宇宙戦艦ヤマト 復活篇
非公式ノベライズ
Resurrection of Space Battleship YAMATO unofficial novelize edition

終章「全ての終わり、全ての始まり」



【恒星ウエスト】
 

 その星は、他の多くの巨大な恒星に比べれば、遥かにささやかで慎ましい光しか放っていなかったが、それだけにその営みは穏やかなものだった。何事もなければ、数兆年先まで緩やかに燃え続け、ひっそりとその生涯を閉じる事になっただろう。
 しかし、今その星は、生まれてから初めての、まさに驚天動地とでも言うべき激動にさらされていた。
 撃ち込まれた波動砲の光条は、赤い熾火のようにゆらゆらと燃える恒星の表面に、凄まじい衝撃波を走らせた。命中点から広がる波紋は、高さが数百キロもある恒星のガス体の揺らぎだった。
 その間にも、タキオン流は恒星深層部の対流層を易々と貫き、核融合反応が起きている中心核に突き刺さる。
 水素やヘリウムなどのガスでできているとは言え、恒星中心核はその自重によって数百億気圧に圧縮されており、まるで固体のようになっている。その核は波動砲の一撃に激震し、わずか1秒ほどで数百年分の水素を燃焼させた。促進された核融合反応によって核の圧力と温度が急激に増大し、そのエネルギーは行き場を求めて荒れ狂った挙句、「出口」へと殺到した。
 つまり、波動砲の貫通口である。急増したエネルギーはさながら卵から孵化する火龍のように、未だ命中時の衝撃に揺らぐ恒星表面から、数千万キロに及ぶ大プロミネンスとして噴出していく。それは星を包む暗黒星雲をも赤々と輝かせ、まるで赤色巨星が突如そこに誕生したかのように見えた。
 だが、エネルギーの出口は一箇所だけではなかった。僅かながら、他にも出口は存在しており、そこに噴出したエネルギーもあったのである。つまり――
 
 

【決戦空域】

〈ヤマト〉の背後、今にも攻撃態勢に移ろうとしていた次元転換船が、突如動きを止めた。そこから分離し、第八護衛艦隊やエトス艦隊と渡り合っていた攻撃ユニットも同様だ。
 そして、次の瞬間、火龍の誕生に呼応するように、その三つは内部からの炎によって木っ端微塵に爆散したのである。弾け飛んだ破片さえ、追いつくように膨れ上がった火球に飲まれ、さらに砕け散り燃え尽きていく。
「な、何が起きたんだ?」
 戸惑う上条に、木下が答えた。
「やはり、敵は恒星内部から直接エネルギーを得ていたんだ。そのシステムが、今の波動砲で破壊される寸前、急増したエネルギーを敵艦に送りつけ、内部から爆発させたんだろう」
 上条は人工の小恒星と化した敵をもう一度見た。それはピークを過ぎて次第に光を弱め、やがて縁が虹色に輝く小さな星雲となった。上条には、それが勝利を祝う光に見えた。
「……終わったか」
 上条は言った。それは確認のようであり、願望のようでもあった。
「…………」
 一方、古代はまだ虹の光を見つめていた。彼には予感があった。まだ、終わりではない。
「あれは……!」
 最初にそれに気づいたのは、パイロットらしい高い視力を誇る小林だった。虹の光の中心部、そこに小さな光の点が生まれたのだ。そして、次には誰もがそれに気づいた。光が虹を取り込み、一瞬で数千メートルの大きさに膨れ上がる。
「まだ終わりじゃないというのか!?」
 上条が驚愕の表情で叫んだとき、光は薄れ、そこに何かが姿を表し始めた。
「メッツラー……!?」
 ゴルイが驚きの声を上げる。そう、それは確かにメッツラー総督の姿をした、半透明の巨人だった。
「何者だ、お前は……」
 古代が言うと、それが聞こえたように、メッツラーは目を見開き、古代をまっすぐに見据えた。だが、それを目と言っていいのだろうか。開いた瞼の奥には眼球はなく、ただ深紫の闇が広がるばかり。
 その闇は目から溢れるようにメッツラー……いや、そうであったものの全身に広がり、やがてそれは宇宙を宿したかのような異形の巨人となっていた。そして、それはおもむろに口を開いた。
『ヒトよ……』
 空気のない宇宙空間であるにも関わらず、その声は見る者全員の耳朶を打った。
『ヒトよ、我はお前たちの宇宙とは異なる別の次元よりやってきた、異種異根の生命体。この宇宙を掌握するために遣わされた者に過ぎぬ』
「遣わされた……だと? 何が目的だ」
 古代は聞いた。通信は開いていない。そもそもどんな回線が通じているのかも不明な相手だが、古代は自分の声が相手に届いていると確信していた。
 その確信どおり、相手は答えを発した。
『それは、この宇宙に遍く存在する資源を手に入れるためだ』
 巨人はあたりを見渡した。
『我らが故郷となる次元は、資源となる物質が極端に少ない世界として生まれた……故に、我らはそれを求めてこの宇宙へやってきたのだ。この世界はまさに我らが欲するもの。宇宙の全てが、我らが求める限りなき資源』
「それが、お前たちSUSの正体なのか?」
 それはゴルイの問いだった。巨人はそれに冷笑で答えた。
『SUS? あれはこの宇宙での拠点とするために、我が傀儡化したものに過ぎぬ。本来取るに足らぬ小国よ』
 そこで、巨人はいかにも楽しい事を思いついた、と言うように歪んだ笑みを浮かべた。
『ゴルイ、パスカル。お前たちはさぞかし復讐がしたかろう。あのような国はくれてやろう。存分に征服し、支配するがよい』
「ふざけるな! 我々をお前と同じように考えるな!」
 怒りの声を上げたのはパスカルだった。それに古代が続ける。
「我々は支配などしない。共に生き、共に栄える。それがこの世界なのだ」
 巨人は自分の提案を否定された事に、それほど不快なようではなかった。ただ、呆れたような顔をしただけだった。
『理解不能だな……ヒトよ』
 そう言うと同時に、巨人の姿が薄れ始める。古代は呼び止めるように叫んだ。
「待て! これからお前たちはどうするつもりだ! この宇宙への侵略を続けるのか!?」
 もしそうであれば容赦はしない。その意志を込めた古代の言葉に、巨人は首を横に振った。
『我らに勝利した褒美だ。この宇宙からは手を引いてやろう。さらばだ、古代』
 そう答え、巨人は今度こそその姿を揺らがせ、薄れさせ、そして消えた。
「今度こそ……終わったのか」
 小林が脱力したようにシートに身体を預けながら言う。
「わからん……奴は手を引くと言ってたが、信じられるか?」
 上条が答える。そして、真帆が言った。
「ただ一つ言えることは……これからが忙しくなるって事ですね」
 その通りだ、と古代は思う。主戦力を失い、最高権力者を失い、後ろ盾さえなくしたSUSはこれから大混乱になる。ゴルイやパスカルは否定したが、この機にSUSへの復讐を考える国も出てくるだろう。
 それらの混乱を収拾し、秩序を回復し、新たな体制をこの大ウルップ星域に樹立するまで、まだまだ長い時間がかかるだろう。それでも……これまでの強権的な支配体制による抑圧よりは、遥かに良い未来が待っているはずだ。古代はそう信じた。
 そして、それを成し遂げる前に、まだ一つやらねばならない事があった。
 
