いじゃないスか、ここまで圧勝なんだから、余裕でしょ?」
「ウンって言わない限りどきませんよ」
 これはマズいとさくらは悟った。今更ながらに自分が女である事を思い出す。ここであくまでも拒否したとして、こいつらを立ち退かせる実力は、彼女には無い。
「ふ、ふふん。まぁいいでしょ。その粗(ピー)を晒して帰ってもらうわ」
 そう言いつつ、さくらは内心の動揺を押し隠して牌を握った。勝てば何の問題も無いと自分に言い聞かせる。
 しかし、ここで心を読める人間がいたら、こう叫んだだろう。
「立った! 立った! 負けフラグが立った!!」
 数刻後、哀れな悲鳴が用務員室から響き渡った。そして。
 
「あー、すっきりした」
「やっぱりさくらさんサイコー」
「またヤろうぜ。今度はもっと面子集めて」
 生々しい臭いが立ち込める用務員室から、好き勝手な事を言いつつ立ち去る生徒たち。その後には、あられもない姿のさくらが残されていた。
「う、うう……バカぁーっ! もう来るな、このエロガキどもーっ!!」
 ああ、さくらよ。気持ちは分かる。分かるが。
 
 お前が言うな。