 

【惑星アマール:王宮】

「それでは、一度地球に戻られるのですね」
 イリヤの確認に、古代は頷いた。
「はい。最後まで地球に残っている人々を迎えに行き、ここまで連れてこなければなりません」
 既に地球へは北野率いる第九護衛艦隊と、加藤率いる第一次・第二次移民船団護衛艦隊残存部隊が向かっている。戦力が不足しているわけではないが、古代は実戦部隊の最高指揮官として、また今回の紛争に全権として関わった責任もあり、全てをその目で見届けるつもりだった。それに、最後の船団には美雪も乗る。せめて娘をこの手で守りたかった。
「わかりました。この星域の事は、私だけでなく、エトス、ベルデル、フリーデの元首の皆さんも協力を約束してくれています。何とか秩序を取り戻してみましょう」
 イリヤは言った。その表情には自信が溢れており、古代はこの人になら任せられる、と確信した。もう彼女は大国の横暴に怯える小国の代表ではない。星域を代表する政治家の一人に成長したのだ。
「それでは、失礼いたします。またいずれこの星でお会いしましょう」
 古代はそう言ってイリヤに辞去を告げた。
「ええ……ありがとう、古代提督。この星を代表し、心から感謝いたします。航海の無事を祈っております」
 イリヤは笑顔で古代を送り出した。古代の姿が見えなくなると、イリヤの目に涙が浮かび、頬を流れ落ちた。
「……陛下?」
 パスカルがそれを見て怪訝な表情を浮かべ、そしてある事に気づく。
「もしや、陛下は古代提督を……」
「それ以上言ってはなりません、パスカル」
 イリヤは腹心の言葉をきっぱりと遮った。
「私も女です。英雄に少女のようにときめく事があるかもしれません。ですが……それ以上に私はこの星の女王なのです。私情を表に出す事は許されません」
 イリヤは目を拭い、凛とした女王としての姿を取り戻した。
「ですから、この事は内緒ですよ、パスカル。さぁ、やる事がいっぱいあります。行きましょう」
「は」
 イリヤの言葉に頷き、パスカルは敬愛を新たにした女王の後を追って、王宮の奥へ歩いていった。
 
 

【地球:科学技術局・移民事業本部】
 

 中央管制室は騒然となっていた。
「冥王星が消滅しました!」
 管制官の一人が叫ぶ。真田はメインパネルをじっと見つめていた。そこには冥王星消滅の瞬間が映し出されている。数日前からカスケードブラックホールの超重力で、強引に軌道から引き剥がされたその小さな星は、無数のひびが入った鏡のような姿になり果て、真っ黒な時空の穴に落ち込んでいく。
 やがて、冥王星とその衛星カロンは、ほぼ同時に超重力で破砕され、その破片すらもすりつぶされ、この星が生まれた時以来の灼熱のガスに変貌し、「穴」へと消えていった。かつて真田も遭遇した、冥王星の液体窒素の海に住む原住生物は可能な限り救出して、移民船団の一部に載せたが、果たして彼らは新たな安住の地を得られるだろうか。
 その時、別の管制官が声を上げた。それは恐怖ではなく、喜びの声だった。
「本部長! 〈ヤマト〉です! 旧冥王星軌道上に〈ヤマト〉がワープアウトしてきました!」
 島が真田の顔を見た。
「真田さん!」
「うむ、繋いでくれ」
 真田が命じると、メインパネルに古代の顔が映し出された。古代が一分の隙もない敬礼を見せ、真田もそれに答える。
『宇宙戦艦〈ヤマト〉、ただいま太陽系に帰還しました』
「勝ったのか?」
 真田の問いに、古代はええ、と頷く。それで十分だった。真田も戦士だ。古代がどれほどの激戦を経てきたかは想像がついた。それに、今は戦勝報告より優先すべき事がある。
「古代、もう時間がない。地球消滅まであと七十二時間しかない。船団の再出発まで三十六時間ある。その間に、〈ヤマト〉の整備を済ませてくれ。南部重工のメインドックを空けてある」
『了解しました』
 古代は再び敬礼し、通信は途切れた。その時、どこからともなく遠雷の響きが聞こえてきた。
「天気が荒れてきたな……思ったより時間は無いかもしれん」
 真田は呟くように言った。
 
 

【〈ヤマト〉第一艦橋
 

 最後のワープを終え、地球衛星軌道上に出現した〈ヤマト〉では、久しぶりに見る地球の姿に、驚きの声が上がっていた。
「あれは、どういう事だ?」
 桜井が言う。他の乗員たちも一様に驚きの目で母なる星を見つめる。その表面はまさに荒れ狂っていた。
 この距離からでも目がはっきりとわかるほど巨大な嵐が、いくつも渦巻いているのが見える。夜半球の側に見えるいくつもの赤い光は、おそらく火山の噴火……それも、どれもが有史以来最大級と言って良い規模のものだろう。噴火によって吹き上げられた灰が、嵐雲を突き抜けて、遥か上の成層圏上部にまで伸びている。
「まるで地球が悲鳴を上げているようだ」
 上条が言う。
「ブラックホールの影響だ。何しろ太陽の三百倍の質量だからな……地球全体が揺さぶられているんだ」
 木下が言う。既に地球の大半は無人地帯となっており、大災害が起きても影響は少ないが、船団への搭乗を集結地で待つ人々にとっては、不安の中での三十六時間となるだろう。
「急ごう。小林、艦をドックに入れてくれ」
「了解!」
 小林が操縦桿を倒し、〈ヤマト〉は嵐で白く染まりつつある地球へ降りていった。
 
 

【南部重工ドック】
 

 嵐に揺られつつも、北関東メガロポリスのクレーター湖に着水した〈ヤマト〉は、そのままドック入りした。主だったスタッフと修理の手順を確認し、実際に修理に入ったのは、その半日後だった。
「しかし、時間内に全作業が終わるか……?」
 古代は艦長室の窓から外を見る。時間がないため、ドックは水を張った状態で扉だけを閉めていたが、そこに嵐で掻き乱された湖水が打ち寄せ、激しい水飛沫があがっている。時折扉を乗り越えた波がドックの水面を揺らし、〈ヤマト〉にも僅かな揺らぎを与えていた。
 ドックの外では、常時風速三十メートルを超える暴風が吹き、瞬間的には五十メートルを超えるほどになっている。雨も一時間に五十ミリ近い。今はまだ大丈夫だが、既にこのメガロポリスでも最低限のものを除いてインフラの整備は停止されているため、路上に水が溢れ出すのも時間の問題だろう。
 この悪天候の中でも、準備のできた移民船から順次発進が続けられており、数分おきに巨大な船影が乱雲を突いて上昇していくのが見える。
(美雪はもう船に乗っただろうか? 確認しておいた方がいいな)
 古代は携帯電話を取り出し、美雪の番号を検索しようとした。が、それより早く着信を示すアラームが鳴る。
「佐渡先生……?」
 古代は不安が胸をよぎるのを感じた。美雪に電話しようとした瞬間に、佐渡から電話が来る。それに不吉なものがあると感じたのである。何が起きたのだろうか? 古代は着信ボタンを押した。
「古代です」
『あ、古代! 大変じゃ! 美雪ちゃんが……!』
 佐渡の切迫した声に、古代は最後まで聞かず艦長室を飛び出していた。血相を変えて降りてきた彼に、大村が声をかける。
「艦長、どうしました?」
「大村さん! すいませんが、ここをお願いします。娘が……!」
 娘という単語に、大村も緊急事態の発生を悟ったのだろう。皆まで聞かず頷く。
「わかりました。コスモゼロを用意させましょう」
「頼みます」
 古代は腹心の心遣いに感謝し、格納庫へ走った。
 
 

【佐渡フィールドパーク】
 

 緊急発進した古代のコスモゼロが目的地に降り立ったのは、それから十分後の事だった。迎えに出た佐渡に、古代は挨拶も早々に本題を切り出す。
「先生、美雪は見つかったんですか?」
「まだじゃ。スマン、ワシがついていながら……」
 佐渡が謝罪しようとするが、古代はそれを途中で遮った。
「先生のせいじゃありませんよ。美雪のやつ……」
 古代は嵐に揺れるパーク内の森を見ながら呟いた。
 佐渡が美雪の不在に気づいたのは、一時間ほど前だった。ここ佐渡フィールドパークでも、最後の移民船団に乗せる事になっている動物たちの搬出作業で多忙を極めており、指揮を執っていた佐渡は美雪から目を離していた。
 ライオンの子供たちを輸送機に乗せようと飼育室に行った佐渡は、そこに美雪がおらず、子ライオンの数が一匹足りない事に気づき、慌てて監視カメラを検索した。そこで、初めて美雪が出て行った子ライオンを探して、嵐の中に飛び出していったことを知り、慌てて古代に電話したのである。
「今、うちの手空きのもんが総出で探しに出とる。見つかったら連絡が来るはずじゃ」
「わかりました。俺も探しに行って来ます。もし戻ってきたら連絡をください」
 古代は佐渡に答えると、パーク内に駆け出して行った。
 
「美雪! いないのか、美雪! 俺の声が聞こえたら返事をしろ!」
 広大な森の中を古代は走り続けた。出て行った時間から見て、まだそう遠くへは行っていないはずだ。そう思った時、激しい雷鳴が響き渡り、閃光が森の中を明るく照らし出した。
「嵐がますます酷くなってきたな……急がないと」
 防水性、保温性に優れたオフィサー・コートを着ている古代は平気だが、長い嵐に気温は低下しており、美雪にはかなり辛いはずだ。早く見つけなければ、と思った時、再び雷鳴と雷光が森の中を走り、近くの木が稲妻の直撃を受けて、ぱっと燃え上がった。衝撃と、帯電した空気が古代の全身に不快感を走らせる。
「まずいな……む?」
 その時、古代は燃え上がる木の火明かりを、白い何かが照り返すのに気付いた。それが何なのか、古代は認識する前に反射的に走り出していた。
「美雪!」
 古代は叫ぶ。それは、間違いなく美雪だった。嵐によって倒れた木に足を挟まれ、気を失っている。その腕にはしっかりと子ライオンが抱きかかえられ、美雪の手を舐めていた。古代はすばやく娘の様子を確認する。とりあえず、大きな外傷はない。首筋に手を当てると、身体は冷え切っていたが、まだ規則正しい鼓動が感じられた。古代は安堵すると、娘の頬を軽く叩いた。
「美雪! しっかりしろ!」
 何度か呼びかけると、美雪の瞼が痙攣するように動き、やがてうっすらとではあるがその目が開かれた。
「おとう……さん?」
「ああ、そうだ。少し待っていろ。今助けてやるからな」
 古代は頷くと、腰のレーザーピストルを抜いて、モードを連続照射に切り替え、娘の足を挟んでいる木に向けて引き金を引いた。たっぷりと雨を吸って湿った木も、レーザーの前にはひとたまりもなく切断されていく。娘に傷をつけないよう慎重に銃を動かし、古代は一抱えはあろうかというその木を切断した。これで、美雪の足を挟んでいるのは、せいぜい数十センチ分の長さだけになった。
「痛むかもしれないが、我慢しろよ」
 古代はそう言って、手近な木の枝を手に取ると、美雪の足を挟んでいる倒木の下に差し入れ、腕に力を込めて倒木を持ち上げた。
「今のうちに出るんだ!」
 父に言われ、美雪は腕と上半身の力だけで、倒木の脇に這って出た。その直後、古代が梃子にしていた木の枝は湿った音を立てて折れ、倒木が地面に落ちる。古代はそれを見届けることなく、娘の身体を抱き起こした。
「美雪、大丈夫か? ちょっと見るぞ」
 古代はそう言って、泥にまみれた娘の足を確認した。足首の辺りが紫色に腫れ上がってはいるが、骨は折れていないらしい。古代は安堵の息をつきつつ、羽織っていたオフィサー・コートを脱いで、冷え切った娘の身体を包んだ。
「お父さん……」
「ちょっとじっとしていろよ」
 古代はそのまま美雪を抱き上げ、今来た道を引き返し始めた。コートの端から、美雪が抱いたままの子ライオンが顔を出す。
「お前は、この子を守ったんだな」
 古代は言った。
「うん……」
 美雪が頷く。古代は笑顔を見せ、娘を褒めた。
「そうか……頑張ったな」
 しかし、古代は一転して厳しい顔になり、娘に静かな、しかし重い叱声をかけた。
「美雪、命を粗末にするな」
「えっ?」
 唐突に聞こえる父の言葉に、美雪は戸惑いの声を上げる。古代は言葉を続ける。
「誰かの命を助けるのは、尊く立派な行為だ。俺は……この手で何億という人間を殺してきた。サーシャ……お前の従姉に当たる娘も……俺の手は血塗れなんだ」
 それは、兄の守と、イスカンダルの女王スターシャの間に生まれた、古代の姪にあたる娘の思い出だった。勝利のため、地球人類のため、サーシャは僅か二年の命を散らせていった。彼女を撃ったのは敵の首魁だったが、彼女ごと敵の本拠地を波動砲で吹き飛ばしたのは古代だった。
「だから……お前が獣医になった時、俺は嬉しかったんだ。血塗られた道を歩む俺の命を分けた存在が、多くの命を助ける道を選んだ。その事が嬉しく、誇らしかった」
 古代は歩きながら娘に言い聞かせる。
「そんなお前だからこそ、この事は知っていて欲しい。誰かの命を助ける。それはとても大事な事だが、そのために自分の命を粗末に扱っても良い、と言う事にはならないんだと」
 古代の脳裏に浮かぶのは、かつての戦いで散って行った多くの仲間たちだ。
 最後まで持ち場を守った徳川前機関長、新米。道を切り開いて死んだ山本。古代と真田を逃がすために、一人敵地に残り、自爆した斎藤。都市要塞から二人を送り届けて力尽きた加藤。ズォーダーと刺し違えたテレサ。
 戦争に資源を使わせないため、故郷ごと死を選んだスターシャ。
 仲間を逃がすために自爆した兄、守。
 ハイドロコスモジェン砲を修理するために、その命を捧げた土門。ブラックホール砲を身を挺して破壊した揚羽。
〈ヤマト〉を守るため、自ら敵の猛火に身を晒して散った月面艦隊の戦友たち。
 そして……傷ついた〈ヤマト〉を崩れ行くウルクから脱出させるために最後の力を振り絞り、この腕の中で逝ってしまった親友、島。
 古代は彼らの生き様を、死を、尊く美しいものだったと思う。しかし、こうも思うのだ。
 生きていて欲しかった。共に生き、共に笑い、泣き、時には喧嘩だってしたかった。
 そうした父の記憶を、想いを、もちろん美雪が知っているわけではない。古代は今までそうした苦悩を、娘に話した事はなかった。今日が初めてだったのだ。だが、古代が背負ってきた多くの死の影が、その言葉に重みを持たせていると、美雪は感じた。今目の前にいるのは、どこか遠い場所に超然と立つ英雄ではない。
 一人の父親であり、等身大の人間である古代進だった。
「ふぅ、どうも上手くないな。沖田さんや山南さんは、厳しい言葉の中にも優しさを感じさせたが、俺はまだまだその域には到達できないらしい」
 美雪の沈黙をどう思ったのか、古代が苦笑を浮かべる。だが、美雪はその時笑顔を浮かべ、父の胸に顔を寄せた。
「そんな事ないよ、お父さん」
「美雪……」
 もう何年も見た事がない娘の笑顔に、驚きの声を上げる古代。その腕の中で、美雪はコートに残る父の温もりに、遠い昔の記憶を思い起こしていた。幼い頃、父はよく遊び疲れた彼女を迎えに来ては、その背中に負って帰ったものだった。
 あれから長い年月が経ち、自分もずいぶん成長したが、あの時と変わらず父は大きく、そして暖かかった。その暖かさが、自分の中の蟠りをゆっくりと溶かしていくのを、美雪は感じていた。
 冷たい嵐の中を歩き続ける父娘。だが、二人の周りだけは、今確かに暖かい空気に包まれていた。
 
 戻ってきた父娘を、佐渡は安堵の表情を浮かべて出迎えた。軽く美雪の怪我を診てやり、的確に応急処置を施す。
「ま、こんなもんでええじゃろ。あとは〈ヤマト〉の医務室でしっかり診て貰うといい。ここは人間用の機材が乏しいからな」
 肩をとんとんと叩いて佐渡が言う。
「ありがとう、佐渡先生」
「ご心配をおかけしました」
 古代が礼を言い、美雪が謝る。ええんじゃ、ええんじゃ、と鷹揚に笑い、佐渡は飛び立っていく輸送艇を見た。
「あれが最後の便じゃな……これで、ワシの仕事は終わりじゃ。もう思い残す事もないわい」
 佐渡の言葉に、古代はあることに気づいて尋ねた。
「佐渡先生、もしや?」
「ああ、ワシは行かんよ。地球に残ると決めておった」
 佐渡は頷いた。それは、確実な死の待つ選択だ。しかし、佐渡の顔には恐れは微塵もなく、悟りを開いた高僧のような澄み切った笑顔だけが浮かんでいた。
「そんな……佐渡先生、一緒に行きましょう!」
 美雪が叫ぶ。しかし、佐渡は首を横に振った。
「美雪ちゃん、ワシはな、この地球が、そしてこの星に生まれた全ての生き物が大好きなんじゃ。今、人類はこの星を捨てて旅立とうとしておる。多くの仲間たちを置いてな……それは仕方がない。みんな生きる権利があるんじゃ。じゃが、それでは残された者たちにあまりに申し訳が立たん。せめて、ワシだけでも彼らと共に行きたいんじゃよ」
 慈愛に満ちた声で佐渡は言う。仲間、あるいは彼らと佐渡が呼ぶのは、連れて行くことができない多くの動物たちの事だ。ただの医者ではなく獣医でもある佐渡にとって、動物たちも人間と等しく価値を持つ同胞だった。
「佐渡先生、俺は……」
 古代が何かを言いかけるのを、佐渡は遮った。
「よせ、古代……お前の誰も見捨てたくない気持ちは良くわかる。だが、沖田さんと一緒じゃよ。死に場所を見つけた者の邪魔をしてはいかん」
 古代は、十七年前、アクエリアスの水柱を断ち切るため、自ら〈ヤマト〉に残って自爆の引き金を引いた沖田の事を思い出した。あの時、古代は止められなかった。
「佐渡先生、さよならは言いませんよ」
 古代は言った。美雪が一瞬非難の目で古代を見る。父が佐渡を見捨てたと思ったのだ。しかし、父の顔に浮かんでいたのは、佐渡のそれと同様、穏やかな笑顔だった。
「なに、ミー君もアナライザーもいる。寂しい事はないわい……なぁ、古代よ」
 佐渡は古代と美雪の顔を交互に見た。
「こんな、地球の命運が明日にも尽きる、という時代に、お前と雪が出会って、二人で何度も地球の危機を救い、やがて結婚し、美雪ちゃんが生まれた。それを見届けてこられたワシは幸せじゃよ。本来なら、二十年前にとうに尽きておったはずの人生、これほど長く楽しいオマケがもらえたんじゃ」
 二十年前……地球はガミラスとの戦いで滅亡の危機に瀕していた。口にこそ出さなかったが、佐渡もいつ死ぬかわからないという恐怖の下で暮らし、実際に死ぬ覚悟を決めていた。以来、ガミラス戦から生還した後の自分の人生は、余禄のようなものだと佐渡は思っていた。
「佐渡先生……俺も楽しかったですよ。先生と知り合えて、一緒に酒を飲んでバカ騒ぎをして……俺にとって、先生は親父みたいなものでした。俺だけじゃない。〈ヤマト〉のみんながそう思っていたはずです」
 古代は言った。佐渡は笑顔で頷き、答えた。
「ならわかるじゃろう。人間、いつかは死ぬ。いつかは親の死に目に会う事もある。それが今日というだけじゃ。人間、それを乗り越えて先に進まにゃならん」
 佐渡は持っていた酒瓶の蓋を取り、ひびの入った湯飲みに注いで、古代に差し出した。
「最後に一杯やろうじゃないか、倅よ」
「いただきます……親父」
 古代は頷いて湯飲みを受け取り、ぐっと飲み干した。佐渡も残った酒をラッパ飲みし、口元から垂れたそれを舐めとると、莞爾と笑った。
「先に行って、沖田さんにお前のことを話しておくよ」
 佐渡は言うと、古代に背を向けて、自室に入って行った。美雪は父の顔を見た。
「お父さん、どうして?」
 命を粗末にするのはいけないのではなかったか。そう問う娘に、古代は答えた。
「佐渡先生は命を粗末にしてるわけじゃない」
 古代の脳裏に、かつて上官として仕えた人々の顔が思い浮かんだ。
 アクエリアスの水柱を断ち切るため、自ら自爆の引き金を引いた沖田。
 戦いに敗れ、それでもなお残された人々に戦う術を教えて散った土方。
 被弾に倒れてもなお最後まで教え子たちを導く事を忘れなかった山南。
 彼らは己に課した義務を果たした。その手段が命を投げ出す事だと知っていて、それでも躊躇しなかった。佐渡もまた、自分の最後の義務として、地球を見守る事を選んだのだ。男が選んだ道に殉じようとすることを、古代には止める事はできなかった。
「矛盾しているように見えるかもしれないが、きっとわかる日が来る」
 古代はそういうと、"親父"に背を向けて歩き始めた。美雪ももう何も言わなかった。
 
 

【英雄の丘】
 

 激しさを増す一方だった嵐が唐突に弱まり、凪が訪れた。嵐の「目」に入ったのだ。
 数十時間ぶりに差し込んだ陽光に、間もなく滅びの時を迎える丘の光景が鮮やかに色づく。水滴が虹色に輝き、己の運命を知らない草花が緑色に燃え上がる。
 その光景を、丘に立つ故・沖田十三の像が厳しくも優しい眼差しで見つめている。もはや住む者がなくなったメガロポリスの町並みを、それでも守護するように。
 そんな沖田の視界に、一人の男が現れた。彼は敬礼しようとして、ふと港の方から轟くエンジンの咆哮を聞きつけ、そちらへ目をやる。
 そこにいたのは、彼が長年心血を注ぎ、己の持てる技術と知識の全てを与えてきた艦だった。
「〈ヤマト〉が行くか……」
 元〈ヤマト〉技師長にして、移民事業本部長、真田志郎はその名を呼んで、旅立っていく艦を見送った。彼には妻子はいなかったが、言うなれば〈ヤマト〉こそが己の子であったといえるかもしれない。
 ここにも、旅立つ「子」を見送る「父」の姿があった。真田は〈ヤマト〉が空の彼方に消えるのを見届けると、改めて沖田の像に敬礼した。
「沖田艦長、真田志郎、全ての任務を終えた事をここに報告いたします」
 真田は報告した。地球に残る事は最初から決めていた。科学者として、母なる星の最後を見届けるため。そして、移民本部長として数億の人々を失った責任を取るために。
(それで良いのか? まだお前を必要としている者がいるのではないか?)
 沖田の霊が語りかけてきたように思い、真田は答えた。
「古代を……私は古代進を実の弟のように思っていました……ですが、あいつも立派な艦長になりました。もう私の導きなど必要ありますまい」
 真田の言葉に、沖田の霊は答えようとはしなかった。真田ももう何も言わず、ベンチに腰掛け、沖田と同じ風景を共有した。美しい眺めだと真田は思った。
「死ぬにはいい日和だな」
 後悔がないわけではないが、それを超越した心境の中、真田は滅び行く星の光景をその目に焼き付けていた。
 
 
 そして、その時が来た。


【ゼロ・アワー】
 

 地球を飛び立ってから三十五時間あまりが過ぎた。〈ヤマト〉と第四次移民船団、そして護衛艦隊はまだ地球から百万キロあまりの位置にとどまっていた。その瞬間を見届けるために。
 全ての人々が見守る中、不吉な赤い輝きを放つカスケードブラックホールが進んで行く。その先に見える地球は、すでに元の軌道から五百万キロ以上も引き離され、太陽から遠ざかっていた。月はそれよりも早く軌道から外れ、地球に先行してブラックホールに飲み込まれつつある。
 今地球の表面は嵐と火山灰で白く濁り、かつての青い美しい星の面影を認めることはできない。それでも、古代を初めとする〈ヤマト〉のクルーたちは、敬礼を崩すことなく、その姿を目に焼き付けている。
 移民船の中では、市民たちが外部観測窓に詰めかけ、その光景を声もなく見つめていた。時折すすり泣きの声が漏れる。
 その中に、美雪がいた。彼女は十五歳の少女に過ぎず、一番泣いても良い年代だったかもしれないが、それでも美雪は涙をこらえていた。彼女には希望があったからだ。
 それは、その手に握られた、傷ついた帽子。父から託された、母の制帽だった。
「お母さんは死んではいない。必ず生きていて、どこかで俺たちを待っている。だから、探しにいこう、美雪」
 父はそう言っていた。その言葉を信じている限り、彼女は歩いていける。だから……こんな事に負けたりはしない。
 だが、降りかかる不幸を全て弾かんとする決意に満ちた彼女の視線にもそれを止める力はなく、やがて、赤い悪魔は地球を小石を蹴飛ばした人間ほどに気に留める様子も見せずに、ただそこを通過しただけだった。ただそれだけで、四十五億年に渡って生命を育み、百万年の間人類の故郷だった星は、跡形もなく消え去っていた。
 人々の啜り泣きが、いつしか悲嘆の声と号泣に変わる。〈ヤマト〉のクルーたちも、ついにこらえきれず涙を溢れさせていた。真帆が桜井の胸にすがって泣き、上条は黙って天井を見上げ、その肩を叩く小林の目からも涙が溢れている。
 大村は黙って腕を組み、しかし肩を震わせていた。郷田、中西は脱力したようにシートに腰掛け、そのまま動かない。
「地球の消滅を確認」
 木下だけは、淡々とした表情で報告する。何でも良いから仕事に没頭する。その事で心の痛みを忘れようとしているかのように。そうした部下たちの姿を見ながら、古代は言った。
「無力なものだ……万物の霊長。そう名乗ってみても、宇宙全体から見れば取るに足らない災害がやってきただけで、俺たちは逃げる事しかできなかった……故郷を救う事もできずに。俺たちは結局負けたんだ」
 その言葉を、いつしかクルーたちは泣くのをやめて聞き入っていた。
「それでも、やり直しのチャンスが与えられただけ、俺たちは幸運だと言える。この喪失の痛みを決して忘れてはならないが、力に変えて前に進まなければならない。そうしてこそ、俺たちは自分たちを産んでくれた母に、地球と言う星に恥じない生き方をしたと言える。だから……今は泣いても良い。でも、明日は立ち上がろう。そして歩き出そう、諸君」
 古代が言い終えた瞬間、全員が立ち上がり、敬礼した。そう、生きている限り人々は明日を目指せるものなのだから。クルーたちが希望を取り戻したその時だった。
「……なに?」
 その希望の灯を再び点した古代の顔が、驚愕にこわばっていた。その視線が窓の外を向いているのを見て、クルーたちは振り向き、そして絶句した。
「ブラックホールが……消えていく!?」
 桜井が言った。彼の言う通り、それまで眼前で圧倒的内容を見せ続けていたカスケードブラックホールは、今や幻のように消えつつあった。渦巻く赤い輝きが薄れ、拡散して行き、重力で歪んでいた背景の星空が急速に元の姿に戻っていく。そして、地球を飲み込んだときと同じようにあっけなく、それは完全に消滅した。
「どういう事だ……木下、真帆、直ちに解析を……」
 古代が命じようとした時だった。
『それには及ばん』
 その場にいた全人類の耳を、不気味な声が撃った。そして、古代を初めとする〈ヤマト〉乗員たちは、その声に聞き覚えがあった。
「貴様、メッツラー!」
 古代が叫ぶと、カスケード・ブラックホールの消失によって拡散したガスがひとところに寄り集まり、あの巨人の姿をとった。
『待っていたぞ。地球が我が物となったこの瞬間を』
 巨人の言葉に、古代は衝撃を受けた。
「なんだと……どういう事だ」
 搾り出すように古代が言うと、巨人は高らかな笑い声を発した。
『そう、その顔が見たかったのだ、古代よ。確かにお前は我らが計画を頓挫させた。だが、その代償は戴いて行く』
「まさか、お前たちは……お前たちが操っていたというのか? あのカスケードブラックホールを」
 古代は言いながら、あることを思い出していた。それは、イリヤが語った、かつてSUSに反抗した国の末路。
 その国は、ブラックホールを叩きつけられて滅亡したのだ。
『ブラックホール。お前たちはそう呼んでいるのだな。お前たちはあれをただの天体と思っているのだろうが、そうではない。ブラックホールこそ、我らの本質……宇宙の卵とでも言うべき存在なのだ』
「どういう意味だ?」
 木下が問う。巨人はその問いをさも稚拙なものとあざけるように笑う。
『お前たちは、ブラックホールに吸い込まれた物質が持っている情報がどうなるか、考えた事はあるか? それはある時点で特異点を突破し、別の次元へと転移し、解放される。そう……意識生命体として再構成される。それが我々だ』
「お前たちはブラックホールから生まれた生物と言うのか……」
 古代の確認に、巨人は頷く。
『そうだ。かの特異点より生まれた我らにとって、あれは便利な道具でしかない。武器ともなれば、我らが住む別次元への扉ともなる』
 古代は顔を上げた。
「では、地球は消えたわけではないのか。お前たちの次元へ行ったのか!」
 巨人の顔が嗜虐的な笑みに歪んだ。
『いかにも。もはや永遠にお前の手は地球には届かぬ。今やかの星は我らのものだ』
「貴様……!」
 立ち上がる古代の前で、巨人は最後の笑いを響かせた。
『永遠にこの次元で悔しさに震えているが良い。はーっはっはっはっは……』
 高らかな嘲笑で太陽系を揺るがし、巨人は再び姿を消した。そして、数瞬の沈黙の後、あらゆる周波数に声が溢れる。今のは一体なんだったのか、と。
 呆然と艦長席に立ち尽くす古代の元へ、乗員たちが駆け寄ってくる。
「艦長……このままで良いんですか!」
 上条が叫ぶ。
「あいつに笑われたままなんて、絶対に嫌ですぜ!」
 小林が叫ぶ。
「行きましょう、艦長!」
 桜井が叫ぶ。
「私たちの、地球を取り返しに!」
 真帆が叫ぶ。
「どうやら決まりですな」
 大村が言うと、古代の目に生気が戻った。
「……そうだな……取り戻しに行こう、地球を」
 古代は言った。内心で、今度は部下たちに励まされたな、と苦笑し、そうする余裕が自分の中に蘇ってきた事に、自信を復活させる。
「我々はまだ負けていない。必ず奴らの本拠地となる次元へ乗り込み、そして地球を、我々の故郷を取り戻す!」
 古代は宣言した。そう、この〈ヤマト〉とそれを操る人間があきらめない限り、必ず最後に勝つのは地球だと、略奪者たちに教えてやらねばならない。
 そして、古代は敵の正体を知った事で、ある確信を抱いていた。きっと、この戦いの果てる先に、雪が待っている……ワープ中に消えた彼女は、異次元の囚われ人になっているのだと。
「各艦に、事情は後で説明すると答えておいてくれ」
 中西に命じると、古代は艦橋を見渡した。全員が彼の命令を待っている。そこに浮かぶ表情は、この艦がアクエリアスを発進したときとは異なり、戦士としての確かな自信に溢れていた。彼らとならどんな苦難も乗り越えていける。その確信を胸に、古代は命じた。
「宇宙戦艦〈ヤマト〉、発進せよ!」
「了解!」

 そして、新たな戦いが始まる。



本作品を、故・西崎義展氏、そして全てのヤマトスタッフに捧げます。
(石原慎太郎と松本零士は除きます)

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